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 チーム・ルークスカイとエムロード間における、年内最後のミッションが締結した一日後、アイラはアフリカ大陸西部沿岸の熱帯雨林を訪れていた。いったんは砂漠と化した地球の大地であるが、蒸発した海水が雲を作り、雲は雨を降らし、そして再臨した命の水はかつての地形に沿って流れ落ちる川となった。川沿いには植物が芽生え、やがて生物を育む森となる。死滅したかに見えた地表は、海岸線より徐々に緑を取り戻しつつあった。

 

 独立レイヴンチーム「フリーダムトルーパーズ」のガレージは、そんな初々しい緑の中に隠されている。とはいえ、その規模はチーム・ルークスカイと比べることさえおこがましく思えるほど些細なものであった。

 

 ガレージこそ地下に設置されているが、それは二体のACを収める治具とリフトのほかには、ウィンチをはじめとする換装用の機材すら備えていない、文字通りの倉庫であった。構成員は二人で、マネージャーどころかオペレータすらついていない。当然事務員もおらず、ミッションは一般家庭でも見られる普通のPC一台で処理していると言う。

 

 二人のレイヴンは男女がそれぞれ一人で、名前をアニーとサムと言った。

 

「アニーよ。貴女みたいな大物と会えるとは思っていなかった。今日は頼らせてもらうわ」

 

 アニーは名乗りながらアイラと握手を交わす。アイラより一回り背が高く、グラマラスな体型をしているが骨が太いのか背中から見ると男性と間違えるほどたくましい体格をした女性だった。歳は肌が所々荒れているため30にも見えるが、深く切り込んだ二重の瞼やうなじの張りが二十代であることを証明している。ブラウンの長髪を後ろで括り、外見通り威勢の良い性格と声色を持っていた。

 

「サムです。えっと、よろしくお願いします」

 

 サムは反対に女性と間違えるほど小柄で色も白く、差し出した手はすらりとして細長かった。黒一色のストレートヘアはあどけない容姿を余計に幼く見せており、世間を知らないせいかおどおどとした様子で口調も弱々しい。それがアニーと並ぶと尚更頼りなく映った。

 

 アイラは自己紹介を終えると一言二言他愛のない会話を交わし、その間に注意深く二人を観察してその技量を推し量る。普段の立ち振る舞いから推測される内容などたかが知れているが、それでも二人がレイヴンとして二流、素人に毛が生えたようなものであることは読み取れた。死線を何度か潜ったことのあるレイヴンはどこか神経が壊れているのか、場にふさわしくない緊張感を日常ですらどこかに抱えている。その泥のように重いプレッシャーを、彼らは発していなかったのである。

 

 アイラは内心落胆しながら、本題であるミッションへと話を移すことにした。今のところ何通りか準備してきたシミュレーションの中では悪い部類に入るが、まだ最悪のケースには至っていない。二人がセカンドネームを名乗らなかったことを追求することもなく、彼女は今後の計画について説明を始めた。

 

 

 アイラが受け持つ今回のミッションは、この二人を森の外に待つエムロードの輸送船まで送り届け保護することである。ジオ・マトリクスと敵対する二人は既にガレージを同社によって囲まれており、二十四時間以内と予想される襲撃の前に包囲網を突破しなければならなかった。

 

 方法は数多く考えられたが、保護対象を目の当たりにしてアイラは案の八割以上を捨てることに決めた。例えば最も単純で被害を抑える方法は、三人のレイヴンがいることを戦力的なアドバンテージと捉えて一点突破を図ることである。しかし二人の技量から考えると一人前と数えるのも難しく、三機のACに対抗できるだけの兵力を用意されれば無残な敗北が待っている。何しろ相手は地球最大の規模を誇るジオ・マトリクス、レイヴンの調達に困ることはないだろう。もちろん費用の問題からそれほど本格的な攻撃を仕掛けてこない可能性もあるが、敵の対応を楽観視するほど彼女は甘くない。

 

 逆に二人のレイヴンとしての価値を無視して、ガレージと共にACも破棄させ、全員をシルフィに載せて移動する方法もある。重量にかなりの負担が生じるが、それでも並大抵の相手ならば逃げ延びる自信がアイラにはあった。但し作戦終了後に二人は素寒貧となり、ジオ社から目をつけられた以上コンコードからのACの支給も期待できないので、レイヴンとしての再起は絶望的となってしまう。

