「随分とクリアだわ。妙ね」
 専属オペレーターであるクレーリアの声がコクピットに響いて、ディーザンは落ちかけていた瞼を大きく開くことが出来た。
 あまりにもエレベーターの下降時間が長いので、ついうとうとしてしまっていたのだ。その事を同行しているスポンサーには気付かれたくなかったが。
 まあ、もう気付かれているのかもしれない。それならば開き直った方がいいかもしれない。
「何か?」
 一機のACと数台の装甲車が停止した大型のエレベーターから足を踏み出した。
 俗に最下層区域と呼ばれる場所に通ずるエレベーターはそう多くは無い。だからこれだけ多くのものを一度に運べるエレベーター、というだけで大体の位置はつかめた。
 あまり丈夫でない作りのビルが並んでいるのを見れば、ここが住宅街であるのは地下に住む誰でもわかる事だった。
 ならば人の声一つ聞こえてきてもいいはずなのに、そこはあまりにも静かだった。風もないし音もない。生きている人間の気配などどこを見渡しても感じられない。
 まばらに人が倒れているのが見える。ディーザンは顔を少しだけしかめた。 「私たちが追いかけてるのがその……なんでしたっけ」
「ユニオンだ。再下層エリアの住人を数十人連れて逃走中」
クレーリアとはまた別の女の声。クレストの女指揮官だ。指揮車内部にはあわただしい声が響いている。
(防護シャッター、下ろしますよ!)
(カメラ感度良好、前方の視界は確保。ミサイルと機銃はいつでも撃てるように準備しておいてくれ!)
 ひと際大きい装甲車からACへの通信。それで通信機の向こうからはいくつも声が聞こえている。 装甲車はクレストの部隊のものだった。それも多分特殊な。
まともな部隊ならばMTの数機も護衛についているはず。防衛任務であれば重装甲の、攻撃的な任務であれば飛行型の。
しかしMTの類は一機も用意されてはおらず、装甲車は一見トラックの様でもあった。
機銃やミサイルが荷台にも見える部分からせり出す。ただのトラックともただの装甲車とも呼べない証拠だった。
恐らくは隠密部隊のものだろう。このような部隊があるなど聞いた事は無かったが、隠密だから当たり前でもある。 名が知られていない事は部隊の優秀さの証明でもあった。
「そう、そのユニオン。金持ちの道楽のような組織だって話です。それならもっと高度なジャミングをバンバンかけてきてもおかしくないと思うんですけど」
「道楽?」
「知識層の作った反乱軍みたいなものなら金持ちの道楽でしょう?」
「あながち間違ってないだろうな。管理者が狂ってるだのどうのと言ったところで、私たちが生きるためには地上の話なんかしている場合じゃない。
確かに金持ちの道楽だよ。」
 装甲車の内部は照明が絞られている。暗闇の中、計器類の強い発光でクレーリアたちの顔は大きく浮かび上がっていた。
「いかにもって罠だと思います。慎重にした方がいいかもしれません」
「いや、今レーダーが良好なら進めるだけ進んだ方がいい。距離は開いているんだ。多少の罠は切り抜けないとしょうがないな。
パワードスーツ部隊はまだ出るな、警戒ならレイヴンにやらせればいい!」
 クレストの女が覆いかぶさる様に言う。鋭い声で他の装甲車に指示を出している。気合は十分らしい。
「レイヴンは敵の戦力の予想はつけられるか?」
「こんな地下街なら大規模な戦力も出せないでしょうし逃げるなら重装タイプは無いと思います。
飛行タイプなんて出てくれば厄介ですが地下では出ないでしょうし。MTが相手なら問題はありません。リアはどう見る?」
 一拍。
「同じですよ。MTが相手なら負ける気はまるでありません」
「MTが、か。ACが出てくると思うのか? ユニオンはまだ広く知られるほど大きな組織でもない」
「組織がいくら貧乏だろうと私ならACを出します。それに相手は無駄金持ちのお得意様でしょう」
「違い無い。実働部隊がどのようなものかは知らんが用心に越したことは無いな。レイヴン、頼むぞ」
 軽量のAC――オピニオンに届くクレーリア達の声は少しざらついている。やる気の感じられないジャミング。誘っているのは目に見えている。
 何か隠し玉があるのは十中八九間違いないだろう。ウサギ狩りも楽ではない。

