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 ジオ社による包囲網の東部戦線にて、今両者の明暗をわける一戦が始まろうとしていた。アイラが敗れれば未熟な強化人間に身を守る術はなく、モンドなしに残された通常兵器ではAC二機を前に抵抗できる由もない。

 

 とは言え二人の立場は対等にほど遠い。不利なのはアイラである。東部の開戦の報を聞きつけた彼女は、戦線を放棄して駆け付けたため、西部の敵兵を引きつける格好で加勢することになった。最大加速のシルフィに追いつける兵器などないので相当に距離を稼いではいるものの、時間をかければ彼らも追い付き参戦する。つまり、戦いが長引くほど彼女は劣勢に追いやられることになる。

 

「お前さんが高名なアイラ・ルークスカイか。会えて光栄だな、一度話をしてみたかった」

 

 余裕の態度を繕い、口元は微笑の形に綻ばせながら、列車にてたまたま同席した乗客に天気の話題を振るように自然と、モンドは話しかけた。切羽詰ったこの状況におおよそ似つかわしくない雑談に、どのような対応を取るかで、敵の器量を見極めようという腹だ。その気になれば時間稼ぎを目的とした戦闘も可能だったが、そのように狭量な態度を見せるのは彼の信条に反するし、何よりも噂のアイラ・ルークスカイがいかほどの人物なのか興味があった。

 

 アイラの返答はこうだ。

 

「相談があるんだけどさ」

 

 初対面の挨拶も会話の応答も一切無視した話の切り出し方、アイラの真髄、にモンドは面食らうも、頭を振って冷静に努めることにした。

 

「敵の俺にだと? 面白いことを言うじゃないか」

 

「こっちに協力してよ。そうでなければミッション放棄してもらうだけでいい」

 

 平然と、彼女は依頼の放棄を提案した。

 

 さすがにこれにはモンドも言葉を失う。個人単位で活動するレイヴンにとって依頼は唯一の収入源、いわば食い扶持だ。そして依頼の量は各人の格と評判、つまりは信用に左右される。依頼の放棄は著しくその信用を傷つける行為であり、その後の生活に支障をきたしかねない禁じ手なのである。命と引き換えでもない限り、通常は選ぶことの出来ない手段を薦められるなど、レイヴンにとって最も屈辱的な扱いであった。

 

「残念だが、そいつは聞けない相談だ。依頼は俺たちにとって血肉に等しい存在よ。それをないがしろにしちゃあ、レイヴン失格ってもんだぜ」

 

 モンドは激昂することこそないものの、不平を言外に込めて拒否の返事を送った。だが、これはアイラに取って予想通りの返答である。彼女は笑みすら浮かべながら、説得を続けるべく回線と口を開き、そして、思わぬところからあがった声によってそれを遮られた。

 

「待ってください!!」

 

 制止の主はサムだった。初めて聞く彼の大声にアイラは珍しく戸惑いを覚える。彼女の見たサムとは大人しく受動的で、進む先に不幸が待ち受けているとわかっていても、その場の衝突を恐れて他人の薦めるままに歩を進めてしまう、悪く言えば意志薄弱な人間だった。それが交渉を遮ってまで自分の意を主張するとは、アイラをしても予測のつかない展開であった。

 

 確かな決意を込めて、サムは言う。

 

「アニーと約束したんです、あいつに一発撃ち込んでやるって! だから、手を組まれちゃ困るんです!!」

 

 愚直な少年の言葉はアイラに何を思わせたか、彼女はしばし閉口する。一方、モンドには彼らの声が届かないが、何らかの相談がされていることは容易に想像がついたので、成り行きを見守ることにした。もちろんその際、戦闘態勢を崩すことはしない。彼は軽口を叩く間も戦場に心を残すことを忘れない、生粋のレイヴンである。

 

「二言はないね」

 

 トーンを落とし、意図的に圧力をかける形でアイラは言った。サムはわずかに迷うも、散ったアニーの残影が与えた勇気を糧に、力強くうなずいた。

 

「オーケー、何とかしてあげる」

 

 そしてアイラは操縦桿に手を伸ばすと、ロックオンサイトをモンドのACに合わせ不意打ちの一撃を放った。モンドはわずかに自機の位置を動かすだけで、それを易々とかわす。

 

「協力してほしいんじゃなかったのか?」

 

「それ取り消しでお願い」

 

 シルフィの背中に青白い光が灯る。爆音が風を裂くと同時に青いACは一直線にモンドへと突撃し、ムーンライトの一閃を振るった。

 

