これからどうするの?

         どうするって?

レイヴンは続けるの?

         ……どうだろうね。

……そういえば一週間後だね。

         ……兄さんの、命日……。


あの日からは妙に気の乗らない日々が続いた。
クレストからの依頼も一切無く、たまにVRで遊ぶ程度しかACには触れない。
雫のレイヴンとしての姿、インペリアルとしての彼女の姿は、消えかけていた。
だが、雫本人も、エレンも、そんな事を気にしたりはしなかった。
そんなある日のこと、雫の自宅を訪ねる男がいた。

「で、今日は何の用?」
不機嫌そうに聞こえるが、これが彼女の至って普通の喋り方なのだ。
「大したことじゃねーよ。どうしてるかと思ってな」
差し出されたコーヒーを啜りつつ、そう言うのはハンニバル。
今回の事で何かとお世話になった人物ではあるが、雫はもう二度と関わることがないと思っていたため、彼の登場には心底驚いた。
「たったそれだけでいちいち来なくてもいいじゃない……」
そう毒づくも、彼女は嫌な顔はせず同じようにコーヒーを口に運ぶ。
少し離れた位置で、エレンも二人を見つつコーヒーを飲んでいた。
穏やかな昼下がり。そう形容してもいい雰囲気だ。
「ハハハッ!まぁいいじゃねーか……俺たちの仲だ」
「あんたとそんな仲になったつもりは無いわよ」
素早く釘を刺す雫。その対応にハンニバルは少々落胆しつつ、一つ溜め息を吐いた。
途端に沈黙が流れ、カップをソーサーに戻す音が響いた。
「それにしてもつれねーな……一人で終わらせちまうなんてよ」
そうは言うが、彼を連れて行く理由など無いのだから仕方がない。元々、この復讐に彼は関係が無いはずだ。
そう考えていると、いつの間にか言葉に詰まる。やはりまた、沈黙が場を支配した。
「アークに来ないか」
次に響いた言葉はそれだった。

どこで知ったのか、ハンニバルは、雫が既に復讐を終えていたことを知っていた。
まぁそれを知っていたとて全く不思議なことは無い。情報はすぐにでも掴めるはずだから。
問題は、彼女が復讐目的のレイヴンであると知って、彼が雫をアークに勧誘する理由だ。
正規のミッションに、正規のアリーナ。それに参戦する理由が、彼女に存在するのかどうか。
明確な理由を、ハンニバルは告げない。ただ、自分でじっくり考えて答えを出してくれ、とだけ告げて去った。
(……アークか)
薄闇に覆われた天井を見つめ、一つ溜め息。あれからずっと悩み続け、夕食も満足に喉を通らない。
正直なところ、アークだとかそういったものに全く興味は無かった。この復讐が終わったらまた音楽でも始めようかと思っていたぐらいだ。
だが、そうしようにもそれをする場所が無いのも事実。そうなれば、最悪一生クレストの手駒のままでもいいかと思っていた。
そんな時に転んできた、アークへの登録話。無論アークへ行くためには、クレストに多額の違約金を払わなくてはならない。
それに、ハンニバルの紹介とは言え、そう易々とアークへ行くことが可能なのか。こんなのでも、元企業専属という形になる。
歓迎する者は少ないだろう。いや、そもそもそんな世界でもない気はするが。
(……もうしばらく時間が必要かな……)
薄れる意識の中、導き出されたのはそれだった。


その日は生憎の雨だった。

差した傘に、無数の雨が落ちる。一滴が重くのしかかり、自然と歩く速度は落ちていった。
肌寒い夜。雪の降らない地域とは言えども、流石にこれは体力を奪っていく。
吐く息は白く、より寒さを実感させる。だからと言って、引き返すわけにはいかない。
パシャパシャと水の跳ねる音。それすらも聞こえないほど、彼女はひたすら一点を見て歩いた。
向かう先は、兄の眠る大地。

かつて自らが住んでいた土地。あの事件以来、そこは被害者達の共同墓地となっていた。雫の兄、帝もそこに眠っている。
交通機関は、あの事件でほぼ破壊されてしまったため殆ど死んでいる。唯一生き残っているのは、近くまで続いている地下鉄道だった。
それでも、かなりの距離を歩かなければいけないため大変である。そのためか、夜は基本的に訪れる人が殆どいない。
そもそも、夜の墓地に訪れるような物好きなど滅多にいないのだが……。
だからこそ、雫はこの時間に訪れることを選んだ。積もる話は、幾らでもあったから。

いつからだろう。気が付けば、雨は止んでいた。


それを見たとき、彼女はその左手に持った花をつい落としそうになっていた。
夜ということもあり、人は非常に少ない。そんな時間に、一人の人物が墓前に座っていた。
彼女は恐らく無意識だっただろう。気が付いたときには、右手はしっかりと銃を握り締めていた。
「あんたは……セイとラミーを……?」
彼女の仲間……仮面をつけた集団に襲撃されたという二人。その目撃証言と完全に一致する仮面が、月光を反射させる。
闇で表情は判別しづらい。だが、体格から見ても男だろう。黒いコートを羽織って、さらに背景の闇と同化する。
「……何とか言ったらどうなのよ」
あくまでも冷静に。しかし、銃を持つ手は震えが止まらない。悔しさと、恨みと、様々な感情が折り重なっているから。
左腕は花。彼女は銃の扱いが得意と言うわけではない。ワンハンドで撃ったところで、命中率など高が知れている。
だから、男は身動ぎ一つせず、ゆっくりと立ち上がった。
「インペリアル……まさかお前だったとはな」
「えっ?」
それだけ言って、男は歩き出す。彼女を見やることは無く、ゆっくりと、彼女の横を通り過ぎて行った。
「……ファントム?」
音の無い墓地に、小さな声が響く。男は足を止めるが、決して彼女のほうを振り向かない。
雫も雫で、銃を降ろすことは無かった。いや、そんな事よりも、彼の発言に動揺しているだけだが。
彼女はすぐに気が付いた。その声と、その喋り方と、その雰囲気。紛れも無く、ファントムのモノ。
どうして彼がこんなところにいるのか、それが不思議でならないが、今はそんな事を聞く場合ではない。
「あなたには聞きたいことが山ほどある……ちょっと付き合いなさい」

