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 かつて世界最大を誇り、地球再生における新社会形態の理想とまで呼ばれたクローム社が、新興勢力に過ぎないムラクモ・ミレニアムと権力を二分するまでに押しやられたのは、ひとえにレイヴンという異分子の働きによるものだろう。

 

 いずこからとも知れず出現した巨大組織レイヴンズ・ネストが打ち出した自由傭兵をいち早く取り込んだムラクモに比べ、クロームは自社の抱える兵力を過信したために、レイヴンの駆る新兵器ACの設備に乗り遅れてしまったのである。結果、武力衝突をも辞さない権力闘争の土壇場にて連戦連敗を続け、瞬く間に全企業の過半数を奪われることになった。正確には、ACという新規産業に食いついた企業が悉くムラクモの傘下に入ったための勢力分散なので、奪われたという表現は間違いかもしれないが、独裁体制を崩された事実に変わりはない。

 

 そう、クロームがムラクモに劣勢を強いられる原因はレイヴンの存在一点に尽きるのである。だからこそムラクモはレイヴンに関して優位を保つことにこだわり、ついには強化人間という禁断の研究に手を出した。

 

 その効果は絶大で、強化人間の成功例は圧倒的な戦闘力を持って資源と領土に勝るクロームの戦力を凌駕する。レイヴンズ・ネストが発表するアリーナランキングの上位はムラクモの息がかかった強化人間に独占され、軍事力が物を言う企業間闘争は同社の意のままに操られる事態に陥った。

 

 事態を重く見たクロームは後を追って強化人間の開発に取り掛かるが、研究は捗らず嵩んだ費用が経営に穴を空けるだけの結末となった。所詮は二番煎じ、最新技術の真似事をしたところで、ノウハウに乏しい環境で満足な成果など上げられるはずもないのだ。

 

 後手を踏み、苦しむクロームの前に現れたのがイェクス・ルークスカイだった。元々ムラクモの研究員であった彼は、その思想の異端ゆえに弾き出され、充分な研究設備と費用を求めて亡命してきたのである。

 

 彼は狂信的なまでの観念論者で、またヒトの可能性に巨大過ぎる期待を抱く男だった。その思想が打ち出した構想とは、生まれたばかりの赤子にあらゆる技能を刷り込んで、戦闘に特化した人間へと成長させること。つまり、既に完成してしまった成体を外部的な手段で強化するのではなく、教育と学習という人間の持つ特性を利用して内部的強化を行う手法だった。

 

 科学者らしからぬオカルトめいた方針には当然のように反発が起こったが、ムラクモにてそれを経験していたイェクスは対策を講じていた。彼は、強化の被験体として自らの子供を捧げたのである。血を分けた家族として道義に反する暴挙は自信と献身の表れと受け取られ、それを非難する覚悟を持ち合わせる者など他の研究者にはいなかった。イェクスは実子を生贄に捧げることで新天地での地位を確保し、宿願とも言える強化の実験へと取り掛かったわけだ。

 

 こうしてヒトでありながら人間ならざるものへ作り変えられる宿命を背負い、父親の狂気を正当化するためだけに生まれてきたその赤子は、十六年の歳月を経て究極のレイヴン、セッツ・ルークスカイへと進化することになる。

 

 

 地球暦185年の夏、イェクスは人生の絶頂を迎えようとしていた。

 

 セッツ・ルークスカイが強化人間ロス・ヴァイセを破った報は数日を置かずクロームを駆け回り、実験開始より十七年、未だ異端の立場にあったイェクスと彼の研究内容は評価を改められることになった。何しろ強化人間の本家であるムラクモの、それもトップランカーの一人を消すという偉業を達成したのだから無理もない。間もなくイェクスの所属する班は一桁増しの増資と増員が施され、それまで主流であったムラクモ式の強化研究班に取って替わる、研究施設の最大勢力となった。

 

 クロームは全面的に協力の姿勢を示し、第二、第三のセッツ・ルークスカイを生み出すべく、臨月にある母体と誕生から間もない赤子が全国より集められた。債務に追われれば我が身すら差し出す世の中だ。多額の報酬を前に実子を提供する親は珍しくなく、今、イェクスの前には数百という被験者が並べられている。

 

