旧暦の言葉で表現すれば12月、年明けと共にチーム・ルークスカイは結成四ヶ月を迎えることになる。一年の節目を前に各企業も仕事の清算に入り、レイヴンたちへの依頼も師走の名にふさわしく(こんな単語が生き残っているか知らんけど)この時期に最もその数を増すのだが、すっかりチームの足として定着したフェイは、三桁を越す依頼メールの濁流に惑わされることなく、それまでと変わらないペースでミッションの選択を進めていた。
新人の彼が足元を固めた仕事ぶりを発揮できているのは、結成当時の激務で鍛えられたのみでなく、仕事への姿勢を早い段階で望ましい形に修正された恩恵によるところが大きい。根が真面目な彼が思うままに仕事を進めたならば、チームに要求される責務を一手に引き受けようとして、無謀な量の業務を抱え込み忙殺されていたに違いないだろう。フェイは初ミッション終了後、アイラに諭されて以来、彼女の思惑を中心に依頼を選択するようになった。結果チームとして十分に機能する分量にそれを限定したので、常識的な労働と休息の時間を確保することに成功したのである。
具体的な例を挙げるならば、月に百の依頼が届いたとしても、彼は数本を抜きだすことができたならば残りは検討することもなく門前で払うことにしている。一見冷たい対応に思えるが、どれだけ日程を調整したところで現実にACの整備が終わらないことには出撃など不可能であるにも関わらず、いったん依頼主と連絡を取ってしまうと断りの連絡を入れるだけでも手間になるし、相手は仕事の都合上何とか申し込みを成功させようと相談を繰り返してくるので、その仕事量は数倍に膨れ上がってしまう。ならば整備の日程に依頼の方を合わせた方が合理的で、また安定した作業ペースを保つことでスタッフの負担も小さくなるので、結果としてより高い貢献を果たすことが可能になるのである。(ちなみにこれは労働基準法の定める月あたり残業時間の上限をはるかにオーバーしてぶっ壊れた作者の経験談なので、これから社会人になる人は参考にしてほしい。あんま真剣に仕事しちゃダメよ)
スケジュールはアリスに課せられたノルマを達成できるよう、整備長であるウィンと相談した上で調整する。熟練工揃いのスタッフはある程度詰め込んだ日程もこなせるし、アリスは依頼の量より質を重視する傾向があったので、スケジュールの擦り合わせに悩むことはなかったが、唯一の不確定要素と言えるのは他でもないチームの中枢、アイラ・ルークスカイの意向であった。気分屋の権化であるアイラは、モチベーションが上がらなければ平気で依頼をキャンセルするし、名義上契約主である彼女の同意が得られなければ法的にミッションの締結が難しくなる。こればかりは経験豊かな上司たちといえど対応できず、そのコントロールはチームで最も彼女と親しいフェイに一任されていた。
詰まる所、アイラ、アリス、ウィンという三者の意見を総合したものがチーム・ルークスカイの総意であり、そのマネージメントがフェイの行う仕事の対象と言えた。
以上を踏まえた上で、年内最後となるミッションの候補が以下の三件である。
発信者:ジオ・マトリクス
件名:AC部隊殲滅
今年度に入ってから「フリーダムトルーパーズ」と名乗るAC部隊が出現しています。彼らは企業からの解放をうたっていますが、現実には単なる強盗団に過ぎず、我々もこれまで襲撃を受け、物資を奪われました。
これ以上、彼らをのさばらせておくわけにはいきません。部隊の中核であるAC三機の撃墜を依頼します。
目標:AC×3
報酬:45000
発信者:エムロード
件名:救援依頼
無名のACチームから救援の要請が入った。彼らは個人的な理由でジオ社に反旗を翻しており、同じ敵を持つもの同士、これまでも協力し合ってきた関係にある。
至急、現場に向かって危機を救ってほしい。なお、ジオ社の戦力はできるだけ破壊することが望ましい。成果に応じて報酬は上乗せする。
目標:味方部隊の指定エリア脱出
報酬:60000+α
発信者:バレーナ
