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「何を呆けている?」

 

 ヴァルキュリアを前にして、迎撃も破壊活動も忘れて立ち尽くすブルーバードに向けて、ロス・ヴァイセは話しかけた。その口調は絵に描いたように素直に混乱するセッツを楽しんでいるようでもあり、また諌めているようでもあった。

 

「レイヴン同士があいまみえるのは、アリーナに限った話ではないだろう。まして君のように節操なく依頼を引き受けていれば、危険の大きい、つまり上位ランカーと鉢合わせるミッションに参加する可能性も高い。確信犯と踏んでいたのだが、買い被っていたかな?」

 

 挑発的な物言いをそうと聞き分ける判断力など、今のセッツは持ち合わせていない。相手の思惑通り、瞬間的に頭に血を昇らせて、モニターの中央に映る白いACを睨み付けながら彼は言った。

 

「そうか、そうだよな」

 

 ブルーバードに搭載されたFCSが、ライフルの照準が設定されたことを電子音にて告げた。

 

「考えてみれば馬鹿正直にランクを上げていくより、危険性をアピールしておびき出した方がよっぽど早くお前に辿り着ける。手を伸ばせば届くところにまで、俺はもう来ていたんだな」

 

 今にも飛び掛りそうなほど高揚している気分を隠し冷静を装うのは、彼なりの意地なのか。しかしそんな抵抗などロス・ヴァイセはお見通しで、その胸中に手を突っ込み、言葉を持って心を弄くりまわす。

 

「自分の立ち位置を見失うほど夢中だったか。そこまで熱を上げてくれるとは女冥利に尽きるというものだ。さあ坊や、もう一歩だ。私を捕まえてみろ」

 

 完全に子供扱いした彼女の言い方に、セッツの理性が飛んだ。作戦を遂行するにはACなど無視するべき、今までかろうじて残っていたそんな配慮もこの瞬間に芥と消えた。もう彼の目には彼女しか映っていない。

 

「偉そうに! 俺を見下すな!!」

 

 戦闘態勢は整っている。ライフルのトリガーを引いて同時にブーストを全開、接近戦を挑むことにした。

 

 手を尽くして入手した彼女に関するデータと、幾度か共に戦った経験から、ヴァルキュリアの戦闘スタイルは把握している。武装のパターンは大きくわけて二種、ハンドガンと高出力のブレードを用いる強襲型と、スナイパーライフルに左肩の特殊スラッグガンを駆使する汎用型のスタイルだ。今回ロス・ヴァイセが取っているのは後者で、スラッグガンを担ぐ積載量を確保するために、左手に装着すべきブレードを取り払っているのが特徴であり、密着されると反撃の手段を失うためにスナイパーライフルとスラッグガンを活用して敵の接近を遮断する。この弾幕を掻い潜って懐に潜り込めるか否か、それが勝敗を分かつポイントである。そう、セッツは捉えていた。

 

「ろくに話もしないうちに始めるか、若い男は性急だな」

 

 ヴァルキュリアはライフル弾を易々とかわしながら、スラッグガンの銃口を敵に向けた。なお回線は開いたままなので、彼女の言葉はセッツにも筒抜けになっている。

 

 スラッグガンから高速で射出された弾丸はしかし所謂スラッグ弾ではなく、空中で分散する散弾と化してブルーバードを襲う。これがヴァルキュリアの持つ特殊スラッグガンの特徴で、一丁の銃からスラッグ弾、散弾、エネルギー弾と複数の種類の弾丸を用途に応じ切り替えて発射することが出来るのである。

 

また発射間が非常に短く連射に近い勢いで撃ち込まれるので、放射状に範囲の広がるこの弾をかわしきろうと大きく回避すれば、その間に次の弾がやってきて手詰まりに追い込まれることになる。セッツは多くのレイヴンがそうやって倒れていく姿を見ているので、わずかに機体をそらして直撃を避けるのみに留め、弾の破片を全身に浴びながら距離を詰めていく。時折、絶大な破壊力のスラッグ弾が紛れているが、持てる最大の集中力をしてその被弾だけは防いだ。

 

「それに強引だ。ムードも何もあったものではない」

 

 今度はスナイパーライフルの照準を合わせ、スラッグガンに紛れて何発か撃ち込んだ。弾速に優れた一撃を他と同じに処理しようとすれば、回避が間に合わず機体に風穴を空けることになる。

