男が目覚めたとき、世界は斜めだった。
 最初は首が折れたのかと思ったが、違った。
 身を起こして周囲を見渡すと、天地が逆転している。薄暗い車内に目を凝らせば、12名の兵士が首を脊椎動物としてはユニークな方向に曲げているのが見えた。
 数秒の後、どうやら乗っていた兵員装甲輸送車両が横転したらしい、と結論する。
 立ち上がり、濃緑色の戦闘服についた埃を払う。天井となった壁の小窓から差し込んだ光を、安っぽい銀色で照り返す胸元のタグ。『septem002』の刻印があった。男の外観に特徴が薄いため、そのタグだけが奇妙なほど克明に空間に浮かび上がる。
 男、セプテムは、足元に柔らかな感触を覚えつつ、車両の先端にある覗き窓へと向かった。その先は運転席に通じている。
 座っているはずの操縦者に状況を尋ねようとしたのだが、口のついている上半身が操縦席とともに跡形もなく消し飛んでいたために断念した。これでは喋れるはずもない。
 セプテムはサーモセンサーで操縦者を探査した。まだ熱があると判断できた。彼は小窓に腕を伸ばし、血と臓物を垂らす下半身に触れ、そして戦慄した。
「脈がない……これは間違いなく死んでいる……!」
 熱があっても、心臓が動いていなければ死んでいる。
 ここは一旦この場から離脱して、現状を把握すべきと理解した。
 兵士たちを蹴飛ばしながら進み、車輌最後部のハッチを押し開き、外に出る。
 眩い光が全天より差し込み、セプテムは反射的に目を細めた。
 陽光に晒された、ゴムにも似た奇妙な質感を持つ皮膚が、顔面に浅い皺を作った。
 乾いた風が頬を撫ぜた。
 踏みしめる土は、紺碧の空に反する赤い色。身を擁する大気はからりとして暖かく、巻き上がる砂からはどこか懐かしい香りがした。
 広大な荒野である。果てはセプテムの能力では確認できない。
 半ば朽ち果てた細い木が、ぽつりぽつりと立っている以外には、目立ったものは何もない。
 ただし、セプテムの近隣には、おおよそ牧歌的な荒野に似つかわしくないものがあった。
 装甲された、兵員輸送車の群れだ。四輌全てが横転しており、うち二輌は炎を上げていた。鈍色の異臭を孕む黒煙が、のんびりと空へ昇っている。
 炎上している兵員輸送車の損傷は酷いものだった。人間一人くらいなら易々と通れそうな巨大な穴を、その側面に開けているのだ。兵士たちの残骸が混じった赤黒いオイルを流すそれは銃創のようにも見えた。
 少し離れたところに、横転した輸送車が二輌あった。車体そのものには目立った損壊こそなかったものの、これらも操縦席を完全に破壊されている。
 それら破壊の中心に、一機の都市迷彩を施された二脚戦闘MTが立っていた。
全 高は約12メートル。二階建て家屋程度の大きさだが、背部に四門の榴弾砲を備え、両手で二門の巨大な狙撃砲を支持、過剰なまでの装甲で鎧われたその武骨な威容は、その存在感を城砦の如き重厚で苛烈に装飾する。
『立って歩く巨大な戦車』と現すのが率直かつ適当だろう。
 ヴォストーク2。装甲車群の護衛に当たっていたMTだった。
 こちらは全くの無事のようで、頭部の複合カメラをしきりに動かして周囲を警戒している。
 背部から伸びた二門二対の榴弾砲の先端からは、仄かに硝煙が立ち昇っていた。
「セプテムか」
 その巨体の足元で、立ち上がる影がひとつある。総白髪の短髪の男だ。
 顔つきや佇まいから、神の色に相応の年齢であるように見受けられたが、戦闘服に押し込まれたその肉体は、筋骨隆々として鋼の如くであり、老いや衰えは全く窺えない。
「ナユタ先輩。おはようございました」
 セプテムはぎこちない笑みを浮かべた。他意があるわけではない。皮膚の性質上、表情を上手く作れないのだ。
「なんだそりゃ。お前、いいかげん言語野調整したほうがいいぞ」
 ナユタと呼ばれた男は、白い眉を顰めた。
「違いますよぅ。先輩が共通メモリに、変なデータをたくさん置くのがいけないんです。『戦争妖精ユッキー』なんて、上の人が見たら卒倒しますよ」
「いやぁ、しかしお前も助かってたか」
 ナユタは聞こえないフリをした。
「データリンクが動いてなかったから、てっきり駄目になったかと思ったぜ」
「寝てたみたいで。緊急信号食らって、たった今再起動したんです」ナユタへ歩み寄りながらセプテム。「一体、何事ですか? 攻撃を受けたように見えるのですが」
「ようにじゃなくて、受けたんだよ馬鹿」
 軽口で返すが、その表情は苦い。
「狙撃されたらしい。ヴォストーク2が迎撃してくれたが。こっちゃあ俺を除いて全滅だ。そっちはどうだ?」
「運転手の死亡は、確認しました。他は確認できておりません」
「よし、データリンクをONにしろ。共有メモリに必要な情報は置いてあっから見とけ。再起動してからの画像は保存してあるな? 送信を忘れんなよ」
「了解です」
 セプテムは、プログラムメニューからデータリンクの開始を選択した。
 視界の一部にウィンドウが開き、眼前のナユタとヴォストーク2の状態が、簡略記号で表示される。Nはナユタ、その隣に浮かんでいるAGはオール・グリーンの意味だ。V2はヴォストーク2であり、状態は同じくAG。
 詳細情報を要求すると、ヴォストーク2の基本兵装の残弾が提示された。
 肩部四連装榴弾投擲砲/榴弾236発/徹甲弾124発
 右腕部電磁投射砲/2発、左腕部同砲/2発
 弾薬の消費が殆どないことから、戦闘が比較的速やかに終了したことが伺える。
 共有メモリにアクセス、データを送信。
 同時にヴォストーク2の戦闘データを取得する。
 頭から通して見るのは手間がかかるため、全部を断片化して一気に再生する。
 30秒にも満たない極短い内容だったため、瞬時の把握が可能だった。

                           ■■■
 巨人の視点がことの顛末を物語る。
 まず、先頭を走っていた一般兵士を乗せた装甲車二輌の操縦席が撃ち抜かれた。
 それぞれが血霧を撒き散らしながら吹き飛ばされている間に、追走していたセプテムとナユタの搭乗するそれらも狙撃される。
 この段階でヴォストーク2の肩部に設置された、筒を三つ連ねたような形状の発煙弾発射装置から、撹乱用のスモークが展開された。
 だが、それも敵の攻勢を封じるには至らず、最後の二機の輸送車輌から操縦席が消し飛ぶ。どうやら狙撃手は、光学映像や熱探査装置に 頼らぬ狙撃装置を持っているようだ。全車輌が沈黙したところで、ようやく遠雷にも似た発砲音が轟いた。
 攻撃開始からここまでで、約10秒。本来のヴォストーク2の能力なら、既に敵勢力を殲滅している時間だ。
 そうならなかったのは、魔弾の射手の姿を、どこにも見ることが出来なかったからだ。
 ヴォストーク2のレーダーユニットには、何の反応もなかった。ECMによる妨害の可能性は限りなくゼロに近い。ヴォストーク2の機体に搭載された強力なECCMが常時稼動しているためだ。次に考えられるのは高性能のステルスだが、これも可能性としては低い。ヴォストーク2の各探査装置を潜り抜けることができるのは味方ぐらいなものだ。
 探査装置の有効範囲外からの狙撃ということも考えられたがヴォストーク2の最新鋭装備は50km先までを完全に掌握するのだ、この鋭敏たる目を以って見渡せぬ地点からの狙撃などまず有り得ない。また、高速で走行中の車輌群に確実に直撃させていることから、比較的近距離からの狙撃であることは容易に推測できる。
 ヴォストーク2は思考する。攻勢の種類を鑑みるに、動きを封じたところで、確実にとどめを刺す魂胆だ。早急に敵を殲滅すれば、これ以上の被害拡大は防げる。
 敵弾の第二波が襲来し、停止した先行装甲車輌らの外壁に大穴が開かれたところで、ヴォストーク2は狙撃地点の割り出しに成功する。弾丸の飛翔してきた方向、角度、発砲音到達までの時間から、南西におおよそ10.3km離れた、当方より約6m隆起した位置からと判断。
 光学カメラをその方向にズーム。
 条件を満たす場所はすぐに見付かった。放棄された大型モーテルの屋上だ。
 だが、そこに敵影はなかった。探査装置にもなんの反応もない。
 予想外の展開に戸惑いつつも、ヴォストーク2は光学カメラの分解能を最大に設定し、再度の観測を試みた。
 陽炎のように揺らめく透明な何かが二つあった。
 ――光学迷彩。それも、各種探査装置までをも無効化する万能型。データベースから、該当する兵器――とあるMTが即座に呼び出される。
 ミラージュ製試作狙撃MT。正式名称は無く、『THRUSH』という開発コードで登録されている。
 数日前にヴォストーク2の所属するアライアンスから、バーテックスに奪取されたMTだった。警戒対象としてリストアップされており、故にその性能に関する情報は潤沢に用意されている。
 各種センサー類による高度な狙撃能力と、光学迷彩を初めとする高度な隠蔽装置を多数持つが、積載量の多くをそれらの機器に食われており、最低限の機動力確保のために、防御力は極限にまで排除され、狙撃砲も従来のものより小型化なものとなっている。
 短時間の間に敵に打撃を与え、補足される前に引き上げる、という消極的な戦法を前提として作られていて、基本的に正面切っての交戦は想定されていない。初撃でヴォストーク2を狙わなかったのは、極力戦闘を避けたかったからだろう。
 ヴォストーク2の背中で折りたたまれていた四連榴弾砲が、前面へと一斉に展開される。
 おおまかな位置しか掴めないが、あのモーテルに砲撃を加えれば問題はなかろうと、判断した。
 FCSを長距離砲撃モードに移行。
 弾種変更:特殊弾頭:燃料気化弾/残数4。
 ターゲット『モーテル』をロックする。
 その途端、ヴォストーク2の胸部装甲に、二発の高速弾が突き刺さった。
 敵MTが、察知されたことに感付いたらしく、急遽攻撃対象をヴォストーク2に変更したようだ。無論、重装甲と見て取れるヴォストーク2とまともに撃ち合って勝算がないことは明白であり、敵もそれを理解しているはずだった。
 攻撃能力を少しでも削げれば、と考えての先制に違いない。
 しかし、その攻撃は何の成果も上げてはいない。
 弾丸は外殻装甲の一枚すらも貫通することなく、無様にひしゃげて地面に落下し、土埃を上げた。
 高級汎用MTである『CR―MT85B』をベースにした特製フレームに、アライアンス・クレスト派の技術者が、ありとあらゆる『試作技術』を詰め込み、さらにミラージュとキサラギの技術を一部流用することで完成させた、現時点で最強の部類に属する戦闘兵器。
 それが『CR―MT85BP+』――通称『ヴォストーク2』だ。
 装甲にしても『コストが高すぎる』という理由で採用を見送られた超高硬度を誇る特殊合金の積層で出来ている。内部機構も堅牢そのものであり、正攻法では、超大型ミサイルでも叩き込まない限り満足な損傷は与えられない。
 ヴォストーク2は何事もなかったかのように――事実、その思考回路はダメージを認識していない――照準の調整を行い、間髪挟まず四連砲で砲撃を行なった。
 腹腔を直に揺らす爆音が空間を圧迫し、弾き出された砲弾は空を焦がしながら直進、瞬く間に廃モーテルに到った。
 モーテルに着弾する寸前に弾頭が切り離され、弾体が割れた。収まっていた液体が、半径20mの範囲内に散布される。その走りがモーテルの屋根を触れるか否かの瞬間、ばら撒かれた液体に炎が滑った。さながら氷上を行く走者の如く、滑らかに液体の作るドームを滑る。 モーテルの全天が赤く燃えた即時、割れ爆ぜよと言わんばかりの轟音が、暴虐の灼熱を芽吹かせた。
 炸裂したのは燃料気化弾だった。燃料を放出、空気と攪拌させたのち、一気に爆発させるという、恐るべき破壊能力を秘めた範囲爆破戦術砲弾だ。
 太陽よりなお苛烈な真紅を湛えて膨れ上がる、3000度にも達する高温を放つ火炎。その極大の炎に炙られて隠蔽装置を損なったか、二機のMTが炎熱の洗礼を受けたモーテル上に姿を現した。
 それも一刹那のことであり、その華奢な機体は、急激な空気の燃焼に伴う強烈な加圧に押し潰され、容赦なく粉砕され、同様に粉々となったモーテルの残骸と入り混じる。徹底的に破壊されたその細かな残骸すらも、延焼する劫火に焼かれて、ボロボロと崩れていく。
 戦闘開始より16秒後、モーテルが地表から消失したことを確認したヴォストーク2が、迎撃完了を宣言した。
                            
