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 スカイウォーカーに眠るデータの内、通常の操作で閲覧可能とされているのはここまでだ。この奥に保管された情報は、機械言語を操るフェイですら目にしたことのないオリジナルの言語で構成されており、閲覧には翻訳ソフトを用いる必要があった。

 

 単純でこの上なく手間のかかった封印に、フェイが手をかけるのはこれが二度目になる。彼はスカイウォーカーを手渡された当日、常識外れの封印方法に面食らったが、いったん全てのプログラムを1と0の二進数に還元し、アセンブラとして再構築する荒業を持って解読に成功していた。

 

 作業には膨大な労力を要したが、再現されたプログラムは手間に見合う驚異的な性能を見せ付けた。それは指定したコンピュータネットワークに接触するや否や幾百に及ぶ法則の下に演算を同時進行させ、あらゆるプロテクトを破ってしまうハッキングプログラムだった。

 

そう、セッツ・ルークスカイが強化人間研究施設のデータバンクに侵入するために作成したプログラムである。

 

 試験的にチーム・ルークスカイの内部ネットワークに使用したところ、ものの数分で管理者権限を取得してしまった。その後、例のフリーダムトルーパーズに関するミッションでアイラから調査を依頼された際にも利用したのだが、何とコンコードの極秘資料まで入手してしまい、おかげで度を過ぎた成果を報告することになって、封印されたプログラムに手をつけたことを、彼女に嗅ぎ付けられたわけだ。

 

 しかし真に恐るべきはスカイウォーカーの底知れぬ性能だろう。これほどまでに言語道断な機能を持ったソフトを内包しておきながら、それが保管されているのはまだメモリの中層部に過ぎないのだ。このコンピュータ、そしてアイラ・ルークスカイには、一体どれほど巨大な秘密が抱えられているというのか。閲覧者として、何よりも彼女のパートナーとして、フェイは大きな興味と恐れを抱かずにはいられなかった。

 

 

 本番を前にしてフェイは体を伸ばして一息をつく。ふと時計に目をやると、既に三時間が経過していた。集中すると時の流れが早い、表層部を抜けるだけでずいぶんな時間を食ってしまった。

 

 まだまだ先は長いので彼はここでいったん休憩を入れることにする。

 

 スカイウォーカーをスリープさせて据え置き、遅めの朝食を準備するためキッチンに立つ。火照った頭で面倒な調理をするつもりにはなれなかったので、トーストとコーヒーだけで簡単に済ますことにした。とは言え、パンは基地内で手に入るものでは最高級の品だし(他に金をかけるものがないと本人談)、コーヒーに至ってはアイラの影響で揃えた十種以上の豆をブレンドするこだわりぶりなのだが。

 

「俺って案外几帳面な奴だったんだな…」

 

 丁寧にお湯を垂らし豆が膨らむまで待っている間、フェイはそんな自分の姿を想像して自嘲気味に呟いた。人の個性とは周囲の人々と照らし合わせてこそ浮かび上がるものなのか、嫌々アイラを空港まで迎えに行っていた頃はもっといい加減で適当な人間だと思っていたのだが、いざチーム・ルークスカイの一員として働いてみると、むしろ諌められるほどに肩肘を張り、西へ東へと奔走する自分がいた。(ブレイクタイムだからぶっちゃけるけど、作者も予想外だったよ)

 

 そんな忙しく潔癖な人格の賜物か、出来上がった朝食は手を抜いたにも関わらず十分に美味しかった。トーストはジャムやバターを乗せるまでもなく甘く香ばしい匂いが漂っていたし、コーヒーなど店舗顔負けのコクを生み出していた(何しろ酸化を防ぐために真空パックで保存しているくらいだ! 保存は開封までは冷凍庫、開けたら冷蔵庫でry)。

 

 そこまで真面目な彼が、食事時に思うのはやはりパートナー、アイラ・ルークスカイのことだ。彼女が「私の全て」と宣言してスカイウォーカーを渡したのは、やはり自身について語りたい、知って欲しい何かがあったのだろう。しかしそれは誰にでも閲覧できる表層部に限った話のはずだ。彼女はフェイがハッキングプログラムを使って見せるまで、彼が特殊な技術を会得していることを知らなかったのだから。ならばこそ、フェイは今日まで無闇に封印を解こうとはしなかったのである。

 

