「いらっしゃいませ」
ボソリ、と低く擦れを残した声で呟く。
正直、別にこの店が繁盛しようがしまいが、私には関係ないのであるが、
いくら面倒がキライ面倒がキライと騒いでも、給料はもらえないのである。
よって、結局は働かなければ生き残れない、という結論に達してしまったわけだ。

今日は妙に客入りがよかった気がする。
面倒だからよく憶えないが、印象に残った客は何人かいた。

一人目の男は、なにやら神妙な面持ちで入店してきた。
背中のEO型通信機をガシャガシャと出し入れしながら、
「ドミナント、ドミナント」とぶつぶつ呟いていた。
なんだかよくわからない客だったので、最初は警戒していたのだが、
その男は食玩コーナーをじっくりと堪能し、ワンコインフィギュアを二つ手に取った。

「いらっしゃいませ」
またボソッと呟く。
入店の際にいっているのだから、必要ないと思うのだが、
店長兼統括マシーンのファンタズマの脳が、「客がレジにきたらもう一度言うこと。」
と釘さしてきたものだから、面倒だけど言わなければならない。
マニュアル人間め・・ああ、奴は機械だったか。誰の脳が入ってるんだ全く。

「525cが二点・・・合計、1050cになります」
食玩の箱に表示された名前を見ると、片方には、
「クローム・マスターアームズ製特殊AC『ヴィクセン』」とあった。
なんだかわからないが、無性に親近感を覚えたので、
無意味を承知でキサラギ製の最新型ストローを袋に混入させておいた。

ドミナントドミナントと呟き終わったのか、1100cを出してきた。
お釣りを渡すと、「これが私の優しさだ、よく見ておくんだな」と言い放ち、
リトルベアの愛・募金にお釣りを投げ入れた。
面倒だが、マニュアルどおり「ありがとうございます」と言うと、
ドミナント男は満足したようで、買い物袋を片手に引っさげ出て行った。
とりあえず、面倒だから2~3日の間に忘れることにしようと思う。


二人目の客は、ギリギリ女のような印象を受けたので、きっと女だったはずだ。
胸元に全くふくらみがないモノだから、どっちだか解らなかったのである。
入店してすぐ、乳製品コーナーで立ち止まり、
「胸の成長に良いのは・・」とかなんとか呟きながら、大量の牛乳を買っていった。
それはそれで需要があるのではないだろうか、と疑問に思ったが、
面倒だから考えるのをやめて、商品整理することにした。面倒だった。


最後の客は、よく憶えている。
いかつい男の二人組で、入店早々「尻」だとか「穴」だとか、熱く語り合っていた。
バケツのような帽子をかぶった男が甘い声で、
「その大きいのをくれないか」といってきたので、何かと思ったが、
どうやらフランクフルトのことを指しているらしく安心した。
面倒なことになるかと思ったが、どうやらただの客らしい。

マスタードをお付けしますか、と言うと、
「君の白いマスタードをかけてくれ」などと抜かすから、
とりあえず黙殺して商品とお釣りを渡してさっさと帰ってもらった。
付き添いの男はアメリカンドッグを買っていったが、
しきりに「尻を貸そう尻を貸そう」と言ってくるので、
「面倒がキライなんで」と返しておいた。

今日はなんだか妙に疲れた。いいか、俺は面倒が嫌いだと言っているだろうに。
客は他にもいたようだったが、面倒だし印象に残らなかったので忘れておいた。

時計を見ると、勤務時間外労働となっていた。10分オーバー。
私としたことが、商品整理にすっかり夢中になってしまった。
面倒はキライなんだが、一度やりだすと止まらないから困る。

「おい、貴様。後のことは任せた」
そういって、後輩バイト君の地雷伍長に任せ、さっさと家に帰る事にした。


寒空の下を歩くのは面倒だが、ここ最近の不況では、ACを移動に使うだけで金を食う。
まったく、面倒な世の中だ。
帰り際、風邪引いて寝込んでいるスミカにおしるこを買った。熱い。

