二人の復讐者に取って不幸だったのは、これがアイラを罠にかける、イレギュラーな舞台設定であったことだ。もし通常のアリーナにおける戦闘であれば、突然の乱入者に対しても運営側は速やかにセキュリティを差し向け排除にあたっていただろう。そうなればACすら保有する部隊だ。現場の二機と協力すれば勝てないまでもアイラが到着するまでの時間稼ぎくらいは出来たかもしれない。
 しかし今回、運営者はリベンジャーの策によって脅迫されている立場であった。乱入したACは明らかに脅迫者の敵で、この一件とは無関係なはずなのだが、変則的な状況を前にして彼らは困惑し、立ち往生してしまったのだ。
 そして使われる立場に過ぎない彼らが取った行動はジオ社の上層部に連絡を取り、指示を仰ぐことだった(乱入者が罠の件が漏れて差し向けられた刺客である可能性も拭えなかった)。だが、アリーナは基本的に独立運営しているため本社との連絡系統は整理されておらず、情報が浸透して指示が下されるまでには相当な時間を必要とする。その間に、乱入者と二機の戦闘は始まってしまい、三機ものACによる戦闘を前にしてはセキュリティガードをしても仲裁など不可能。彼らは傍観を強いられてしまった。
 もっとも、スムーズな対応が出来たところで結果は同じだったかもしれない。その理由として、一つは最終的に上層部より下された命令は不介入、戦闘を続行させることだったため。そしてもう一つは、おそらくは彼らが協力したところで到底太刀打ち出来ないほどに、赤いACの戦闘力が強大であったためである。

 それは正しく蹂躙であった。
 挑戦者たる二人の腕前は決して軽くはない。ヴァッハフントは言うに及ばず、リベンジャーにしろ火星でランカーに名を連ねるレイヴンだ。いかに姦策を弄しようと真っ向勝負を免れない場面は珍しくはなく、その全てを潜り抜けてきた凄腕なのである。
 その二人を持ってしても、その赤いACの前では赤子も同然であった。二機がいかに厚い弾幕を張ろうとも、激しい攻撃を加えようとも、ソレは恐ろしく冷徹に、さもそれが定められた運命であるかのように易々と砲火を掻い潜り、未来を予知するかのごとく的確な射撃で機体を撃ち抜いていく。
 瞬く間にルーキーブレイカーは全身を貫かれ機能停止し、ドラクーガに至っては四肢をバラバラに千切られた末に残されたコアをグレネードの爆炎で燃やされた。いかにコアが頑丈な造りをしていても、黒焦げに焼かれてはパイロットの生存は絶望的である。
 悲しいことに二人は時の英雄アイラ・ルークスカイを陥れようとした悪役である。だからどれだけ残虐に甚振られても観る者が心を痛めることはなかったが、かと言って敵の敵である赤いACが彼らの心を掴むこともまたあり得なかった。
 それほどにソレは冷酷で、一切の隙も余裕も見せない非人間的な戦闘スタイルは人の心を突き放し、観客たちに恐怖以外の何物をも与えてくれなかったのである。
 実際にアリーナへと駆けつけ、ソレを目の当たりにした者は鉄の巨体が放つ威圧感に圧倒され言葉を失ったが、それはモニター越しに見守る者たちにとっても同じことだろう。誰もが本能的に悟っていた。アレは逆らってはいけない存在だ。敵に回せば最後、どれだけ抵抗しようとも、どれだけ逃げ回ろうとも、必ず追い詰められ、排除される。かつて地下世界にてレイヴンズ・ネストの支配下にあった者たちの末裔は、そうわかっていた。
 だから偶然ではないだろう。アリーナの一角にてACの入場口が開き、蒼いACが新たに現れた時、誰もがその来訪を歓迎し、その『敵』を打ち倒してくれる希望を抱いた。
 彼らは知っていたのだ。知識がなくとも、全身に流れる血がそうと教えてくれていた。支配の象徴たるソレを倒すことが出来るのは、ナインブレイカーと呼ばれる伝説のレイヴンだけであることを。
 そしてナインブレイカーの後継者を有した蒼いACブルーバードは、二十五年の歳月を経て、赤いACナインボールと対峙する。
 世界の中心アイザック・シティにて、今、新たな物語がその幕を開けようとしていた。