                ☆

 メミアはユニオン救出部隊の殿を任されている。追われる身ならば一番期待できる戦力を後ろに回すのが当然だった。
 重装二脚型ACシュノーケルの前方には十台程度のトラックが走っている。荷が荷だけにあまり速度は出せないらしい。積まれているのは大量の人間だ。
メミアはその所為で存分にブーストを吹かすこともできない。腹は立つが、任務なのだから仕方がなくもあった。 「ジェン、酸素ボンベの量は大丈夫なのか?」
 心配になって聞く。住宅区域は出てショッピングセンター周辺まで来たが、このあたりの酸素ももう大分薄くなっていた。
「それはまだ余裕があるさ。四番の消費が大きいが、十分にボンベは詰んできたんだ。交換すれば済む事だな。
 しかし酷いものだ。今外に出れば誰だって死んでしまう。酸素抜きなんて事をよくも簡単にやってくれる」
「彼らの言い分てのもあるがね。工場が不調だってだけで下層住民を皆殺しにするのはやり過ぎだ」
 トラックの列が高い建造物の合間を縫う。流れていく建物はどれもこれも似たような形。
 ブティックの店先には高そうな服を着せられたマネキンがいくつも転がっている。
「全部マネキンだったらいいんだけどな……」
 気分が沈む。
 道端に転がっているのはマネキンだけではない。 いくら最近のマネキンが精巧にできているとは言え、肌の質感を完全に再現するほどのものを下層の店が使うはずもない。
 力無く倒れている人が何人もいる。もう動かない人もいればまだ息があると見える人もいる。それでも酸欠状態で痙攣していたり、顔を青くして目をむいていたり。
 全身の筋肉が弛緩するものだから多くのものが脱糞しているし、気圧の変化もあるわけだから意識のあるものなどほとんどいない。
 おそらくは外ではひどい臭いがするのだろう。空気がそもそも送り込まれないので、臭いを感じる事もできないかもしれないが。
「こんな殺し方をすぐにもやってしまうのがクレストかよ」
「言うなよ。ミラージュだって、俺たちのようなのを支援をしてなければやってる事だろうよ」
 一昨日、クレスト・ミラージュ・キサラギ各社の管理する酸素プラントの動作効率が同時に下がったために、各社は対応に追われている。
 その対応の違いはそれぞれの立場によって綺麗に三つに分かれた。  現在の上層の安全を確保するために下層の一部を切り離したクレスト、
 世論を気にして酸素含有量を調整するミラージュ、ひたすら様子見に徹するキサラギ。
 キサラギには一見ダメージなどないように見えるが、おそらくは多くの実験が中止になっていることだろう。どこに対しても隠し事の多い企業だ。
 隠し事が少ない企業と言うのもないが。
 ミラージュはユニオンを支援してはいるが、そのユニオンに対してミラージュ上層部がひたすら隠している事はいくらでもある。
「ミラージュの報告が嘘じゃなかったのが不幸中の幸いか」
「全部教えてくれたとも思えないがな。しかしクレストの酸素抜きと侵入経路図のデータは嘘じゃなかったようだな。
 一般の市民だったらプラントの動作効率が下がった事も分からないだろうな」
 この市民護送はイメージ戦略の一環だった。
 まだユニオンの知名度は低いのだから、多くの人により良いイメージを持ってもらうための作戦は必要だ。
 ユニオンが良いイメージを持たれるというのは、ミラージュにとっても良い効果を生む。
 ミラージュからの承認がなければ援助が大して受けられないのは面倒だが、承認を受ける事の出来た今回の作戦はミラージュのお墨付き、という事でもある。
 上手くいけばいい。少なくともここまでは順調だった。
(おい、今どのあたりなんだ!?)
(何が起こってるのよ!)
 指揮車のコンテナから壁をたたく音が聞こえる。ジェンは振り返りもせずに顔をしかめた。
 彼は表向きは戦略としての作戦だとは言え、人命救助というのに強い共感を覚えてはいる。
 そうであればこそその市民に対して文句を言いたくもなる。
「少しは黙っていてもらえば気が楽なんだがな。
おい、コンテナの透かしをやれ」
 横にいる部下に指示をする。
「は、しかし」
「かまわん。責任は俺にある」
「わかりました」
 ひとつのコンテナにはどれぐらいの人が詰っているのだろうか。
 ジェン達はとにかく乗せられるだけの人を乗せている。一人一人は多少窮屈な思いをするだろうし、何人かは死んでしまうかもしれない。
 しかし見殺しにするのではないのだから、まだマシだとメミアもジェンも思っている。
 コンテナの一つ一つに電気が通ってコンテナの一部が透ける。元々は検問をスムーズに通過するために義務付けられている装置だが別の使い道はあった。
 コンテナの中からも、道路に転がるマネキンではないものが見えるようになったはずだった。
 ジェンは手元の通信装置に口を近づける。誰かがが息を飲む声が聞こえていた。
「ご覧の光景はお分かりになりますか。
 先日、上層部にある酸素プラントの稼働効率が一斉に下がりました。
 その結果がこの光景です。クレストは酸素の供給を――」
「レーダー感度良好です。ジャミングの必要はありませんか?」
「演説の途中だ、黙ってやれよ」
 メミアは仕事熱心な監視員に待機を指示してやる。一本しか無い脱出路なのだから、怪しまれるとすればまず間違いなくこの路だ。
 それならばジャミングをかけるというのは自分から居場所を知らせてやるようなものになる。
「私たちユニオンはこの異常が管理者によるものであると考えます。都合のよい事を言うなと言う人もいるかもしれません。
 しかしこう考えるならば辻褄は合います。その管理者を打倒するためにはこの惨劇を知る皆さんに――」
「ジェンはバカみたいな話をするもんだな」 
 メミアも似たようなことは考えているが、大袈裟に言っているのを聞けば白けるのは道理だ。もっとシンプルに言えばいいのに。
 それよりもクレストがこのまま黙っているとは思えない。そういう時を想定してメミアが護衛についてはいるが。
 今追いつかれるとなればかなり早い段階で計画が察知されたという事になる。つまりミラージュからの密告があった場合という事になる。
 あり得ないと思いたい。
 だからと言って警戒をしない訳にもいかない。もっと別のルートがあるかも知れないし、緊急の計画に伴っての自動掃除部隊というのもあるかもしれない。
 今のところ反応は見えないが、列の最後尾を堂々とACが歩いている様では見つけて下さいと言っているようなものでもあった。
「皆さんには今からミラージュの管轄に移ってもらいます。ミラージュでは皆さんが生きていけるだけの設備と酸素状態を維持してありますので――」
 メミアは防衛ラインを広げる旨を指揮車にメールで伝え、シュノーケルを反転させる。
 トラックの底面に何かの発信機が取り付けられているのに誰も気がつかない。その機械についたレンズは、かすかな音を立てて駆動している。  

