昨夜のことだ。久しぶりに、夜遅くまで相棒と飲み明かしていた。
『ウー。最近のあんたは、枯れ木みたいだな』
  新人の頃から組んでいるオペレーター、マックスはいつもの毒舌で言い切った。
『オメガがやられたって聞いたときも、顔色一つ変えないし。昔なら、俺が殺すって息巻いたはずなんだがねぇ』
  確かにそうだろう。だが今となっては、彼の仇を討とうという義憤も、オメガを越える実力者への闘争心も、全く湧いてこない。
  ただ、バーテックスの前線担当として、彼の後がまについて考えるだけだ。
『……なんでそんな無感動になったかねぇ』
  苦笑で誤魔化しておいた。
  だが、本当のところでは気づいている。
  年齢のせいだ。
  彼の実力を知る者は、皆彼が変わったとは考えていない。だが、場数を踏み、経験が蓄積されればされるほど、戦闘そのものは洗練されるが、マンネリというものが発生する。
  要は、『飽き』がきてしまうのだ。
  これは、レイヴンだろうが、他の職種だろうが平等に訪れる、一種の病のようなものだった。
  患っているのを感じるのだが、明確な対処法もない上、そもそも直そうという意志さえ起きにくいという、最高にやっかいな病だ。
『……なぁ。もう忘れちまっただろうが……エイミングホークの由来って、覚えてるか?』
  首を振るしかなかった。


     *


『ウー』
  愛機の中。オペレーター――マックスに呼ばれ、大老は昨晩の回想を打ちきった。
「なんだ」
『ACだ。アライアンス側のようだな』
  メインカメラの映像を拡大すると、確かに、遙か前方にACの機影が見えた。
  薄いグレー。二丁のライフル。EYE3。肩にレーダー。アライアンス側のAC、ミスティックか。
「……やはり来たか……」
  大老の乗るエイミングホークは、現在アライアンスに向けて夜のベルザ高原を進撃中だった。
  本来なら、すでに目的地に到着し、破壊活動をしている時間だったが、その予定は大幅に遅れている。
『どうする、やるか?』
  オペレーターの声に、大老はレーダーを確認した。
  そこには、無数の青い点――特攻兵器が表示されている。降り始めてから一時間が経っているが、未だにその勢いは衰えていない。
  次いで、画面端の機体状況を見やる。
  特攻兵器を喰らったため、右腕部の照準精度が下がっており、股関節からはフレームどうしが干渉する異音がした。APも七割を切り、表示が黄色くなっている。
  機体状況、周辺環境ともに対AC戦闘は難しそうだった。
  だが、
「マックス。……やるしかないだろう」
  現在、バーテックスは押されているのだ。敵対するレイヴンを見逃せる余裕は、もはやない。
  そういった義務感とレイヴンとしての惰性から、大老はスティックを操作し、エクステンションを作動、次いでOBの予備動作も開始、突撃の準備を整えた。
「殺してくるぞ」
  勇ましい言葉だが、どこか冷め切った響きを帯びている。
  大老はそれを自覚していたが、もはや直そうという気さえ起こらない。根本となる闘争心が、ほんの僅かしか換気されないのだ。仕方がないだろう。
『……了解だ。戦闘行動を許可する』
  事務的な返答を合図に、OBが作動、老いた鷹が勝負の場に躍り出た。