                           ■■■

「――あーあ、お前んところも全滅だな。頚椎骨折が殆どだ。あそこまで転がされちゃ、普通の人間じゃ耐え切れんわな」
 セプテムの映像を確認したらしいナユタが、口元を苦そうに歪めて呟いた。
「難儀だなぁ。バーテックス襲撃まで、あと三日だってのに……いろんな意味で不運な連中だ」
「これ、狙撃MTは全滅したんですか?」
 セプテムが問いかけると、ヴォストーク2が彼にカメラの視線を落とした。
『おそらくあれで全てだろう。狙撃に適した地点を走査したが、それらしいものは見付からない』
 拡声器から漏れる低い声。
 その重低音とは裏腹に、一言一言の発音が酷く柔らかい。
『それにしても、あの光学迷彩は厄介だな。バーテックスに解析されていないといいのだが』
「その点については、問題ありません。あれ、管理が難しくて、あそこまでの大きさになると、専門的なメンテナンスを、かなりの頻度で行わないととても運用できないんです。解析されていたとしても、まず使えないはずですよ」
『なら、いいのだが。しかし犠牲が多すぎたな。私がもう少し早くに気付いていれば……』
 ヴォストーク2の肩が、所在無さげに落ちる。人間じみた動きだった。
「仕方ないですよ、アレ相手にこの程度の被害なら、全然たいしたものです」
『そんなものだろうか』
「そんなものです」
「まったく、やれやれだな。さぁて、これからどうすっか」
 ナユタは、胸ポケットから煙草を取り出すと、口に咥え、セプテムを一瞥した。
 小さく頷いて、セプテムが右手に嵌めた軍用の皮手袋を外す。
 現れたのは、人ならざる質感の、やはり違和感を覚える膚だ。それに加えて、チューブや得体の知れない機械が埋め込まれているため、出来の悪いSFホラー映画に出てくる、怪人の手のような外観になっている。
 一瞬の間をおいて、その人差し指の先に青白い光が灯る。
 セプテムは、その指を突き出された煙草に押し当てた。
 じゅう、という音がして、指が離れたときには、煙草の先端に火が付いていた。
「便利だよなぁ、それ。俺にも、積めりゃいいんだが」
 しげしげと見詰めながらナユタ。
「火を着けるぐらいのヤツなら、いけるんじゃないですか。……あ! 先輩、見てくださいあそこ!」
 突然にセプテムが明後日の方向を指差した。
 つられてナユタが瞥見すれば、そこには一輌の煙を上げる装甲車輌があり、車輌と地面の間からは一本の手が生えていた。
 血まみれの膚は蒼白で、どう努力しても、死体のように見えた。
「ああ、なんか、左手っぽいな。間違いなく死んでるが」
「もしや、生存者では?!」
「いや、死んでるだろ。真人間が車の下敷きになって平気とか怖いわ」
 ナユタの常識的な意見に耳も貸さず、セプテムはばたばたとコミカルな動きで駆けていった。
「こら、止めとけ。腕だけかもしれんぞ」
「……残念! 手だけでした!」
「そんなに手だけが嬉しいか」
「うーん、脈がありませんね。死んでます」
「だから見りゃ分かるだろ」
『おい。輸送車輌から微弱な音波を検知したぞ。生存者ではないか?』
「輸送車輌? 何番だ?」
 ナユタはヴォストーク2を見上げた。
『1番だ。医療装置が積んである方』
「忘れてた、あれ、精密機器を運ぶからとかなんだとかで、電磁波とか全部シャットアウトするんだったな。見落としてたぜ。よしセプテム、そのままちょっと来い。おまえの出番かもしれん」
 口から煙を吐きながら手招きするナユタ。
 セプテムは、手袋をズボンのポケットに押し込んでそれに従った。
 拾った手は、死んでいたので捨てた。

 二人は炎を上げる装甲車の脇を歩き、ひっくり返って停止している一台の輸送車に向かった。
 操縦席の上部が消し飛んで、そこから赤い血が滴っている以外は、特に異常は見られない。
「もしかしてこの操縦者、生きてるんじゃ……あいてっ。なにすんですか?!」
 操縦席にへばりつく肉片に手を伸ばしかけるセプテムの頭を、ナユタがはたいた。
「馬鹿言ってないで、後ろに回るぞ」
「はいはい、分かってますよぅ」
 後部へと移動する。ハッチに近付くに従って、微かにハッチを内側から叩く軽い音が聞こえ始めた。
 ナユタはハッチに右手を当て、左手で煙草を摘んで口を自由にした。
「確かに、クッションやらなんやら詰まってるこいつの中なら、ひっくり返っても首とか折れんわ。誰だろうな。お前、作戦参加者のリスト、持ってるか?」
「いいえ? ヴォストークも……持ってないみたいですね」
「まぁいいか。とりあえず、救出するぞ」
 ナユタは右手を大きく振りかぶる。
 そして、残像すら描く異常な速度で、ハッチを殴打した。
 ごぉん、と、ドラム缶を大金槌で思い切り叩いたようなけたたましい音とともに、ハッチが打拳の形に陥没する。
 しかし破壊には至らない。
 ハッチを内側から叩いていた音は、ぴたりと停止した。
「駄目だな。さすがに素手じゃ、開けんか」
 ナユタは片方の眉を顰めて、今度は軽い動作でハッチを叩いた。しばらくして、恐る恐る、というような調子のノックが返ってくる。ナユタはしめたとばかりに、もう一度全力で殴りつける。ハッチの陥没が増し、何か悲鳴のようなものが聞こえた。
「これで、ハッチから離れただろう」煙草を咥えて、「セプテム。やれ」
「爆破します?」左の袖を捲くり、腕の一部を開閉しようとした。
「それはギャグでやってるのか?」
「ということは焼き切るんですね。了解です」
 袖を戻したセプテムの、その右の五指に青白い光が灯る。
 瞬間、光はバーナーを思わせる凶暴な奔流へと変貌した。
 数千度もの高熱を発し、あらゆるものを溶解させるプラズマ・カッターである。
 淀みなくハッチを溶断していくセプテム。作業はものの十秒ほどで終了した。
「じゃあ、開けましょうか」
「こっから先は俺にやらせてくれ。ちょっとは活躍せんとな」
 どうぞどうぞと一歩下がるセプテムに片手を挙げて礼を言いつつ、ナユタは赤熱する一角に指を突き入れ、ハッチを引き剥がした。 
 暗い車内に、顔面蒼白の女が座っていた。
 若い女だ。吹き込んだ砂色の風が、軍用ヘルメットからはみ出た長い金髪を揺らし、まっさらな白衣の裾をはためかせた。
 この状況には不釣合いなほどの、清さと美しさがあった。
「おお、別嬪さんだな。死んでなくて良かった」
 ナユタは一笑し、煙草の煙を吸い込んだ。
 その隣でセプテムがあっと声を上げた。
「この人、確か軍医さんですよ! アリッサとかいう!」
「なんだ知り合いか?」煙でわっかを作りながらナユタ。
「知らないんですか? 人気あるんですよ。アイドルみたいなもんですよ」
 陽気な会話だったが、女、アリッサは熱病にでもかかったように終始体を震わせていた。
「あ……あんたたち、何なの?」
 蒼い瞳に、薄っすらと涙を浮かべながら、アリッサは言った。
「あらら」
 セプテムが心外そうに眉根を下げた。そうして、血まみれの手で顔をぽりぽりと掻いた。
「しょうがねぇよ。さっきの今だからな」
 やれやれ、とでも言いたげなセプテム。先の襲撃で動揺しているのだろう、尋常でないことを口にするのも不道理ではない。
「そっちの、あんた、その右手……」
 セプテムの右手、露出した異常な風貌のそれ。
 セプテムは、例のぎこちない微笑みを浮かべて手を上げた。
 何を恐れてか、びくり、とアリッサが身を強張らせた。
「これ、プラズマ・カッターですよ」青い光を噴出させる。「そんなに珍しいですか?」
 セプテムからすれば、落ち着かせるためのサービスのつもりだったのだろうが、恐慌の只中にあるアリッサには、安堵よりも衝撃的な光景によるダメージのほうが大きかったようだった。
 目を剥いて叫びを上げ、積み上げられた医療機器に背がぶつかるまで後退する。
「ど、どうなってんのよ?! そ、そんな人間なんて、聞いたことない! なんなのあんたたちっ!?」
「何って……」
 セプテムとナユタは一瞬顔を見合わせ、苦笑して肩を竦めた。
「ただの強化人間ですけど」

                             ■■■

「知らんか? 強化人間」
 ヴォストーク2の足元に腰を下ろし、ナユタは煙草を片手に語りかけた。本日二本目である。
 煙草もそろそろ数が少なくなってきているため、できれば節約したいところだったが、こんな状況では多少贅沢に使わないとやっていられない。
「早い話が改造人間だな。えらく古い映画になるが、ターミネーターみたいなのを想像してくれ」
「強化人間。強化人間ね。ええ、噂だけなら、聞いたことあるけど」
 未だに警戒した様子のアリッサは、取り敢えず彼の話に耳を傾けている。立ったままなのは、いざとなればすぐにでも逃げ出せるように、との意図だろう。
 もっとも、そのいざというときになったとして、強化人間を相手に逃げ切れるはずも無いのだが。
「でも、信じられないわ。強化手術って、レイヴンが受けるやつでしょ? どうして強化人間が、ACにも乗らないで、こんなところにいるのよ」
 セプテムとナユタの二人がかりで『とにかく自分たちは敵ではないので落ち着いて欲しい』と説得した結果、どうにかアリッサを連れ出すことに成功したが、完全な信用は得られていない。特にセプテムを見ると怯えてしまう。
 そこで比較的まともな外装のナユタが説明を試みたのだ。
 セプテムはと言えば、『お茶を飲めば落ち着くはず』とどこかにお茶を探しに行った。思考原理を理解しようとしてはいけない。死ぬ。
「まぁな。大抵は、そうだ。だが、別コンセプト開発されたやつもいる。例えば俺みたいな、『兵士としての強化人間』だな。正直無駄だからペーパーでしか存在してなかったんだが、バーテックスとの闘争が激化してから何体か作成された。で、その一部ある俺らは今回の戦闘に試験投入されたわけだ」
 言いながら思考を巡らせる。
 今は死んでしまったが、他の兵士たち、それこそ士官から歩兵まで、皆ナユタら強化人間が戦闘に参加することは知っていた。少なくとも、戦闘中どう連携すればいいのか、というぐらいまでの情報は与えられていたようだった。
 セプテムがアリッサをアイドルと説明したのにも今なら納得がいく。要は偶像、戦意高揚のためのお飾り。適当なプロパガンダ要員なのだ。だからナユタら強化人間の存在すら知らない。否、知らされていない。
 よくよく考えてみれば、向こうでは必要充分量の医師が既に展開しているのだ。むしろ必要とされているのは看護師などの使い走りだろう。恐らく彼女は、内実では、新米看護師程度の地位にしかないのだと推測できた。別嬪も大変だなぁ、とナユタは少しだけ同情した。
「俺たちって? ここには、いったい、何人いるの?」
「一応三人いる。俺と、さっきの若いの、セプテムと、後はこいつだな」
 ヴォストーク2の爪先を小突く。それに反応して、ヴォストーク2の光学カメラがアリッサのほうを向いた。
「ヴォストーク2。一応、強化人間だ」
「な、なるほどね……」見下ろしてくる巨大な瞳に気圧された様子で、アリッサはそれだけを捻り出す。「でも、味方だっていう証拠がないじゃない。うちの戦闘服着てるから、なんて、理由にならないんだからね」
「助けてやった時点で、信用してくれても良さそうなもんだが……まぁいい、そこまで言うなら、見せてやるよ」
 ナユタはおもむろに右目に手をやり、躊躇いなく己の眼球を抉り出した。
「ちょ、ちょっと?!」
 アリッサが困惑とも恐怖ともつかない声を上げる。
「ほれ、ここ」
 平然とした表情で、ケーブルの繋がった眼球に似た機械の側面をアリッサに示す。
「メイド・イン・キサラギだ」
 そこにはアライアンスのマークと、企業・キサラギのロゴが刻まれている。
「も、もういいわ。分かったから、戻して、お願い……」
 蒼い顔で目を背ける。
「なんだ、わがままなやつだな。っていうか、解剖とかで見たことあるだろ、目玉ぐらい」
「そ、それとこれとは全然別よ! い、生きてる人間の内臓とか、触ったことないんだから……」
「そうかいそうかい、悪かったな」
 くつくつと笑いながらナユタは眼窩に目玉を押しこんだ。
二、三度瞬きして、眼球の位置を調整する。
「そ、それにしても、キサラギが強化人間に手を出してたなんて……初耳……」
「スーパーマンだよ、武装方針は」苦笑いして、煙草の煙を吸い込む。「『那由多戦えるアルテミットスーパーヒーロー』ってコンセプトで、名前はそのまんま『NAYUTA』。ギャグとしか思えないが、実はギャグだ」
『ちなみに私を強化したのはクレスト派だ』
 と、会話に加わりたくてうずうずしていたらしいヴォストーク2が言った。
「喋った?! 嘘?!」
 目の前の巨体を見上げて反射的にアリッサが叫んだ。
『私をなんだと思っていたんだ』
「あ、ご、ごめんなさい」
 どこか悲しげな佇まいを見せるヴォストーク2に、アリッサが慌てて謝罪する。
「せんぱーい! 見付かりましたよ!」
 と、そこにセプテムが満面の笑みで駆け寄ってきた。
 手にはハンドルが握られている。
「見てください、ハンドルです!」
「おまえ頭大丈夫か」
 さすがのナユタも呆れた。
「ちなみに、お茶はありませんでした!」
「見りゃ分かるよ」
『ちなみに彼はミラージュ製だ』
「え? 何の話ですか? ところでこのハンドル見てください! なんと鉄製です!」
「だから、それがどうしたんだよ」
 アリッサは微妙そうな顔をした。
 ミラージュ大丈夫か、という顔だった。
「ああ、俺らがチームを組んでるのは基本コンセプトが同じだからだ」
「そう……なんか、もうどうでもいいわ……」
「それは良かった。さて、やっと現状の説明に移れるわけだが」
 短くなった煙草を指先で揉み消しながらナユタ。火傷をした様子もなく、淡々と続ける。
「ご覧の通り攻撃された。あまり、芳しくない状況だ。荒野のど真ん中で生きてるのは俺たちだけ。向こうの街ん中でやってる戦闘への参加は、まず無理。となれば、ま、撤退するのが、妥当だろうな」
『既に救援がこちらに向かっている。それほど心配しなくても……いけないな。レーダーに反応だ。大型の飛翔物体』
「まさか」
セプテムが目を丸くした。
『おそらくそうだ。識別信号は、バーテックス。一機じゃない……間違いなく二機は来るぞ。残り十五分、というところか』
 ナユタは渋い顔をする。
「最悪だな。二機も投入してくるって事は、俺らを何としても始末したいらしい」
「つまり、それだけ、ヴォストーク2を脅威として認識してるって事ですか。さすが!」
 単機であれだけの火力を見せたヴォストーク2を、脅威と見なさないほうが無理な話だった。
『ほ、褒め言葉と受け取っていいんだろうか……』
「あ、あんたたちで、なんとかならないの?」
 整った顔を歪めるアリッサに、セプテムは両手を上げて見せた。
「来るのが雑魚なら、どうにかできますよ。フルボッコに出来る自信があります。だけど、バーテックスは凄腕揃いですから、一機だけでもキツい。あ、ちなみにこれ、万歳じゃありません。お手上げです」
「セプテム、二番輸送車のハッチを開けるぞ。何にせよ武器が必要だ」
「了解しました」
 二人して駆けていく。
「あ、あたしはどうすればいいの?」
『待機だな』
「怪我人の診療とかは……」
『死体しかないぞ、探査した感じでは』
「……私は、どうなるの?」
『我々が責任を持って保護しよう』
 堂々とした口調でヴォストーク2。
『安心しろ、我々は、不死身の強化人間だ。君は、実戦は初めてだったな?』
「え、ええ。恥ずかしいけど、実はね」
 アリッサは俯いた。一応、自分の立場を自覚しているのだろう。
「あなたたちは、どうなの? 試験投入とか、聞いたけど……、ごめんなさい、愚問だったわね。あああ、私、足手まといにならなければ良いんだけど……」
『その点は安心していいぞ』
 ヴォストーク2は勤めて冷静な声で返した。
「ヴォストークさん……」
 アリッサは感極まった声を出し、
『実は私たちもこんな実戦は初めてだからな!』
 次の瞬間、すげぇ微妙そうな顔をした。

