「烏よ、クリスマスというものを知っているか」
バーテックス統括者、ジャック・Oが滅多に開かない重い口を開く。
普段、思想思考をめぐらせているのか、彼の顔はいつでも強張っている。
しかし、そんな日常を酷な思考で埋め尽くす彼から、
よもやクリスマスなどという単語が出てくるとは、思いもしなかった。

「ジャック。おぬし、何を考えている」
思わず、加えていた煙草を落としてしまった。
ぽとりと渇いた落下音が、妙に耳に障る。

「この前、烏は兵士達に餅を振舞っていたな。
あれを見て思ったのだ。私も何か、イベントをおこしたいと」

なんともはや。どういうわけだ。
毎度ながら、突拍子もないことをいう。

「とはいってもな。どうしたもんか。
私の国では聞かぬ言葉だな、クリスマスとは。
ジャックよ。おぬしは知っているのか?」

「・・・・ふむ」
顎に手をあてて、考えているところを見ると、
単語だけ知っていただけのようだ。

「仕方ない。少し調査してくることにする。
ジャックはジャックで文献などを当たってみてくれ」

「すまない。頼むぞ」
そうして、ジャックはバーテックスの文献保存場に足を向けていった。
烏は考えた。
しかし、どうしてもクリスマスというモノが納得いかず、
これは知識だけではどうにもならぬことと思った。

「どれ。ほかの連中にあたってみるか」



手始めに、ライウンの部屋を訪ねてみることにした。
いつもは食堂で適当な食物をつまんでいるのだが、
今日に限っては、何故か食堂にその巨体がいなかった。

となれば、ガレージか自室になる。

ライウンの部屋は、兵士達が使用する宿舎とは少し離れた場所にある。
自分でバラックを立ててしまうところがすごい。
何より、その作業工程を全て自機を用いてしまうのだから、
元は大工かなにかだったのではないかと思ってしまう。

こんこん、とドアを叩く。
渇いた音だ。随分と良い木材を使用している。

「・・烏大老か。何だ」
いつもどおりの無愛想、そして筋肉質な巨体。
近くで見ると、自分との身長差にたじろいでしまう。

「ちと尋ねたいことがあってな。知恵をかしてくれんか」
そういうと、いかつい顔を少し緩め、部屋の奥に手招いてくれた。



「コーヒーと紅茶、どちらがよい」
「出来れば、日本茶が望ましい」

「・・・くず湯しかない」
「あるのがすごいな」

ライウンは固形物を湯のみに落し、熱湯を注いだ。
白い固形物は少しずつ形を変形させ、お湯のとろみとなり溶けていった。
静かにくず湯を出すライウン。
無骨で大柄な男だが、こういうところに気を使えるのは素晴らしい。

「で、用事とはなんだ」
ライウンは私の真向かいに腰を下ろした。

「いやな、クリスマス、というものを知っているか」
うーん、と唸りをあげ始めるライウン。
恐らく知らないのだろう。それでも無い知恵を絞っているようだ。

「聞いたことはある。
なんでも、円形のスポンジに甘味のあるボンドをデコレーションし、
苺を乗せたものを囲んで、皆で食す行事らしい。
さらに、ロウソクをそれに挿し込んで、火を燈し歌うそうだ」

「・・・本当か、それは」
クリスマスの恐ろしさを噛み締めた。
とりあえず、皆で食卓を囲んで何かを祝うということはわかったが、
まさかボンドでコーティングしたスポンジを食べるとは思いもしなかった。

「わかった。他の連中にも聞いて周ることにしよう。
情報提供を感謝する。これは、礼だ、とっておいてくれ」

そうして、ライウンに「落下玉」という文字の刻まれた紙袋を手渡した。
ライウンは嬉しそうにそれを受け取り、大手を振って見送ってくれた。




ライウンの言うクリスマスとやらは、腹を下しそうなものだった。
一つの情報だけに囚われては、真実は証明されたことにはならない。
ここは一つ、他の者にも尋ねてみることしよう。

バーテックスの食堂に戻ってみると、そこにはオメガとファウストがいた。
相変わらず、オメガは何を考えているかわからない面でむっつりし、
ファウストは表情の読めないオメガと対面して茶を啜っていた。

