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 心地よい橙の光がアスファルトを撫でる。風はきっと海の匂いで、人を巡る赤い川のそれに似ていた。
 季節は春――噎せ返るような命の日々。
 街の喧騒から遠く離れた煤けた廃墟は今、新しい幽霊の歓迎会に盛り上がっている。
 見渡せばほら、燃え上がるMT達が並んでいて、青空にはのんびりと立ち昇る黒煙。
 ああ、なんてのどかな日なんだろう。ピクニックにはもってこいの良い天気だ。
『く、くるなぁッ!』
 コックピットに微かな衝撃が伝播する。正面にいるMTの発射したロケットが直撃したらしい。残念、そんなじゃやられません。城砦並みの重装甲に守られた僕は操縦桿を握り締める。抵抗確認、排除排除。
 キッスを返そうか。ショットガンで。ああ、そんなことされたら死んじゃうね。だからばいばい。右手の先で囁いたさよならは強すぎて、MTはたちまち引き千切られる。スピーカから悲鳴が聞こえた。助けて、助けてくれ。ぷつん。切れてしまった。
崩れ落ちるMT。コックピットは無事みたいだけど、弾丸に歪められてるから脱出なんて出来るはずもない。
 ごめんね、でも仕事なんだ。機体に手足が付いてるうちに、逃げれば良かったのにね。真っ黒いショットガンを構えながら、僕を抱えた巨人、重量二脚AC、セレナードの脚が無慈悲な行進曲を奏で始める。
 彼らの目に僕はどう映るだろう? セレナードの装甲は厚すぎて、とても倒しきれるものじゃないって悟ったとき、彼らはどう思ったろう? そんなことを考えているうちに、僕の愛馬は静かに彼の前で立ち止まる。
 手足の捥げたМTにショットガンの銃口を押し付けて、淀みなく引き金を引き絞る。戦車の三機ぐらいなら纏めて鉄屑に出来るとんでもない弾だから、MTの装甲でもとても防ぎ切れない。ばーん。味気ない射撃音。MTから勢い良く血が噴出す。オイルだけど。中身がどうなってるかは分からない。ひょっとしたらコックピットを撃ち抜いたかも。運がよければそのうち這い出てくるだろう。
 十五機いた敵MTで無事なのはもうひとつもない。セレナードの損傷は軽微。上々の結果だ。我ながら上手くやった。
『敵勢力の全滅を確認しました。レイヴン、お疲れ様』
 オペレータ作戦の終了を告げる。
 けれどもそれには少し早い。
悪趣味な誰かが、空に鏡の粒を投げたらしくって、――何時の間にやら空は無秩序に陽光を撒き散らす奇妙な雲の群れに食い潰されていた。
 ほら、いつもどおり。
 モニタに表示された【敵ACを確認しました】の無機質な文字。
 僕が三度もそれを読み直したところで、ようやく奴は現れる。
 AC。そう、それはACだ。敵対者としてのACだ。
 陽炎みたいに揺らめきながら、奴はゆっくりと近付いてくる。
 まるで亡霊、死者の行軍。
 そいつは明らかに時代遅れの、二世代ほど前のパーツで身を固めている。鈍色の装甲で固められたクレストフレームのボディは武骨極まりない。
 武器は重ライフルに、刃の長さだけが取り柄のレーザーブレード。
 肩には中型のロケットが積まれている。もう一方は小型のレーダーが埋めていた。
 火力も速度も足りないそいつは、黙って僕に銃口を向ける。冷たい香りのする火薬の詰まった、透き通った敵意を僕に向ける。
 ぼうっと見ているうちにマズルフラッシュが弾けて、飛び出したライフル弾がセレナードの装甲を引き裂いた。
 だけどそんなのじゃ全然足りない。そんな弾丸じゃ、到底僕に届かない。
 機体の左手に握らせたバズーカで射撃。するとどうだ、奴は木の葉のような華麗さで、ふわりと宙に浮き上がる。砲弾は虚しく中空を突っ切った。
 やつは空から僕を射抜こうとライフルを構えた。
 僕はといえば、ショットガンを持ち上げて奴を迎える。
 たっぷりコンマ1秒ほど見詰め合う僕たち。
 ハロー、死んで。嘘みたいに完璧な意見の一致で、僕らは同時に殺意を放つ。
 奴はセレナードの目を馬鹿にして、僕は奴の右腕をボロボロのお飾りに摩り替える。
 怯まず引力に任せて奴は切りかって来るけれど、そんなのいつもどおり。予め決められた型みたいな自然さで、僕の左手は奴を捉えている。
 さようなら、さようなら、さようなら。三度も唱えてさようならの意味を完全に把握したところでトリガー。
 バズーカは奴のコアのど真ん中を打ち抜いた。
 コクピットを吹き飛ばされて地面に落下する奴は、なのに危ういところで着陸する。
 そして僕のほうを無言で見遣り、OBを使ってどこかに走り去ってしまう。
 もちろん普通ならパイロットはミンチになって、天国か地獄に行くので精一杯になってるはずだ。
 だのにどうにも奴は違うらしくって、コックピットが無くなったぐらいじゃ全然平気みたい。
 これで何回目だろう――十回目ぐらい?  奴と戦うのは。
『――レイヴン? レイヴン? どうかしましたか?』
 数字に意味はないのかもしれない。全ては一瞬のうちに終わる。
 全部全部、瞬きの合間に浮かんで消える、記憶の果てからの泡みたいなもの。
「少し、ボーっとしていたみたいだ」
 奴は唐突に現れる。場所は関係ないらしい。時間だってどうでもいいようだ。
 何せ、奴は僕の幻覚なんだから。
『また、ボーッと、ですか』オペレータは呆れと心配が5:4ぐらいで配合された声で言う。『最近は特に多いですね。疲れが溜まっているのではないですか?』
「どうかな。いや、癖みたいなものだよ、きっと」
『毎回三秒ほどの放心状態です。この間に敵の増援があったら、致命的な遅れに繋がりかねません。気をつけてください』
「分かってる。気をつけるよ」
 何度倒しても、そのうちふらりと現れる――奴は、そんな奇妙な敵なんだ。
 とりあえず、僕は任務の完了を宣言した。

