レイヴンや企業等が、ACやMT等の兵器の訓練用や実験用に借りる大型の施設、通称「ドーム」と呼ばれるその区画の中の一つに二人の人物がいた
片や、緩いウェーブのかかった長めの髪に穏やかな印象を与える目元の十五歳前後であろうあどけなさいの残る少年
もう一人はストレートの美しい漆黒を讃える様な黒髪に、猫科の動物を思わせるパッチリとした黒い瞳の二十歳前後と思しき女性である
ミーティングルームとして使われる室内で少年は長机に片肘をついて座り、女性はホワイトボードの前に立っていた
ホワイトボードにはACと思しき図が中途半端に半分ほど描いてあり、また所々に「重要」、「右手」、「ヒント」等の単語のみ書かれていた
「機体構成によってACは全く別の兵器になる」
女性は半分だけ描かれたACらしく絵をペンでコツコツ叩きながら少年に話しかける
「最後まで描く気ないんなら描かなきゃいいのに・・・」
「例えば高火力のタンクACなんかは移動要塞みたいなものだ、トーチカ(固定砲台)並の火力に鋼鉄のゲートの様な防御力」
少年の発言を無視し、ホワイトボードに「ゲート」という文字を書き込む
「そこ抜き出す意味は何ですか?」
「そして速度重視の軽量機は戦闘機並のスピードにACならでは凡庸性、フロート機なんかは小回りの効く戦艦みたいなものだ」
少年の声には耳を貸さず、またホワイドボードに「凡よう性」と書きこむ
「凡庸の庸はこうですよ、こう」
少年は手元にあった紙に大きく「庸」と書いて女性に見せる、女性は少年を一瞥するとまた何事もなかったの用に話始める
「だがいくらACが最強と呼べる兵器だとしてもだ、それを扱う者が未熟では所詮はMTに毛が生えたようなものでしかない」
「先生実はやる気ないでしょ?」
「ここまではわかるな」
「・・・だいたいOKです」
「よし、では実践だ」
「・・・やです」
「手加減はするが、気を抜けば死ぬぞ」
「わかってるので、やです」
「いいから」
「いやいや」
「早く」
「いやいや、やですってば」
「・・・ブチ殺すぞ」
「さぁ!早く行きましょうか先生!!」
無骨な鉄板に囲まれた大きなドーム場の中心からそれぞれ反対側の方向に二機のACが向かい合っている
片方は何のチューンも施されていない初期機体
そして向かい合う先の機体は脚部の中でも最高の積載量と安定性能を誇るタンク型
OB機能を備え、また厚い装甲を持った大型のコア
重量級の厚い装甲の腕部には左右それぞれににグレネードランチャー
それだけでは物足りないとばかりに背中にも二丁の大型グレネードを担いだ赤い機体
外装だけに留まらず武装も真紅に塗装された機体は、重々しい威圧感を放っている
「先生・・・」
『何だ?』
「手加減はするって言いませんでした・・・?」
『・・・グダグダとうるさいから腹立ったんだもん』
「「もん」じゃなくて!無理ですって!先生それガチ機体じゃないですか!」
『大丈夫だ、心配するな』
「お願いします!せめてライフルで!」
『・・・一番威力の強いライフルは何だ?』
「威力は弱めて下さい!!」
『・・・うるさい、行くぞ』
「横暴だよ!先生横暴すぎるよ!!」
「やめてえええええええ!!!!!!!」
「キャッ!」
「死ぬ!何で!?何でグレネードそんな!先生!!せんせ・・・あれ?」
「あー・・・ビックリした」
「あれ・・・ここ・・・あれ?夢?」
目が覚めるとそこに「先生」はおらず、目の前には仕事――レイヴンの任務時の専属オペレータの妹がいた
「どんな夢見てたんですか・・・こっちまで寿命が縮まったじゃないですか、もー」
「いやー・・・なんていうか、もー・・・ごめんよ馬鹿!!」
「何逆切れしてるんですか、ていうか何の夢か気になりますよ」
どうやら古い記憶を夢に見ていた様だ
昔、まだ自分がレイヴンではなかった頃、「先生」の下で暮らしていたあの頃
自分は物心つく頃には既に孤児だった、捨てられたのか、それとも両親が死んでしまったのかはわからない
ただ都市の路地裏で残飯を漁り、ビニールシートに包まって寝る毎日だった
別段苦ではなかった、そもそも苦を感じるよりもそうする事が自分にとっての普通だったからである
