私は勝利を確信していた。アライアンスとバーテックス、世界を二分することになった軍事勢力のうち、片方がこの戦いの後に姿を消すわけだが、そんなことに大した意味はないし興味など持っていない。肝要なのは、その中核を担う二十二人のレイヴンの中で、最後に生き残るのがこの私であるという約束された結末のみだ。

 

 これは過信ではないと断言できる。愛機オラクルは三大企業を味方につけたことで最新鋭の製品を揃えることに成功し、二十二体のACの中でも随一の戦闘力を得た。神託の名の通り、この世の覇者が誰であるか、民衆に知らしめることだろう。また、戦術部隊長の名の下に四名ものレイヴンを操ることの出来る立場は、バーテックスの長であるジャック・Oを除けば現状の最大勢力の座についていると言える。単独で行動するはぐれ者や、二、三名で馴れ合うことしか知らない雑魚など容易に抹殺出来るだろう。そして何よりも、一条の光も差し込まない、死体で土さえ腐る地獄から、自力で這い上がってきたこの腕が担う力は、一攫千金を夢見ることしか出来ない弱者共の及ぶところでない。

 

 この戦いの勝者は決まっている。初めにバーテックスの頂点に立つジャック・Oと、事実上アライアンスを率いる私の二人に限定され、私が奴に負けるはずがない以上、私の勝利は揺るぎ無い。

 

 戦いが終わった後、生き残った勢力は最後のレイヴンとなったこの私を歓迎するだろう。比類する存在のいなくなった世界で、私は自由を操るに足る力を持った唯一の強者となり、頂点に立つのだ。

 

 そう、頂点に立つ。それが地獄に下りてきた神託、蜘蛛の糸を手繰り続け、上り詰めた私に相応しい場所。私にこそ相応しい天の座。

 

 結末は迫っている。約束の地はすぐそこだ。

 

 

 バーテックスの予告したアライアンスへの襲撃まで二十四時間を残すところに来たが、戦況は前哨戦の域を抜けていなかった。これまでもアライアンスの前線基地が襲撃されて戦術部隊に出動要請がかかったこともあったし、バーテックスとしても本拠に侵入者が現れ一騒動が起きたそうだが、未だ二十二人のレイヴンに脱落者は出ていない。

 

 だが、これほど大々的に膨れ上がった抗争が何事もなく収縮を迎えるとは思えない。きっかけさえ掴めれば、あるいは破格の高額に釣られて、あるいは自らの価値を示すため、血で血を洗う殺し合いが始まるだろう。問題はいつ、誰が、その火蓋を切るのか。時を追うごとに我々の緊張感は高まり、そして私はそれを待ち遠しく思っていた。

 

 

 変化の兆しは私に向けて送られてきた。差出人の名はジャック・O、奴は他数名のレイヴンと共に私をサークシティの郊外へと呼びつけてきたのだ。

 

 用件については書かれていない。このタイミングで、名目上とは言え敵対している勢力のトップである私との会合を望むということは、罠か自勢力への引き抜きが目的だろう。私をアライアンスから引き離せば指導者を失った戦術部隊は崩壊する。元を糺せばバーテックスは腐敗した旧体制で行き場を失った猛者の集まりだったのだから、個々の実力はアライアンスのそれを上回っており、手堅く生き残ることが可能だ、ということだ。

 

 さて、この話を受けるか否かという判断だが、私は呑むことにした。無論、何の策もなしにノコノコと出て行っては殺してくれと言うようなものなので、保険は打っておく。アライアンスにこの一件を報告し、ジャック・Oの偵察、バーテックスへの潜入捜査という名目をつけてこれに下ることに認めさせ、代わりに戦術部隊の出動許可を得ておいた。私に危険が迫れば連中が駆けつける。相手がどれほどの戦力を引き連れているか検討がつかないので、その場合の勝敗は見えないが、生き残るだけならばさほど難しくはないだろう。

 

 上手くバーテックスに取り入ることが出来れば、私の勝利はより確実なものになる。私は両陣営と同時にコネクションを持つことになり、約束通りアライアンスに戻ることも、本当にバーテックスへと寝返ることも可能となるのだ。あとは戦況を見て、有利な側につけば良い。どちらでも私は相応の権力を持ち、派閥が意味を持たない最終局面に至れば、あとは私が直々に手を下せば良い。

 

