現役最強を誇る女レイヴン、ロス・ヴァイセとの出会いをきっかけに、セッツの生活は一変した。正確に言えば変わったのは彼自身の心構えであり、クロームの操り人形に過ぎない身の上も、ACと自室を往復するだけの灰色の私生活も、色めく変化など現れず希望を見出す余裕もない。しかし確実に彼の苦痛は緩和されており、その証拠として日を追うごとに量を増していた投薬が減少に転じている。苦しみは己自身にこそあり、苦に非ざる目的に心の隙間を満たされた彼にとって、日常とは追われるものでなく追うものへと変わっていた。

 

 もっとも、その目的の本体である彼女に言わせれば、それは単に苦しむ余裕を失ったに過ぎないのかもしれないが。

 

 

 

 依頼の確認、ミッションの打ち合わせ、アリーナの登録、その他の事務作業、コンピュータを起動させる度に彼女の動向を探ることが、セッツの日課となっていた。出会いのミッションから帰還した際、トップランカーことロス・ヴァイセに関するデータを調べたことを皮切りに、彼女を取り巻く環境は彼女本人の動向を目ざとく注目し、「私を追え」という指示に忠実なまでに従っている。

 

 そうなると互いに届く依頼が重なることも多く、またセッツは喜んでそれを引き受けるので、二人が共闘する機会は数多く訪れた。クロームにて彼を監視する者たちは快く思わず、時に直接的なクレームを入れることもあったが、セッツにとってそれは聞き流すべき雑音であり、子供らしい反抗心の現れなのか、むしろ彼らが望まないほどに、見せ付けるがごとくロス・ヴァイセとの繋がりを強めていった。

 

 レイヴンの優劣を決するアリーナにて挑戦権を得る、彼女と肩を並べるためには彼女の直下、ランキングの三位まで這い上がらなければならない。セッツは以前にも増して猛烈な勢いで依頼をこなし、レイヴンズ・ネスト史上かつてない速度でその順位を上げていく。盲信に突き動かされた才能は破格の実績を残し、その過程で引き起こした破壊の集合が、人々の欲を捉えて注目を集め、さらなる試練と成績を彼に与える。気付いた頃には、セッツ・ルークスカイというレイヴンはもはや自らの意志で動くこともままならない高みに立ちつつあった。しかし、それが露見するのはもう少し先の話である。上り詰めようとする者に不幸はない、いつだって破滅とは頂点を極めた瞬間に訪れる。

 

 セッツの頂点、それは…。

 

 

 

 今年に入ってから幾つ目にあたるか、もはや数えることもままならない数多の依頼のうち一つを完了した後に、自室に戻ったセッツが行なったことはやはりロス・ヴァイセの動向を探ることだった。

 

 使い慣れた黒いコンピュータを立ち上げながら、彼は自己嫌悪の念にかられる。来る日も来る日も、滅多に会うことすらままならない女の尻を追い掛け回して、これではストーカーと大差ないではないか。彼は社会的な評価など気にしない、反対に蔑まれる行為を敢えて選択する傾向を持つが、それとは別に異性に意識を奪われて我を見失うなど、恥ずべき失態と考えていた。だが現にセッツ・ルークスカイの脳裏からロス・ヴァイセの存在が消える日はなく、あの日彼を弄んだ美しい声と、共に見上げた青空が、くすんだ日常を照らしているのも事実であった。

 

『今日はいい天気だ』

 

 生死を賭けた争いの熱が冷めやらぬ中、無意味な言葉に心を割く。そんな自由が眩しくて、彼女のようになりたくて、セッツは今日もその姿を求めてしまう。そして彼女の存在を感じられた時、その刹那に限り、生まれながらに背負わされてきた重荷から解放された気になれるのだ。

 

「レイヴン、ロス・ヴァイセ、自由」

 

 誰もいない密室で、ぶつぶつと独り言など呟きながら彼はそれを追い続ける。血走った瞳と荒々しい呼吸は天上より降りてきた蜘蛛の糸に群がる亡者のごとく、尊敬であれ親愛であれ情欲であれ、胸の底から突き上げてくる衝動の赴くままに、レイヴンを、ロス・ヴァイセを、自由をただただ欲している。

 

 コンピュータには一節のメッセージが残されていた。ここでセッツは我に帰り、大きく息をつく。夢心地で熱中する気持ちを鎮めて現実に立ち返り、一人のレイヴンとして冷たい心を持ったままにその文章を開いた。

 

 メッセージの差出人はクロームだった。セッツは軽い落胆を覚えながらも、気を取り直して内容に目を通す。数ヶ月前までは吐き気がするほど嫌っていた育ての親からの連絡も、目的を持った今では達成の手段として真っ直ぐに向き合うことが出来るようになっていた。