そんなある日、先生が曰く「十歳っぽいから十歳でいいや」の時、俺は先生に拾われた
自分が残飯を漁っているのを生ゴミを見るかの様な目で観察していた少女、今思えば初対面からろくな人間じゃなかった
その視線に気づき不思議に見返すと、その少女は一瞬驚いた顔になり
「・・・顔とハングリー精神は合格」
自分に言ったのか、それとも独り言だったのかはわからないが、そう呟いた
そんで拉致られた、言葉通りの意味で
その少女はレイヴンだった、しかも外見からは想像がつかない程の凄腕のレイヴン
過去、自分と同じ様にストリートチルドレンだった彼女もレイヴンに拾われ育てられた
だからといって真似事をするつもりはなかったらしいが
幸か不幸か「顔が気に入った」という理由により少々(?)強引に自分の面倒を見ようとしてくれたらしい
「それが先生との出会いだったのです・・・」
「とりあえず、お茶入れてきていいですか?」
「あれ・・・そういえば何でいるの?」
「あ、えっとですね依頼がきてるんですよ」
「依頼?お仕事?レイヴンの?」
「はい」
「何で君が?お姉さんは?」
「お姉ちゃんがですね、絶対逃げるだろうから捕まえとけって」
「はー・・・成る程」
「はい」
「通りで体が不自由だと思ったー手足縛られてるじゃんか、あはは」
「あはは、気づくの遅いですねー」
「ほ、ほどいてー!」
『クレスト社からの依頼です』
「こんな事する人の依頼なんてやです」
『新パーツのテストを行なうため対戦相手としてあなたが指名されました』
「や、聞いて下さ・・・って指名?」
それはおかしな話だ、普通ならばこの様な大企業でのテストならば専属レイヴンを使って行なうのではないか
例外として、例えば新装備がミサイルだった場合それを重点にアセンブルしたレイヴンを雇う事はある
だがそれにしてもあくまで「使う側」であり、対戦相手をわざわざ指名したりはしないだろう
『はい、あくまで試験的に行なう戦闘なので命の危険はありません、また弾薬費、戦闘によって破損した機体修理費は依頼主が持ちます
更に企業からの信頼を得る大きなチャンスです、これはあなたにとっても私達にとっても大変良い依頼と言えます』
「悪い話じゃないけど・・・怪しくない?」
『その点に関しては非常に厳密な審査を行なった為心配は入りません』
「でも何か怖いからやなんですが・・・」
『そう言うかもしれないと考えたので強硬手段に移らせて頂きました』
「・・・悪女だ」
『・・・またこの依頼後、個人的にミーティングを行ないます』
「ご、ごめんなさい!嘘です!」
『・・・はぁ、とにかく二時間後輸送ヘリがそちらに向かうので準備をして下さい』
「じゃあ妹さんに縄ほどかせて下さい」
『くれぐれも逃げないように』
「はぁ・・・受けちゃったんだからやりますよ」
『ふふ、これからもそうやって素直にしてくれると助かります』
「努力します」
『じゃあ妹には連絡をいれておきます、準備は怠らない様に』
「はーい」
クレスト社兵器開発施設実験場
『レイヴン、依頼を受けてくれた事を感謝する』
「はぁ、質問させて頂きたいのですが」
『何かね・・・まぁ、聞かずともわかるよ』
「答えて頂けますか?」
『ああ、まず今回のこちらの用意した新パーツは新機構のグレネード砲だというのは知っているな』
「グレネード・・・」
『ああ?聞いていないのか?』
「申し訳ない、こちらも直前まで別の依頼があったもので」
勿論嘘である、最近オペレータとのやり取りのせいか咄嗟に嘘をついてしまう癖ができてしまったようだ
『そうかまあいい、そのため我々はそれを最大限の能力を引き出せる様、それの扱いに特化したレイヴンに協力を依頼した』
「グレネードの扱いに特化したレイヴンですか・・・」
『そして実際に戦闘テストを行なう段階で、彼女は対戦相手として君を非常に強く推していた・・・こちらとしては外部に頼む気はなかったのだがな』
「はぁ・・・グレネードの扱い特化した女性レイヴン・・・あれ?」
何でだろう、急に肩が重くなった気がする、そして胃が締め付けられているようにキリキリとした痛みを訴える
