年度を締めるチーム・ルークスカイのミッションが失敗に終わってから三日の後、ブルーバード・シルフィは二人の搭乗者とともに、キリマンジャロのガレージに収納された。今回の護衛対象であるサムは、保護という名目の下に軟禁され、スタッフたちと共に生活を営んでいる。軟禁と言っても基地内の移動は自由で、衣食住の保証はされていたので、アニーとジオ社を抜け出して以来続いていた逃亡生活に比べれば、その暮らしはとても安全で温かいものだった。

 

 サムを手元に置いたのはアリスの指示である。強化人間の研究という禁句の生き証人である彼を確保することで、ジオ社に対する強みを握っておく目論見だ。これを境にそれまでチーム・ルークスカイと一線を画して接していた同社は、手の平を返したように友好的な態度を示すようになり、一ヶ月後には出資主の筆頭にまで上り詰めた。毒を食らわば皿まで、敵対することが出来ないならば、一番手で利用してやろうという思惑が働いたものと推測される。アリスも相手の意向を見越して、その後はジオ社に有利に働くよう受ける依頼を調整してフェイに処理させた。結果、害を被るようになったエムロードはそれを取り戻すべく出資額を増やす。この繰り返しが無限にチーム・ルークスカイの権限を拡大させていくのである。

 

 企業とレイヴンにおける、依頼料で雇い利益を奉る古典的な雇用関係はこの時崩壊した。チーム・ルークスカイは自由のもとに戦力を振るい、企業はそれを自社利益に還元するために投資を行う。これはレイヴンという存在が、一つの財として確立したことを意味する。

 

 それは大深度戦争より続いてきた、企業による支配体制に穴が空いた瞬間であった。今はまだ無視できるほどの微小な変異に過ぎないが、この変化はいずれ体制そのものを揺るがす渦へと肥大していく。

 

 アリスはそれを知っている。だから彼は迷うことなく己の道を進み続ける。

 

 例え、その道中でどのような犠牲を払おうとも。

 

 また、それを阻まんとするどのような敵が現れようとも…!

 

 

 

 時間は少し逆行して、ミッション終了後の一週間後にあたる。

 

 基地内で生活していたサムは、朝一番にアイラに呼び出されてガレージの詰め所へと向かうことになった。見知らぬ人々に囲まれる中、唯一の知人が彼女であるため、自然とガレージにいる時間は長くなり、与えられた自室からそこまでの道順は完璧に暗記できていた。

 

 エレベータの表示が地下七階を示し、扉が開くと視線の先にはブルーバード・シルフィの両足があった。特製の治具に固定された青い巨体は、今日も数人の整備員の手で改修が行われており、溶接の光がガレージの壁を眩く照らしていた。

 

 サムがアイラの姿を求めてコックピット部へと首を上げると、ハッチは開きっぱなしになっており、彼女は外出中のようであった。作業中のスタッフに尋ねるが、彼らも知らず、代わりに詰め所へと案内された。そこにはチーフのウィンがいるはずで、彼が知らなければお手上げという話だった。

 

 トタン作りの小屋の扉を開けると、室内には香ばしい煙が濛々と立ち込めていた。原因はパイプ椅子に足を組んで座っている男が吸っている煙草で、窓も開けずに数本を立て続けに吸っているために籠ってしまったのであった。

 

 その男はサムの姿に気付くと「おお」と気さくな声をかけながら歩み寄った。仕事続きなのだろう、全身の作業服は袖や裾が油で黒ずんでおり、顎には剃っていない髭が青々と茂っていた。

 

「来たか来たか! 嬢ちゃんから話は聞いている」

 

 「よろしくな!」と肩をバンバン叩くウィンに、サムは気圧されて一歩後ずさってしまう。先のモンドとの一件で、こういったブルーカラーの中年に苦手意識を持っているのである。

 

 挨拶を終え、ウィンは手招きをしながら詰め所を出ようとし、サムはおずおずとしながらそれについていく。ほとんどウィンの声しか聞こえない一方的な会話を交わしながら、二人はシルフィの背後にあたる、ガレージの壁面までやってきた。

 

「ここで何を?」

 

 サムが尋ねると、ウィンはにやにやと意味ありげな笑みを浮かべ、壁の一角に備え付けられたレバーを引いた。レバーは透明なプラスチックのケースに収められており、曰くありげな気配を放っていた。

 

 すると、ガガガ…と重厚なギアの音が響き渡り、壁を中心にしてシルフィを含んだガレージの10m四方が回転を始めた。二人の立ち位置は回転の外にあり、壁の裏側が彼らの目の前に現れる形となる。

 

 スケールの大きい仕掛けにサムは仰天する。しかし、それ以上に目を奪われたのは、壁の裏から現れた一体の巨大な影であった。

 

 それはACだった。キャタピラ型の脚部を持ち、左肩に大型のキャノン砲を構えるその姿に、サムは見覚えがある。

 

「これは、イザーワン? 僕の機体ですか!?」

 