          
               ブラックアウト~戦慄! 期待して読むと損をするSS!の巻~
             
         
                    
 機体をガレージに搬送してもらった後、借りている更衣室で服を着替えてクリーニング屋にパイロットスーツを預け、レイヴンズアーク主催のレストランに向かった。暗殺されたりする可能性が極めて低いという、実に健全なレストランだ。
 特製の蜂蜜酒を舐めながら、携帯端末に入力した奴のデータを読み直す。
 奴はアモロサメンテ。ACの方はソレンネという。
 何度読んでも腑に落ちない。口腔に広がる独特の甘味を楽しみながら、僕の頭は『?』ばかりの感想を漏らす。
 だって、奴はもう何年も前に戦死したレイヴンなのだ。
 どうして僕の目の前にチラチラと現れるのか。
 分からない。
 分からない? 
 そう、分からない。分からないんだ。
「トランクィロ」
 ふと気が付くと、僕の正面の席に男が座っていた。金色の髪をした、年若い男だった。
「景気の悪い顔だ。仕事でもしくじったか?」
「ウィル。久しぶり」
 ウィル。一応同期のレイヴンだけど、彼はアリーナでの活動がメインなので戦場で顔を合わすことはまずない。気楽に話せる数少ない相手。
「大体一月ぶりと言うところか。随分と髪が伸びたな。良く似合っている」
「ありがと。後は自分を『僕』って言えるようになれば、いい感じだね」
「『僕』? 『私』じゃないのか」
「あれ……どうも上手くいかないな。『ぼく』『わたし』『私』。うん、『私』。『僕』の発音が染み付いちゃってるみたいだ」
「『僕』で何か不都合があるのか? そっちのクニじゃ特に珍しくもないだろ」
「大有りさ。まず、可愛くない。それに父さんを思い出してしまうし」溜息ひとつ。「いいことなしだよ」
「ふむ。私の妹なんかは未だに率先して僕僕言ってるがな」
「教えてあげるといい、言葉だけじゃ強くなれないよって。僕が良い例さ――そう言えば、彼女。具合はどうなの?」
「ああ。あと一月もたないそうだ。……近々手術を受けることが決まった。強化出術だ」
「あれ? あの病院ってミラージュ系列じゃないの?」
「実験のようなものだ。賭けだな。不安ではあるが、仕方ない」
「神経まで?」
「ああ、主に脊髄なんかを修復するそうだ。あとは筋肉だな。ズタズタで使い物にならないらしくてな。それに頭蓋骨に電磁波を遮断するような処置を施すと説明されている」
「そっか。上手くいくと良いね」
「ありがとう。アティにもお前が応援していたと伝えておくよ。――それで、どうした。何か問題でも起こったのか?」
「お見通し?」さり気無く話題を逸らそうとしてたのに。鋭いひとだ。「まぁ大体の察しはついてるんでしょ?」
「また出たのか」
「また出たんだ」
「一度コックピットでも潰してみたらどうだ」
「やってみた。ピンピンしてた」
「なんとまぁ。無敵か。やはり倒せないものなのかね――父親と言うものは」
 ソレンネ。
 僕の父さんの、レイヴンとしての名前だった。
「どうだろうね」机にしなだれる。「どうだろうね?」
「俺も精神科医じゃあないからな、拙い推測に過ぎんが、それくらいしか理由が思いつかない」
「かなぁ……」
 父さんは偉大な人だった。母さんがテロで死んで以来、僕を男手ひとつで育ててくれたんだから、そりゃもう僕の中ではぶっちぎりの偉人だ。何だか色々なことでお金が出て行ったから、レイヴンやってても収入は殆どなくって、旧式の機体引き摺って頑張っていた。
 けれど優しい人だったかといえばそんなことはなく、ただひたすらに厳しい人だった。
 強くあれ、強くあれ。そんなことを言ってはしょっちゅう僕に訓示を垂れる。
 今でもたまに夢に見る。お父さん、ご飯冷めちゃうよ。駄目だ。今は父さんの話を聞け。いいか、この先男でも女でも強くあらねば生き残れぬ時代がくる。破滅的な未来だ。父さんはお前にその時代を生き延びて欲しいと思っている。分かるな? 分からないよ、お父さん。そんなことよりご飯にしようよ。ふん、少し難しすぎたか。もっと噛み砕かねばならんな。いいか、つまりだな……。お父さぁん……。
「なにやら感傷に耽っている様子だが、食事が到着したぞ」
 ウィルがモリモリと僕の注文したシチューを頬張っている。おいしそう。
 うん――うん? なんか変。
 僕の注文したシチュー……? あれ?
「どうしてウィルが食べてるの?」
「食欲は敵だ。時に私を惑わせる」もぐもぐ。
「あ、やだ、返してよ!」
 それは僕の大好物なんだ!
「ふぅん。シーフードも悪くないな」
 こっちに皿をやりながら満足げに言う。四分の一ほど無くなっていた。
 ひどい。ひどすぎる。心の中で操縦桿を握る。畜生め、どうしてくれよう。ママでも見分けが付けられない愉快な挽肉にしてやろうか。
「そんなに睨むな。後で私のサラダバーを割譲する」
「やだよ、あんなの農薬バリバリで食べられたもんじゃない」
「そこはレイヴンズアーク、無農薬のを使って、……おい、あれを見ろ」
「え?」
 指差された先、店の入り口には、真っ黒い男が立っていた。
「リンガフリンカー……」
 初めて見た男、だけどそいつの名前は良く知っている。
 早い話、僕の父の仇。