さらに頭の中では、本当に危険な依頼を受諾してしまった時の嫌なアラート音が鳴り響いている
『とにかく、どうして君を指名したか聞きたいのであらば本人から直接聞いてくれ、ではテストを開始する』
そう言うとクレストからの通信が切れ、施設内のエレベータが起動、地下の戦闘用フィールドまで下降していく
そしてそのフロアまで到着するとエレベータの扉が左右に開いて中の様子が見えてくる
そこは馴染み深い「ドーム」と似たような内部構造のフィールド、その円の中心に彼女はいた
『・・・久しいな、会いたかったぞ』
肩につけているグレネードは違えど、それは決して見間違える事のない、心にトラウマを残す
あの、「先生」の機体だった
「この任務は達成不可能と判断しました、帰還します」
『つれないな・・・久しぶりの再開だと言うのに・・・』
「すいません帰ります!もう帰ります!!」
『さて・・・愛弟子がどれ程強くなったか、調べさせてもらおうか』
「やーだー!帰る!マジ無理帰る!!」
『ふふふ・・・懐かしい気持ちだ、さあ講義はここまでだ、では実践だ』
セリフと共にコアのOBを起動、と同時に肩部に取り付けたグレネードを放ってくる
「くそっ!皆大嫌いだチッキショウ!!」
もう文句を言っても無駄だと判断し、OBで突進してくる赤い機体から距離を置く
だが相手のグレネードはまるで逃げる先を知っているかのように追ってくる
直撃はしないものの、高火力のグレネード砲は掠るだけでも相当装甲を削っていく
また距離を置こうと高速で移動しているのだが、赤い機体は中距離以上離れてはくれない
決してこちらの機体が遅いわけではない、ましてや相手はタンク型、機動力では話にならない・・・ハズなのだが
(相変わらずデタラメだなぁこの人)
赤い機体は空中で一瞬OBを使ったかと思うとすぐに解除し、その反動でタンクACとは思えない高速の移動を繰り返している
それでも速度はこちらに分があるハズだが、経験の差か、逃げようとしている方向を読まれてすぐ先周りされてしまう
更に容赦のないグレネードの連打、あまり装弾数はないハズなのに四方八方から飛んでくる火の玉はまるで尽きることを知らない
隙を見てこちらも二丁のスナイパーライフルを撃ち込むもあの厚い装甲には対して効いている様子はない
捨て身を覚悟でマクロミサイルと連動ミサイルの十発を越えるミサイルの雨を撃ち込むも、巨体に似合わず柳の如くひらりとかわされてしまう
ロケット等使う暇も意味もない
未だ、相手のグレネードは直撃していないのに、爆風や掠った衝撃のせいで機体は悲鳴を上げ始めている
片や赤い機体はスナイパーライフルをいくつか直撃させたハズなのにまるで消耗している様子がない、詐欺みたいな硬さである
さてこれからどうするか・・・そんな事を考えていると赤い機体はピタリと止まる
チャンスといえばチャンスだがあまりに急で異常な行動に思わずこちらも止まってしまう
その状態で一瞬見詰め合うと「先生」が口を開いた
『・・・お前はレイヴンになって何をしていた?』
「・・・ぐーたらしてました」
『だろうな、お前はそうなる可能性は高かった』
「何か普通に納得されると悲しいです」
『だが安心しろ、この任務が終わったらまた鍛えなおしてやる』
「は!?」
『私もいいかげん一人でいるのには飽きたしな』
「え!?やです!」
『新しい住居を探さねばな、いかんせん今の場所は少々狭い』
「や、いいですって!一人暮らし楽しいですよ!?」
『ふふ、楽しみだな』
「駄目だこの人!相変わらず話聞かない!!」
『それではそろそろ終わらせるか!』
そう吐き捨てると共に、赤い機体は最初と同じ様に突進してくる
距離を置かねばやられる、考える前に体が動き、機体を横に滑らせて逃げようとした
しかし赤い機体は先程と違ってOBを解除する様子はない
しまった、と後悔すると同時に赤い機体は眼前に迫り、そして両手のグレネードを0距離から撃ち込んだ
「・・・あぶな」
『ほう・・・まだ動けるか』
