雷鳴が止んだ。
先ほどまでけたたましく鳴り続けていた甲高い雷鳴は、今は一つも聞こえない。
どうやら、“終わった”らしい。
クレストが所有する巨大な採掘場。
今となってはもう聞こえないが、雷鳴はその採掘場の奥深くで鳴っていた。
今は雷鳴の代わりに、一体のACがいるばかり。そしてそのACの周りには、真黒に焼け焦げたMTの残骸の群れ。
そう聞くだけならばそのACが周りのMTをバッタバッタとなぎ倒したのだと簡単に想像できるが、ひとつだけ奇妙なことがあった。
その一体のAC――黄色く塗られたカラーリングと細い躯体はまるで一筋の雷光のようだ――が、ポーズをとっているのだ。
とても奇妙なポーズを。
具体的に表すと、右足を屈め、左足を真横に伸ばす。その状態で左手は腰に、巨大なレーザーライフルを握る右腕は、まっすぐ真上に。
想像できただろうか。まだ分からない人の為に分かりやすく一言で説明してあげよう。
正確には上半身が少し違ったポーズになるのだが。
つまりは「アクアビットマン!」である。
ヒーローのごとき奇妙なポーズを取ったまま、ACはずっと動かない。
センサーアイが光を灯していることから機能停止しているわけではないようだが、ACが動く気配はまるでなかった。

「……テラ!テラ!聞いてるんですか!?テラ!!」
「ああ、ちゃんと聞いてる。どうした?」
件のACのコクピット内、テラと呼ばれた搭乗者のレイヴンが大声をあげる通信機に向かってめんどくさそうに返事をする。
「どうしたじゃありません!目標はすでに達成しています、速やかに帰還してください!」
「おいおい、もう少しこのままでいさせてくれ。せっかく残骸が周りを取り囲むように撃破したというのに。こんな美しい光景は滅多に見れないぞ」
「どこが美しいんですか!残骸に囲まれてACが変なポーズ取ってるだけじゃないですか!」
変なポーズと言われてテラの顔がひきつる。
「へ……っ!?き、貴様まだこのスペクトルの美しさが理解できんようだな!」
「したくもありません!そのままならまだ見れますが、作戦終了の度に変なポーズ取るのはいい加減やめてください!美しさゼロです!」
「ゼ、ゼロだとっ!?前々から思ってはいたが貴様の脳には美しさを感じる部分が欠如しているようだな!」
「欠如しているのはあなたの方です!さっさと戻ってきてください!輸送機ももう待たせてあるんですよ!?」
互いに音量を大きくしながら口論する二人。
テラは名銃・カラサワのみで戦う機体、スペクトルを駆る確かな操縦技術とこだわりを持った一流のレイヴンなのだが、
持って生まれた少し可哀そうな美的センスのおかげで、これまた優秀であるオペレーターとの口論が絶えない。
当初はオペレーターも聞き流したり愛想笑いや適当な相槌で流していたのだが、ミッション終了後も長時間余韻に浸るため最近は無理やり彼を自分の世界から引き戻すことにしている。
最も、それもあまり効果はないのだが。
「なんと、既に輸送機が到着していたか」
「正確には8分36秒も前に。ですからさっさと帰還してください」
「ふむ」
やっと帰る気になったか、と胸を撫で下ろす。が、これぐらいでこっちの世界に帰ってくるテラではない。
「まぁ、輸送機のパイロットも分かってくれるだろう。正常な美的センスの持ち主であれば、私があと十分ほど自らの勇姿をこの網膜に、脳に、心に刻む時間に費やしたとしても」
「分かりませんっ!!」
結局スペクトルが輸送機のカーゴに収まったのは、それから十二分も経った後のことだった。

テラの朝は行動が必ず決まっている。
まず全裸でベッドからゆっくりと起き上がると、ポリポリと頭をかきながら朝日に目を細めながら窓の外を見つめる。
その後ベッドから抜け出すと下着も履かずに洗面所に直行、顔をジャバジャバと豪快に洗って鏡を見る。
そしてシャコシャコと口の周りに泡を付けながら歯を磨いた後は、バッ、とクローゼットを両手で開き今日の服を選ぶのである。
ここまでがテンプレ。毎朝必ずこの行動を行う。テラの脳内ではあらゆる角度からカメラで撮影がなされているのだが、もちろんカメラなどどこにもない。
「さて……ふむ、依頼は来ていないか」
熱いコーヒーを啜りながら依頼とメールをチェックする。
今日はオフになるか、とメールウインドウを閉じようとしたとき、一件の依頼が舞い込んだ。
「ん、依頼か。……ふむ、クレスト部隊救援……」
内容は作戦行動中のクレストの部隊が所属不明の部隊に遭遇、交戦中だが戦況が芳しくないため救援に来てほしいとのことだった。
「なるほど。オペレーター!」
すぐにオペレーターに通信を繋ぐ。こんな早朝でもちゃんと繋がるんだから、一体コーテックスの職員というものは一体何時に出社しているのやら。
「この依頼を受ける。すぐに手配してくれ」
「分かりました」
それだけを伝えると通信を切り、パソコンも切る。
コーヒーを飲みほすと、PDAを握りしめて部屋を飛び出した。
「ピンチに颯爽と現れ瞬く間に敵を撃破するAC……ふふふ、美しい、美しいぞ……っ!!」
フハハハハハハと笑い声を残しながら、テラはガレージへ急いだ。