 待ち焦がれたきっかけが選ばれた強者である私に向けられたことは当然だと思っている。ただ、素直な感想を言ってしまえば安心した。心のどこかに、力を持たなかった時代に打ち込まれ、権力の軋轢に固められた劣等感が残っているのだろう。この戦いに負けたら、あの時代に戻ったらどうするか、情けないことにそんな泣き言が、時折頭をよぎるのだ。だから私の力を、存在を、どのような意図であれ、認識した上での行為であるこの誘いは、私にとって喜ばしいものに違いなかった。

 

もっとも、そのような感傷に浸るのもあと一日だ。神の子は恐れない、怯えない、ただ己を信じて前を向く。

 

 

 指定された場所に着くと、そこでは二機のACが待っていた。一機は会合の仕掛け人であるジャック・Oの機体フォックスアイ。もう一機は、どこの勢力にも属せず、単独で活動を続けていると聞く女レイヴン、ジナイーダのファシネイターだ。

 

 初めはジャックの護衛として雇われたのかと思った。確かに独立勢力として生き延びているだけに彼女の腕は相当に立つらしく、それがかつてレイヴンズアークの二位に立っていたジャックと組んだとすれば、私一人では太刀打ちできないだろう。

 

 しかし、護衛を連れるならばバーテックスから名のある奴を二人か三人用意すれば良い話だ。何も得体の知れない外部のレイヴンに依頼する必要はない。すると、どうして彼女がこの場に居合わせているのか不可解に思えた。

 

「遅かったじゃないか…」 (※ 言わせざるをえなかった by作者)

 

 フォックスアイからの通信が届いた。影武者と言った小細工を弄していなければ、これがジャック・Oの肉声なのだろう。さすがに野心家として名を馳せるだけあって、一言で相手の風上に立ってしまう貫禄に満ちた声だった。

 

 もっとも、私を萎縮させる者などいようはずもないが。

 

「この私を呼びつけておいてずいぶんな挨拶だな。用件に入ってもらおうか」

 

「良いだろう。だが、その前に余計な警戒を解いておくべきだ」

 

 ジャックがそう言うと、フォックスアイの背中から操縦部が飛び出し、190cmはあるだろう、分厚いパイロットスーツを纏っていても、その下の隆々とした筋骨を彷彿とさせる、大柄な男が姿を現した。ヘルメットを外し、露となった素顔は一言で表現すればひどく男性的で、整った造形ではあるのだがそれ以上に太い髭や眉、短髪でありながらしっかりと存在感を示した髪質に表れる、力強さが目立っていた。古い言葉を使うならば益荒男、という単語がしっくりくるか。

 

 その姿に私はまず生理的に威圧感を抱き、続いて理性的に嫌悪感を覚えた。前者の感覚には変わった理由などない、巨漢が力で勝ることは道理で、肉体的に敵わない相手を警戒心するのは動物的な本能というものだ。重要なのは後者で、かつて腐敗した体制に一石を投じた先駆者として抱いていた羨望は、今や失望と化していた。何故なら、彼が私の目指しているような絶対的な強者ではなく、野心と策謀を常とする政治屋であることが、その風貌から見て取れたからだ。力と力で鎬を削り合う戦士が、あのような肉体を持つことはない。筋肉を膨らませるには過度の訓練と余分な栄養、そしてそれ以上の休息が必要であり、その全てが実戦に身を投じる者が手に入れるべき代物ではない。大体において不必要に巨大化した肉体は代謝が大きく飢えに弱い。その上重量が嵩むため持久力に欠けると、連日連夜命を賭けるレイヴンにはまるで適していない体なのだ。つまり、あの不自然に鍛え上げられた肉体は、強い力をアピールする張りぼてに過ぎず、その実態は安全な温室から睨みを効かせて人を操るだけの臆病者に違いない。

 

 傑物と言っても所詮は腐った時代の人間だ。期待するだけ徒労だったということか。

 

「ならば、私も出た方が良いだろうな」

 

 ここまで沈黙を守ってきたジナイーダが続いてACを降りる。こちらはジャックとは反対にスーツを着ていてもわかるほどに線が細く、一見すると貧相に映る姿だった。しかし男と女では、その意味合いは異なってくる。子を宿すために争いを回避しなければならない女の体は戦闘には向かず、筋肉が少ない代わりに緊急時に栄養を確保するよう脂肪を巻くように出来ているのだ。それにも関わらず、ジナイーダは運動に不要な一切の脂を纏っておらず、極限まで消費され絞られた肉体からは、彼女がこれまで通ってきた苦難の日々を思い起こされる。

 