0距離からグレネードを放たれたようとしたその時、咄嗟に手にしていたスナイパーライフルでグレネードを受け止めていた
その衝撃で愛用していた二丁のスナイパーライフルは完全に大破、さらに右腕部も完全に大破、そして左腕部とコアにも少なからぬダメージを受けた
「今のは死にますよ・・・」
『ウッカリしていた』
「だから命に関わるウッカリは駄目って十年前から言ってるでしょう!?」
『まあいい、どのみちそれでは戦えまい』
「よかないですよ!?」
「それと、勝負を受けたら降参なんぞしないって十年前から言ってるでしょう」
『そうか』
「そうですよ、先生ギャフンと言わせて、一人暮らしの邪魔はさせません」
懐かしいな、死に掛けた癖にそんな気持ちが沸いてきてしまう自分がおかしくて口元がニヤリと歪むのを押さえられない
コアに格納していたブレードを辛うじて繋がっている左腕部に装着、肩のミサイルとロケットは邪魔なのでパージ
これで装備は左腕のブレードのみ、そもそも右腕はもうない
『悪あがきかは相変わらずだな・・・』
先生の言葉にますます口元がニヤける、悪あがきかどうかは試してからのお楽しみですよ先生
『・・・そうか』
・・・声に出ていたらしい、最近の良くない傾向だ
まあいい、口先だけじゃなきゃいい話だ
そしてブーストを吹かして赤い機体に突撃する
時間が遅く感じる
赤い機体に全速力で近づいている、武装どころか右腕まで落とした今の状態は普段の状態よりも速いハズなのに何故かとてもスローで動いていく
赤い機体が両肩のグレネードをパージする、頭の片隅でそれのテストの為なのにいいのかなと思う
赤い機体がOBを起動させてこちらに突進してくる、さっきはあんなに恐ろしく速く感じたのに、今は非常にスローだ
ゆっくりと、だが高速で、距離は縮まっていく
赤い機体の右腕部のグレネードが発射される、見えるハズがないその軌道が見えている、少し右にズレてかわす
赤い機体の左腕部のグレネードが発射される、似たように少し左にズレてかわす
そしてそのまま左へ逸れながら赤い機体の真横に接近し、両腕を叩き落とす為ブレードを振り下ろした
「・・・今回はあの武装をテストする為の対戦のハズだったが、何故パージしたのかね?」
「弾切れを起こしたからです」
「・・・残弾はまだ残っていたハズだが?」
「ならば弾詰まりでしょう、あの場では使用不可でした」
「・・・何か他に言う事はあるかね?」
「ありません」
「そうか、では私から言わせてもらう、今回の君の過失は大きい、報酬の減額は覚悟しておいてくれ」
「はい」
ブレードを振り下ろし右腕を切断、そして左腕も・・・という瞬間、負荷に耐え切れなくなった自分の機体の左腕が弾け飛んだ
その時点で自分は武装なし、そして腕もない状態、他の箇所もいつ壊れてもおかしくない状態
だが「先生」の機体は右腕が破損した以外は、ほぼ軽微な破損しかなかった
「惜しかったなー・・・」
『最後にギリギリだったじゃないですか』
「ふん、オペレータさんとは口聞きません・・・」
『はい?』
「途中で帰りたいって言ったのにシカトしたでしょ」
『帰れると思って言ったんですか?』
「・・・とにかく、もうしばらくミッションは受けませんから」
『はぁ・・・まぁ好きにどうぞ、ただ違約金が発生する前には受けてもらいますよ』
「やです!」
『・・・はぁ』
そしてやっと危険度Sの任務から解放されたのだった
「はー・・・疲れた」
「お帰り、遅かったじゃないか」
「やー・・・先生が手加減しないもんだから機体が・・・」
「そうか、だが修理費はクレスト持ちだろう、いいじゃないか」
「機体はいーんですけど、こう精神的な面で・・・面で?」
「どうした?」
「先生!?何してるんですか人ん家で!?」
恐怖の権化が部屋の中にいた
「・・・鍛えなおすと言わなかったか?」
「え!?でもあれは結果オーライだったじゃないんですか!?」
「?、何を言っている?」
「あ!この人話聞かないんだった!!」
「あっちの空き部屋はもらったぞ」
「ていうか他に家借りましょうよ・・・お金あるでしょ?」
「一人は寂しいじゃないか・・・」
「・・・あぁーもーやだー」