 その後僕は仇に殴りかかり……なんて展開はない。殺す/殺されるが猫の目みたいな戦場を駆けずるのが僕達レイヴンだ。
 復讐なんて馬鹿げた話。戦闘で恨み辛みをぶつけるならまだしも、生身でやり合うなんてどうかしてる。 
 ウィルとのお喋りを楽しんだ後、僕は遥かな帰路についた。
 地下に降りコンビニに寄って林檎ジュースとブドウパンを買い、その脚で地下鉄の改札口に向かう。
 僕の移動手段は基本的に徒歩と電車だ。AC以外の乗り物は運転出来ない。何故って、免許が無いんだもの。教習所に通うには、ちょっと時間が足りなすぎる。
 乗り込んだ列車が走り出す。
 閑散とした車内に、窓から差し込む外灯が、無機質な光のリズムを作る。まるで高鳴る鼓動のように。対する車内は、寂しさを含んだ静寂に包まれている。
 僕は長イスの右の端っこに腰を降ろして、ポシェットから携帯ゲーム機を取り出した。僕のガレージは郊外にある。一時間も電車に揺られてようやく辿り着く距離だ。
 車窓の向こうに壁しかないこの列車で過ごす時間は酷く退屈だから、いつもゲームしたりして時計の針を加速させるのだ。
 この前通販で買った新型ヘッドフォンを耳に装着、スイッチオン。ぴこーんと平和な効果音とともに真っ暗な画面にロゴが浮かぶ。
 ソフトはレイヴン・イン・ザ・レイヤード。レイヤード時代のレイヴンたちの生き様を描いた本格メカアクション。
 本当はパズルゲームが好みなんだけど、仕事柄、つい気になって買ってしまった。
 旧式のパーツばかりとは言え、なかなか良くACを再現している。
 組み上げる機体はやっぱりクレスト重量二脚。
 趣味的なものもあるけど、実際は別の理由だ。
 どうにも手が小さいものだから、ボタンやスティックを上手く操れないのだ。ゲームの世界でぐらい高速戦闘したいものだけど、身体スペック的に難しい運命らしい。
 回避率下がる→装甲上げなきゃすぐやられるようになる。
 サイティングが難しい→火力を上げて短期決戦しなきゃ苦戦する。
 だから、この形態に行き付くのは当然のことなのだった。
 するうち、とうとう終盤にまで到達してしまった。操作方法を覚えるのに一週間、敵ACを倒せるようになるまでにさらに一週間――長かった。今ではアリーナのトップランカーを僚機に雇える身分だ。
 ちょっと感動する僕だったが、それもなんだか大仏に似た巨大MTに五秒くらいで粉砕されてしまった。
「……」もちろんリトライ。
 ミサイルの雨を避けきれずに戦死。
「……」再びリトライ。
 デコイでミサイルをいなしたら、今度はグレネードが飛んできた。
「……」黙ってリトライ。この際プライドは抜き。ガッチガチのタンクで挑む。
 撃破! と思ったら分裂した。ミサイルとグレネードの雨に歌えば断末魔。
「……」リトライretry
 粘った。でもやっぱりやられる。今度は僚機も吹っ飛んだ。
 なんだこれ! 理不尽すぎる。全く勝てる気がしない。
 こうなったら実体ブレードでも積んで特攻しようかと悩んでいると、画面に暗い影が落ちた。
 誰かが目の前に立ったらしい。
 ふと顔を上げる。
 見知った顔がそこにいた。
 禍々しい風体。
 新月を閉じ込めたような暗い光を湛えた瞳。
「いよぉ。はじめましてだな、トランクィロ」 
 山犬のような凶暴な気配を放つその男。
 名を、リンガフランカーと言った。
「……!」
 息が詰まる。どうしてこいつがこんなところに? 
「お前もやってんのか、それ」
 どうやら興味の矛先は、僕の遊んでいるゲームに向いているらしい。
「ほお! とっつきたぁ男らしいな。しかもタンクとは! こいつぁ惚れたぜ」
「あ、いや、これは……」
「さっきから見てたが、苦戦しているみてぇだな。……なんだ、もう大分最後のほうじゃねぇか。そいつぁアレだ、ガチタンで引き撃ちすりゃ楽勝だ。引き撃ちは分かるか? 引きながら主砲撃て。クレスト製の一等デカイ奴だ。そうすりゃ終わる。分かったか?」
「……はぁ」
 なんだかやけに詳しい。ゲーマー? 割と硬派な人格を想像していたのだけれど、なんだか拍子抜け。
「おいおい、どうして俺みたいな超絶最強レイヴンが雑魚くさくて芋虫みたいな底辺レイヴンにアドバイスをくれるのかって顔してるぜ」
 推理も若干ずれてる。思ったとおり、ちょっと間の抜けた人なのかもしれない。ところでなんだかさり気無く馬鹿にされたような気がするのだけれど。
「なぁに、面白い顔を見つけたもんだから気になっただけさ。……てめぇの親父にゃあ散々手間取らされたからな」
「――!」
 不意に現れた父を指す言葉。知れず、神経が張り詰めるのが分かる。
 憎い? 違う。ならどうして? 
 ――怖い? 
「あいつには楽しませてもらった。だからついでに色々と調べさせてもらったわけだが、まさかあのちっこい娘がレイヴンになるたぁな! 世の中分からんもんだぁな! ……あ? つーかアレから何年経ったよ? お前あんまし成長してないように見えるんだが。貧相じゃねえか、こう、全体的に! 飯食ってるか? 心配になってきたぞ俺ぁよ」
 にやりと笑う。
「ほんと……乳くせぇガキのまんまだな」
「全くこれっぽっちも成長していやしねぇ」
「さっさと身を引くことだな。お前じゃあこの先生き残れないぜ」
 列車は緩やかに速度を失い、やがて駅に停車した。
 僕はチェシャ猫みたいな笑みを残して去っていく背中を見た。
 気が付くと終着駅で、ゲームはエンドロールを流している。
 どうやって勝ったのかは覚えてない。