 

 こうして策を巡らせては放棄を繰り返し、中間的な一案に妥協することで三人の相談は落ち着いた。すなわちシルフィが囮となっておそらく投入されるであろう敵ACを引き付け、作戦領域の反対側から二人が抜け出す陽動作戦である。

 

「僕たちだけで戦うんですか…?」

 

「当たり前だろ。ホントなら他人様に手を貸してもらえることじゃないんだ」

 

 サムは外見通りに弱気な態度を見せてアイラの別行動を不安がったが、アニーにゲンコツを一つもらって諌められた。いくら不慣れでもACを駆るのだから通常兵器の突破くらいはやってもらわないと話にならない。

 

「最悪でも十五分、それだけ耐えてもらえれば助けに行けるからさ」

 

 アイラはフォローの言葉をかけながらサムの隣まで歩いて行き、

 

「ま、頑張って見せてよ」

 

 と、笑顔で彼の頭に手を置いた。

 

 完全な子供扱いが恥ずかしかったのか、それとも単にアイラという女性に照れたのか、サムは顔を赤らめて「了解しました」と大人ぶった答えを取り繕った。

 

 

 作戦開始まで一時解散となり、アイラはキリマンジャロのガレージに連絡を取るため通信機の在り処を尋ねようとアニーの元に立ち寄った。

 

 アニーはガレージでACをいじっていた。今日の出撃はわかっていたことなので、作業は整備というよりも点検に近い。事前情報によると、今コックピットを開けているタンク型ACはサムの愛機なので、彼女は二機の管理を一手に担っていることになる。

 

 見つからないよう死角に入りながら、アイラはリフトも使わずにアニーの愛機によじのぼって手入れの具合を確認する。さすがに一人ではカスタマイズするだけの余裕はないようで、純正のパーツを組み上げただけの装備ではあるが、ボルトの一本まで丹念に仕上げられた、不足のない整備が成されていた。簡素でありながら丁寧な仕事は、精一杯の努力を続けてきた彼女の姿を雄弁に物語っており、それを踏まえた上で改めてタンクに座すアニーを見ると、その姿は力強く、後光がさしていると思える美しさに溢れていた。油まみれのツナギは気高い正装のようだった。

 

 これほどの絶景を見せつけられては、アイラも動かずにいられなかった。タンクに飛び移ると、振り返ったアニーに贔屓の缶コーヒーを投げ渡す。ちなみに缶は臀部のポケットにしまってあった。

 

「手伝うよ」

 

 と言って、置いてあった工具箱から必要な器具を取り出すと、機体の右肩から脚部連結部へと舞い降りた。自殺同然の暴挙にアニーも肝を冷やして目をやるが、彼女は脚部の装甲板につかまって何事もなかったように作業に入っていた。

 

「命綱もつけずによくやるねー」

 

 呆れが半分、感心が半分でアニーが言う。

 

「別に。長くやってれば色々出来るようにもなるよ」

 

 アイラは事もなげに言ってのけるが、他の者には真似のできない所業であることは明らかだ。

 

「やっぱり本物は言うことが違うわ」

 

 アニーの称賛は心よりのものであったが、アイラは浮かない顔で黙々と仕事を続けた。正直に言えば、アニーにはあまり謙遜をしないでほしかった。アイラが尊敬すら覚えた、懸命な日常を自ら卑下しているように思えたからだ。

 

 けれどもアイラは、同時にその発言がやむを得ないものであることを悟りつつあった。誰かを本物と崇める心理の裏に潜んだ劣等感、偽物が意味する忌まわしい事実がそこには見え隠れする。

 

 アイラはそれを認めたくないがために聞こえない振りをした。そしてそんな自分を、やはり「らしくない」と疑問視するのであった。

 

 

 作業は三十分ほどで完了した。

 

 アイラは本来の目的である通信機について聞きだすと、早速足を運ぼうとしたが、一歩目を踏み出す前にアニーに呼び止められた。

 

