「釈放だ、ガルム」
  一昨日のことである。刑務所の事務室に呼び出されたガルムは、突如としてそう言い渡された。
「…………は?」
「釈放だ、ガルム。もっとも、まだ契約段階ではあるが……お前は、この後正式な手続きを経て、自由となる権利を得た」
  急な発表に唖然とするガルムへ、デスクの事務官は再び告げてくる。
  だが、ガルムにはまだ成り行きが掴めない。
  早朝であることも相まって、まだ寝ぼけているのか、とさえ思ったほどだ。
  けれど、正面に座る眼鏡の男は、極めて真面目な表情をしており、釈放要請が事実だということを暗黙に告げていた。
「……釈放?」
「そうだ。契約が成功すれば、お前の懲役一五〇年の実刑は、撤回されるかもしれない」
「……なぜ?」
「嬉しくないのか?」
  無論、全く持って嬉しくない。それを承知の上での、事務官からの冗談だろう。
  年輩の事務官は苦笑してから、書類を読み、詳しい事情を説明し始めた。
「保釈金だ。我々に、お前の保釈金一〇〇万Cが支払われようとしている」
  誰から、と聞くよりも早く、事務官が続けた。
「武装勢力だ。彼は――いや、彼女は、お前のレイヴンとしての実力を買っている。一〇〇万Cの保釈金をエサに、恐らくお前を勢力に引きずり込むつもりなのだろう」
  レイヴンは大きな戦力だ。確かに、その理屈は通っている。
  刑務所が、囚人を武装勢力に売り渡すような真似には、多少の道義的な問題がありそうだが、この荒れた時代、特にこのような辺境ではよくあることだった。
  だが――

「……本当なのか?」
「我々は、全てを語ることがない代わりに、嘘はつかないようにしている。信用してくれたまえ」
「……あんたは信用してるが……」
  事務官は頷くと、おもむろに席を立った。
「そうしたまえ。彼女たちは、すぐにこの部屋に来るだろう。待っていてくれ」
「……分かってるとは思うが、その申し出を受けるかどうかは、わからないぞ」
  これが普通の囚人なら、釈放と聞いただけで飛びついていくだろう。なにせ、彼らにとって自由こそが何よりの贈り物なのだから。
  けれど、この刑務所では、特にガルムにおいては違う。
  それを承知する二人は、言葉に視線を交わ合った。
  その後、何事もなかったかのように会話に戻る。
「……やはり、無駄だと思えてきたな」
「そう言うな。呼んでこよう」
  事務官がドアに向かうのを見ながら、一人ガルムは面倒そうに欠伸をした。


     *


  数分後、その女はやってきた。
  年齢は20と少しだろう。やや痩せ形で、背は低く、髪を茶色に染めている。
  後ろに数名の黒服を引き連れているところ見ると、驚くべきことだが、どうやらこの女がその武装勢力の頭らしい。
「ムームだ」
  女はそう名乗って、席についた。
  付き添いの男達は、彼女の後ろに並んで立つ。
「ガルムだ」
「知っている。話は聞いているな? 私達は、あんたの力が欲しい。よって、我々の武装勢力への専属を依頼する。
契約料は、保釈金の100万だ。その後は、一ヶ月毎にその半額を払っていく。
レイヴン撃破時の賞金は、我々の勢力と山分けだ。
また専属後は、当然ここを出て、我々と行動を共にすることになる。よって、機体破損時の修理費、整備費、他衣食住も全て、我々が負担しよう」
  社交事例の挨拶も、腹のさぐり合いも一切ない。
  出せる条件を堂々と提示し、後は相手の反応を待つという姿勢、それは清々しいまでの直球戦法だった。
(気持ちのいい女だな)
  が、かといって、それを契約に反映させたりはしない。これはビジネスなのだ。
  そしてビジネスの観点から見れば、この契約への対応は決まっていた。
「申し訳ないが……やはり、話にならないな」
  よほど提示した条件に自信があったのだろう、ムームは驚いたように身を強ばらせた。後ろの黒服達の目も険しくなる。
「……どういうことだい? 私達の条件に、何か不満でも?」
「そうだな。なかなか魅力的な提案ではあるが、俺自身の価値には見合わない」
「話が見えない。五〇万Cの月給に、生活費のほとんどを負担すると言っているのだが?」
  確かに、それはなかなか優良な雇用状況といえた。通常のレイヴンなら迷わず飛びついているだろう。だが、ガルムはただのレイヴンではなかった。【地獄の番犬】の異名をとるほどの、腕利きであり、ベテランなのだ。
  何より、この刑務所には――先程ガルムと事務官が話したように――少々複雑な『裏』もある。
  ガルムは苦笑して、無知な相手に理由を説明し始めた。

