中東地方西部区域B-80、地中海沿岸より南東へ数十km離れた位置にそびえる山脈地帯を指し示すナンバーである。切り立った崖で構成されるこの一帯はその悪路ゆえに旧世代より人の手が入らず、乱獲により枯渇したとさえ囁かれた地球上の資源を今なお豊富に産出している。

 

 カーネル社が縄を張った鉱山もその山脈の一部で、垂直に近い岸壁をくりぬき、その穴に機材を運び込んで採掘を行っていた。山を削って道を確保しないのは、衛星軌道上から撮影される地球政府の監視を免れるための措置である。

 

 ブルーバード・シルフィを積んだヘリは、地中海より吹き付ける水蒸気が作り上げたねずみ色の分厚い積雲を切り裂き、一機がようやく着地できる平地を見つけてこの鉱山へと降り立った。採掘場所から数kmの距離を置いた、カーネル社のレーダーにぎりぎりでかからない位置である。

 

 アイラはシルフィのシステムを起動させ、目標の方向へ機体を向けた。事前の予定ではヘリから降りて作戦を開始するはずであったが、足場を確保できないためコンテナのハッチを開けて機内から鉱山を見やっている。

 

「予定時刻だ、準備はいい?」

 

 指示を出したのはキリマンジャロのガレージに所在するアリスである。彼の所持する特殊なコンピュータとシルフィのシステムは直結しており、データを共有できるため、オペレータを兼任しているのである。なお、この特殊コンピュータについては物語の中枢に関わる機密であり、後述の機会が必ず訪れるため、ここでは詳細を伏せることにする。

 

「目標の座標を計算して」

 

 アイラは了解の返事の前に要求を送りつけた。

 

「他人を頼るなんて珍しいね」

 

「できることとできないことがあるって」

 

 確かに、と言ってアリスはハンドパソコン程度の大きさであるコンピュータを操作し始めた。入力を終えるとものの数秒で計算を終えて、アイラの求める空間座標をディスプレイに表示した。

 

コンピュータ言語で書かれたそれを読み解くことは人間には不可能だが、シルフィのOSには解読し取り込めるよう換装が施されている。ACは自動的に座標軸を合わせると、右肩に背負った大筒の砲身を手に取って狙いを定めた。プラズマ・キャノンと呼ばれるジオ・マトリクスの開発した現行で最大のAC専用兵器である。その口径はフェイがガレージで目にしたエネルギーキャノンの倍のサイズを持っており、並みのMTなら一撃で墨に変えるほどの破壊力を秘めているが、強大な出力に比例して発射時の反動も桁違いに大きく、特別な装備を施されたACでなければ姿勢を保てないため、シルフィは片膝をついて足元を固めた。

 

コックピットの液晶には、FCSが可能とする追尾の範囲(ロックオンサイト)が表示されており、先刻弾き出された座標がその中心に定められている。四つの三角形が目標のポイントに集結し、それが電子音とともに赤く染まるとロックオン完了の合図となる。

 

 アイラはためらいなくプラズマ・キャノンを発射した。巨大なエネルギーの放出された爆音が、数十億ボルトに達する電磁波が大気を切り裂く振動音が、山脈の隙間で反響しあい猛烈な音量のこだまとなって響き渡る。高質量のビームを照射された鉱山上部の岸壁は盛大な破砕音とともに塵と化し、熱に変換されたエネルギーが周辺の火山岩をマグマに変えた。

 

 突然に地獄へと姿を変えた鉱山の姿を前に、カーネル社の間では混乱が渦を巻いて広がっていた。真紅の溶岩に飲まれたのは鉱山全体のほんの一部に過ぎなかったが、宣戦布告もないままに不意打ちで攻城兵器を持ち出された衝撃は大きく、防衛戦力は一時的な機能不全に陥ってしまう。

 

 迎撃部隊が出てこないことから相手のパニックを悟ったアイラは、アリスを通じて政府の担当者に警告を送らせるよう命令した。元々は定石通りに攻撃の宣誓と降服の勧告を執り行った上で、牽制を仕掛ける予定であったのだが、アイラがフェイに掛け合い、後に卑怯と糾弾された場合は全てチーム・ルークスカイの独断として処理することを交換条件に、プラズマ・キャノンの使用を許可させたのである。

 

 この作戦には二つの意図が存在する。一つは有無を言わさず強烈な打撃を与えることで、相手を威嚇し士気を落とすこと。怯えたカーネル社が降服要求を受け入れればそれに越したことはなく、もう一つの理由は、反撃を繰り出してきた場合にもその対応の仕様によって敵戦力を探ることができることである。

 