 広大な空間に敷き詰められた無数の生命維持装置と、その中で眠る実験体たちを別室からガラス越しに眺めながら、彼は口元に笑みを浮かべる。

 

「我が世の春が来た!」

 

 二十年に及ぶ悲願の達成に彼は満悦していた。とは言え、眼下に広がる卵の全てからセッツのような優れたレイヴンが孵化するわけではないだろう。母親の遺伝を初め、アレは選びに選び抜いた特注品だ。しかし、彼らの中からセッツと同等かそれ以上の一品が生まれ、やがて強化人間の軍勢を成すことは間違いない。それはクロームの主戦力として全世界に猛威を振るい、社とイェクス自身の権威を更に高めていくことだろう。

 

「ヒトの五体とはまさに宝、黄金の結晶だ。神の子たちよ、その麗しき御身を土塊同然の畜生に改悪するムラクモの屑どもに真の正義を示し、更なる高みへと私を誘ってくれ」

 

 使命感と欲望の入り混じった恍惚を胸に、彼は夢現の定まらない視線を眼下の希望に向ける。そこには約束された栄光の未来が横たわっていた。

 

 夢の具現を前にしながら、それでも彼は気付かない。希望の先は求める高みになどあらず、絶望は常におろそかになった足元を掬わんと機を窺っていることに。

 

 

 強化人間の研究はクロームの極秘機密であり、施設は本社の一角に設置されている。数km四方に及ぶ広大な敷地の隅に建つそれは、長大な石造りの構造で、ビルと言うよりは古代に聞く城や塔に近い外見を取っていた。秘密の漏洩を避けるために扉や窓などの出入口は最低限に抑えられ、研究は内部のエレベータでのみ行き来の可能な地下深くにて行われる。

 

 こうした外界と遮断された空間の奥深く、強化人間の卵が保管されている一室に比べればやや地上に近い階層…被験体が赤子から幼児へと成長した際に移される、自身もかつて生活した部屋、にセッツは保護されていた。

 

 ガルシティに捕らえられたセッツは相応の取引が成された後に解放されたが、その姿にレイヴンの貫禄は既になく、焦点の定まらない瞳が宙を泳ぎ空想の思い人と会話を交わす廃人と化していた。報告を受けたイェクスたち担当員は事実の発覚を恐れ、関係者以外は立ち入ることのないこの地下室へと彼を隠蔽したのである。

 

 室内には寝具など一通りの生活用品が揃えられていたが、自殺の可能性を考慮して火や刃物といった危険物は撤去されていた。更には二十四時間体制で監視カメラが作動しており、怪しい動きが見られれば睡眠ガスが噴射される。外出は許されず、食事は日に三度扉の小窓から差し入れられることになっているのだが、食器にも凶器になりうるナイフやフォークは使われず、割って刃物にすることの出来るプラスチックすら避ける徹底ぶりだ。

 

 セッツは自殺を試みることこそなかったが、数日は食事にも手をつけず、強制的に栄養剤を注射しなければ衰弱死してしまう状態だった。次第に生命を維持するだけの気力は取り戻したらしく、食事と睡眠、排泄と言った生物として基本的な活動は自律的に行うようになったが、依然として言葉を発することはなく、することと言えば手製のハンドコンピュータを使ってACの操縦訓練を繰り返すくらいだった。

 

 彼らの失敗はここにある。セッツが回復の兆しを見せてきた頃になると、先述の増員と増資が行われて施設全体が慌しく動き始め、それまでセッツに携わっていた古参のスタッフは研究に駆り出されたので、監視は新たに配属された若手に任されるようになった。彼らはレイヴンという職業にも疎ければ、セッツ・ルークスカイという人間のことなど知っているはずもない。だから、補助が必要なほど弱った人間がACを操縦するという異常を怪しむこともなく、生粋のレイヴンが持つ本能が成せる業と、感心すら抱いて済ませてしまったのである。

 

 もし、その場にイェクスがいたならば、セッツの扱っているコンピュータを不信に思って検めただろう。彼には、そこいらの専門家では到底太刀打ちできないほどのコンピュータスキルが仕込まれていることを知っているのだから。

 

 

「なるほど」

 

 カメラに聞き取られることのない程度の小声で、セッツは一人呟いた。

 