甘い話と依頼にはろくな事がない事をより深く思い知った一日だった
片や、緩いウェーブのかかった長めの髪に穏やかな印象を与える目元の十五歳前後であろうあどけなさいの残る少年
もう一人はストレートの美しい漆黒を讃える様な黒髪に、猫科の動物を思わせるパッチリとした黒い瞳の二十歳前後と思しき女性である
ミーティングルームとして使われる室内で少年は長机に片肘をついて座り、女性はホワイトボードの前に立っていた
ホワイトボードにはACと思しき図が中途半端に半分ほど描いてあり、また所々に「重要」、「右手」、「ヒント」等の単語のみ書かれていた
「機体構成によってACは全く別の兵器になる」
女性は半分だけ描かれたACらしく絵をペンでコツコツ叩きながら少年に話しかける
「最後まで描く気ないんなら描かなきゃいいのに・・・」
「例えば高火力のタンクACなんかは移動要塞みたいなものだ、トーチカ(固定砲台)並の火力に鋼鉄のゲートの様な防御力」
少年の発言を無視し、ホワイトボードに「ゲート」という文字を書き込む
「そこ抜き出す意味は何ですか?」
「そして速度重視の軽量機は戦闘機並のスピードにACならでは凡庸性、フロート機なんかは小回りの効く戦艦みたいなものだ」
少年の声には耳を貸さず、またホワイドボードに「凡よう性」と書きこむ
「凡庸の庸はこうですよ、こう」
少年は手元にあった紙に大きく「庸」と書いて女性に見せる、女性は少年を一瞥するとまた何事もなかったの用に話始める
「だがいくらACが最強と呼べる兵器だとしてもだ、それを扱う者が未熟では所詮はMTに毛が生えたようなものでしかない」
「先生実はやる気ないでしょ?」
「ここまではわかるな」
「・・・だいたいOKです」
「よし、では実践だ」
「・・・やです」
「手加減はするが、気を抜けば死ぬぞ」
「わかってるので、やです」
「いいから」
「いやいや」
「早く」
「いやいや、やですってば」
「・・・ブチ殺すぞ」
「さぁ!早く行きましょうか先生!!」
無骨な鉄板に囲まれた大きなドーム場の中心からそれぞれ反対側の方向に二機のACが向かい合っている
片方は何のチューンも施されていない初期機体
そして向かい合う先の機体は脚部の中でも最高の積載量と安定性能を誇るタンク型
OB機能を備え、また厚い装甲を持った大型のコア
重量級の厚い装甲の腕部には左右それぞれににグレネードランチャー
それだけでは物足りないとばかりに背中にも二丁の大型グレネードを担いだ赤い機体
外装だけに留まらず武装も真紅に塗装された機体は、重々しい威圧感を放っている
「先生・・・」
『何だ?』
「手加減はするって言いませんでした・・・?」
『・・・グダグダとうるさいから腹立ったんだもん』
「「もん」じゃなくて!無理ですって!先生それガチ機体じゃないですか!」
『大丈夫だ、心配するな』
「お願いします!せめてライフルで!」
『・・・一番威力の強いライフルは何だ?』
「威力は弱めて下さい!!」
『・・・うるさい、行くぞ』
「横暴だよ!先生横暴すぎるよ!!」
「やめてえええええええ!!!!!!!」
「キャッ!」
「死ぬ!何で!?何でグレネードそんな!先生!!せんせ・・・あれ?」
「あー・・・ビックリした」
「あれ・・・ここ・・・あれ?夢?」
目が覚めるとそこに「先生」はおらず、目の前には仕事――レイヴンの任務時の専属オペレータの妹がいた
「どんな夢見てたんですか・・・こっちまで寿命が縮まったじゃないですか、もー」
「いやー・・・なんていうか、もー・・・ごめんよ馬鹿!!」
「何逆切れしてるんですか、ていうか何の夢か気になりますよ」
どうやら古い記憶を夢に見ていた様だ
昔、まだ自分がレイヴンではなかった頃、「先生」の下で暮らしていたあの頃
自分は物心つく頃には既に孤児だった、捨てられたのか、それとも両親が死んでしまったのかはわからない
ただ都市の路地裏で残飯を漁り、ビニールシートに包まって寝る毎日だった
別段苦ではなかった、そもそも苦を感じるよりもそうする事が自分にとっての普通だったからである