「おれは、自分で言うのもなんだが……いい仕事をする。拠点防衛から偵察、破壊、有り体の技能は持っているし、知識もある。
そんなレイヴンを、契約金100万C、月給50万Cで専属に――手元において番犬にしようってのは、そもそも虫が良すぎる。
中堅どころのレイヴンには、それで十分すぎるほどだがな」
「……じゃあ、どれだけの額なら満足なんだい?」
  ガルムは容赦なく告げた。
「契約金は言い値の一.五倍、月給は倍欲しい。これが、最低ラインだと思ってくれ」
  後ろの黒服達が、全員同時に一歩前へ出た。ムームの目もいっそう鋭くなる。
  ふざけるな。
  そういう意志表示だろう。
  だが、それはガルムの台詞だった。
「……それが相場なんだ。むしろ、これでも少ないくらいだ。
アライアンスの秩序が出来上がり、レイヴンの需要が減ってきたと言われているが、それでもこれくらいは稼ぐやつは五万といる。
ドンパチの依頼ってのは、少なくなることはあっても、決してなくなることはないのだからな」
  ガルムの言葉は、語調こそ淡々としていたが、それ故「事実を言っているのだ」という説得力があった。
  だが、ムーム達はそれだけでは退かない。
「……なるほど。確かにそうかもしれない。だが、忘れたのかい?」
  その強い口調で、ガルムには次に彼女が切ってくるであろうカードが予想できた。
「あんたは囚人だろう? これは、このブタ箱を出れる絶好のチャンスだ。それも、三年待って初めて訪れた。逃してもいいのかい?」
  ガルムの予想通りのカードだった。恐らく、相手にとっては交渉の切り札なのだろう。
  だからこそ、ガルムも隠していた札を見せることにした。
「失礼だが……」
  突然、ガルムはそう切り出した。またも苦笑を浮かべながら、
「そっちの武装勢力は、まだ規模も小さく、成立から日も浅いようだな。
なるほど、三年間保釈金を払う勢力がいないことぐらいは調べてきたようだが、腕利きのおれに中堅レイヴン向けの契約プランを出してきたり、交渉中に取り乱したり、どうも……組織としては、未熟に過ぎる」
「……どういうことだ?」
  不可解と不快を半々に、ムームは聞いてきた。
  ガルムは、それに尚も婉曲で応じた。

「そんな未成熟なあんた方が、『裏事情』に精通していなくても、これは当然だろう。そういう話だ」
「……話が見えないな」
「なら端的に言おう。なるほど、事情に通じていないあんたから見れば、確かにおれは自由になるためにこの契約を飲むしかない。
だが、実際は違う。おれは、この刑務所の暮らしに不自由していない。
どころか、下手をすると外よりも快適で、自由だ。『裏』のお陰でな。
よって安い金で専属になってまで、外に出る必要を感じない。この意味は、分かるな?」
  ここまで言われて、やっとムーム達は彼の意図を理解した。
  つまりガルムは、刑務所に『裏』が――不正があり、自分はそれによって凄まじい恩恵を受けている、だから専属として外に連れ出すなら、その『恩恵』以上の待遇をしなければ出る価値はない、そう言っているのだ。
  唖然とするムーム達へ、さらにガルムは宣告した。
「この刑務所は、辺境だ。そのため、未だに中枢からの管制が甘く、既存の官僚も多い。
そのせいでかなりの不正がまかり通る。
賄賂は現金でも品物でもいいが、多ければ多いほどいい待遇が望める。
おれは、200万Cと少しをばらまいて、刑務所内部の工場を経営する権利や、プールに入る権利、もっと言えば、僅かな手続きで外出する権利を持っている。
頼めばACで活動することも可能だ。口実は幾らでもあるし、実際、入ってからの三年間で企業や武装勢力の依頼をいくつも受けた。そのおかげで、レイヴンだった時と変わらない年収もある。
なにより……」
  ガルムは一旦言葉を切った。その後、言葉が浸透するまで間をはかってから、再開する。
「ここは『安全』だ。俺みたいに怨みを買いまくった男には、この刑務所で得られる、権力による『安全』は、どんな利便性に勝るんだよ」
  そこでガルムは相手の方を見た。
  『どうだ、これ以上の条件を作り出せるのか』、という問いかけの視線である。
  黒服達はもはや蒼白となり、悔しげに、かつやりきれない表情でムームを見ていた。
  彼らのボスはその期待に応えるため、苦しげにしながらも、逆転の糸口を探すため質問を投げかけた。

「……それは、本当なのか?」
  ガルムは、無言で数枚のカードキーをテーブルに出した。
  獲得した権利を証明する、刑務所支給の品物である。
「もっとあるんだが、今持っているのはこれだけだな」
「……その大量の権利を得るには、賄賂がいるのか?」
「そうだな。さっきも言ったとおり、俺は200万C払った」
「なら……我々の組織に入っていれば、そんな大金を払わずとも……」
  思わず失笑が漏れた。
「混乱しているぞ。おれは、200万すでに払って、ここでその権利を得ているんだ。
そんな仮定に意味はない。
お前達がこれに勝る待遇で俺を迎えられるかどうか、それが重要だろう」
  的確な指摘に、ムームが悔しげに押し黙った。
  そして恐らく、というより間違いなく、そんな条件は出せないのだろう。ひょっとすれば、先程の契約状況で限界だったのかも知れない。
  もっとも、よりよい状況を提示されても、この勢力について行く気にはなれなかったが。
  どんな事情があったのかはしらないが、この勢力は明らかに結成を急ぎすぎている。交渉慣れしていないし、調べが浅すぎるし、とにかく基本的な教育が出来ていない。
(まず、長生きはしないだろう)
  そう確信できた。
  連中は、『三年間保釈金を払う人間がいない』、となれば『自分たちが釈放しようとすれば、喜んで飛びつくだろう。いい待遇で迎えれば尚更に』という、まことにストレートな思考でこの場に臨んでいる。が、ここがそもそも間違えている。
  保釈金が払われないのは、要はどの勢力も釈放の不必要を知っている――すなわち、例の『裏事情』を知っているからだ。実際、ガルムは多くの勢力と、保釈金など無視して単発の契約を結び、ひっそりと出撃している。
  だが、連中はそれさえも見落とし、ばかりか疑うことさえせず、当然調査もしていない。
  その結果、間抜けにも保釈金を積むなどと言い出している。
  実に安直、というより素人臭い。つい数日前まで民間人だったのではないだろうか。