               ☆

 見ているだけで気分の悪くなってくる光景が、モニター越しに見えている。
 スプラッタ映画なんかを見て肉を食べられなくなった経験がクレーリアにはあるが、そういうものよりもダメージが大きい光景だ。
 下手に大袈裟でない死に方のおかげで、映画とは感触があまりに違いすぎた。トイレに飛び込みたい気持ちがある。
「大した部隊ですよ。これは」
「それは褒め言葉か?」
「辺り前でしょう。無抵抗な市民を殺すだけの任務とその追い打ちを完璧にやってのけようって言うんです。すごいですよ」
 クレーリアは本当に感嘆の意で言ったつもりだが、責めるような言い方になっている事に、言葉を吐いてから気づく。
 しかし、それを知ってか知らずかクレストのフロータは笑ってみせる。諦めが少しだけ透けて見えた。
「よく言われるさ。しかしね、これはクレストなりに人を守ろうとしてやってる事だ。私も納得できる理論で動いてるよ」
「すいません。出過ぎた事を言ってしまって」
 つい舌を出しそうになってあわてて引っ込める。何事もない順調な行程なので、つい口が滑ってしまいそうになる。
 口にチャックでもしておいた方がいいのかもしれない。
「かまわないさ。警戒は他の奴らがやっているんだ。指揮官はしばしお休みの時間だしな。
レイヴン、そっちのレーダーにはなにか反応は?」
 狭いコクピットでディーザンはまたもあくびをかみ殺す。
「フワ。いや、なにも見つからないな。こっちのレーダー範囲には見当たらない。そっちのレーダーの方が大きいんだ。もっとどっしり構えたらどうです?」
「データは多い方がいいさ。レイヴンもほどほどに警戒してくれ。お前には真っ先に動いてもらうからな」
「ディーザン、随分と余裕があるのですね」
「そういう気にでもなっていた方が肩の力は抜けるってものだ」
 ブースターを吹かせばGがかかり、歩けば上下に大きく揺れる。ACは少なくとも快適な乗り物ではない。
 指揮車のモニターには大きく下層区域の地図が表示されている。それでも、多くの市民が放り込まれた全域をカバーすることはできない。
 しかし、今いるブロックからの退却ルートが一つしか無いことぐらいは判別が付けられた。
 道は一つだ。そこに敵がいるのかいないのかはわからないが。
「ミラージュに入ったスパイを信用するならまず何かが起こるだろうからな。絶対に市民の連れ出しなんてさせられない」
 ジャミングがなされてないのは気がかりだが、念を入れるに越したことは無い。
 それに自分が指揮官ならばジャミングは使わないだろう、という目算をフロータは持っている。
「絶対ですか。暇ついでに理由をお聞かせ願えますか?」
「やけに絡むオペレーターだな、お前は」 「好奇心旺盛なんです。それにどうしてやりたいのかがわかればやる気も出るというものですよ」
 フロータに邪見にするほどの器量の狭さがあるわけでもない。
「ミラージュやキサラギが何を考えてるかは知らんが、より多くの市民の安全を確実にするためだ」
「つまり?」
「少数に死んでもらう事でより多くの人を生かしてもらう。
人身御供なんて言えば聞こえは悪いが、事実を知ってる側からすれば死んだ命を無駄にしないようにしなきゃならないものだから、 意外とつらいものだよ。
全体の酸素の分量を変えた場合には悪影響が全体に出る可能性がある。 研究を止めてしまえば力が無くなってしまって支えきれなくなる。
ならば誰かに死んでもらうのが一番確実ではある」
「苦肉の策ですか」
「上がどう思ってるかは知らないが、必要な手と思えるな」
 車が揺れる。ガラクタひとつ残っていない、舗装された道路に今転がっているものと言えば人ぐらいのものだろう。
 掃除用のロボが反応していなかったらしいから、おそらくはさっきまで生きていたはず。
 車が踏まずともじきに死んだだろう、とも思うがそれだけで済まされる話とは思えなかった。
「分かる話です」
「賛成できますな。受付係の決まったような文句なんかよりずっといい」
「そんなセリフをレイヴンから聞けるとは、光栄だな」
「ショッピングモールに入ります!」
 知らせを通信越しに聞いてディーザンは身じろぎする。
 フロータのやり方には十分得心がいっているものの、それが強引なやりくちである事も重々承知している。
 反抗する者がいるのはほぼ間違いのない話だろうし、より込み入った事情の任務ともなれば仕掛けてこないはずが無かった。
「良くない雰囲気だな」
「レーダーに感あり! 十km先、おそらく敵です!」
 案の定だった。
 監視員の慣れた口調。そのすぐ横では音波探知機に耳を澄ませるスタッフがいる。高級なヘッドホンを耳に押し当てて汗をたらしている。
 フロータは目を尖らせて立ち上がる。
「落ち着いてやれ! 直線距離だな!?」
「はい! 九km、早い!」
「ブースターのものと思われる微弱な音を見つけました! 敵はACと思われます!」
 爪を噛んで一度目を瞑り、すぐに開ける。その時にはもう鋭い声で激を飛ばしていた。
 自分のものでも無い指揮車に乗せられ、勝手のわからないクレーリアは居場所を無くしそうになる。
「クレーリア! 指示を!」
 それでも、オピニオンからの通信でかろうじて正気を取り戻し、
「八km先にACがいると思われます。そろそろこっちのレーダー圏内に入りますので警戒を!」
「了解!」
 言うが早いがディーザンはフットペダルを踏み込んでオピニオンを飛びあがらせる。
 どうせ一分もしない内にこっちの位置が突き止められるなら、目視での確認を優先するべきだと踏んでの事だ。
 ブースターの生み出す風に埃が大きく持ち上げられ、車の装甲にカツカツと小石がぶつかった。
 天井に吸い寄せられるようにオピニオンが飛び立ち、武装指揮車と数台の大型装甲車が地上に残される。
「レイヴン、ACはそっちに任せる! こちらの場所を知られちゃならない、二号車はジャミングをかけろ!
車両は無理をしてでも速度を稼げ! パワードスーツはまだ、AC相手にどうなるものでも無いぞ!」
 車の中はひっくりかえるような騒ぎになる。武装が展開され、撹乱用のダミーが放出される。
 クレーリアは立ち上がり、
「フロータさん。私は搭載の小型指揮車でレイヴンを援護します、許可を!」 「分かった、コンテナはそっちから切り離せよ!」
 言うが早いがフロータはレーダーにかじりつき、クレーリアはコンテナに飛び込む。
 小型指揮車と言っても車としては大型だ。それを一台丸ごと詰めたコンテナが軽いはずは無い。
 このコンテナを切り離せばクレストの車の速度は大分上げられるだろう。
 指揮車に飛び込んだクレーリアは手早く搭載の小型ロケットの弾数を確認し、通信機を握った。
「ディーザン! 聞こえますか!?」
「サポート!」
 ジャミング波の中心近くにいるのだから、通信機なんて馬鹿になってもおかしくないはず。
 この車は何から何まで随分と上等だな、と改めて感心して、コンテナ切り離しのレバーを引き下げた。  