偽者に過ぎないジャックの体とはまるで異なる、真のレイヴンに相応しい姿は好意に値した。彼女に敬意を表し、私も危険を承知しながらACを降りてやることにする。

 

 二人の視線が私に向けられた。

 

「エヴァンジェか」

 

だが、事もあろうにジナイーダは一瞥しただけで目をそらすと、私の存在などなかったかのようにジャックに向けて話を切り出した。

 

「話ではもう一人来ると聞いていたが?」

 

 正直に言って気分が悪かった。この私を無視するジナイーダもだが、話の詳細を一切明かされなかった私に比べ、来訪者について事前に情報を晒していたジャックの態度が癇に障った。彼女は私のようにアライアンスの後ろ盾を持っていないだけに、警戒を解くためにジャックが気を回したのかもしれないが、それならば私に対して何らかのフォローを入れておくべきだ。

 

「放っておけば良いだろう。公に顔を出す勇気もない奴など、この場には相応しくない」

 

 私は怒りを露にして断言した。もう一人とやらが何者かは知らないが、事の元凶であるジャックと顔を合わせる機会を棒に振るなど、時を読めない小物に過ぎないだろう。

 

「あれなら今頃は他のレイヴンと遊んでいる。我々の元にも救援要請が届いただろう?」

 

 ジャックは言う。確かに、ほんの数時間ほど前に、独立勢力に属する下っ端のレイヴンが、あのピン・ファイヤーの息子に命を狙われていると全レイヴンに向けて救援の意を依頼してきた。しかし、戦乱も佳境に入ったこの時期に、大して名もないレイヴンを名指しで狙う間抜けなどいるはずもない。あからさまな罠と見て取れたので無視を決め込んでいたのだが、まさか引っ掛かる奴がいようとは。特攻兵器とその後の混乱を生き抜いたからと言って、全員が頭の切れる奴ではないということか。

 

「ほう」

 

 だがジナイーダはその言葉に反応した。にやり、と作り物のように均整の取れた顔を歪める。

 

「悪いが急用が出来た。ジャック、返事は後に回させてもらおうか」

 

 それを聞いたジナイーダは再びファシネイターに乗り込み、立ち去ろうとした。

 

「待て、話は終わっていないぞ」

 

 私はうどの大木よろしく動かないジャックの代わりに彼女を引きとめようとした。

 

「首輪つきに用などない、生き残ったらいずれ相手をしてやるさ」

 

「何だと?」

 

 私が口を開くよりも先に、

 

「好きにするがいい。要は一人が生き延びれば良いのだ」

 

 割り込む形でジャックが先の問いに答えた。出鼻を挫かれ私がまごついているうちに、ジナイーダは満足したのかいずこかへ飛び去って行った。

 

 それを見送ったジャックは、「さて」と仕切りなおしを図るように私に話しかけてきた。しかし悠長に話をしている暇など、もはや今の私にはありえない。心の中は激情が烈火のごとく燃え上がり、理性の爆ぜる音が確かに聞こえた。

 

 奴は私を侮辱したのだ。地獄の炎を振り払い、腐食した世界に引導を渡し、今や天を掴もうとしている、このエヴァンジェを、首輪つきと! 犬呼ばわりしたのだ!!

 

「ジャックよ、私も急用ができた。この場は行かせてもらおう」

 

 もし止めようとすれば遠慮はしない。あの女郎の前に鉄塊となってもらう。そのつもりだった。

 

「止めはしない。私が興味を持っているのは強者だけだ、存分に殺し合うがいい」

 

 だが、やはりジャックはのらりくらりとこちらの敵意をやり過ごす。毒気を抜かれた私は、ACから降りたままで無防備なジャックの前を素通りし、ジナイーダの後を追うことにした。

 

 アライアンスの一員として考えるならば、バーテックスを倒すこの上ない好機だったのだろうが、今は企業共の権力争いなどどうでも良い。そもそも奴らのために尽くしてやる義理など私にはない。私は奴らの飼い犬ではないのだ!

