火星の大地に火星タンポポ。
火星タンポポのわたげが火星の風に乗って火星の空に向かってのぼっていく。
わたげは次第に高度をさげて、真っ赤な大地に着陸し、立派なねっこを生やすのだ。
そんなすごい火星タンポポ畑の真ん中に、なにやら怪しき物体。
脳みそだった。大きな脳みそが透明なケースの中に入っていた。
さりげなく取り付けられている口にそうとうするくちばし型スピーカーとでんでん虫のように伸縮自在のカメラ眼。
その機械の様な変なののめんたまは、火星の青く澄みわたった空に浮ぶ、すぐにでも落ちてきそうなフォボスに向けられていた。
フォボスのジャガイモのような格好は、月とは思えないが月なのだからしょうがない。
でも、厳密にいえば、機動兵器らしいんだが、今はぷかぷか浮いてるんでだいじょぶだ。
「クライン。あれから月日は流れたよ。
今でもお前が何であんな事をしたのか良く分からん。
が、お前の事だ、きっとなんかまた良い事考えてたんだろうなあ……」
脳みそ――ドクトル・サイモンはそのくちばしでしみじみと呟いた。
レイヴンネーム:ドクトル・サイモン。
彼は、優秀たる科学者である。
かつての大深度戦争にて重症を負い、身体の自由を失った。
彼はその当時から科学者であり、かねてからある研究を行っていた。
人の運動神経を極限まで切断・排除し、生きている脳として、永遠の命を手に入れようという物だ。
彼は意を決し自らの身をもって、その技術の実験台となる。
結果は、成功。だからこそ彼は、今此処に存在するのである。
ポワポワと、タンポポのわたげが飛んで行く。誰のため?――果してそれは、人のため。
テラフォーミング計画の産物、火星タンポポは、風に乗って何処までも飛んでいく。
人の住める土地にするため、自らの身をもって土を耕し、地を肥やす。
そうして初めて大きく育つ火星樹が植えられ、火星は緑化されるのだ。
潤ったアーデンの水は、スターライトへと流れ込み、蒸発して大気を循環させる。
その大気によって、タンポポのわたげが飛ぶのだ。
自然は循環している。
それが作られた自然であろうと。
栽培された生態系であろうと。
我われは生きているのだ……。
「そろそろだな……」
ひょいと格納されていた脚を出し、身を起こす彼。
見渡せばわたげの向こうに人影が見えるではないか。
『おーい、アーキテクト! たくさんとれたよー』
人影は次第とはっきりと、彼女が女性だと認識させる。
白いボディスーツを身に纏った、18、19くらいの少女だった。
しかし、彼女は人間ではない。証拠に関節部にはシリンダが露出している。
おでこには第三の眼であるカメラ・アイが埋め込まれている。
彼女は背中に籠を背負っていた。中は土にまみれたたんぽぽのねっこ。彼女の手も土まみれ。
「ごくろうさま。ありがとうエレメント126。これほどあれば、じゅうぶんだ」
『これだけあれば、また薬が作れるね?』
「ああ、失敗ばかりで材料が足りなくなった。いままで買っていた店もこの頃の不況でツブれてしまった。
だから自分でこんな所まで来なければならかったが……まあ、いい運動になった。じゃあ、帰ろうか」
『はい、アーキテクト』
よいしょっ、と、エレメント126と呼ばれた電子の妖精は、サイモンの上に乗っかった。
するとサイモンの脚が展開し、内部の機構が顕わになる。
フロートと呼ばれる反重力発生装置だ。
通常、フロートは、大型の輸送機械に使用される。
それは何故か――それは小型化が容易ではないからだ。
だが、サイモンの脚にはついている。
それは何故か――それは彼が天才だからである!
なるほどと思えばそれまでで、納得いかないと思ってもそれまでだ。
あるものはある。
それで良いではないか!
「推進開始!」
『うおーっ!』
ブォー!