 着いた頃には月も随分と高く昇っていた。
 ガレージの窓から灯りが漏れている。入ると、整備員詰め所から整備主任のロレンスが髭面を出した。手を上げて軽く挨拶しておく。向こうはお辞儀を返してきた。
「機体の修理は完了しています。確認しておいてください」
「相変わらず速い仕事だね。ありがとう。ロレンスはもう帰るの?」
「はい、そろそろお暇させていただきます」
「そう。良い夜を」
「はい、いい夜を」
 そうして彼はガレージを出て行く。暫くして、車の走り去る音がガレージに木霊した。
 ガレージ中心のハンガーには、重量パーツで固められた僕の愛機、セレナードが立てかけられている。
 構造が単純で、修理が簡単に済むのがクレスト製品のいいところだ。修理費も安く済む。僕みたいな被弾することを前提とした戦闘スタイルのレイヴンとは相性が良い。
 とは言え整備員詰め所のボードに貼られた弾薬費込みの支出報告の数字はやはり馬鹿にならないもので、僕を向こう1年間100人くらいいっぺんに養えそうな額だった。
 今回の依頼では、だいたい50000cほどの収入があった。こんなにたくさん使い切れないし、使う機会もまずないので、半分を適当な慈善団体に匿名で寄付しておく。
 残りは生活費と貯金、レイヴンズアークに支払う諸々、あとガレージで働いている整備員へと回ることになる。そんな具合にかなりの金額を処理しているのだけれど、既に一生遊んで暮らせそうな財産がある。使う機会があるかは、ちょっと分からない。
 事務室のパソコンでオペレータから送られてきた報告書にさっと目を通し、依頼メールの有無を確認する。ミラージュからアーク経由で依頼が一件来ていた。明日の1301に、クレストの極秘試作兵器実験に乱入せよとのこと。報酬も難度もまぁまぁ。依頼受諾の旨を返信して一階の電気を消すと、ガレージ二階の自室に向かった。
 一人で暮らすには充分な、1LDKの僕の城。まずはテレビを付けて、ニュースにチャンネルを合わせて適当に聞き流す。
 服を脱ぎ捨てる。聞こえてくる、キサラギ社薬剤部が新型インフルエンザへの特効薬を完成、老舗中華料理店で放火、クレストに進攻していたミラージュの特殊部隊がレイヴンの襲撃により壊滅etcetc。天に神無し、世は事も無し。世界は嫌になるくらいいつもどおりだ。
 服を畳んで洗濯籠に放り込む。クローゼットから下着とタオルを取って、バスルームへ。
 シャワーボタンを押し込む。熱湯が降り注ぐ。
 全身に浴びながら、自分を抱き締める。
 正面の姿見に映りこむのは僕の体。
 小さい。ほんと、あの頃と何にも変わってない。
 無力で小さな僕のまま。
 露が濡らす。髪を濡らす。体は濡れる。私が濡らす。慈悲深くも湯気が全てを隠してくれる――変われぬ僕を、失われた私を。
 リンガフリンカー。全く、底の知れない。甘く見ていたとしか言いようがない。奴は強い。圧倒的に強い。レイヴンである以前に狩猟者として優れている。的確に僕を突き刺した。整理できない心の檻を。
 ――僕がレイヴンになった理由。単純に、父さんの呪縛を断ち切りたかったから。
 強くあれ、強くあれ。そう僕に語り続けた父はある日呆気なく死んだ。死んだ。僕の中で、世界で一番強いひとだった父は、あっさりと死んでしまった。その父に憧れていた私はどうなった。私は死んだ。私も死んだ。死んでしまった。
 父さんですら簡単に死んでしまう。なら自分はどうなるのか。再三告げられた絶望的な世界を生き残れるのか。
 出来ない。出来ない。出来ない。私では出来ない、私には出来ない。怖い。そんなのは嫌だ。強くならなきゃ。強くならなきゃ。
 僕なら。僕なら出来る? 
 僕なら。
 まず私は僕になった。数年の後にレイヴン試験をパスし、レイヴンとなった。必死で強くなろうとした。私/僕として。
 そして三年後の今、それら全てが無為であったことを思い知る。
 僕は私だった。言葉だけでは無力と知った。
 レイヴンは私だった。力だけでは無意味と知った。
 何年も費やして私は私だった。生きただけでは無価値と知った。
 そんな笑ってしまうような当たり前のことに気付くのにこんなにかかったなんて。僕の今までに意味はなかった。でもこの状況からは脱却できない。
 幻覚の正体なんてとっくに分かってる。
 最強たる父を倒せないと安心できない、僕の幼稚な恐怖心。
 僕は結局、弱く脆いあの頃のままで。
 体が熱を持つ。降り注ぐ熱湯が膚を焼いていく――もうそろそろ出よう。
 熱さで頭が、馬鹿になってしまう。
 そう、全部全部、熱のせい。
 バスタオルで全身を拭う。
 目尻から零れた涙は、汗に紛れて消えた。

 下着だけの服装で、ベッドに倒れこむ。きっと疲れているんだ僕は。だからこんなにも息苦しい。寝よう、寝てしまおう。チェストに置いてある電灯リモコンを押す。ライト、オフ。部屋に夜闇が侵入する。満ちていく孤独な夜の臭い。
 テレビの奥でアニメ画の英雄が叫ぶ。「私は倒れるわけにはいかない。守るべき未来のために」大型ミサイルを積んだACが巨大な怪獣に突っ込んでいく。伸びてきた触手に貫かれるAC。それでも加速は止まらない。接近、接敵。ミサイル開放。溢れる爆炎。
 タイマー起動・画面暗転/私=ブラックアウト。