「間もなく作戦領域に到達します」
「戦況は?」
「絶望的です。敵MT八機、クレストMT三機。圧倒的に不利な状況です」
「なるほど、いい舞台だっ!」
両手を広げ、天を仰ぎ叫ぶ。この動作も美しいと思っているからこそ。
「……はぁ、不謹慎なこと言ってないで、さっさと投下しますよ。舌噛まないでくださいね」
輸送ヘリのアームが外され、スペクトルが戦場に落とされる。
「一条の光が、今、降り立つ……」
間違えて地の文に「 」を付けたのではないかと思われそうなセリフを呟き、ガシャァンと自由落下で降り立つスペクトル。
着地時に少し屈む姿が美しいため着地寸前のブーストなど当然しない。そんなのは二流のやることだ。
「レイヴンか!?助かった……」
安心したのも束の間、二機の敵MTが一機に挟撃を仕掛ける。
安堵感を得たばかりのMTは、為す術もなく撃破されてしまった。
「ふん、この世界で“助かった”は死亡フラグだということを知らんのか、マヌケめ」
「ちょっ……助けなくてどうするんですか!ミッションの目的分かってます!?」
オペレーターが何か怒鳴り散らすが、ここは無視するに限る。
ドラマが盛り上がっているときの地震速報ほど邪魔なものはないからな。
撃破されたMTを横目に、ゆっくりとスペクトルが戦場を闊歩する。
「さあ君たちは下がっていたまえ。ここからは私の仕事だ」
邪魔なMTを後ろに下がらせ、八機のMTの前にスペクトルが立ちふさがる。
「さあ来たまえ哀れな羊どもよ。私はここから一歩も動くことなく君たちをせん滅して見せよう」
MTとACなのだからそれぐらいできて当たり前な気もするが、セリフが美しいので突っ込むことはしない。
挑発に乗るように八機のMTが散開、全方位からスペクトルに突撃してくる。
「ふっ、少しは考えたか。だがしかし――」
目にも留まらぬ速さでカラサワを正面に構えると、即座に引き金を引き前の前のMTを撃ち抜く。
高速で放たれた光条がMTの躯体を貫き、彼方へと消える。
残されたMTは機体のど真ん中に大きな穴を開け、その場に倒れる。
「――このスペクトルの、敵ではないっ!」
ぎゅるっ、と高速で旋回、まだロックオンサイトに敵を捉えぬ間に引き金を引くが、放たれた蒼き光条は正確にMTを撃ち抜く。
カラサワを運用することだけに特化されたスペクトルは、右腕の運用性が通常のACよりも格段に向上されており、
機体真横への射撃は勿論、背面への射撃さえもが可能になっている。
もちろん、真横、背面への射撃はロックオンができないため勘で撃つしかないのだが、テラはスペクトルの頭部が持つ高性能レーダーにより正確に敵の位置を把握、確実に撃ち抜くことを可能にしている。
可哀そうなセンスさえなければレイヴンとして一目も二目も置かれる存在なのである、実は。
「ふふふふ、来い、さあ来い!」
急速旋回を魅せた後はその場で旋回を行わずに真横への射撃、及び背面撃ち。
スペクトル本体は動かず右腕と唐沢だけがまるで生きているかのように敵を捉え、正確に撃ち抜いていく。
おおよそ、神業と言ってもいいものだった。
「……おや?もうお終いか」
スペクトルを囲うように散らばる八機のMTの残骸。そのどれもが、一撃のもとに撃破されていた。
「味方部隊も無事か。ふふ、実に美しい仕事だったな」
戦闘の余韻に浸っているテラに、オペレーターから通信が入る。
また邪魔をするのかと思ったが、どうやら無視するわけにもいかない内容だった。
「新たな熱源を感知、ACです!」
「……ほう、メインディッシュか」
機体を旋回させあたりを見回す。
「おや?あれは……」
水平線の彼方から高速で接近してくる一機のAC。
その外見は、近頃世間を賑わせている管理者のAC部隊。報告されているその外見にそっくりだった。
「なるほど、あれが管理者のACか、やりがいがあるな」
カラサワの弾丸は十分に残っている。スペクトルの機体損傷もゼロ。十分にやりあえる。
「ミッションでAC戦は久々だな。これは美しいことになりそうだ……」
スペクトルもブーストを吹かし、高速で相手に詰め寄る。
距離を詰めるにつれ相手の姿が細かく見えてきた。
重量二脚の重装型。拡散バズーカとコンテナミサイル、そしてエネルギーシールドか。
「なかなか、スペクトルの痩せた体にはつらそうな武装だな」
敵ACは依然こちらに突進してくる。スペクトルの射程距離内に入ったところで、シールドを構えた。
「ほう、できるな」
一発、試しに撃ってみる。
撃つと同時に敵ACは左腕を細かく動かし、シールドの芯で光条を受け止めた。
いくらかはシールドを貫通して通っただろうが、たいしたダメージは期待できない。
その反応速度と操作の正確さにいくらか感動しつつも、チッと舌を鳴らす。
そしてすぐに、舌打ちはあまり美しくないなと心の中で反省した。
敵ACがシールドの影から右腕のバズーカをスペクトルに向ける。
その巨大な銃口から放たれるのは拡散する砲弾だ。
通常の砲弾よりも小型なため威力は少し劣るが、それでもバズーカということには変わりない。
「おっと」
ぼん、と鈍い破裂音を響かせながら銃口から三発の砲弾が飛び出る。
相手の頭を飛び越えるようにスペクトルが回避するが、あと少し弾頭の拡散具合が大きかったら足を食われていただろう。
そしてそれは、機動性が命である軽量二脚の致命傷にもなり得た。
「寸でのところで回避……美しいな」
頭上を飛び越し、着地と同時に急速旋回、またしてもロックオンせぬ間に引き金を引く。
ジャァッ、とレーザーが装甲を焼く音がしたかと思うと、敵ACの頭部は黒焦げになっていた。
あの様子では内部の電装部もやられただろう。
「ふん、管理者、口ほどにもない」
二発目をお見舞いしようと引き金を引いた瞬間、敵ACは信じられない速度でこちらに向き直り、シールドを目の前に構えた。
「なっ……!?」
放たれた光条はまたしてもシールドに阻まれかき消える。
「……ターンブースター、見落とすとは私もまだまだだな……」
敵ACの両肩には赤いエクステンション、ターンブースターが備わっていた。
機体の機動性を高めるために装備されたものだろう、しかしこれを見落とす詰めの甘さも時として私の美しさのプラス要素になるのではないだろうか。
敵ACはシールドを構えたまま急速後退、スペクトルと距離を取る。
そして動きを止めたかと思うとガシュッ、と敵ACの背部から巨大な球体が射出された。
コンテナミサイル。内部から無数のミサイルをばらまく掃討兵器だ。
空中に自信の位置を固定したコンテナは無数のミサイルを生成しなかった。
遠距離からのカラサワによる目測射撃。
テラの針に糸を通すかのような精密射撃は、今まさにミサイルを生成しようとする球体を撃ち抜き、内部のミサイルを全て有爆させた。
空中で小さな爆発が起こり、球体がかき消える。
と、同時に、テラが狭いコクピット内で急に叫びだす。
「素晴らしい!私自ら私に惜しみないスタンディングオベーションと賛辞の言葉を送りたい!!ロックオンもズームもなくあの小さな球体を撃ち抜く、まさに神業!!!私にしか為せぬ技!!!!」
「真面目に戦ってください」
今まで無言で事の成り行きを見つめていたオペレーターから静かに忠告が入る。
「私はいつでも真面目だ。今までに私がふざけたことがあったか?」
「私から、いえ、世間一般から見ればあなたはいつもふざけてます……」
面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らし、レバーを握りなおすテラ。
なお、戦闘中にACの操縦桿から手を放すのは危険です、読者のみなさんは絶対に真似しないでください。
「まったく、どんな死闘が繰り広げられるのかと思ったら、とんだ雑魚だ。まあ、私の圧勝というのも美しいことに変わりはないがな」
ゆっくりとした動作で敵ACに銃口を向け、引き金を連続で引く。
一発、二発、三発。敵ACに息をつく暇もなく光が降り注ぐが、全てエネルギーシールドに防がれる。
「それもいつまで持つかな」
四発。五発。六発。
「……おかしいぞ、いくらなんでも持ちすぎだ」
エネルギーシールドの使用時の消費エネルギーは決して低いものではない。
にもかかわらず、あのACは先ほどからシールドを展開したままだ。
「やれやれ、管理者のACってのは、どうやら特別製らしいな」
特別、というのもまた美しいな、とも考えたが、エネルギー無制限は少し品がないな、とすぐに考え直すテラ。このレイヴン、余裕である。
「ならばそのシールドを腕ごと奪うまでだ」
がちゃ、とコアの後部が四つに割れ、巨大なブースターが露出する。
膨大なエネルギーがコアに送られ、一気に解き放たれる。
巨大な紫の翼を生やし、急激に加速したスペクトルは、一気に彼我の距離を詰める。
何発もの拡散バズーカの砲弾が迫り来るが、テラは微妙なレバー捌きで見事に全てを回避してみせる。
「鳥だ!飛行機だ!いや、 ス ペ ク ト ル だっ!!!」
叫びながら肉薄、ブレードを振るうがシールドに弾かれてしまう。
「見せたな」
ブレードを弾いたはいいものの、その衝撃で一瞬機体が怯み、シールドが射線から外れる。
急いでシールドを構えなおそうとするが、もう遅い。
スペクトルのカラサワは、敵ACの左腕付け根に巨大な銃口を押し付けていた。
「ゼロ距離射撃、それは威力とロマンの融合」