 単純な直線的攻撃を敢えてもらってやる義理などモンドにはない。二歩ほど機体を横手にずらして敵の攻撃をやり過ごすと、すれ違いざまに両腕のブレードをシルフィの左脇に向けて振り下ろす。

 

 アイラは右手、つまり敵の逆方向に転進してブレードの射程から逃れ、且つ離れ際にライフルを数発撃ち込んだ。が、モンドはブレードが空振りになったと知るや反撃を見越して宙に逃げたので、それも不発に終わった。

 

「自分から停戦を呼びかけて中止か。ハッ! 勝手な奴だ」

 

「どうとでも思えば? 私は私、アンタはアンタなんだから」

 

「言うじゃないか」

 

 モンドはステルスを起動させて姿を消そうと目論む。それを察したアイラは視界から逃さないよう空中の敵に接近、斬り合いを挑んだ。

 

 銃器を持たない相手に対して彼女が敢えて接近戦に臨むのは、このように視認出来る距離を保つことでステルス機能を封じることが一つ。もう一つの理由は、護衛対象であるサムに敵の目が行かないよう抑え付けるためである。誰かを護衛しながらの戦闘よりは、敵の本領であろうとも一対一に持ち込んだ方が得策とアイラは踏んだのであった。

 

 腕利き同士の戦闘に手出しができず、サムは数百m離れた位置で彼らを見守っていた。指示を仰ぐためにシルフィに通信を送ろうとすると、彼よりも数段判断の早いアイラが先に話しかけてきた。

 

「森の中に隠れてて! 必ず出番あげるから!」

 

 助力できない無力感をサムは歯がゆく思うが、意地を張っても迷惑をかけるだけとわかりきっているので、素直に従うことにした。タンク型のイザーワンは時速にして数十kmの鈍足であるが、敵の邪魔も入らなかったため無難に森の奥へと姿を消した。

 

 木々が星々の光を遮り作り出す、夜に増した闇との境界線で、サムは振り返り二人の戦いを見つめる。月光に照らされ、二機のACが交差する光景は幻想的な美しさに満ちており、一枚の絵画として彼の脳裏に長く焼きつくことになった。

 

 

 

 文字通り鎬を削るAC同士の超接近戦は、次第にモンドの有利へと行方を傾けていった。両者の腕はほぼ互角と言って良い。しかし元よりブレードによる戦闘を目的として組まれた彼の機体と、汎用性の重視されたシルフィでは立ち回りに大きな違いが存在する。密着距離の切り合いで物を言うのは旋回性能や機動力の持続性といった「小回り」であり、シルフィの武器である瞬間的な高出力はその利点を持て余してしまうのである。

 

 加えて戦いを長引かせられない切迫感と、更にはアリスより届く新たな指示がアイラの精神を削り取っていく。

 

「アイラ、君は気付いていたな? 護衛対象があの、強化人間だと言うことに」

 

「アンタの長話に付き合う暇はない!」

 

 一瞬の油断も許されない激しい戦闘を繰り広げながらも、アイラの情報処理能力は彼の言葉を聞き取らせ返事を成させる。しかし熾烈を極めるモンドの猛攻は、彼女をしても余裕を奪い取るものだった。

 

「用があるなら早く言って! 何だってやってやるから!!」

 

「その一言、忘れないでほしいね」

 

 ムーンライトと腕ブレードが交差し、耳障りな電磁音が戦場に響いた。

 

「ミッション変更だ。直ちに依頼を放棄、護衛対象をガレージまで連行してくれ」

 

 

 

 森の中では獣も、鳥も、虫さえも、自然にはあり得ない事態を察してか音を立てることはなく、戦闘中とは思えないほど静寂に包まれていた。

 

 サムは機体を天然のガレージに収めると、敵の目に触れないようシステムを落とし、アイラの帰還を待った。戦場の空気は心を掻き乱して行動へ駆り立てようとする。逸る気持ちを抑える作業は不慣れな者には厳しく、たかだか数分が何時間にも長く感じられた。

 

 隣には誰もいない。いるべき人は先刻、永遠になくなった。ジオ・マトリクスから共に逃げ出し、共に生き抜いてきた僚友は、最早彼の記憶の中にしかいない。その身体に温もりはなく、その声は響かず、その想いは二度と感じられない。

 

 半身を失ったかのように思える喪失感を闘志に変え、彼は臆病な自分を戦士へと作り直す。

 

「必ず、倒すんだ」

 

 サムは頭に倒すべき敵、黒いACを思い描き戦意を新たにする。先ほど二人ですら耐えられなかった孤独に辛抱強く耐え、アイラを信じ待つことが出来た。

 

 そして利益でも打算でもなく、一人の人間が純粋に信じる想いを、アイラ・ルークスカイは決して裏切らない。それはレイヴンとしては間違っているのかもしれないが…!