 洗面所で顔を洗い、歯を磨いて、鏡の僕の格好を見苦しくない程度に整える。前髪の一部が跳ねてアンテナみたいになってるけど、気にしない。
 次は朝食。机の上に投げ出してあったブドウパンを林檎ジュースでかき込む。最後の一口を咀嚼しながら、クローゼットから取り出したパイロットスーツに腕を通す。それからブーツを穿けば、インスタント料理みたいな手軽さで、レイヴン・トランクィロが出来上がる。その顔はちょっぴり疲れているけど、それでも、ちゃんと、傭兵らしい……と思う。
 部屋を出てガレージ一階に降りると、整備員たちが各種最終点検作業に精を出していた。ボードに貼っておいた今日の予定を、忠実に守ってくれているようだ。
 整備主任のロベルトが僕に気付いて慇懃に頭を下げた。
「おはようございます、レイヴン」
「おはようロベルト。おはよう皆。セレナードの調子はどう?」
 階段を下りながら訊く――と、重力が消えた。
 あれ? 天井が見える。直後、ガンガンガン!と何か人間大のものが階段を転落する鈍い音が聞こえた。
 主に滑り落ちて行く僕の周辺で。
「何の音だ? ……うわああ! 大丈夫ですか?!」
 顔を真っ青にしながら数人の整備員が駆け寄って来る。
「平気平気……痛い、けど平気。皆、作業に戻って」
 痛む背中とお尻をさすりながら立ち上がると、整備員たちは不安そうな顔で散って行った。 
 どうも昨晩の疲れを引き摺っているようだ。痛い。折れたかも。
 ――クリティカルに突き刺さった銃弾は、一晩では摘出できないらしい。
「それで? ロレンス、どうなの?」
「はい、良好です。完全な性能を出せるかと」
「そう。良かった。……後三十分か。まだいける?」
「出来得る限り善処しますが」
「ミサイル外して。右に大ロケ、左に垂直ミサイルの軽いやつ積めるかな」
「時間的には十分可能ですが、このアセンだと積載量を超過します」
「ならエクステ外して。どう?」
「現状より最高速度はやや低下しますが、基準内に収まります」
「じゃあそれでお願い」
「了解しました」
 ロレンスは頷くと、何かややこしい略語で整備員たちを怒鳴りつけた。威勢良く返事を返す整備員たち。たぶん指示を出したんだろう。彼らを雇って長い僕だったけど、いまだに何を言ってるのか良く分からない。
「ところでレイヴン、顔色が優れない様子ですが」
「ちょっと夢見が悪くてね」薄く笑みを浮かべてみせる。「問題ないよ」
「なら良いのですが。……ってぅオォいッ! すぉこのクソ坊主うぅ! ンな甘い締めかたで務まると思うんじゃねぇぞ馬鹿野郎ぉ!」
 スパナを振りかざして整備員たちに突っ込んで行くロレンス。
 その背中を見ながら、携帯端末に入力した任務の概要を再確認する。
 クレスト実験場での破壊活動。相手にクレストの新兵器がいるとはいえ、まだ実用段階にすら至っていない試作品だ。極秘実験であるらしく、警備も手薄な様子。まさかミラージュに嗅ぎ付けられてるなんて夢にも思っていないだろう。
 報酬もまぁ低く、楽な仕事であることは間違いない。僕のチューニングにはおあつらえ向きだ

 一陣の疾風がどこからか吹き込んで来る。
 見れば、近くの窓が僅かに開かれている。
 海のにおいがする。
 空の彼方に、雨の面影を見つけた。

 ブースタ出力全開。山中の道無き道を、人ならざる鋼鉄の脚で乱暴に削り取って行く。
 暴風のごとく驀進するセレナードの上、淡い灰雲の陰で憂いを帯びた瞳の太陽が、気怠げな視線を投げ掛けている。
 外気は25度。奇襲にはもってこいの温かな日。
 前方に小さな丘が出現する。上昇、回避。
 一瞬の浮遊を経て着地したそこは平地であり、アスファルトの敷地が広がる実験場だ。
 演習を行っていたらしい四機のMT、というよりは四脚を付けた戦車が、驚いたように停止している。
『レイヴンか』傍受した無線通信。『各機、迎撃しろ!』
『レイヴン、手早くすませましょう。増援が来ては面倒です』
 了解了解了解。エンゲージ。まずは目前で砲塔を旋回させている彼だ。
 サイドステップで打ち出されたグレネードを回避し、ロケットで挨拶。
 やや大きめの来訪者は軽く装甲をノックする。ドアを開く必要は無い。僕の挨拶は過激さが売りなのさ。ロケットは無理矢理MTに侵入し、ハロー! 爆裂した。
 吹き上がる爆炎に突っ込み、左方から接近してきているMTに左手のバズーカを撃つ。見事にコックピットの辺りに直撃、爆砕。
『ターゲット、残り2』
 CPUがお喋りしてる間に僕の手は物陰に隠れたMTに触れている。
 武装選択・垂直ミサイル。ロック/1/2/3/4=トリガー。
 肩部にジョイントされた発射機から四本のミサイルが射出され、花火みたいに真っ直ぐ空へと上昇していく。
 でもミサイルのイカロス君は、神様に怒られて墜落するのでした。どどどーん。――レーダーに映る機影が一つだけになる。
 最後の一機はやけっぱちになったのか、信じられないことにこっちに突撃してきた。
 不意にコックピットが穏やかに揺れ、モニタにわずかなノイズが生まれる。
 向こうさんからグレネードを貰ったみたいだ。剥れ落ちた装甲の破片がモニタを横切っていった。
 だけど残念、そんなではまだまだ届かない。ここにいる僕には届かない。
 ショットガンを二連射。千切れ飛ぶ脚部。そんな細いのじゃダメダメだ。
 転倒しオイルをぶちまけながら吹っ飛んだそいつにバズーカを撃ち込んで、目標を全滅させた。
 圧勝。パチ物臭いMT対ACじゃ結果は見えていたけど、ここまで楽な仕事になるとは。
 何だろうあのMT。市街地での対人戦なら、踏破性と火力に任せて活躍できるだろうけど、でもそれ以上は無理。中途半端過ぎる。
 まぁどんなナカミだろうと任務終了は任務終了だ。
 ――後は、奴が来るのを待つだけ。
 空に雲が走る。
 目まぐるしく展開する慄然の空、散開し輝き始める雪のような光。
 空気の臭いは鉄の箱。どこまでも冷たい無機質な気配。
 陽炎が立ち昇る。寒い。酷く寒い。だけど目前には熱砂の悪夢ごとき幻影が浮かぶ。
 ゆらゆらと揺れる世界の隙間から解像度が上がるように顕現する、時代遅れの中量二脚AC。
 ――アモロサメンテ。
 その瞳に、ブルーの眼光が宿り、
 どこからか雷鳴が聞こえた気がして。
 アモロサメンテの胸から輝く青い剣が突き出た。
 切り裂かれる。
 燃え落ちる。
 異常な展開に、僕の意識は急速に現実へと引き戻された。
 リアリティを取り戻す世界。
 ――どういうことだろう? 何かあったのだろうか。僕の心に? 
『やはり試作機ではこの程度か』いやに冷静な声。『では頼んだぞ、レイヴン』
 ――レイヴン?
 目の前にある模造ビルの一つが開き、一機のACが出現する。
 黒と白で塗り固められた、不吉な程に清浄な機体。鉄馬に跨ったような奇怪な出で立ち。武装はたったの二つだけ。
 知っている。僕はこいつを知っている。眩暈を覚える。天地が混じる。胸が苦しい。
 空気は溶鉄と化して僕の肺を焼いて行く。
 災厄は言った。
『よォ、今度はこんにちはだなトランクィロ』
『――敵ACを確認しました。マキーナエクスデオ、リンガフランカーです』
 頭部CPUが語り出した段になって、僕は初めて装甲を叩く冷たい音に気付く。
 雨が来た。