                             ■■■
 
 こじ開けられたハッチの上を、二組の長方形の巨大なコンテナが滑っていく。大男の死体を収めるための、特製の棺桶のようでもあった。打ち下ろされる陽光の下、鋼鉄の色を剥き出しにしたその側面には、アライアンスのロゴが刻まれている。
「どうやら無事みたいだな」
「これしきで壊れるミラージュ製品ではありませんよ」
「外郭はキサラギだろ。感謝するならまずキサラギにだな」
 コンテナの一角を開き、現れたコンソールにパスワードを打ち込む。
 入力完了と同時にコンテナ内部より駆動音が響き、上部から取っ手が飛び出した。
 ナユタは300kg近い重量のその鉄塊を軽々と持ち上げた。上質の筋繊維を高密度で束ねた強化筋肉である、1t程度までならば問題なく支持できる。
 空いている片手で首筋から接続ケーブルを伸ばして、コンソール脇のジャックに接続する。自動的に鉄塊――複合兵装搭載携行型デバイス『アーム・パック』がFCSに認識される。それに連動してコンテナの先端が展開し、照準装置や各種兵装の銃身がスライド、前方へとその漆黒の貌をのぞかせる。
 セプテムも続いてコンテナを持ち上げ、操作を開始する。
「前から思ってたんですけど、ナユタ先輩のジャックって、あのアニメの真似ですか?」
「そうだ。イカすだろ? やっぱ、ハイテク臭いのは、こうじゃないとな」
「非効率的ですけどね。でも、俺もそっちの方式が良かったかも」
 セプテムのケーブルは右手首から延びていた。
 開発元がそれぞれ違うため、形態は必ずしも統一されていない。
「中々具合はいいな。そっちは?」
「良好です。今なら、宇宙艦隊にでも勝てそうです」
 周囲の適当な場所に銃口を向ける。ケーブルによってアーム・パックと連結されたセプテムの視界には、照準機からの映像と、各種状態記号が表示されている。
「あ。これ、改良型ですね」ヴァージョン情報を確認した。
「多少、軽くなってるな。パイルバンカーは……ねぇか」少し残念そうだった。「だよなぁ。そんなスペース、ないもんなぁ」
「携行用のそれは、ないんですか?」
「あるが、俺で持てるやつは大分小さい。破壊力は期待できんレベルだ」
『準備は出来たか』
 ヴォストーク2から通信だ。
 データリンクをONにしている場合は、無線機を使わずに通信が可能である。
「オーライ、完了だ。今そっちに向かう」
 駆け足でヴォストーク2に戻ると、アリッサは気だるげに視線を向けてきた。
「なにその箱」
 ジェットコースターにでも十回連続で乗ったような疲れ切った顔だった。
「超便利アイテム『アーム・パック』です。残念ですけど、ビームは撃てません」
「あ、そう……」
 ほんとうにどうでもよさそうだった。
「これより、北東のアライアンス陣地に帰還する。殆ど無意味だとは思うが。まぁ、なんか、そっちのが安心だしな」アリッサを見て、「あんた、歩けるよな。割と急ぐから、しっかり頼むぞ」
「え? あたし歩くの? このMTに乗るとかなし?」
「うーん、そんなスペース、ありますかね」セプテムが首を傾げた。
『いや、無理だろう』
 ヴォストーク2は断言した。
「膝の上とかでも、全然いいわよ?」
「いや、物理的にそんな余裕がないんだろうよ。機械で埋まってるからな」
「? どういうこと?」
『私には、パイロットがいない。コックピットには、脳だけが搭載されている』
 ヴォストーク2は両腕を広げて見せた。
 滑稽な動作だったが、戦闘MTの巨体がやると結構な迫力がある。
「早い話が、体を丸ごとMTに取り替えたのが」
 ナユタが巨大な脚をノックする。
「こいつ、ヴォストーク2だ。強化『人間』じゃねぇじゃん、なんて突っ込みはなしだぜ」
「ああ……そうなの……」アリッサはこめかみを押さえた。「なんか、なんでもありな気がしてきた……」
「しがみつくとかなら、アリですけど。腕、鍛えてます?」
「格納スペースに、人間一人ぐらいなら詰め込めるんじゃねぇか?」
「もういいわ……自分で歩く……」
「そうか。では一路北東へ」ナユタが声を上げる。
 四人の転進が始まった。