ゴシャ、と金属が変形し、ひしゃげる音とともに、スペクトルの頭部が吹き飛ぶ。
何の前触れもなくもぎ取られた頭部は、たった今高速で射出され、衝突時の衝撃で大きく変形したミサイルコンテナとともに、スペクトルの背後に落ちた。
「貴様にゼロ距離射撃をやれと言った覚えはないんだが……迂闊だったな」
今日の私は少し緩んでいるようだ、と気を引き締め、左腕に押し付けていたカラサワを発射する。
発射された高出力のレーザーは左腕とコアのジョイント部を貫通、風穴を開ける。
そして支えを失った左腕は重力に耐えきれず、落下。ゴトリと地に落ちる。
「今度こそ終わりだな、管理者の狗。大人しく私の自伝の一ページとなれ」
銃身をずらし、今度はコアに銃口を突き付ける。
しかし、カラサワはその巨大な銃身のため、ゼロ距離と言っても自機と敵機の間に結構な距離ができる。
目の前の敵にバズーカを撃ちこむには十分すぎる距離が。
ヒュッ、と拡散バズーカの銃口が一瞬でテラを捉える。そして、バズーカ砲は真っ二つになった。
「日に三度もミスをする私だと思うか?貴様がバズーカを向けてくることなど予測済みだ」
スペクトルの左腕にはブレードから射出された刀身が現れ、真横に振り切られていた。
「まあ、貴様があがいたところで、私の美しさが増すだけだ。残念だったな」
雷鳴が、幾重にも重なって戦場に響いた。

