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 朝。眼を擦る太陽に照らし出されるのは死に絶えた街。
  その様は白骨に似ている。
 遺跡より解き放たれた幾千の特攻兵器が、雲霞の如く人々の頭上に降り注いだのだ。
 粉微塵に消し飛んだ人々の上に崩壊した建造物が突き刺さり、墓標の如くと化して塵埃の空へと屹立している。
 無慈悲な悪夢のような光景が、遥か彼方にまで及んでいる。
 大いなる神は地獄の地表の何を見よう。
砕け散った人類の軌跡か。天を指す黒炭の腕か。
世には理不尽が満ちていて、どんな真実も嘘と散る。
神は人類などとうに見捨て、今はひょっとしたら瓦礫の狭間を這う一匹の昆虫に目を注いでいるのかもしれない。
 その傍らを、兵士の一群が慌しく駆け抜けていく。
 戦争。

 半ば壊滅した基地の中、コンテナに一人の初老の兵士が腰掛けている。胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。
「隊長、接近する機影を確認しました!」
「ACか」ライターで煙草に火をつけながら、若い兵士を見やって言う。
「はっ! ACが一機! 恐らく、バーテックスの雇ったレイヴンと思われます!」
「まずいな……こっちはどうなってる。MT部隊は?」
「現状での出撃可能機体は四割ほどであります!」
「手も脚も出せんということか。頼りになるのは……」
「……頼りになりますかね、アレ……」
 若者の不安げな表情。
「お前もそう思うか」
 初老の兵士も煙を吐いて浮かない表情を見せる。
  二人して肩を落とす。
「まぁ、なるようにしかならんわな……」
 
 砕け折れ爆ぜたビル群を縫うようにして滑空するACを、一人の兵士が肉眼で確認する。
 砂塵巻上げ空を翔るその鋼の巨人は。
「敵AC、視認!」
 死を引き連れた最強最悪の破壊兵器が、アスファルトを削りながら大地に降り立った。
 人を模した鉄の巨人、絶大な攻撃力を秘めた恐るべき暴力の化身。
  己が四肢を組み替えることで無限の銃を手にする究極の兵器。
  アーマード・コア。
 空より舞い降りたそのACに与えられた名はカスケードレインジ。
 その悪魔を御するレイヴンは、自らをBJと名乗っていた。 
 
               機動新世紀アーマード・コア 
              ~襲来! カスケードレインジ!~

 BJはコックピットの中、彼我の戦力差に顔がにやけるのを堪え切れなかった。
 にやけたからといって誰も見ていないので問題なさそうなものだが、しかしあまり上品な仕草ではない、癖になってはコトだ、ということで普段は冷静な表情を心がけている彼女だが、それでもここまで圧倒的で楽な仕事とあっては自制が効かなかった。
「もう一度訊ねるけど、敵の戦力がMT10機だけってほんとう?」
 無線機に向けて問いかけると、オペレータのレンから淀みない答が返ってくる。
『はい、バーテックス側の掌握している軍事衛星の映像からは、それだけしか確認できません。……。続報です。どうも、まともに稼動するのは4機のみのようです。内訳をモニタに投影します』
 重砲撃MT二機に、支援攻撃用小型MT一機。雑魚の雑魚だ。
 最後の一機は突撃二脚MTで、なかなかの上物だが、肝心の武装を欠損していた。
 残りは何らかの事情で稼動すら出来ないようだ。
 カスケードレインジをバズーカ砲に例えるなら、向こうは割り箸だった。お話にならない戦力差だ。
 任務失敗の要素は何もない。
 楽勝。そんな言葉がBJの脳裏を過ぎる。
「うふふ。バーテックスも太っ腹よね、こんな簡単なシゴトで七万だなんて」
 最初は何か裏があると疑っていたBJだったが、もはや心配は無用だ。
 アライアンスの上層部も、こんな疲弊しきった基地は切り捨てているだろうから、援軍の心配も殆どない。
 敵に補足された旨を伝える警告音。MTに先行してヘリや歩兵が出てくる。
 機銃や小型ミサイルの斉射が始まる。
 人畜を引き千切る弾丸の嵐も、ACの多重積層装甲を前にしてはそよ風にも劣る攻撃だ。
 故の余裕。
 BJは数百発の弾丸が装甲を虚しく叩く音を聞いた後、宣言する。
「じゃ、さっさと片付けてしまおうかしら。――戦闘システム、起動」
 【戦闘システム、起動します】と機体に組み込まれた女声CPUが復唱。
 鋼鉄の巨人は、戦闘兵器としての真の力を発現する。
 パネルを操作し、使用兵器を右腕部に握られたハンドレールガンに選択。トリガーを引いて稼動状態に移行させる。
 カスケードレインジの手の中、折りたたまれていた三本の鉄柱が前方に迫り出し、畸形のライフルへと変貌した。同時に、中心部に極彩色の紫電が溢れ出す。
 レールガンには発動してから実際に弾丸を射出するまでに、銃器としては致命的なラグが存在する。だが、それを補って余りある利点があった。
 いつしかライフルの中心で輝いていた紫電は、荒れ狂う光の球へと成長していた。
 吹き荒ぶ弾丸を受け流し、悠然とカスケードレインジはライフルを構える。
「レン、火薬庫の位置をガイド出来る?」
『資料は依頼主から提供されています。これよりモニタに表示します』
「ありがと」
 FCSを解除、照準をマニュアルに変更。
 ぺろりと唇を舐めて、モニタ上に記された箇所へ銃口を向ける。
 半壊した防壁では、この一撃を防ぎきれないことを見越しての狙いだ。
 目標――基地内部、弾薬倉庫。
 腕部ロック、完了。
 対衝撃装置、異常なし。
 斜線上にヘリが三機。障害なし。彼らを待ち受けるのはただ灼熱の運命だ。
 BJは紅を差した唇で優雅に微笑む。
「それでは皆さん、ごきげんよう♪」
 チャージ完了。
 ハンドレールガンの先端から、猛烈な閃光が迸った。
 長いチャージの後に顕現される、秒速数十キロメートルで飛翔する必殺の弾丸。
 プラズマの尾を引きながら、弾丸が世界を真一文字に突き抜ける。
 その後には粉々に千切れ飛んだ諸所の残骸が舞い散るのみで。
 全ては、瞬く間もなく行われた。