件名:新製品の試験運用について
この度弊社で開発されたAC用パーツの試験を依頼します。パーツは右手用兵器で、精度を重視した仕様となっております。
場所はアリーナ用ドームを貸しきりましたので、ターゲットを残らず殲滅してください。任務完了までの時間を重視したいので、報酬は時間と共に漸減させていただきます。
目標:ターゲットの全滅
報酬:30000+α
フェイはオフィスルームのコンピュータディスプレイに映し出された件名を睨みながら、ふむ、と若さに似合わぬ声を漏らした。なお営業職にあたる彼には特定の勤務時間が定められておらず、オフィスに留まる義務もないのであるが、チーム用のコンピュータが自室のそれよりもスペックに優れているため、彼が通信を扱う場合には職場を利用することが多かった。
多数の依頼から抜擢した三件には見事なまでに三大企業がそれぞれ残り、内容も報酬もまちまちで比較できるものではなかった。自身の判断に限界を感じた彼は、代表たちの意見を参考にすべくさっそく席を立ってオフィスを後にする。このフットワークの軽さはマネージャーとしての美徳であり、新人ならではの自信の無さを武器に変えた好例と言えた。
フェイが最初に向かうのはアリスの元である。アリスは仕事柄留守にする時間が長く、通信では答えを出さない相手なので、所在の確認が取れたならば真っ先に顔を会わせねばならなかった。オフィスで仕事を行っていたためにスーツを纏っていたので、一通り印刷した資料を片手にそのまま地下十階の会議室に隣接した彼の執務室に直行する。ドアをノックするとアリスの「いいよー」というリラックスした声が聞こえたので、フェイはノブを回して入室した。アリスは過度なまでに威圧感を殺して彼に接するので、責任者の部屋とはいえ緊張することなく足を踏み入れることができた。
アリスの執務室は八畳ほどの手狭なもので、デスクやコンピュータなど必要最低限の道具以外は壁に面した棚くらいしか置かれていない、殺風景な部屋だった。その棚も分厚い古書を初めほとんどが仕事とは直接関係のない私物のようで、公的な用事に利用されている形跡は見られなかった。その割に棚の木目には目立つはずのほこりは全く落ちておらず、まめな手入れが施されていることが伺えた。
アリスはスーツの上着をハンガーにかけ、ストライブのぴっしりしたシャツを着込んでいたが、デスクチェアに深く腰を下ろしてリラックスした様子でおり、湯気のたつ紅茶を八分まで注がれたティーカップを口に運んでいた。デスクの、彼の座す位置とは反対側にはもう一組のティーセットが木製のコースターに乗せられて客人の到来を待っていた。アリスはそれがフェイの目に入るよう視線で促し、
「紅茶で良かったかな?」
と、ポットを手に取り勧めようとしたが、フェイはそれを手で制した。
「いえ、これからアイラとも会いますから。カフェインの入った飲み物はちょっと」
「ああ」
アイラ、という言葉からアリスもその意図を読み取ってポットを下ろした。アイラとコミュニケーションを取ろうとするならば、大好物のコーヒーを足がかりにするのが最も簡単な方法と、育ての親である彼は熟知していた。もっとも、フェイが遠慮したのはアリスへの気兼ねと仕事を早めに片付けたいという焦りからだろうが、真偽を併せ持った理由に感心したのでそこは追及しなかった。
「それで、依頼の話だったね」
話が本題に入りそうだったのでフェイは手持ちの資料を渡そうとしたが、アリスは拒否した。
「あまり突っ込んだ話をしちゃうと自分で選べなくなるだろう? 僕はジオ・マトリクスの気を引ければ、あとは好きに決めてもらっていい」
「ジオ・マトリクスですか?」
鸚鵡返しに問うフェイ。アリスの言動は婉曲的であることが多く、なるべく詳細に聞かなければ思わぬ落とし穴に出くわす危険が大きかった。
「年末だからね。穴は埋めておきたいんだ」
「穴、というと?」
「チーム・ルークスカイの穴はジオ・マトリクスだよ。どうもまだ軽んじられているみたいでね、連中からの融資を受けられるよう決算の前にインパクトを与えておきたいわけだ」
