作戦開始時刻。それはもう、過ぎようとしている。
 ジャックは、ジナイーダに回線を開いた。少しばかりのノイズの後、通信ランプがともった。
 「ジナ、そろそろ時間だ。準備は良いか?」
 『勿論だ。だが……あのレイヴンは来なかった様だな」
 「ああ……」
 ジャックが見込んだレイヴン。彼は作戦開始時刻に現われず、少し遅れる、との事。
 だが遅れてもらっては困る。このミッションを成功させるためには、二人のレイヴンが必要なのだ。
 「来れないものは、しょうがない。私が、パルヴァライザーを食い止める。」
 『大丈夫なのか、ジャック。今のお前の腕では、到底かなう相手ではないぞ。何せ、私が何度も破壊しているんだ。そうとうつよくなっているぞ』
 「それは皮肉かい、ジナ。しかし、私がやらなくては誰がやるのか。そうだ、彼が来ないなら、私がやらなくてはならない。
  ……まあ、ヤツには勝てなくても、足止めくらいにはなる筈だ。その隙に、ジナは中枢を叩け。
  パルヴァライザーは総じてエネルギー量の多いモノを狙って襲ってくる。
  私の、フォックス・アイは、キミのファシネイターの三倍以上のエネルギーを持っている。だからヤツは必ず私を最初に狙ってくる。
  だから安心して、中枢を壊せ。蟲は出るだろうが、それは強いキミの腕だ。なんともないだろう?」
 『皮肉返しか、それとも賞賛か……。いずれにしても、これが最後の通信とならんように、祈っているよ、ジャック』
 「私もだよ、ジナイーダ」
 『さて、そろそろ暖気も済んだ。作戦中の私語は厳禁だ。じゃあ、切るぞ』
 「では、最終ミッションを開始する!」
 『了解。これより作戦を開始する――ファシネイター、戦闘モード起動!!』

 回線が、切断される。外部マイクを起動してもスピーカーはほとんど何も出力してくれない。
 張り巡らされたヒカリファイバー。青い電撃が走りぬけ、生物のように鼓動し、音を吸収する壁。
 フォックス・アイを載せるエレベータは動いてはいるが振動も気圧変化も感じさせない。
 ヒトの作った機械とは、まったく異質だ。

 彼を乗せたエレベータは更に更に深く埋没して行く。
 さながら地の底、地獄への超特急。しかし、恐れてはいけない。この先、インターネサインを破壊せねば、地上に、本当の地獄が現われるのだ。
 ビルは薙ぎ倒され、アスファルトは変形し、突き破られた工場は大爆発をおこす。
 ぶち当たり、弾けた蟲の擬似アミノ酸は、大地をおかし、土をその先数百年は草も生えない淡く耀く砂の粒子に変質させる。
 水は枯れ、血に変わり、動物は生きられぬ。人間は死滅し、屍を啜る虫は紅き蟲に成り代わるがその天下も三日で終ってしまう。
 地上はいったん終焉をむかえ、新たな生命の卵となる。原始からのやり直し――プリミティブ・ライトがまた起こる。
 しかし、その卵からは、人間は生まれやしない。別の何か、別の存在、別の生き物、別の生命体、別の魂が、生まれるのだ。
 インターネサインは、過去において、それを度々おこなってきたのだ。
 幾多の世界を食らい尽くしてきたのだ。
 文明を吸収し、己の肉として取り込むのだ!
 掘り出される、旧世代の遺産。それは、過去の文明の名残。人あらざるものから生まれた技術。
 インターネサインに取り込まれ、その永遠の命の糧とされた世界の破片。文明を呼び寄せる、撒き餌と化した知恵!
 人類以前の文明も抵抗はしたのだろう。だが、それは失敗に終っている。インターネサインは依然としてここに存在するのだから。
 それがこれまでの、自然の流れ。掟になりつつある、絶対の運命。


 人はこの機になっても、インターネサインを我が物にして、操ろうとしている。
 そんなことは出来やしないのに。自分達は愚かだった。私は、愚かだった。ジャック・Oは、アライアンスは、エヴァンジェは、本部は……。
 希望も無く、空しい戦いにいそしむ毎日を送る、無限の囚人。檻に囲われたリンクス。インターネサインに飼いならされるネコ科動物。揺り籠という鳥かごに囚われて……。
 羽ばたけるレイヴンですら、そのメビウスから抜け出せず、もがいている。
 だが、そこから抜け出した者がいた。一度はインターネサインをコントロールしようとしたジャック・O。
 彼の依頼を遂行中の、ジナイーダ。時間に現われなかったが、この後の運命を決める、一人のレイヴン。