「まぁな。なんとなくこんな気はしてたんだ」
 大穴の開いた弾薬庫を眺めながら、初老の兵士は避難命令を出していた。
 弾薬庫内部には既に火が回っているだろう。少なくとも数秒のうちに何かが爆発する。
 あとは連鎖的に誘爆が起こり、元野営地の看板が立つ焼け野原の出来上がりだ。
「なるようになれ、ですよね」若い兵士が溜息。
「ま、どうしようもねぇからな」
 二人は顔を合わせ、陽気に笑い、同時に伏せる。
 世界が爆裂した。

「大・成・功」
 満足げに頷く。
 モニタ一杯に炎上する戦局が広がっていた。
 戦隊の規模の割に、大量の弾薬を貯蔵していたらしい。爆発は熾烈かつ激烈に発生し、周辺に展開していた敵部隊は纏めて吹き飛ばされてしまった。
 空へ昇る煙は壊滅した基地への死亡宣告書だ。
 遠く離れたカスケードレインジにまで熱波が到来するが、この程度の温度ならば問題にはならない。
『敵、全滅です。お疲れ様でした』
「うふ。ひっさびさに気分がいいわ。そうだ、レン。今日は何か美味しいもの食べに連れて行ってあげる。戦勝祝いよ」
『恐縮です。……!』と、レンが息を飲んだ。『新たな熱源を確認、これは、MT……?!』
「まだ生き残りが? しつこいわね」
 などと言いながら余裕綽々の仕草でレーダーを見た瞬間。
 廃ビルを貫通し飛来したプラズマ弾が、カスケードレインジの右腕を爆砕した。
「なッ……?!」
 混乱。
『ち、違います! ACです! 敵ACを確認しました!』
 悲鳴じみたレンの声。
「そんな……今までどこに?!」
 武装をミサイルに変更、機体を急速後退させながら叫ぶ。
レーダーに反応がひとつ増えている。先ほどまではなかった機影だ。この唐突さは投下されたわけでも援軍として駆けつけたのでも有り得ない。
『おそらく、ジェネレータを停止して廃墟郡に紛れていたものと……』
 待ち伏せ、ということか。BJは苦いものを飲み干した顔になる。
 プラズマ兵器を搭載しているということは、十中八九重ACであるに違いない。さらには移動要塞とも呼べるタンクタイプの可能性も高い。
 汎用性は高いものの、機動力・攻撃力ともに半端なカスケードレインジでは苦戦は必至だ。
 だからと言って撤退は許されない。敵機動兵器の殲滅が今回の依頼なのだ、ACを見逃しては当然報酬など期待できない。
 また、先の特攻兵器襲来でACを除く全てを失ったBJにとって財政も逼迫しているため、収入が得られないというのは即死の刃だ。このご時勢、金と武力がない人間は皆堕ちていく。
 戦闘は不可避だ。
『え、でも、これって……』
「どうしたの?」全神経をモニタとレーダーに集中させながら、問いかける。
 それにしても敵ACは中々顔を出さない。レーダーを見る限り動いてすら居ない。
 火力と装甲に任せての突撃を予期していたのだが――。
『あの……ACじゃないかもしれません。衛星写真からの画像が、おかしいんです』
「え? じゃあやっぱりMTなの?」
『失敬な、我が愛機をMTなどと愚弄するな』
 男の声がした。無線機からだ。
「あなたは……?!」
『我が名はMMM。M3と呼ぶがいい。少々出遅れたようだが、まぁいい、貴様を倒せれば報酬はあるだろう』
 紳士的でありながら豪気さすら漂わせる声音は、通信機の向こうにいる誰かの高貴さを想像させる。
 ――そして現れる魔弾の射手。
 攻撃のあったビルの狭間、ACに超高速機動を与えるOBの発動音をBGMにして、
 信じられないほどの、それこそ自動車のほうがまだ早いというような超超超低速度で姿を現したその機体は――。
 予想に反しての、超軽量四脚であった。
 ただし、上半身は過剰なほどの重装甲と超火力で占められている。
 蟹の鋏に似た形状の二丁の大型プラズマライフルが張り付いているのは、戦車くらいなら重量だけで押しつぶせそうな鉄の巨腕だ。
 その非常識な腕を支えるコアは正しく鍛え上げられた大胸筋の如き超絶ボリュームを誇る、クレスト自慢の超重装甲のOB搭載コア。
 肩の上には逞しい肉体に不釣合いなほど小さな軽装甲のモノアイヘッドが乗っており、背部からは鉄塔じみた超大口径のエネルギーキャノンが天空に突き出されている。
 エクステンションに取りつけられたミサイルは、使い道もないのに妙な存在感を放っていた。
 上半身だけを見れば火力過多の鬼タンクだ。
 でも、脚が。
 四本の脚が激しくプルプルしているのは気のせいだろうか。
 レンが絶叫する。
『敵AC、馬鹿です!』
『馬鹿馬鹿言うな! 我がハイパーチェストの肉体美を理解できんとは、とんでもないやつだ!』
 なるほど、異様に細い足と極限にまで装甲化された上半身は、なんとなくマッチョな男の逆三角形体型を思わせる。
 ハイパーチェストとはあの変哲ACの名前だろう。名は体を現すとは良く言ったものだ。