「烏殿か、いかがした。神妙な面持ちで」
丁寧に敬礼するファウスト。
「・・年寄りが無茶をするからだ」
無表情のまま嫌味をたれるオメガ。相変わらず、一癖ある奴だ。

「二人に知恵を借りたくてな。
クリスマスとやらについて、何か知っていることはないか」

二人は質問を聞いたと同時に押し黙ってしまった。
やはり、戦いに明け暮れていたものにとっては、俗世の行事には一際疎いのだろう。
オメガなど、快楽殺人者とも言わんばかりの思考回路だ。
普段は口の悪さとは反面大人しく、とくに危なげな面は見えないが、
心内では何を考えているか解った者ではない。

ファウストの奴は、レイヴンの年季と実年齢を考えても、
俗世などに興味を持つことは考えにくい。
何より、食文化を重んじるこやつが、クリスマスなど知っているとも思えない。

気がつけば、三人で唸ってしまっていた。
なんとも滑稽な絵である。


「私がレイヴンを退いていた時期に聞いた話によれば、
何か神聖なものが死んだ日だとかなんとか。
恐らく、何らかの神を奉る行事か何かではないでしょうか」

「ふむ、なるほどな」
さすがファウスト。なかなかの情報をもっている。侮れん。

「・・・宗教か。殺しを生業にしている我々にとっては、無意味なものだな」
オメガがむっつりしながら口を開き、にやりと口元を歪める。
確かに言われてみればそうだ。
主に悩めるものを救う、精神的な安息を司るものだとしたら、
我々などそれに見向く意義も価値もない存在となってしまう。

これは面倒なことになった。

「二人とも、ありがとう。私はまた、他のものに当たってみる。邪魔したな」
そういって、二人に「落下玉」を手渡し背を向けた。



「残るは、ンジャムジか。・・期待は出来んな」
そうしてンジャムジを探す。
いつもなら自室でなにやら書物を読み漁っているが、そこに姿はなかった。
となれば、図書館にでもいるのだろう。


図書館の扉を開けると、思ったとおり、
そこにはジャックとンジャムジが座っていた。
相変わらず、この空間は静まり返っており、とても安らぐ。

「ジャック、情報を仕入れてきた」
ンジャムジはこちらに敬礼し、また本に目を向けてしまった。
「ご苦労、私もいろいろ調べてみたのだが・・これを見てくれ」
そうして、ジャックは自分の前に広げられた雑誌を指差した。
そこにはクリスマスがいかなるものか、そして何をするかが乗っているのだが、
旧世代の言葉で大半を埋め尽くされており、理解が出来なかった。
言葉の乱れはメディアにまで到達してしまったのだろうか。
それとも先祖がえりだろうか。

「よくわからぬが、愛しいもの通しで語り合ったり、一緒に過ごすらしい」
ジャックは眉間に皺を作る。忌々しげだ。
「理解できぬな。それにこれを見るに、円形の筒を食している。
ライウンがいっていたが、これはスポンジとボンドだそうだぞ」

「馬鹿な・・・現代人の胃は強化人間をも凌駕したというのか」
そのほかにも、この雑誌には衝撃の事実が記載されている。
苦労して作成した、砂糖や塩でこしらえた小さな家を喜んで噛み砕いたり、
『賛美歌』というアーアー言うだけの歌を大声で張り上げたり、
中にはネズミの巣という快楽地に身を投じ、悦楽にまみれるそうだ。
なんでもそこでは、海を占拠した武装勢力が年中襲撃をしており、
それを占領、もしくは観覧して楽しむのだそうだ。

    • わからない。クリスマスが何なのか、さっぱり理解できない。
ううむ、と唸り続けていると、ンジャムジがこちらに視線を向ける。
なんだろうか。普段喋らない人間がこちらに興味を示す材料とは。

「・・ジャック。烏。クリスマス、いらない。
我々は、我々で、楽しめることをすれば、それが一番」

久々に口を開いたと思えば、我々の苦労を台無しにする発言だった。
しかし、確かにそうだ。外の行事は外でやればよい。
我々は、我々の楽しみ方で、そのクリスマスとやらをやればよい。

「ジャック、ンジャムジは思ったより優秀のようだ」
「全くだな。よし、準備に取り掛かろう。今日は無礼講だ」

そうして、これまで得た情報を参考に、バーテックス内部でパーティが開かれた。
ライウンが作成した木造のAC模型を囲み、
ンジャムジの祖国で使われる楽器を掻き鳴らし、
ファウストがいざというときに寝かせていた果実酒を振舞い、
オメガによる地鶏解体丸焼きショー。

どれも兵達は楽しみ、喜び、うまいものに酔っていった。
男には男の楽しみ方がある。
クリスマスなど、飾られた言葉なのだと知らしめるように。

こうしてバーテックスの聖夜は過ぎていったのであった。








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