 サダメ、運命……。そのような与えられた筋書きで、人が滅びる?
 ――それはいやだ。だから止めるのだ。
 エレベータが止まり、有機的な扉が二つに割れた。
 全スペクトルを含んだ、作られた光で、ソコは満たされていた。

 「止めなくてはならない……」
 ジャックは呟く。繰り返し、繰り返し、自分の愚かさを、罪を、塗りこめて隠そうとするように。
 だが消えない、ミッションが成功するまでは!
 「消さなくてはいけない……」
 蝋燭の炎。ユラリ、ユレル、正体が崩れかかっている、人類文明。
 「人類に、栄光を!」
 栄光をもたらしても、人類は互いに争い、全てを破滅に導くかもしれない。
 新たな命は生まれずに、世界は真の終わりをむかえるのだ。
 「だがやらなくてはならない……」
 光がついえれば、先は消える。インターネサインに喰われ、生きたいと思う者を救えない!
 「私は、大バカ者で、傲慢で、嘘つきで、最低の人間だ……。
  そして、今でも私は、自分の為に、ヤツを倒そうとしている。
  私は、ヒーローになりたかった。英雄に、あこがれていた。
  悪き者をくじき、弱きをたすけるファウストさんに、あこがれていたんだ。
  彼のようになりたくて、私はレイヴンになった。だが待っていたのは、汚れ仕事ばかり。
  ヒトを殺し、町を壊し、工場を閉鎖させ、空港を爆破した。時には、好きになった人を撃墜したこともあった。
  そして、それを楽しいと思っていた、私がそこいた。今の私はレイヴンの私を許せない。
  でもって、倒せば罪を償える、都合のいい悪がここにあった。その名はインターネサイン……。人類の敵。
  ファウストさん、貴方が教えてくれなかったら、私は、きっと自分の頭を吹き飛ばしていたでしょう。
  そして、すまなかったなあ、ンジャムジ。本当は、お前と一緒にもっと遊びたかった。
  久しぶりだなあ、いや一日ぶりか、ライウン。いつも食べてばかりだったが、やるときはやってくれたね。
  Ωもいるのか。キミとはあまり話すことは無かったなあ。とても惜しい事をしたよ。
  やあ、烏大老。あんたも取り込まれていたか、そこは居心地がいいかい? でも、私が壊す!」

 ジャックは対峙する。敵影は、一つ。
 真っ赤に染まった、蒼き装甲。所々ひび割れ、閃光の走る、宙に浮ぶ要塞。
 高い天井に、釣り下がるかのようにして、浮遊する機械の塊。
 何本もの腕が、無数の足が、擬似アミノ酸の触手が、ジャックの見知っている男と、女の、顔面が、胸部と思しき場所に張り付いている。
 球体の如く、変体したパルヴァライザー。彼の視覚データに何処からかハックし、映し出された幻想。
 幻影は、口をあけて、ゲラゲラ笑う。あざ笑う、化け物、あらゆる文明の、集大成。ジャックの敵。人類の天敵……。

 『よくきましたね、バーテックスのくだらない計画など……』
 『いいセンスよ……『ここで……『し、死にたくな』
 『ガル『ムー『それじゃあこの先生き残れない『管制室ちゃんと……『じょ、冗談じゃ……』
 『レイヴンなど、不要な存在なのだ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 様々な顔が表面に、その周りの空気に、壁に、天井に、人類の到底及ばぬ技術で立つタワーの表面に!