 だが、秘密の一部を暴かれたと知った時のアイラは嬉しげだった。それがいかに特別な出来事であるか、フェイはこの数ヶ月で骨身に染みるほど実感している。彼女は表情豊かに喜怒哀楽を表現するが、それを他人と共有することは稀で、ほとんどが自己完結、言ってしまえば周りのことなど気にかけず勝手に騒いで終わらせてしまうのだ。それがわざわざフェイの部屋まで出向き、微笑みと一緒に感情を伝えようとした、少なくともフェイにはそう見えた、のだから事件と言わざるをえない。

 

 空の食器を流し場に重ね、中ほどまで注いだコーヒーカップをスカイウォーカーの隣にどん、と置くと、フェイは決意を新たにして封印された情報と向かい合った。

 

 まずは機械言語に還元するためにソフトの情報を開示させるよう命令を送る。すると、スカイウォーカーは作成者以外には読み解くことの出来ないプログラムを表示するはずなのだが、ここで異変は起きた。黒い画面に白抜きで記された文字列は確かに以前目を白黒させた特殊言語だったのだが、それは一瞬だけ表れるとすぐに暗転し、見慣れた言語で書かれたプログラムに変換された。

 

 突然の変化にフェイは面食らったが、すぐに平静を取り戻すことができた。こんな真似ができるのは翻訳ソフトを持つ者、すなわちアイラだけだ。彼女はフェイが眠っている間にソフトを使用し、彼がスカイウォーカーの底まで辿り着けるよう道を指し示したのだ。

 

 彼にはこれがアイラからのメッセージのように思えた。秘密を暴くことを許可する、私の全てを捕まえてみろ。

 

「やってやるさ」

 

 フェイは言った。

 

「ここまで来たら逃げはしない。勿体ぶった秘密を引きずり出してやる」

 

 言葉の矛先はスカイウォーカーの裏に潜む、一人の少女に向けられていた。

 

 

 同時刻、スカイウォーカーの封印を解く者がもう一人あった。

 

 光の届かぬ地下深く、古めかしい蝋燭など持ち出して手元を照らし、深淵に臨む彼の名はアリス・シュルフ。小柄な体に巨大な野心を秘め、権力の隙間に策謀を張り巡らせる、チーム・ルークスカイの長である。

 

 彼が眠りにつくことはほとんどない。その日に処理できる全ての執務を終えてから私室へと戻り、明日の仕事が始まるまでの大半を、スカイウォーカーの深部に眠る情報を眺めて過ごしてしまうからだ。

 

 それでも疲労を感じたり、集中を絶やすことはない。その記録を目にする度に蘇る彼の記憶が、神経を昂ぶらせ、脳に覚醒を促し、全身を突き動かすのだ。

 

 とは言え現実的な問題として、彼が人間である限り睡眠を取らずに生きていける道理はない。不眠不休の活動は確実に寿命を奪っているはずで、特にここ数年は手足の痺れを初め健康面に影響が出始めている。この生活を続ければ、先は長くないだろう。

 

「構わない」

 

 言葉と共に息を吐き出すと、それで痛覚を麻痺させていた緊張がわずかに解けたのか、両目に突き刺すような痛みが走った。痛み自体は珍しくもないので気にならなかったが、おそらく充血して瞼が腫れ上がっているので、ポケットから目薬を取り出して抑えることにした。身体を振り返るつもりなどないが、血走った眼で顔を合わせていてはビジネスに差し支えが出るし、同僚に無用な心配をかけて面倒な思いをすることになる。この状態を知る数少ない人物であるウィンが休息を促してくるのを、諦めさせるまで何ヶ月もかかったものだ。

 

 人付き合いは難しい。自分の所有物である自分の身体を他でもない自分が無価値と定めているのに、やたらと気を回し重宝してくるのだから。

 

「一年でいい、それだけあれば完成する」

 

 目薬の蓋を締めて、にじんだ視界でディスプレイを睨みつけた。そして、そこに映るものを認識すると、血液が沸騰する錯覚に陥るほどの興奮に五体が満たされた。怒りのホルモンことノルアドレナリンが全速で分泌されているのが実感できる。それは人を戦闘に駆り立てる脳内物質だ。戦いに不必要な痛覚や理性を奪い、緊張と不安を強いることで突発的な反射行動に身体を備えさせる。血圧が下がって顔色は真っ青になり、続いて身震いするほどの快感と不快感が螺旋となって四肢に染み渡る。

 

「そうすれば」

 

 これは生命の維持、もしくはそれに類する危険と相対し、それを能動的に取り除こうとする際の、人間として正しい反応だ。そう、これは今のアリスに残されている、数少ない人間らしい感覚なのだ。

 

「あとはアイラがアイツを倒してくれる…!」

 