そんなある日、先生が曰く「十歳っぽいから十歳でいいや」の時、俺は先生に拾われた
自分が残飯を漁っているのを生ゴミを見るかの様な目で観察していた少女、今思えば初対面からろくな人間じゃなかった
その視線に気づき不思議に見返すと、その少女は一瞬驚いた顔になり
「・・・顔とハングリー精神は合格」
自分に言ったのか、それとも独り言だったのかはわからないが、そう呟いた
そんで拉致られた、言葉通りの意味で
その少女はレイヴンだった、しかも外見からは想像がつかない程の凄腕のレイヴン
過去、自分と同じ様にストリートチルドレンだった彼女もレイヴンに拾われ育てられた
だからといって真似事をするつもりはなかったらしいが
幸か不幸か「顔が気に入った」という理由により少々(?)強引に自分の面倒を見ようとしてくれたらしい
「それが先生との出会いだったのです・・・」
「とりあえず、お茶入れてきていいですか?」
「あれ・・・そういえば何でいるの?」
「あ、えっとですね依頼がきてるんですよ」
「依頼?お仕事?レイヴンの?」
「はい」
「何で君が?お姉さんは?」
「お姉ちゃんがですね、絶対逃げるだろうから捕まえとけって」
「はー・・・成る程」
「はい」
「通りで体が不自由だと思ったー手足縛られてるじゃんか、あはは」
「あはは、気づくの遅いですねー」
「ほ、ほどいてー!」
『クレスト社からの依頼です』
「こんな事する人の依頼なんてやです」
『新パーツのテストを行なうため対戦相手としてあなたが指名されました』
「や、聞いて下さ・・・って指名?」
それはおかしな話だ、普通ならばこの様な大企業でのテストならば専属レイヴンを使って行なうのではないか
例外として、例えば新装備がミサイルだった場合それを重点にアセンブルしたレイヴンを雇う事はある
だがそれにしてもあくまで「使う側」であり、対戦相手をわざわざ指名したりはしないだろう
『はい、あくまで試験的に行なう戦闘なので命の危険はありません、また弾薬費、戦闘によって破損した機体修理費は依頼主が持ちます
更に企業からの信頼を得る大きなチャンスです、これはあなたにとっても私達にとっても大変良い依頼と言えます』
「悪い話じゃないけど・・・怪しくない?」
『その点に関しては非常に厳密な審査を行なった為心配は入りません』
「でも何か怖いからやなんですが・・・」
『そう言うかもしれないと考えたので強硬手段に移らせて頂きました』
「・・・悪女だ」
『・・・またこの依頼後、個人的にミーティングを行ないます』
「ご、ごめんなさい!嘘です!」
『・・・はぁ、とにかく二時間後輸送ヘリがそちらに向かうので準備をして下さい』
「じゃあ妹さんに縄ほどかせて下さい」
『くれぐれも逃げないように』
「はぁ・・・受けちゃったんだからやりますよ」
『ふふ、これからもそうやって素直にしてくれると助かります』
「努力します」
『じゃあ妹には連絡をいれておきます、準備は怠らない様に』
「はーい」
クレスト社兵器開発施設実験場
『レイヴン、依頼を受けてくれた事を感謝する』
「はぁ、質問させて頂きたいのですが」
『何かね・・・まぁ、聞かずともわかるよ』
「答えて頂けますか?」
『ああ、まず今回のこちらの用意した新パーツは新機構のグレネード砲だというのは知っているな』
「グレネード・・・」
『ああ?聞いていないのか?』
「申し訳ない、こちらも直前まで別の依頼があったもので」
勿論嘘である、最近オペレータとのやり取りのせいか咄嗟に嘘をついてしまう癖ができてしまったようだ
『そうかまあいい、そのため我々はそれを最大限の能力を引き出せる様、それの扱いに特化したレイヴンに協力を依頼した』
「グレネードの扱いに特化したレイヴンですか・・・」
『そして実際に戦闘テストを行なう段階で、彼女は対戦相手として君を非常に強く推していた・・・こちらとしては外部に頼む気はなかったのだがな』
「はぁ・・・グレネードの扱い特化した女性レイヴン・・・あれ?」
何でだろう、急に肩が重くなった気がする、そして胃が締め付けられているようにキリキリとした痛みを訴える
