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 スカイウォーカーには大きく分けて以下挙げる五種のデータが封じられていた。

 

 

  セッツ・ルークスカイの一生を記した記録

 

  アリス・シュルフの半生を記した記録

 

  ACの遠隔操作システム

 

  特製ハッキングツール

 

  ファンタズマ

 

 

 遂に全貌を現したアイラの秘密を前に、フェイは頬杖をつき、真剣な眼差しで見つめながら、個人が背負うにしては重すぎるその正体を、頭に焼き付けていた。

 

 セッツの記録には世界的に禁忌とされている強化人間の証拠が残されている。アリスの記録を見ればかつて全人類を席巻したネストとナインボールの真実が明らかになる。高度なハッキングツールは強力な強襲兵器と組み合わせることで、あらゆるセキュリティを虚実の両面から切り崩す。そして、これらに最後のピース、人機融合システム・ファンタズマを加えた結果、何が引き起こされるのか。

 

 フェイは本人が思っている以上に頭が切れ、洞察力に長けた人間である。スカイウォーカーの抱える結論には、とうに至っていた。だからこそアイラは彼に自身の全てを委ねたわけで、彼女の観察眼に間違いなどあるはずもない。

 

 大破壊以降、地下へと主な居住地を移した人類が最初に経験した大規模な騒乱、大深度戦争。その終末のキーとなった二人の人物の歩みを紐解けば、その結末は容易に想像がつく。

 

 セッツ・ルークスカイはジャスティスの前でファンタズマを使用した。人機を重ねるシステムが正しく起動したならば、引き起こされる事態は彼とジャスティスの融合以外に考えられない。セッツはネストの目論見に沿い、ACを媒介にして衛星兵器と一体化し、究極の抑止力に自らを昇華させたのである。それは、言わば地球の守り神と呼んで差し支えがないだろう。際限なく規模を拡大させた大深度戦争だが、その末に待つ破滅の直前に境界線を引くことに成功し、戦いを収束に導いたのだから。

 

 更にもう一点。守り神を構成する要素にはネストがアリスを操り仕向けた赤いACが含まれているはずである。そしてスカイウォーカーには指定したACを遠隔操作できるシステムが内蔵されている。つまり、赤いACを地球より操作することが可能ならば、スカイウォーカーはジャスティスの起動させるスイッチの役割を果たすのである。

 

 それがフェイの目の前で白い文字列を表示する黒い箱の正体。そしてその所有主であるアイラ・ルークスカイは、すなわち世界を破壊する権利を与えられた神の子ということになる。

 

 一般的な常識に照らし合わせれば、その結論はあまりに空想的で現実味がなく、他人に話せば失笑を買うような絵空事に見えるが、スカイウォーカーの情報は全てが事実であることを示していた。だが、フェイはそれを無視できるほど鈍感ではなく、丸ごと飲み込めるほど単純でもない。

 

「全く」

 

 眉をひそめながら嘆息する。あのアイラが出し惜しみする内容だ。ただ事でないとは予想出来たが、意気込んで解析してみれば、まさか世界の命運を左右するほどの大事だとは思わず、暗号を解読してしまったことに、アイラからスカイウォーカーを受け取ったことに、さらには彼女と出会ったことにまで、後悔すら覚えていた。だが、フェイは託されたことを捨て去れるほど残酷ではなく、同情に我を騙せるほど多感でもなかった。

 

「俺にどうしろって言うんだ」

 

だから彼は混乱する。隠蔽された歴史の闇とでも言うべき答えを突然に提示され、対応を求められても、つい一年前までは兵器や戦争などとは全く無縁の生活を送り、大深度戦争の時代には生まれてすらいなかった男が、正しい判断など取れるはずがない! そう頭の中で呟き、自分に対して問いかけた。

 

その時である。

 

「待て」

 

 彼は閃き、気付いた。今、一人呟いた言葉の中に、自問した思考の中に、強烈な違和感を放つノイズが存在する。提示された情報以外のキーワード、秘密の行間に潜む真実へのヒントがまだ存在するのだ。

 

 どこだ、どこに矛盾があった。と、フェイはもう一度最初から思考を整理する。しかし彼はやはり優秀な人材だったようで、違和感の理由にすぐに思い当たることが出来た。

 

「大深度戦争の時代に生まれていなかった…?」

 

