既に首元から膝にかけては吐瀉物にまみれてしまっている。
喉から込み上げてくる苦いものを飲み込み、意識を前方に向ける。
前方に注視すべく、複眼カメラのスリットが一箇所のみ睨み付けるかのように開く。
最初にこの世界で見たものは廃墟、銃声、怒号、上から迫り来る瓦礫。
半身を潰され半死半生ながらも救助され、生き延びた私は今、既に死んだレイヴンの名前とともに巨大な鉄塊を鎧っている。
あの隣のお姉ちゃんは元気だろうか、いつも一緒に犬の散歩に付き合ってくれた優しいお姉ちゃん。
父は元気だろうか。不埒な母と別れ、男手一つで私を育ててくれた大好きな父。
耐え難い吐き気と頭痛の中、もう戻ることのできないであろう自分の世界を思い浮かべる。
「対象は現在陸送中です、起動前に一気に叩いてください」
彼女の声が、頭の中に若干のエコー混じりに響く。
標的は反体制運動の英雄、操縦センスの差は歴然、奇襲に失敗すれば間違いなく死に直結する。
乾ききった口の中に溜まった、忌々しい粘度の高い唾液を飲み込む。
「目標確認、攻撃を開始してください」
パージ前提の肩部グレネードを展開してOB起動をイメージする。
胸のあたりに不快なGを感じ、時速800?で英雄に接近する。
決めなければ死ぬ、訳のわからないまま、何処の誰ともわからぬまま、他人の世界で他人の都合に殺される。
目標のシルエットを陽炎越しに視認し、ロックオンを待つ。
これで終わり、今日も一日生き延びる、帰って描きかけの絵を完成させたい、大好きな人たちの絵を。
グレネードの発射をイメージし、人体にはないはずの器官が蠢く感覚を覚える。
鉄塊から放たれた弾はシルエットに直撃、轟音と閃光の中完全に消し飛ぶ。
絵の具を買わなければ、緑色のやつだ、私の家の周りには自然がたくさん残っていた。
ちゃんと私の記憶の中の通りの色を━━
甲高い鉄塊の防護膜の破れる音、鉄が引きちぎれる不愉快な音、眩暈のするような不協和音が耳に入る。
咄嗟にビルの陰に隠れるも、鉄塊の左腕が丸ごと持っていかれて、頭部も半壊している。
「そん…感づ…れて…た……げて…」
統合制御体にまでダメージが及んだのか、周波数をキャッチできず、彼女の声はもはや聞き取れない。
レーダーを素早く確認、無数の薄い紅色の光点がこちらに向かっている。
右にブーストで跳躍しようとするも左腕が無いせいで跳躍できず、再びミサイルの雨を浴びる。
コクピットの壁面が砕かれ、無数のナイフのように胸元に突き刺さる。
鉄塊は脚も砕かれ、ダルマのように無残に地に転がった。
死ぬのだ、それが分かった。
ランニングした学校の坂道、買い食いして歩いた交差点、公園の渦巻き遊具。
視界が真っ赤に染まり、次第に暗くなっていく中、帰りたい光景だけが脳裏に浮かんでは消えていった。
目を開けると白いもやがかかったようだった。
あるはずの右腕は、肘から先がなかった。
私の意識が戻ったのを看護婦が見ると、次から次へと医者やスタッフがかけつけ、
モニターの情報を確認し、専門用語を並べてワイワイと騒がしく動きだした。
再び動けるようになるまで一月かかり、そこでようやく、あれは夢などではなく、
現実に作戦に失敗し、それでも生き延びたことを知った。
そして、この世界のことが夢でないことも。
期待していたのだ、やはりこの灰色の世界が夢であることを。
傭兵業を生業とするコロニー、そこの傭兵に助けられたのだとエミールから説明を受けた。
これから失った左目と右腕の回復を待って、再び依頼を請け負っていく。
そう事務的に彼は告げ、彼女の申し訳なさそうな顔を見ない振りをして私を病室に送り返した。
あとどれくらいで家に帰れるのだろう。
こんな体になって、お姉ちゃんはどんなに驚くだろう、父はどんなに悲しむだろう。
戻れるはずもない世界に居る人のことを心配して、今日も絵を描く、戻れるはずもない大好きな世界の絵を。