 

 しかしセッツはそれを見切ってブルーバードを大きく上昇させ、ヴァルキュリアの撒いた弾幕から逃れた。闇夜の中、街の灯りに照らされ輝いた青い機影は散弾のダメージで傷み煙をあげていたが、致命傷にはほど遠く、さらなる加速をつけてヴァルキュリアに突進した。

 

「本能のままに求める姿はそれはそれで雄々しく魅力的だが」

 

 両者の間合いは10mを切った。十数発目のスラッグガンを切り抜けてセッツは策の成功を確信した。ここまで近づけば、次の弾が放たれる前にブレードの一閃が敵に届く。故に注意すべきはヴァルキュリアの対応であり、どのような行動を取られようとも距離を取られることなく食らいついていかねばならない。

 

「そう簡単に身を許しては面白くないだろう?」

 

 ヴァルキュリアは動かなかった。接近戦用の武器を持っていないのに、一秒にも満たない刹那の後に命を刈り取られることが決まっているのにも関わらず。

 

 セッツの全身に悪寒が走る。本能が告げている。何かがおかしい、逃げろ、逃げなければ殺される。

 

 しかし理性が、十六年間積み上げてきた知識と経験、レイヴン以外に意味を与えられなかったセッツをレイヴンたらしめている誇りが退路を阻む。行け、敵に抵抗する術はない、ここで行けないならばお前に価値はないと脅迫する。

 

 セッツは迷う。おそらく以前の彼ならば、考えるまでもなく切りかかったはずだ。それ以外に正しい判断などないし、教え込まれた理こそがセッツ・ルークスカイの全てだったから。だがロス・ヴァイセは言った、迷い、戸惑いは余裕を持った者だけが持ちえる特権だと。あの青空の下にセッツの中に芽生えた自由は、彼女を追う行程の中で息吹始め、今や彼のもう一つの在り方として確立するほどに成長していた。

 

 だから、ここでセッツの選ぶ道は単なる戦術に留まらない。確たる理由もなく拾い上げる選択は自身の根幹に他ならず、この数ヶ月においてセッツという一人の人間が、どれほどに意味合いを変えたのか測る、まさしく土壇場なのである。

 

「ああああぁぁっ!!」

 

 脳が沸騰する。無限の情報が錯綜して判断を仰ぐ。セッツは一切の邪念を振り払うために叫び、命を賭けた決断をブルーバードに伝えた。

 

 ブルーバードは両足を前方に振り上げ、推進力を前方に噴射することで急停止をかける。全速で進行していた状態から突然に真逆へと進路を変える動作は相当な負荷を機体にかけ、圧力に関節部がきしみをあげて、パイロットにも強烈なGが圧し掛かった。

 

 その眼前、ブレーキをかけなければブルーバードがあったであろう空間を、見るも鮮やかな青い光が凪いでいった。光が生んだ熱と衝撃の波はブルーバードを押し返すほどに激しく、強大なエネルギーが電子とぶつかり空気中にプラズマが発生するほどだった。

 

 光の正体はヴァルキュリアのスラッグガンであった。この武器は先述の通り実弾とエネルギー弾を任意に切り替えることが可能で、後者はレーザーに似たエネルギーの塊を高熱と共に撃ち出す。ロス・ヴァイセはそれを放出したまま、砲身を左手に握り振り下ろした。結果、長大な刀身を持ったレーザーブレードがそこに生まれ、ブルーバードを襲ったのである。

 

 セッツの背筋に冷たいものが走った。もし理に身を任せて突撃していたならば、先の青い光に飲まれてACもろとも墨屑と消えていただろう。

 

 しかし生き長らえた安心の余韻に浸っている暇など許されない。セッツは歯を食いしばって恐怖を堪え、ライフルを撃ち込んでヴァルキュリアの足を止めつつ間合いを取った。その際にスラッグガンブレードとでも呼ぶべき青い一閃が再び振るわれたが、逃げる相手を捉えられるほど精度の高い武器ではないらしく、三日月状の光は虚しく空を切った。

 

 ヴァルキュリアの猛攻は止まらない。ブルーバードがブレードの射程から逃れたと判断するや、スラッグガンを肩にかけなおしてまたもスラッグ弾と散弾の混成砲撃を見舞う。うちの数発が目標を捉え、流線型をした装甲が青い塗装とともに削られていった。