がたん、と家のドアを開けると、スミカが半身を起こしてテレビを見ていた。
ゴホゴホと咳き込んでいるところを見ると、まだ完治していないらしい。
私に気付いたのか、人の気配に反応するスミカ。ネコか。

「アビスへようこそ・・ここがゴホッ、ゴホッ」
ナニガしたいのか、さっぱりわからなかった。
ついでに言えば、ここは貴様が撒き散らすウィルスの方が、アビスより濃い。

「馬鹿なことはいい、ちゃんと寝ていろ」
そういって、スミカにおしるこを突きつけた。
「今回だけだからな。こんなことをするのは、治してさっさと出て行け」

そういって、台所でお粥を作る仕度をする。エプロンが無い。
ああ、この前、洗濯したのだったか。面倒なことになった。

しばらくして、土鍋の中から良いにおいが漂ってきた。
少量の酒に、卵を加え、梅干を散らしただけなのだが、これがまた食欲をそそる。
あとはネギを刻むのだが、包丁というのはどうも苦手だ。
かといって、スミカにやらせるわけにもいかない。面倒ながらもネギを刻む。

    • 痛い。そらみろ、だから俺は面倒が嫌いなんだ。
その後も、3箇所ほど切ってしまったが、奴に見られると面倒だ。
適当に手当てをして、左手をポケットにつっこんだ。

「お粥だ。冷凍食品よりこういったものの方が良いだろう、食え」
そういって、熱い土鍋をスミカの前に置く。
「ねえ、なんで両手でちゃんと持たないの?こぼしたら熱いよ、これ」
説明するのが面倒だった。

「寒いから突っ込んでるだけだ。気にするな、面倒だ」
そういって、スミカの上半身を起こし、レンゲを持たせた。
ふーふーと出来立てのお粥に息を吹きかけ、手をつけはじめるスミカ。

途中、私にレンゲを突きつけて、「食べさせて」とか言ってきたが、
「俺は面倒が嫌いだ。自分で食え」といって回避した。
熱が出ると、どうも甘える性質らしい。面倒だ、非情に面倒だ。

お粥を平らげたスミカに水を飲ませ、土鍋を洗い場に置いてぬるま湯に浸した。
「食欲があるなら、後は寝るだけで平気だろう。さっさと寝ろ」
そういいながら、溜まっていた洗物を片付け始める。

ジャブジャブと、水場の音だけが部屋に響く。
静かなところを見ると、スミカは寝たのだろう。全く、面倒な奴だ。

ふと背後を振り返ってみると、スミカはずーっとこちらを見ている。
嫌な予感がするのだが、面倒なので考えるのをやめた。
食器を洗い終え、あとはシャワーを浴びて寝るだけといったところだが、
スミカが寝るスペースの大半を制圧しているため、私は台所で寝ることになる。
面倒だ、非情に面倒だが仕方ない。とりあえず、寝袋を取り出そうとする。

すると、「寝汗で気持ち悪い・・、身体拭いてくれない?」
いつも以上に顔を赤くしながら、スミカが口を開く。

不覚だ。誰がこのような展開を期待していただろうか。だから面倒はキライなんだ。
「ねえ、お願い」

哀願されてしまった。どうしたもんか。
とりあえず、慌しく風呂場にいき、お湯とタオルを準備した。
だが、そう易々と従うのも面倒だ。

「悪いが、そこまで動けるなら自分でやれるだろう。さっさと拭け」
そういって、タオルとお湯入り洗面器をスミカの横に置いて、引き戸を閉めた。

「ちぇ、つれないなあ」
そういって、スミカは自分の身体を拭き始めた。
「まったく、面倒な奴だ」
スティンガーは一人、台所で溜息をつくのであった。気苦労耐えない生活である。






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