 

 

 

依頼主:クローム

 

前払報酬:0C

 

成功報酬:結果から算出

 

 

 

ガルシティでの破壊行為を依頼する。内容は単純だ。

 

市街地を襲撃し、めぼしいものを適当に破壊すればいい。

 

自分たちが危機にさらされれば、それに抗う力を持たない者は何かに頼らざるを得ない。

 

力あるもの、即ち我がクロームにだ。

 

作戦行動時間は3分。それ以上の長居は無用だ。長引かせるとどんなトラブルが起こるかわからんのでな。

 

報酬額は依頼の成果に応じて決定する。

 

要するに、より多くのものを破壊すればそれだけ報酬も増えるわけだ。

 

では頼んだぞ。

 

 

 

作戦領域:ガルシティオフィス地区

 

敵戦力:不明

 

成功条件:3分間の破壊活動報酬:破壊結果から算出

 

 

 

 中身は飽きるほどに見慣れた、レイヴンの派遣要請だった。報酬が出来高とされている点以外には珍しい箇所もない、ネストに問い合わせれば無数に転がっているだろう一般的な仕事である。

 

 それがかえって不気味に思われた。セッツ・ルークスカイの名はランクと共に日増しに評判を上げ、比例して依頼の難度もハイリスク・ハイリターンな内容に変貌しているのだが、それを最も承知しているはずのクロームが、どうして敢えて彼を指名してまでこのようにありふれた依頼を送ったのか。セッツの知識を持ってしても、相手の思惑を推理することはできなかった。

 

しかし彼は迷わずにこれを受諾する。あの日、ムラクモの依頼を受けた瞬間から、命を捨てる覚悟などとうに出来ているのだ。危険を避けている暇などない。届いた依頼は全て達成し、邪魔するものは蹴散らし、真っ直ぐにあの純白の背中を目指すのみ。

 

 彼は気付かない。己を切り詰め、他者を欲し、闇雲に戦い続ける姿勢は、目標の向こう側にあるはずの自由と、決定的にベクトルを異にする奴隷のそれに近いことに。

 

 ここでロス・ヴァイセの告げた一節を改めて記す。

 

『無駄道を通ったからこそ知ることも多い』

 

『納得できないなら、これからも追ってくればいい』

 

ヴァルキュリアの名に相応しく、彼女はレイヴンを戦地へと誘う。その先に待つものは光溢れる楽園か、魂すら凍りつく地獄か、セッツ・ルークスカイの運命を分かつ審判が、今下されようとしていた。

 

 

 

 セッツが最新の依頼を引き受けた明日、夜の闇に包まれたガルシティは不気味な静寂に包まれていた。

 

 ガルシティは、大破壊以降に敷かれた地球再生プログラムから外れた計画の下に整備された、実験例に近い都市である。プログラムに縛られた地域と異なり、規制の薄いこの地には多くのチャンスが眠る。そのため一攫千金を狙う貪欲な起業家たちがこぞって集まり、無数の中小企業が群を成して一つの社会を形成していた。

 

 今回クロームが打ち出した作戦の目的は、彼らへの武力的な威嚇である。急速な拡大経営を推し進めるクロームの性格から推測するに、おそらくは近い将来にガルシティの企業体を買収、統合する計画が用意されているのだろう。しかしあからさまな敵対的買収の構えを見せては、相手の反発も大きくレイヴンを用いての暴力によるデモ行為すら起こしかねない。そこで先に武力の差を見せ付けることで危機感を煽り、買収時に保護の名目を強めるための破壊活動を指示したのだ。

 

 そのためセッツは、クロームの依頼を受ける際にはACの肩に描くことになっている、同社のエムブレムを塗りつぶして、無所属のレイヴンとして作戦に入る。作戦まで一日を切っていたので塗装の作業はクロームのスタッフに加えて自身も手伝うことになったのだが、関心のない仕事に時間を割くのを苦痛に感じ、今後同じ目に会った時のために彼はエムブレムの描かれていない同種の腕部パーツを購入するよう決意した。

 

予想される敵戦力は乏しいものなので、今回のブルーバードは軽量で機動性に長けた構成にされた。具体的には脚部を初め、装甲を削り落として軽量化したパーツを中心に本体が組まれることになった。ガルシティサイドがACを雇っていた場合に備えて、重量の負荷が下がって余裕の出た出力を利用して、左手に高出力型のブレードを取りつけているが、これは予備の戦力に過ぎず、主だった火器は右手に握ったライフル一本である。攻防が目まぐるしく入れ替わる戦闘では火力不足に相違ない武装ではあるが、総じて高い操縦技術を習得している中でもセッツは特に射撃に秀でており、貧弱な武器も最大限に活かしてしまうために、この程度の装備で事足りるのであった。