 『ママ『ぁあああああああああああああああああああ『たすけてよ』
 『なんで僕が『わたしが『俺が『君が『あなたが『しかし殺します』
 『焼いて『焼いて『殺して『強奪せよ!『だがしかし、何もありません』

 泣いて、懇願して、殴られて強姦されて銃殺されてそれで息絶えて、砂に埋もれて、腐って、灰にならずに、埋もれて埋もれて……。

 『ジャック、ジャック、ジャック、ジャックジャックジャック!』
 「貴様……エヴァンジェか!」
 『あっはっはっはっはっはっウァははっはっははイヒぃはははっはっはっはああィいああアァあああー!』

 球体は、形を変え、変質し、訴えを起こし、そして、AC用頭部パーツ『クイーン』となって、膨らんだ蛙の如く、弾けた。
 そして残ったのは、人の形をした、パルヴァライザー。
 エヴァンジェの愛機、オラクルと同じ、二脚のAC。
 紅い装甲が、蒼く蒼く、染まっていく。ブルーに塗れる粉砕する者。
 血風より生まれし銃口を、フォックス・アイに向ける、エヴァンジェの亡霊。

 『ジャック・O! あんたは思ったとおり、此処に来た。ここはお前の墓場だ。道化師ィイイイイイ!』
 「やはり、お前とは縁があるな。最後の最後まで、離れられんようだ……」
 『生きるのは、気持ちが良いか? 気持ちが良くない、私は俺ははは僕は、お前も……。
  私は、こうなったら止められない……。殺す。パルヴァライザー! 俺 は、エヴァ、いや、パルヴァライザァアアアアア!』

 ガクガクと銃口を上げ下げする、エヴァンジェ=パルヴァライザー。
 ジャックは、メインシステムを、戦闘モードへと移行させる。
 コンソール……エンター。
 システムに異常なし。ECM濃度測定……FCSへツウタツ、ロック維持時間キワメテ短シ。
 ジェネレータに異常なし、ラジエータの動作確認完了。
 システムチェック終了。
 メインシステム、戦闘モード起動します。

 『ジャック……済まない。もう、私は、私を俺をパルヴァライザーを抑えられない。
  このままでは、くあああああああ! お、お前が死ぬ。……粉砕シマスいや、それは……。
  逃げてくれ……ジャックゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!』
 「逃げないぞ、私は、……私は! 世界を救うんだ!」
  
 ジャックの思い。鋼鐵の鋼。一切の無駄を省いた、大出力の怪物マシーン。
 エネルギーの塊。相手を倒すためだけに設計された、ジャック・OのAC――フォックス・アイ。
 四つの瞳は、黄色。ジャックは、力強くフットペダルを踏んだ。超重量は、人外のアスファルトを砕き、前に進む。
 右腕のカラサワ・レーザーライフルから何本も真っ白な光線が放たれ、パルヴァライザーにむかう。
 パルヴァライザーはフォックス・アイへブレードを叩き込まんとする。プラズマで大気が灼熱する。
 超重量は、人類外のアスファルトを砕き、前に進む。そして背面ハッチが開き、炎が噴射される。
 驚異的な跳躍で、敵に一気に接近する。
 左腕のカラサワ・レーザーライフルから何本も真っ白な光線が放たれ、パルヴァライザーにむかう。
 だが、パルヴァライザーはそれらをひらりひらりとかわし、エネルギーの尽きかかったフォックス・アイへブレードを叩き込まんとする!
 
 『粉砕セヨ!《パルヴァライザー》!粉砕セヨ!《パルヴァライザー》!粉砕セヨ!《パルヴァライザー》!』
 「ぬぅうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあぁああああああああああ!」

 ジャックはそれを待っていた。エヴァンジェの戦闘データを使っているなら、こうくるとふんでいたのだ。
 フォックス・アイの左手のカラサワ。それにありったけのエネルギーをチャージ。
 真っ向に迫るパルヴァライザーに槍の如く突き刺した!

 『ジャック、俺だよ、私だよ、じゃくわたぢだじゃっくえヴぁんじぇだぁあ嗚呼:::;;。。』
 「やったのか……」
 
 共に落下する二機の巨人。ジャックは反応の無くなったパルヴァライザーを下にして、落下の振動を和らげた。
 カラサワで突き刺されたパルヴァライザー。さながら吸血鬼の最期。そして、粉砕するものは、砂となる。
 淡い蛍雪となり、綻びていく最後のガーディアン。
 激震が走り、点滅する照明。一度暗転し、再びともるがその灯は弱い。

 「ジナイーダが、中枢を破壊したのか。……やってくれたか……よかった」
 
 ジャックは、コクピットで、今日はじめての安堵を感じた。
 これで、開放される。過去の自らの英雄像から、幽霊から……。
 だが、ジャックが、操縦桿を動かし、帰ろうとしたその時だ。
 
 「う、動かないッ」

 何故か、疲れたのか、いや違う、これは……まさか! 