 そう、セッツを巡る争いに決着がついたのは今を遡ること25年前。現在42歳のアリスが若干17歳の頃の出来事である。当然23歳のフェイは生まれていない。

 

『未成年だと色々厄介なんだよね』

 

 フェイの脳裏に、かつてアイラがあっけらかんと言い放った言葉がよぎる。あれはチームが引き受けた最初のミッションの前日だ。シルフィを改造する資金を調達する名目で、その実財界からの援助を仰ぐため、アブラハム・シティのカジノに出向いた際に彼女はフェイを連れる理由としてそう口にした。

 

 アブラハム・シティにおける未成年とは20歳未満を指す。アイラは19歳なのでそこに不思議はない。だが、そうなると、

 

「セッツ・ルークスカイが亡くなった時、アイラ・ルークスカイは生まれていない?」

 

 彼女が生まれたのは、父親の死後六年のことという矛盾が発生するのである。これをどう解釈すれば良いか? アイラの年齢に偽りがあるのか? あるいはセッツの娘という立場が嘘なのか?

 

 フェイは閑静な自室にて一人考える。矛盾のカラクリもさることながら、アイラ本人はそれを知っているのか。いや、聡明な彼女のことだから気付いているだろうが、ならばこの普通の若者なら、少なくとも自分なら、放っておくなど出来ない大事を、どのように処理をしているのか、あるいは処理できずに胸の奥で滞らせているのか、憶測は止まず、決して答えには届かない。それはまさしくアイラという人間を探る作業に他ならないのだから。

 

 早朝に目覚めてより続けてきた作業も大詰めに入る頃、外では既に日が暮れて一日の終わりを告げようとした。

 

 

 思考が煮詰まり、フェイが立ち上がったのはさらに二時間の後。満月が闇夜の星々を覆い始めていた。

 

 

 チーム・ルークスカイのガレージには三機のACを収容出来るだけのスペースが設けられている。予定通り出撃したサムのアナザーワンが収められていたデッキでは、輸送機器の整備から機械油の清掃まで、出撃中に行うべき後処理が担当のスタッフたちによってそつなくこなされているのだが、本日動く予定の無かったシルフィのデッキでも、多分に非常勤と思われる者たちが忙しなく整備を行っていた。

 

 フェイはそれを一目見て、アイラが非正規に出掛けたことを理解した。次のミッションは白紙のままなのだから換装する理由もないし、つい先日シルフィの仕上がりに満足気な様子を確認しているので、いつもの気紛れで大改造に手を出したわけでもないはず。つまり、スタッフがシルフィを弄っているのは、予定外の出動が行われたことを意味し、外出の足にACを使うアイラの奇行はもはやチームでは常識である。大方、コーヒー豆初め趣味の品物を調達しに町へ出掛けたか、暇潰しか何らかの密命を受けているのかはわからないがお得意のカジノで一儲けしてきたか、そのあたりだろうとフェイはあたりをつけ、口には出さず胸の内に封じ込めた。

 

「さて」

 

 気を取り直してフェイは胸ポケットから細い銀縁のメガネを取り出し、アイラを探し始めた。彼は矯正の必要があるほど視力が低いわけではないが、10mほどの高さにあるACのコックピット周辺にいるのが基本のアイラを地上から見つけるには、裸眼では少々難しいものがあった。

 

 細く長い四肢と黒く流れるような長髪を持つ彼女の姿は、男ばかりの職場ではとにかく目立つ。さほどの苦労もなくフェイはその姿を捉えることが出来た。

 

 彼女はシルフィの肩の部分に片膝を立てた姿勢で腰を下ろしており、携帯電話とは違う小型の通信機を片手に誰かと話している様子であった。足を滑らせれば命も危うい高所で命綱もつけずにリラックスしている姿は危ういことこの上ないが、アイラという人間をよく知った今となっては心配に値することでもなく、例え落ちたとしても無傷で済ませてのけるような、そんな安心感が彼女の堂々とした振る舞いには感じられた。

 

 さて、どうやって声をかけようかとフェイが思案すると、その方法が弾き出されるより先にアイラは彼に気付く。すると彼女はいきなり通信機を切ってしまい、流線型をした機体の表面を滑り落ちるように、しかし所々で出っ張りを掴んで落下速度を調整しながら、フェイの眼前わずか数十cmの距離にストン、と着地した。

 