(こいつらの未来に興味はないが……やはり、ついて行くには危なすぎるな)
  この時点で、そう見限っていた。
  だから、彼女の次の行動に惹かれたことには、ガルム自身も驚いた。
「……わかった」
  ムームは、ただそう言った。
  その表情からは先程の悔しさなど一掃されており、代わりに鮮烈な決意の色が浮かんでいる。
  それに見惚れたのは一瞬、すぐに、他ならぬ彼女自身の言葉で正気に戻された。
「戦おう」
「…………………………おい?」
「あたしは、契約金だった100万Cを前金として払う。
あんたが勝てば、その倍額を刑務所とあんたに払おう。
ただし、あたしが勝てば……あんたの身柄はあたし達が貰い受ける」
  堂々と自らの示しうる条件を提示し、相手の応答を待つ。それは始まりと同じような、直球戦術である。
  ただ以前と違うのは、ガルムがその内容を全く理解していないという点だ。
「……話が見えない」
「そうかい?」
「そうだ。いったい、どういうわけなんだ」
  ガルムが疑問を露わにすると、ムームの後ろで、黒服の一人が彼女に耳打ちした。
  ムームはその黒服に頷きを返すと、再びガルムに向き直り、説明を開始した。
「……我々の武装勢力は、今、窮地に立っている。
軍事攻撃による消滅の危機だ。まだ実際に攻撃はされていないが、恐らく今月中に新体制――要はアライアンスから総攻撃を受けるだろう。
今日来たのは、それらへの対抗として、あんたを手に入れるためにある」
「待て。先程、専属として働くのは無理だと言ったが、別に単発の依頼を受けるのには問題がない。
 なにも専属にすることなく、攻撃を受けたとき、こっちに救援を依頼するだけで済む話じゃないのか? むしろそうすればこちらとしても……」
「だめだ」
  それにガルムが尋ねるよりも早く、ムームは再開した。

「一回でも総攻撃を受ければ、我々の勢力はお終いだ。アライアンスが幅を利かせているこの状況で、大きく失った人員や装備を再び調達することは不可能だ。
恥ずかしい話だが……お前の言うとおり、我々には武器商人などへのパイプもないからな」
「……金はそこそこあるが、売ってくれる店がない、というわけか?」
「そうだ。だから、例え運良く一回目の総攻撃を耐え抜いたとしても、素早い補給が効かず――
それも最悪数ヶ月かかるんだ、間違いなく、弱ったところを他の勢力に喰い殺されるだろう。
だが……」
  そこで、ムームはガルムを見た。気圧されてしまうほどの眼力があった。
「だがな、あんたがいれば、話は別だ。
我々は、一個連隊に相当するほどの戦力を手に入れることになる。
アライアンスの戦力を上回ることは、もちろん不可能だが……それでも、連中に『屈服させるには骨が折れる』と思わせることは十分に可能だ。
そして、そう思ってくれれば、連中はより弱い武装勢力へ侵攻対象を移し替えてくれるだろう。
少なくとも、目先の滅亡は回避できる」
  ガルムは、ようやく事情を把握した。
  抑止力。
  生まれたてであり、踏ん張りもきかないこの勢力は、とにかく自身の体力が削がれるのだけは避けたいのだろう。
  そしてそのためには、攻撃を思いとどまらせるだけの力がいる。
  彼らは、その力としてガルムを求めていた。だから、大金を払ってでも、専属契約にこだわっている。
  優秀なレイヴンを『所有』するという手段は、短時間で戦力を拡大するための、唯一にして最高の手段だからだ。
  だが、これだけでは最初の質問に応えていない。
「背景は分かった。だが……」
  ガルムはそこで、頭痛がしたようにこめかみを押さえながら、

「……それが何故戦うことになるんだ?」
「言っただろう、ケルベロス・ガルム。我々は、どうしても、早急に専属のレイヴンを得る必要がある。危機ごとに呼び出すというような、薄い関係で意味がない。
だが、最初の条件では不可能なことが分かった。
よって、新しい条件として、お互いの身を賭けた、『賭け試合』を持ちかけてみた。単純な話だろう」
  とんでもない話を自信ありげに話すムームを見、ガルムは本格的に頭痛を感じ始めた。
  アーク崩壊後、レイヴンによる『賭け試合』があちこちで行われていたことは、ガルムも知っていた。
  だがそれは、大概『闇賭博』に分類されるレジャーの世界であり、しかもアライアンスが台頭した今は絶滅状態にある。
  それを、この女は、あろうことか契約に使おうとしているのだ。
(馬鹿だ)
  心の底から、そう思った。
  素人だ。常識がない。狂ってる。この女も、そいつについていく仲間も。
  そういった数多くの罵りが浮かぶ反面、奇妙なことだが、しばらくすると口元がにやけてきた。
(……まったく、しょうがない奴だ)
  ガルムは、一瞬でもそう思った自分に驚いた。
  だがそれを深く案じる前に、携帯が彼を呼びだした。
  刑務所支給の携帯は、特別な相手に対してはコール音が変わるようになっている。
  だから、ガルムは電話に出る前から、相手が誰かを知ることができた。
「何か用かい、事務のだんな」
  さっき部屋を出た事務官は、単刀直入にそれへ応じた。
『ああ。悪いが、話は聞かせて貰った』
  ガルムは、武装勢力との会話が盗聴されていたことには、特に驚かなかった。
  刑務所の各所には盗聴器が配置されていることも、その中にはこの部屋も含まれていることも、ガルムはすでに知っていた。それ故、聞かれてもよい内容しか話していない。
  だが、次の言葉は流石に予想外だった。