 でも、これはない。これはなかった。
『大変です、敵レイヴンも相当の馬鹿です!』
『言わせておけば! そこに直れ小娘! 我が上腕二等筋で貴様に血の教育を施してやる!』
 一歩踏み出したハイパーチェスとの脚からバヂバヂと火花が吹き出る。
 えっ、と無線機から呆然としたレンの声が漏れた。
『は、ハイパーチェスト……脚部の推定損傷率、一気に上昇しました!』
 BJはとうとう笑声を堪えきれなくなった。
 ハイパーチェストは重量過多もいいところなのだ、歩くどころか立っているだけで脚部にダメージが蓄積される。
 わけの分からないアセンブルに興じるレイヴンがいることは知っていたが、まさかこんなとんでもないやつがいるとは。
「こんなの敵じゃないわ。さっさと片付けて、さっさと帰りましょう」
 くつくつと笑いながら宣戦する。
 正直、ハイパーチェストは、ACとか、そんなレベルじゃない機体だった。
 兵器としてあんまりに無茶苦茶なその姿は、廃品を組み合わせたやっつけMTか大掛かりな前衛芸術にしか見えない。
 リンがMTと見紛うたのも無理もなかった。
『ひな鳥め……あまり私を怒らせないほうがいい』怒気を孕んだM3の声。『私の圧倒的戦闘能力を見せてやろう。ハンデに三十秒くれてやる。好きにしろ』
 吐き捨てるように告げると、ハイパーチェストはおもむろに腕組みの姿勢を取る。
 基本プログラムには組み込まれていない動作なので、恐らくM3が自分で作ったものだろう。機体と発現から相当の筋肉馬鹿ぶりを意外な情報技術の高さが窺えた。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 カスケードレインジ搭載武装の中では最も高威力の武器であるレールガンは右腕ごと御釈迦になったため、別の武器を用いる必要があった。
 下手に接近しては危険と判断し、遠距離からの射撃にも耐えうる背部に積んだロケット砲を選択。連射する。
 本来直撃させるのが難しい武装だが、ハイパーチェストは動かないし動いたとしても極遅いはず。的も同然だ。
 狙いは脚部だった。あのか細い脚部を破壊してしまえばあとはどうにでもなる。
 火薬による爆発的な推進を得たロケットは、一直線にハイパーチェストに突き刺さり、
 突き刺さり、僅かに機体を揺らし、それだけだ。
「あら?」BJが驚嘆の音を上げた。
 ロケットが着弾するまでに、ハイパーチェストは腕組みを解除し、ぶんと腕を振るっていた。
 ただそれだけの動作で、ロケットの全弾をプラズマカノンの大鋏によって防ぎきってしまったのだ。
 ビルの壁面だろうがなんだろうが造作もなく消滅させるプラズマの高熱に耐える銃身だ、当然のことながらロケット弾程度では破壊できない。
『このハイパーチェストをそんな玩具で倒せるなどとは思わないことだな』事も無げにM3。
「思ったより楽な相手じゃなさそうね」溜息。
『……敵レイヴンのデータ収集が完了しました。信じられませんが、かなりの手練れのようです。手に入るデータを見る限り、同系統のACでこれまでに数機のACを撃破しています。戦闘方法は未知数。気をつけてください』
 どのような戦闘記録を目にしたのであろうか、リンの声にはうっすらと不安の色が浮かんでいた。
 BJは柔らかに微笑む。
「けれど安心して。一気に終わらせてあげる!」
 ブースト発動のレバーを押し込む。
 最大出力。
 カスケードレインジは即座に主の命に従った。
 機体背部のブーストユニットにエネルギーが集約。刹那に炸裂、凄まじい速度が生み出された 。
 疾走する。
 使用兵器をミサイルに変更。流れていく景色の中心、毎時接近巨大化していくハイパーチェストに照準。ロック。
 間髪入れずにトリガー。カスケードレインジからミサイルが飛び立った。ミサイルは道程を半ば過ぎたところで拡散し、四つの破壊の顎へと分裂しハイパーチェストに踊りかかる。
 うち二基はコアの迎撃機銃に撃ち落とされ、もう一基は例の鋏で弾かれる。
 と、幸運な一基が重量を支えるのに必死な脚部に直撃する。
 大きくバランスを崩すハイパーチェスト。
 しかしM3はいたって冷静で、あまつさえ『ふん、効かんな』などと言い切ってしまった。
「でもこれはどうかしら?!」
 カスケードレインジの左腕より光の剣が生え出づる。
 高熱により万物を熔断するレーザーブレードだ。
 OBを解除し、慣性の波に乗り直進するカスケードレインジ。
 いかな強固な装甲であろうと容易く焼き切る必殺の剣を携え、巨なる剣士はハイパーチェストを袈裟に裂こうと身を屈め――。
『三十秒経過だ』
 相対するハイパーチェストの巨体が腕組みを解いた。
『もはや容赦はせん!』
 そして。
『ハイパーチェスト・まっはスペシャル!』