さらに頭の中では、本当に危険な依頼を受諾してしまった時の嫌なアラート音が鳴り響いている
『とにかく、どうして君を指名したか聞きたいのであらば本人から直接聞いてくれ、ではテストを開始する』
そう言うとクレストからの通信が切れ、施設内のエレベータが起動、地下の戦闘用フィールドまで下降していく
そしてそのフロアまで到着するとエレベータの扉が左右に開いて中の様子が見えてくる
そこは馴染み深い「ドーム」と似たような内部構造のフィールド、その円の中心に彼女はいた
『・・・久しいな、会いたかったぞ』
肩につけているグレネードは違えど、それは決して見間違える事のない、心にトラウマを残す
あの、「先生」の機体だった
「この任務は達成不可能と判断しました、帰還します」
『つれないな・・・久しぶりの再開だと言うのに・・・』
「すいません帰ります!もう帰ります!!」
『さて・・・愛弟子がどれ程強くなったか、調べさせてもらおうか』
「やーだー!帰る!マジ無理帰る!!」
『ふふふ・・・懐かしい気持ちだ、さあ講義はここまでだ、では実践だ』
セリフと共にコアのOBを起動、と同時に肩部に取り付けたグレネードを放ってくる
「くそっ!皆大嫌いだチッキショウ!!」
もう文句を言っても無駄だと判断し、OBで突進してくる赤い機体から距離を置く
だが相手のグレネードはまるで逃げる先を知っているかのように追ってくる
直撃はしないものの、高火力のグレネード砲は掠るだけでも相当装甲を削っていく
また距離を置こうと高速で移動しているのだが、赤い機体は中距離以上離れてはくれない
決してこちらの機体が遅いわけではない、ましてや相手はタンク型、機動力では話にならない・・・ハズなのだが
(相変わらずデタラメだなぁこの人)
赤い機体は空中で一瞬OBを使ったかと思うとすぐに解除し、その反動でタンクACとは思えない高速の移動を繰り返している
それでも速度はこちらに分があるハズだが、経験の差か、逃げようとしている方向を読まれてすぐ先周りされてしまう
更に容赦のないグレネードの連打、あまり装弾数はないハズなのに四方八方から飛んでくる火の玉はまるで尽きることを知らない
隙を見てこちらも二丁のスナイパーライフルを撃ち込むもあの厚い装甲には対して効いている様子はない
捨て身を覚悟でマクロミサイルと連動ミサイルの十発を越えるミサイルの雨を撃ち込むも、巨体に似合わず柳の如くひらりとかわされてしまう
ロケット等使う暇も意味もない
未だ、相手のグレネードは直撃していないのに、爆風や掠った衝撃のせいで機体は悲鳴を上げ始めている
片や赤い機体はスナイパーライフルをいくつか直撃させたハズなのにまるで消耗している様子がない、詐欺みたいな硬さである
さてこれからどうするか・・・そんな事を考えていると赤い機体はピタリと止まる
チャンスといえばチャンスだがあまりに急で異常な行動に思わずこちらも止まってしまう
その状態で一瞬見詰め合うと「先生」が口を開いた
『・・・お前はレイヴンになって何をしていた?』
「・・・ぐーたらしてました」
『だろうな、お前はそうなる可能性は高かった』
「何か普通に納得されると悲しいです」
『だが安心しろ、この任務が終わったらまた鍛えなおしてやる』
「は!?」
『私もいいかげん一人でいるのには飽きたしな』
「え!?やです!」
『新しい住居を探さねばな、いかんせん今の場所は少々狭い』
「や、いいですって!一人暮らし楽しいですよ!?」
『ふふ、楽しみだな』
「駄目だこの人!相変わらず話聞かない!!」
『それではそろそろ終わらせるか!』
そう吐き捨てると共に、赤い機体は最初と同じ様に突進してくる
距離を置かねばやられる、考える前に体が動き、機体を横に滑らせて逃げようとした
しかし赤い機体は先程と違ってOBを解除する様子はない
しまった、と後悔すると同時に赤い機体は眼前に迫り、そして両手のグレネードを0距離から撃ち込んだ
「・・・あぶな」
『ほう・・・まだ動けるか』
0距離からグレネードを放たれたようとしたその時、咄嗟に手にしていたスナイパーライフルでグレネードを受け止めていた