 

「まだ、その時ではないということか」

 

 ましてやジャックがこれ見よがしに呟いた独り言など、耳に留まるはずもない。

 

 

 ジナイーダの向かった先は、やはりサークシティに現れなかったレイヴンの元だった。決闘状を送りつけ、先日一人のレイヴンの手によって運用停止に追い込まれた旧アライアンス前線基地へと呼び出したらしい。

 

 余程、奴と決着をつけたいのだろう。風情のない逢引もあったものだ。

 

 だが、その場にアライアンスの敷地を選んだことが間違いだ。ここら一帯は戦術部隊の、つまりは私の指揮管轄下にある。私が一度命を下せばアライアンスの誇る戦隊が集結するのだ。

 

 とは言え、相手は仮にもレイヴンが二人だ。私とて同時に相手をしては無傷で済まないだろう。そこで、アライアンスの部隊を陽動に使い奴らを引き離すことにした。

 

 ただ、通常兵器ではACを相手取るには少々荷が重いだろう。戦術部隊から誰かを派遣する手もあるが、万一手傷を負わされれば私の手駒が減ってしまう。そこで独立勢力として振舞っているレイヴンに奴らの居場所をリークし、協力を要請することにした。幸いにも個人的にジナイーダに対して恨みを持っている輩が一名見つかったので、そいつに白羽の矢を立てる。計画通りに奴は二人が今にも戦闘を始めようとする間際に強襲をかけ、それを引き離した。

 

 ただし本人には残念な話だろうが、囮には名も知らぬレイヴンの方を相手してもらう。ジナイーダは私の獲物だ。

 

 通常兵器に引きずられるように砂漠へと入り込んで行き、完全に孤立したファシネイターを、キサラギ産の新兵器で包囲する。おそらくアライアンスの関係者以外には存在すら認知されていないだろう、蠍を彷彿とさせる形状をしたそれは、砂に潜ったまま高速の移動が可能で、火器の届かない地面の中から突然現れて奇襲をかけるのだ。

 

 前例のない奇抜な兵器だけに、大概のレイヴンは不意をつかれ窮地へと追い込まれることだろう。しかし、それで楽になってもらっては私の気が治まらない。最後だけは、私が自ら、奴に自分の未熟さを十分に知らしめた上でとどめを差してやる。

 

 神の子を穢したジナイーダの死は神託の一環、ならばその執行は私が下すべきだ。

 

 新兵器に戸惑いを見せながらも、見事に対応して戦い抜く彼女の前に私は躍り出た。

 

「なかなかやるな」

 

 向こうもこちらに気付いたのか、地中から繰り出される砲撃をかわしながら私に正面を向ける。無防備に背中を晒さないところを見ると、大方の事情は把握できているのだろう。第一印象の通り、レイヴンとしてはなかなか優秀なようだ。

 

 惜しいな。もう少し謙虚でさえあれば、私の下で使ってやったものを。

 

「エヴァンジェ、アライアンス、レイヴン…なるほど、そういうことか」

 

 ジナイーダは言う。だが、奴の言葉などもはや意味を持たない。

 

「今度は私が相手をしよう」

 

 だから返答など待つ義理はない。私は即座にオラクルに右手に握ったリニアライフルを発砲し、ファシネイターの殲滅に取り掛かった。

 

 ファシネイターは連戦を通して傷つき、本来の性能を失っていた。一目で判断にするに相当に戦闘力の高い機体のようだが、レイヴンを前にする体力など残ってはいまい。ましてや相手がこの私であれば戦況は絶望的だ。

 

「お前は確かに強いのだろう。しかし敵を間違えたな。たった一人で意地を通せるほど、組織は甘くない」

 

 これまでの戦いぶりを見る限り、奴は相当に腕が立つ。真っ向からぶつかれば、私とも対等にやりあえるほどに。

 

 だが私は積み重ねてきたのだ。最強のACを組み上げる金を、最大の勢力を引き連れる権力を、全てを意のままに操る強さを! 安寧に依存する愚図共を屠り、喰らい、奪うことを繰り返し、今こそ頂点を掴もうとしている!!

 

「ひれ伏せジナイーダ、私こそが最後に生き残るべきレイヴンだ!」

 

 私はライフルを散発的に撃ち込みながら徐々に距離を詰める。瞬間的な加速も、滑らかな重心の移動が生み出す機動力も、オラクルはファシネイターを上回っていた。

 

 私は全てにおいてジナイーダを超えていた。だからお前は私に従うべきなのだ。どこの世界でも、強者は弱者を踏みつけていたではないか!

 

「笑わせるなエヴァンジェ」

 

 なのに。

 

「組織、服従、蹂躙、支配、そんなもの、レイヴンには不要だ」

 

 どうしてこいつは笑っている?

 

「だからお前は犬だと言うのさ!」

 

 ファシネイターのブースターに青白い炎が灯った。

 

 どこか幻想的な淡い輝きは、いつの間にか空に昇っていた月の照らす夜によく映える。

 

 

 強いとは。

 

 

 赤いパトランプが眩しく、警報がけたたましいコックピットの中、全身を打ち付けて朦朧とする意識に包まれて、私はこんなことを考えていた。

 

 

 

 強いとは、何だ?