                             ■■■

 果て無き荒野である。注がれる陽光は熱く、吹き抜ける風は砂を孕んで膚を撫でる。
 血色の土は罅割れており、生き物にとっては聊か過酷な環境であった。
 セプテムら強化人間達は、全くの平気で歩みを進めている。カタログスペックでは、それぞれが一週間ほどなら不眠不休で行軍できるようになっている。荒野を数分歩くぐらいでは、何の消耗にもならない。
 だが、生身の人間ではそうもいかない。この10分ほどの間に、熱砂のごとき獰猛な横顔を見せる不毛の荒れ野に体力を削られたらしいアリッサは、時折、あらぬ方向に歩を進めた。
 そのたびにナユタかセプテムが、ぞんざいな手つきで彼女を正しい進路へと戻す。
「暑いわね……!」太陽をきっと睨み付けた。「忌々しいわ!」
「太陽に喧嘩を売る……これは、英雄の気配ですね」
「そういやぁ、イカヅチキックとかで壊せるもんなのかねぇ、太陽って」
「いけるんじゃないですか? 銀河怪獣だって、倒せるんだし」
『さすがに太陽クラスになると∞力とか使わないと難しくないか?』
「こんなときに、あんたらは何の話をしてるの?」
「『頂点を簒奪せよ!』とか、『伝説老人イデエもん』とか、知ってます?」
「へ? うーん……知らないわね」
「知るわけないわな。古いし」
『その上深夜アニメだからな』
「なに? この期に及んでアニメの話なの?」
「アリッサさんの世代なら、『レイヴンの翼』あたりですか」
「あー……弟が見てたわね。異世界に召還されたレイヴンが、騎士になって戦う話だっけ。でも、よくは知らないわよ」
『なら「魔法少女キサラギ菜の花ちゃん」は?』
「それなら、昔見てた。あれよね、あの、女の子が悪人を撲殺していくやつ。」
『そう、それだ。私はライバルの鉄鎖ちゃんが好きだった。体育の時間に乱入して、ICBMを教師どもに投げつけるあたり、特に』
「あー、あったわね、そんな話。……ところで、どうしてあんた、あんなアニメ知ってるの? めちゃくちゃファンシーな女の子向けのやつじゃない」
『それは……いや、待て』言い淀み、光学カメラを後ろに向け、空を見上げた。『レーダーの反応が、随分、大きくなってる。じきに到達するぞ』
 セプテム・ナユタの視界に情報ウィンドウが開かれる。
 遠望拡大の映像が表示される。
 輸送ヘリのハンガーに吊るされているのは9m近い巨体を持つ、技術と鉄とを積み上げられて生み出された人型兵器。
 真っ赤に染められた、先鋭企業・ミラージュ社系のパーツで構成された中量二脚ACだ。
 ACとは、『アーマードコア』と呼ばれる陸戦兵器の略称だ。強力なジェネレータを搭載した、コアと呼ばれるパーツを核に、最新技術の粋を縒り集めて作られたパーツと武装を組み合わせて運用される。
 攻撃力、防御力、機動力、汎用性など、兵器として要求されるあらゆる能力を最高水準で備え、実質的にいかなる局面においても最強の戦力となる慄然たる存在だ。
 ただ、複雑な操縦系統と猛烈な身体負荷が相俟って、乗りこなすのが通常の兵器より桁違いに難しく、自然とこの最高のカードを切れるのは基本的に高い知性と身体能力を持つものだけに限られる。その条件を、天性で、あるいは努力の果てに身に着けたものは、レイヴンと呼称される傭兵となり、法外な報酬と引き換えに、どのような依頼でも遂行する『何者にも属さない例外的な存在』となるのだ。
 特攻兵器襲来以前は、それなりに数多く存在していたのだが、激化した企業間抗争や特攻兵器による大量破壊に巻き込まれて、大半が死亡した。今では数えるほどしか生存していない。
 その生き残りたちのほとんどは、現在、ジャック・O率いる武装集団バーテックスか、企業連合のアライアンスのどちらかに所属している。以前のようにフリーの傭兵として働いているレイヴンは、殆ど存在していない。
 多くのレイヴンはバーテックス側についており、結果としてバーテックスは規模とは裏腹の驚異的な戦力を有している。アライアンスは、数人の敏腕レイヴンと豊富な資源によって、どうにか対抗している状態である。
 ――迫るACの武装は、パルスライフル・レーザーブレード・拡散ミサイル。
 速度を重視しているらしく、一般的なACと比べれば、火力は低い。
 しかし機体を形作るパーツはいずれも高級品。力ではなく、技術で攻める手練であることを暗に示している。
 画像の上部では、敵ACの名称が点滅している。
「『レッドチーフ』ですか。中堅どころですね」
「厄介な相手だな」
「どんなやつなの?」
「パルスライフルを主武装とした中量二脚ACです。ちょっと速くてちょっと強いのが特徴です」
「随分アバウトなのね……」
 ヴォストーク2の全榴弾砲が瞬時に展開、射撃体勢に移行する。
 この場合、輸送ヘリごと撃墜するのが最も効果的な撃退手段なのだが、ACの輸送それ自体は、民間企業(企業連合体の傘下にも属せない零細企業だ)の請負であることが多い。無論戦場の空を飛んでいる以上、撃墜しても問題はないが、あくまでも民間人である業者を巻き込むことは、対外的に悪評を生む原因になるとして、極力避けるのが暗黙の了解となっており、それは今でも不文律として存続している。
『AC投下を確認』
 高速照準開始、発射準備完了。
『迎撃する。アリッサは耳を塞いで伏せていろ!』
「え? ちょ――」
 そこから先は、誰の耳にも届かなかった。
 絶え間なく響き渡る爆音に掻き消されたのだ。
 ヴォストーク2は、榴弾砲と狙撃砲を同時に発射して弾幕を形成し、レッドチーフの攻撃に備える。
 一輪挿しに出来そうなほど巨大な薬莢が、左右の地面へとばら撒かれた。
「さすがに速ぇなぁ」
 アーム・パックを構えながら、ナユタが面倒そうな表情をした。
 情報ウィンドウには、ヴォストーク2から転送された、高速機動で弾幕を潜り抜けるレッドチーフの拡大望遠映像がある。
 まだダメージは与えられていないようだ。
「よし、接近してボコる。射撃準備」通信である。
「了解。接近してボコります。射撃準備」同じく、通信で返す。騒音による、情報伝達の齟齬の危険性を排除するためだ。
 アーム・パックを重槍のようにして突き出しながら、二人は粉塵を巻き上げて疾駆した。
 この場を離れるということは、アリッサを放置するということだったが、頭上をヴォストーク2の榴弾が飛翔しているうちは、そのことは心配しなくていい。ヴォストーク2は、二人が知るうちで最も信頼できる『矛』であり、『盾』でもある。先ほどの見えない狙撃者が相手ならまだしも、対AC戦ならば、その有効性を充分に発揮する。
 二人とレッドチーフとの相対距離が200まで近付いたところで、レッドチーフの初撃が飛来した。パルス弾だ。破壊信号を発振する波動を付与されたエネルギーを球状に形成した特殊な弾丸であり、生命体はもちろんのこと、金属さえも容易く破砕させる凶悪な性質を持つ。
 危ういところで、二人とも回避に成功する。パルス弾は地面に抉り込み、荒野に深い穴を穿って、その赤土を散らした。
 レッドチーフは生体センサーを搭載しているようで、セプテムとナユタの視界に、敵に補足された旨を知らせる警告信号が明滅する。
「まずはミサイル使っとくか」
「同期します?」
 ナユタは首肯した。
アーム・パックの右側面が開き、現れた小型誘導弾の弾頭が、陽光を受けて輝く。
照準機は、高速度で大地を走るレッドチーフの姿を捕えている。
二人は、同時に誘導弾を射出した。
連続で3発、合わせて6発。誘導弾は瞬時にレッドチーフへと踊りかかったが、うち5発は回避された。1発は右肩の装甲に命中したが、決定的なダメージには繋がらない。
「さすがにMTとは比べ物にならねぇな」
 身軽に側転してパルス弾を避けながらナユタが呟く。武装はアーム・パック内の対物狙撃銃に切り替えており、時折、機関銃による弾幕を織り交ぜて攻撃しているが、やはりダメージは与えられていない。
 ACは総じて、新鋭の装甲を多重積層した非常に強固な防御を有しており、真正面からぶいつかってはたとえ戦車砲であっても満足なダメージを与えることが出来ない。特に重装ACのそれは、ヴォストーク2の装甲に追い付かんとする桁外れの堅牢さを持つ。
「俺が狙撃しましょうか。関節なら、やれるはずです」セプテムが、僅かに腰を屈めた。「先輩、援護お願いします」
「任せろ。とりあえずは、あの厄介な右腕を頼む」
 ナユタのアーム・パック内部に仕込まれた小型発電機が、エネルギーを精製する。 
 対物電磁投射砲――対戦車レールガンの発射準備だ。
 極限にまで小型化されているために、ACに搭載されるそれより威力は遥かに劣るが、それでも、装甲の甘い関節部を破壊する程度の威力はある。既存の携行火器の中では頭ひとつ飛び抜けた破壊力だ。
 ただし、発射時の熱に耐え切れず砲身が融けてしまうという欠陥がある。自然と撃てるのは一発だけになる。
 狙撃とはいえ、照準に長い時間は費やせない。ACの機動性は時に戦闘機のそれを上回る。仮に勘付かれれば、即刻戦車の装甲すら豆腐のように貫通するパルス弾に挽肉にされてしまう。チャンスは一瞬だ。
 セプテムは、脳とアーム・パック内のFCSに並列演算させて、正確な射線を算出した。第一解の確認を行なうために、同じ計算をさらに三度行って、完璧な射線を取得する。
 これらの動作の間に経過した時間は、一秒にも満たない。
 だが、一瞬が絶大な価値を有する戦場に於いて、一秒という時間は十二分な隙となる。
 相手が戦闘の申し子たるレイヴンならば尚更だ。
 セプテムの視界で、毒々しい色の警告ウィンドウが明滅する。
「ミサイルアラート――」
 レッドチーフは、寸前でセプテムの目論見を看破していた様子だ。
 次の瞬間、レッドチーフの肩部の発射機から、誘導弾が発射された。
 速度と衝撃でダメージを与える、対MT戦を主眼に置いた高速誘導弾だ。
 通常時ならば、機関銃による迎撃が可能だったが、現在のセプテムのFCSは全て電磁投射砲に集中しており、そんな余裕は一片もない。
 なお悪いことに、放たれたそれは、発射直後に四つに分裂する多弾頭型である。回避することすらままならない。
「おおっと!」
 即座にナユタが援護に移った。
 迎撃に使える全ての銃器を起動、演算装置をフル稼働させて射撃する。
 正確な計算による、神がかり的な射撃により、分裂したミサイルのうち三つの迎撃に成功したが、一つを逃してしまった。
「エキシードチャージ!」
 途端、ナユタが弾けた。
 常人では認識できぬ速度で、その体躯が宙を舞った。
 ショートカットメニューから身体活動設定項目を開き、脳内に設けられた筋肉無意識制動機構を戦時最低から完全無視に変更、14の警告を破棄して、出力の限界突破を敢行する。同時、知覚野をクロックアップして、超高速機動に備える。
 常人の十倍近い出力を持つ強化筋肉組織は、ナユタに窮極の加速をもたらした。
 尋常の兵であれば満足に認識することもままならぬ速度で、ナユタは駆けた。
 遅れて、巻き上げられた塵埃が彼の軌跡を虚空に示す。
「クリムゾンスマァッシュっ!」 
 さながら雷撃のような勢いで直進し、最後の誘導弾の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
 キサラギが生体兵器開発で培ったバイオ技術を小型化し、その全てを注ぎ込んだのが、強化人間・ナユタである。
 結果として驚異的な身体能力の付加に成功しており、その性能は白兵戦に於いてこそ発揮される。
 ちなみに一連の動作の前後に叫ばれたそれっぽい単語は、ナユタが適当なアニメから拝借した架空の技名であって、実際は高速でジャンプして普通に蹴っているだけである。キサラギ印の特別な機構が働いていたりは、しない。
 真横からの衝撃に撃ち抜かれた誘導弾の軌道は歪み、直撃するはずだった死の顎は、セプテムの脇を掠め、荒野の彼方へと飛び去った。
 蹴りを極めた姿勢から、反動を利用して、後方へ宙返りするナユタ。
 恐るべき超人の陰で、セプテムは微妙な射撃位置の調整を完了させた。
 右手首のコネクタより発射信号が伝達され、アーム・パック内部の砲身に、発電機からの莫大なエネルギーが供給される。
 不可視の加速レールが形成されたのを確認し、セプテムは補助火薬を点火させた。
 まず、衝撃があった。
 射出された弾丸は、一瞬にして3kmの距離を走破した。銃口より飛び出た瞬間に、音速を突破し、凄まじい衝撃波を以って産声を上げた。
 次に、破壊があった。
 一秒の数十分の一という、超短時間でレッドチーフに到達した弾丸が、セプテムの狙い過たずその右肩関節を粉砕せしめた。厚さ120mmの鉄板すら貫く、本来なら必殺の弾丸である。いかにACといえども、無防備な関節に受けては、ひとたまりもない。
 最後に、音が来た。
 ソニックブームと、補助火薬の炸裂音が渾然一体となった、竜の咆哮の如き爆音である。
 その段になって初めて、セプテムは狙撃の成功を知覚した。
 一瞬の間を置いて、レッドチーフの右腕が、重力に引かれて荒野に突き刺さる。
「やりましたあっ!」  
 射撃の反動に仰け反りながら、セプテムが左手でガッツポーズを取った。
 アーム・パックからは白煙が噴出している。内部で発生した熱を逃がすために行われた急速冷却に伴う水蒸気だ。電磁投射砲の砲身自体は既に使い物にならなくなってしまっているが、この冷却により基本的な機能は守られる。
「ほらほら、さっさと動け」地面に着地し、軽くバックステップしつつナユタ。「あいつのコアには格納機能がある、最悪ブレード放棄で鉄砲出してくるかもしれんぞ」
 その通りになった。右肩から火花を散らすレッドチーフは、バックブーストで距離を離し、左腕部側面のハードポイントにレーザーブレード発生器を固定している爆砕ボルトを炸裂させてパージする。エネルギー供給ケーブルが千切れるのを待たずに、コア後部のコンテナから小型の機関砲を取り出した。
 小型、というのは、通常のAC用火器に比べての話だ。
 握られたそれには、人間程度なら弾丸の一発で跡形もなく吹き飛ばす圧倒的暴力が秘められている。
「心なしか、さっきより状況が酷くなってるように見えますが」
 セプテムが厭そうな顔をした。
「ように、でなく、実際になってるな」
 パルスライフルは威力に優れるが、連射性能は精精小型砲並だし、弾速も大したことは無い。強化された身体能力を活用すれば、回避はそれほど難しくないのだ。
 しかし機関砲は、短時間で多量の弾丸を撒き散らす。とても避けきれるものではない。戦車やMT、AC相手には物足りない破壊力も、人間の延長線上の存在に過ぎない二人にとっては、過不足ない脅威となる。
「俺のにも、レールガンついてりゃなぁ……」
 外見上は、セプテムのものと同一であるが、ナユタのアーム・パックは盾としての面を高められている別ヴァージョンだった。特別強力な火器は、搭載されていなかった。
 ――そこに、ヴォストーク2が切羽詰った声で割り込んできた。
『すまない、砲身が焼けそうだ。冷却完了まで援護を中断する』
「うへぇ、マジかよ」
「だいぴーんち!ですね」
 支援砲撃が止んだとなれば、当然レッドチーフは動き易くなる。
 現状でさえ、戦力に圧倒的差異があるというのに、これ以上はとても耐え切れるものではない。
「救援はまだなのかよ」
『あと二分ほどで、到着するだろう。ただ……もう一機の敵ACの到達までは後一分というところだ』
「最悪だな」
「どうしましょう」
「どうするって、どうするんだ。普通に死ぬか、逃げて死ぬかの二択しかねぇじゃねえか」
『どうやらそちらも、手詰まりのようだね』
 不意に、聞きなれぬ男の声で通信回線が開かれた。
 おそらくは、レッドチーフを駆るレイヴンだろう。
『一時休戦といかないかい? 私も、システムの最適化を行ないたいのでね』
「そ、その声は、まさか……!」
 セプテムはワナワナと震えた。
「……まさか?」
 ナユタがセプテムを見る。
『……まさか?』
 ヴォストーク2も次の言葉を待った。
『……まさか?』
 レッドチーフのレイヴンも、不思議そうに聞き返す。
「まさか……」
 言葉は、続かない。
 沈黙の風が駆け抜けた。
 怪訝そうな顔のナユタへと、セプテムが小声で話しかける。
「ほら、先輩、なんか適当に繋げてくださいよ」
「知るか!」
 ナユタはきしゃーと歯を剥いた。
『……ふむん。受けてもらえる、と考えてよろしいかな? だいたい、30秒くらいが望ましいのだが』
「そうだな……」
 言葉の途中で、高速通信に切り替える。
『ヴォストーク、どれくらいかかりそうだ?』
『30秒もあれば、どうにかなる』
 即時の意思疎通を行い、ナユタは頷いた。
「よし受けた。30秒ノータッチで。OK?」
『了解した。ふむん、この間に、自己紹介でもしておこうかな。私はコンバットQ。バーテックス所属のレイヴンだ。……キミたち、どうやらただの人間ではないようだね』
「ほぉ、兄ちゃん目敏いな」
 片手で煙草を取り出す。
 火は自前のライターで着けた。
「その通り、俺たちはアライアンスの、自称! 最強の陸戦歩兵……」
 煙を吐き出し、セプテムたちと高速で通信を行なう。
『どうやらこっちの火力不足に気付いてねぇようだな』
『ええ、たぶんレールガンとかバカスカ撃てると思ってるんじゃないですか』
『おそらくそうだろう。他の兵器の所在を疑っている節もある』
『俺らの戦力についての具体的な情報は出さない。徹底しろ』
『了解です。じゃ、自己紹介はどうしましょう?』
『個人的には、パターンCがいいな』ヴォストーク2が控えめな声で提案する。
『よし、パターンCで行くか』
 事情を知らぬものには見得を切るための『タメ』だとしか思えない短時間の会議だった。
「力の一号!」
 ナユタがビシッ、とポーズを取る。往年の変身ヒーローのそれに、酷似していた。
「技の二号!」
 続くセプテムも、似たようなポーズを素早く決め、そして――
『アライアンス陸戦部隊広域殲滅用汎用大型二脚兵器、名前は秘密だ!』
 遥か彼方で、ヴォストーク2が腕組みの仁王立ちで流れを〆た。
 どどーん、と派手な音を上げて、肩部に取り付けられた発煙弾発射機から七色の煙が吹き上がる。
                         
                           ■■■

 その足元で状況を傍観していたアリッサは、こいつらまたなんか濃いことやってんな、という顔で、空を仰いだ。
 雲が白かった。
 そんだけだった。
 流れてきた煙が喉にしみた。
 ちょっと泣きたくなった。
『そこで頂点を簒奪せよ!かい。中々、味な真似をするね』
 ヴォストーク2の拡声器越しに、コンバットQの感嘆の声が響いた。
「あ、分かっちゃうんだ……」
『ん? アリッサ、何か言ったか』
 束の間の平穏が訪れる。
 
