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ペラ。ペラ。ペラ。
昼下がりの陽光が差し込む部屋に、何かをめくる音が定期的に響く。
とても清潔感あふれる部屋だった。
部屋の壁には多数の本棚が置かれ、その本棚に本を新たに追加するスペースはすでにない。
純白の壁紙に汚れは一つもなく、床に敷かれた絨毯も描かれた優雅な模様を美しく保っている。
ベッドのシーツに乱れはなく、クローゼットやタンスからも何かがはみ出ている様子はない。
そして部屋の中央に置かれたテーブルには、多数のタロットカードが置かれ、今なお一枚ずつめくられ続けている。
カードをめくっているのは、一人の老婦人だった。
穏やかな表情は若かりし頃の美貌と今なお保ち続けている知性を感じさせる。
一枚のカードをめくったとき、婦人の手が止まる。
「……そろそろかね」
言い終わると同時に、コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
しわがれてなお高い声でゆっくりと、向こう側にいる人間に声をかける。
失礼します、と言いながら一人の若い男が入ってきた。
「ミセス・テレジア。お客様がお見えです」
「そう、通しておくれ」
軽く頭を下げ、部屋を出ていく男。
今の男はトーラスの職員だ。この部屋があるのは、トーラスの研究施設、そしてこの部屋は、リンクス:ミセス・テレジアの個室。彼女の生活スペースだ。
一分と経たぬうちに、再びドアがノックされる。
「お入り」
まるでドアの向こうにいるのが誰だか分かっているかのように、軽い調子で声をかける。
ガチャ、とドアが開く音とともに入ってきたのは、テレジアと同じぐらい、もしくは少し若い老紳士だった。
「久しぶりだね、ネオニダス」
リンクス:ネオニダスは、軽く右手を上げながらテレジアの向かいに座る。
「半年振りか?“ビッグ・マザー”」
国家解体戦争時代から畏怖の念を込めて呼ばれていた名を久々に聞き、テレジアは苦笑して右手を振る。
「よしとくれ、その名前も、あたし自身も、もはや過去の遺物さね」
「過去の遺物、か。確かに、今のリンクス達にとっては、オリジナルなど過去の遺物に過ぎんのかもしれんなぁ」
しみじみと言うネオニダスに、テレジアが無言で紅茶を差し出す。
自らの紅茶を眺めながら、テレジアも遠い目をしながら語り始める。
「リンクス戦争で英雄ベルリオーズまでもが死に、今なお戦場に残っているのは王小龍、スティレット、ワカ――」
「“有澤隆文”、だ」
ネオニダスが訂正する。有澤重工のオリジナル、ワカ。またの名を、有澤隆文。現有澤重工社長。
「ああ、そうだったね。全く、あの坊やがえらく出世したもんだ」
そこでふと思い出したようにネオニダスに顔を向ける。
「それで?今日はどうしたんだい」
一口、紅茶をすすってから、ネオニダスは答える。
「……クローズプランを、開始する」
その答えに、テレジアは疑問を抱くでも驚くでもなく、静かに相槌を打つ。
「そうかい。……いよいよだね」
「ホワイトグリントを落としたあのリンクスがこちらに就くかどうかにもある程度かかっているが、メルツェルの策に、隙はない」
「メルツェル、テルミドール、ORCA、か。まさかあんたが、誰かの為に再び戦場へ赴くとはね」
先は短いと言われながらここまで生きてこれたというのに、とテレジアは付け足す。
「だからこそ、だな」
カップを置き、ネオニダスは自分の手のひらを見る。
「リンクス戦争が終わるまで生き残れるかどうかも分からなかった私が、今日まで生きながらえてきたのはおそらく、ORCAの剣となるためだったんだろう」
「戦場での死を選ぶか、ネオニダス」
「まだ死ぬと決まったわけではないがな」
そう答えたネオニダスに、思わずテレジアが声を上げて笑う。
「馬鹿をお言いじゃないよ、ネオニダス。あんたが今日ここへ来たということは、今生の別れを告げに来たということだろう、違うかね」
意地悪げな笑みを浮かべて問うテレジアに、ネオニダスは肩をすくめる。
「……やはり、あんたには敵わんようだ」
「ふん、餓鬼でもわかるさね、そんなこと」
「結局のところ、私はどこまで行ってもリンクスらしい。“一度死んだ”、今でもな」
紅茶を継ぎ足しながら、テレジアも自嘲気味に相槌を打つ。
「誰でもそうさ。特にあたしやあんたなんかはね。コジマに、ネクストに、戦場に魅入られすぎてる」
出撃するたびに、とテレジアは続ける。
「戦場に漂うコジマ粒子が死神の姿を成して、手招きしているのが見えるんだよ。どうやらあたしは、戦場以外では死なせてくれないらしい」
「リンクスの棺桶はネクストのみ、か」
「本望ではあるけどね。カリオンとともに死ねるなら、これ以上ない大往生さ」
「……死んでいった者達も、本望だったと思うか」
「さあね。死んだ本人たちが決めることだ。死者の詮索ほど、無意味なことはないよ」
ふぅむ、とそれきりネオニダスは腕を組んで黙りこくっていた。
テレジアは紅茶をすすりながらその様子を眺めていたが、声をかけることはなかった。
「……もう行くとしよう、邪魔したな、テレジア」
席を立ち、背を向けたネオニダスに向かって、テレジアが呟く。
「またひとり、オリジナルが死ぬね、“テペス・V”」
その言葉に、ネオニダスの足が止まる。
「……テペス・Vは既に死んだ。ここにいるのは、ORCAのリンクス、ネオニダスだ」
納得したように、テレジアがゆっくりとうなずく。
「しかし、友人が死ぬことに変わりはないさね」
「次に会うときは、あの世だな」
「なぁに、すぐにまた会えるだろうさ。……行っておいで」
「ああ。……元気でな、ミセス・テレジア」
バタンと、ドアが閉められる。
部屋に訪れる静寂。窓から差し込む陽光は、夕焼けの赤みを帯び始めている。
日が沈み、夜が訪れるまで、テレジアはネオニダスの出て行ったドアをずっと見つめ続けていた。

窓から、昼下がりの陽光が差し込む部屋。
ペラ。ペラ。ペラ。
カードをめくる音が定期的に部屋に響く。
ミセス・テレジアは穏やかな表情でタロットカードをめくりながら、時折紅茶をすすっていた。
一枚のカードをめくり、テレジアははっと驚いた表情を作る。
が、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。
「逝ったか……テペス・V。いや、ネオニダス……」
窓辺に立ち、空を見上げる。汚染されているとはとても思えない、澄み切った青い空。
人類の半数が幸せな夢を見続けるクレイドルが浮かび、さらにその向こうに、アサルトセルがある。
テレジアの眼はさらにその向こう、彼らが自らの命を捨ててまで目指した、宇宙を見ていた。
「自らが目指した新たなフロンティアを見ることができるのと、生まれた星で死ぬこと。どちらが幸せかしらね、彼らにとっては」




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