なるほど、とフェイはうなずいた。アイラの活躍からチーム・ルークスカイの知名度は上がり、それを利用せんとする各企業から次々と融資の声があがっている。しかしジオ・マトリクスのような巨大企業は自社に強大な戦力を持っているので、成り上がりのレイヴンチームを引き込む必要もなく、傍観の姿勢を決め込んでいるのである。各社ともに来年度以降の方針を固めていくこの時期にチームの存在感を植えつけることで傘下に取り込みたいのだろう、とフェイは判断した。
「わかりました、ジオ社を味方にできればいいわけですね」
念のため要約して確認を取ると、アリスもにっこりと笑って頷いたので彼は納得して立ち去ることにした。ここが難しいところで、失敗を避けるためにはなるべく丁寧な説明を求めなければならないのだが、あまり頼りすぎると今度は相手の言葉を尊重しなければ義理が立たなくなってしまうために行動が縛られる。ウィンやアイラの意見も参考にしなければならない彼にとってそれは都合の良い事態とは言えず、指示を引き出しながらも命令にさせない、絶妙なバランスを保つことに神経を費やす必要があった、
しかし、今回に限っていえば彼の判断は早計だったと言えるだろう。まだフェイは新人の域を出ておらず、自力で相手の要求を噛み砕けるほどに経験を積んでいない。それを彼は続く訪問先で痛感することになる。
アリスの元を去ると、フェイはいったん自室に戻り作業服と安全靴に着替えてからガレージへと向かった。移動の最中にアリスの言葉を反芻して計画を練るが、考え付くパターンをなぞったところでジオ・マトリクスの依頼を受ける方向で固いと踏んでいた。そもそもウィンとの相談はミッションの中身よりも日程に関することが中心で、十分な報酬とチームへのメリットが保証されているならば整備士が口を挟むべき問題は見当たらない。敢えて挙げるならばACの修理が必要ない分、バレーナの依頼を好むかもしれないが、それは第一に取り上げるべき問題ではないし、ビジネスよりも日常的な常識を重視するウィンの性格上そこまで無粋な願いは押し付けてこないと思われた。もう一方のアイラの反応は基本的に予測不能だが、AC撃破という明快なミッションは彼女の好むところであり、賛同こそすれども拒否するとは考えにくかった。
「作業の計画一般化だぁ?」
よって依頼の件はおまけに回し、ウィンへの相談事は別件を中心とすることになる。
「僕や外注(担当の人間)は出撃の準備にどれくらいの時間がかかるかわかりませんから予定が立てにくいんですよ。新パーツやスペアの購入をいつまでに済ませないといけないかわからないし、ミッションの計画も立てにくい、そうなると日時指定のある依頼は受けられなくなるから結構仕事が制限されちゃうんです」
お決まりとなったガレージの詰め所でウィンに挨拶すると、フェイはかねてから練り上げていた構想を披露した。先述の通り、チーム・ルークスカイの作業計画はアリスの目標とウィンの必要時間の摺り合わせを元に設定される。しかし作業の下準備を計画の後ろに回すとそれだけ時間のロスを食い、無駄に対応するだけの余裕を作れば計画の柔軟性を奪うことにもなり、実質的にも精神的にもチームの負担となってのしかかってくるのである。今のところ目立った問題は生じていないものの、計画は末端の部門だけでなく組織全体に関わる事項であるので、一日二日の些事が多くの人間を介する中で膨れ上がり、無視のできない規模の懸念材料になりつつあるとフェイは睨んでいた。
そこで彼の打ち出したのが、予め出撃までの準備に必要な作業項目を一般化し、それぞれに要する時間を割り出し、長期的な基本スケジュールを組んでしまうことだった。現在でも各所に知識を持つアリスがノルマという形でそれを組んでいるのであるが、同じ芸を披露できる人材がチームにいないために、予想外の出来事(主にアイラ関係)が出来た場合に彼なしには仕事が滞ってしまう問題を抱えていることになる。