 

「やるじゃないか。あのブレードをかわされるとは思わなかった」

 

 必殺の一撃から逃れて、1kmの向こうまで離れていったブルーバードにロス・ヴァイセは賞賛の言葉を送るが、それを素直に受け止める余力などセッツには残されていなかった。わずかな交戦から察することのできる戦力の差は圧倒的で、それは特殊スラッグガンに代表される武装の違いもさることながら、戦闘における懐の深さが別次元だった。決死の覚悟で飛び込んでも、ヴァルキュリアはほとんど足も動かさないまま軽々とそれを跳ね返してしまい、プレッシャーをかけることもあたわない。

 

「優秀なレイヴンほど正しい行動から離れない。あれはそんな連中の足元を掬うためのもので、念入りに隠していたつもりだったが、回避できたということはどこからか情報が漏れていたのか?」

 

 さして驚いた様子でもなく、淡々と彼女は問うた。セッツは息切れを起こしているのを知られたくなくて、呼吸が整うのを待ってから答える。

 

「いや、初見だよ。あんなものがあるって知っていたら迂闊に飛び込んだりしない」

 

「なるほど、言われてみればそうだな」

 

 ロス・ヴァイセは「ふむ」と考える素振りを見せ、こう続けた。

 

「すると君は何となく危ないと思った、などという曖昧な気持ちに命を預けたわけだ」

 

 セッツは答えない。彼女の口車に乗せられては、また適当にからかわれてペースを崩されるだけと身に染みて理解していたからだ。この状況で余計な混乱を招けば死に直結しかねない。

 

「良い傾向だ。楽しいだろう? 損得など忘れて赴くまま衝動に身を委ねるという行為は。それも無茶であるほどにたまらなく興奮する」

 

 その声は本当に楽しそうに聞こえた。それがセッツには口惜しく思える。確かに彼女の言う通り、面白かったのである。意味もなくロス・ヴァイセを追い求めて依頼を漁る日々が、明日の保障もない死線を自ら潜りに出向くことが、やっていること自体は以前と変わらないレイヴンの業務であるはずなのに、そこから勘定を抜いて感情のままに振舞うだけで、窮屈な日常が輝いて見えるようになった。

 

「さて」

 

 それからも一通りの口上が続いた後に、ロス・ヴァイセは急に冷静な口調に戻ってセッツに問いかけた。

 

「レイヴンにはミッションを放棄する権利が認められている。君に勝ち目はないが、どうする?」

 

 セッツは否定しない。地力の違いは明白だ、まともにやりあっては間違いなく殺されるだろう。だが、そんな理性などとうに彼は捨てていた。

 

「ここまで来て引けるわけないだろ。とことんやるぜ、ロス・ヴァイセ!」

 

 その気概を汲んでか、ロス・ヴァイセは答える。ヴァルキュリアの右手が上がり、スナイパーライフルがブルーバードに向けられた。

 

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。とことんやろう、セッツ・ルークスカイ!」

 

 

 ガルシティの死闘はいつ果てるとも知れずに続いた。

 

 二人の上位ランカーによる戦いは熾烈を極め、街のガードにも立ち入ることを許さなかった。

 

 予定の三分はとうに経過していたが、もはや破壊活動も、その防衛も二人の頭にはなく、ただ心の赴くままに繰り広げられる戦いが場を支配していた。

 

 純粋な存在だけが持ちえる美と言おうか、血生臭い殺し合いにも関わらずその光景は美しく、観るものの心を掴んで離さなかった。

 

 ガルシティの注目を一手に集めながら、青いACと白いACはなおも交錯を繰り返す。

 

 さて、戦況は一方的と言わざるをえない。ヴァルキュリアがほとんど傷一つ負っていないのに対して、ブルーバードはかろうじて致命傷を避けているといった具合で、わずかでもセッツが気を緩めれば一瞬で勝敗が決することになるだろう。

 

 技量そのものは大差なく、むしろ人知の粋を結集させた存在であるセッツの方が上回っているくらいなのだが、生死をわかつ局面に差し掛かり、理よりも駆け引きと勘が物を言う場面になると、そのことごとくでロス・ヴァイセが勝るのだ。

 