輸送ヘリが昼のレイヤードを飛んでいく。
ヘリの真下には頭部の吹っ飛んだスペクトルが宙づりに固定され、中ではテラがヘリに揺られながら先ほどの戦闘のハイライトを脳内で再現していた。
「やはり今回の最大の見所は……いやあれも……」
「では、今回のミッションの収支結果を報告します」
トリップ中のテラを慣れた様子で無視し、オペレーターが声を大きめに報告を始める。
自らの世界に土足で踏み入られたテラは顔をしかめ、メインモニターに目を向ける。
「ふん、そんなもの、見ても何の得にもならん。頭部の莫大な修理費を突き付けられるだけだ」
「修理費ですって?無くなったものを一体どうやって修理するって言うんです!買い換えです、買い換え!」
「余計面白くない。あの頭がいくらするか知ってるか?53200コームだぞ。完全な赤字だ、全く」
思えば収支結果が美しいことなど、滅多にない。
黒字であっても修理費だのなんだので汚い数字が並べられる。どうせなら下三桁は切り捨てにすればいい。そうすればいくらか美しい収支結果になるだろう。
「だったら次からは真面目に戦ってください!自分に陶酔して油断するから頭なんか吹き飛ばされるんです!」
「私はいつも真面目だと言っているだろうが!貴様こそもっと真面目に私とスペクトルを評価してみたらどうだ!」
「私だって大真面目に評価してます!機体の性能は認めますが変なポーズ取るためだけのチューニングでプラマイゼロ、むしろマイナスです!あなた自身も腕だけなら一流だというのにそれ以上の日常的なイカれた言動のせいで大きくマイナス評価です!」
褒めているのか貶しているのか、いや貶しているのだろう。大声で行きつく暇もなくたたみかける。
「貴様言わせておけば――」
「あなたこそ――」
ぎゃあぎゃあと二人分の叫びを乗せて、ヘリはガレージへと飛んでいく。

余談だが、彼はどうやらコルレットとウマが合うようだ。
そしてコルレットのオペレーターも、テラのオペレーターとウマが合うそうな。
それについては、また次の機会にでも。了。





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