『その「賭け試合」だが……是非、乗ってくれたまえ』
  ガルムは、自分の耳がイカれたのかと思った。
「……何だって?」
『「賭け試合」に乗れと、そういっているのだよ。考えても見たまえ。受けるだけで、我々は一〇〇万Cの金を入手できる。勝てば、その倍額だ。所長も、その臨時収入には深い興味を示しておられる』
「だがな……」
『無論、無理強いはしない。君は、我々の誇る「最も模範的な」囚人だ。その意志は尊重しよう。
だが……どうせ負けることなどないだろう。受けてみた方が、得策だとは思わないかね?』
  確かに、素人目にはそう映るのかもしれなかった。
  そして実際に、ガルムもそう思っている。
  話からすれば、優秀なレイヴンを雇っている可能性はなさそうだし、恐らくどこかの中堅以下のレイヴンを雇うつもりなのだろう。
  そんな相手に自分が遅れを取るとは思えなかった。
  が、それでも一応訊いてみた。
「相手は?」
「わたしだ」
  冗談かと思った。
  だが、ムームの表情は真剣である。
  ごくりと喉が鳴り、ガルムの目と口がしだいに大きく開かれていく。
「……お前が? レイヴンだと?」
「そうだ。この勢力の頭であり、勢力唯一のレイヴンだ」
「……失礼だが、ムームというレイヴンは初耳だ。優秀なリサーチャーを雇っているつもりなのだが……」
「それは無理もない。私がレイヴンになったのは、つい一昨日のことだからな。死んだ仲間のACを引き継いだ」
  ガルムは、またも呆然となった。
  気が狂うような話である。新人が、それもデビューから数日という新人が、このケルベロス・ガルムに喧嘩を売ってきているのだ。

(……これは、さすがに負けることはないだろう)
  心底思った。
  と同時に、馬鹿らしくなった。
  これでは、恐らく虐めのような戦いにしかならないだろう。ガルムは闘争心豊かな男だったが、興が削がれるだけの戦いに出向くほど、物好きではなかった。
  早い話が、戦う価値のない相手だと思ったのである。
(断ろう)
  そう思った。決めた。実際、言葉が口から出かかった。
  だが、ムームの言葉がそれを留めた。
「……だがね、舐めないでくれ」
  そう言う彼女に、ガルムは息が詰まるような圧迫感を感じた。
  奇妙なことだが、ムームからは時折こういった空気が出るようだ。なにか強烈なものをバックボーンとした、歴戦の兵士以上の気迫、それが新人であるはずの彼女の周りで、とぐろを巻くのだ。
「確かに、総合能力じゃ、あんたに及びもしないだろう。でも……接近戦になれば、勝機はあるよ。なにせ、接近は私の土俵だ」
  何を馬鹿な。どうやって接近戦に持ち込むつもりだ。そもそも三日程度のキャリアで何を偉そうに言っている。
  ガルムはそのような反論を幾らでも用意することができた。
  が、言えない。
  ばかりか、脳裏に余計な言葉が蘇りさえする。
『痺れたんだよ、ガルム。おれは、あいつにな。おれはそれを後悔したことはねぇ』
  長い間、脳裏にこびりついていた、彼が唯一慕った男の言葉だ。
  そして結局、その言葉が何度も脳内で再生されたり、ムームの眼力に圧迫されたりしているうちに、
「……分かった。勝負を受けよう」
  ガルムはいつしか観念し、そう宣言してしまっていた。


     *


  その約束から三日後の、現在。
  時刻は零時、季節は冬。
  廃墟の中で睨みあう二つの巨体を、窓から覗く満月が静かに見下ろしている。
(挑戦を受けたのは……失敗だった)
  紫の巨人――ニフルヘイムのコクピットで、ガルムはそう毒づいた。
  対戦相手であるムームのAC――METISを見たからである。
(その場の勢いで、受けてしまったが……)
  実際目にしてみると、ムームのACは実にひどいものだった。
  全身を軽量パーツで固めるという、機動力を高めたいらしい構成だが、ブースターが一世代前のものであるために、十分な機動力を獲得できていない。
  また、本来なら武装も最小限に押さえるべきACなのだが、肩にミサイルを二つも積んだり、エクステンションに性能の怪しいミサイル攪乱装置をつけたり、とにかく無駄が多かった。
  これだけでも立派な雑魚なのだが、ムームの場合さらなる問題があった。
  右手武装である。
  METISは、主武装となるライトウェポンに、あろうことかキワモノ中のキワモノ――射突ブレードを装着しているのだ。
(……まさか、あれを使っているやつがいたとは……)
  ガルムが嘆くのも無理はない。
  そもそも射突ブレードとは、キサラギのある職員が、半ば以上にシャレのつもりで提出した案がそのまま採用されてしまったという、生い立ちからして狂った武器なのである。
(いったい、なんのつもりでこんなものを……)
  接近戦を重視するにしても、これ以外になにか手はあるはずなのだが。
  ガルムがそこまで考えたとき、通信がその思考を遮った。
『ガルム』
  ムームの声だった。
「……なんだ?」
『そろそろ始めるよ。審判は、こっちとあんた側から一人ずつ、合計二人いる。セバスチャル、後の説明を頼む』
  そこで、一回通信が途切れた。
  が、すぐに再開する。
  今度はしわがれた男の声だった。