 これが正しく二人の間に横たわる格の違いで、例えばヴァルキュリアがビルの一角に追い詰められてセッツが無難に射撃を続けるか一気に切りかかるかを選択しなければならない場合、相手が逃げるか反撃を繰り出してくるかを見極めながら挑むのだが、そんな時彼女は当たり前のようにビルを崩して瓦礫による攻防一体の行動に出る。ロス・ヴァイセの自由な発想はセッツのそれを超えていて、手持ちのカードに大きな差が生じているのである。(ちなみに彼女の目的は街の護衛だったはずだが、野暮なのでそこを突付いてはいけない)

 

 ブルーバードが物陰に隠れてグレネードを構えたところ、背後にあった針葉樹がヴァルキュリアのスナイパーライフルを受けたことで倒れてきて下敷きとなった。これくらいで壊れるほどACはやわでないものの、せっかく時間を作って合わせた照準が無に帰ったことは大きくセッツの心を削る。

 

「まだだ、まだやれる!」

 

 彼は気合いを入れ直して立ち上がり、なおもヴァルキュリアに向かおうとする。

 

 それをいなしながら、ロス・ヴァイセは言った。

 

「呆れたタフさだな。早すぎるのも萎えるが、あまりしつこいのも嫌われるぞ」

 

「いちいち言い方がいやらしいんだよ、お前は!」

 

 セッツは顔を赤くして言い返すが、ここまでやりあって軽口を叩くだけの余裕を残しているロス・ヴァイセの実力は認めざるをえない。時間をかけるほどに状況は不利に転じていくだろう。覚悟を決めなければならなかった。

 

「頃合いか」

 

 セッツは呟いた。その様子は寂しげにも見えた。実のところ、彼には最初からわかっていたのである。このまま普通に戦闘を続けていても決着はつかない。彼女を倒すには、無謀と紙一重の危険を冒し、失敗すれば確実に死ぬ、文字通り命懸けの賭けに出なければならないことを。

 

 そして彼が決断を渋っていたのは、決して命が惜しいためではない。彼が恐れていたのは、戦いが終わることそのもの。憧れの相手を追うことで生まれた光り輝く道が、どのような形であれ失われてしまうことである。

 

 そう、セッツはロス・ヴァイセとの戦いを永遠に続けていたかった。

 

 しかし思い出がいつか色褪せてしまうように、無難な戦闘を繰り返したところでいずれは退屈な結果が待っているだけである。どうせ終わるならば、己の全てをぶつけ合い、眩しいばかりに鮮烈な結末を迎えなければ我慢ならなかった。

 

 セッツは決意した。

 

「ロス・ヴァイセ」

 

 雰囲気が変わったことを悟ってか、彼女も身構え受け入れる体勢を整えた。

 

「どうした?」

 

 尊敬、情愛、親愛、恋慕、あらゆる感情を彼は一言に込める。

 

「楽しかった。ありがとう」

 

 ロス・ヴァイセは笑った。ようにセッツには思えた。

 

「私の台詞さ。なぜなら、それは勝者が敗者に向けるべき言葉だからだ」

 

 ブルーバードのブースターが点火する。全速で向かうは純白のAC、ヴァルキュリア。

 

 

 展開は最初の交錯とよく似ていた。

 

 接近するブルーバードを撃ち落とそうとヴァルキュリアはスラッグガンを発射し、それをかすめながらギリギリの最短距離をセッツは前進する。

 

 前と異なるのは、セッツがスラッグガンブレードの存在を知っていることである。つまり彼が愚鈍にも正面から突っ込んでくるのは、ブレードをやり過ごす手を持ち合わせているということになるが、ロス・ヴァイセの想像力を動員させても、そのような方法は生まれてこなかった。

 

 どのように防ぐつもりなのか、興味はあったが付き合ってやる義理はない。彼女は別の手段を用いてブルーバードを止めることにする。

 

 方法は簡単なことで、ブレードではなく右手のスナイパーライフルを突き入れてやるのだ。銃弾の反動に耐えるACの右腕は、左腕に比べて強度に優れており、攻撃に用いればより大きな破壊力を発揮する。いずれは右腕に取り付ける打撃用の兵器が開発されると彼女は踏んでいるが、現在のところ存在しないため、接近戦には左腕のブレードを使うという常識に囚われている者は例外なくこの奇襲の餌食となる。