 アフリカ西部の森にて大破したはずの、彼の愛機がそこにあった。予想通り驚いたのが面白かったのかウィンは大笑いしてその背中を叩く。

 

「嬢ちゃんに感謝するんだな。ほとんどポケットマネーで買い揃えたって話だぜ」

 

「アイラさんが…?」

 

 サムが思わず呆けた声をあげてしまうのももっともな話である。兵器であるACはとても一般人が買える額ではなく、全パーツを一から揃えようとすれば人生を三度やり直しても届かない。ゆえにコンコード社のような管理業者が安価のACを用意し、新米のレイヴンはその各パーツを下取りに出すことで装備を充実させていくのだ。それを実費で払いきるアイラの資金力も驚異ではあるが、それでも懐が痛まないことはないだろう。

 

「どうして?」

 

 サムの問いかけは誰に対するものでもなかったが、ウィンは腕など組みながらこう答えた。

 

「これからはローテーションで依頼をこなすんだとよ。坊主も働けってこった」

 

 何気ないその言葉はサムにとって大きな意味を持つ。それはつまり、彼もチーム・ルークスカイの一員に数えられたということだ。

 

「おかげでこっちは仕事量倍だがな。まあ、ウチの若いの曰く出来るっていうんだからしゃーねーや。でも基本的にコイツの整備はお前がやるんだぜ」

 

 単純に考えてACが二体になれば整備工の作業は倍になる。シルフィだけで精一杯という現場の様子からして、ここにきてのレイヴン増員は危ぶまれたが、計画的なローテーションを組み、一体がミッションに出ている間の暇を活かせば、十分にこなせるとフェイは断言した。以前に彼の主張していた作業内容を一般化した上で試算した結果、現在の体制でも目途がついたのである。

 

なおウィンは聞かされていないが、この作業計画は仕事の詳細について知識のないフェイが一人で作成できる代物ではなく、完成にはアイラの知恵が大いに健闘していることを記しておく。

 

「ま、仕事については明日からみっちり仕込んでやるからよ。とりあえず中を見てきたらどうだ? 商売道具は大切にしないといけないぞ」

 

 言いながらウィンはリフトの操作に入っている。サムはその言葉に従い、下りてきた足場に足をかけ、数mの高さにあるコックピットへと向かった。

 

 ハッチの前でリフトが停止する。機体は傷一つない新品で、塗装したての艶やかな装甲は彼の幼い顔を映し込むほどだった。

 

 扉を開けるとシートに使われている革のにおいが鼻をついた。内部の構造こそ先日まで搭乗していた機体と同じ標準仕様だが、嗅ぎ慣れない香りが嫌がおうにもそれを否定させる。これは、イザーワンと似せて仕立てた違うACなのだ。

 

 サムは搭乗席につき、電源を入れる。旧式のコンピュータが不自然に母音を強調する、非人間的なアクセントでシステムの起動を宣言した。

 

 ふと、視線を落とすと計器類の右手で点滅しているランプがあった。新規メッセージの到着を示す光である。

 

 サムは首を捻る。ウィンの話を聞く限りでは、この機体は今初めて立ちあがったはず。それにメッセージが届いているということは、ACが搬入された際にパイロット、つまりは自分宛へと残された伝言になるが、一体誰が新人、それもおそらくチームへの登録も済んでいない異人に言葉を送るというのか。

 

 パネルを操作してメッセージを開く。すると美しいと評して差し支えのない、澄んだ女性の声が流れてきた。それはサムのよく知った声であった。

 

「これがこれからアンタの乗るAC、前の機体と大体同じ仕様にしておいたから」

 

 前置きも挨拶も抜き本題から切り込む、無作法にして不思議な親しみを感じさせる言い回しは、確かにアイラ・ルークスカイのそれだった。サムは驚きながらも、心のどこかでメッセージの主が彼女であるような予感がしていたので惑うことはなく、真摯な眼差しをスピーカーに向けながら、その言葉に聞き入った。

 

「アンタにはこれからウチのレイヴンとして働いてもらうことにした。だから、そいつは私からのプレゼント。前の機体は壊しちゃったからね」

 

 前ミッションでアイラが別行動を取る危険な選択を取ったのは、作戦終了後もフリーダムトルーパーズの二人がレイヴンとして活動を続けられるよう配慮した結果だった。しかしミッションは失敗に終わり、サムはACとレイヴンの立場を失うことになる。それに代わりの機体を与え、レイヴンに復帰できる環境を整えたのは彼女なりの罪ほろぼしなのかもしれない。

 

「もうわかっていると思うけど、それはイザーワンじゃない。私がここで用意して、アンタがこれから戦っていく、新しいACだよ」

 

 そしてアイラはこう告げる。

 

「アナザーワン、それがそいつの名前だから忘れないで。私からはそれだけ、あとは好きにしてくれればいい」

 