                           ■■■

『まさか、歩兵程度にこれほどに苦戦させられるとはね……予想外だったよ』
「予想されてちゃ、困りますけどね」
「一応、機密だしな」
『――冷却完了だ。いつでもいけるぞ』
 雑談を垂れ流しいている間に、24秒が経過。
 重たい沈黙の帳が降りる。
 事態を察知して、アリッサは早々に伏せて丸くなった。
 残り5秒。
 セプテムとナユタがアーム・パックを構える。
 残り4秒。
 レッドチーフがブースタに火を灯した。
 残り3秒。
 ヴォストーク2の四連榴弾砲に砲弾が装填される。
 残り2秒。
 残りの2秒を待たずに、武器を持つ全員が、引き金を引いた。
 荒野に、爆音が吹き荒ぶ。
「そう来ると思った、この鬼畜め!」
『キミたちもな!』
「一番早く撃ったのはヴォストークですけどね!」
『それは関係ないだろ。意図的に誤射するぞ』
 ヴォストークがムキになって抗弁した。
 戦場で、相手からの提案を頭から信用するのは大愚だ。裏切られることを前提に行動しなければ、舌の根も乾かないうちに背中を撃ち抜かれる。
 戦況は逼迫していた。対物電磁投射狙撃砲を恐れてか、レッドチーフが常に距離を離して攻撃してくるために、集弾率の低い機関砲の攻撃力は幾分減退している。
 だが、それがセプテムらにとって有利な条件かといえば、そうでもない。アーム・パック内の武装は、あくまで歩兵の使える武器の範疇を出ず、この遠距離からではダメージを与えるどころか、攻撃を当てることさえ難しい。接近しようにも、相手の速度に振り切られてしまう。
 全く手の出しようが無い。ヴォストーク2の支援砲撃で、辛うじて攻防が成立しているような状態だ。
 仮初の均衡。
「ヴォストーク、どうにかやつを仕留められないか?!」
『努力はしている! だが速すぎてどうにも……!』
 ヴォストーク2の狙撃能力は決して低くない。寧ろ、下手な狙撃MTとパイロットよりも格段に優秀である。
 しかし高機動ACが相手ではその才も満足に表に出ることはない。数百メートル先で、常に時速300km近い速度で動いている的を撃ち抜くような芸当は、スーパーコンピュータを使っての演算でも行なわなければ到底出来るはずもない。
『――ッ! 二機目の敵ACの到達と、投下を確認! 気を付けろ!』
「ちょ! まじかよ!」
 視界の片隅に、ヴォストーク2からの拡大望遠映像が展開される。
 クレスト系パーツを中心とした機体構成の、全距離対応型中量二脚形AC。――白と紺の、どこか高貴さを漂わせるその機体の名は。
「『ダーティスレイマー』か! 冗談じゃない、トップクラスの野郎じゃねえか!」
「『Sir.FIRE』でしたっけ?! 強いので、有名な?!」
『兵装を照会! マシンガン、ブレード、12連ミサイル、グレネードだ! ……え?!』
 降下するSir.FIREへと優先的に砲火を浴びせ始めたヴォストーク2が悲鳴を上げた。
『くそ、アリッサをロックしてる!』
「まだ降下しきってないってのにか! 野郎、強化人間だな?!」
 拡大望遠映像の中の巨人、クレスト系中量二脚AC、ダーティスレイマーは、撃ち込まれる砲弾を最小限の動きで巧みに回避しつつ、機体左後部のハードポイントに装備した砲を前方へと展開していた。
 近年爆発的な進歩を見せる多重装甲の突破を目的とした特殊砲弾を撃ち出す対AC戦用の滑腔砲である。
 通常、四脚と無限軌道以外の脚部を装備したACは、その重心の関係上、片膝をついての砲撃姿勢にないと、キャノン形兵装を使用できないのだが、強化人間ならばバランサー機能を脳で補助できるため、空中での砲撃など、多少の無茶が効くようになる。
 果たして、ヴォストーク2には相手の意図が読めていた。
 故に、その策に嵌らざるを得ないと知っていた。
『貴様も兵士なら、どうすべきは心得ているだろう』
 冷徹な男の声がした。
 アリーナなどでの『誰も死なない戦闘』を茶番と一笑し、無数の激戦地を駆け巡ることででその名声を獲得した、レイヴンの中でも取り分け強壮とされる傭兵――Sir.FIREの声だ。
『やめろ、彼女はただの軍医だぞ!』
『卑怯、か。褒め言葉だな。非戦闘員? そんなものは見ればわかる。お前とて分かっているはずだ。さぁ、そいつを庇え、デカブツ』
『くっ――』
 ヴォストーク2は前進し、その鋼の肉体で、アリッサを滑腔砲の射線から完全に隠した。
 同時、砲撃の回転数を限界値に設定し、一層の熾烈で迎撃を行なった。
『それでいい』Sir.FIREの言葉には、何の感情もない。『死ね』
 迎撃の甲斐なく、呆気なく撃ち出された砲弾は、瞬きの間を以ってヴォストーク2の胸に突き刺さった。
 立て続けに五発。常識外れの連射は、全てが同一箇所に命中する。
 非力なMTの狙撃砲とはわけが違う。一発でACの装甲を貫通、粉砕する強力な砲弾が、五連続だ。いかに超重装甲を誇るヴォストーク2といえども、これを受けては、ただではすまない。
 もちろん、回避できないわけではなかった。
 機体各部に設けられた緊急回避用の小型ブースタを発動させれば、それこそ着弾の一瞬前に避けることも可能だったろう。
 だが、敵の目標はアリッサだ。逃れる術も防ぐ術もない、無力な一般人に限りなく近いアリッサを狙っての攻撃だった。
 彼女は保護すべき対象であり、そして、この状況で彼女を助けられるのはヴォストーク2以外にない。ならば彼女の盾になるべきで、ヴォストーク2は基本的な倫理観でそれに従った。
 そして、Sir.FIREは、戦場において民間人のために、正常な兵士がどうすべきかを熟知している。全てはSir.FIREの思い描いた盤面の上での出来事だ。
 結果として、ヴォストーク2は『被弾せざるを得なく』なったのだ。
 連打の衝撃で、超多重装甲が罅割れ、砕けた。
 炸裂した砲弾より襲い掛かる火竜の息吹を一身に受けつつ、ヴォストーク2はそれでも持ちこたえた。
 異常なノイズを発する演算装置の全てを姿勢制御と衝撃拡散に傾注させ、必死に倒れまいと堪えた。
 背後にはアリッサがいるのだ、ここで倒れては、彼女を押し潰すことになる。
『――ふん、耐えたか』
 ブースタを発動して落下の加速を減殺したダーティスレイマー。
『存外に、やる。アライアンスにまだこんなモノがあるとはな』
「おいおい酷くやられたな、ヴォストーク」
 飛来する機関砲弾をかわしつつナユタが口の端に笑みを浮かべた。
 皮相な笑みだった。
「畜生、なんか打ち切りフラグが見える」
「まさか平気の平気で倫理道徳無視されるとはですよ……」
『すまない……私の落ち度だ。アリッサを無理矢理にでも格納するべきだった』ヴォストーク2は沈痛の声音で言った。『すまない、これ以上の援護は出来そうにない……すまない』
「気にするな。お前は、よくやったよ」
 爆炎が晴れた大地に、膝を屈するヴォストーク2の燦燦たる風貌があった。
 重装甲により致命傷こそ免れたものの、頭部の複合カメラは半ば溶解し、胸部の装甲は割れ砕け、そのフレームを覗かせている。
 左腕部はむしりとられたような形で脱落し、右腕もマニュピレータ部から千切れかかっており、狙撃砲を保持する用を成さなくなっている。
 FCSが被弾の衝撃で発狂したらしく、肩部の四連榴弾砲も稼動できない。
 機体最深部の脳は無事であり、FCSとしての機能も生きていたが、各種探査装置が本来の四半分程度の機能でしか稼動できなくなり、メインカメラも死んだ今では、低性能なサブカメラ頼りの、極狭い範囲での狙撃しかできない。
 脚部は、衝撃を受け流しきれず内部機構の幾つかが破損してしまい、慎重なシステムの最適化無しでは、機体の重量を支えることすらままならない。膝をついて重心を安定させるのが、やっとだった。
『Sir.FIRE、あなたというひとは…・・・』
 コンバットQの不愉快そうな声。無線が全方面へオープンになっていることにすら気付いていない様子だ。
『絶滅戦争じゃないんだ、ちょっとは節度を持ってはどうだい』
『節度だと? なんだそれは。追加報酬や夕飯の彩りになるようなものか』
 対してSir.FIREは嘲りを発した。こちらは知っていて回路を開放しているふうだった。
 その余裕を持った声には威圧感がある。
『これが本当の戦闘というものだ。ナービスの肥溜めで牙を抜かれ、歩兵相手に苦戦するような駄犬は黙っていることだな。貴様より連中のほうが余程マシというものだ』
 赤土の荒野に、二匹の鴉が降り立った。

                             ■■■

「……ヴォストーク?」
 爆風で巻き上がった土埃にも構わず、上体を起こしたアリッサが、半ば鉄屑と化したヴォストーク2の惨状を呆然と見詰めている。
 ヴォストーク2の完璧な防御の成果か、あるいはダーティスレイマーの『あくまでもヴォストーク2に攻撃を受けさせるための』精密な射撃によってか。
 おそらくはその両方の理由で、彼女には掠り傷ひとつ無かった。
「そんな……私を庇って?」
『当然のことだ』ヴォストーク2は柔らかに言う。『そのための巨体だ。ほら、私の陰に隠れていろ。これで死んでは笑い話にもならないぞ』
 実際のところ、ヴォストーク2はそのような用途も考慮されて設計されている。現在も重篤な損傷を受けてはいるが、本質的な部位については正常に働いている。
 だが、そのことを知らないアリッサにとっては、目の前で自分を庇ってボロ布のようになったヴォストーク2の姿は衝撃的だったのだろう。ぼろぼろと大粒の涙を零し始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
『な、泣く必要はないぞ。ほ、ほら、私はこんなにも元気ではないか』
 慰めの言葉も、今のアリッサの心には油を注ぐだけだった。アリッサはそのままえぐえぐと嗚咽を漏らし、伏せって声を上げて泣いた。
「ごめん、ごめん……」
『う、あ、な、ナユタぁ! セプテムぅ! 大変だ、助けて!』

「そんなもん自分でなんとかしろおおお」
「っていうか俺らにも分かりませんってぇええ」
 烈風のごとく吹き荒れる機関砲弾に翻弄されながら、思い思いに返答する。
 事態は不利を極めた方向へと傾いていた。
『コンバットQ、貴様が何と言おうと状況は変わらん』
 ダーティスレイマーは己のブースタの放つ光の奔流を背にして、戦闘中の三人へと高速で疾走している。肩部では変わらず滑腔砲の鉄が獰猛な輝きを放っている。砲身の冷却を行なっている様子だが、まだまだ連射が効くと見て間違いなかった。
『取り敢えずはあのMTを破壊する。貴様の尻拭いはそれからだ』
 ヴォストーク2の内面で、無数の警告ウィンドウが展開した。
 今度はヴォストーク2自身が狙われているのだ。内部機構の露出した右腕部を無理矢理に稼動させ、胸部の前面で固定、これを最後の防御とする。
 腐っても超装甲、これで、最悪の事態は回避できるだろうが、戦闘続行は間違いなく完全に不可能になる。
 ヴォストーク2は、全演算装置を衝撃の吸収に集中させる。
『アリッサ、できるだけ遠くに逃げるんだ。ここは私たちがなんとかする――』

『――その必要はないわ』

 突如、ヴォストーク2らの通信回線に聴きなれない女の声が飛び込んできた。
 同時に、ヴォストーク2の狭まったレーダーのその範囲外より、無数の高速飛翔物体が到来した。
『これは――』
 ヴォストーク2は言葉を失った。

                           ■■■

『ミサイルアラート?!』困惑の声を上げたのはコンバットQだった。『馬鹿な、そんなもの、どこにも――』
『馬鹿が、上だ!』
 ダーティスレイマーは急遽軌道を脇へと逸らせ、後退に転じ、機体の上半身を空へと向けた。
 両腕の側面に設置されている誘導弾迎撃装置のハッチが開く。
 それらは風切りの音を引き連れて、瞬時に遥かな高みから降り注いだ。
 排煙による軌跡を描きながら降下する巨大な円筒形の群れ。
 無数の誘導弾だった。

                           ■■■           
 
「なんだ?」
 当惑するナユタらを無視して、誘導弾は敵AC二機のみを目指して落下していく。
『垂直発射式のミサイル……なるほど、道理で見えないわけだ』
 サブカメラの映像を分析してヴォストーク2が呟く。
 雨のように降り注ぐのは、垂直発射式誘導弾。
 文字通り、打ち上げ式の誘導弾だ。
 高高度まで上昇し、目標に落下するというその特製上、視認と探知は非常に困難である。
 対応に非常な手間がかかるため、それが小型で威力も低ければ、撃たれるほうも極力無視する。しかしこの形式のものは、大抵、装甲を貫通・内部から爆砕する機構を組み込まれており、運動エネルギーを利用する小型ミサイルとは段違いの高破壊力を与えられてる。ACであろうとも、直撃を食らえば、相応の損害を被ることになる。
 ダーティスレイマーの誘導弾迎撃装置から、迎撃用の小型誘導弾が射出された。続いて、胸部の迎撃機銃が作動し、迫り来るミサイルの雨へと鉛の弾で絶叫する。
 レッドチーフはといえば、迎撃機器を何一つ搭載していないため、急機動による回避を余儀なくされたようだ。ナユタらへの攻撃を一瞬中断し、雲霞の如く注がれる誘導弾の狭間を駆け抜ける。
「援軍、ですか?」
 姿勢を低くして、その光景を窺いながら、セプテム。
『そのようだ』
「まだ暫くはかかるって話じゃなかったか」
 ヴォストーク2が、機体後部のサブカメラを最大倍率に設定する。
 画質は低いが、それでも形状確認ぐらいはできた。
 レーダー範囲の隅に、超高速度で移動する機影が飛び込んでくる。
 推測された高度は地上数メートル。空からではない。地面を非常な速度で走行しているのだ。
 否、『走行』ですらない。言うなれば滑走。
 現れたそれは、地表を滑る巨大な影。
 フロートと呼ばれる、半重力発生機関を利用して機体を浮遊させることで高い機動力を発揮する特殊な脚部を装備した、歪な形状の鉄の巨人。
『こちらサンダイルフェザー。これより、作戦行動を開始する』
 アライアンス戦術部隊所属AC、サンダイルフェザー。
 天界の牢獄を統べるという天使。
 その羽根の名を冠されたフロートACは、装甲を極端に排除することで高火力と高機動を実現させた短期決戦型だ。
 背部の二つのハードポイントを埋める長大な筒は、垂直発射式誘導弾の射出装置だった。先ほどの誘導弾攻撃は、このACの所業なのだろう。
『領域到達前に投下、ACで接近、か……小賢しい真似を』
 Sir.FIREが言った。
 フロートは非常な高機動を有し、その時速は瞬間的には600kmにも達する。巡航機動でも輸送ヘリの最高速度を易々と上回る推進力が期待できる。
『手間をかけさせる。助かった』
 ヴォストーク2が謝辞を述べる
『勘違いしないで。私はただ、あいつらの賞金が欲しいだけよ』
 サンダイルフェザーの繰り手、アライアンス戦術部隊唯一の女性レイヴンであるプリンシバルはさらりとそれだけを返した。
 それに反応したのは状況を完全に把握した強化人間の歩兵二人である。
「つ、ツン……ツンデレだ!」
 セプテムが歓声を上げた。
「プリンシバルですよ、先輩!」
「プリンシバル……? はっ! あの縦ロールか!」
「そうです! あの縦ロールです!」
「なるほどさすがは縦ロール! 仕事が速い!」
「縦ロールですもんね! 当然ですよ!」
 二人は異次元の狂喜を見せた。
『なんだか、凄く馬鹿にされてる気がするのだけど』
『仕方ないさ。君は縦ロールだからな』
『……やっぱり、帰ろうかしら』

                             ■■■ 

 アリッサは状況が飲み込めないのか、泣き腫らしたの真っ赤な目で辺りをきょろきょろと見回していた。
 そして、荒野の彼方から土煙を上げて迫る、ひとつの巨大な影に目を留めた。
 それは瞬く間に、機体を彩る銀を煌かせ、旋風を伴ってヴォスーク2の傍らを駆け抜けて行った。
 アリッサが息を飲む間も無く、その姿は遠方の戦地へと吸い込まれていく。
「きゃあっ?!」
 一拍遅れて、嵐もかくやという突風がその軌跡をなぞっていった。白衣の裾が大きく翻り、風に脚を取られ、あわや転倒、というところで、どうにかヴォストーク2にしがみついて難を逃れた。
「な、なんだか知らないけど危ないでしょっ!」
『援軍なんだから、少しは多めに見るべきだ』
 ヴォストーク2は言った。

                             ■■■

『あなたたち、とっとと下がりなさい』
 猛烈な速度でレッドチーフに接近しつつプリンシバル。
『どうせ一発きりのレールガンも使っちゃったんでしょう。もうロクな武器もないんだから、やられるまえに逃げなさい』
「ちょ……」
 セプテムが絶句した。
「おま……」
 ナユタが顔を歪めた。
『え……』
 ヴォストーク2が呆気に取られた。
『……? なんだ、レールガンはもう使えないのかい』
 サンダイルフェザーの攻撃をいなしつつコンバットQ。
 先ほどのミサイルを回避しきれなかったらしく、その頭部が半壊している。
『これはいい事を聞いたねぇ』
 砕けた防護ガラスの奥で、赤い光を灯したカメラが、無力な歩兵たちに視線を向けた。
「ば、バラしますかフツー!」
「失望した! 俺は縦ロールに失望した!」
『え? 何が』 
 プリンシバルの困惑した声。
「空気読んでください縦ロール! せ、折角戦力ゼロを隠してうまくやってたのに!」
「もう撤退できるわけねぇだろバーロー! 転べ! 豆腐の角で頭打って死ね!」
「プリンシバルは美人でも有名! おまけに巨乳! 間違いなく薄命ですよ!」
『……あのね、どうでもいいから、さっさと逃げなさいよ』
「それもそうだな」
 ナユタらは一目散に後退を始めた。
 アーム・パックを抱えて、たまに飛んでくる流れ弾をひょいひょいと避けながらヴォストーク2を目指す。