     *


  大老の戦略はこうだった。
  ガトリングとレーザーで弾幕を張りながら、OBで一挙に接近。
  敵弾を避けきれなくなる距離二〇〇からは、通常ブーストも混ぜた左右に大きくぶれる変則軌道をとり始め、敵機のサイトを強烈に揺さぶる。
  さらに距離一〇〇の時点で急上昇、頭上という死角を占有し、そこからエクステンションを交えた、一一発のミサイルを降らせる。
  そういう予定だった。
  だが、敵ACは死角を取らせなかった。
  あり得ない反応速度でエイミングホークの変則軌道をサイトに収めきり、あろうことか、そのままEOを含めたフルバースト射撃を実行した。
  最悪なことに、その全ては右腕部に集中し、焼けた鉄の豪雨は肘から先をいとも簡単にもぎ取った。
『右腕部破損』
  COMが冷静に告げる。
  コクピットに危険信号が流れ、ウェポンパネルから右ガトリングの表示が消滅した。放熱口も傷ついたらしい。冷却異常を示すランプが赤く点滅している。
(……見誤ったわ)
  しかし動じずに、大老はスティックを操作。
  OB――は冷却異常で発動するのは危険なので、通常ブーストで間合いを開け、牽制にロケット二発を吐きだした。
  その後は、ただただ後ろに逃げるしかない。
  相手は単発ミサイルで挑発してくるが、今の機体状況で攻め込むのは不可能だ。
(……突撃してこれとは……不甲斐ないな……)
  狂ったバランサーに調整を加えつつ、毒づくが、奇妙なことに全く悔しさが湧いてこなかった。
  命の危険であるにもかかわらず、まるで他人事である。
  そんな自分に対してもやはり、不甲斐ないと思うが、心は静かな湖面のように、揺らぎ一つ立てることはなかった。己の達観――いや、精神の摩耗は、もはや相当な域に及んでいるらしい。

(……これでは、マックスに笑われるのも、無理はないかもしれんな……)
  自然、乾いた笑みが漏れる。
  戦闘中に余計な思考をし、あまつさえ笑うなど、と思うがこれもどうにもならない。長い年月に晒され、乾ききった心では、それを諫める気力を絞り出すことさえ出来なかった。
『ウー』
  オペレーター、マックスの声が聞こえた。
『こっちの見込み違いだった。このままじゃあまりに不利だ。やつは強い』
「そうだな」
『ここは退こう。今、ここは特攻兵器で溢れてる。向こうも、追撃しようとは思わないだろう。時間はかかるが、山脈沿いに迂回して目的地を目指そう』
「……そうしよう」
  応え、大老は作業に取りかかった。
  エクステンションを再び作動。選択武装をロケットからマイクロミサイルへ。
  攻め込もうとしていた敵ACを、左手のレーザーで牽制し、すぐさまミサイルロック、発射。
  合計11発ものミサイルが、エイミングホークの肩と背中から噴出した。
  敵ACが瞬時に右へスライドダッシュする。追い討ちを警戒しての間合い取りか。
  だが、大老にもはやその気はなかった。
  スティックを操作し、メインシステムを戦闘モードから高速巡航モードへ。OB作動。全ENをそちらへ回す。
  今から、大老は、エイミングホークは、本格的に敵に背を向けるのだ。
  だが、
(……?)
  奇妙なことに、作業する手が止まってしまった。
  まるで、そこから先を忘れてしまったかのように。
  いや、そこからの作業はきちんと把握しているのだが、それを実行に移すことができない。
  頭の命令に、体が動いてくれないのだ。

  ――いいのか?
  体の奥から、そんな疑問がわき上がってきた。
  ――これでいいのか?
  何を馬鹿なことを言っている。そう切って落とせない何かが、その言葉には込められていた。
  ――この状況。似ている。どこかに。昔に。若い頃に。
(何だこれは!?)
  戸惑う大老の脳裏に、突如として断片的な記憶が蘇った。
  黒いAC。グレネード。負ける。熱い。死ぬ。怖い。
  それら記憶の破片が意識された瞬間、さらに多くの記憶が次々と引き出されていく。
  はるか昔、新人だった頃。任務中、当時のナンバー1.ランカーに完膚無きまでに破れ、逃走したこと。その強さが恐ろしかったこと。だがそれ以上に悔しく、それ故にどこまでも強くなることを誓ったこと。
  それは、レイヴン烏大老の根底にあった記憶だ。
(……ここで逃げれば、あの時と同じ……?)
  その通りだった。
  ここで逃げることは、今まで何度もあった『戦略的撤退』とは訳が違う。あの時のような、『圧倒的な強さを見せつけられ、それに屈服しての逃走』である。
  呼び覚まされた『あの時』の記憶は、その屈辱を繰り返すことに反発した。
(……気にくわんぞ)
  その気持ちは徐々に強まり、やがてそれを土台としていた、かつての闘争心までもが息を吹き返した。
  逃げる? 認められるか。二度も? あり得ない。
  今度こそ、今こそ――殺してやる。
  貴様を乗り越え、もう一段上に行ってやる。
  ふつふつとわき上がる揚ぶりが、大老の感覚を研ぎ澄ます。心臓が猛然と戦いのリズムを刻み出す。
(この程度の相手……踏み越えてやるわ!)
  ――エイミングホーク。
  もう思い出していた。鷹に狙いを定める、その由来は、最強だったはずだ。誰にも負けない力を手に入れると、最強を撃ち落とすと、その決意の表明だったはずではないか。
(……そんなことまで……なるほど、忘れておったな)
  自嘲の文句が浮かんだ。
  だが、もう笑みは浮かんでこなかった。口元は引き締められ、眼光には刀のような鋭さが宿り、スティックが固く握られる。
  昔の屈辱を、それに伴う強さへの志向を思い出し、大老には、すでに全盛期の闘志が満杯に充填されていた。