 フェイからしてみれば何をしているのかと考える間もなく目の前に突然相手が現れたようなものなので、一瞬遅れて「うお!」と声を出してのけぞった。その勢いで二、三歩たたらを踏んだところに、

 

「遅いって」

 

 と、アイラに額を軽く押されると、両足に踏ん張りがまるで効かなくなって、コンクリート張りの通路に尻餅をついてしまった。

 

 試してみるとわかるが、人は重心が安定している時はもちろん、不安定な時もそれを自覚している限りは簡単に倒されたりしない。それが崩れ去るのは体勢を立て直す際の、重心が移動する一瞬である。つまりアイラは、突然の登場に驚き姿勢を崩したフェイが、踏ん張り立ち直るところを見計らってから改めて突き倒すという悪趣味な芸を見せたわけで、そんなことをして面白いのかと問われれば、目を白黒させている彼の姿にケラケラと笑い声をあげている表情を見れば一目瞭然だろう。

 

 アイラの笑顔は無邪気そのものに見えた。

 

「で、何の用?」

 

 そして文句をつけられるよりも真顔に立ち返り用件を問い質す。二歩、三歩と会話を先回りして先手を打つアイラならではのやり口である。

 

 その自己中心的なペースに普通の者なら唖然とするところだが、さすがにフェイは手馴れたもので小さく吹き出すと微笑みすら浮かべながら立ち上がり、

 

「見たよ」

 

 と、簡潔極まる一言で答えた。

 

主語も目的語も省いた文脈ではあったが、アイラはすぐに彼の言わんとしていることを察して、

 

「やるじゃん」

 

 と、やはり簡潔極まる一言で感心の意を伝えた。

 

 二人の会話を訳すならば、

 

『スカイウォーカーを解析してお前の秘密がわかった。何か言うことはあるか?』

 

『あれを見て堂々と振舞えるなんて、肝っ玉が座ってるじゃないか。見直したよ』

 

 となるが、これだけ状況を限定されれば、たった一つの単語でも以心伝心を可能とする程度には、二人の信頼関係は築かれていた。

 

 フェイが落ち着いてゆっくりと立ち上がる間、アイラは辺りを見回して考える素振りを見せた。

 

「どうした?」

 

 フェイが尋ねたところ、

 

「ここじゃまずいか」

 

 と、答えなのか独り言なのか判別しかねる言葉を吐く。アイラにしては珍しく行動に迷いが見られたが、やはり決断は抜群に早く、フェイがようやく二本の足で体を支える姿勢になったところ、その右手を強く引っ張って歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと待て。どうするんだ!?」

 

 歩みの力強さには有無を言わせぬ迫力が備わっており、フェイは躊躇いながら彼女に問うた。アイラはそちらを振り向こうともせずに、

 

「とりあえずアンタの部屋。駄目ならまた考える」

 

 と、断定的なようで曖昧な返事をして、二回りは大きいフェイの体を引きずるように歩みを進める。

 

 何をするつもりなのか、どうして自分の部屋なのか、いくつもの疑問がフェイの頭に浮かんだが、アイラがはっきりと答えないのは答えるつもりがないということなので、聞き直したりせず従うことに決め、この傍若無人な振る舞いにも意味を感じる程度には慣れてきたんだなぁなどと日和ながら、彼は元来た道を引き返すのであった。

 

 

 マスターキーを用いてカードキーを開錠し(なおマスターキーはスカイウォーカーを使って製作したコピーだ)、鉄製の扉を開けたアイラが最初に行ったのは、両目を閉じて呼吸を鎮め、室内の気配を探ることだった。

 

 鍵はかかったままだったので侵入者がいるはずもなく、フェイは彼女が何をしているのか疑問に思ったが、集中を妨げると怒られそうだったので様子を見ることにした。

 

 やがてアイラは、ふぅ、と力を抜き、主に断ることもなくずかずかと部屋にあがりこんだ。

 

「今、何をしたんだ?」

 

 もういいだろうとフェイが先ほどのアイラの行動について尋ねる。彼女は悪びれもせずに冷蔵庫を勝手に漁りながら、背中越しにこう答えた。

 

「盗聴器とかあると厄介だからさ、念を入れて、ね」

 

 アイラ曰く、半径10mくらいの範囲ならば電磁波を肌で感じ取ることが可能で、盗聴器や隠しカメラを探し出せるのだという。

 