 壁に取り付けられた形のテーブルに座し、手元には黒いハンドコンピュータ。その画面にはACの訓練用の画面が映されており、人間離れした手捌きでターゲットを撃ち落としている。だが、彼が本当に操作しているのはその裏に隠されている文字列である。傍目に怪しまれない程度に激しい操縦をしつつ、文字通り片手間にプログラムを入力しているのだ。

 

 セッツはこの施設に監禁されて以来、こうしたカモフラージュを施しながら独自のプログラムを作成していた。最初の頃は本当にまともな思考ができないほど弱りきっていたのだが、理性を取り戻すと強烈な執念に突き動かされるように、ほとんど寝ることもなくこの作業を続けている。

 

 スタッフが入れ替わったのは幸運だった。それまでは隙をついて細々と続けるしかなかった仕事が、おかげで簡単な仕掛けを打つだけで堂々と進められるようになり、予定よりもずっと短い期間で目的のものを完成させることが出来た。

 

 セッツが心身を削って作り上げたもの、それは施設のセキュリティを破るハッキングソフトである。事の発端となったガルシティの一件には、公にされていない裏が存在すると彼は睨んでいた。

 

 疑惑のきっかけはロス・ヴァイセとの戦闘だ。契約の三分を過ぎても彼は私心から戦闘、それも敗色の濃い挑戦を続けたにも関わらず、管制塔からは何の注意も指示も受けなかった。これは怠慢で済まされる事項ではなく、セッツ・ルークスカイというレイヴンの価値を考えれば尚更あり得ない失態だ。

 

 また、その割に彼が捕らえられた後の対応は異様なほど早く、数日を置かずに返還が決定された。当局から施設の責任者に連絡が行き、イェクスたち担当者を含めた会議を通して措置を決め、それから本社の許可を仰ぎ、本社は本社でまた担当者の間で話し合った結果を、それまでと逆の順番に沿って伝える。こうした一連の手続きを数日で済ませるなど、最初から結論が決まってでもいない限り考えられないことだった。

 

 ソフトが完成し、手始めにガルシティの自衛組織へ侵入すると、疑惑は確信へと変わる。いきなりクロームを手にかけるのではなくワンクッション置いたのは、万一この行為が知られた場合に弁解の余地を残すためであったが、それが正解で、ガードの管轄部からはロス・ヴァイセとの交信記録と詳細の書き込まれた報告書を入手できた。そこには、ミッションに先んじてクロームよりロス・ヴァイセへの紹介をされた記録が残されていた。

 

 これは二人の戦闘がクロームによって仕組まれていた証明であり、疑惑を裏付けるには十分な情報だ。そして誰が、何のために、裏で糸を引いていたのか。利害関係を考えてみれば容易に答えは弾き出される。

 

 セッツがロス・ヴァイセと戦うことで、最も得をしたのは誰なのか。最もそれを望んでいたのは誰なのか。うすうすは感づいていた黒幕に到達した瞬間、セッツの胸の奥でくすぶっていた、溶岩のように熱く泥のようにどす黒い液体が沸騰を始めた。

 

 憤怒に頭が真っ白になるのを堪えながら、続いて彼は本番のクローム本社、自らを拘束しているこの施設の情報に手を突っ込む。物理的接触すら断っているこの施設の情報ネットワークは、そもそも外部と繋がっていないし、仮に接続したとしても、片手で運べるサイズのハンドコンピュータが持つ処理能力ではとても破れないほど強固で複雑なセキュリティが張り巡らされている。だが、そんな二重の防壁を崩す策と能力をセッツと黒い箱は持ち合わせていた。

 

 先ほどセッツはACの操縦を偽装に用いていたが、これが成立するのは行為が本来の用途に即しているためでもある。彼の持つコンピュータはイェクスが製作し手渡したもので、ブルーバードとの無線接続を可能とする。つまり、パイロットとACが分断された場合に遠隔操縦を行うのが元々の使用目的なのだ。

 

 ブルーバードは施設内のガレージで保管されている唯一のACであり、調整は施設内部のコンピュータを使って行われる。これが閉ざされたネットワークの盲点で、内部完結しているはずの情報網に、ACと接続したことで綻びを生じているのである。

 

 セッツはそれを利用した。手元の特製コンピュータを用いて必要なプログラムをACに送り、頭部CPUをして実行させる。ACはメンテナンス用のコンピュータ端末を介して命令のままに侵入を開始する。安定的な速度を求められるACの情報処理能力は、ハッキングを果たすには十分な性能を備えている。少なくともセッツのハンドコンピュータに比べれば天と地の差だ。