 

加えて破壊活動のために用意した大口径のグレネード砲を肩にかけているものの、不安定な姿勢で発射すると反動に機体が耐え切れないため、脚部を固定して放たねばならず、実戦に利用できる代物ではないので、これは武装から割愛させて頂く。

 

 移動は例によって独自に契約した運輸会社の輸送機を用いて行なった。作戦領域に入ると、ハッチが開き、目が覚めるように鮮やかな青に染められたACが姿を現した。

 

「ミッション、スタート」

 

 セッツの合図と共にACの背中に青白い炎の翼が生まれ、夜と混ざり暗い藍色の身体を持った鉄の魔鳥は、無機質なコンクリートのジャングルへと舞い降りて行った。

 

 

 

 ブルーバードの放ったライフル弾がガルシティで最も高いビルに着弾し、砕けたガラスの音が戦いの始まりを告げた。街に巣食う企業集合体が揃えたのだろう、戦闘ヘリや戦車を中心としたセキュリティガードが出動し、突如として飛来した青いACに砲撃を加える。

 

 ブルーバードはそれを嘲笑うかのように宙を縦横無尽に飛び回り、砲撃の全てを回避する。軽量化の恩恵は絶大で、高性能のジェネレータと相俟って重力を忘れたがごとき機動を見せ、ガルシティのガード部隊は的を絞ることもままならない。

 

 わずか数秒の攻防で戦力差は明確に示された。慣性を利用してブースターを休ませながら絶え間無く高速で移動し、隙を見て発射されるライフル弾は、恐るべき精度を持って確実に、一機ずつガードを沈黙させる。また、少しでも怯んだ様子を見せれば容赦なくグレネードの一撃を見舞われ、周囲の施設もろとも爆風の塵と化してしまう。

 

 華麗なまでの手際の良さで、セッツはガルシティを火の海へと変えていく。何しろ時間は三分しかないのだ、十分な報酬と、満足のいく結果を得るには、加減をしている余裕などない。

 

「足りない」

 

 そして彼に取っての満足とは、目標に手が届くだけの評価を勝ち取ることである。その想いが闘志に火をつけ、ブルーバードの攻撃はさらに熾烈を極めていった。目的…ネストのランキングを駆け上がり、ヴァルキュリアの背中を捉えるまで、殺戮する手を緩めることはない。

 

 

 

 だから。

 

ガルシティの人々は奇跡的な僥倖にあやかったと言って過言ではないだろう。

 

 

 

 殺気は確かに形を持ってセッツの身体を貫いた。衝撃は震えとなって彼の神経を縛り、毛穴という毛穴を逆立たせた。

 

 恐怖が死を逃れ生を掴むためのシステムならば、彼の感じた感情は根源的な恐怖に違いない。四肢が萎縮し、頭を抱えてうずくまりそうになるが、本能のレベルにまで刷り込まれた技術は無意識にして操作を成し、ブルーバードに回避行動を取らせた。

 

 体勢を無視して全開の推進力に押された機体は横手に弾かれ、影の残る空間を一条の光が通り過ぎた。光はあらゆる障害物を透過し一軒のビルに大きな風穴を空けると、はるか彼方へと消えていった。

 

 判断よりも反応が先だった。セッツは転倒したブルーバードをそのままの勢いで側転させて立ち直り、レーザーの飛んできた方向にサイトを合わせると、FCSが伝えるロックオンの報告も待たずにライフルを撃ち込んだ。勘に任せた射撃も、闇雲すら捉える彼にかかれば威嚇以上の効果を持つ。弾丸は敵影を捉え、それがたたらを踏んだ隙をついて距離を取って体勢を整えることに成功した。

 

 セッツが敵を認識したのはこの時である。

 

「そんな…!」

 

 唖然とし、意味をなさない声を漏らした。胸はドクドクと高鳴り、口の中が渇いていく。何よりも身体の変調など意識できないほどに、戸惑いと混乱が膨れ上がり心を押し潰す。そして彼は、初めて作戦中に依頼を忘れた。意識は金縛りに会い、両の瞳は純白の機体に釘付けにされた。

 

そんな内心を知ってか否か。闇より現れたACを駆るパイロットは、落ち着いた口調で告げる。

 

「ふむ、君か。思ったより早くまみえることになったな」

 

 雲ひとつない青空を連想させる、澄んだ声がセッツの脳を焼く。焦げた頭では思考するなど不可能で、彼女の名を繰り返させるだけで精一杯であった。

 

「ロス・ヴァイセ」

 

 ロス・ヴァイセとヴァルキュリア。雲の彼方にあった目標は、今この時、天上より降り立ってセッツの前に姿を現したのである。





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