 

 飛来した巨大な影は木々をなぎ倒して森林の真ん中に着地した。サムは顔を上げ、自機をそこへ持っていく。空より舞い降りたのはブルーバード・シルフィの巨体であった。

 

 

 

 アイラは言う。

 

「準備は出来た。覚悟を決めて」

 

 サムは答える。

 

「あいつを倒せるなら、命を預けます」

 

 アイラは相手の決意を確認できると、満足した表情で頷いて最大の奇策を実行することにした。

 

 

 

「何を企んでいる?」

 

 シルフィの逃げ込んだ木々の海を空中から見下ろしながら、モンドは苦々しく自問した。

 

 不利なアセンブリの機体にも関わらず、五分に渡り合って見せた強敵は、突然踵を返すと森の中へと身を隠した。何らかの罠を仕掛けているのは明白で、自ら飛び込むのはいかに豪胆な気質を持とうとも躊躇われた。格下の相手ならばともかく、敵はあのアイラ・ルークスカイ、その上戦況は時間を取ることを許しているのだ。敢えて死地に出向く必要はない。

 

 改めて状況を整理する。彼の目的はジオ社に楯突くレイヴンの処理であるが、敵の護衛は手強く片手間に対応できる相手ではない。また護衛は目標を守るため不利な接近戦を強いられており、足を引っ張られる形になっている。詰まるところ、目標を始末するには先に護衛を倒すのが、条件的にも効率的にも正解と言える。

 

 緊張を解くわけにはいかなかった。アイラ・ルークスカイは噂に違わぬ難敵だ。唯一の武器として訓練を重ね特化してきた両腕の刃に初見で対応するセンスは元より、いざ戦おうとする相手に協力を仰ぐ非常識な発想は脅威に値する。義理や人情、打算と言った一般的な行動原理では計り知れない思考回路、レイヴンの基準に収まらない自由は、彼の経験を無効化あるいは反対に弱点へと逆転させかねない。

 

 固唾を飲んで敵を待つ。やがて、ドン、と丹田を震わす爆音が起こった。

 

 来たか、と思いながらモンドは機体を動かすと、そこをイザーワンのレーザーキャノンが生み出した光弾が通り過ぎていった。当然これで終わるわけがない、続いてブルーバード・シルフィが森から飛び出し切りかかろうとする。

 

 ステルスを起動させ続けているモンドは、いったん離れてしまうと索敵するのは至難の業だ。しかし、サムの目ならば条件に関係なく姿を捉えることが出来る。つまり、レーザーキャノンの弾道を参考に目測をつけ、彼の位置を探ったわけだ。

 

 モンドの判断を責めることは誰にも出来ないだろう。この時、アイラの取った策はレイヴンとして常識の外にある行動であり、生粋のレイヴンたるモンドが思い至らないのは必然に過ぎないのだから。

 

 彼はレーザーキャノンの放たれた位置から、イザーワンのいるおおよその場所を測定すると、それを無視してシルフィに視線を向け、その一撃をやり過ごした。先に述べた通り、まず倒すべきはアイラ・ルークスカイなのだ。ここに間違いはない。

 

 森に背を向けてシルフィを追おうとする。その時である。

 

 彼の背後、数十キロに渡り広がる木々を突き破り、人型ACを超える巨大な物体が飛び出してきた。戦車型をしたそれは眩く燃える爆炎を放ちながらモンドのACに特攻する。

 

 そう、OBを用いて高速飛行したイザーワンは、その大質量を持って彼の機体を粉砕した。

 

 

 

「馬鹿な…!」

 

 激突の衝撃で身体のどこかがやられたか、苦悶の声をモンドは漏らした。が、彼を混乱に追いやったのは苦痛だけではない。重量級のACを砲弾として扱う馬鹿げた案はともかく、飛行中のACに狙いを定めてOBを制御するなどという高等技術を、素人同然だったイザーワンのパイロットが成功したことが信じられなかった。

 

 赤いランプが緊急事態を告げる。損傷は内部機器まで到達していたようで、ブーストが作動しなかった。彼のACはイザーワンともつれ合うように落下していく。

 

 両者は平野の真ん中に落ちていき、震度6に相当する地震と共に巨大なクレーターを作り上げた。どちらのACもほぼ全壊しており再起動は不能、特別頑丈に設計されているコックピットを除き、残骸と言って差し支えない状態に陥っていた。