『セバスチャルです。聞こえますか、ケルベロス・ガルム』
  勢力ナンバー2の男の声に、ガルムはぞんざいに応じた。
「聞こえている」
『結構。事前の取り決め通り、場所、レギュレーションは全てこちらで決めさせていただきました』
  もとより圧倒的な実力差があったのだ。ガルムはハンディのつもりで、事前の決め事のほとんどを相手に任せていた。
『まず、場所はここ――クレスト私設実験場アリーナ。通称「遺跡」。特攻兵器の攻撃を受け、私設全体が非常に脆くなっています。ご注意を』
「もし崩れたら?」
『故意に中央の「支柱」を崩したりしない限り、ないと思われますが……その場合、可及的速やかに脱出して下さい。非常に狭めのマップですので、脱出は比較的容易かと』
  崩れやすいマップに、狭いステージ。恐らくこちらの火力を抑え、かつムームが得意とする接近戦をしやすくする仕様だろう。
(……まぁ、その程度どうということもないが……)
  崩落は、言葉通りなら中央の支柱を避けて撃てばよいだけだし、場所が狭くても、ガルムの技量をもってすれば距離維持の方法はいくらでもある。
「了解した」
『また、レギュレーションには二ヶ月前ルッソ・ファミリーが考案したアンプ・ルールを使用します。機体の大破以外でも、負けを宣言すれば試合は停止できるのでご留意を』
「おれがその権利を使うことは、ないだろうがな」
  セバスチャルは応えず、説明を続けた。
『また、両者の出した条件ですが……我々は、ガルム氏との専属契約を。ガルム氏は、我々に200万Cの現金を。それでよろしかったはずですな?』
「ああ」
『それでは次に……』
  そこで、唐突にセバスチャルの声が途絶えた。
  一秒、二秒、全く応答する気配がない。
「どうした?」
『……失礼』
  やっと聞こえた声には、どこか疲労があった。心なしか息が上がっているようにもみえる。

『……飲用する薬品を、少し……間違えていたようですな。関節部が痛みまして……』
「薬? 病気か?」
  いや、そうではない。
  ガルムはそう直感し、次いである事項を推察した。
  言葉を失うほどの関節痛に、それを抑える薬品。この戦争の多い御時世、そこから類推されるのは一つしかない。
「まさか……あんた、強化人間なのか?」
  関節の痛みは、強化人間手術の副作用だった。本来なら、日に一度薬を服用することで克服できる問題だが、たまに忘れると一時的な激痛に見舞われる。
  そして、強化人間であるのなら、彼の職業も決まっていた。
「……レイヴンだったのか?」
  応えは、すぐにはこなかった。
  しばらくして、自嘲的な声が来る。
『……はい、昔は。特攻兵器が飛来した際、ACに乗れない体となってしまいましたがね』
  そう言えば、セバスチャルというレイヴンには、ガルムも覚えがあった。確か、ランカーとして登録されていたはずだ。
  その事実に、レイヴンとして当然の疑問が生まれた。
「……なんでこんなところにいるんだ?」
  元レイヴン。この経歴は非常に潰しが利く。
  軍の教官、MT乗り、整備士、軍用設計士、レイヴンの知識と経験を求めている職は腐るほどある。
  小さな武装勢力――それも、実力も年齢も自分より遙か下のレイヴンが率いる――に属する必要性はどこにもないはずだった。
『……それは……』
  言いよどんでいる。ひょっとすれば、何か嫌なことが絡んでいるのかも知れない。
「……すまない。差し出た口だったな」
『……いえ。そうですね、戦いの前に、年寄りの昔話を……あなたにこっそり聞かせるのも、よいでしょう』
  セバスチャルは、観念したように言った。
  が、その次からの口調には、抑えきれない可笑しさが滲んでいた。

『この年で言うのもなんですが……私も、彼女がひどく気に入ったクチでしてね』
「……「私も」? 他にも、そういうやつは多いのか?」
『というより、勢力の大部分がそうです。
一匹狼だったあなたには分からないかも知れませんが……その人の行動だったり、言葉だったり、強い個性というものは、人を惹きつけてやまないものです』
「個性?」
『はい。この場合は……』
  セバスチャルは断言した。
『心意気、というやつですよ。ちょっと、洒落た言い方になりますが』
「ココロイキ?」
『そうです。反アライアンス勢力の長として、慕ってくる者の忠誠には、残らず応えていこうという天晴れな心意気です。
もっと端的に言うなら……「部下の期待に応えつづける覚悟」ともいえるでしょう。
それ故、彼女は平凡な頭脳と体力でありながら、誰よりも体を張り、誰よりも必死に考えてきました。我々の期待を裏切らないために。
その姿勢には、この老いぼれも、他の若い衆も、惹かれてしまうのですよ』
  その言葉で、ガルムは心に引っかかっていた疑問に、少しの解を得た。
  彼女が度々見せていた、あの威圧感。それは、セバスチャルが言う『心意気』とやらの現れだったのかもしれない。
  勢力のリーダーとして、構成員に頼られる者として、なんとしても期待に応じ、あの交渉を成功させようとしていた――その気迫が、あれほどの圧力を生んだともとれるのだ。
「……奴も、ただの馬鹿ではないらしい」
『まぁ、私どもも「馬鹿」では、あると思いますがね』
  セバスチャルは親しげに笑った。
  その声が、ガルムのある記憶を呼び覚ます。
  彼が唯一慕った、ある老人にまつわる記憶。それが、セバスチャルと重なり、蘇っていく。


     *


  刑務所にいた頃の話だ。
  ガルムは、ある死刑囚と持ち込んだ酒を酌み交わしたことがある。
『後悔か?』
  記憶の中の老人は、酒を呷ってから続けた。
『したことねぇな』
  彼の目には少年のような光があり、口には愉しげな笑みがある。
  その老人は、『若い日に巨大な財産を築きながらも、晩年にそのほとんどをある武装勢力に投資し、結果企業の怒りを買って処刑されてしまう』、そういった人生に心から満足しているのだろう。
  ガルムがその理由について尋ねると、老人は笑みを濃くして応じるのだ。
『決まってる。おれは、そのテロ屋の頭《かしら》が、ひどく気に入ったからさ。どうせ家族もいねぇ。なら、あいつに賭けて、おれの命と全財産スってもかまわねぇ、そう思ったんだ』
  ガルムがさらにその理由を尋ねると、老人は肩をすくめて見せる。
『わからん。いや……わかっているんだが……言葉にはできないな……。ただ、無理にやるとするなら……』
  老人はそこでまた一杯呷り、
『痺れたのさ。あの頭《かしら》の態度や、言葉にな。もっと言うなら、心意気か。こればっかは、実際に体験しないとわからんだろうが』
  言いながら、老人は酒瓶を掴み、グラスにもう一杯を注ごうとした。が、すでに酒は切れていた。軽く舌打ちして、話を締めくくる。
『ま、一匹狼のおまえさんも、生きていればそのうち分かるかもしれん』
  分かりたくもない、とつっ返しても、それは老人の笑みを深めさせるだけだった。
『どうかな。人間ってのは、天晴れな心意気でがんがん進んでいくやつの背中には、どうしたって惚れるようになってるんだよ。特に、俺やお前のような、一人身のごろつきは、な』