                   ☆

 ディーザンは上昇しながらモニターの文字を読む。左腕ライフル、右腕ENシールド、右肩ミサイル、左肩レーダーと内蔵武器それぞれへの通電を確認する。
 レーダーに映った点と事前にもらった見取り図から逆算して、狙いを定める。
 FCSのスイッチを落とす。半端にロックする事で不完全な弾道予測をされては、当たる弾も当たらなくなる。
 右へも左へもずらさない。狙うのはビルの陰。
「当たればこっちのもんだ」
 こちらは中型のレーダーを装備している。頭部のレーダーに頼る者は多いのだから、運が良ければあちらにはこちらが見えていないはずだ。
 トリガー。
 等間隔で放たれた二本の火線は何かにぶつかって火花を散らせ、その後に爆発が起こった。
 オピニオンの平たい頭部はカメラを絞って、爆発の起点を二つ捉える。  そして爆煙を割るのは中型のロケット弾だった。
「読まれてるか!」
 ロケットの弾が肉迫する間にも煙を割って新たなロケットが現れ、その後ろに二本脚の人型が見えた。
 大型のものなのは分かるが、速度が異常な数値を示していると思えた。
 ――重量級だろうに、どう言うスピードだ?
 とにかく目の前に迫るロケットをどうにかしなければ闘うどころではない。完全な不意打ちをされた事に苛立ちながら機体を左に振る。
 しかし狙いをつけずに撃たれたであろう二発のロケット弾は、それぞれオピニオンの両肩を擦りながら飛び過ぎてゆく。
 金属音が大きく響いて機体が傾く。その間にも眼の前のACは加速をつけ、大きく左腕を振りかぶっていた。
『不用意に動いたな!』
 スピーカーを通したと思われる声。乗っているのは随分思い切りの良いレイヴンらしい。腕もそれに見合ってはいるだろう。
 敵を焦らせて仕留めようという事をすぐにもしてくるのだ。舐められる相手ではない。
 ディーザンに躊躇するような時間は無かった。オピニオンは左腕を水平に構え、減速するどころか上昇のために加速をかける。
 シールドへの通電。右腕が振りかぶられるという事はブレードが装備されているという事だろう。相手がロケットを撃たない事を祈り、ディーザンはより強くペダルを踏み込む。
 振り下ろされた蒼いプラズマの刃がENシールドの生み出す力場と交差し、互いに弾き合う。『――れて、離――!』ノイズ混じりのクレーリアの声。
 言われなくても分かっている。ロケットに、ブレードを装備する相手と近距離で取っ組み合いをする気は無かった。
 地上戦ならば距離もとれないだろうが、空中戦ならば距離もとれる。
 そしてそれならば、指揮車に攻撃が及ぶこともない。今回の作戦では武装指揮車の護衛もしなければならない。  ブースターを偏向させて上昇から前進に転じる。
 ブレードを直撃させるために減速した敵機は、体当たりの直撃を受けて吹き飛ばされる。 重量級であろうとも、踏んばる事が出来なければかわいいものだった。
 激しい衝撃にコアは大きく揺さぶられるが、ディーザンは目を見開いて耐える。朝食を我慢した甲斐あってか、胃からの逆流も無い様だった。
 オピニオンは体を捻りながら大きく旋回する。完璧なロックオンを待たずにライフルを乱射する。
 当たる事は期待してはいなかったが、撃たないよりはマシだ。弾に余裕はある。その間にもミサイルの発射準備を完了して照準に移る。
 相手が体制を整える前に三発のミサイルを撃つ。しかしそれで重装ACに風穴を開けられるとは思わない。思いようも無い。
 改めて、落下する敵機にライフルの照準をつけてトリガー。  敵機に直撃したミサイルが派手に煙を撒き散らして爆発をした。ライフル弾が煙に吸い込まれていく。
「煙ばかりがハデでさ。威力もあればいいんだがな!」
 敵ACは減速をかけてはいるようだが、大きすぎる加速を楽には殺し切れずに道路まで落下する。
 真っ逆さまとはいかないが、ダメージがあったと考えてもいい高度のはずだった。  このまま上昇を続けていてはジェネレーターのエネルギー生産が追いつかなくなる。
 距離を開けつつ手近なビルの屋上に逃げる。もちろんFCSの表示からは目を離さない。  

                    ☆

「ジャミングがかかっている? 見つかったという事か!?」
 下層区域の住民を乗せて走るトラックは、それほど大きいスピードを出すことが出来ない。
 荷物を捨てれば速度も稼ぐことが出来るが、今回の作戦では多少の危険は承知の上でのもののはずだ。捨てずに逃げねばならない。
 ジェンは爪を噛んで焦りを汗にして流した。無論それで全てが消してしまえるような焦りではない。
 運転席の背もたれをつかみ、身を前方に乗り出して運転手に無茶を言う。 「敵がどれぐらいの距離にいるかわからないのか?」
「無茶を言わないでください。レーダーが使い物にならないんですよ? さっきまではレーダー範囲外にいたという事以外は確かめようがありません」
 車がひと際大きく揺れる。コンテナには大きな振動が伝わっただろう。何を踏んでそうなっているかまでは伝わりはしないだろうが。
「しかし、ジャミング波の中心地を計算できれば位置も掴めるというものだろう」
「基地並みの設備があればすぐにもできますが、私は運転をしなければなりません! 頼めますか?」
「こちらも助かりたい。当然だろうが
……向うから警戒態勢に入ったという事はメミアが接触したという事だ。ACがいたとしてあいつが抑えてくれるのを期待する。
全車両はコンテナへの無線は切っておけ! 騒がれ過ぎては事だ!」
 レーダーは使いものにはならないが地図が使い物にならない訳ではない。レーダー監視はおろそかにして、地図の表示を確かめた。
――敵が自らこのような強力な電波妨害を仕掛けているなら、わざわざこちらがECMを巻く必要は無いか……?  隊全体のトラックが速度を上げる。
 どの車両もコンテナを切り離そうとしないのを見れば、出来合いの部隊にしては統率が取れていることが分かる。
「この指揮が執れるのはユニオンの向上が自らの利益になるのが分かっているからだ! 各員遅れるな!」
 ユニオンの掲げる理想というのがそれほどまでに強い求心力を放っているのかどうか、というのは確かめられはしないが。  