これは経営において生産効率を上げるための初歩的な方法として普及しており、フェイは学問的にかじったことがあったために到達することのできた発想であったが、いざ耳にした現場の人間、ウィンの反応は首を捻るものだった。
「そうは言うがなぁ、実際のところ仕事の中身なんて毎回違うんだから一つにコレとは決められないぜ? 例えば一言に修理ったって外装の傷なら一時間で終わるが、電装まで届いていたら電気屋(工場の用語で回線など電気系に携わる部門を指す)の仕事だしな」
「あんまりに予定が変わってしまうような作業は別項目として扱いますから、一つの項目内では考えられる最大の必要時間を設定してもらえれば平気です。もしどうしても設定より短い時間で仕上げてもらいたい時には出来るかどうか聞きに来ますから、その度に今と同じ摺り合わせということで」
ウィンはそれで納得しきれていなかったが、相手の熱弁を卑下するつもりにもなれなかったので、とりあえず同意することにした。
「まあ急なスケジュール変更が減るなら有り難いわな。協力は惜しまないから案が出来たらいつでも来いよ」
そう言って本日五本目となるタバコに火をつける。
「助かります。近いうちに一覧表持ってきますよ」
これでフェイの方は用事が済んだことになるので最後の関門に臨むことにした。ちなみに依頼についてはジオ・マトリクスのミッションについて許可を取る形で済ませている。詰め所の棚を漁って黒いビニール袋に詰まったコーヒー豆を三種取り出すと、それを見たウィンが「やっぱそれか」と皮肉めいた口調で言った。アイラのコーヒー狂いは既にチームでも有名で、それを世話するフェイの気遣いもまたよく知られていた。そもそも豆のブランドを幾種も揃える時点で普通でないし、それを混ぜ合わせる工夫など一般人はしない。この三ヶ月で彼が深めたコーヒーの知識は本職のそれよりも多いのでないかと疑いたくなるほどの熱心ぶりで、同僚の間では「あいつは就職先を間違えた」などという評判も飛び交っている始末である。
「今度こそ、あのマニアを参らせてやりますよ」
不適な笑みを浮かべながら、手挽きのミルまで使って丁寧なブレンドを作り上げていく。湯も職員が使う保温ポットではなく特注の軟水を持ち出してきて、ヤカンに温度計を用いて沸かすこだわりぶりだ。明らかにコミュニケーションの手段という目的を逸脱して趣味に走っているとしか思えず、ウィンは呆れてそれも見守るほかに対応する術を持ち合わせていなかった。
カップとセラミック製のポットを載せたトレイを片手に、リフトを使ってシルフィのコックピット前までやってくる。配置当初は戸惑っていた高さにもすっかり慣れて、ハッチを開ける作業に迷うこともなくて、色んな意味で仕事の熟達を実感することができた。
コックピットの中はと言うと、
「何じゃこりゃあっ!?」
所狭しと並べられた十数個の紙コップと、その一つを手に取り命を投げ打つがごとく全霊を持って中の液体に口をつける彼女の姿があった。流れるような黒髪に飾られる、大人びた美貌が慣れ親しんだACとミスマッチした、紛れもないアイラ・ルークスカイの姿であるが・・・(ごめんなさい、この異様さ加減は一週間悩んでも描写できませんでした)
小型冷蔵庫の上には新たに電子レンジが設置されており、大き目のカップを温めていた。
「ボツ」
神妙な面持ちで、誰に対してでもなく、アイラはそう呟いて紙コップを置いた。そこでチーンとレンジが鳴ったのでそれを取り出し次の試験対象を持つ。カップには白い液体が満ちており、彼女はそれをスポイトで吸い取ると、紙コップの黒い液体に少量注いだ。
「あのー」
「入るな、こぼれる」
何をしているのかと尋ねる間すら与えずにアイラはばっさりと切り捨てた。全身硬直のフェイには目もくれず、慎重に手元の白い液体を混ぜていく。
やがて満足のいく調合ができたのか、スポイトをレンジ内、カップの隣に置くとようやくフェイの方を向き、彼の手元で湯気をたてている液体を目にする。