『ほら、かかっていらっしゃい赤いの』
『くっ、逃すわけにはいかない! さっさと片付けさせてもらう!』
 交戦するサンダイルフェザーとレッドチーフの間を、高速榴弾が貫いていった。
 サンダイルフェザーのカメラが、飛来した方向に向けられる。
 そこには榴弾砲を折りたたみ、右手の機関砲を連射して踊りかかるダーティスレイマーの威容があった。
『コンバットQ。貴様は連中を追え、何分は貴様にこいつは荷が重い』
 これを受けて、レッドチーフは不服そうに唸ったが、結局身を翻して離脱した。
 追おうとしたサンダイルフェザーだが、ダーティスレイマーの砲撃がそれを許さない。
 サンダイルフェザーは右手に持ったダーティスレイマーのそれと同型の機関砲で応戦し、フロート特有の超加速で後退。
 さらに左手の狙撃砲を絡め、弾幕を形成。
 ダーティスレイマーはそれに動じず、減速せぬまま突進してきた。瞬く間に削られていく装甲を気にも留めない様子で左腕部のブレード発生器を起動すると、レーザーで形成された灼熱の刀剣を携えて猛った。
 対してサンダイルフェザーは腕部側面の追加誘導弾射出装置を起動した。本来は他の誘導弾と併用するその装置に乱暴に割り込みをかけ、強制射出させる。
 前面に4発の小型誘導弾がばら撒かれた。FCSによる補助を持たない単なる射出であるため、追尾性能は期待できないが、それでも突っ込んでくる対象への迎撃手段としては充分な効果を発揮する。卓越したACの操作技量がなければおおよそ不可能な攻撃である。
 ダーティスレイマー搭載の迎撃装置は相手の誘導弾のロックオンとその発射の二段階を受けて発動するため、本来想定されていないこの射出には全く反応できない。ダーティスレイマーは寸手のところで機体を右へと振って誘導弾を避けいなすと、さらに全身の姿勢制御ブースタを用いて跳躍した。
 サンダイルフェザーのカメラが自動的にその動きを追尾したが、それも束の間のこと、すぐに補足範囲外への離脱を許してしまう。直後、サンダイルフェザーはフロート内部の加速ブースタを発動してSの字を描くように蛇行前進した。
 カメラがダーティスレイマーを再補足したとき、その二脚の巨人は上空から滑腔砲を放っていた。連続して二発。
 しかし、事前の前進が功を奏してサンダイルフェザーは砲撃の狭間を潜り抜ける。
 狙撃砲を連射するサンダイルフェザーの背部より誘導弾の群れが吹き上がる。
 着地したダーティスレイマーは機体を揺らしながらブースターダッシュして狙撃砲の狙いを翻弄しつつ誘導弾の死角となるサンダイルフェザーの懐に入り込み、擦れ違い様にサンダイルフェザーの腰部、装甲の薄いジョイントへとブレードを振るった。
 両断する構えだったが、叶わず、サンダイルフェザーの左腕を切り落とすに留まる。
 その刹那、光の刃を伸ばしていたダーティスレイマーの左腕が、爆発した。
 ダーティスレイマーのブレードに左腕を飛ばされる直前に、サンダイルフェザーはコア前部の武器格納スペースから兵装を射出していたのだ。
 弾薬を満載した六連装携行砲は、狙い過たずブレード発生器の基部に直撃し、爆裂したのである。
『存外にやる』満足げな声だ。
 しかしダーティスレイマーの動きに乱れは無い。ブースタを停止して機体を強制転換、滑腔砲を展開し、地面へと向けて発射した。
 着弾地点を爆炎の閃光が包み、光学式誘導装置を封じられた誘導弾群が見当違いの場所に降下していく。
『やるじゃない』
 サンダイルフェザーはミサイルの第二波を打ち上げつつ、機関砲を連射しながら距離を詰めた。
 巨人たちは激烈を以って荒野を染め上げる。

                           ■■■

「うおおおおおお!!」
「うああああああ!!」
 ナユタとセプテムは、土を飛沫かせる機関砲弾に追われながら絶叫した。
「先輩、空はどうして青いんでしょう! 俺らを嘲笑してるんでしょうか!」
「知らん! 詳しくは神様に聞け!」
 危機的状況である。
 元よりヴォストーク2の支援とささやかなハッタリで成り立っていた均衡だ、こうなっては容易に立て直せるものではない。
 レッドチーフは余裕綽々と言う風体で、ゆっくりと進行してきていた。電磁投射砲の不在を知ったためか、先ほどよりも、幾らか近い距離を維持している。それは手にした機関砲が最も効果を発揮する位置だった。
 サンダイルフェザーはダーティスレイマーに掛かりきりなので当てにはならない。先ほど入った通信によればこちらからダーティスレイマーを出来るだけ引き離してくれるそうだが、そんなことはこの際全くどうでもいい。
 ナユタは、セプテムとヴォストーク2の高速通信回路に接続した。
『どうする? 二秒先には死んでそうな勢いだが』
『第一部完! 俺たちの来世にご期待ください!』
『落ち着くんだ』
『ええ、落ち着いてますよ』
『変な冗句で時間無駄にするなよ。お前は2秒もクロックアップできないんだぜ』
『分かってますよう……それで? もうアレぐらいしかないと思うんですが』
『無いよな』
『それもあるかどうか微妙だと思うんだが』
『だが相手は油断してる。今ならやれるんじゃねぇか?』
『同感です』
『やるか』
『了解した。……そろそろ、限界だろうか』
『ですね』
『よぅし! 状況開始だ』
 通信を終えると同時、セプテムとナユタは身を翻し、レッドチーフの赤と相対した。
 二本の足で地面を削り、それまでの勢いを減殺。
 そして撤退とは真逆の方向へと再加速する。
「目は潰す。後は頼んだぞ」
「了解です。援護を開始します」
 この状況で反撃に転じるとは流石に予想していなかったのだろう、レッドチーフは僅かに減速して攻撃を停止した。
 ナユタはそれを見逃さない。
 ショートカット/身体活動項目=全拘束事項解除。次いで生命維持に要さない機関の機能を一時停止し、その余剰出力を筋肉組織に配分、脳神経を崩壊寸前まで加速させて知覚能力を極限に向上。合成繊維の心臓が一度だけ胸骨の輪郭を変形させるほどに膨らみ、全身に夥しい血を巡らせた。
 ナユタが、奔った。
 僅かに一瞬。ほんの瞬き一回にも満たない時間で、ナユタは100m近くを走破した。繋げた一瞬でもう100m、もう一瞬でさらに100m。三度瞬く間に、ナユタはレッドチーフの眼前へと辿り着いた。まさに塵を絶つ勢いである。
 だが、それも常套の機動ではない。完全に規格外の活動であり、安全性は全く保証されていない。事実一跳びごとに全身が悲鳴を上げ、それは筋肉の断裂という形で実際面に浮上している。強化金属で代替された骨格さえもが軋みの音を上げ限界の先の到来を囁きかける。
 ナユタはそれらの代価を惜しげもなく霞掛かった勝利へと叩きつけ、レッドチーフの装甲を爆発的な跳躍で駈け登った。
 たとえ最強の名を誇示するACであろうとも、繰るのはレイヴンという人間だ、雷撃じみたこの機動に反応しきれるはずもなく、迎撃も回避もままならないまま硬直している。
 最も、行動したところで現在のナユタの速度には付いていけない。
 ナユタは機構を炎天に晒した頭部に取り付くと、コアへと繋がるケーブル群にアーム・パックを掃射した。弾丸がもどかしいほどゆっくりと吐き出され、その悉くを引き裂いていく。アーム・パックを放り捨てて素手でケーブルを千切りたい気分だったが、身体能力を限界まで引き出したこの状態での活動は危険だった。一本抜き捨てたところで腕が破裂したりしては元も子もない。
 ようやく反応し始めたレッドチーフが、前方へブーストダッシュを行い、ナユタを振り解こうと機体を揺らす。
 だが、それすらもあまりにも鈍い。
 ナユタは左腕で適当な突起を掴み、出力を調節。固定具同然になった左腕に身を任せながら、なおも射撃を続ける。
 クロックアップ限界稼働時間までの残余は、ナユタの現在の感覚に概算するに約7秒。
 切断されたケーブルから火花が噴出すのを見詰めながら、ひたすらにレッドチーフの『目』を破壊し続ける。
 やがてナユタの知覚野が通常速度に復帰し、同時、その肉体からすべての力が失われた。
 異常な速度で消耗された筋肉組織は、一切の運動信号を受け付けなくなった。過負荷により損傷した組織の再生が自動的に最優先項目に設定され、半休眠モードに移行する。
 ナユタは即座にメニューを展開し、あらゆる経路からアクセスを試みる。 
>再起動/拒絶されました/エラー/>エラー/エラー/
>再起動/エラー/エラー/
>再起動/エラー/エラー/エラー/
>不可/>不可/>不可/>不可/エラー/
エラー/エラー/エラー/エラー/エラー/
エラー/エラー/エラー/エラー/エラー/
>>>算出:活動再開まで2.347sic… 
 動力系統を初めとする各種ケーブル類を断ち切られたレッドチーフのカメラが、残る電力を駆使して振り落とされたナユタの体を捉えていた。
『よくも……』
 コンバットQが苦々しく吐き捨てる。
 機関砲がナユタを睨む。
 それも想定の範囲内だった。ナユタはケーブルを通じてアーム・パックに指示を出した。
 即ち、閃光弾射出の指令である。
 発射された閃光弾は中空で弾け、莫大量の閃光を以って周囲の風景を塗りつぶす。
 照準を失ったレッドチーフは、あらぬ方向に発砲し――
「HYがJ」
 流れ弾が、接近していたセプテムの頭を掠めた。
 きりもみして吹き飛ぶ彼には額がない。
 遮光視界で、ナユタは、頭部の大部分を削ぎ取られたセプテムが、地面に転げるのを見た。その破損面からは有耶無耶が撒き散らされ、赤黒い液体が赤土へと染みてゆく。機械部品と肉片が、地面にまだらの模様を描いていく。
「おい、セプテム、セプテム?」
 全回線で呼びかけるが、応答はない。
「畜生、体に引っ張られやがった!」
 ようやく仮の復旧を見せた五体を稼動させ、ナユタは受身を取って着地、衝撃を緩和する。肉体の疲労と損傷は至極大きなものであり、通常なら何の問題にもならない着地ですら、極限の危険信号たる激痛となって脳髄へ伝達される。
「こ、この肝心なときに!」
 痛みに悶えつつ心のうちから叫ぶ。
『間抜け! 大間抜け!』
 ヴォストーク2も乗じた。
 満身創痍の強化人間らは、口々にセプテムへの罵倒を発した。

                             ■■■            
 
 二脚ACの下半身が、荒野に倒れ伏している。
 濃紺色と白で彩られたその鋼は、もはや兵器としての威厳を示現していない。
 その傍らの、半壊したサンダイルフェザーから這い出す影がひとつある。
 彼女、プリンシバルは、AC戦には勝利したもの、無残な躯を日の下に晒した愛機を眺め、
「これは、ミッション失敗ね」
 重々しい声で現状を確認した。
 
                             ■■■

 地に伏せたセプテムに動く気配は無い。
 屈んだナユタは苦虫を噛み潰したような顔で伏せたセプテムを見詰めている。
『決まったようだね』
 レッドチーフの拡声器から、コンバットQの冷静な声が放たれた。頭部のメインカメラは完全に沈黙しており、ケーブルからは断続的に 火花が散っている。
『向こうも終わったらしい。ダーティスレイマーはやられたようだけど、でも君らのところのACももう動けはしないだろう』
 ナユタは片膝を付き、肩で息をして、赤銅色の巨人を見る。
「逃亡兵は撃たない。違うか、レイヴン?」
『破壊対象は逃がさない。違うかな?』
「残念だが大いに正しいぜ、くそったれ」
 レッドチーフは機関砲の銃口をナユタに向けてピクリともしない。メインカメラである頭部を破壊され、生体センサーはもはや機能していないはずだが、コア搭載のサブカメラの映像でも、近距離にある歩兵に照準を合わせるのは容易だろう。
 ナユタは出来の悪い人形のような不自然な動きを見せた。
 アーム・パックを杖に、立ち上がろうとした。
 一瞬だけ直立して、あえなく大地にくずおれる。
 コンバットQは呆れを含んだ声で告げる。
『もう諦めなよ。どうやら最後の賭けは失敗したみたいじゃないか。君たちに勝ち目があるようには見えないね』
「むざむざ撃たれて死ねるかよ、畜生」
『しかし、厄介なことをしてくれたね。ヘッドパーツが完全にダメになってしまった。どれ、システムの最適化でもするかな。その間に遺言でも残しておくといい』
 ナユタは寸時沈黙した。
  何かを考えているような表情だった。
 そして、ふん、と鼻を鳴らした。
「まったく、おめでたい野郎だな。この程度で俺たちをどうこう出来るとでも思ったのか?」
ナユタは右腕の袖を捲り上げ、逞しいその右腕を露出させた。
それをすっと持ち上げて、拳の先をレッドチーフへと突きつける。
『何を……』
「システムの最適化なんざ、悠長な真似をしたのが敗因だ」
ナユタは犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべた。
「内蔵型超小型プラズマライフル――これが俺の切り札だ」
 ぐっと握る。
 弛緩し始めていた空気が、一気に緊張した。
 伸ばされた腕が、戦況を一転させたのだ。
『……はったりだろう? そんなものがあるのなら、すぐに撃ってるはずだ』
「いいや、こいつはな、すぐに撃てる武器じゃないんだよ。必殺技にはチャージが必要ってね、天下のキサラギ舐めんなよ」
 ナユタの答弁に淀みは無い。
「さぁて……あんたの最適化が先か、俺のチャージが先か。いよいよ、最後の賭けだな」
 焦げた臭いを纏った風が遠方より移ろい来る。
 中核を成すのは、どこか血潮のそれに似た、懐かしい荒野の芳香。
 訪れた沈黙は、要を示せばわずかに数秒。
 この緊迫の荒野にあって、その数秒はあたかもゴムのように、何十倍にも引き伸ばされていた。
 当事の者にとっては久遠に等しい時間。
 静寂を、鋼の息遣いが砕いた。
 彼方で膝をつくヴォストーク2。
 その傷だらけの右手が、鈍い音を立てて、握り締めた狙撃砲を擡げた。
『――ッ!』
 コンバットQが唸りを漏らした。
『まさか――』
「やれ! ヴォストーク!」
 ナユタが叫び、