                  ☆

 装甲車隊は全速で進む。相手がどの道を通っているか、どのような積み荷を運んでいるかが分かるならば気は少しは楽なものだ。
 それでも少なくとも相手は十km以内にはいない。
 ACであればこそどのような距離差があっても追いつけはしようが、車両ともなれば難しい話かもしれない。
「パワードスーツ部隊! 出る準備はしておけ。前方に影が見えればすぐにも出てもらうからな!」
 カーブでハンドルが切られれば、あまりのスピードに片輪が軽く道路から浮いた。速度はカタログスペックぎりぎりまで出ている。
 更に速度を上げろと言ったところで無理な話だろう。
「珍しいですよ、ここまでスピードが出せればこちらも痛快です! 整備班もなかなか頑張るものですな」
「その調子だ。ハンドルを切り間違えないでくれよ?」
 言ってフロータはレーダー班の空き椅子に腰掛ける。逸る気が彼女に身を乗り出させた。
「ノイズの切れ端に何が映るか知れん。目を離すな」
「分かってますよ」
「見つけました!」
 「耳」の声が通る。フロータは立ち上がり、車が何かを踏んで大きく揺れる。バランスを崩しそうになる。
「っ! どれぐらい先か分かるか?」
「待って下さい。ミラージュ社のエンジンは音が小さいんです」
 フロータは手元の見取り図に目を落とす。モニター上部に表示されてるものを、更に拡大処理したものだ。
 一見はただメインストリートを行けば脱出口までは辿り着けそうに見えるが、工事中と思しき道路がいくつかあり、迂回しなければならないようになっている。
 その工事中を示す巨大な即席ゲートがモニターに映っていた。
――ゲートは強固だ、ユニオンの連中は迂回したはず。
「ゲートを開けて近道をするぞ。パスの見当は付いている、スピード落とすな」

                 ☆

 道路まで落とされたメミアのシュノーケルは片膝をついて体制を立て直す。
「頭を押さえられているか」
 今飛びあがれば狙い撃ちをされるのであろうと考える。
 メミアは、用意した隠し玉はもう使ってしまった。重量級には普通はあり得ない筈の融通の効き過ぎる急加速がそれだった。
 しかしメミアの油断からかそれとも目標の練度からか、避けられてしまっている。
 彼は自分を無視してトラックを追いやしないかとひやひやする。ジャミングの所為でレーダーが使い物にならず、不安は増すばかりだ。
 肩の力を抜くことは出来ない。不意を打ち、一気に攻め落とせると思ったのだが、それは出来なかった。
 カスタマイズされたシュノーケルのブースターとジェネレーターの出力ならば容易にどうにでもできると慢心をしたのが仇になっていた。
 彼はクレスト管理下市街の詳しい地図を与えられてはいないので、スムーズに機体を運ぶことができなかった。
――足止めだけでもできればこちらのものだ
 オピニオンはそこから五百m離れていない場所で、ジェネレーターの発電を十分にしている。
 そのコックピットのなかでディーザンは荒い息をつく。
 相手がどのような装備をしているのかという事はわかっても、加速性能が異常だという事は彼に攻め込ませる事を躊躇させていた。
 しかし彼は同時に、攻めない事には勝ちようが無い相手ではあろうと思っている。メミアは初手からディーザンの裏を掻いていたのだから。
 放っておけばまた何をしてくるかわからない相手でもあった。オピニオンがペースを握られ、近距離での戦いを強いられる事だけはディーザンは避けていたい。
 それに、彼が躊躇する要素と言うのはまだある。
――先行した装甲車に気づいてなければいいが……
 レーダー範囲の事を鑑みれば、進路から離れて偵察をしていたと思われているメミアが、装甲車に気付いていないという事は考えられた。
 彼はACがECMを使われたと思われるかもしれないと希望的な観測をする。
 だが、だからと言ってディーザンは引くことはできない。楽観をすれば足元を掬われることがわからない人間は、長くレイヴンを続ける事は出来ない。
 レイヴンだけに限った話ではないが。そういう人間はとにかく戦場で長生きをすることはできないのだ。  ディーザンは歯を食いしばって機体に急加速をかける。
 シュノーケルの、OBを使用しない高速移動はディーザンに大きい恐怖を持たせていた。 「攻めなきゃあ!」
 自分に気合を入れて飛び立つ。FCSの表示からは目を離さないでいる。  しかし、恐怖はディーザンにトリガーを引かせるのを速めさせた。
 曳光弾がビルに当たり、大きい音をたてる。瓦礫と火花が大きく辺りに散った。
「!」
 メミアは音からどこに敵機がいるのかを探る。相手をFCS内部に収める事が出来ていなかったのが不安の一つでもあった。
「大まかな位置さえわかれば!」
 先に撃った方が不利になるのは、双方承知の事だった。だが我慢が出来ない事はある。
 不利を承知すればこそ、ディーザンは舌打ちをする。見つからないために機体を振り回す。
 先程は機体を振り回したディーザンの負けだった。それでも今度は撃った場所にはいられないのだから移動しない訳にはいかない。
 上空にいる事はすでにメミアに知られている事をディーザンはわかっている。
 オピニオンは地上に降り、クレストから与えられた地図に従って移動をした。
 それが仇ともなった。
 地図に気を取られたディーザンはFCSのカバー範囲からシュノーケルが移動したことに気付けなかった。
 反省をする暇も無い。
「運がある!」
 背後のT字路からのブースター音にいくら早く反応したところで、ロケットの直撃を避けられる距離と思えない。
 メミアは口を歪ませていた。ジャミングの効能によりブレているFCSの距離表示は、とんでもない速さで少なくなっていく。
 シュノーケルは無防備な背中を見せたオピニオンに向かって、自慢のブースターを吹かして突進する。
 両肩のロケットと右腕のバズーカを乱射しながら左手のブレードを振りかざし、OBを展開する。  シュノーケルは更なる加速をかける。
 オピニオンのブースターにはロケットが直撃。大した強度も持たないブースターは粉々になった。
「! まだ終わってない!」
 肩部の兵装とコア機能がダウンしていくのをディーザンは目で確認しながら、オピニオンの腰をひねらせる。
 正面から両方の機体が向かい合うような時には既にオピニオンのコア装甲の大部分が吹き飛んでいたが、 振り下ろされたブレードの直撃を避ける事は出来た。
 OBの加速のままにオピニオンはビルに押し付けられ、勝負は決まったかに見える。