 間もなく山脈のあちらこちらから戦闘機が散発的に飛び出してきた。編隊を組んでおらず、動きにも規則性が見られないため、偵察機であることが推測される。それを見たアイラは、ヘリに同行させたACの整備スタッフにプラズマ・キャノンの解除を急がせた。プラズマ・キャノンを使う相手を前に戦闘を続行するということは、少なくともACを一機撃退するだけの戦力を保持していることを意味し、また敵の所在を突き止めるまでそれを隠すことから、その戦力が作戦領域全体をカバーできるものではない、つまり大規模な戦闘編隊や特殊兵装の類ではなく、単機あるいはごく少数の精鋭と予想される。

 

 以上を踏まえた上で、アイラは次の段階に作戦を進める。

 

「アリス、鉱山周辺にAC反応がないか調べて。たぶんレイヴンがいる」

 

 指示を待つまでもなく、アリスは行動に移っていた。

 

「範囲が広すぎるよ。しばらくかかる」

 

「じゃあ私のそばだけでいい」

 

 言うが早いか、アイラはヘリを飛び出して敵の射程内へ舞い上がった。シルフィの換装は終了しており、右肩にはミサイル探知能力を備えた高性能レーダー、左肩には反動の小さい小型グレネード砲という、汎用性を重視した兵装となっている。対AC戦を重視した装備も用意されていたのだが、それは高火力の重装備となりがちで不安定な足場に不向きのため、機動力の確保を優先したのであった。

 

 いきなり出現したACの姿に、カーネル側はまたも面食らい対応が遅れてしまう。その隙をついてアイラは谷間を縫うように飛び回り、岸壁にコケのごとく設置された固定砲台やMTを、一機ずつ撃ち抜いていった。なおシルフィに纏わりつく偵察機は敢えて無視し、自機の居場所を相手に把握させるよう仕向けている。レイヴンにとって脅威なのは同じくACを駆るレイヴンのみであり、雑魚を殲滅するよりも、それを利用して敵の戦力を暴くことが得策と踏んだのである。

 

 奇襲から始まり、対策という形で表面化した情報をいち早く察知、応用して先手を打ち続ける。この攻撃的なスタイルは、優れた情報処理能力と判断力を備えたアイラの最も得意とするパターンであり、仕掛けられた敵は打開策を練るほどにそれを逆手に取られ、泥沼にはまったように逆境へと追い込まれていく。この時のカーネル社も、次々と荒業を繰り出してくるアイラのプレッシャーに負けて、早々と切り札を見せる羽目に陥ってしまった。

 

「アイラ!」

 

 アリスの声にアイラは一瞬で思惑を察して、シルフィを全開のブーストで右手へと回避させる。直後にそれまでシルフィがあった空間を、マシンガンの掃射が薙いでいった。

 

「武器腕?」

 

 アイラの脳裏を嫌な予感がかすめた。赤く燃える弾丸はエムロード製の腕部装着型マシンガンの特徴である。そして、彼女には同兵器を得意とするレイヴンに覚えがあった。

 

「敵ランカーACだ。機体名ルーキーブレイカー、パイロットは…」

 

 アリスに聞くまでもなく、彼女はその名前を知っていた。火星にて何度も手を合わせたことのある、悪名高きレイヴンの駆るACである。

 

「ヴァッハフントか」

 

 苦々しく呟いたアイラは、シルフィを空中で転身させてマシンガンの射撃が来た方向に向きなおした。視線の先には、垂直に近い斜面に半分だけ埋まった岩を足場に臨戦態勢を取っている、逆間接型のAC、ルーキーブレイカーの姿があった。

 

 

 コンコード社のデータベースにはこうある。

 

 

パイロット名:ヴァッハフント

 

AC名:ルーキーブレイカー

 

『本来は上位レベルの実力だが、成長株や新入りを倒すことが無上の喜びと語り、あえて現在の順位に留まっている。機体も弱者を痛めつけることだけを主眼に構成されている』

 

 

 アイラとヴァッハフントは過去に三度対戦している。伝説のレイヴン、セッツ・ルークスカイの娘という肩書きを下げて彗星のごとく出現した美しき女レイヴンは、ヴァッハフントにとって抑えきれない嗜虐心を充分に満たしてくれる獲物であった。彼は上位ランカーの特権を利用して、当時最下層にあった彼女に挑戦を仕掛けたが、天才的なセンスと技量を備えたスーパールーキーの前に、12秒というアリーナが始まって以来の最短時間で敗北を喫することになる。以後、彼はアリーナを去り彼女をつけ狙う復讐鬼と化すのである。

 

「また会えたな、アイラ・ルークスカイ」

 

 ブルーバード・シルフィに照準を合わせたまま、彼はアイラに語りかけた。低く響き渡る、セクシーな声質だ。

 

「嬉しいぞ、今度こそお前を血祭りにあげてやれる」

 

「ウザいよ、ストーカー!」

 