風を巻き上げ、わたげ吹き上げすっ飛ばし、はるか向こうの居住ドームへ。
「ブーストをかけるからしっかり捕まっていてくれ」
『はいアーキテクト』
その姿はまるで滑空する烏。しかし烏のようには高く飛べない。
精々、高度は1メートルそこら。フロートの性質上、それが精一杯だ。
人には限界がある。そして人が作るものにも、性能の限界がある。
サイモンがエレメント126を作ったのは、人とは違うエレメントに次世代の人類を生み出して欲しいからだ。
しかしエレメント126も人によって作られた機械。果して彼女は人を超える事が出来るのだろうか。
だけど考えても仕方が無い。実践せよ。実験場は無数にあるのだから。
サイモンには時間もたっぷりある。彼なら人には出来ない事を出来るかもしれない。
真っ黒なにせものの翼から虹色のブーストの羽を生やして、レイヴンは飛んでいく。
その背中に、夢と希望と、サイモンの科学者としての意地をかけた未来を乗せて……。
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火星タンポポのわたげが火星の風に乗って火星の空に向かってのぼっていく。
わたげは次第に高度をさげて、真っ赤な大地に着陸し、立派なねっこを生やすのだ。
そんなすごい火星タンポポ畑の真ん中に、なにやら怪しき物体。
脳みそだった。大きな脳みそが透明なケースの中に入っていた。
さりげなく取り付けられている口にそうとうするくちばし型スピーカーとでんでん虫のように伸縮自在のカメラ眼。
その機械の様な変なののめんたまは、火星の青く澄みわたった空に浮ぶ、すぐにでも落ちてきそうなフォボスに向けられていた。
フォボスのジャガイモのような格好は、月とは思えないが月なのだからしょうがない。
でも、厳密にいえば、機動兵器らしいんだが、今はぷかぷか浮いてるんでだいじょぶだ。
「クライン。あれから月日は流れたよ。
今でもお前が何であんな事をしたのか良く分からん。
が、お前の事だ、きっとなんかまた良い事考えてたんだろうなあ……」
脳みそ――ドクトル・サイモンはそのくちばしでしみじみと呟いた。
レイヴンネーム:ドクトル・サイモン。
彼は、優秀たる科学者である。
かつての大深度戦争にて重症を負い、身体の自由を失った。
彼はその当時から科学者であり、かねてからある研究を行っていた。
人の運動神経を極限まで切断・排除し、生きている脳として、永遠の命を手に入れようという物だ。
彼は意を決し自らの身をもって、その技術の実験台となる。
結果は、成功。だからこそ彼は、今此処に存在するのである。
ポワポワと、タンポポのわたげが飛んで行く。誰のため?――果してそれは、人のため。
テラフォーミング計画の産物、火星タンポポは、風に乗って何処までも飛んでいく。
人の住める土地にするため、自らの身をもって土を耕し、地を肥やす。
そうして初めて大きく育つ火星樹が植えられ、火星は緑化されるのだ。
潤ったアーデンの水は、スターライトへと流れ込み、蒸発して大気を循環させる。
その大気によって、タンポポのわたげが飛ぶのだ。
自然は循環している。
それが作られた自然であろうと。
栽培された生態系であろうと。
我われは生きているのだ……。
「そろそろだな……」
ひょいと格納されていた脚を出し、身を起こす彼。
見渡せばわたげの向こうに人影が見えるではないか。
『おーい、アーキテクト! たくさんとれたよー』
人影は次第とはっきりと、彼女が女性だと認識させる。
白いボディスーツを身に纏った、18、19くらいの少女だった。
しかし、彼女は人間ではない。証拠に関節部にはシリンダが露出している。
おでこには第三の眼であるカメラ・アイが埋め込まれている。
彼女は背中に籠を背負っていた。中は土にまみれたたんぽぽのねっこ。彼女の手も土まみれ。
「ごくろうさま。ありがとうエレメント126。これほどあれば、じゅうぶんだ」
『これだけあれば、また薬が作れるね?』
「ああ、失敗ばかりで材料が足りなくなった。いままで買っていた店もこの頃の不況でツブれてしまった。
だから自分でこんな所まで来なければならかったが……まあ、いい運動になった。じゃあ、帰ろうか」
『はい、アーキテクト』
よいしょっ、と、エレメント126と呼ばれた電子の妖精は、サイモンの上に乗っかった。
するとサイモンの脚が展開し、内部の機構が顕わになる。
フロートと呼ばれる反重力発生装置だ。
通常、フロートは、大型の輸送機械に使用される。
それは何故か――それは小型化が容易ではないからだ。
だが、サイモンの脚にはついている。
それは何故か――それは彼が天才だからである!
なるほどと思えばそれまでで、納得いかないと思ってもそれまでだ。
あるものはある。
それで良いではないか!
「推進開始!」
『うおーっ!』
ブォー!
風を巻き上げ、わたげ吹き上げすっ飛ばし、はるか向こうの居住ドームへ。
「ブーストをかけるからしっかり捕まっていてくれ」
『はいアーキテクト』
その姿はまるで滑空する烏。しかし烏のようには高く飛べない。
精々、高度は1メートルそこら。フロートの性質上、それが精一杯だ。
人には限界がある。そして人が作るものにも、性能の限界がある。
サイモンがエレメント126を作ったのは、人とは違うエレメントに次世代の人類を生み出して欲しいからだ。
しかしエレメント126も人によって作られた機械。果して彼女は人を超える事が出来るのだろうか。
だけど考えても仕方が無い。実践せよ。実験場は無数にあるのだから。
サイモンには時間もたっぷりある。彼なら人には出来ない事を出来るかもしれない。
真っ黒なにせものの翼から虹色のブーストの羽を生やして、レイヴンは飛んでいく。
その背中に、夢と希望と、サイモンの科学者としての意地をかけた未来を乗せて……。
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