     *


(あの時は、冗談だとばかり思っていたが)
  案外、痺れるということはあるのかもしれない。
  そういえば、交渉の時、自分も彼女には少々気圧されていたし、ひょっとすれば、あの時自分も彼女に痺れかけて――
「――馬鹿なっ」
『……ガルム殿?』
  ガルムは慌てて思考を打ちきった。
『どうしました?』
「……いやすまない。ちょっと、ぼうっとした」
  少し不審そうにする気配があったが、セバスチャルは深く追究してはこなかった。
『……そうですか。では、そろそろ開始しますので、最後にボスと――ムームと繋ぎます。我々非戦闘者は、遺跡の外へ退避し、戦闘開始の合図は今から五分後……無線で行わせていただきます』
  そこで、セバスチャルとの通信は途切れた。
  数拍の後、女の声が来る。
『……終わったかい?』
  彼女も、今の今までもう一人の審判から、ルール説明を受けていたはずだ。
  よって、すでに試合の準備は万端のはずだった。
「ああ。それでは、やるか」
『了解した。システムを起動するぞ』
「……あと最後に、一応言っておこう。早々に勝負を諦めれば、きちんと手心を加えてやるぞ」
  ガルムとしては、それはちょっとした挨拶に過ぎなかった。
  だが、返ってきた言葉は痛烈だ。
『それはこっちの台詞だ』
  実力差を無視して、この暴言。
  唖然とするガルムに、ムームはさらに続けて見せた。
『仲間に勝つことを期待されてる。だから、あたしはひたすら勝つことだけを考えている。
降伏など、論外だ。こっちの覚悟を、甘く見るなっ』
  直後、ブツンと通信が途切れた。
  ムームにとって、それは覚悟を馬鹿にされたことへの怒りなのだろう。
  だがガルムから見れば、彼女の言動はあまりにも横暴であり、あまりにも失礼な行動だった。侮辱的ですらある。
  ガルムは無言で、ヘルメットを被り、胸元まで下げられていた操縦服のファスナーを、限界まで引き上げた。
  スティックを握り、システム・クラッチを乱暴に踏みつける。

『メインシステム 戦闘モード 起動します』


     *


  非常に狭い、長方形の廃墟の中。
  対峙する両機に、セバスチャルから合図があった。
『始めて下さい』
  直後、ニフルヘイムの両腕、両肩、ほとんど全ての砲門が一斉に火を噴いた。
  爆音が立て続けに起こり、マズルフラッシュがフィールドを昼間のように明るくした。
  重量級の積載にモノを言わせた、並みのACなど数秒で屑鉄にしてしまう凶悪な鉄の雨である。
  METISは即座に左へ跳んで、まずこれを回避しようとした。
  が、ベテランのガルムからすれば、それは牛がよろけるような、とろくさい動作だった。
  瞬時にスティックを操作して、機体を旋回、それだけでMETISをサイトに納め続けることができた。
  だが、ガルムはそれだけでは済まさない。
  OBを発動させる。
  強引な加速で、一気に接近、その後上昇、ACの死角――頭上を占拠した。そこから大口径のロケットを撃ち下ろす。
  メテオと呼ばれる、そこらのレイヴンでは真似もできない高等テクニックだ。
  METISは、かろうじてそれを後ろに跳んで避ける。
  が、それは明らかな失敗だった。
  何故なら、ここは屋内であり、四方を壁に囲まれている。METISが跳んだ先とは、その四角い空間の隅だったのだ。
  ガルムに獰猛な笑みが宿る。
「くたばれ」
  呟き、野生の本能のまま、スティックのトリガーをひいた。
  開始時のような鉄の豪雨が、空中からMETISへと降り注ぐ。が、今度は避けることはできない。
  右手のSHADEが、左手のリボルバーが、インサイドナパームが、METISの装甲を蹂躙した。
  反撃のショットガンが撃たれるが、ニフルヘイムの装甲には引っ掻かれた程度の傷しか残さない。
  操縦者の技量、機体の性能、全ての面でガルムは圧倒的に勝っていた。

(……やはり、無知なガキの無謀だったか?)
  ムームからの挑戦をそう断じ、ガルムはニフルヘイムを地面に下ろした。
  戦いを止めるのではない。完全に止めを刺すために、ENを貯めるのが目的だ。
  ガルムが標的の方へ目を向けると、もうもう立ちこめていた煙がゆっくりと晴れていく。
  現れたのは、無惨な姿になったACだった。
  半壊した頭部はカメラが剥き出しとなり、あらゆる関節から黒煙が上がっている。バランサーが壊れたのか、右脚が細かく痙攣していた。
  満身創痍もいいところである。
  だが、ガルムはすぐにムームの戦意が萎えていないことを知った。
  突然、カメラ映像が爆炎に遮られたのだ。
「はっ!?」
  不覚にも、声を出してしまう。それほどの不意打ちだった。
(……このタイミング。インサイド浮遊機雷か!)
  恐らく、煙で視界が悪いときに、こっそりと幾つか設置して置いたのだろう。それらが、今になって時間経過で爆発したのだ。
「舐めた真似を!」
  ダメージは、無論ない。目くらまし程度だ。
  だがガルムはそこで、ムームの言葉を思い出した。
『接近戦はあたしの土俵だ』
  あの時の、挑戦的な目。
  思い出し、今の状況と重ね、ぞっとする。
  その不安の通り、爆炎が晴れたとき、METISはかなり近くまで迫っていた。大威力の射突ブレードを、右腕いっぱいに振りかぶって。
  劣勢でも萎えることの無かった、素晴らしい戦意が掴んだ好機だった。
(まずい!)
  本能とCOMが、同時に甲高い警告音を鳴らした。
  だが、もはや迎撃も回避も間に合わない距離にまで近づかれている。