 チョップした。

「え?」
 ばっこーん。
 慣性を打ち消され、それでも尚霧散しなかった衝撃による激震に見舞われたコックピットで、BJは間抜けな声を上げて凍り付いた。
 なにこの攻撃。ふざけてるの?
【左腕部、破損】とCOMが冷静な現状報告をした。
 BJの頭脳が、信じられない気持ちを乗せてフル回転する。
 ブレードで切り付けようとしたとき、チョップで左腕を叩き落とされたようだ。
 ハイパーチェストの右腕を、あの蟹鋏プラズマライフルで。
『嘘……』リンがBJの心中を代弁した。
『奮ッ』
 M3が気合い一戦、ハイパーチェストの左腕が今度はストレートを繰り出してきた。
 蟹鋏の銃身がカスケードレインジの頭と胴体の間に滑り込み、持ち上げる。
「え、えええーッ!?」
 変転する重力の中、BJは微かに涙さえ浮かべて抗議の叫びを上げた
 両腕をもぎ取られたカスケードレインジは、哀れ首を掴まれて吊り下げられていた。
 コックピットに首のジョイントが軋む音が響く。
 無論、こんな攻撃方法はAC戦闘史上前代未聞である。
 目茶苦茶だった。
「なによそれ、反則じゃない!?」
『たわけ。どうしてACが人型をしているのか理解していないようだな。
 全ては人の動きを模倣するため。つまりッ! こうしてッ!』
 右腕部の蟹鋏プラズマライフルが後退。
 ACという先鋭兵器同士の戦闘には似つかわしくない、非科学的な闘志の波動がカスケードレインジの装甲を振るわせた。
「え、やだ、ちょ、待って――」
『肉弾戦を行うためだあああああああああああああああああ!』
 大気を切り裂いて、折れよ砕けよと、文字通りの鋼鉄の拳がカスケードレインジの腹に決まった。
 文字通りメガトン級、文字通りのヘビーパンチ。
 食らって無事なわけもなく、カスケードレインジの肉体がくの字に折れ曲がる。
「きゃあああああああ!?」
 未経験の振動に見舞われ、思わず悲鳴を上げる。
【コア、損傷】と、あくまで冷め切ったCPUのアナウンス。
「や、やだぁ! ふざけてるわ、こんなのぉ!」
『往生際が悪いぞ小娘! はぁっ! マッスル・ジェネレーター、マキシマムッ!』
 こつん、と軽い音を立てて、ハイパーチェストの蟹鋏がカスケードレインジに押し当てられた。
 満ち渡る駆動音。
 BJは画面一杯に広がる莫大量の光茫に目を細め、悟る。
 私、死ぬ☆
『これぞ星と消えた兵士たちの怒りの一撃! ダブルマッチョ・スペクタクルカノンだ!』
 二本二対の死神の鋏が、あらゆる全てを灼熱させるエネルギーを吐き出した。
 爆熱。
 雷光。
 蒼の霹靂。
 名状しがたい衝撃に包まれ、BJは気を失った。 