 両肘をデスクについて頭を抱えると、彼はぜえぜえと息を荒げながら画面の「それ」を確認する。スカイウォーカーがアイラの全てだと言うならば、アリスの全てとはまさしくその存在に収束された。

 

 スカイウォーカーのディスプレイに表示されていたのは赤いAC、かつて陰よりこの世界を支配していたレイヴンズ・ネストが生み出した、秩序の管理者ことナインボールの姿だった。

 

 気付くと両目の痛みはすっかり引いていた。

 

 

 彼は決して特別な人間ではなかった。

 

 そこそこに裕福な家庭に生まれ、飢えない程度の食事と不自由を感じない程度の住まいに暮らし、時々風邪など引きながらも異常と呼ぶべき箇所など一つもない身体で成長した。また気の合う仲間とグループを作り、そりの合わない相手とケンカをしながらも、喜び怒り哀しみ楽しむ姿は、健やかと呼んで差し支えのないものだった。

 

 授かった命を謳歌する運命を、彼自身を含む誰もが疑わなかった。彼は紛れもなく凡々たる人間で、凡百の同類と同じように生きる権利を持ち、同じように破滅する危険を背負っていた。

 

 そう、破滅に理由などない。誰もが等しく可能性を持っていて、たまたま彼の順番が来たに過ぎないのだ。

 

 

 その光景を彼は決して忘れないだろう。

 

 窓ガラスから差し込む光は赤く、見慣れた家々は真っ赤な影を映し出していた。炎に照らされた夜空は朝焼けのように白く明るくて、星など一つも見えなかった。

 

 散発的に響く爆発音に耳をやられ、聞こえてくるはずの悲鳴は彼に届かなかった。ただ、それでも何故かパチパチと爆ぜる音だけはしっかりと聞こえて、未だに耳から離れない。

 

 その時はまだ壊れていなかったはずなのに、心はひどく落ち着いていた。いや、あるいは崩壊の危険を察知した精神の方が、身を守るために活動をやめてしまっていたのか。とにかく彼が最初に取った行動は、蒸し暑いので上着を脱ぐという、とても日常的なものだった。

 

 両隣はほぼ全焼していたが、奇跡的にも彼の住まいは火の回りが遅く、二階にいた彼は窓から飛び降りれば火の手から逃れることが可能だった。しかし一階で眠っていたはずの両親が気掛かりだったので、取りあえずベッドから降りずに待ってみることにした。自分の方から下に降りていくという選択は何故だか思いつかなかった。

 

 30秒ほど待っていると木の扉が開いて、真っ黒に塗られた人型の何かが炎に包まれながら飛び込んできた。ソレはもはや声を出す余力も残っていなかったらしく、うぅ、と弱々しい声を漏らしながら、彼に右手を向けた。

 

 彼は怖かったのでそれを枕で払った。するとソレは力尽きて動かなくなり、そのまま焼かれて墨にかえっていった。

 

 ソレが消えていくことがわかると、もはや留まる理由はなくなったので、彼は窓を開けて身を投げ出した。転がりながら衝撃を殺して着地したのだが、数mの落下はそれなりに堪え、しばらくは悶えることしかできなかった。

 

 痛みが和らいで立ち上がると、目の前には昨日まで自分の家であったものが燃えていた。それでも被害が火災だけであるのは幸運だったらしく、周りを見渡すと炎もそうだが爆発で砕け散ったり、その破片で崩れ落ちた建物が多かった。

 

 彼は茫然と立ち尽くし、破滅の光景を見守っていた。一帯の住居区は全滅だろう、どれだけの人が命を落としたのか想像もつかない。だから考えないことにする。

 

探せば自分と同じく生き残った者もいるのかもしれない。しかし、この状況を前に希望など見出す方が難しく、興味を割くことが出来なかった。

 

爆発音は聞こえなくなっていたので、町並みは静かなものだった。所々で悲鳴や助けを求める声があがっていたが、彼には関係のないことだった。

 

心が枯れていく。そんなことを思いながら彼は空を見上げた。そこには巨大な影が立ちふさがっていて、その半分も見えなかった。

 

 全身を赤に染めたACは彼の姿など目もくれず、任務の終了を確認すると宙へと舞い上がり、空の彼方へと消えていった。彼にはそれを追う手段など持ちあわせているはずもなく、ただその場で見送るほかになかった。

 

 

 地球歴194年、アリス・シュルフ13歳の夜だった。

 

 彼が白い夜空に見たACを、最強のレイヴン、ハスラーワンの駆るナインボールと認識するのは、もう少し後の話である。




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