その衝撃で愛用していた二丁のスナイパーライフルは完全に大破、さらに右腕部も完全に大破、そして左腕部とコアにも少なからぬダメージを受けた
「今のは死にますよ・・・」
『ウッカリしていた』
「だから命に関わるウッカリは駄目って十年前から言ってるでしょう!?」
『まあいい、どのみちそれでは戦えまい』
「よかないですよ!?」
「それと、勝負を受けたら降参なんぞしないって十年前から言ってるでしょう」
『そうか』
「そうですよ、先生ギャフンと言わせて、一人暮らしの邪魔はさせません」
懐かしいな、死に掛けた癖にそんな気持ちが沸いてきてしまう自分がおかしくて口元がニヤリと歪むのを押さえられない
コアに格納していたブレードを辛うじて繋がっている左腕部に装着、肩のミサイルとロケットは邪魔なのでパージ
これで装備は左腕のブレードのみ、そもそも右腕はもうない
『悪あがきかは相変わらずだな・・・』
先生の言葉にますます口元がニヤける、悪あがきかどうかは試してからのお楽しみですよ先生
『・・・そうか』
・・・声に出ていたらしい、最近の良くない傾向だ
まあいい、口先だけじゃなきゃいい話だ
そしてブーストを吹かして赤い機体に突撃する
時間が遅く感じる
赤い機体に全速力で近づいている、武装どころか右腕まで落とした今の状態は普段の状態よりも速いハズなのに何故かとてもスローで動いていく
赤い機体が両肩のグレネードをパージする、頭の片隅でそれのテストの為なのにいいのかなと思う
赤い機体がOBを起動させてこちらに突進してくる、さっきはあんなに恐ろしく速く感じたのに、今は非常にスローだ
ゆっくりと、だが高速で、距離は縮まっていく
赤い機体の右腕部のグレネードが発射される、見えるハズがないその軌道が見えている、少し右にズレてかわす
赤い機体の左腕部のグレネードが発射される、似たように少し左にズレてかわす
そしてそのまま左へ逸れながら赤い機体の真横に接近し、両腕を叩き落とす為ブレードを振り下ろした
「・・・今回はあの武装をテストする為の対戦のハズだったが、何故パージしたのかね?」
「弾切れを起こしたからです」
「・・・残弾はまだ残っていたハズだが?」
「ならば弾詰まりでしょう、あの場では使用不可でした」
「・・・何か他に言う事はあるかね?」
「ありません」
「そうか、では私から言わせてもらう、今回の君の過失は大きい、報酬の減額は覚悟しておいてくれ」
「はい」
ブレードを振り下ろし右腕を切断、そして左腕も・・・という瞬間、負荷に耐え切れなくなった自分の機体の左腕が弾け飛んだ
その時点で自分は武装なし、そして腕もない状態、他の箇所もいつ壊れてもおかしくない状態
だが「先生」の機体は右腕が破損した以外は、ほぼ軽微な破損しかなかった
「惜しかったなー・・・」
『最後にギリギリだったじゃないですか』
「ふん、オペレータさんとは口聞きません・・・」
『はい?』
「途中で帰りたいって言ったのにシカトしたでしょ」
『帰れると思って言ったんですか?』
「・・・とにかく、もうしばらくミッションは受けませんから」
『はぁ・・・まぁ好きにどうぞ、ただ違約金が発生する前には受けてもらいますよ』
「やです!」
『・・・はぁ』
そしてやっと危険度Sの任務から解放されたのだった
「はー・・・疲れた」
「お帰り、遅かったじゃないか」
「やー・・・先生が手加減しないもんだから機体が・・・」
「そうか、だが修理費はクレスト持ちだろう、いいじゃないか」
「機体はいーんですけど、こう精神的な面で・・・面で?」
「どうした?」
「先生!?何してるんですか人ん家で!?」
恐怖の権化が部屋の中にいた
「・・・鍛えなおすと言わなかったか?」
「え!?でもあれは結果オーライだったじゃないんですか!?」
「?、何を言っている?」
「あ!この人話聞かないんだった!!」
「あっちの空き部屋はもらったぞ」
「ていうか他に家借りましょうよ・・・お金あるでしょ?」
「一人は寂しいじゃないか・・・」
「・・・あぁーもーやだー」
甘い話と依頼にはろくな事がない事をより深く思い知った一日だった