「で、誰が書いた筋書きなわけ?」
 崩れ落ちる二機のACと立ちはだかる謎の機体が一機。通例によってアリーナの西部に位置する飛行場から運営の案内に従い、舞台へと誘われたアイラは、目の当たりにした光景からここで行われた展開を一瞬で把握し、素直な感想を述べた。
 こう易々と事態を受け入られては、文字通り命懸けとなってしまったリベンジャーも浮かばれないが、種明かしをしてしまえば何と言う事はない。アイラもかつて経験があっただけの話である。他のレイヴンと協力して対象を闇討ちすることも、使用中のアリーナに乱入して対戦者をまとめて打ち倒したことも、あらゆる状況を想定した訓練を受け、実践してきた彼女にとっては、決してあり得ないことではなかった。もっとも、それはあくまで世に公表されない裏世界の出来事であって、このように世間から注目を浴びる場で再現することになろうとは考えていなかったが。
 そして、何よりも彼女を驚かせたのは、これから戦う相手として用意された敵があの、ナインボールであったことだ。
 二代にまたがる宿敵が二十五年の歳月を経て復活し、しかもアイザック・シティという世界の中心で、今やレイヴンを代表する存在となったアイラ・ルークスカイとあいまみえる。偶然として片付けるにはあまりにも出来すぎたシナリオで、物語を指揮する黒幕の存在が見え隠れする。
 アイラには、その正体を確証はなくとも掴んでいた。さらにはそれの意図する目論見までも。
 とは言え、今は現状を切り抜ける方法を考えるのが先だった。いかにアイラと言えど、目の前の赤いACは今後の展望を考える片手間にあしらえる相手ではない。
 覚悟を決めて意識をナインボールへ集中すると、
「アイ、ラ、ルークスカイ」
 今にも息絶えそうな弱々しい声が、シルフィのスピーカーから流れてきた。太い声帯を震わせて発せられる男らしいそれには、かつて耳にした狂気の色は混ざっていなかった。
「アンタは敵だ」
 アイラはぴしゃりと言い放った。
「でも」
 そして視線はモニターに固定させたまま、彼には目を向けようともせずに続ける。
「嫌いじゃない。だから」
 助けてやる、と口にしてスナイパーライフルをナインボールに向けようとしたその時だった。
 ナインボールはシルフィを無視して右手のパルスガンをルーキーブレイカーに向け、トリガーを引いた。おそらくは自動的に連射するよう仕掛けられているのだろう。連なって発射された三発の光弾は、破損し内装が剥き出しになっているルーキーブレイカーの右肩を捉え、その半身を吹き飛ばした。機体存続の限界を超えて損傷した同機は、自らの重量を支えきれず、その場に崩れ落ちる。
 ナインボールは止めを刺すためにグレネード砲を構え、発射態勢を取る。二脚型の肩に載るほどの重量でありながら一撃で重機を吹き飛ばす火力を備えたそれは、大深度戦争期にはACの象徴とまで呼ばれるほどに流行した、クロームの傑作兵器だ。新世代のACと言えど、装甲の剥がれた箇所に撃ち込まれればその身は四散することだろう。
「ナインボール!」
 アイラは吼えてシルフィのブーストを全開し、ナインボールに向け全速で前進する。それを確認したナインボールは彼女へと向き直り、左手に備えたブレードに青白い刃を生み出した。戦闘不能に陥ったヴァッハフントを彼が生かしておいたのは、やがて訪れる本当の敵に決定的な隙を作り出す道具として利用するためだった。
 アイラは内心舌打ちする。全力で加速してしまった以上、もう止まることは出来ない。停止したり転身しようとして減速すれば、人間離れした精密な操作を可能とする敵は確実にその隙を撃ち抜くだろう。これは行動の幅を自ら狭めてしまう、明らかな失策である。
 ナインボールと戦う際には相手の動きを見てから対応出来るよう、常に出力に余裕を残しておかなければならない。父、セッツ・ルークスカイが生み出した鉄則をアイラは嫌と言うほど叩き込まれていたし、今この瞬間も自覚していたが、だからと言ってヴァッハフントが殺されるのを黙って見過ごすことなど出来なかった。もちろん昨日の敵は今日の友、などという奇麗事を吐くほど彼女はセンシティブな人間ではない。しかし、例えそれが成り行きであっても一度助けると決断した以上、それは彼女の意志である。そしてその自由意志を邪魔する相手を、彼女は等しく許さない。
 ナインボールがブレードを振るうと、高エネルギーの刃が三日月状の弾丸と化してシルフィに襲い掛かった。アイラはシルフィの前方に向かう推進力のベクトルを上方に逸らしてそれを飛び越える。飛来する敵弾に突っ込む形になるので無謀に見えるが、相対速度が上がれば弾の誘導性も落ちるので、最小の運動で回避が可能となる合理的な判断である。
 アイラは急激な回避運動で外れてしまった照準を合わせようとするが、回避方法を予測していたのか、それはナインボールの方が早かった。パルスガンの銃口がシルフィの正面を捉え、ルーキーブレイカーを破壊した三発の光弾が放たれる。
「私を」
 アイラは叫びながら体をシートに固定するベルトを外すと、
「なめるな機械人形!!」
 右足を振り上げて両手の添えられた操縦桿の右横に置かれた赤いボタンに蹴り込んだ。するとシルフィの、人間で言う肩甲骨の部分に設置された追加ブースターが作動し、真上に爆風を噴出する。それに押される形でシルフィの全身は急速下降、むしろ落下と呼んだ方が正確だろう、地面に向けて加速し、その頭上を光弾が抜けていった。
 シルフィが着地すると、轟音と共に起こった衝撃でアリーナ全体が揺れる。同機の両足も通常の操作ではあり得ない負荷に悲鳴をあげ、相当するGと震動がパイロットを襲うが、彼女は奥歯を食いしばってそれに耐え、なおも操作を止めようとしない。今度は左足でレバーを蹴り上げてOBを起動させると、バーニアが爆発するまでの一瞬の間を利用して、左手で純酸素ターボチャージャー(第三~五回参照)を稼動させ、右手では再びライフルの照準を合わせ直す。その両方が完了すると同時に強烈な加速がシルフィとアイラを前方に押し出した。両足を上げたために前屈した姿勢では後方からかかるGを吸収できず、内臓が圧迫され肺の空気と胃液が喉下にこみ上がってくる。それでもアイラは止まらず、なおもトリガーを引いて突撃しながらの砲撃を加えた。
 我が身を省みない常識外れの操縦技術は、ナインボールの情報量をしても枠外だったのだろう。通常の操作では起こりえないACの挙動を前に対応する術を無くし、一瞬躊躇うように硬直した後に上空へと逃れようとした。
「逃がさない!」
 それを追ってシルフィもまた宙に舞う。ブレーキをかけるつもりなど最初からない。迎撃しようとパルスガンを構えたナインボールの右腕をムーンライトで切り落とすと、そのまま体当たりしてアリーナの側壁まで押し込んだ。
 ネスト崩壊以後に産まれた技術であるOBのパワーで抑え込まれては、旧世代の動力しか持たないナインボールに抜け出す手段はない。同機は生きている左腕でブレードを振るい、シルフィを切ろうとするが、それを読んでいたアイラは直前に壁に押し付けていた出力を抜き、さらに高く飛び上がることでかわした。
 そして上方からスナイパーライフルを一発ナインボールの頭部に撃ち込むと、再度赤いボタンを蹴り込んで補助ブースターを作動させる。OBに迫る加速で急降下したシルフィの両足は、その直下で体勢を崩しているナインボールを踏みつけ、そのまま落下。地面に叩きつけた。
 なおもアイラは攻撃の手を緩めない。地にめり込んだナインボールにスナイパーライフルの射撃を加えながら距離を取り、右膝をついて体勢を固定させると、左肩のプラズマキャノンを発射する態勢に入った。