(ならば――!)
  ガルムは思い切った。
  スティックを前方に倒し、ブースタペダルを限界まで踏み込んだ。ブースターで前方に急加速する荒技である。
  すでに最大速度にあったACがこれを避けられるはずもなく、ニフルヘイムの大質量タックルは、迫るMETISのど真ん中にぶち込まれた。
  無論、これで仮にも――ボロボロであるとはいえ――ACであるMETISが吹き飛ぶはずはない。だが、その突撃の勢いは完全に停止し、かつ密着状態が生まれた。
  ガルムの口に笑みが浮かぶ。
(ムーム、これで貴様の土俵はなくなった)
  射突ブレードも、ショットガンも、なるほど近距離装備ではあるが、今のような密着状態では当てられない。機体の構造上、どうしてもそうなってしまうのだ。
  だが、ガルムの場合は違った。ニフルヘイムには、このような密着状態でも有効な装備が――インサイド:ナパームが仕込まれている。
  これを数発撃ち込んで熱暴走させれば、もはやガルムの勝ちである。強化人間でないムームが、ENの減っている今、熱暴走からのチャージングを逃れる術はないのだから。
(惜しかったが……ここまでだ)
  しかしこの時のガルムは、ムームの戦略を全く持って理解していなかった。

  ガシュン

  突如、その確かな音が響いた。
(……なんだ?)
  訝るガルム。
  だが、その答はすぐに来た。
  ステージが――廃墟が崩落を始めたのである。
「な……!」
  反射的にスティックを操作するが、密着状態が災いし、脱出はおろか、満足に動くことすらできない。
  そうこうする内にも瓦礫はどんどん降り注ぎ、両機を生き埋めにしていく。
「くそっ」
  ガルムはまず距離を取ろうと、機体を藻掻かせた。
  と、そこで気づいた。
  METISの右腕が、ニフルヘイムの後方へ長く突き出されている。これは、射突ブレードを振り切った証だった。
  ガルムは、さらにその右腕が伸ばされた先を見て――ぞっとした。

(柱だと!?)
  それも、凄まじく太い、恐らくこの遺跡を支えていたであろう中央の大黒柱だ。
  だが、今は射突ブレードによって大きくヒビが入り、傾き、もはや支えの役割を果たしていない。
  この崩落は、METISが射突ブレードで、この大黒柱を破壊したために起こったものだったのだ。
「だが、何のため……っ」
  そこまで呟いたとき、崩落が一際激しくなり、両機は瓦礫の中に完全に埋没した。
  数秒の後、画面が暗視モードに切り替わる。少し距離を置いて跪くMETISが、緑の画面に映し出された。
  幸い建物の規模が小さかったため、瓦礫にのしかかられても、お互い跪くだけで転倒することはなかったようだ。だが両方とも、規格外の加重によって一歩も動けない状態である。
(……何のため……?)
  はっとした。
  『期待に応えつづけるという覚悟です』。セバスチャルの声が、脳裏に蘇る。
  ガルムには、METISの目が妖しい光を帯びた気がした。
(……勝つために、決まってる……!)
  直後、瓦礫のドームの中、METISが右腕を振りかぶった。
  回避。こんな状態で出来るわけがない。
  反撃。最悪なことに、右腕も左腕も、瓦礫につっかえて動かすことが出来ない。
  結果、ニフルヘイムに超高密度レーザーが――射突ブレードが無防備にぶち込まれた。

『コア損傷』

  ズン、と重たい衝撃と共に、冷静なCOM音声が響き、発熱異常を示すランプが黄色く点滅した。
  METISがすかさず二撃目を振りかぶる。
  ニフルヘイムは無防備に喰らうしかない。
(このために、遺跡を崩したのか……!)
  ニフルヘイムは図体も武装もでかく、かつ各所が出っ張っている構成だ。遺跡が崩落し、瓦礫に埋まれば、所々につっかえて動けなくなる可能性が高い。
  しかし、METISはスマートなACだ。その細く滑らかな腕部は、生き埋めになった中でも、隙間を縫って動かせる。
  無論、この手法には博打的な要素が付きまとう。が、それでもそれは、実力で圧倒的に劣るムームにとって、最も堅実な攻めかもしれない。というより、こうでもしないと勝ち目がない。
  今思えば、最初に突撃をかけてきた時から、いやひょっとすればこのマップを選んだときから、心中ではこれを狙っていたのかも知れない。
  しかし、まともなやり方ではムームに絶対、間違いなく勝ち目はないとはいえ、勝たなければ勢力滅亡に繋がる試合とはいえ――
(普通やるか? リスクが大きすぎ……)
  そこで、再び衝撃。三発目の射突ブレードに、頭が吹き飛ばされたのが音で分かった。
  密着状態のままならこうまで攻撃は喰らわなかったろうが、さきほど距離を離そうとしたため、ニフルヘイムは今射突にとって最高の間合いにいた。
  ムームの仕掛けた大博打は――結果論ではあるが――見事に成功しているのだ。
「!」
  間を置かずに四撃目。
  左腕部は、恐らく肩の付け根から吹き飛んだだろう。機体温度は、未知の3000度を超えだしている。