                  ☆

 ディーザンが負けていても、彼に与えられた依頼の全てが失敗したことにはならない。 「パワードスーツは全員出ろ。建前がある、いきなりの直撃は避けろ!」
 装甲車は甲高いエンジン音を撒き散らしながら前方の団体に向けて突き進む。
 十台近いトラック隊は追われる身としてはあまりにも遅すぎた。直線道路での追いかけっこでは、相対速度が大きい程勝負は早く決まる。 
 追う装甲車隊の一番後ろ。ひと際横に大きい車体の後部装甲が勢いよく吹き飛ぶ。周囲との気圧差からか埃煙が上がる。
 ミニガンと小型電磁砲、携帯ミサイル等を担いだ四体のパワードスーツが自前のブースターを吹かしながら車から離れていく。
『パワードスーツ隊、攻撃を開始します』
「自動じゃ全部直撃弾になってしまいますよ!」
「手動で撃てばいいだろう! ミサイルは使うな!」
 言ったそばから、どこからか撃たれた一発のミサイルがトラックに追いすがる。
 幸いと言っていいのかどうか、ジャミングの影響とトラックの回避運動のおかげで直撃は免れた。
 外されたミサイルは道路に穴を開ける。
 パワードスーツ部隊と装甲車部隊、それぞれの放つ火線はトラック部隊の足を鈍らせる。タイヤを撃たれ、止まらざるを得ないトラックもあった。
 三台のトラックを追い抜き、更にもう一台のトラックを部隊が射程におさめてからフロータは口を開く。
「ジャミングは切れ! 降伏勧告をする」
『前方に出る必要があるのでは?』
 別の車両からの声が聞こえる。
 フロータは前方を見つめる目を逸らさずに通信装置を手にとって、からまったコードを気にもしない。
「必要無い。戦力は圧倒的だ。それに建前だとは言っただろう?」
「しかし確かに形式にのっとる必要はあるのでは?」
 運転をする部下が応える。
「説得したという事実があればいいさ。どうせ生かして返すことは出来んのだ。……止まれえ!」
 四台目のトラックのタイヤが撃ち抜かれる。そのトラックはバランスを失ってコンテナに振り回され、壁に突っ込んだ。運転手が生きてるようには見えなかった。
 残されたトラックの内の一台が加速をかけた。低いはずのエンジン音が甲高い。相当な無理をさせているようなのは誰の耳にも分かった。
 それでもトラックは先頭を行く指揮官のものと思われる車両を抜き、更にスピードを上げるためにコンテナとの接続を解除した。
 当然コンテナ自体に装甲能力があるわけでもなく、バランスを失って横転した。 ――あのコンテナには人が乗っているのだろうに。
「ユニオンはこの程度なのかよ」
「運転手は少し黙っていろ。 ……前方の車両聞こえるか!? こちらはクレスト社のものだ! 話がしたい、そちらの指揮を執るものは誰だ!」
 フロータは返信を待つ。
 パワードスーツ部隊の内の二機が速度を上げて、コンテナを捨てたトラックを追いかけた。
 彼らはミサイルのホールドを解除して、視界の中心に据えたトラックをロックオンする。トリガー。
 ジャミングはもう解除されている。敵はジャミングをかけてはいないようで、ミサイルは何の気兼ねも無しに鮮やかな軌跡を描いてトラックへの直撃コースを辿った。
 トラックの機動性などでミサイルをまともに避けようなどと、チャンチャラおかしい。
 トラックは左右に気が触れたように暴れまわり、他のトラックの進路を妨害した。自ずと隊全体の速度が落ちる。
 努力も空しく、コンテナを捨てたトラックにはミサイルが直撃し、爆発する。
「返答は無いのか!?」
 さらにフロータは叫ぶ。通信機の向こうには砂嵐があるとしか思えない。ざー、と音が聞こえている。
 破壊されたトラックの残骸に新たなトラックがつまずく。もう部隊と呼べる数のトラックが残っていない。
『……攻撃はやめてもらえるのか?』
 ポツリ、と声が聞こえた。