 それだけでメッセージは途切れ、後には呆然とスピーカーを見つめるサムの姿だけが残された。コンピュータが記録音声の再生終了を告げると、コックピットからはあらゆる物音が消え去り、静寂が彼を包み込む。

 

ぶっきらぼうで簡潔極まる物言いだったにも関わらず、サムの頭からはメッセージの余韻がいつまでたっても離れることはなかった。

 

「アナザーワン」

 

 彼女の知らせた機体の名を呟いてみる。

 

Either-One(どうでもいいもの)でなく、Another-One(確かな別人)」

 

 元々、サムに名前などない。今では記憶にも残っていない両親に貰った名前は、強化人間の被験者として指名された瞬間に意味をなくし、奪われた。Some(誰か)とAny(何か)は実験場を抜け出した際に便宜的につけた呼び名であり、イザーワンの意に等しい、無味乾燥な記号に過ぎなかった。アニーのNext(続くもの)に比べれば、空虚で絶望的な彼の内心がよく表れた名前である。

 

 それにアイラは新しい名前を与えた。言い換えれば、新しい意味を彼らに与えたと言えるかもしれない。

 

「メッセージ、受け取ったよ。アイラ・ルークスカイ」

 

 サムはアイラと、アナザーワンに向けてそう返事した。自然と、瞳に涙が溜まり頬を一筋の滴が流れた。

 

 

 

 ミッションの後始末を終え、フェイがキリマンジャロに戻ってきたのは午後十一時のことだった。報告用の書類を作る事務処理が残っていたが、さすがに疲れが溜まっていたので明日に回すよう決めて、真っ直ぐ自室に戻ることにした。

 

 地下三階、居住区の一室が彼に割り振られた部屋である。カードキーを通してドアのロックを解除すると、ネクタイを緩めながらワンルームのそれへ入室する。橙色の明かりが自動的に灯った。窮屈な皮靴を脱いで背広を放り投げようとベッドの方を向き、そこで彼は硬直した。

 

 初めて知る。本当に気持ちの追い詰められた人間は、声どころか呼吸の一つも吐くことが出来なくなるのだと。

 

 ベッドには先客がいた。服装こそだぶついた作業服だが、裸足の脚を初めとした四肢はすらりと長く、その背中には漆黒のロングヘアが柔らかく広がっている。そこには紛れもなくアイラ・ルークスカイが横たわって寝息をたてていた。

 

 何故? と思うより先に起こしてはいけないと物音を立てないよう気を使ってしまうのが実に彼らしい。しかし、その対象はやはり傍若無人で

 

「気を使わなくていいよ、起きているから」

 

 と目を閉じたまま気遣いを全否定したので、再びフェイの心臓は凍りつくことになった。

 

「お前、どうやって入った?」

 

 思わず問い質してから、彼はそれが無意味な質問であることに気付く。基地内のマスターキーなど、彼女なら簡単に手に入れることが出来ることを、今の彼は知っているのだ。

 

 フェイの内心をアイラは鋭敏な神経で感じ取ったらしく、唇の端を小さく上げた。

 

「アンタ、思ったより使えるヤツなんだね」

 

「何の話だよ」

 

 フェイは気まずそうにアイラと目を合わせないようにしながら、ベッドには近づけないので作業用のデスク前に腰を下ろした。デスクの上には黒い小型のハンドコンピュータが置かれていた。

 

「わかってるクセに。それが何なのか」

 

 こちらを見透かしているようなアイラの言葉にフェイは思わず振り返るが、彼女はやはり目を閉じたままだった。古い表現だが、両目のほかに第三の目を持っているかのようだった。まるで、あのサムのごとく。

 

「履歴は消しておいたはずなんだけどな」

 

「張り切り過ぎだっての。素人があんなに調べられるわけないじゃん」

 

 そう言われてフェイはようやくミッション直前に頼まれた、フリーダムトルーパーズのACに関する調査に思い当たった。確かに、指摘されてみれば自身の知識で答えられる範囲を逸脱していたように思える。

 

「コンピュータには心得があってね。アセンブラ言語くらいなら扱えるんだ」

 

「どこまで見たの?」

 

 ここぞとばかりに能力を誇ろうとするが、アイラはそれを完全に無視した。決して話を聞いていないわけでなく、しっかりと聞きとった上で切り捨てたのである。

 

 フェイはふう、と大きく息をついて彼女を見る。アイラは自分の能力になど興味がないのだ。この少女が関心を持っているのは、話したがっているのは…

 

「どうして、『スカイウォーカー』を俺に貸してくれたんだ?」

 

 この位置からではアイラの表情は窺えなかったが、何となく彼女は笑ったような気がした。そして思う。アイラが見て、感じているのは、今「何となく」悟ることの出来たこの感覚ではないか、と。

 

「どうしても何もさ」

 

 今度こそ、アイラは質問に答えてくれた。

 

「自分のこと話せる相手なんて、アンタくらいしかいないんだよ。ばか」

 

 心なしか、その口調はどこか楽しげに聞こえたのだった。





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