 

 

 幼い私より強いはずの両親は私を玩具として弄んだ。両親が敵わなかった社会は両親を虫けらのように部外へと掃き出した。社会は武力を持った存在に怯え、力ある者に忠誠を誓った。強者は寄り集まり、その力を誇示してはぐれた者を弾き出した。

 

 しかし特攻兵器という力の前に強者は崩壊し、ジャック・Oという異端の前に組織は分裂し、混乱の中に結束を失くした社会では皆が等しく虫けらとなり、成長した私は必要のなくなった両親をこの手で殺した。

 

 個々を順に紐解いてみれば皆、私と変わらない雑魚に行き着いた。特別に強い者などおらず、弱い者などおらず、ただ寄り集まって虚仮脅しの強大さを繕っているだけだった。つまりはそれこそが強さであり、だから私は誰よりも強くなったはずだった。

 

 

 それなのに、どうして。

 

 

 リニアライフルは弾切れだ。もし残っていたとしても、天高く流れる星に撃ち込む自信など私にはない。さすがに徹底した改造を施した装甲は頑丈で、内装にダメージは届いていないようだが、時間すら縮める光の前にはどのような動きを取ろうと無駄なことだ。

 

 

 どうして、こいつはこんなに強いのだろう?

 

 

 第一に非力な女の身でありながら、特に有利な素性を持つわけでもなく、頼る相手もおらず、どこまでも孤独なのに、誰にも屈さない。

 

 

 そうか。

 

 

 思い出した。これこそが、このあらゆる条件を問わず絶対的に君臨する強さこそが、

 

 

 私がずっと追い求めていたものではなかったか。

 

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 無慈悲に、徹底的に、私を痛めつけるファシネイターの攻撃を遮ったのは、数時間前に聞いたばかりのジャック・Oの言葉とフォックスアイの一撃だった。

 

「まだこいつには利用価値が残っている。無意味に殺させるわけにはいかん」

 

「殺し合えと命じておいてずいぶんと勝手な話だな。それともお前が勝負を預かるか? 私は一向に構わないが」

 

「君ほどの強者と事を交えるつもりはない。私はまだ死ねないのでな」

 

 二人が何やら話しているが、その内容はよく理解できない。わかるのは、彼らの中に私という存在など見えていないということだけだ。

 

 やがて話がついたのか、ファシネイターは背を向けていずこかへ飛び立って行った。

 

「ジナイーダに負けたことを恥じることはない」

 

 それを見送ったジャックは、満身創痍の私に向けてそう言った。

 

「彼女は特別<ドミナント>なのだ」

 

 思考の停止した私に、彼の言葉は届かない。ただ一つ、ドミナントという単語だけが、私の頭にこだました。

 

 

 ジャックは私が生きていることを確認すると、一方的に事の詳細を明らかにし始めた。

 

 特攻兵器の正体、旧世代の遺産インターネサイン、無限に成長する兵器パルヴァライザー、やがては人類を死滅させかねないそれらの遺物を根絶するため、それが可能な戦士を探しているということ。バーテックスとアライアンスの戦いは、優秀な戦士を選りすぐるための試験だということ。二十二人のレイヴンが互いに殺し合い、最後の一人に協力を要請する計画の全貌を、私は聞かされた。

 

 しかし私が本当に聞きたかったことは、話の随所に挟まれるドミナントという存在のことだった。先天的戦闘適応者、と訳されるそれは身体の造りからして一般的な人間とは異なるらしく、こと戦闘においては単体で戦局を覆すほどの力を持った、特別な人間だそうだ。

 

「レイヴンズアークで頂点の座にあった、ジノーヴィという男がそうであったと目されている」

 

 ドミナントの存在自体が仮説に過ぎないが、とジャックは付け足したが、私にそれを否定することなど出来るはずもなかった。彼女は、紛れもない本物だったからだ。

 

「私は自分が選ばれた人間だと思っていた。私に勝てる者はおらず、誰も私に逆らえなかった。だが、彼だけは違った。決定的に違ったのだ」

 

 おそらくは、彼女のように。

 

「本当に選ばれた人間というものがいることを私は知った。では、そうでない私はどうすれば良いのか? 何の変哲もない群集の一人に過ぎない私が、どうすれば目指してきた特別な何かになれるというのか?」