「マックス」
『どうした?』
  少なからず驚いているようだった。無理もない。明らかに、調子が変わっていた。
「まだやる」
『……馬鹿か。死ぬ気か?』
「やらせてもらう」
『おい』
「思い出したんだ」
『……何をだ?』
  大老は、一拍置いて、宣言した。
「怒りだよ、マックス」
  もはやどうにもならないだろう。大老はそう自覚していた。
  もう思い出してしまったのだ。あの頃を。
  体が熱を帯びている。歯ぎしりが止まらない。喉の奥で、しきりに罵詈雑言が呟かれる。
  数分前の、朽ちかけた老木はもはやない。今や全細胞が、彼を「殺せ」とせき立てていた。
『ウー……』
「頼む」
『だが……お前を失ったら、バーテックスは……』
「バーテックス本来の目標は、すでに果たされつつある。違うか? そもそも、この作戦そのものが建前の惰性にすぎん……」
『……そうか、そうだが……」
「マックス、俺も……いや、俺はレイヴンなんだ。やらせてはくれないか……!」
  間が空くこと、数秒。
『…………了解だ』
  無二の親友は、我が儘の中にも、しっかりと彼の意志を汲んでくれた。
  お互いが全盛期だった頃の言葉が、大老の背中を強く押し出す。
『やっちまえよ、ウー』
  獰猛な笑みが浮かんだ。

『メインシステム 戦闘モード 起動します』


     *


  高速巡航モードから戦闘モードへ移行すると、まず画面右端に機体の状況が表示された。
  右腕部は破損している。レーダーの調子がおかしい。ラジエーターの損傷により冷却機能は大幅に下がっている。
  恐らく、OBを含めた高速戦闘機動は、3分が限界だろう。それ以上は火だるまだ。
  だが裏を返せば、それ以外に目だった損害はないということだ。右手のガトリング以外の武装は健在であり、火災もない。
(三分以内に、全ての武装でケリをつければ無問題《モウマンタイ》だ)
  ここで、相手の状況も確認する。
  距離は300強。先程距離をとってからは、こちらの様子を見ながら、特攻兵器の回避に専念している。
  目だった外傷はない。恐らく、全快状態とみていいだろう。先程の競り合いで、EOを撃ちきってくれたのがせめてもの救いか。
(分は悪いな)
  こういう時の定石は、まず隠れることだ。膠着状態を作り、その間ゆっくりと策を練ればいい。
  だがここには、隠れるべき場所も、時間も無かった。エイミングホークは、あと三分しか動けないのだ。
  だから、大老は迷わずスティックを前方に押し込んだ。損傷を度外視した、文字通りの突撃である。
  特攻兵器が、迎撃のライフル弾が、エイミングホークを掠め、時には衝突するが、大老は動じなかった。
  前へ。
  芯からの導きに従いつつ、大老は高速の中でロケットをマニュアル照準、放った。
  敵ACは右手に飛んでそれを回避、だがすぐさまそこへ大量のマイクロミサイルが殺到した。
  最高なことに、その時敵ACはミサイル群以外の三方向からも、無数の特攻兵器に襲われていた。ミサイルか、特攻兵器か。いずれにしても、避けられないタイミングだ。
  が、敵ACは予想外の行動に出た。
  ミサイル群に突っ込んだのである。
  普通のレイヴンが見れば笑うだろう。だが大老は笑わなかった。
  マイクロミサイルは、発射時には花火のように拡散するため、ど真ん中を突っ切れば、僅か数発の被弾で済むのである。
  理論はそうだが、しかしこれにはとてつもない度胸と思い切りがいる。