 それは、成されなかった。



 狙撃砲を支えるマニュピレータが、損傷の酷かった右腕部の装甲ごと脱落した。
 分厚い鉄屑と化した装甲が、地面に落ちて赤い土を巻き上げる。
 誤作動でも起こしたか、両肩に取り付けられた発煙弾発射装置から極彩色の煙幕がもうもうと吐き出された。
 起こったことといえば、それだけだった。
『――なんだ、そういうことかい』
 コンバットQの声には、それと分かるほどの安堵が含まれていた。
『君がハッタリを効かせて、後ろのMTが奇襲をかける。なるほど、巧い手だ。だがあまりにも安直過ぎる。こんなのに引っ掛かってしまうなんて、私もまだまだ未熟なようだ』
 レッドチーフの、機関砲を支持する左手が、微妙な動きを見せた。
 細やかな照準が行なわれていた。
『システムの最適化ももう終わる。さぁ、遺言を聞こうかな?』
 ナユタは右手を降ろした。
 険しい表情で、機関砲の、黒々と開かれた口を見詰めている。
 やがて、口を開いた。
「確かに、今のに引っ掛かるのは相当に間抜けで未熟な野郎だ」
 にやり、と。
 笑みを作った。
「そしてこれにも引っ掛かるお前は、史上稀に見る最悪な馬鹿野郎だな」
『なにを……』
 ヴォストーク2を隠していた煙幕が、風に吹き散らされていく。
 陽光を鋼が照り返す。

 骨格が丸出しになり、鉄塊と化したその右腕の先。
 紫電が瞬いている。

 レッドチーフを真っ直ぐに指したの先端から、吐息のように火花が。
 
 ――ヴォストーク2に基本兵装として組み込まれた、電磁投射砲の齎す輝きである。

『レールガン――馬鹿な――!』
 即時、閃光が駆けた。
 空を貫き焼き焦がす。
 回避など許さない。
 赤い巨人の腰部のジョイントを掠め、蒸発させ、その鋼鉄を引き裂いた。

                           ■■■                     

「うまいぞ!」
 ナユタは後方のヴォストーク2へと親指を立てた。
「グッジョブだヴォストーク!」
 ヴォストーク2の右腕部に内蔵された電磁投射砲を相手の意識より隠蔽する。
 その目論見は、成功した。
 ナユタの虚言は、相手の気を引くための芝居である。ヴォストーク2が装甲のパージをあたかも攻撃の失敗のように見せかけたのも、相手を油断させるための演出の一環だ。電力の充填は、煙幕で隠した。そのせいでサブカメラによる照準が不可能になったのだが、ナユタの視界と連携することでその問題は解決された。
 いずれも付け焼刃、成功確立の恐ろしく低い、高速通信により即席で組み上げた作戦だったが、思いのほか上手くいった。
 結果として奇襲は成功し、レッドチーフは今にも崩れそうな様相を見せている。
「次弾は?」
 ナユタの義眼がレッドチーフの損傷具合を走査する。絶対的な一撃を見舞ったはずだが、致命傷には至っていない。主要部位を破壊したとはいえ、ACとはその程度で戦闘不能になる兵器ではない。おそらく一分ほどで稼動可能なほどに回復するだろう。
『冷却装置が上手く動いてない。まだ暫くかかる』
 ヴォストーク2は焦っているようだが、ナユタはただ一言呟く。
「まぁいいが」
 そうして、不敵な笑みを浮かべた。

                           ■■■

 コンバットQはレッド・アラートの鳴り響く操縦席で、モニタに浮上した数え切れない異常事態警告文を片っ端から消去していた。モニタ下部より突き出たボード上に投影されている立体映像の操作盤を叩きながら、眼前で悠然と構える一人の陸戦歩兵を睨んだ。
 油断した。その一言が胸中を支配していた。あのMTにまだ攻撃手段があったとは。
 腰部の重要なジョイントを破壊された煽りを受けて、基幹システムが発狂してしまっていた。このままでは撤退や降伏、即ち通常システムへの移行さえも不可能だ。警告文の処理を右手に任せ、モニタ上にもう一つ立体映像の電子操作鍵盤を展開、左手を滑らせてコマンドを打ち込む。システム高速最適化=FCSを最優先に蘇生。知覚増幅ヘルメットのゴーグルに、完了の字が表示されるときを待ちながら、サブカメラからの低解像映像に眼を巡らせる。
 表示された電子計器類はいずれも異常を示して戻らない。動力機関や放熱装置、それらのいずれも平時の半分ほどの数値も出してはいない。辛うじて機能していた頭部搭載の機体安定補助装置も完璧に機能停止。火器管制補助装置も例に漏れない。
 しかしこの近距離ならば現状でも充分だ。FCS再起動完了。警告文も始末した。オール・グリーン。コンバットQは仇敵を撃破すべく全神経を昂ぶらせる。
 コンバットQは思考する。相手は仕掛けてこない。MTの電磁投射砲も一発きりだったか? おそらくそんなところだろう。
 ひとりほくそ笑んだ。問題ない。まだ戦局の修正は可能だ。
 基幹システム最適化しなければ思うように歩くことすら出来ない。でも敵で動けるのはあの陸戦兵だけなのだ、気を抜いた様子で地面に胡坐をかいている今のうちに始末してしまえば、後はどうにでもなる。
 左のマニュピレータと繋がっている操縦桿を握り、その上部の発射釦に親指をかける。
 FCSの助けを借りながら、機体左マニュピレータに握らせたの機関銃の射線を調節する。
 待ってろ、今すぐ撃ち殺してやる。
 そう思った刹那、モニタの映像が歪んだ。
 一過性の異常かと判断したが、違う。
 なにか陽炎のようなものが、前方サブカメラの前にある。
「これは……」
 知らず呟くのと同時に、モニタがブラックアウトした。
 コンバットQは凍りついた。ダメージを受けたサブカメラが壊れたか。それとも突発的な磁気嵐でも発生したか。
 確認しようとモニタへの主入力を後部サブカメラの映像に切り替えたが、それも陽炎に似た何かを映し出し、ブラックアウトした。
 何だ、何が起きている。耳を澄ます。ごんごん。岩が装甲を叩いている音。岩? 岩なんぞどこに。でなければ霙が降ってきたか。いや、ここらの気候でそんなはずはない。ならば何が。何がある。何がいる。いる。這っている? そう、何かが這っている。猿か。猿か? ごんごん。猿がこんなに大きな音を立てて歩くか? 機体の天板、乗降ハッチの方へと音が移動する。そもそも、こんなところに猿がいるわけがない。
 では何だというのだ。
 脳裏を過ぎったのは陽炎。
 連想される、陽炎に似た怪物。
 怪物だって? 馬鹿な。存在するわけがない。
 コンバットQは言い聞かせる。ありえない。この科学全盛の時代に、そんな。そんなものが。
 ごん。
 音が止まる。這う音が止まる。
 天上。
 ハッチの真上。
 背筋に氷塊が滑る。総毛立つ感覚。
 なんだ?
 寸時、世界が揺れた。
 頭上から圧力。振動。押しつぶされる。
 その成分の半分は音だ。莫大な音量。
 そして単純な衝撃。
『警告! 警告!』
 真っ暗いモニタに巨大な赤文字が躍る。
『装甲ハッチが破壊されました!』
 コンバットQには解らない。
 何が状況を困惑させているか解らない。
 装甲ハッチが? 
 どうして? 
 何が起こった?
 ACの乗降ハッチは、敵弾を防ぐ装甲ハッチと、毒ガスや高熱などから搭乗者を守る機密ハッチによる二重の構造となっている。
 警告が本当ならば、今、頭上には機密ハッチしか存在しないことになる。
 機密ハッチはそれほど頑丈には出来ていない。無論、多少のことでは歪みはしないし、拳銃弾程度では傷ひとつ付かない程度の強固さはあるものの、それでも防壁として信頼できるものでは決してない。
 そんな、コクピットに直結する脆弱な盾が、剥き出しになっている。
 コンバットQは恐慌してサブカメラの映像を確認しようとしたが、眼を向けた先にあるのは黒地に警告文を浮かばせたモニタだけだ。
 どのカメラの映像も完全に暗転している。
 操作盤を叩いても反応はない。どういうことだろう? システムの最適化はもう済んだはずなのに……。
 状態表示を行う。主演算装置、損傷。真っ暗なモニタに、そんな字が浮かんできた。
 ――いったい、どうして。レッドチーフは息を詰まらせた。そんなところに攻撃は受けていないのに!
 なんなんだ? なんなんだ。なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ!
 薄暗いコクピットに赤い雪が降る。
 炎色の、赤い雪だ。
 降り注ぐ。
 頭上から。
 コンバットQはヘルメットのバイザー越しにそれを見上げた。
 機密ハッチに円。
 赤熱している。
 融解されている。
 切り開かれ、陽光とともに差し込まれたのは、
 虚空より噴出する五本の蒼炎。
 暗闇で揺らめいた人に似た陽炎の手。
 呆然と見詰めた。
 コンバットQは何かを考えようと考えている自分について何かを考えようとしたというようなことを考えたということを考えたはずだと考えようとした。
 考え付く前に、その頭に炎が突き込まれる。
 操縦席に肉の焼ける香りが立ち込めて、そこから誰もいなくなった。

                              ■■■                     

『事態は収束したようだった。アリッサはそれを理解した。
 劇的な状況の変化があったわけではない。ただ、妙に弛んだ空気が場を支配している。赤いACが一際高く煙を上げ、膝を着き、再起動する気配がないことを鑑みるに、やはり戦闘が終了したと考えて間違いないのだろう。
 アリッサは周囲を見渡す。ヴォストーク2は、射撃姿勢のまま停止している。ナユタは大の字になって赤土に寝そべり、煙草に火を着けている。
 それだけだ。この弛み具合は戦闘が終了したことを暗に示しているに違いなかった。
 唯一姿が見えないのがセプテムだった。どこにもいない。土煙に埋もれて没したか、とアリッサは推測した。
 そして白衣の袖を捲り上げ、右の二の腕から先を露出させた。
 すると、あからさまに機械的な駆動音を立てて、その白い肌が縦横に分断された。
 敵の走査を欺瞞するための模造血管系を流れていた血液が分解され、赤土に濃密な朱色を散らした。
 割れた肌から突き出て、血と油でてらてらと輝くのは、三本の鉄柱を束ねた小型電磁銃。
 彼女の腕――偽装型携行電磁銃は、敵基地へと武装した工作員を送り込むために考案された火器である。非常に軽量でありながら銃身としての役割をこなすに十分な硬度を持つ特殊合金を用い、それを模造血管系や肉でコーティングすることで、体温や脈拍などを再現している。これによって金属探知機に反応しない完璧な擬態を可能としている。
 アリッサは、バーテックス側から送り込まれた工作員の一人であった。
 今回は、バーテックスの兵員輸送経路を本隊に伝えるべく活動していた。肝心の経路は大まかな部分までしか特定できなかったが、兵士の一人に発信機を付けて、リアルタイムに味方の狙撃MTを誘導することで解決した。簡単な作業だった。男などというものは単純な生き物で、甘い声を出して一晩寝てやれば何の疑いもなく女を信じる。 
 詳細な経路を記録したところで、輸送部隊を殲滅、アリッサと彼女の取得した機密情報を回収する。そういう作戦だった。
 狙撃MTが輸送部隊を攻撃することろまでは全く順調だった。後は精密機器とは名ばかりの、情報類を隠したコンテナとともに、クッションで敷き詰められた輸送車両の格納庫に隠れていれば、輸送部隊を掃討し終えたMTが彼女と情報類を回収し、すべてが終わるはずだった。
 唯一の予定外は、護衛に当たっていたアライアンスのMT――ヴォストーク2の並外れた戦闘能力だった。狙撃MTは一瞬にして破壊され、そして始末されるはずだった強化人間たちは生存していた。他の兵員は全滅したようだったが、この結果は失敗に等しかった。
 一先ずアリッサは幸運な生存者を装って彼ららとともにバーテックスの本部へと帰還することにした。
 間抜けな強化人間たちは疑うことなく彼女を受け入れた。
 機密情報類については無関心に振舞った。下手に拘って疑念を生じさせてはならなかったし、自分が工作員だと露見しては命に関わる。それに、運が良ければバーテックスの他の部隊がこれを回収してくれるだろう、そう考えていた。
 近くに決行されるアライアンスの襲撃作戦には彼女が脳内に増設した記録装置に保存されている基地構造図の一部が不可欠だったが、他にも本隊に伝える方法はあるので、アリッサは急いて帰還する必要は無いと考えていた。その気になれば基地の通信設備を利用して本隊へと報告することも出来る。そんなことをすれば命は無いだろう。でも、彼女はアライアンスを壊滅させることが出来るならば、別にそれでも構わなかった。
 しかしバーテックス本隊はそう考えなかったようだった。二機のACを投入してまで彼女を今、この時回収しようとしたのだ。主目的は敵MTの撃破だろうが、その実は、そういうことなのだった。
 だが、それすらも今、失敗した。
 レッドチーフは敗北し、おそらくはダーティスレイマーも撃退された。アライアンス側ACの乱入というのも大きな要因だったろうが、しかしそれ以上に強化人間たちの尽力が効いたのだ。
 一機のMTと二人の兵士による極々小規模の戦闘集団にも関わらず、ACを撃破せしめる恐ろしいほどの戦闘能力を目の当たりにしたアリッサは、戦闘が終了した瞬間、保身することを止めた。
 彼らは純然たる脅威だった。ここで必ず片付けなければならない、でなければこの先バーテックスへの大きな障害になる。そう思わせるに十分な存在だった。
『――アリッサ』突然、ヴォストーク2が諭すように言った。『悪いことは言わない。止めるんだ』
「なんだ、気付いてたの」
 アリッサは眼を細めた。
 そうして、口の端で笑って見せた。
「いつから?」
「最初からだ」
 煙の輪を空へと飛ばしながらナユタ。視線はアリッサに向いていない。
 じっと、空と大地の境を見つめていた。
「そうそう都合よく、一人だけ生き残るかってんだよ。ついでにリアクションな。大げさすぎ。駄目出しするなら身のこなしだな。足音殺しすぎだ。怪しすぎんだよ、お前は」
「へぇ。なら、どうしてこうなる前に殺さなかったの?」
 くつくつと喉を鳴らす。愉快そうではなかった。
「疑わしきは罰せず、ってな。俺は平和主義者なんだよ。何より別嬪を殺すのは気が滅入る」
「でも、その馬鹿げた主義のおかげで貴方たちは死ぬわ」
 機関銃をナユタへと向ける。
 簡易FCS起動。アリッサの視界に照準が表示される。
 アリッサは左手を口腔に差し込んだ。その人差し指で、右奥の歯茎に設けられた突起を押し込む。
 固定されていた三本の臼歯列が歯肉ごと開放された。
 アリッサはそれを摘み上げ、樹脂製の人工歯肉から手早く臼歯を抜き取ると、電磁銃の弾倉にセットした。
 その外装はセラミック製であるが、芯に金属を使っている。電磁銃から射出する弾丸として使用することを前提に作られている義歯である。
 常人なら容易く射殺できる武器であるが、超人的な身体能力を持つ強化人間には勿論の事通用するはずはない。しかし相手が満身創痍のナユタ一人ならば話は違ってくる。機動力を封じられた以上、ナユタの肉体は常人より多少頑丈なだけの肉の塊に過ぎず、大口径の拳銃を上回る威力を有する電磁銃が命中すれば、致命傷は避けられない。
 アリッサは銃身の中程から突き出たレバーを握る。先端の発射釦に指を掛けた。照準は完了していた。後はこの釦を押し込むだけで、小型蓄電池から銃身への電力供給が始まり、弾丸が射出される。
 一瞬、躊躇に似た感情が彼女の瞳を掠めていった。それも一瞬のことだ。
 結局は発射釦を押した。
 磁力を利用した電磁銃に発砲音はない。金属的な、何か掠れたような音が僅かにしただけ、硝煙の香りが荒野に流れることもなかった。
 鉄板を打撃する音が轟いた。
 聞き覚えがある。
 確か、輸送車から連れ出されたときの……。
「ツメが甘ぇんだよ」
 掲げられたアーム・パック。その側面に陥没があり、その中心に義歯弾が埋まっていた。
 驚愕したのは須臾の間であり――そして理解するための時間でもあった。
 事の無謀さを。
 アリッサは、何か背中を叩かれたような衝撃を覚えた。
 何事かと確かめる前に、肉の焦げるような粘つく臭気が鼻を突いているのに気付いた。
 視線を下ろせば、腹から青白い炎が吹き出ている。
「セプ――テムの――」
 アリッサは肩越しに振り向く。
 それは、背後にいた。
 陽炎のように揺らめく輪郭を持つそれは明らかな人型だった。
 解像度が上がるようにして、陽炎が色を取り戻していく。
 現れたのは、違和感を覚える膚を持った男だった。
「あああなたはセプテム……」
 セプテムは悲しげに微笑んだ。イケメンだった。
「でもあなたに殺されるなら本望だわ……さようならあたしのいとしいひと……」
 そう呟いてアリッサは……』