 

 いざ実行されれば呆気ないもので、ものの数分でブルーバードは管理権限を取得できた。セッツは迷わず管理者、すなわちイェクスの扱う情報へ入り込み、無数のファイルを手に入れる。コンピュータが情報を取り込んだのを確認すると、長居は無用と接続を切ってハッキングは完了した。

 

「そういうことか親父」

 

 そして入手した情報に目を通し、全てが明らかにされた今、セッツの憎悪は沸点を超えて爆発を起こそうとしていた。体は震え、食いしばった奥歯が欠ける音がした。血の気が引いて蒼白とした顔面には般若の形相が浮かんでいたが、何故か、つりあがった両の瞳からは涙がこぼれていた。そして、それでもACを操縦する両手は動揺を示さなかった。

 

 推測は正しかった。イェクスは、セッツとロス・ヴァイセをぶつけることで己の研究の成果を試そうとしていた。結果はご覧の通りだ。しかし、セッツが数ヶ月を費やし発覚すれば処刑される危険を冒してまで求めていたのは、そんなわかりきった答えなどではなかった。

 

 真の動機、彼自身も侵入するまで自覚していなかった想い、それは…。

 

 

 答え合わせをしよう。

 

 セッツは、改めてそのファイルを開く。画面に表示されるのはイェクスがクロームに雇用された際に交わされた契約書だ。そこにはイェクスの個人情報が示されている。地球暦139年生まれ、満29歳、大学卒業後は生物学の博士課程を修了、翌年ムラクモ・ミレニアム入社、生体開発部にて強化人間の製作に携わる、五年後退社…(以下略)

 

 家族構成は息子が一人、息子が一人、息子が、

 

「なら」

 

 セッツは言った。

 

「妻は?」

 

 子持ちならば当然いるはずの妻、セッツの母親は168年当時イェクスの履歴には存在していなかった。離婚したか、死去したか、あるいは養子であるか、そうした普通の答えであれば良かった。それならばセッツがここまで憎悪を募らせることもなかっただろう。

 

 契約書には真実が添付されていた。何度見ても変わらない、彼が生まれる前から、いや厳密に言えば生まれた瞬間に確定した事実がそこにある。

 

 本来履歴に必要のない失くした妻の情報を記したのは、それがイェクスに取って有利に働くからだ。なるほど、確かに彼女と関係を持った者ならば、クロームに取って無視のできない相手と受け止められただろう。

 

 この時セッツは初めて母親の名前を知ったが、この際それは大した意味を持たない。重要なのは彼女の素性、その詳細に、ロス・ヴァイセと呼ばれるムラクモ屈指の強化人間の情報が使われていたことだ。

 

 そう、イェクスが利用したのは息子だけではなかった。彼は己の野心を実現するために、その妻、セッツの母親、あのロス・ヴァイセの名と、あるいは遺伝子をも臆面もなく使い、その命を捧げることで、つまりは母子で殺し合わせることで、目的を果たそうと企んでいたのだ。

 

 ロス・ヴァイセの態度から察するに、セッツの、実の息子の記憶を持っていたようには思えない。おそらくはムラクモの強化を受け、あのオゾマシイ存在へと変えられた際に、人間の姿と共に過去もまた失われてしまったのだろう。

 

 それがイェクスと別れる前なのか後なのか、そこまで知る術はなかったが、セッツはどうでも良いと思ったので追求しないことにした。どちらにせよ、彼の中で噴流する感情の渦に変化はない。

 

 セッツは自身の憎悪が際限なく膨らんでいくのを実感していた。たまらなく不快で、できるならば泣いたり叫んだり騒いだりして振り払いたかったが、それは適わなかった。流せる涙は流しきっていた、叫ぶ声は枯れていた、騒ぐ気力は折られていた、全ては彼女と出会った、いや再会した、あの時に。

 

 だから、あらゆる思考が憎しみに彩られても逆らうことはしなかった。願うは復讐、手段は殺戮と破壊。幸いなことに、それを達成するだけの能力をセッツ・ルークスカイは備えており、決行するだけの自由はつい先日手に入れた。

 