『……てください! BJ、応答してください! BJ!』
 薄暗いコックピットの中、レンの涙声でBJは覚醒した。
 闇の中に視線を走らせる目がずきりと痛む。
 血のにおいがする。その血が目に流れ込んだのか、それとも目そのものが壊れたのか。
 二、三度しばたいて、機能の完全を確認する。痛みはあるが、問題ない。
 しかし痛いとはどういうことだ。
 自分はプラズマ弾を受けて燃え尽きたはずではないのか。
 だけど痛い。
 凄く痛い。
 痛いは、つまり。
「わたし、まだ死んでない?」
 時折火花が飛び散る計器類を前に、BJが呆然と呟く。
 額を手で拭ってみれば、ヘルメットの下から血が伝ってきていた。
 やはり血が目に流れ込んでの痛みだったようだ。
『BJ!』感極まった様子のリン。『BJ! 無事だったんですね!』
「いたた……。どうやら、そうみたいね」
 全身に鈍い痛いがあった。
 あちこちを酷くぶつけた様子だが、酷い怪我はない。
 ヘルメット内に血と汗でベタつく感覚がある。
 外して髪をかきあげ、傷口に触れる。ごく浅いものだ。問題ない。
『よかったぁ……』泣きじゃくるレン。『私、もう駄目かと。死んでしまったのかと……』
「ほらぁ、泣かないの。こうして無事なんだから」
 明るく言う。実際、頭からの出血の他には目立った負傷はない。
 続いて機体の損傷具合をチェックするが、これも絶望的というほど酷くはない。
 頭部と両腕は全壊しているが、コア、脚部ともに重要な機関は破損を免れている。
 しかし決して楽観できるレベルではなく、絶望以上戦闘続行以下というところだ。
「それで、どうなってるのかしら、戦況は?」気を取り直して問うBJ。
『あ、はい。それなんですが……モニタに映ってませんか? ハイパーチェスト』
「え?」
 縦横無尽にノイズが走るモニタを、注意深く見詰める。
 巻き上げられた粉塵があてどなく漂い、有象無象の残骸が小さく自己主張しているだけだ。
「? どういうこと?」
『地面です。良く見てください』
 促されるままに凝視する。
 瓦礫に混じってなんか転がってた。
 腕とか脚とかもげて、関節部分からだくだくとオイルを垂れ流す、放送倫理的にかなり危険な状態のコアと頭部がこちらを見ていた。
 ハイパーチェストだった。
「グロいわねッ?!」
『こ、これぞハイパーチェストver.M.Sである……』
 無線機からM3の良く分からない文句が聞こえたが、どこまで好意的に解釈しても単なる負け惜しみである。
 しかしなんだこれ。さっぱりわけがわからない。
「……レン、説明してくれる?」
『はい。ええと、私に把握出来た限りでは……』