                         ■■■

「セプテム。起きろ、セプテム。起きろ。いい加減起きんか馬鹿野郎!」

 どこか遠いところから声が聞こえた気がしたが、セプテムは朦朧な意識を全力稼動させて報告書を纏め続けようとした。
 それからどうなったのだったか。
 確かそこに邪神邪悪王が光臨し、こう叫んだのだ。「ふはは! ずっと俺のターン!」
「いい加減起きんか死ね!」
 何者かに横面を思い切り殴打され、最大レベル一歩手前の痛覚信号が彼の装甲脳髄に伝えられた。
 一瞬の混乱を経て、セプテムは現実世界に復帰した。
 端末接続確認。再起動完了。状態確認開始。
 電子義眼の情報送信機構が半壊していたので、得られた視界はノイズの入り乱れた劣悪なものだった。
 色覚を停止させてノイズの除去を試みる。成功。
 続いて焦点の調節を行う。歪曲の激しかった視界が正常化され、目前にドアップのナユタの白い眉が結ばれる。そもそもの映像が、白黒なのだが。
「うわっ! これはひどい!」
「ひでぇのはお前の頭ん中だよ。報告書ってレベルじゃねぇぞ」
「というかさっき死ねとか聞こえたような」
「知らんから死ねよ」
 セプテムは自分が簡素な椅子に座っていることを知覚した。伝わってくる振動と途切れることの無い爆音から、ここが大型の輸送ヘリの内部だと理解する。
「起きたの?」
 左方より声が聞こえた。
 視点を移動させるとそこには土煙で煤けたアリッサの顔がある。
 走査。負傷無し。
「おはようございました、アリッサ」
 アリッサは微妙な微笑を返した。
「五分も六分も殻に引っ張られてんじゃねえよ、まったく」
「おはようございます、先輩」セプテムは例の引き攣った笑みを浮かべた。「ご無事です。ありがとうございました」
「お前もうアレだ、脳味噌全部入れ替えろ。でなきゃ治らん気がする」
 いやだなぁと冗談に決まってるんじゃないですか。そう答えて頭を掻こうと手を伸ばした。
 指先が生暖かな肉壁に触れて、硬直した。
「?」
 不審に思ってぐりぐりと押し込む。途端に視界がノイズ塗れになった。真紅の警告文が明滅する。頭蓋装甲版消失。破損率49%。
「あら」次いで、真っ暗になる。「あららー」
「待て……あーあー、視覚回線抜けてるぞ」
「えええ? ちょっと、戻してくださいよ」
「つーか千切れてるな。駄目だこりゃ。待ってろ、今俺の視界を繋げてやる」
 一瞬間視界が暗転し、明瞭なものに切り替わった。片隅に、ナユタと同期していることを示す記号がある。
 見えたセプテムには額から上が無かった。
 胸糞の悪くなるような生々しい断面と、無線機械の部品の断片が、申し訳程度に収まっていた。
「どらどら、主電脳が潰れてて……送信機がちょっと妙だな……義眼色覚系統アウト……受信機と……脳幹……は大丈夫だ。良かったな!」
「良かないですよ。脳幹なんて経験値も必要ないしクローニングでいくらでも代用できるじゃないですか。それよりも主電脳。いくらするとお思いですか」
「うるせぇなぁ。精精500cぐらいだろ。大体、お前がその金払うわけじゃねぇしそもそも油断して頭吹っ飛ばされたお前が悪いんだし、文句言ってんじゃねえよ畜生」
「それもそうですね」
 セプテムは納得したように頷いた。
「ところで、いったい何がどうなって今私はここにいるんでしょう? AC倒せました?」
「コックピットの中身はえらい事になってた、とだけ教えてやる」
 ということは、とセプテムは推測を積み上げる。自分の奇襲攻撃は成功し、今は撤退している最中なのだろう。
 映像記録を要請しても良かったが、体に意識を持っていかれていた後遺症で知覚がまだ判然としないので止めた。
 ――セプテムは、その人工皮膚に光線を捻じ曲げる特殊な繊維を織り込み、身体各部にプラズマ・カッターや流体爆弾を仕込んだ工兵仕様の強化人間である。特に光学迷彩繊維は元来MT用に研究されていたものを小型化したもので、これについては理想的な形で成功した。非常にデリケートな装備であるため、MT装備ほどの大きさになると維持管理が異様に難しくなるので、むしろ人間に組み込むほうが効果的だったのだ。もっとも、生身の部分の方が少ないセプテムをして、人間と呼べるのかは謎であるが。
「もうな、最悪だったぜ……お前に服着せたの俺だぜ? 何が楽しゅうて大の男に服を着せにゃならんのだ……」
「自動操縦だとそこまで手が回らないんですよ」
「インプットされた目標を手順どおりに攻撃できるくせに、なんでそんなことが出来んのだ。これだからミラージュは……」
「ところで」
 アリッサが切り込んだ。
「どうしてセプテム、生きてるの?」
「それは難題ですね。デカルト的に言えば……」
「じゃなくて生物的に。その、脳、なくなってるように見えるんだけど……」
「最初から脳味噌なんざ入ってねぇもん」
 ナユタは苦笑しつつひらひらと手を振った。そして、自分の頭を指差す。
「まぁ、あれだ。記録用コンピュータやら送信機やら受信機やら、そういうもんが入ってんだな、ここにゃ。俺らの体は、ぶっちゃけると端末みたいなもんだ」
 ――彼らは『脳の装甲化』をコンセプトに組み込まれた強化人間である。
「へぇ?」アリッサは頓狂な声を上げた。「じゃ、じゃあどこにあるの脳髄。お腹? お尻?」
 ナユタはびっと床を指差した。
「地面?」
「いや、ヴォストークのナカだ」
 ナユタの指の先には、格納庫が存在する。
 アリッサは不可解そうに小首を傾げた。
「やめて」
 と、凛とした声がした。
 操縦席への扉を開けて、黒い髪をした白衣の女性が入ってきた。随分と若い。
 ナユタに非難めいた視線を投げかける。
「その言い方は、何かヤだ」
「ちょっとアクセントが狂っただけじゃねえか」
「絶対わざとだ。ナユタも脳の全摘手術すべきよ」
 女性は嘆息した。
「知り合い?」
 アリッサが問うと、ナユタは意地悪い笑みを返した。
「誰だと思う?」
「誰って……」
「ヴォストークだ」
 女――ヴォストークは、アリッサに歩み寄ると右手を差し出した。
 反射的に手を握り返したアリッサだが、事態が良く飲み込めない。
「はじめまして、じゃないでしょ?」微笑みかける。
 アリッサは数秒ほど硬直した。ナユタとセプテムは顔を見合わせてくつくつと笑い声を上げている。
「……ヴォストーク」
「なに?」
「あなたが?」
「ええ」
「あれ? だって、ヴォストークは、格納庫のハンガーに……」
「端末だよ端末。俺らは電波の届く位置に端末が居れば好きなように動かせる」
 ニヤニヤしながらナユタが言った。
 ――摘出した脳を堅牢な要塞内に安置し、粗製強化手術を施した肉体を戦場に向かわせる。これがオリジナルのプランである。無論そのような計画は不可能であり、破棄されたが、その一部が試製強化人間の1グループへと引き継がれた。極端に強化されたMTに脳髄を搭載、保護して司令塔とし、肉体だけの強化人間を随伴歩兵として展開させる――つまり、ナユタ達のような形態で実現したのである。
「でもまぁ、そっちのヴォストークに戦闘能力は無いが」
「私は元々、医療用強化技術の被験体なんだ。抗争激化の煽りを食らって戦闘用に改造されたの」眉尻を下げて首を傾げた。「改造と言っても脳髄を移動しただけなんだけど。私も折角快復した生身を死なせたくは無いから、そのあたりは有難いけどね」
 呆気に取られた様子のアリッサに、セプテムが注釈を入れる。
「脳の処理能力の都合上、ひとつの脳で動かせるのはひとつの肉体だけなんです。まぁ、当たり前と言えば当たり前なんですが、そういった制約上、彼女の本体は基地に残すしかないわけでして」
「お前どこ見て喋ってんだよ。気持ち悪いからこっち向けよ」
「こっちってどっちですか。右ですか左ですか」
「あまり暴れるなよー、これ以上損傷が酷くなったら面倒じゃないの」
 つかつかと歩み寄り、セプテムの頭に手を突っ込んだ。
 小さく悲鳴を上げるセプテムを尻目にして、白衣のポケットから取り出した部品を繊細な手つきで組み込む。
「あ、直りました。見えます」
 彼は目をしばたかせた後、顔を歪めた。
「これどこの会社のやつです? 主要三社の純正品じゃないですよね」
「……」
「どうして黙るんです? 不安とか言うレベルじゃないんですが」
「……まぁ、死なないよたぶん」
「え? なんですか? なんですかそれ?」
 騒いでいるセプテムを無視して、アリッサはヴォストークに言った。
「でも、なんか、かなり感じ変わるわね」
「ヴォイスチェンジャーに加えて口調も多少変えてるからね。上手いものでしょ?」
 ヴォストークは得意げだった。
「やっぱりあれ? 士気に関わるから?」
「いや、そっちのほうが格好いいじゃない?」
「は?」アリッサは唖然とした。「なんですって?」
「だって……ねぇ?」
 おずおずと他の強化人間二人を見遣る。
「まぁな。巨大ロボにおっさんは基本だよな」
「俺らも色々と外見いじくってますしね」
「へぇ?」
「俺本当はまだ30過ぎだぜ?」
 へぇー、とアリッサは意外そうに声を出した。 
「俺なんて本当は美男子です」
 今度はスルーされた。
「嘘ですけどね」
「誰も信じてないと思うけど」
 唯一ヴォストークだけが冷静なコメントを残した。
                              ■■■  
 感心しきった顔で、アリッサは髪をかき上げた。
 セプテムの位置からは彼女の露になった白い首筋が見えた。
 そしてセプテムは彼女のうなじにそれを見付けた。
 バーコードのような刻印だった。
 その画像を本体の脳髄に送信し、解析した。
 バーコードの下には文字が書かれていて、『Alyssa Ver06-032』と読み取れた。
 セプテムの思考上で、幾つかの事象が組み上げられた。
 電磁波を完全にシャットダウンする、電子機器を保護する車両に搭乗していた彼女。32番。身体走査の結果は完全な生身だった、身体は。思考領域は分からない。精密機械。保護。生身の肉体の必要性。女性。申し訳程度の医療技能。偶像的存在が、前戦に送られる意味。不自然なほど戦場に似合わない清澄さ……。
 結論しようとして、セプテムはナユタに視線を投げ掛けた。
 彼はセプテムを見なかった。
 ヴォストークから高速暗号通信が繋がれた。
『瑣末ごとでしょ』と彼女は言った。
 肯定の意思を返し、セプテムは考えるのを止めた。
 そう、そんなことは全く下らない事なのだ。少なくとも、自分たちにとっては。
 セプテムはアリッサに関する思考を凍結すると、三人の談義に再び参加した。
 ヘリは十数分で基地に到着した。
 別のヘリで帰還したサンダイルフェザーは無残な姿だったが、降りて来たプリンシバルは噂に違わぬ美貌をツンケンさせて自身の健在を示した。918
 四人は彼女へ口々に感謝の声をかけた。
 彼ら五人は、確かな生還を遂げた。




                                                    いとふゆ。





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