 人間離れした特技にフェイは驚くと共に、ふとサムの幼い顔を思い出した。そう、瞳を閉じて意識を拡散させる姿は、彼が強化人間としての「眼」を開く際と同じ動作ではないか。

 

 では、アイラはやはり…とフェイが考えをまとめ始めたところで、

 

「言っておくけど誰でも出来ることだよ、こんなの」

 

 彼女はあらぬ方向へ予測を立てそうになった彼に釘を刺した。

 

「真っ暗な中でテレビが点けっぱなしになっていると何となくわかる、アレの応用。私がこの手の訓練受けているのはわかっているでしょ」

 

 フェイははっとする。

 

「すまん、変なこと考えた」

 

「言葉選べば? 二人っきりのこの状況で変なこと考えるって、結構な爆弾発言だよ」

 

 冷蔵庫から冷えた缶コーヒーを取り出しながらアイラは言った。無論、彼女が訪れた場合に備えてフェイが用意しておいた一本である。そのフェイが思わぬ切り替えしに二の句が告げられずわたわたと慌てているが。

 

 アイラはそんなフェイを尻目に、キッチン・リビングの中央に置かれた四角いテーブルの上座に、どっかりとリラックスした様子でついた。左手でばらついた黒髪をまとめながら、右手だけで器用にプルタブを開けてコーヒーに口をつける。

 

 フェイが彼女の左側、90度入れ違いになる形で腰を下ろすと、アイラは言った。

 

「じゃ、答え合わせしようか」

 

 フェイは椅子の向きを45度回し、真っ直ぐにアイラの両目を見つめていた。アイラはにっ、と不敵な笑みを浮かべると、缶を大きな音を立てて力強くテーブルに置き、彼の方へ向き直った。

 

「アンタ、どれくらい私のことわかっている?」

 

 

 フェイは手に入れた情報を箇条書きに近い形で並べて答えることにした。珍しいアイラの疑問形は対象が曖昧で、どの要項を中心に据えて答えれば良いか判断がつかなかったのだ。

 

 これは意図的な手法に思われた。どのようにも答えられる形で聞き出すことで、相手の関心がどこに一番向いているのか探ろうという腹だろう。

 

 とは言え、フェイ自身も自分がどこに興味を抱き、どういう順番でアイラから答えを聞き出そうとしているのかわからなかったので、正直に全部を並べようと思い、先の箇条書きに落ち着いたのである。

 

 冒頭の五点に、その危険性を承知していることを加えて話し終えると、それは合格だったのかアイラはにこにこと機嫌が良さそうに笑っていた。彼女は本心をほとんど他人に見せないが、表情で嘘をつくことは少ないので、フェイの選択は正解であるようだった。

 

「ホント、大したもんだわ」

 

 彼女は言った。

 

「初めはさ、ここまで教えるつもりなんてなかった。精々がオヤジの死ぬまでの話で、没年と私の生まれた年を不思議に思えば合格なんて考えていたけどね」

 

 それは通常の操作のみで起動することの出来たセッツの記録についてだろう。後日、つまりは今日だ、アイラがオリジナル言語を用いた封印を解いてくれなければ、一日で情報の最下層まで到達するなど到底不可能だった。

 

「アンタ、優秀だよ。アリスは『どうでも良い奴をマネージャーに』なんて言ってたけど、とんでもない」

 

「たまたまアセンブリを使えただけだよ」

 

 フェイは本心から謙遜するが、アイラは首を横に振った。

 

「そんなのどうでも良いよ、前の奴にだって出来たことだし」

 

 フェイとしては異能揃いのチームにあって自慢できる数少ない特技の一つだったので、どうでも良いと言われるといささかショックを受けるのだが、それはこの場で口にすべき問題ではなかったので聞き流すことにした。

 

「私にとって大切なのは、あれだけ馬鹿みたいに大袈裟な話を聞けば疑問も山ほど出てきただろうに、結論どころか仮説も立てずに、疑問を疑問のままで持ち続けているってこと」

 

 フェイは相手の言っていることがわからなかったので、口を挟まずに補足を待つことにした。するとアイラは面白そうに、その様子を指さす。

 