 ――破壊の光は膨張し、圧縮され、カスケードレインジへと叩き込まれた。
 射出は左腕の方が僅かに速く、プラズマの第一射で頭部が爆散した。
 続く第二撃がコアを直撃。エネルギーの爆風が吹き荒び、拘束から解放されたカスケードレインジは半壊したビルに叩き付けられる。
 そのまま壁にもたれかかるようにして跪き、沈黙した。全身から煙を噴き上げるその様は、満身創痍の出で立ちだ。
『……む、持ち堪えたか』
 外面の損傷とは裏腹に、カスケードレインジは致命傷を負っていない。
 ハイパーチェストはただでさえEN消費の激しい四脚に、とんでもなく大飯食らいのEN兵器を満載している。結果、慢性的なEN不足に陥っている。
 どうやら二撃目のプラズマはその影響で爆風ばかりの不完全なものになってしまったらしい。
『まぁいい、すぐに引導を……』
 右腕のプラズマライフルをカスケードレインジに向けようとして、気付いた。
 肩から腕が無くなってた。無理な重力をかなりギリギリの所で支持していたジョイントがぽっきり折れていた。パンチやら何やら想定外の使用をしたのだから当然である。
 左腕も同様に、ACを吊り下げて射撃などと無茶な事をしたせいでどっかに飛んでっていた。
『ふむん。やり過ぎたか。だが無問題、接近して我がエネルギーキャノンで確実に跡形もなくしてやる』
 勇ましく前進しようとしたそのとき、四脚の一本が爆発した。
 これまたミサイルのダメージとAC吊り上げたり何だりの超絶負荷で限界が来ていたのだ。むしろ今までの積載量超超超過に耐えられていたことからして奇跡だった。
 突然のバランス崩壊につんのめるハイパーチェスト。
 すると今度は腰のジョイントからぽきっと軽快な音が響く。
 折れた。折れた理由は以下略。
 四肢に見放されたコアが滑るようにして地面に投げ出される。
『……フムン』
 さすがにどうしようもない。
 M3に、静寂の帳が訪れた。

