傭兵とは常に飢えている。
それがどのような欲求に不満足なのかは人それぞれであるが、
私の場合は大体が食欲である。つまり、空腹なのだ。
いそいそと競歩程度の速度で歩く。
今日の昼は何にしようか、腹持ちの良いものにしようか、
いやいや、ここはサッパリと蕎麦でも食べようか。

このような思考をめぐらすだけでも、食欲が掻き立てられる。
食堂へ向おうとしているところで、なにやら良い香りが鼻腔をくすぐる。
これは・・米の炊き上がる匂いだ。
それもただの米ではない、もちっとした感触が溜まらない、もち米だ。

「烏さん、一体なにを」

廊下の一角を占拠して、なにやら食欲を促進させる湯気を立たせている。
まさかとは思うが、餅でもつこうと言うのだろうか。

「おや、ファウストか。
いいところに来たな、貴殿もちょっと手伝ってくれ」

「は、はあ」

正直、あまり良い気分ではない。
こちらは扱いがひどかろうとめげずに任務や雑務をこなした後で、
何かに噛み付きたくなるくらいの空腹だ。
それの解消のために急いでいたところに、足止めを許しただけでなく、
さらには雑務を要求されてしまった。
しかし、レイヴンの腕や威厳、扱い全てにおいて負けている。
悲しいながらも、空腹を押し殺して烏大老を手伝うことにした。

「さて、ではファウストよ。準備はよいか」
「いつでも」

そうして始まった、バーテックスの餅つき大会。
何故わたしがこのようなことをしているのか、疑問で脳内が満たされる。
しかし、この沸き立つような米の香りに抗うことは出来ない。

「潰されるなよ、それ」
振り下ろされる木槌。一体何処から持ってきたのだろうか。
臼の方も、かなり使い込まれていて年季を感じるほどである。
もしや、趣味は餅つきだったのだろうか。

掛け声と共に、餅は元気に跳ね回る。
それを木槌があがった瞬間に、押さえこみ別の部分を出す。
ふっくらと炊き上がったもち米を、何度も打ち付けることにより、
米粒の形を忘れさせるのである。

いつでも無難に物事をこなすことが出来るからか、
烏さんとの息もピッタリであった。

着実に形を失っていくもち米を見ていると、
何だか飢える気分も次第に落ち着いていった。




「つきあがったな。よし、切り出すぞ」
そういって、出来上がったホコホコの餅を土台にうつす。
これだけでもすでに美味そうだが、
餅の食べ方は千差万別、ここからが勝負といえる。

「では、私は餅を頂く下準備を」
そういって、食堂に向った。




戻ってくると、そこには人だかりが出来ていた。
レイヴンだけに留まらず、バーテックスの兵士がわんさといたのである。
厨房で調味料を借り、からみ餅につけるタネをつくっていたのだが、
これは予想外にも反響を呼んでいる。

「おお、ファウスト。どこにいっていた」
ねじり鉢巻をして、餅を均等に固形化させる烏さん。
あんた、様になりすぎです。

「いえ、ちょっとおろしのタレをつくってきました」
「どれ。・・ふむ、良い味だ。さすがだな」

そういって、私のつくったタレは快く使われることとなった。

今か今かと待ち続ける、バーテックスの精鋭達。
襲撃宣告前の祭り、といったところだろうか。
何にせよ、戦場に赴く兵士への手向けとなるだろう。


「よし、出来上がったぞ」
人数分用意された餅。純白のドレスとでも言うべきか、しわ一つない餅が並べられる。
職人技というのか、食欲をそそりながらも、目を楽しませる。

ひとつひとつ餅をとり、どう染め上げようかを悩む兵士。
黄粉、こしあん、つぶあん、からみとバリエーションはそれなりだ。
正直、どのタネも美味そうで、全種類堪能したいほどである。


「・・・騒がしいな」
どれに染め上げるか悩んでいると、背後から声がする。
騒ぎを聞きつけ、ジャック・Oが沈静化のために赴いたのである。
これはまずい。せっかくの餅がパーになってしまう可能性がある。

「烏か。どうしてこのようなことを」
そうは言いつつも、ジャックの目線の先には突きたての餅に行っていた。
「これからが本腰だろう。ならば、楽しみは多いほうが良いじゃろうて」

そういって、餅を均等にわけている。
喋りながらも手は動きを止めず、純白の結晶をつくりだしている。

「・・・そうか。ならば私もいただくとしよう」
兵士達が驚きの声をあげつつも、ジャックを先導してタネの方に案内していった。
どうやら、餅は無事、味わうことが出来るようである。




「では、いただこう」
そうして、皆が皆、それぞれの好物に染め上げた餅を食し始めた。
そこらじゅうから歓喜の声があがり、
中には故郷を思い出して涙するものもいた。
烏大老もその様子にご満悦のようだ。しかし、どこでその腕を。

「いただきます」
そういって、自分の餅に箸をつける。
大根おろしに醤油ベースのタレを加え、シソの葉を刻み風味をつけた特性のタレ。
どこぞの蕎麦屋もうまかったが、これはかなり自信がある。
未だに熱を失わない餅に、少しだけ空気をいれ冷やす。
そして、からみのタレをたっぷりつけて口にした。

にょーんと伸びる餅は、どこか力強さを持ちながらも、柔軟さを失わない。
シソの風味がとても心地よく、噛み締めるたびにタレの味がよく引き立つ。
素晴らしい、これは改心の出来だ。

烏大老が用意したきな粉も、相当の人気だった。
注目すべきは、きな粉に砂糖だけでなく塩を少量まぜたところにある。
あのしょっぱさが、砂糖の甘味を引き立てるのだ。
さすが大老、わかっていらっしゃる。


「ファウストよ。おぬしのタレは、随分好評のようだな」
そういって、餅を食んでいる烏大老。タレは私がこしらえた、からみであった。

「喜んでいただけて何よりです」

「うむ、ジャックも随分お気に召したようでな。
おぬしを厨房に立たせようとも考えているとか」

それは、なんというか本末転倒というか。
レイヴンの力が必要だったのではないのか、と疑ってしまう。
悪い気分ではないが。

「もはや、我々の灯火は消え失せつつある。ここにいる兵士達と一緒にな。
ならばせめて、出来合いの絆を深めてもよかろうて」

「なるほど。どうやら」
私はざる蕎麦を選んで正解だったようだ。
私利私欲ではない、ここには冷たい外装ながらも、
温かい心遣いが残っている、そう思ったのであった。






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