 

 距離が10mを割ったところで、ロス・ヴァイセはスラッグガンの砲撃を止めてブレードの迎撃に移る振りをする。セッツの策はブレードが抜かれてから対応するものなのか、ブルーバードの前進は止まらずに両者はさらに近寄った。

 

 そして2mを切り、接触する寸前。時速にして数百キロの相対速度の中では刹那に過ぎない瞬間を狙って、ヴァルキュリアの握ったスナイパーライフルがブルーバードの喉元に突きこまれた。

 

 銃口は頭部とコアの隙間にある、装甲の薄い部分を貫いた。間違いなく致命傷、間もなくブルーバードは停止して下手をすれば爆発を起こすだろう。

 

 しかし同機は動きが止まる前に、さらに前進。そのままヴァルキュリアに体当たりを仕掛けた。白いACのコックピットに衝撃が走る。が、所詮は死に体、ブースターに繋がる回線がイカれたのか推進力は失われており、スナイパーライフルの一撃に勢いも殺されて、ほとんど慣性に任せてもたれかかってきたに過ぎない。

 

 ヴァルキュリアは数mほど足を地に滑らせて、それを受け止めきった。それから間もなく、ブルーバードの頭部から起動を示すランプが消え、青いACは完全に沈黙した。

 

 セッツが何を目論んでいたのかはわからないが、これで勝負あり。破損箇所からしてパイロットにダメージはないだろう、戦闘は無事に終了した。

 

 そう思って、ロス・ヴァイセが安堵した時である。不意に、彼女の座すコックピットの扉に火花が散った。何かと思う間も与えずに、火花は赤い線となって四角を描き、鉄の扉を切り裂くと一人の人間が入れるだけの穴を空けた。

 

 そして、ブルーバードより飛び移ってきたセッツ・ルークスカイが現れた。

 

 

 セッツにブレードを避けるつもりなど毛頭なかった。元よりそんな方法は思いつかないし、仮に何らかの手段があったとしても、ロス・ヴァイセならば必ずそれを覆す戦法を講じてくるだろう。

 

 だから彼に出来たのは、ブレードを真っ向から受け止め、その上で反撃を加えるのみ。もちろん、桁違いの出力を秘めるスラッグガンブレードの直撃をもらえば、ブルーバードと言えど機能停止を免れないから、攻撃はAC以外の方法を取らなければならない。と、なればセッツに残された武器は己の両腕のみ。ヴァルキュリアに飛び乗れる距離まで密着し、緊急脱出用のレーザートーチを持ち出すと扉を焼き切って直接乗り込んだのである。

 

 無法もここに極まる。このようにAC戦の常識をあざ笑うかのような原始的で野蛮な戦法など、ロス・ヴァイセをしても想定外であり、セッツは自由と言う一分野においてとうとう彼女を超えたと言えた。命を捨てた特攻を持って、彼はロス・ヴァイセへと辿り着く最後の扉に手をかけたのだ。

 

 

 それが、悲劇の始まりだった。

 

 

 ハッチを切り、飛び込んできたコックピットの光景は闇一色だった。セッツはトーチの電源を落とし、携帯銃を構えて内部を覗き込む。

 

 奇妙な話だった。たった今までヴァルキュリアは戦闘を続けていた。先ほどシステムダウンを起こしたブルーバードならともかく、今の今まで操縦されていたはずの機体のコックピットに、どうして明かりが灯っていない?

 

「ロス・ヴァイセ、俺の勝ちだ。大人しく出てこい」

 

 セッツは何故かこみ上げてくる不安を押し殺してその名を呼んだ。あのスラッグガンブレードを予見した際のように、本能的な何かが彼を押し戻そうとする。駄目だ、これ以上進むな。この中には、見てはいけないものがいる…!