               ☆

 砲火に焼かれる事を覚悟したディーザンは、全身の力を抜いてシートに身を預けた。
 どうせすぐに殺されるのであろうと思っている。勝ち目が無いのならばそうあってほしいとも思えた。
 戦いに負ければ殺されるのがレイヴンの常だと信じられたからだ。なればこそ負ければただ生き恥を晒すだけになるとも思える。
 目を瞑った。展開されたバズーカ砲がコアに突きつけられていれば、大抵の人間は諦めるはずだ。
 ACのコアがいくら強固であろうともバズーカ砲の至近弾が防げるほどのものではない。
 しかしいつまで経っても、バズーカ砲から弾は発射されはしなかった。
 もしかしたら実はすでにトリガーが引かれていて、死ぬ前に感じる時間の遅延というのを体験してるのかもしれない、とも思った。
『レイヴン、聞こえるか!』
 スピーカー越しの声。声が遅く聞こえるという事は無かったので、死ぬ前のどうこう、と言うのではなさそうだとディーザンは考える。
 それは馬鹿馬鹿しい話だが、ここまでやっておきながらとどめを刺さないレイヴンというのも馬鹿馬鹿しい話だった。
『名前は聞かない、だから俺の名前を名乗るつもりも無い! しかし、言っておきたい事がある』
「一体何の事を言っているんだよ!」
『俺は今回の戦いは初めの一撃で終わらせるつもりだった』
――やはりそうだったのか
 開戦直後のみっともないスピーカー越しの一声は、やはり慢心からのものだった。種明かしを希望するつもりはなかった。
 戦いをしていない今ならば、あれはブースターの強化だろうという事ぐらいは予想がついた。
『しかしその一撃は避けられ、あまつさえ俺は頭を押さえられてお前には恐怖した。多少腕には覚えがあるつもりだけどな』
「人を殺す前だというのに随分と回りくどいじゃないか! いい気になって語られてもみっともないだけだ!」
『仲間になれ』
 混乱した。そのようなことを言うAC乗りなどと言うのがいるのが信じられない。何故、という言葉が降って沸く。
 しかしそれを生のまま口に出すのも憚られ、強がりを言う。
「何を言うんだよ。俺はレイヴンだぜ? クレストには金をもらってさ。そういうのに仲間になれとは正気じゃないな」
『ああいう不意打ちにも対応できるだけの場数は詰んでいると見た。そんな人間は金に執着するとしても、生半な執着じゃないはずだ。その力となる執着を、俺たちのために使ってほしい。金は払う』
 敵機からの声はそれでも落ち着いている。強がりを見透かされているのではないかと、ディーザンには思えた。
 褒められて悪い気はしないが、断れば殺されるともなれば考えることも必要なのかと思えた。プライドと天秤に出来るものかどうかはわからないが。
 まだ、判断材料は少な過ぎる。
「そりゃあ結構。だがね、納得できるだけの理由ってのを聞かせて欲しいとは思ってはならないか? 脅迫されて嫌々ついてくる兵士なんて邪魔にしかならんだろう?」
『お前には、俺達がユニオンだというのは分かっていると思う。
 細かい事情はいいだろうが、俺たちはまだ小さい組織だ。戦力があまりにも足りない。 俺がユニオンに居ついてはいるが、信用できる力というのが少ない。
 その点これだけ戦えるレイヴンならば、本気になってもらえればよっぽどが無ければ寝首をかかれはしないだろうと考える』
「裏切った奴を信用だなんて酷い事を言うんだな?」
『俺もレイヴンだからだ。こんなもので戦う人間がそこらの者と同じレベルの信念で動いてるとは思えないな』
――こいつ、甘すぎるんじゃないか?
 そう思わせるだけの理想論の匂いを、ディーザンは感じている。
 スピーカーが遠くからのエンジン音を拾っていた。

               ☆

 『だから、ユニオンの理想と言うものがある。それに少しは耳を傾けてもらいたいな?』 「貴様は袋の鼠だぞ? よくもヌケヌケと言えたものだな」
 もはやトラック隊のトラックは三台しか残っていなかった。
 隊の進路先は二台の装甲車と三機のパワードスーツが固めており、後方には一台と一機が着いている。
 命は助けろとは相手は言ったが、恐らくは本当に助かるとは思ってはいまい。
 双方、助けてもらえると思える部隊規模ではなかった。
 あるいは、少数は情報のために生かして貰えると思ったのかもしれないが。 そう考えていたならば、逃げるのをやめもするだろう。甘いものだ。
『今回のこちらの作戦の目的は、市民を救出する事だ。それとクレストのイメージダウン、ユニオンのイメージアップ。
だがな、私としてはこの作戦の真意は別にあると思っている』
「熱弁結構」
 呟いて、フロータは肩を落とした。ため息もつく。
 おそらくは相手に聞こえていたはずだが、声音が変わらなかった。相当自分に酔っているのか。
『我々は長らくこの地下世界に閉じ込められて来た。管理者は我々を保護するという名目で閉じ込め、我々の可能性を狭めている。
だから管理者を打倒し、我々の可能性というものは広げなければならない。
それに当たって、上が下を切り離すというような事を平気でやってのけた今回のクレストの行為は責められるべきだ。
このような事をする人類が地上に出たところで可能性は増えはしないだろう。しかしこの間違いを正し、人類全体が一丸となれば――』
 頭にウジが湧いているのではないかという理想主義。実際、自分が吸っている空気がどれだけ貴重なものなのか、わかっているとは思い難い。
 もう少しはマシな話をするかと思えば、子供の様な事を言う。利用される側の人間なのだろうと思える。
 どうせ殺す相手なのだから、こちらも少しは話してやろう。
 相手の言葉は遮った。
「聞く耳持てない。今回の任務はね、あんたら全員を生きて返さない事だ。」
「ちょっと!」
 隣の運転手が抗議の声を上げる。急な流れに驚いての事だ。
 だが、どうせ結果は変わらないのだし降伏自体は迫ったのだ。音声データを弄れば言い訳は立つ。
「ただ、人身御供を置く事で他の市民の団結をより完成させる事が出来る」
 ゆっくり言い、
「喜んで殺す訳じゃないが、殺さなきゃならない事もある! 撃てよ!」
 早口で命じる。
 命令に従い、これまで頭を垂れていた搭載武器類が生き返ったように跳ねあがる。パワードスーツ部隊のミニガンが回転を始めた。
『無理かよ、突破するぞ!』
 トラックは急加速し、ゴムのタイヤが悲鳴を上げて煙を出す。後続の二台のトラックも装甲車に追突する勢いで加速する。ECMが撒かれるが、もう遅い。
 甲高いエンジンの音が響くが、幾重にも重なった銃声はそれよりも大きくなった。
「ミラージュはこんな部隊が生き残るつもりでないんだ、少しの証拠と自分の部隊がつぶされたとでも言えば攻撃の明文は立つ! 利用されるだけの人間を生かせるか!!」