花を墓前にそっと置く。強い風が吹けば飛ばされてしまいそうだが、風除けはあるので大丈夫だろう。
手を合わせ、念じる。愛しい兄に伝えるべきことは、それはもう沢山あった。
「私の仲間は、あんたと同じ仮面をした連中に殺された」
雫は、念じ終えると共にそう言った。あまりに脈絡が無く、ファントムも少しばかり反応が遅れる。
しかし、彼女はファントムに目を向けなかった。墓碑に刻まれた字を、ずっと見ていたから。
その様子を見て、ファントムは口を開くのを躊躇する。その後姿に、なぜか圧倒される。
「恐らくは、二人の調べていたことを知られたくなかったからだと思う。
とすると、連中はテロリストか、その上にいた企業のどちらかでしょう?」
ここまでは、誰だって容易に想像がつく。邪魔なものを消そうとするのは当然のことだろう。
そのテロリストも、その上にいる企業も、まだ調べはついていない。
ハンニバルや仲間たちが調べまわっているが、彼らがいつ消されるかもわからない程に危険なことだ。
「連中は、今あなたがつけているものと同じ仮面をつけていたそうよ」
だから、回りくどいことも言わずに聞いた。彼女の求めるものは真実だけ。
「ファントム……あなたは、連中の仲間なの?」
今度は、しっかりとファントムの目を見てそう言った。

二人の間には沈黙が流れ続ける。互いに視線を逸らすことなく、瞳で瞳を貫く。
いつまでそうしていたかわからないが、口を開いたのはファントムの方だった。
「……真実を知る勇気があるか?」
雫は、その言葉に少し動揺する。この男は、何かしらの情報を握っている。
知りたくないわけではない。だが、知ったからどうなるとも思わないのが現状だ。
復讐はもう終わっているし、これ以上のことを知る必要もない。それこそ、仮面の連中に襲撃されるリスクも伴う気がする。
仲間の事を考えれば、聞き出すべきなのだろう。危険を省みず足を踏み入れるか、潔く諦めて穏便に暮らすか。
まぁ、後者で納得がいくような人間は彼女の仲間にはいないわけだが。
彼女は、ゆっくりと首を縦に動かした。
「……それなりの覚悟はあるようだな」
一つ、深く息を吐く。仮面で表情は読み取れないが、少し呆れたような顔をしている気がする。
「どこから話せばいいものか……」
そう言って、彼はゆっくりと語りだす。

その日彼女は、事件の真相を知った。


「あー緊張する……」
一人の少女が、一機のACを見上げながらそう呟いた。
肌寒い空気が流れるこの広いスペースで、彼女はとても小さな存在に見えた。
「よーインペリアル……調子はどうだ?」
声がしてその方向を見れば、見知った顔が二つ並んでいた。
二人とも、幾度と無く世話になった人物だ。
「その名前で呼ばないで……私はもうインペリアルじゃないわ」
溜め息混じりにそう愚痴をこぼす。その表情には不安と呆れが混在していた。
彼女が、レイヴン「インペリアル」でなくなってから1ヶ月が経っていた。
莫大な違約金を支払い、クレストを去った彼女は、今アリーナデビューを果たそうとしている。
アークに入るのに紆余曲折あったものの、無事正式にレイヴンとして登録されている。
新たな名と共に、レイヴンとしての道をまた歩む。
かつては兄も生きた場所、今彼女はそこへ足を踏み入れようとしているのだ。
「それにしても、君がアリーナに参戦するとはねぇ……いつかはボクと戦うことにもなるんだね」
ACに歩み寄りながらそう言う少年は、いつも通りトレードマークとも言うべき白衣を纏っている。
雫よりも身長の無い少年は、これでもレイヴンなのである。
「その時は、遠慮はしないわよ」
そう言うと、少しの間を置いて笑いが起きた。
笑いの起きた方向を見れば、それはハンニバルだった。
その姿を見た二人も、笑う。意味の無い笑いが、ガレージに響き渡った。
「そろそろお時間です……」
雫の背後から、おずおずと女性が言う。途端に笑いは止まり、雫はゆっくりと頷いた。
「それじゃ、行ってくるわ」
後ろ手に挨拶を送り、彼女は歩き出す。後姿を見送る二人は、本当にそれをずっと見ていた。
「あいつはすぐに上がってくるぞ……俺もうかうかしてられねーな」
そう呟くハンニバルは、若干笑みを湛えていた。

外は暗く、静かだ。
ソファーに腰を下ろし、男はジッとそれを見つめていた。
ブラウン管に映るのは、2機のAC。
「……皇帝、再臨か……」
薄く笑みを湛え、呟く。彼の目は、蒼く光りその様子を見守る。
「雫……どこまで行けるかな?」
本当に小さく、男は笑った。

レイヴン「エンペラー」
かつての兄の名を借りて、今ここに新たなる皇帝は君臨する。
「兄さん……」
モニターに次々と情報が表示されていく。
相手のACの映像、名前、ステージの情報が流れていく。
「見守っててくれるよね……?」
GOのサインと共に、彼女は走り出した。

彼女のレイヴンとしての道は、まだまだ続く。





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