喉から込み上げてくる苦いものを飲み込み、意識を前方に向ける。
前方に注視すべく、複眼カメラのスリットが一箇所のみ睨み付けるかのように開く。
最初にこの世界で見たものは廃墟、銃声、怒号、上から迫り来る瓦礫。
半身を潰され半死半生ながらも救助され、生き延びた私は今、既に死んだレイヴンの名前とともに巨大な鉄塊を鎧っている。
あの隣のお姉ちゃんは元気だろうか、いつも一緒に犬の散歩に付き合ってくれた優しいお姉ちゃん。
父は元気だろうか。不埒な母と別れ、男手一つで私を育ててくれた大好きな父。
耐え難い吐き気と頭痛の中、もう戻ることのできないであろう自分の世界を思い浮かべる。
「対象は現在陸送中です、起動前に一気に叩いてください」
彼女の声が、頭の中に若干のエコー混じりに響く。
標的は反体制運動の英雄、操縦センスの差は歴然、奇襲に失敗すれば間違いなく死に直結する。
乾ききった口の中に溜まった、忌々しい粘度の高い唾液を飲み込む。
「目標確認、攻撃を開始してください」
パージ前提の肩部グレネードを展開してOB起動をイメージする。
胸のあたりに不快なGを感じ、時速800?で英雄に接近する。
決めなければ死ぬ、訳のわからないまま、何処の誰ともわからぬまま、他人の世界で他人の都合に殺される。
目標のシルエットを陽炎越しに視認し、ロックオンを待つ。
これで終わり、今日も一日生き延びる、帰って描きかけの絵を完成させたい、大好きな人たちの絵を。
グレネードの発射をイメージし、人体にはないはずの器官が蠢く感覚を覚える。
鉄塊から放たれた弾はシルエットに直撃、轟音と閃光の中完全に消し飛ぶ。
絵の具を買わなければ、緑色のやつだ、私の家の周りには自然がたくさん残っていた。
ちゃんと私の記憶の中の通りの色を━━
甲高い鉄塊の防護膜の破れる音、鉄が引きちぎれる不愉快な音、眩暈のするような不協和音が耳に入る。
咄嗟にビルの陰に隠れるも、鉄塊の左腕が丸ごと持っていかれて、頭部も半壊している。
「そん…感づ…れて…た……げて…」
統合制御体にまでダメージが及んだのか、周波数をキャッチできず、彼女の声はもはや聞き取れない。
レーダーを素早く確認、無数の薄い紅色の光点がこちらに向かっている。
右にブーストで跳躍しようとするも左腕が無いせいで跳躍できず、再びミサイルの雨を浴びる。
コクピットの壁面が砕かれ、無数のナイフのように胸元に突き刺さる。
鉄塊は脚も砕かれ、ダルマのように無残に地に転がった。
死ぬのだ、それが分かった。
ランニングした学校の坂道、買い食いして歩いた交差点、公園の渦巻き遊具。
視界が真っ赤に染まり、次第に暗くなっていく中、帰りたい光景だけが脳裏に浮かんでは消えていった。
目を開けると白いもやがかかったようだった。
あるはずの右腕は、肘から先がなかった。
私の意識が戻ったのを看護婦が見ると、次から次へと医者やスタッフがかけつけ、
モニターの情報を確認し、専門用語を並べてワイワイと騒がしく動きだした。
再び動けるようになるまで一月かかり、そこでようやく、あれは夢などではなく、
現実に作戦に失敗し、それでも生き延びたことを知った。
そして、この世界のことが夢でないことも。
期待していたのだ、やはりこの灰色の世界が夢であることを。
傭兵業を生業とするコロニー、そこの傭兵に助けられたのだとエミールから説明を受けた。
これから失った左目と右腕の回復を待って、再び依頼を請け負っていく。
そう事務的に彼は告げ、彼女の申し訳なさそうな顔を見ない振りをして私を病室に送り返した。
あとどれくらいで家に帰れるのだろう。
こんな体になって、お姉ちゃんはどんなに驚くだろう、父はどんなに悲しむだろう。
戻れるはずもない世界に居る人のことを心配して、今日も絵を描く、戻れるはずもない大好きな世界の絵を。