『嘘くさい状況だよなぁ』くつくつと喉を鳴らす。『父のカタキに娘が遭遇! 今時学生でも打たない芝居だぜまったくよォ!』
 リンガフランカー。――僕が知る限りで一番厄介な相手だ。
 危険な依頼、汚れた依頼、下らない依頼、レイヴン達が忌避する色々に積極的に噛み付き、鼻歌交じりに遂行する。
 危ない橋だけを好んで選び、鼻歌混じりに渡っていく――異様にして恐るべきレイヴン。
 僕の最強だった父さんさえも叩きのめした慄然たる存在。
 リンガフランカー。勝てるはずのない相手。
 予想外の伏兵。無意識のうちに歯を食いしばる。。
『さてさて。ここで俺が台詞の一つでもキめりゃあ舞台はもっと華やぐわけだが、どんなのが似合うもんかね。レッツショウタイムお楽しみはこれからだお前の人生決まったぜ刻んでやるよって、ああ! ああ! どいつもこいつも臭すぎる! 死に腐れ!』
 開かれたビルから中量四脚が一歩踏み出す。赤い瞳。僕を突き刺している。
『やはりレイヴンは戦わんとな。そう、それが一番分かりやすくて手っ取り早い』
『彼を残しては離脱も回収も不可能です。迎撃してください。敵ACはハイレーザーライフルと高出力のブレードを装備。……レイヴン、気をつけて。彼は相当の手■■で■■こ■■れは何?!■■通■妨が■■■■■■―――――』
 ぶつん! とケーブルが引き千切られるような音を残して通信が途絶する。
 後半はノイズに塗れてよく聞き取れなかったが――通信妨害、というような単語が聞こえた気がする。ECMだろうか? それにしては、僕の機体に異常はない。レーダー・FCSともに健在だ。どうしてこんなことを。意図が読めない。
『レイヴン、舞台は整えた。よろしく頼む』クレスト側の通信。向こうのオペレータだろうか? さっきの通信妨害―ーどうやら僕とオペレータのラインを裂く為だけのものらしい。でも何のために。
『了解だ。さぁ行くぞお嬢ちゃん――付き合ってもらうぞ!』
 弾丸のような急激な接近。速い。戸惑っている暇もない。急速後退。ショットガンで応戦する。
 それを予期していたように、マキーナエクスデオの機体の黒が左へと鮮やかな弧を描いた。
 かわされた、と理解したときには視界から敵が消え、衝撃が来た。死角から攻撃されたようだ。
 鳴り響くレッドアラート、モニタに数項目のエラーが表示される。
 出力低下、機動力減少。ジェネレータを叩かれたらしい。
 レーダーを頼りに振り返ったときには、マキーナエクスデオはあろうことか立ち止まっていた。
 そして僕を見据え、大仰な動作で、ハイレーザーライフル、KRSWの銃口を突きつけてくる。
 余裕綽々ということか。その気になれば、初撃で僕を仕留めていたことだろう。
『遅すぎだ――いや! 俺が速すぎるだけだな! いやぁ、雑魚相手の戦闘でも手加減出来ないのは困りもんだな!』
『誰が雑魚だって?!』
 ブースト、左方へ高速移動。垂直ミサイル展開、3ロック目を待たずに射出。同時に左腕のバズーカ砲を発射。
 トリガーは絞りっぱなし。全力で射撃する。
『おおっと怒らせてしまったか』
 僕のトリガーに同調したかのような恐ろしい反応速度でKRSWを発射するするマキーナエクスデオ――あろうことか、バズーカ弾が撃ち落されてしまう。次いでブーストを使用して前進、そこでミサイルが到達。予想の軌道に付いていけず地面に激突、爆発した。
 最小限/最大限の、異常なまでに精密かつ精密な行動――聞こえてくる噂は誇張ではなかったらしい。寧ろ控えめなくらいだ。
『無意識のうちに人の痛いところを突いてしまうのも俺の悪い癖だな。絶対的強者ゆえの悩み……悲しいよなぁ!』あまりにも無防備な動作で四本の脚で歩むマキーナエクスデオ。ここが己のホーム・グラウンドだとでも言うように。『そう思うだろ?』
 返答せずにブーストを発動、前進。ロケットとショットガンで弾幕を展開しながら突撃する。正攻法ではとても敵う相手じゃない、一気に畳み掛けなければ。
 対するマキーナエクスデオは――左方へとブレた。
 僕にはそう見えた。
 違う――やつはブーストを使って高速でステップしたのだ。
 そしてさらに右方へと移動、左方へ、右方へ、左方へ、右方へ――見蕩れてしまうほどの絶技を持って弾幕を擦り抜けていく。
 擦り抜けてくる? そう、来るのだ。
 やつは前進している!
『近付いてくるたぁ軽率だな、俺のぶらさげてるものが見えねえのかぁ?』
 肉薄したマキーナエクスデオの左腕に蒼白の光が収束する。
 レーザーを編んで作られた灼熱の刃、MOONLIGHT。
 父さんを刺し貫いた剣と同じ色の光。
「――ッ!」
 慌てて避けようとするけれど、もう遅い。モニタを稲妻が駆け抜けた。
 焼きつく蒼い残像、僅かに感じた熱の余波――バックブースト。間一髪のところでやつの間合いから脱出する。
 それでも損傷は浅くなかった。コアの下部を穿った斬撃は積層装甲の最終層にまで達した様子で、どこからか焦げた臭いが漂ってくる。もう1mも近付いていれば、僕はここからいなくなって居ただろう。文字通りに。蒸発して。
『ふぅん、思ったより面白くねえな。お前の親父のが軽く見積もって五倍は強かったぜ? 期待外れだな』
『何をっ……!』
 そのままブーストで後退しつつ全神経を目前の悪魔へと集中する。兵装選択/バズーカ+ショットガン。幻影のように僕を撹乱するマキーネエクスデオに弾丸を浴びせる。不用意に近付けば今度こそさよならだ。遠距離から仕留めるしかない。
 トリガーは引きっぱなし。だけど当たらない。可笑しいくらいに当たらない。まるで雲に向かって発砲してるみたい。
『ダメだな。ダメダメだな。つまんねぇな、さっさと片付けるか』
 マキーネエクスデオの握るKRSWが真っ青なエネルギー弾を吐き出す。
 機体を左右に振りつつ撃ち続ける。でも避け切れない! 一発、二発、三発――モニタに踊る【危険!】の文字。砲弾並みの威力を持つKRSWの弾丸はセレナードの装甲すら発泡スチロールのように溶解させる。
 発射。かわされる。被弾。
 発射。かわされる。被弾。
 発射。かわされる。被弾。
 発射。かわされる。被弾。被弾。被弾。被弾。被弾。被弾――。
 モニタから続々と画像が脱落していく。頭を飛ばされた。メインカメラにも欠損がある。全身の装甲が剥げ落ちていく。僕の鎧が砕けていく。武装はまだ無事だ。だが機体の関節は思うように動いてくれない。
 ダメージ。ダメージ。蓄積される高熱。ジェネレータをやられたときにラジエータも駄目になったようだ。内部機構を蝕む高熱を宥め切れない。コックピットに異臭が立ち込めていく。
 私はどんどんと追い詰められてゆく。私? 私は。
『お前の親父はあのポンコツで俺と相打ちしたっていうのに――お前は、クズだな』
 クズ。私はクズ。父の仇に手も脚も出せない負け犬。
 首の捥げたカナリア。流れ弾で絶命する少女。
 焼却された猫。
『逃げるクズほど醜いクズはねぇ。だが同じクズでも立ち向かうクズは輝いている。素敵だ。いや、クズだからこそ輝くんだな。勇壮と絶望のディーラーに一つしかない命を全額賭けて、貧相な身体を奮い立たせて剣を取るわけだ』
 私は私だった。この男の前では余りにも無力な存在だった。培ってきた全てが通用しない。指先で触れることすら出来ない。
 父は私に何と言っただろう? 何を? 強くあれ? そんなのできっこない。私は、見てのとおりの。
 でも、だけど、本当に? 全ては無駄だっただろうか? 私は屠られる豚だっただろうか? 撃ち落される鳥だったろうか?
 そんなはずは――そんなはずは、ない。
『そんなやつが格好悪いはずが無い。そして運命はそういう奴を見捨てない。クソッタレだがな。ありゃあ面白い見世物には喝采を送るゲテモノだ。そうして神の声援を受けたクズは一瞬だけクズを越える。そうして奇跡を起こすって話だ』
 私は私だった。父は言った。
 強くあれと。私は答えた。
 強くなると。そして今ここにいる。
 私は僕で私だ。
 手には剣はない。
 薄汚れた金貨が一枚。
『それすら出来ないクズは早々に死ね。目障りだ』
 私は金貨を差し出した。
 誰に? ――誰に。
 時計の止まる音がした。
 展開する幻影/栄光と汚濁で煌く空の下/私=僕は/相対する/偉大なる戦士/父の軌跡/戦士の陽炎/踊りかかるアモロサメンテ/「強くあれ」ソレンネが言った=僕は答える。「そうするよ」/ブレードが伸びる/焦げ付いた手足/投げられた金貨/捨てられた躊躇い/防御を銃に/攻撃を銃に/父さんは僕を受け止めて囁く。「■■■■■■」