 

「そうか、生身で乗り込んできたのか。それは私には想像の至らない戦法だ」

 

 コックピットの奥から、ロス・ヴァイセの声が聞こえてきた。絶体絶命の状況にありながら、いつも通り落ち着き払って美しい声色だった。ただ、不思議なことにその音は一箇所から発せられたものではなく、複数の音源から重ねられて届いているような響きを持っていた。

 

「失礼、すぐに明かりをつけよう。私には必要のないものなのでな、しばらく客人が来ないとつい忘れてしまうのだ」

 

 彼女がそう言うと、ウィ、ィ、と動力が起動する音がして、赤と黄色の光がじわりと密室に満ちていった。人間の視覚にも視界が確保され、ヴァルキュリアの内部がセッツの前で明らかにされた。

 

「あ…」

 

 セッツは言葉を失った。いや、失ったのは言葉だけではない。思考も、感覚も途切れ、脳が機能することを拒否していた。正常に働けば、目の前の現実を認めねばならなくなるから。

 

握力を失った右手から銃がするりと抜け出した。それは扉部に当たり大きな金属音を鳴らすと、ハッチの外まで跳ね返って地表に落ちていった。

 

「さあ、存分に目に焼き付けるといい。望むなら触れても構わないぞ? もっとも愛撫するには少々暖かみに欠けるかもしれないがな」

 

 言われるままにセッツはコックピットの中へと手を伸ばした。その指先は震えており、顔色と同じように血の気が引いて冷たく真っ青に変色していた。そう、彼が捉えたロス・ヴァイセと同じように。

 

 コックピットには人がつくべき座席も、握るべき操縦桿も設置されていなかった。いや、そもそもそこは人が乗るように作られていなかった。そして何よりも人がいなかった。

 

 あるものは1mほどの透明なカプセルと、それを固定する治具。カプセルからは、ACの回線と繋がっているのだろう、無数のコードが伸びており、左右の壁面には音源らしき小さな穴に黒いシートが張られていた。

 

 カプセルの内部には粘性を含んだ液体が詰まっており、それが光を反射して水色に輝いていた。そして、そこに浮かぶように保管されていたのは、紛れもなく人の脳だった。

 

「どうした、予想を裏切る姿で意気消沈したか? まあ後ろ姿に惹かれて声をかけたらとんでもない醜女だった、などよくある話だ。特にレイヴンは通信だけでやり取りすることが多い。美しい声をした女には気をつけることだな」

 

 壁のスピーカーから聞こえてくるのは、間違いなくセッツが憧れていたロス・ヴァイセの声であった。それが尚更、この現実を生々しく強調してくるので、彼は耳を塞いでその場にうずくまった。それでも声は届くので、奇声をあげてかき消そうとした。

 

「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 認めるわけにはいかなかった。

 

 セッツが恋い焦がれ、求めていたのはロス・ヴァイセという人間そのものではなく、それを通じて窺い知れる、彼方へと果てしなく広がる自由だ。義務や責任とは無縁の彼女のいる場所に立ち、彼女を追い越すことができれば、ぎゅうぎゅう詰めに押し込まれたセッツ・ルークスカイは解放感に満ちたすがすがしい人生を得ることが出来る。それが、彼の求める夢であり理想であった。

 

 だから、理想への扉に相違ないロス・ヴァイセの正体が、人ならざるこれだとすれば、彼の見た夢の正体とは…

 

 セッツはもう一度叫んだ。認めない、認めたくない。こんなに戦ったのに、こんなに頑張ったのに、その果てにあるものが、こんな醜い物体だなんて。

 

「いや、これが答えだセッツ・ルークスカイ」

 

 しかしロス・ヴァイセは逃避を許さなかった。これまでのおどけた口調とは打って変わり、厳しく、冷酷に事実を告げる。

 

「人は皆、何らかの制約を受けて生きている。それは金や力と言った即物的な不足かもしれないし、愛や友と言った感傷的な欠乏かもしれない。そして各々が避けることのできない重圧から逃れようと高みを目指すのだ。もっと力があれば、もっと愛を受ければ、自由へと解放される。そんな願いを込めて」

 

「やめろ!」

 

 セッツは首を振って抗議するが、ロス・ヴァイセは止まらない。脳のみの存在である彼女がどのような表情をしているのか、人間に理解できる表現は持ちえないが、ともあれその声はわずかな動揺も見せずに、彼に諭そうとする。

 

「だが、どれだけ力をつけ、どれだけ味方を得て、高みへと駆け上がろうと心の空白が満たされることはなく、命の重みから逃れることもできない。頂点にて待つのは、力と立場に雁字搦めとされ、孤独の中自分一人では動くこともできない不自由な自由。君もこの数カ月で理解しているはずだ。がむしゃらに羽ばたきつづけた君は、もう」

 

「やめろって言ってんだろ!!」

 