 アイラは怒りの声とともにライフルをルーキーブレイカーに向けて連射する。しかしヴァッハフントは逆間接型ならではの安定感と跳躍力を活かし、カモシカのように山間を跳ねてそれをかわし、シルフィとの距離を詰めていく。

 

「普通わざわざ地球まで追ってくる? どうやってこのミッションに参加したのさ」

 

「お前たちのチームを快く思わない連中もいる、そういうことだ」

 

「答えになってないって!」

 

 しばし激しい射撃戦が繰り広げられた。戦況はほぼ五分といえる。腕前はアイラが一枚上手なのだが、機体の足場への適応能力と、鉱山に隠れる非戦闘員への配慮の有無が、技量の差を無に帰していた。

 

「鉱山の破壊は極力控えてほしい」

 

「だから、できることとできないことがあるってば!」

 

 アリスの要請に毒づきながらも、優秀なレイヴンである彼女は指示が出ない限り戦闘員以外への攻撃を避けてしまう。プラズマ・キャノンの使用も施設の被害を最小に食い止めるための手段で、死傷者の出ない無人の岸壁を確実に撃ち抜くために、アリスに座標を計測させたのである。現に、その一撃による死者は出ていなかった。

 

 一方でヴァッハフントは鉱山の施設が壊れようが職員が炎に巻き込まれようが遠慮せず、むしろ身を守る盾として利用している。彼がアイラを迎え撃つのにこのミッションを選んだのは確信犯だと、彼女は思った。

 

この違いは決定的とも言えた。具体的には、まずシルフィのグレネード砲が封じられるので、ACを相手にライフル一本で立ち向かうという劣勢を強いられる。また敵機の攻撃から鉱山を守るためには、それに背を向けるわけにはいかず、絶えず空中に身を置かねばならない。いかに高機動、高出力を誇るブルーバード・シルフィでも、長時間空中を飛び続ければオーバーヒートは必至である。

 

「とんだ番犬だね」

 

 同情すべきは現地のカーネル社員である。味方として雇い入れたレイヴンに命を奪われては浮かばれないというものだろう。戦いが長引けば被害も広がり、自身も不利になると判断したアイラは、いちかばちかの接近戦を仕掛けることにした。

 

 これは危険な賭けである。ブレードを装着できない武器腕のACにとって接近戦は鬼門であるが、裏を返せば一流の武器腕使いはそれを退けるプロフェッショナルと言える。また、状況を考えればアイラが取る手段は他に考えられないので、予め対策を練られている可能性は高かった。ここまで先手を打ち続けてきたアイラが、初めて相手の策に入ることになるわけだ。

 

 シルフィのコアに光が灯る。通常のブーストを使った加速でルーキーブレイカーを捉えるには厳しいと判断したアイラは、OBの使用を決断した。通常の数倍という出力で突進した後に、これまた高出力のブレードを振るうことになるのだが、これはオーバーヒートが必至の暴挙としか言いようがない。仮に成功したとしてもジェネレータに蓄えられた容量は間違いなく底をついて、数秒の行動不能状態へと追いやられるだろう。AC同士の接近戦で、数秒の硬直は命取りである。

 

 アリスは制止しようとも考えたが、危険はアイラも十分承知しているはずで、ほかに取るべき手段もなかったので静観を余儀なくされた。

 

 空気が破裂する音とともに、シルフィは爆発的な加速力でルーキーブレイカーに迫った。アイラは敵がどう回避しようと追尾できるように最大限の集中力を持ってヴァッハフントの動きに注目していたが、ブレードの射程に入るまで彼は動こうとせず、弾幕を張ろうとすらしなかった。

 

 意表を突かれてアイラは激しく躊躇うも、この至近距離では攻撃に転ずるほかに方法が残されていない。エネルギー残量はごくわずかだが、ブレードの一振り分は残されていた。意を決して左手の柄に刃を生み出し、OBの勢いそのままに切りかかる。

 

 ブン、という風を切る音がして、シルフィのエネルギーが尽きた。コックピットには赤いアラートランプが灯りアラームがやかましく鳴り渡る。しかし、アイラはそれらに気付かない。彼女の知覚は、目の前に無傷で立ちはだかるルーキーブレイカーに全て注がれていた。

 

 シルフィの持つブレードはムーンライトと呼ばれ、直撃をもらえばACとて破壊を免れない逸品である。しかし山吹色に輝く刀身がルーキーブレイカーを捉えようとした瞬間、両肩に装着された追加ブースターが同機を後方へ押しやり、ムーンライトの射程外へと逃がしたのであった。

 

 アイラは賭けに負けたことを自覚した。前方射出型の追加ブースターは以前のルーキーブレイカーにはなかったもので、この攻防を予期して用意されたと想像がつく。

 