 ――現実へ立ち返る。魔的な衝動に突き動かされてロケットとミサイルをパージ。
 身軽になったセレナードを全力で疾駆させる。イカレたジェネレータが物狂いじみた叫びを上げる。
 咆哮の先にはマキーナエクスデオ、最悪の敵。
 突撃。全身全霊の行軍。賽は投げられた。後は良い目が出るのを祈るだけ。
 尾を引いて飛来する蒼白の光弾。モニタが閃光に包まれ、生きていた映像がいよいよ窓一枚分ほどだけになる。
 だけどそんなの通じない。このトランクィロには通じない。
 まだレーダーがある。まだ目がある。まだ耳がある。まだ鼻がある。まだ肌がある。第一接近するだけならペダルを踏み込む脚さえあればいいんだ。
 ジェネレータが異常な挙動。ラジエータが機能を停止。全エラーの無視を選択。機体温度が上がる。待つのはどの道灼熱の運命、今更気にすることじゃない。
『来たか』リンガフランカーは言った。『そう、それが正解だ』
 切り取られたモニタの中でマキーナエクスデオがKRSWを投げ捨てた。
 僕の意図に気付いたのか、気付いていないのか。どうでもいい。トリガーは引かない/引けない。まだそのときじゃない。
 ブレードを突き出すマキーナエクスデオの姿が眼前に広がり、刹那、塔が崩落するような大音声が耳を聾した。
 ショックアブソーバーでは殺しきれない殺人的な振動がコックピットを蹂躙する。足元に熱を感じた。身を溶かす激しい温度。
 セレナードの腰の辺りにブレードが刺さっているのだろう。
 モニタ一杯に広がる危険信号。死の先触れ。神の采配。
『なるほどな』リンガフランカーが愉快そうに呟く。『やはり考えることは同じ、か』
 突き出されていたセレナードの腕はおそらく、そう、おそらく。僕の推測に過ぎないけれど――右か左に折れ曲がっているだろう。
 通常の操作ではありえないぐらいに。
 装甲、火力、速度。この三つを兼ね備えたマキーナエクスデオを倒すには、なるたけ一瞬で大火力を叩き込むしかない。
 火力と速度は僕を突き刺させることで封じた。このまま一秒か二秒、やつは何も出来ないはずだ。
 そして装甲。これを破るにはバズーカの接射でも足りない。
 ACの装甲はMTなんかとは比べ物にならないほど堅牢だ、グレネードの数発でも撃ち込まなければ突破できるものじゃない。
 だから、ここにそれ以上の火力を用意した。
 ショットガンの弾装と、バズーカの弾装。
 この二つが同時に爆発すれば、どんなACでも再起不能になるはずだ。たとえセレナードであろうとも。
 最悪僕も死んでしまう。でも、どちらにせよ死んじゃうんなら、これでいいか。
 二つの銃口が、お互いに向き合っていることを祈ろう。
 両方の引き金を絞る。
 ばーん。運命を賭けた一発には、なんだか物足りない銃声が轟いて。