 ありったけの声量を振り絞って、彼はロス・ヴァイセの演説を遮った。

 

 ゆっくりと体を起こして、よろよろとおぼつかない足取りでカプセルへと近づく。真っ赤に充血した両目からはとめどなく涙が溢れ、よだれや鼻水と混ざって顔中を濡らしていた。

 

「俺はそんな、小難しいこと、聞きたかったわけじゃ、ない」

 

 どん、とカプセルに両手をつき、涙声で彼は訴える。

 

「俺はただ、空が綺麗で、その下にいたお前も、やっぱり綺麗で、ちょっとだけ救われた気がして…きっとお前は、俺なんかよりずっと、凄い奴で、お前みたいになりたくて、お前みたいに、なれれば良いなぁって、そう思ったら、お前に会いたくなって」

 

 

「そうだ、お前は絶対、綺麗だから、顔とかそんなんじゃなくて、綺麗だから、会えたら、俺は絶対、幸せに、なれるって、ただそれだけで、だから、必死で頑張って、一杯、殺して、一杯、壊して…俺は、」

 

 

「俺はただ…!」

 

 

 突如としてガルシティを襲った青いACが沈黙してから十分が経過した。ガードを束ねる司令塔は、敵の撃破を認めて部隊に回収の命令を送る。護衛として雇ったヴァルキュリアとの通信が途絶えていることが気掛かりだったが、両機ともに長期間停止しているのだから、ここに来て戦闘が再開することもあるまい。

 

 思えば、初めからおかしな話だった。時間を遡ること六時間、何の前触れもなくクロームよりAC襲来の報せが届き、同時に上位ランカーたるヴァルキュリアに依頼するための紹介状まで送りつけられたのだ。他に取るべき手段を持たない彼らは、言われるままにロス・ヴァイセと契約して襲撃者を迎え撃ったが、事もあろうに相手はあのブルーバード、クロームの名高い尖兵ではないか。依頼成功率100%を誇る精鋭を自ら潰すとは、正気の沙汰とは思えない。

 

 間もなく二機のMTがブルーバードとヴァルキュリアの前に到着した。その間も再三ロス・ヴァイセへ通信を飛ばしているが、相変わらず返答はなかった。

 

 MTのパイロットはそれぞれ自機からリフトを伸ばして両機に接近する。いつ動き出すとも知れないので、高所から飛び降りる緊急用の補助ブースターを両肩にかけており、単なる自衛には強力過ぎるショットガンを構えている。

 

 リフトがコックピットの高さに到達すると、二人はそれぞれブルーバードとヴァルキュリアのコックピット前に立ち、突入するタイミングを窺った。ここまで来てもパイロットたちからのリアクションは見られない。

 

 二人は呼吸を合わせ、同時にそれぞれの扉の中へと躍り出た。ブルーバードに入り込んだ一人は問題なく銃を下ろす。コックピットは空だったのだから当然だ。

 

「うわあぁぁっ!!」

 

 大声をあげたのはヴァルキュリアに乗り込んだ一人の方だった。慌ててもう一人がリフトを渡って駆け寄ると、彼は腰を抜かしてへたりこみ、「あれ」「あれ」と指をさすばかりだった。訝しく思いながらその先に目をやると、彼もまた悲鳴をあげて眼を大きく見開いた。

 

 二人の視線の先には男が立っていた。それは笑っていた。全身を赤紫色に染めながらケラケラと乾いた笑い声をあげ、何かを頬張っていた。くちゃくちゃと弾力のあるものを噛む音が密室に響いて二人の耳に届いた。

 

 コックピットの床は一面が濡れており、ガラスの破片があちこちに散っていた。その一部は男の体に刺さり、一段と鮮やかな緋色の液体が赤紫の身体を伝って滴り落ちていた。

 

 彼は全裸だった。室内で脱ぎ捨てたらしく、コックピットの隅には頑丈そうな衣服が丸めて押し込められていた。性器の部分には薄い黄色の肉片を巻きつけており、よく見るとその表面には白く濁った精液が塗られていた。そして時折、彼は肉片を千切ると口に放り込んで食べるのであった。

 

 狂っている。それ以外に、こうしたセッツ・ルークスカイの在り方を表す言葉があるのならば挙げてみればいい。彼は紛れもなく狂っていたのだ。




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