(このままでは……死ぬ!)
  「負ける」ではなく、「死ぬ」と思った。
  その危機感が、即座にインサイド:ナパームの存在を思い出させた。
  ガルムはウェポンクラッチを踏み込み、選択武装にインサイドを呼び出した。照準は要らない。目の前にいるのだ、どう撃っても当たる。
  だから迷わずトリガーを絞ってみせた。
  残された右肩から、ナパーム弾頭が飛びだし、METISのコアに着弾、機体を炎で包み込む。間を置かずに、それを何発もお見舞いしてやった。
(……どうだ?)
  ガルムとしては、良くすればそれで数分の時間稼ぎが出来ると思った。早い話が、経験不足のパイロットが、突然の炎上に混乱する――焦ってさらにブレードを使いこみ、チャージングする等――という可能性に賭けてみたのだ。
  だが、それさえも叶わなかった。
  METISはブレードではなく、左腕のショットガンを使った。しかも、それをがむしゃらに撃つでもなく、冷静に右肩へ――残されたインサイド発射口に照準してきた。
  不覚にも、ガルムは、それに目を奪われてしまった。
  動きそのものは、とろい。実際、普段のガルムならその照準の間にリボルバーを五発たたき込める。
  だが驚くべきは、その冷静さ。
  焦ってブレードを使うでもなく、生死をかけた戦いの中で、冷静に判断し、互いの余裕を見越した上で、じっくりと照準してきている。
  危機に望んでもなお曇らない、それは熟達の精神だった。というより、並みのベテランでは永遠にたどり着けない境地でさえある。
  経験も乏しいだろう新人が、どうしてそこまで冷静でいられるのか?
『部下達が、勝つことを期待してる。だから、勝つことだけを、考える』
  彼女の言葉がよぎった瞬間、ガルムは戦慄した。

(……こいつは!)
  ようやく、ガルムは完全に理解した。
  ムームは勝つことを期待されている。そして彼女は、期待に応えるために、必死でありとあらゆる手を尽くしている。
  遺跡を崩す計画も、現在の背筋が寒くなるほど冷静さも、その結果として、自然と彼女が獲得していったものなのだ。
  が、そこには途方もなく強靱な覚悟と、希有な精神力が必要だ。
 本来なら重圧にしかならない『期待』を、自らの力に転化できる者が、はたして他にどれだけいるだろう。
(ごつい女だっ)
  そこで、右肩のインサイド発射口が破壊された。ウェポンパネルからナパームの表示が消滅する。
  瓦礫でロケットを封じられたニフルヘイムは、この時点で全ての攻撃手段を失ってしまった。
  もはや、METISになぶり殺されるのみである。
『もしもし』
  通信が入った。この声、ムームだ。
『……どうだい?』
  詳しい説明は要らない。それは、明らかに降伏勧告だった。
  いつものガルムなら、このような要請などはね除けるところだが、何故か今回はそうしなかった。むしろ、全く悔しさを覚えないことを訝りつつ、
「……ああ、負けたよ」
  そうして負けを認めた途端、胸の奥から、震えと賛辞が湧いてきた。
  あぁ、すげぇよ。
  すげぇよ、おまえは。
  期待に応えつづける、覚悟か。
  遺跡を壊したり、異様なほど冷静になったり、こっちを気合いで圧倒したり、なるほど、その覚悟の程、確かに並みではない。
  それを支える根性だって、掛け値なしの一級品だ。
  世の中に、これほどの人間がいたとは――!

「……負けたよ」
  繰り返した。
  一度目の降伏宣言とは違う、心中の賛辞を乗せた言葉である。
  が、その賛辞の念は、その後の会話で別のものへ変化した。
『……そろそろ、よろしいですかな?』
  突如、会話に乱入者が。このしわがれた声は、セバスチャル。
『何だ。話してくれ』
『了解しました、ボス。戦闘が終わったようなので、お互いの機体を回収したいのですが……』
  当然の提案である。
  しかし通信の向こうで、ムームが生唾を飲み込む音が確かに聞こえた。
『……機体回収の手はずですが、どうします? 我々としては、この作戦を一切聞いていないわけで……重機もMTも用意していませんが……』
  数秒の沈黙。
  その後、ムームは実にすまなそうに言った。
『……それは、その……すまない、考えてなかったよ……』
  ガルムの人生の中で、最も気まずい時間が流れた。いかなるフォローも困難な状況である。
  が、
「ふ」
  息が、漏れた。自分でも驚いた。これは――笑いだった。それも、大きく口を開けてやる、数年間途絶えていた、最高に派手なタイプの笑いだ。
「はははははははははははははは」
  ガルムは笑った。自嘲でもなく、愛想でもなく、ただ純粋に口をあけて、からからと。
  呆気にとられるムームとセバスチャルだが、ガルムは笑うのをやめられなかった。
  なんだ、お前。
  これほど勝つために尽力しておきながら、後のことなど、他のことなど、今勝つこと以外は何も考えていなかったのか。
  馬鹿だ。最高だよ。
  だが、なるほど、確かに。あの老人の言うとおりだ。
  今、確かに震えている、いや――痺れている。
「惚れたよ」
  自然と、口にしていた。
  抑えがたい笑いに苦しみつつ、しかし確固たる意志を持って、
「惚れたぜ、ボス。今日から、俺は――あんたの犬だ、ムーム」
  呆気にとられる二人に構わず、ガルムは朗らかに笑い続けた。



   ――了――





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