 僅かな光に目を覚ます。重力を下に感じる。血の臭い。混じって溶けた鉄の香りがする。その臭いは海に似ていた。
 身を捩らせると激痛が走った。
「あ、はぁ……」 
 呻き声が漏れる。僕の声。どうやら生きているようだ。コックピットハッチが罅割れて、そこから光が差し込んでいる。
 ――果てには、残骸と化し黒煙を吐くマキーナエクスデオの姿があった。
「勝っ、た……?」
 実感が沸かない。だけどこれはそういうこと。成功したらしい。えらく分の悪い賭けだった。僕はそれに勝利した。勝利した? 勝利した、のだろうか。体が思うように動かせない。酷い怪我でもしたのか、それとも脳震盪でも起こしているのか。
 やはりセレナードのほうも、随分な損壊を受けたらしい。最も頑強なはずのコアがこの有様なんだから、全体に相応のダメージがあると見ていい。報酬の大半は修理費に充てないと……使い道ないし良いかな。別に。思っていたよりはずっと幸運な結末。
 さっきの戦闘で、父さんの教えの真意が、少し分かった気がする。強さというもの。言葉では上手く表せないけど――でも、胸の内にストンと落ちたものがあった。
 なんだか晴れやかな気分で、狭間から見える景色を眺めた。
 ああ、今は何も考えないでいよう。その内、アークが回収してくれる。
 不意に景色が暗くなる。 
 何かがいた。
 目を凝らす。
 男が覗き込んでいた。
 新月を連想させる仄暗い瞳。
「恨むなよ、嬢ちゃん」
 何か黒いものがコックピットに突き込まれる。
 拳銃だった。
 引き金に指を掛けているのは無傷のリンガフランカーだった。
 あっと声を上げる間も無くマズルフラッシュが輝き、その世界において空間とは平面であり遍く暗黒が唯一の光にして私貴方彼彼女は一体化していたためあらゆるものが神経線維によって結合されており総じて死に絶え故にここは彼方であり彼岸は砕ける花の中に沈んでいた――僕は自分の身体の一切が停止していることに気付いた。
 一体何がどうなったのだろう? 
 分からない。
 分からない。
 撃たれた?
 死んだ? 
 分からない。
 ここはどこ?
 分からない。分からない。分からない。
 暗闇の果てから声が聞こえる。
「ようし、眠った。おい、どうすりゃいい?」
『よくやってくれた。すぐに回収班がそちらに向かう。ターゲットの状態は?』
「頭と胸は大丈夫だな。息はしてる、と。あとは……暗くてちょっと分からんな」
『死んでいないのなら問題ない。手や足は替えが効くからな。対象の確保を確認。作戦成功だ。戦闘データも充分に収集できた。いや、セレナードが君に突っ込んでいったときは冷や冷やしたがね』
「なぁに、全部作戦通りだ。ちょっと煽ってやればこの通り、ソレンネと同じ事をやりやがった。後は機を見て脱出すりゃあ、勝手に自爆してくれて、分厚い鉄屑の中のこいつを取り出すだけになるって寸法よ。もうちょい楽なやりかたもあったが、観てて愉快だったろ? 特別報酬くれよ。……しかし良い根性してるぜこいつ。手術が成功したら結構な代物になる」
 声が聞こえる。
「それよりも、だ。アークに嗅ぎつけられてやしないだろうな?」
『その点については問題ない。ミラージュに情報をリークさせるところから組み立てた作戦だ、まず気付きはしないだろう。通信も妨害してある。オペレータは……そうだな、万が一ということもある、事故にでも遭ってもらおうか。そう、本当に不運な事故だった、というシナリオだ』
「おっかねえな。まぁ、その辺は俺の知ったこっちゃない。で? 俺はこれで帰っていいよな。説得に参加しろ、なんて話は聞かないぜ」
『くだらない心配をするな。その辺は専門の業者に依頼してある。……ふむ、回収班が到着したようだな。現時点を持って作戦の完了を宣言する。ご苦労だった』
「OK、ちょいと休憩室使わせてもらうぜ。迎えが来たら呼びに来てくれや」
『了解した。帰還しろ』
 そして全てが遠ざかり、
 やがて目覚めたとき、
 僕は        





   
                                うあ







              あ
                                  はぁ







 
 あ


           
                                           

                                   








                        

                                 なんかもう、終わっても、いいよね☆
                                         糸 冬




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