「やりおるわ……」
  だが、大老はそれも読んでいた。どころか、その後敵ACが次にとるであろう機動も見えていた。
  それはずばり、マイクロミサイル群を抜けて、エイミングホークの眼前に出る。
  その後、打ち合うと見せかけ、いきなり上昇、ACの死角である頭上を占拠し、一方的な攻撃を叩き込むというやり方だ。
  実際、敵ACはその通りの機動を描いた。
  エイミングホークは、OBのための吸気――チャージを開始しており、すでに死角を抜け出し反撃する準備は万端だとも知らないで。
  四〇年。レイヴンとして務めたこの年月は、最後の最後まで彼を裏切らなかった。
  だが、経験がサポートできるのはそこまでだった。
  敵ACの戦略は、もはや凡庸な経験ではなく、天性のセンスに裏打ちされたものだったのだ。
  大老がそれに気づき、声をあげた時にはすでに破滅は眼前に迫っている。
「……ば」
  特攻兵器はミサイルに似ている。速度が速いため、誘導性をもっていようとも、急に軌道を変える相手を追いきれないという点で。
「か」
  敵ACはその特性を利用した。
  ACを追尾してきた無数の特攻兵器は、当然機体がマイクロミサイルを突っ切った後も追尾している。だが、そこで急にACが上昇したら? 特攻兵器は追いきれるか?
  無理だ。
  では追いきれなかった、空間を埋め尽くすほどの特攻兵器群はどうなる?
  当然、ACを追おうとはするだろうが、速度が災いして、多くは上昇が間に合わずに激突するだろう。
  眼前のエイミングホークに。
「なぁぁ!!!」
  回避運動。直撃は避けられるだろう。だが、致命傷の回避は、
(間に合わない!)
  数多の特攻兵器が、エイミングホークにぶち込まれた。

『コア損傷 左腕部破損 脚部破損 AP 10% 機体ダ 頭部破』

  規格外の振動と轟音。全ての警告灯がデタラメに明滅し、COM音声もやがて断絶した。
  コクピットが暗闇になり、ジェネレーターの超高温がコクピットにまで達し、脚部が脱落したのが音で分かった。
  だがエイミングホークは死んでいなかった。
  OBが発動する。
  主の志を乗せて、末期《まつご》の火を噴いた。
  加速する。対Gシステムが完全破壊されているせいで、凄まじい衝撃が大老を打ち付けた。強化人間でなければ死んでいるだろう。
  大老は笑った。
  いいな。これは。
  死んだぞ。だがまだ負けたわけではないわ。
  脚部がはずれ、かろうじて無事な左腕以外は、頭部の残骸を残すだけとなったコアは、OBの推進力で、そりのように地面を滑走した。だが、すぐに横転してしまう。
  しかし、敵ACの真下を――死角を脱出できれば、それで十分だった。
  全てのモニターは死んでいたが、彼は強化人間だ。頭にはレーダーが入っている。
  それ故、敵の位置は、分かる。自機の位置も、方向もだ。
  暗闇の中、奇跡的に折れていないスティックを探し当て、その傾き方を頼りに腕部の傾斜を把握、トリガーを、ひいた。

  ビュィ

  レーザーが出た。どうやら、左手は銃を離さなかったらしい。これだけで立派な奇跡だ。
  当たったかどうかは、分からない。一矢報いられたかどうかは、恐らく永遠に分からないだろう。ただ、当たっていてもおかしくはないとも思う。
  だがいずれにせよ、そこまでだった。
  今の一撃で、スティックはもはや反応しなくなった。
  エイミングホークは、完全に死んでいる。この機体が動くことは二度とない。
  レイヴン烏大老は敗北したのだ。
(……やはり、最強など、見果てぬ夢となったか……)
  悔しい。だが、清々しくもあった。不思議な気持ちだ。最近感じたことのない気持ちだ。
  やるだけやった。やってやった。
  そういった充実感が、レイヴンとしての達成感が、久方ぶりに全身を満たしていた。
(……これでよかったのだろうな……礼を言う、マックス)
  心からそう思い、レイヴン、烏大老は万感の思いで呟いた。

「……潮時か……」

  エイミングホークは爆散した。



   ――了――





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