「あんまりウチの坊やを甘やかさないでくれよ。すぐ他人に頼ろうとするんだから」

 

「甘やかしたつもりはないけど」

 

 十五分で駆けつける、という言葉を激励と思っているのだろう。アイラとしては敵にAC一機を仮定した上で弾きだした計算であったが、AC戦に慣れていないレイヴンには気休めにしか思えなかったようだ。ただ警戒してもらうに越したことはないので、アイラは否定せず、代わりに一つ気になったことを質問することにした。

 

「じゃあ、アンタは頼らないんだ」

 

 それがアニーにとってどんな含みを持った言葉に聞こえたのか、理解する術はない。表情にこそ現わさなかったが、虚空に向けた視線が彼女の動揺を如実に表していた。

 

「そうだねぇ」

 

 やがて彼女はふ、と微笑み、こう語った。

 

「出来ればそうしたいね。誰かに命預けて、それで死ぬなんて馬鹿みたいじゃないか。特にレイヴンなんてやっているとさ。死ぬ時くらい自分のせいで死んでおきたいだろ」

 

 殊勝な心がけだ、とアイラは内心で呟いた。レイヴンは報酬によって自由に所属を変える立場ゆえに、報酬以上の責任を負わない。そのため利益に基づく裏切りは日常茶飯事で、例え肉親が相手でも残心を忘れては寝首をかかれかねない。

 

その点ではアニーは立派なレイヴンと言えた。だからアイラは安心する。もし事態が最悪へと傾いた場合、取るべき行動を遠慮なく実行できる。もし彼女が、アイラにとって最悪の何かであった場合、躊躇いなくその背中を撃ち抜くだろう。

 

 厚い背中に風穴が空けられた映像を頭に描くと、急激に心が冷めていき、それで彼女は安心らしき感情に浸っていたことを自覚するのであった。

 

 

 繰り返す。残心を忘れたレイヴンは寝首をかかれかねない。

 

 

 アイラはその場から立ち去ると、教えられた通信機の在り処に向かい報告を済ませることにした。方針は前日までの大まかなパターンを固めていたし、アリスもおおよその展開は予想していたようで、特に揉めることもなく一分程度で会話は終了した。

 

「ほかに言っておくことはあるかい?」

 

 念を押してくるが、あまりに自然な物言いなのでそれが儀礼的な挨拶なのか、あるいは何らかの返事を催促しているのか判断がつかない。アイラは「ない」と断言し、そのかわり事務室にいるはずのフェイに繋ぐよう要求した。

 

 予想外の名前が出てきたことにアリスは驚くが、追及しても意味がないと判断して言われるまま取り次ぐことにした。

 

 何度目かのコールで「はい」と若々しい男の声が聞こえてきた。

 

「今から画像送るから、まずはそれを見て」

 

 アイラはそれが他の誰でもないフェイの声と識別できたので、いつも通り挨拶を抜きにして本題に入った。フェイは通信越しで確信できるほど彼女の声を認識できなかったが、無作法な態度から声の主を理解できた。

 

 彼は画像と聞いて反射的に目の前のオフィスコンピュータを見るが、相手が誰であるか考えれば、間違いなく受け取りは別口だ。慌ててアタッシュケースから「スカイウォーカー」を取り出して立ち上げると、やはりこちらにデータが届いていた。

 

 データは二つのファイルで、開くとそれぞれACの画像が現れた。共にくすんだ赤色で、古びた印象を受ける塗装をされていた。

 

「二機の構成パーツを調べておいて。外装だけでいいから。期限は明日、ミッション開始まで」

 

「わかった。いつ連絡すればいい?」

 

「こっちから通信を入れる。ミッション中は基地の中にいるように。それと、この事は絶対に他に漏らさないで。特にアリスには」

 

「了解」

 

 淀みなく応答は続き、フェイは悩むことなく引き受けた。

 

「ありがと、じゃあよろしく」

 

それは明らかに形式的な礼ではあったが、見えるはずもない彼女の満足気な表情がフェイには見えた気がしたので、悪い気はしなかった。

 

 通信を切ったのはどちらが先だったか。二人は気持ちを切り替えて、各々の仕事に戻っていった。




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