「気が利くじゃん、って言うところだけどタイミング悪いね。さすがに足りてる」
「だろうな」
紙コップには全てコーヒーが注がれていた。間違えて深呼吸でもしようものなら覚醒作用があるはずのカフェインで気が遠くなりそうなほど濃厚な香りが密室にたちこめている。しかしアイラの鋭敏な感覚はアロマにも通用するのか、そんなコーヒーサウナ状態の中でも的確にフェイの持ち込んだ一品の香りを嗅ぎ分け、
「炭焼き・・・だけじゃない、浅煎りの安物混じってるか」
と、ついでに品質まで判別する離れ業を見せた。フェイは驚いて自分の作ったブレンドの匂いを確認してみるが、確かに炭焼き焙煎に多く見受けられる焦げ臭さに、浅煎り特有の酸味がかった刺激臭を感じられるが、そうと知った上で意識しなければとても理解の及ぶところではない。これは知識や経験の問題ではなく、生まれもった嗅覚の成せる技に違いなかった。フェイはプライベートにも見え隠れする彼女の才覚に感嘆する。もちろんその際に、
「ケチなブレンド。安物のエグみ消すために黒焦げのイタリアン混ぜて、炭焼きって銘打ってごまかしてついでに高く売るって、儲からない喫茶店のやり方じゃん。まあ酸味は残るし、キレる味が好きなのにはいいのかな? でもキレって売り文句使うメーカーって信用できないんだよね、何か酸化してるのごまかしてるみたいでさ」
延々と続く独り言は聞かない方向で考えることにした。とは言え放っておけばフェイのことなどほったらかしで一人の世界に没頭していくので、意を決して話を続ける。
「で、その白いのは何なんだ? 牛乳じゃないよな」
「ん? これ豆乳。意外と合うって最近知ってさ、色々試してたの。エチオピアのモカに、それがブラジルワッシュ、ブルマンは外せないしグァテマラなんて強いのも良いんだよねー。それで・・・」
訂正する。火の点いたアイラの世界は誰が何を言おうとも揺らぐことはなく、周囲の人間はその暴風が過ぎるのをただ耐え凌ぐほかに成す術がない。フェイはリフトに立ち尽くして、誰に対してでもなく語り続ける彼女を見つめながら、付け焼刃の知識で会話が成立すると踏んでいた甘さを痛感するのであった。
結局フェイが本題の依頼について話し始めたのは、ハッチが開いてから20分後であった。アリスに渡しそびれた資料を見せ、これまでの経緯とジオ社の依頼を引き受ける心積もりを話すと、アイラはコーヒーと豆乳の試飲を続けながら「いいんじゃない?」と事も無げに答えた。
フェイとしてはこれで御三家の許可が取れたので早速契約を取りに戻っても良かったのだが、せっかくのオリジナルブレンドを完全否定された悔しさもあって、何らかの成果を残したく思い、その場に留まることにした。しばらく他愛のない話を続け、その延長で今回の選択について尋ねてみる。すると、彼の想像とは異なる反応が返ってくるのであった。
「そういう事情ならエムロードの依頼を受けるところだけど、アンタがそっちにしたいなら別にそれで良い」
さも当たり前の様子で言ったのでフェイも何気なく聞き流しそうになったが、彼女はジオ社の評判を上げなければならないことを知った上で、敢えて敵対組織のエムロードの依頼を受けると宣言した。その逆説が理解できなかったのでフェイは問い直すと、少し不機嫌になった様子で、
「だからどっちでも良いって言ってるでしょ。駆け引きごっこには興味ないの」
と吐き捨てた。フェイはやはり相手の言わんとしていることがわからず詳しく聞きだしたかったが、これ以上話を続けるとミッションを拒否されかねないので身を引くことにした。ミッション前日に急な日程変更が入ったことで機嫌を損ね、当日に行方をくらまされたのはつい一ヶ月前の話である。
フェイは事態の悪化を避けるために、いったん間を設けるべき立ち上がる。
「わかった。じゃあ明日か明後日までには契約を組むから、その時にはまた来る」
彼に出来るのは結論を先延ばしにして、彼女の意図に頭を凝らす時間を作ることだけだった。