『以上です』
「これはチャンスね」すげぇ馬鹿くさいチャンスだった。
『ええ、最大級のチャンスです。というか、逆転勝利内定済みですね』
 一時は完全敗北を覚悟したが、願っても見ない逆転の機会だ。
 背部兵装のロケット砲でぶっとばそうとしたが、もたれているビルに引っ掛かって展開できない。ミサイルも同様だ。この状態から射撃して壁面を崩そうかとも思ったが、セーフティが働いて不可であるとレンが伝える。
「なら、一旦立ち上がるかどうにかしないと……」
 姿勢回復コマンドを実行。機械各所から煙とオイルを吐き出しながら、カスケードレインジは戦闘姿勢に復帰しようと身を捩らせる。が、頭部のバランス制御装置が消失しているために上手くいかない。
「ダメか。手動で立て直さなきゃ」
 ブーストを起動させようとするが、壁に叩きつけられたときにどこかが壊れたらしく、これも馬鹿になっている。
だのに警告ウィンドウが出ていないのは、根幹のシステムそのものに不調があるからか。
 と、カスケードレインジの右足の辺りからモータの駆動音が響いた。機体が微かに身を捩らせる。
『やはり基本システムに異常が発生しているようですね。操作系統が混線の兆候があります』
『ふん。貴様らも難儀しているようだな。状況は五分五分ということか』
「あら。まだ無線繋がってたの?」無線機の電源を落とそうとする。反応がない。「yだ、これまで故障? ああ、修理費の請求が恐ろしいわ……」
『私は常に無線回線をフルオープンにしているからな、自然に通信が切断されることを期待しても無駄だ』
「あらそう。でももうすぐお別れだから我慢してあげるわ。ま、私も鬼じゃないわ。脱出するんなら見逃してあげる」
『ぬかせ。ACが死ぬときはレイヴンも一緒だ』
「あらそう。なら命乞いしてみる? 聞かないけどね。」
『ふむん。その言葉そっくりそのまま返してやる』
「……なんですって?」BJの表情が凍りつく。
『我がハイパーチェストのシステム最適化ももうすぐ完了する。貴様の命も残り数分というところだな』
「な……?!」
『はったりです!』レンが一喝する。『たとえシステムを最適化したところで、その有様では何も出来ないはず!』
『果たしてそうかな?』対してM3は不敵な声音だ。『我がハイパーチェストは、私という心臓がある限り何度でも立ち上がるのだよ』
 彼には何か秘策があるらしい。
 予想外の攻撃を放って来た先程のこともある、先手を打たなければどうなるか分かったものではない。
 急ぎACの回復に努める。ブースターを発動させようと何度も試行するが、そのたびに関係のないところが稼動してしまう。
「ああもうっ! カスケード、作戦成功したらぴっかぴかに磨いてあげるわ! だから立ちなさいっ!」
 途端、ブースターが発動した。
 機体は荒馬の如く跳ね上がり、カスケードレインジは両足を突き出して見事に着地する。
『これで明日は一日中ボディ磨きですね』
「現金なコね。誰に似たのかしら。……さぁて、さっさと片付けるわよ」
 基本システムとリンクしているFCSにも不具合が出ている可能性がある。コアメインカメラが損傷し、頭部のサブカメラも完璧に吹き飛んでいるため、モニタの映像は頼りないが、不安要素のある誘導兵器を使うよりは確実だ。
 モニタにロケット弾の射線ガイドが表示される。その先にハイパーチェストを収める。
 あとはトリガーを引くだけ。
『そっちがそのつもりなら、いいだろう! いくぞ、ハイパーチェストっ!』M3の怒号。
 ハイパーチェストの背負ったエネルギーキャノンが発射体勢に移行する。
「まさか?!」
『安心しろ、撃てない。脚がないからFCSが接地を認識しないのだ』
 ずるっ、とBJはコックピット内でずっこけた。
「お、驚かせないでよ!」
『だが安心するがいい、ハイパーチェストは――』
 突如、ハイパーチェストの背後に膨大なエネルギーが膨れ上がる。
『まさか――』
『OB?!』
『大地を駆ける翼を持つのだ!』
 OB、発動。
 空を支える巨人に蹴り出されたような急激な加速。
 アスファルト、瓦礫、爆音――纏わりつくもの全てを割り砕き突き進む。
 重槍の如く突き出された砲身は、真っ直ぐカスケードレインに向けられている。
『砕け散れ! メガマッチョスラッシャー!』
「じょ、冗談じゃないわ! 今すぐ死んで頂戴!」
 トリガーを引くが、反応が無い。
「こ、故障――?!」この期に及んで!
 そうしている間にも、ハイパーチェストは矢のような速度で迫り来る。
 エネルギーと機動力を奪うものが無い今、ハイパーチェストは凄まじい出力と飛行能力を手にしていた。
 このままではあの阿保くさい攻撃にやられてしまう。どうにかしなければ、と思ったときには無意識のうちに回避行動を取っていた。
 つまり――ブーストでの回避だ。
 発動してから思う。ちゃんと動くかしら?
 動かなかった。またもや脚が稼動した。
 万事休す――!
 BJが強く目を瞑ったそのときだ。
『?! 貴様、それはッ!』
『BJ、それはもしかして――』
 誰が予想しただろう、誤作動で大きく脚を上げたカスケードレインジが、
 偶然と呼ぶには出来すぎた、見事なキックの恰好をしていることに――!
「え? ……ええーっ!」
 一番びっくりしたのはBJであることは言うまでもない。
『馬鹿な、この短時間で我が世界に入門してくるとは――!』
「わ、私そんなの入門してないわっ!」
 そんなことを言っている間に、ハイパーチェストがいよいよ目前にまで接近する。
『打ち砕け、ハイパーチェストーっ!』
「や、やだ! こんな変なノリで運命決まるなんてやだーっ!」
 BJの叫びも虚しく、槍を携えた筋肉となんか蹴りを繰り出したポンコツが激突する。
 爆砕の音声が耳を聾した。
『クロスカウンター……!』レンが真剣な調子で解説した。
 なるようになれ。
 そんな言葉が脳裏を過ぎり、BJはもう全部ヤになって考えるのを止めた。
 
「……うへぇ。壊滅ですね」
 幸運にも難を逃れた若い兵士は瓦礫の中から這い出して、地表の惨状を見渡した。
「意外と生き残ってるけどな、ほれ、ほれ、ほれ」
 一足先に脱出して煙草で一服している初老の兵士が、空いた手であちこちを指差す。早急の避難指示が功を奏したのか、続々と瓦礫から顔を出す兵士たち。
「なるようになりましたね」若い兵士は苦笑い。
「世の中そんなもんだ」初老の兵士は薄く笑んだ。
 太陽は空高くの玉座に座し、暢気に戦争する地表を気だるげな瞳で見下ろしている。
「何にせよ、こんだけの中で生きてる俺らは」
「儲けもんですね」
 二人は押し殺した笑い声を上げる。
「さぁて、無事なやつは他を探せ! 怪我人が死人になる前にだぁ!」