「そう、それ。ちゃんとわからない時はわからないって認めている。下手に賢くて、自分を大人だなんて思っている奴は、私のことなんか無視して万事決めつけて行動するんだよ。例えば前任、アイツは私を悲劇の主人公みたいに扱ってレイヴンを辞めるよう勧めてきた。一見相手を思いやっているようだけど、私がどう思っているのか聞きもせずに押しつけてくるんだからたまらない。急に増えた知識に筋が通っていないと気持ち悪いから、自分が納得出来るようにお話をでっちあげただけだって気付いていない。一度こうなると私の考えなんて聞きやしないんだからタチが悪いんだ」

 

 アイラは喉を鳴らしていかにも嫌そうに両の手の平を返す。いかにも不満げな様子にフェイは少なからず驚いた。彼にとってアイラ・ルークスカイはいつも飄々としていて他人は他人と割り切った態度を示すものなのだが、このように素直に、子供らしく、思いのほどをぶつけることも出来るとは。つくづく懐が深い、と彼は思う。

 

「ま、仕方のないことなんだけどね。アイツらは物のわかった大人なんだから、わからないことなんてないと思ってるんでしょ」

 

「じゃあ俺は道理のわからないガキってことかよ」

 

「そう、だから信用できるって言ってる」

 

 フェイは不平を漏らすが、笑顔で肯定されたのでそれ以上追及出来なくなった。決して望んだ形ではないが、アイラに褒められるのは悪い気分はしなかった。

 

「アンタだって色々考えたと思う。さっきだって私が強化人間かアンドロイドか、人外の何かなんじゃないかって思ったでしょ? そう考える材料は確かにあるし、考えたっておかしくないけど、そうだって決め付けるのはおかしな話。それが事実であれ嘘であれ。私が今まで会ってきたのは、真っ先にあたりをつけて、世界をでっちあげて、偏見にまみれてしか物を口に出来なくなる大人ばかりだった」

 

 アイラは缶を指先でつまんで揺らしながら、小さくため息をついた。

 

「もうわかっていると思うけど、私と、私を取り巻く環境は普通じゃない。頭の固い連中に暴露するには、ちょっとばかり刺激が強すぎるんだよね。何しろ変に曲解すれば、世界征服を企んだっておかしくないような話なんだから」

 

 確かに、とフェイは思う。彼の予想が正しければ、スカイウォーカーは言ってみればジャスティスの起動装置に等しい、大破壊の鍵だ。国を丸々一つ買えるような額を出すテロ組織もあるだろうし、この黒い箱はそれだけの価値と力を備えているわけだ。

 

 ここで、フェイが口を開く。彼が今アイラに尋ねたいこと、尋ねなければいけないこととは…

 

「お前は、どう思っているんだ?」

 

 声にしてから、あまりに言葉足らずだったので恥ずかしくなるが、アイラならばこちらの意図を察してくれると信じられたので、余計な補足は避けることにした。彼女の瞳は、いつだって相手の言の裏に潜む、その人の真実を射抜いている。

 

 アイラは不自然に少し間を置き、それからあははと声をあげて笑った。それがいかに珍しいことであるか、フェイの驚きぶりを見ればわかることだろう。そして、彼女はやおら缶を放り投げて、

 

「知ったことか馬鹿野郎!!」

 

 シン、と室内は水を打ったように静まり返り、アイラの投げた缶がプラスチック製のゴミ箱にカラカラと収められた。静寂は一秒にも満たない刹那だっただろうが、フェイにはそれが数十分、数時間、少なくともスカイウォーカーの解析に費やした時間よりも長く体感できた。当然だ、たかだか数週間で解決したそれに比べて、アイラの本音は二十年弱、彼女の全人生を賭けて取り組んできた命題なのだから。

 

「ってのが本音の本音だね。物心ついた時にはACに乗せられて、コンピュータも扱えるようになっていた。傍らにはいつもソイツが置かれていて、ソイツに従うしか私にすることなんてなかったのさ。言ってみりゃ親代わり、だからソイツが私の全てなんだ」

 

 幼きアイラに与えられたのはACとスカイウォーカーだけ。それはきっと父、セッツよりも寂れた灰色の青春だったと言えるだろう。明確な意図を持って丹念に組み上げられた機械人形だった彼に比べ、アイラはやむなくその道を選ばざるを得ず、その上父親の人生分さらに重い荷物を背負わされてきたのだ。

 

「ま、おかげで今は人一倍自由が利くようになったのも確かなんだけどさ。だからこればっかりは誰にも邪魔させない。せっかく手に入れた自由は、とことんまで楽しませてもらうって決めているんだ」

 