 コンピュータを起動し、ブルーバードと接続する。機体にはロックがかかっているだろうが、解除などセッツには容易いことだ。そうした設定もまた彼が組んだものなのだから。

 

 もう、誰も彼を止めることは出来ない。世界に満ちるは憤怒の奔流、やがては歴史に埋もれ人々の記憶から消え去ることになる、惨劇の夜が始まった。

 

 

 轟音が空を揺るがす度に石の塔は崩れ落ち、瓦礫に潰された肉塊が土を赤く染め上げた。

 

 銃口が火を噴く度に爆発が人の四肢を引きちぎり、燃え盛る炎が全てを墨屑と返していった。

 

 クローム本社は無数のAC、MTに戦闘機と外部に対して鉄壁なまでの物理的な防御体制を敷いていたが、突如として内部に現れた破壊者に対しては無策に等しい体たらくだった。

 

 そのACは強化人間研究施設より出現すると、真っ先に電力供給を断ち、続いて予備電源を壊し、広大な敷地全体を闇の中へと落とし込んだ。セキュリティには暗視装置も完備させていたが、やはり通常に比べると視認は難しく、手間取っているうちに移動されて別の箇所に攻撃を食らう。その動きはひどく不規則で恐ろしく素早いのでガードセキュリティは翻弄され、敵は複数ではないかと言う根拠のない憶測が飛び交うほどに混乱の極みへと追いやられた。

 

 常備されていた戦力が全滅するのに大した時間は必要でなく、周囲に配置された部隊が駆けつけるまでのわずかな間を利用して、ブルーバードは本来の目的である研究施設へと舞い戻り、徹底的な破壊を加えた。

 

 左肩のグレネードで壁を崩すだけに留まらず、マシンガンで瓦礫を粉砕してから改めて吹き飛ばす。憎しみすら感じられる熾烈な攻撃は、原形を留めないほどに建物の地上部を砕き、地下に隠れたスタッフたちにも加えられた。いや、彼らにこそ攻撃は加えられた。

 

 この施設と、研究員は、セッツの人生そのものだったからだ。

 

 

 研究施設の最下層、強化人間の卵たる赤子の眠る一室まで逃げ込んだイェクスと研究員数名は、必死で本社へ応援を要請し、あるいは脱出路を探り、生き延びようともがいていた。

 

 不意の事態に備えて、この一室は外とは別の電源からエネルギーが供給されているので、視界は開けているし、赤子と共に生命維持装置は生きている。が、敵の攻撃は数階の上まで迫っており、そこで生活していた被験体出産前の母親は皆殺しにされた。かろうじて生き延びている彼らの元にも、間もなく殺戮の手が届くだろう。

 

 地下基地なので当然緊急用の非常口は確保されている。残されたスタッフも、最早これまでと諦めた順に、施設を見捨てて次々と脱出していく。当たり前だ、この施設が攻撃されているのは彼らの責任ではない。巻き添えを食い命を落としてまで守ろうとする義理がどこにある。

 

 だから最後まで残ったのは責任を負う者だけ。この設備に人生を賭けたごくわずかな狂信者のみで、その中心にあったのが他でもないイェクス・ルークスカイだった。

 

 彼は機器にカバーを被せ衝撃から守り、天井が抜けて大石が生命維持装置へと落下した際には自らの身体を持ってまでしてそれを庇った。手の届かなかった赤子入りのカプセルが瓦礫に潰されると、絶叫して掘り出そうとしたがわずかに残っていた同僚に引き止められた。

 

 やがて天井全体に大穴が空き、はるか上空より射し込んだ月光が彼らを照らすと、うっすらと淡い後光を浴びて青く輝くACが姿を現した。

 

 こうなると必死でイェクスを制していたスタッフも一目散に逃げ出し、その場にはとうとうイェクスだけが残された。彼は錯乱しているようで、わけのわからないうわ言を囀りながら、土砂に埋もれたカプセルにすり寄っていた。

 

 カプセルと機械を繋いでいたケーブルは押し潰された。カプセル自体は頑丈でこれくらいの衝撃で壊れることはないだろうが、もはや生命維持装置は機能していない。中で眠る赤子の生存は絶望的で、卵形をした強化プラスチックの箱が彼らの棺桶となる。

 

 イェクスの野望は終焉を迎えたのだ。そして、彼の命もまた。

 