 ――暗い。
 BJが本日二度目の失神から帰還すると、コックピットは暗闇に包まれていた。歪んで割れたモニタが時折火花を発していた。どうやらコアの機能も完全に死んだらしい。無線機は無秩序なノイズを垂れ流すのみで、レンの声もM3の声ももはや聞こえなかった。
 どちらが勝ったのかは分からない。カスケードレインジがこの様子なら、ハイパーチェストも無事ではあるまい。相打ちというところだろう。
 とにかく終わった、とBJは大きく息を吐く。
後はバーテックスの輸送機に回収してもらい、帰還するだけだ。
 予定外のACを撃破したのだから、報酬には色をつけてもらえるだろう。カスケードレインジを修理すれば殆ど無くなってしまうだろうが、それでも幾らかは余るはずだ。
 約束どおりレンを食事に連れて行こう。
 それから、ガレージにカスケードレインジのワックス磨きも依頼しなければ。
 ぼんやりとこれからに思いを巡らせていると、不意に息苦しさを覚えた。
 パイロットスーツの前を開き、深呼吸する。
 インナーの胸を何度か大きく上下させたものの、息苦しさは改善されない。
 酸素が足りなくなっているのか。
 BJは存在感を増す窒息の気配に襲われながらも思考する。
コアの機能が停止していると言うことは、換気装置などの生命維持装置群も動いていないと言うことだ。
 コックピット内の機密性は非常に高く、空気の流れが自然に復帰することはありえない。
 このままでは自分は窒息死することになる。
 コア背部のコックピットハッチ開放ボタンを押してみるが、 反応はない。
 息苦しさは増していく。
 意識が遠退くのを覚えた。
 折角生き残ったのに。
「こんな、こんな所で――」
 死にたくない。
 そう思った瞬間、ほんの小さな、しかし感覚を刺激する確かな風を感じた。
 鎖されているはずの頭上のハッチが、音を立てて開いていく。
 否、開かれているのだ。器具か何かで無理矢理こじ開けられている。
 差し込む陽光を背にして、何者かのシルエットが彼女の瞳に映る。
 バーテックスからの使者か、兵士たちの生き残りか。
生存への望みと同時に恐怖が目を開く。兵士たちに捕まれば、最善の経路でも尋問の後に射殺、最悪は陵辱と拷問の後の酸鼻な処刑だ。
 どちらにせよ凄惨な死の姿がちらつく。
 もし相手が兵士であれば、ただでは捕まってやるものか。シートの下に隠されたサバイバルキットから、サバイバルガンを取り出そうとしたBJ。
 彼女を、頭上の正体不明の影は、ダンディな、どこか聞き覚えのある声で制した。
「安心しろ、敵ではない」
 緊張の糸が緩む。
 ――助かったのだ。
「救援、ということかしら?」
「ふむん。そう言って間違いではない。……兵士どもは生存者の確認と治療で手一杯だ。こっちは放置するつもりらしい。余力も無いからな、例え怪我人無しでも我々を攻撃することはあるまい。レイヴンには横のつながりがある、下手に手を出せば今度こそ皆殺しだ」
「はぁ、良かった。良かったぁ! ――そうだ。ACは? どうなったの?」
「どちらのことを言っているのかわからんが、全壊だ。お互い生きているのが不思議なぐらいにな」
「そうね、幸運だった――」BJは猛烈な違和感を覚えた。「『お互い』? お互いって何?」
「お互いはお互いだ。私と、貴様だ」
 男は真っ白い歯を剥き出しにして、健康的な笑みを浮かべる。
「驚いたぞ、まさか我がハイパーチェストを撃破するとは。貴様には見込みがある。気に入った」
 ハッチが乾いた音を立てて開かれていく。
BJは気付いた。
――この男、素手でハッチを?!
 開放されたハッチから陽光が差し込み、男のシルエットが色彩を持ち始めた。
「あ、あ、あああああああああ!」BJは男を指差し悲鳴を上げた。「あ、あな、あなた、あなた――!」
 筋骨隆々とした美しい巨体を、窮屈なパイロットスーツに押し込めたその男は。
 剛毅な笑みで、凍りついたBJに手を差し伸べるその男は。
「特別に私への弟子入りを許可してやろう。なぁに、お前ほどの素質があれば一月ほどで我が奥義に到達するさ。心配するな」
「あなたは、あなたはまさか――!」
「貴様の人生の師となる男の名を記憶に刻むがいい。我が名はMMM――」
 男は高らかに宣言する。
「メガマッチョマックスだ!」

「こんな、こんな展開はいや――!」
 BJは意識を失神世界に投擲した。

 その後、あまりコンビネーションのよろしくない二人組みのレイヴンが各地で目撃されるが
 それはまた別のお話

       機動新世紀メガマッチョ・コア
      ~BJの受難~





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