                ☆

『だからそのミラージュは利用してやろうって言うんだ!』
「捨て駒が何を言うかよ!」
 表向きなユニオンの理念と作戦自体の弱点を言ってやれば、口論にはすぐに持ち込める。
 エンジン音の発生源の予想をつけたディーザンは強気になっていた。
 敵がトリガーをすぐに引かないのは余裕から自制しているのか。腹が立てばすぐにでもディーザンを殺せるハズだ。
 なかなかどうして自分をコントロールできる人間だ。それで甘さという欠点をカバー仕切れるわけでもないが。
 執念を持てる上に明確な敵意を示している相手を、ここまで殺さないのは失敗でしか無い。
 相手は挑発に乗って激昂するばかりになっている。
 だからだろう、敵のACはまるで動く素振りは見せなかった。シュノーケルの内部にもエンジン音は届いているはずだった。
 二機がもたれかかるビルの中からだ。先ほどディーザンは後方カメラに目を配って、駐車場があるのだろうと当たりはつけていた。
「ツキはこちらにあるなあ!」
 ビルの屋上に勢い良く小型の車両が飛び出た。
 通常車両にレーダーと無線機がついただけの代物で、お世辞にもろくに戦力になるものと思えない。
 ACなどを相手にすれば踏みつぶされるのがオチだろう。
 そんなことは大方の人間は分かっているだろうが。
『こんな指揮車両に何が出来る!』
 指揮車両はロケット砲を積んでいる。ACの積む最大限に小型化されたロケットよりも、更に小さいものだ。
 低い位置から撃てばまるでACに効きはしない。しかし当て所と当て時というものがある。
 車両は減速をせず、ビルの縁を猛スピードで跳び越え、車体を傾けてロケット弾を全弾撃ち尽くす。
 二脚ACの身長よりも少し低いぐらいのビルだった。ならば撃たれた弾は全て二機のACに降り注ぐ。
 ビルにめり込んだオピニオンはほとんど弾に当たらないが、オピニオンをビルに押し付ける狼藉者の頭部には雨あられと弾が降り注いだ。
 頭部カメラが損傷し、レーダーどころかFCSの不調が顕著になったはずだった。 『ディーザン! 後はそっちで何とかしてくださいよ!』
 爆発に煽られて軽い車体が回転しながら落ちていく。クレスト社謹製の高級品だ。この程度で搭乗者が死ぬような安全装置は積んでいないだろう。
 シュノーケルは死に体の頭部ですら守ろうと機体を傾け左手で顔を隠す。気の散り様が頂点に達していた。
「感謝するよ、甘ちゃんには!」
 言って左腕を突きだして最大出力でENシールドを展開させる。
 本来、攻撃目的には使えないとされるシールドだが、この盾はブレードを弾き返すほどの威力はあるのだ。
 科学的なものではあろうが、実弾すらも防ぐ力場がまるで使い物にならない道理は無い。
 蒼い力場はシュノーケルの装甲にぶつかる。空気を震わせて火花を散らせ、シュノーケルの視界を断絶させる。
『お前!』
 オピニオンは体制を低く、既にバズーカの射程の内に入っていた。右腕のライフルを無防備なブレードに押し当てて撃つ。
 近距離での攻撃手段を奪い、ディーザンはダウンしていたFCSの電源を入れる。コアの中心、コクピット部分にライフルを押しあてる。
「貴様はこの執念を褒めてくれるんだったなあ!」

 トリガー。

                  ☆

 地下のメインストリートの喧騒は、その昔にあったという地上のそれにも負けないものだろう。
 クレスト派の家電量販店の巨大な建物が街頭テレビを掲げてそびえたつ。
 そこかしこに露天が立ち並び、一体どこから湧いてきたのだろうかと思えるほどの住人が、ブティックや 飲食店を出入りしている。
 客引きの声が高らかに響き、どこかで抽選会でもしているのか、からんからんと鐘の音が響き渡っていた。
 しかし空の色は明るくは無い。
 日光を想定した加工光源も、どこかよそよそしい感覚を見るものに持たせていた。
 明るい声を出す人はいる。笑う人もいくらでもいるが、皆何かを押し隠すような雰囲気を持ってはいた。
 何かが鬱屈したような感覚があるのだ。
 地下に十分な空間を与えられ、そこは広がりのある世界である、という知識を与えられてもどこか嘘臭い雰囲気を感じているのだろうか。 
 当人たちにさえはっきりとしたことが分かるはずも無い。そんな中、宣伝を口やかましく読みあげていた街頭テレビが押し黙り、ニュースキャスターが画面に現れる。
 ストリートを行く人のほとんどは見向きもしないが、顔を上げる人もいる。
『定時ニュースの時間です。
 今回は先日下層区域で行われた虐殺の詳細の情報をお届けします――』
 まともな内容のニュースではない。しかし、そのような事はもはや大したこととは言えない。
 無菌室のような地域で育てられた者たちには、虐殺などと言われたところで実感は無い。
 どうせ他人事であろう、という諦観の念の様なものすらあった。
『――ニオンと呼ばれる組織が関与していることが明らかになっており、毒ガスの浄化作業は現在行われている最中だという事です。我々を脅かす何者かが仕組んだ今回の事件。誠に畏怖すべきも』
 ブツン、とテレビの電源が切れる。今度は何事か、という顔をして人間が大勢テレビを見上げた。
 本来電源が入りっぱなしのストリートの街頭テレビが消えている光景は、なかなか見られないものだった。
 次に照明が少しだけ暗くなる。まだ夜の時間帯ではないのだが。異常がメインストリートの喧騒を鎮める。
 しかし誰かが騒ぎ始める前に照明の光量は元に戻り、街頭テレビの電源が入れ直された。
 白地の画面に緑文字で、
『トラブルが発生しております。しばらくお待ちください』
 顔を上げたものは皆顔を伏せた。全員が納得していた。

                    ☆

 しかしこれは大変な以上のはずである。
 大本は管理者が管理している地下世界の電気施設。それが異常をきたしたかもしれないのだ。
 各会社に対してある程度の権利は委ねられているのだが。
 それでも、ここしばらくの歴史にはそのような事は起ってはいなかったはずだった。
 奇しくも、同じ日同じ時にクレストだけでなくミラージュ、キサラギ管理下の各市街でも停電が起こっていた。
 どこもすぐに復旧されたという事ではあるが。
 各社は原因の調査を考えはしたが、自分たちの管轄下には問題が無い事を確かめると、どこも押し黙ってしまった。
 そして示し合わされたようにこの事実は闇から闇へ葬られる。
 この異常が何なのか。判明するのはまだ先の話になるだろう。





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