 ブルーバードは左肩のグレネード砲を構え、銃口をイェクスに向けた。人間を相手に照準を合わせるのはセッツも初めてだった。おそらくは最初で最後の経験となるだろう。

 

 イェクスはそれでも停止した機械と欲望の卵たちを愛でており、彼を見つめるブルーバードには最期まで目を向けなかった。

 

 

 青い鳥はいつだって傍にいたのに。

 

 

 その後のセッツ・ルークスカイに関しては特に述べる必要もないだろう。

 

 

「無駄なことはやめろ」

 

 

 自由を手にしたセッツは、父を擁したクロームも母を奪ったムラクモも許せず、依頼の下にあらゆる企業、あらゆる人間を敵に回す自由傭兵となった。

 

 

「反抗してももはや無意味だ」

 

 

 溢れる憎悪に身を任せ、がむしゃらに戦い続けた彼は、気付けば両陣営の戦力バランスを崩すほどの立場に登りつめ、クロームの巨大侵攻兵器を倒しムラクモの衛星砲ジャスティスを食い止めると、ついには両社を共倒れさせるところまで追いやってしまった。

 

 

 

「お前の運命はもう決まっている」

 

 

 事態を重く見たレイヴンズ・ネストは、セッツを秩序を乱すイレギュラーと定め、排除すべく刺客を差し向ける。

 

 

「帰れ、今ならまだ間に合う」

 

 

 無数の戦闘を繰り返した末に、彼はとうとうネストの中枢へと足を進め、

 

 

「何が望みなのだ。お前は」

 

 

 この荒廃した世界を裏から操り、支えていた管理者。地球再生プログラムを組み込まれたメインコンピューターの前に立つ。

 

 

「それ以上、近づくな!」

 

 

 レイヴンズ・ネスト本社の中枢を成す、ACすら霞んで見える超巨大コンピュータ。この存在こそがレイヴンというシステムの下、自由を貸し与えることで戦力を提供させ、全企業を陰で支配していた、世界を管理するものの正体。誰も目にしたことのないその姿を、セッツは今目の当たりにしている。

 

 心は冷め切っていて、驚きはほとんどなかった。ただ、はるかな高みにそびえ立ち自由を失った電子の塔に、彼女の姿が重なって見え、多少の感傷が沸き出したことは否めない。

 

 ブルーバードの背後では真紅に塗られたACが崩れ落ち煙を上げていた。青い鳥とは対極にある外観を持ったその機体の名はナインボール、アリーナランキングの頂点に君臨し続ける最強のレイヴンにして、地球再生プログラムの妨げとなるものを排除する、ネスト直轄の執行者だ。

 

 ネストから届いた直々の依頼を受け、罠と知りつつ本部へと侵攻したセッツは、かつて敬意と憧れを抱き目指していたトップレイヴンの極みたる存在である彼のACと戦い、これを破った。もはやネストに身を守る術はない。数百年に渡って支配を続けてきたプログラムは、たった一人のレイヴンの手で終わりを迎えるのだ。

 

「秩序無くして人は生きてゆけん。例え、それが偽りであってもだ」

 

 セッツはグレネードをコンピュータへと向けた。実の父を殺した、あの時のように。

 

 彼の胸に後悔と高揚が満ちていく。実の母を殺した、あの時のように。

 

「生き抜くが良い、レイヴン。我らとお前、どちらが果たして正しかったのか。お前にはそれを知る権利と義務がある」

 

セッツは片手をジャケットのポケットに突っ込み、しまってある黒いコンピュータに触れた。イェクスから貰い受け、自ら投げ捨てた多くの物のうち、ブルーバードと共に残された数少ない遺品だ。

 

 

彼は「スカイウォーカー」を手に取りながら、誓う。

 

 家族を殺し、憧れを犯し、夢を奪い、秩序をも崩した。

 

 血塗られた旅路の果て、手に入れたものはたった一つの自由。

 

 この一握の煌きを守るためならば、身果てるまで戦火を飛び続けよう。

 

 

 

心配はない、青い鳥はいつだって傍にいる。

 

 

 セッツは真っ直ぐに前を見据えながらトリガーを引いた。爆音と共に放たれたグレネード弾は再生プログラムもろともメインコンピューターを破壊し、自由の到来と秩序の終焉を世界に告げた。




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