 

 レイヴンズアークからの独立を計画したのはその直後だと語った。自分一人で何かを刻めないというならば、同じ凡愚をかき集めその集団を持って自己を誇示するしかない、と。

 

 だが、それは当時の腐敗した社会に蔓延していた権力の奴隷たちと同じ存在だ。彼女が犬と吐き捨てた、何か強い者によりかかることで強くなった錯覚に酔う、仮初めの強者だ。

 

「だから滅んだ。目覚めた特攻兵器によって、たった一晩で」

 

 それが、かつて私が憧れた存在の正体だった。所詮は偽者、私が必死に否定し続けた連中と何ら変わらない弱者だったのだ。

 

「私のような偽者ではあれは倒せない。だが本物、ジノーヴィは特攻兵器が飛来する直前に何者かに破れ、姿を消していた」

 

 その話は知っている。彼の失踪と特攻兵器の目覚めを結びつけて考える者もあったくらいだ。

 

「だから私は探しているのだ。彼を倒した本物、ドミナントを」

 

 そのために計画したのが今回の騒動。生き残った全てのレイヴンを戦場に引き出すことで、真価を測ろうということか。そして候補に挙がったのがサークシティに集められた三人、私とジナイーダ、それにもう一人のレイヴンだったわけだ。

 

 そして私は選から漏れたということか。無謀にも本物に挑み、無様に醜態を晒し、

 

「恥じることはない」

 

 こんな、自分を慰めるだけの言葉を語る奴に自身を投影されて。

 

「ふざけるな」

 

 そう、こいつは私に自分を重ねているのだ。素質に恵まれたことで思い上がり、本物に鼻っ柱をへし折られた惨めさを忘れようと、同じく真の強者に負けた私を隣に置こうとしているのだ。この、狐の名を冠するACの主は!

 

「私をお前たちのような犬と一緒にするなよ」

 

 私はエヴァンジェだ。私は選ばれた神の子だ。私は、

 

「私はドミナントなどに負けない」

 

 どんな手を使ってでも、私は誰にも屈しない。

 

 天の座は、頂点は、栄光は、そして私は、私のものだ。私だけのものだ!

 

 

 私だけのものなんだ!!

 

 

 それから何があったのか、私はおぼろげにしか思い出せない。

 

 いや、そもそもここでこうして語っている私は、このエヴァンジェと同じ存在なのか? それともエヴァンジェという人間の情報を元に構築された何者かなのか? 私にはわからない。

 

 ただ、説明するために第三者が視た彼の記録を追って記すとこうなる。

 

 エヴァンジェはアライアンス前線基地でACと戦闘を行った後に行方をくらませた。

 

 アライアンスとバーテックスの双方が探索を行ったが発見されず。そのままジャック・Oが予告したアライアンス襲撃の時刻が訪れる。

 

 しかし、この頃になると二十二人のレイヴンはほとんどが姿を消し、両陣営の衝突は通常兵器による小競り合いに終わった。なお、この一戦による世界情勢への影響は皆無に等しかった。

 

 同時期、サークシティに存在する旧世代の遺産インターネサインに侵入する者が現れた。

 

 まずはレイヴンの生き残りの一人、ジナイーダ。彼女は施設の中枢に入り込み、これの破壊を行った。

 

 続いてジャック・O。彼は自立兵器パルヴァライザーを撃破すべく、同じく生き残りの一人であるレイヴンと共に侵入を図ったが、一機のACによる邪魔が入り失敗した。

 

 そのACは単独でパルヴァライザーと対峙する。が、情報はここで途絶えている。

 

 何故ならその瞬間から第三者からの記録は私自身の記憶へと摩り替わるからだ。

 

 最初に私の目にしたものはACだった。私はそれを知っていたが、見たことがあるかどうかはわからない。

 

 だが、私はそれと戦わなければならなかった。それだけは確かだった。

 

 私は戦い、そして敗れた。私は倒れ、彼は立っている。それが全てだった。

 

 

「ソウカ…」

 

 

 その言葉を発したのは誰だったのだろうか。

 

 

「オマエモ…ドミナント…」

 

 

 薄れゆく視界と、消えていく思考の中、壁を破って室内に侵入してくるファシネイターの姿を、かろうじて認識できた。

 

 二人は向かい合い、そして決着をつけるのだろう。その結末がどうなるのか、私は知る術を持たない。

 

 決着まで私という存在は存続できないだろうし、

 私は、絶対にそれを理解しない。






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