 凄い、とフェイは心底感嘆する。およそ人並みの幼少時代を送ることが出来ず、実際に人外に近い戦士へと成長を遂げたアイラであるが、手に入れ損ねた人生に劣等感を抱くことなく、ただ前を向いて、ひたすらに自由を謳歌している。父であるセッツは死の間際まで苦心していた戦いに、彼女は既に打ち勝っているのだ。これは本人に聞いてみなければわからないことだが、その開き直りが父親の記録と記憶から生じた奇跡であるならば、セッツの人生は決して無駄ではなかったことの証明になるだろう。ナインボールを破り、ネストを潰したことなどよりも、たった一人の愛娘に生きる道を示したことの方が、人として輝かしい偉業と言えるはずだ。きっと、セッツもそれを望んでいる。

 

 ここで一つ疑問が再燃する。余計な疑問を口にしないことを賞賛されたフェイではあるが、ここはどうしても確認しておきたい事項であった。何故なら、この一点が崩れてしまえば、アイラとセッツの、ルークスカイ親子の人生の継承が台無しになってしまいかねないからだ。

 

「ところで、お前、今19歳だったよな」

 

 フェイが訊くと、アイラはそれだけで内容を察したのか「ああ」と言ってうなずいた。

 

「オヤジが死んだ年に、私はまだ生まれていないってこと?」

 

 フェイは頷いた。

 

「さあね。どうせアリスがどうにかしたんだろうけど、私はそんなことに興味ない」

 

「興味ないって、それはいくら何でも」

 

「私が誰の子供だろうと、私はオヤジの娘として育っちゃった。だから今更その真偽がどうだろうと、あんまり関係ないんだよ」

 

 あっけらかんとしてアイラは言い放つ。その態度にフェイは衝撃を受けたが、この上なくアイラらしい態度とも言えるので、言及しても仕方のないことと思った。考えてみれば、今更アイラとセッツに血縁がなかったとしても、アイラがどこの馬の骨とも知れぬ男の娘だったとしても、こうしてスカイウォーカーをしっかりと継承している以上、もはや誰も文句をつけることの出来ないルークスカイの末裔と言えるはずだ。

 

「やっぱ、アンタは優秀だよ」

 

 アイラは言った。

 

「中には、こう言ったら何を勘違いしたのか、変に正義漢ぶっちゃってアリスに直談判しに行った奴もいた。次の日にはクビにしてやったけどね」

 

「アリスは」

 

 フェイが何か言いかけると、アイラはそれを予知していたかのように口を挟んで横槍を入れた。

 

「アリスは私を使って何か企んでいる。それは下手すると世界単位でまずいことなのかもしれないけど、私には興味のないこと」

 

 

「私は私の自由を邪魔されない限り」

 

 

「誰がどうなろうと興味ない」

 

 

 おそらく、それがアイラの核心とも言える本音なのだろう。フェイは思った。

 

 アイラは満足のいく自由を手にしており、命に代えてもそれを守ろうとする。だからアリスが何を企んでいようとも、その結果チームを初め自由の利く立場を保証してくれるならば咎めるつもりはなく、逆に自由を邪魔するものに対しては、エムロードのように自分の助けになっていたとしても平気で切り捨て地球に逃亡する。

 

 これがアイラ・ルークスカイの行動原理なのだ。

 

「ねえ、フェイ」

 

 アイラはフェイの名前を呼んだ。

 

 フェイ、自分の名前をアイラの声色が紡いだことに彼はどきりとする。考えてみれば、彼女がその名を口にするのはいつ以来だろうか。(ちなみに本人に名前で呼びかけたのは過去一度だけです)

 

「正直言って、地球に降りた時は不安だった。一人は何よりも自由だけど、それでもやっぱり一人だし。だから、アンタがいてくれて良かった」

 

 ちらりと弱音が垣間見えるそれは、実にアイラらしくない発言であったが、同時にアイラだからこそ光る不思議な言葉だった。少なくともフェイにはそう思えた。

 

「もう一度訊いていいか?」

 

 アイラはうなずく。

 

「どうしてコレを俺に?」

 

 フェイの問いはやはり目的語の不足した、出来の悪い虫食い言葉であったが、それでもアイラはちゃんと汲み取り、真意を受け止める。

 

 アイラは左の小指をぴっとフェイに突きつけて、笑いながら言った。

 

「私の話を聞いてほしかったんだよ」




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