「あれがアイラ・ルークスカイか。なるほど、規格外だ」
「当然です。最強の名を冠していてもナインボールは所詮旧世代のAC、現代のトップレイヴンを持ってすれば打倒はそれほど難しいことではありません。それが現実です」
「だが、今の戦いを見るに次の段階は厳しいのではないかな? 彼女は負けるかもしれない」
「構いません。彼女は絶対に負けませんので」
「そう言い切れる根拠は?」
「そのように育てましたから」


「冗談でしょ?」
 プラズマキャノンでナインボールを焼き払ったアイラを襲ったのは、彼女をして絶望たらしめる光景だった。
 その前にここアイザック・シティにおけるアリーナの構造について説明を入れる。戦場となる舞台は施設の中央に位置し、直径1kmほどの球を半分に切ったドーム状を取っている。床を含む壁面は特殊な強化を施した材質で組まれており、少々の衝撃や熱ではびくともしない強度が保たれていた。また、天上部は内部から見るとクリーム色に塗られた壁に過ぎないが、外側からは中の様子が透けて見えるマジックミラーで、好事家は高値を出してそこからAC同士の戦いを見物するのである。
 舞台に障害物の類は置かれておらず、機動の邪魔となるものと言えば、東西南北の壁に沿って立っている曲線状の支柱くらいのもので、その根元にはACの入場口となる扉が取り付けられている。扉の先はアリーナ備え付けのシャトルの離着陸場に繫がっており、参戦者のACはそこを通って闘技場に現れるわけである。
 問題なのはこの扉で、アイラは西の扉から足を踏み入れたのだが、彼女がナインボールを倒すと他の三つ。つまり東、南、北の扉が同時に開き、それぞれからガシャン、ガシャンと鉄の足が床を踏みしめる音が聞こえてきたのであった。
 足音は気味が悪いほど同じタイミングで鳴らされたので、互いの音が重複しあい、アイラには360度の八方から聞こえるような錯覚を感じた。景気付けにライフルを一発空に放つが、胸に溜まる不安は拭えなかった。
 やがて扉の奥から不安の正体が姿を現した。それは、たった今倒したナインボールと全く同じ型をした、三機の赤いACだった。
「これは、さすがにまずいかもね」
 アイラの頬に浮かぶ興奮で上気した汗の上を、新たに流れ落ちた冷たい汗がつたい、その熱を冷ましていった。






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