 「パルヴァライザー……」 

 真暗になるコクピット。そして浮かび上がる、肉の塊。醜く、醜悪な、怪物。
 操縦桿から手を離そうとするが、離れない。手は、レバーと同化していた。
 パイロットスーツは、椅子と物理的に融合していた。

 「私に寄生したのか!」
 『ィイイヒいァ・・ジャ・ッァア!!!Iaaaaク・Oぉおイァハアアアおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
 
 最初の感染部位は左のカラサワだ。突き刺したとき、そして燐粉となって飛ぶときに、ヤツは胞子を残したのだ。
 フォックス・アイを汚染し、ジャックを新たな宿主にする気なのだ。瞬く間に感染は、ジャックの脳へと近づいていく。
 そして、完全にネットが完成されれば、パルヴァライザーの意志という寄生体が頭の中を支配し、
 生まれ変わったパルヴァライザー=ジャック・Oによって人類は滅びるのだ……。

 「ライトウエポン、パージ!」

 ジャックは瞬時に判断し、音声入力。右手のカラサワを排除し、その手で左腕を引き千切らんとする。

 「ぐぁあああああああああああああ!」

 ものすごい激痛が彼を襲う。痛覚ネットワークは、すでにジャックに接続されていたのだ。
 真っ赤なオイルが血液の如く噴き出でる。漏電がスパークをおこして、空気をイオンに変える。
 ジャックは反吐を吐き、血を吐き、失禁し脱糞した。だが、彼のナカに何かが入ってくる。
 ナニカの意志が、破壊せよとの命令が。人ではない、自分ではない、ジャックではない、新たなる意志が声をかける……。

 『『『『『粉砕セヨ!《パルヴァライザー!》粉砕セヨ!《パルヴァライザー!》粉砕セヨ!《パルヴァライザー!》』』』』』

 遅かったのだ……ジャックの頭には、もうパルヴァライザー遺伝子が組み込まれてしまった。
 自殺は叶わない。自己殺害プログラムは凍結され、データの奥深くにしまわれた。
 肉体が死ぬには、誰かに破壊されなくてはならない。だが、ジャックとしての意志は、すでに失われようとしている。
 人とは異質な存在に、ジャックは書き換えられようとしている。

 そんな時だ、彼が現われた。
 エレベータの扉が開き、ACが現われた。
 そして、ジャックの意思は、思いつく。彼に殺されよう。そして、私でこんな茶番は終わりにするのだ。
 笑うことの出来ない道化師は、何時かどこかで笑っている子供の夢を見るのだから。
 ジャックは落としたカラサワを拾い、再接続。このようなくだらないサーカスを終わらせるために!

 「おそかったじゃないか……。目的は既に果したよ、彼女がな……」

 道化は言う。大嫌いなジャック・O――レイヴンの自分として。
 私は、死ななくてなならない。英雄になれた私が、人類を、ヒトを、全てを無に還してしまっては、もともこうもないじゃないか。
 幕を引いてくれ、レイヴン。キミになら、それが出来るだろう?
 
 「私の生きた証しを……。レイヴンとして、生きた証しを……、最後に残させてくれ」

 ペダルを踏む必要など最早ない。既に、神経ネットは、身体に接続されている。
 ジャックはACと一体となった。彼が往くと決めたなら誰にも止める事は出来ない。
 冷却機の機能を停止。発動機の出力、オーバードライブ。金属の身体に、極上の熱が伝わってくる。
 辺りに陽炎が立ち込める。対するレイヴンはメインウエポンをフォックスアイ=ジャック・Oに向けた。

 彼らは同時に引き金を引いた。
 そして真っ白な閃光が、全てを支配した……。

 それはヒトあらざる、されどもパルヴァライザーあらざる、はたしてその正体は、ジャック・Oただ一人の物語。
 笑う事は出来なかったが、それでも人を笑わせたかった男の話。
 英雄になりたかった、夢見る子供の話。
 人をたくさん殺して死んだ、道化の話。
 そしてたくさんの人を救ったレイヴンの話。
 たった一羽のちっぽけでそして真っ白な烏の、仮面を捨てた道化の話。

 ――【了】――





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