 

「なかなかやるじゃねぇか。相方の仇は討ったってわけか?」

 

 モンドは信じられない無茶をやってのけた敵に対して、賞賛の意を贈った。身体は動くようだが逃げるつもりはない。間もなくシルフィがやってくるはずで、命は敵の手中にあるのだ。いまさら足掻いたところで仕方がないと腹を決めることにした。

 

「あいにく、敵討ちはこれからだよ」

 

 だが、返ってきたのは聞き覚えのある女の声だった。打てば響く鐘のように、高く透き通った声。有事となればモンドをして足を留めさせる力を持った、アイラ・ルークスカイの声だった。

 

 何が起こっているのか、モンドには一瞬理解できなかった。自分を仇として狙っているのはサムとかいう強化人間、サムはイザーワンというタンク型ACに乗っている、そのイザーワンに、何故アイラ・ルークスカイが乗っている!?

 

 ここでブルーバード・シルフィが降下してきた。シルフィが片ひざをつくとハッチが空き、中から現れたのは紛れもなく少年の姿だった。するとイザーワンのコックピットも開放され、黒い長髪の少女が飛び出してきた。

 

「そんな、ことが」

 

 この時のモンドを表現するならば、呆然自失、であろうか。全身の力が抜けて座席にもたれかかり、大きく息を吐く。そして敗北を認めた。当たり前だ、戦闘中に互いのACを交換して裏を掻こうなど、誰が思いつく。

 

 

 

 イザーワンから降りたアイラは、すぐにシルフィへと乗り込んでハッチを閉めた。まだ戦闘は続いており、周囲には敵の戦闘機が飛び交っているのだ。ぼやぼやしていたら撃ち殺されてしまう。

 

 偶然ではあったが、コックピットを二人乗りに改造しておいたのがこの折も役に立った。サムを予備シートに移して、指定席である操縦席へと腰を下ろす。

 

「あとは好きにやっちゃいなよ。あんまり時間はないけどさ」

 

 アイラは操縦系をチェックしながらそう言ったが、サムは首を横に振った。

 

「それは、アイラさんに任せます。アニーと約束した一撃なら、きっともう果たしたはずですから」

 

「あっそ。そう言ってくれるとこっちも助かる」

 

 関心もなさそうにそう言うと、彼女は転進させて走り出そうとする。

 

「待て。お前は、止めを刺さないで良いのか?」

 

 モンドはそれを引き止めた。殺すべき相手は殺せるうちに殺しておけ、それがレイヴンの常識であり処世術だ。後ろ盾の少ない立場では復讐を防ぐことが難しく、恨みを買った相手は早急に始末しなければいずれ寝首をかかれることになる。

 

 ところが彼女は平然と、

 

「どっちでもいい」

 

 と答えた。止めを刺すという選択を頭に置きながら放棄すると告げたのだ。

 

 そこに正しい理は存在しない。情に流されたわけでなく、義理に従ったわけでなく、知恵に頼ったわけでもなく、その全てを抱えながら、最後に依ったのは「何となく」という実に不安定な自分。それは自由を許された身としてあまりに無責任で、自己満足に過ぎる理念だった。

 

 彼女はこの一言を最後に、それ以上語ることもなく飛び去って行った。ジオ社に残されたのは通常兵器だけだ。シルフィを止めることは出来ないだろう。

 

 残されたモンドは、ただ呆然として、それを見送るほかに出来なかった。

 

 

 

 後に彼は語る。

 

「あいつはレイヴンじゃない。依頼内容は参考に過ぎず、その意があれば護衛対象すら平気で危険に放り出す。移り気で我が侭、合理的な判断が出来るにも関わらず気分次第でそれを投げ捨てる。任務の達成を第一に置くレイヴンでは、あそこまで奔放に動くことは出来ない。恐ろしくて出来ない」

 

「雇われの身であることを自覚しながら雇い主に牙を剥くことすら辞さない、その姿はまるで…」

 

「錯誤した犬(ドミナント)だ」

 アイラは依頼放棄の連絡をアリスに一任していたので知ることがなかったが、彼女の暴挙がエムロードより責められることはなかった。なぜならモンドとの決着がついたその頃、戦線より東の遠くで待機していた輸送艦は、ACの襲撃に合い全滅していた。ミッションはアイラの離脱を待つまでもなく失敗に終わっていたのだ。

 

 突如として現れエムロードを攻撃したACは銀色の塗装と古い武装に身を固めた、旧世代の亡霊と呼ばれる謎の機体であった。





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