 ルーキーブレイカーの左肩に装着された、ロケットランチャーの一撃がシルフィのボディを捉えた。対応するAC用のFCSが開発されていないために追尾性能は皆無に等しいが、大きい質量と火薬の詰まった弾頭が与えるダメージは絶大で、青い装甲が歪み爆発の圧力で全身が跳ね上がった。

 

「死ね」

 

 そこに第二弾が命中した。シルフィの上半身が後方に反れ、破損した隙間に電気回路がむき出しになってスパークを放っていた。

 

「死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!!」

 

 ヴァッハフントの声に満ちる歓喜と殺意、全身に恍惚感が染み渡る。ブルーバード・シルフィが壊れていく。青い体が砕けてきしむ。パイロットを、あの美しい女レイヴンを、アイラ・ルークスカイを自由に蹂躙している事実が、彼を快楽と官能の渦巻く桃源郷へと導いていった。

 

「最高だ!」

 

 たまらないとばかりに彼は叫んだ。

 

「最高だぞ、アイラ・ルークスカイ! 苦労知らずの天才児、負けなしの最強レイヴン、傷一つない生娘同然のお前を、この俺が、ヴァッハフントが、汚し傷つけ犯しているんだ!!」

 

 ありったけのロケット弾をシルフィに叩き込むと、今度は両腕に装着されたマシンガンで局所的な打撃を加えていく。まずはライフルを破壊して反撃を封じた。次に立ち直った時のことを考えてグレネードを壊しておく。そして最後は頭部に斉射をお見舞いし、その顔面をグシャグシャに潰した。

 

 弾薬の雨がやむと、シルフィは支えを失ったように崩れ落ちて崖下へと転落していった。途中で岩に引っ掛かって止まったが、全身から煙があがりシステムダウンも時間の問題に見られた。

 

「アイラ」

 

 アリスは彼女に呼びかけた。しかし、続く言葉が見つからない。戦闘モードが続行されている以上、パイロットの無事は保証されているが、この後に何を指示すれば良いか判断がつかなかった。いや正確には、どうするべきなのか、正しい判断が彼にはついている。しかし、だがしかし、彼の思考は常にそこで停止して口に出すことができなかった。

 

「ふざけんな」

 

 ランプの光で真っ赤に染まったコックピットで、アイラが歯を食いしばって声を絞り出した。いや、絞り出したのは声ではなく、怒りに満ちた彼女の魂だったかもしれない。

 

「こういう時ってさ。駄目ってわかっていても『大丈夫か?』とか『無理をするな』って、逃げるよう言うものじゃないの?」

 

 パイロットの安全を確保するため、ACコアの中でもコックピットは特別頑丈に設計されている。衝撃でシートは破損したし、棚の留め具が外れて缶コーヒーが散乱したが、アイラに目立った外傷は見られなかった。ひどいのはむしろオーバーヒートの直後に爆発に巻き込まれたことで機体の冷却が追い付かず、熱された金属に触れて火傷を負ったことと室温上昇による脱水症状が起きていることだった。

 

「わかってる。せっかく立ち上げたチームをオジャンにしたくないんでしょ?」

 

「アイラ、それは」

 

「上等じゃん」

 

 アイラはシートに座りなおすと、操縦桿を握りシルフィを立たせる。半壊の外見に反して内部はまだ健在のようで、スムーズに姿勢を戻すことに成功した。

 

「アンタの依頼も受けてやる!」

 

 高熱の中、アイラは叫ぶ。それは朦朧としてきた意識を呼び覚ますためであり、またシルフィを奮い立たせているようにも見えた。

 

 

 アイラは再びOBを点火させ、ルーキーブレイカーに挑む。撤退すると踏んでいたヴァッハフントは驚いたが、先の一方的な蹂躙を思い出すと、喜び勇んで迎え撃つ態勢に入った。

 

「今度は本当に殺してやる」

 

 ブルーバード・シルフィの銃器は全て破壊し、残されたムーンライトはバックブースターで封じ込めてある。万全の態勢にあったヴァッハフントだが、この時彼は気づくべきだったのかもしれない。一流のレイヴンが罠と知った上で飛び込むからには、何らかの策を備えていることに。そして作戦を露呈した今、それを破られれば彼に後は残されていないことに。

 

 結局のところ、先に戦力の底を見せたことが彼の敗因といえる。

 

 ヴァッハフントは先ほどと同じように、シルフィの接近を迎撃しようとはしなかった。ブレードの射程までおびき寄せ、刃が生まれたところでバックブーストを使用し回避するつもりだった。しかし、予定外のことがここで起こる。アイラは十分に間合いを詰めてもブレードを使おうとはせず、両肩の追加パーツを使用したのだ。

 

 ガレージでフェイが用途に悩んだ例の肩垂れは、ルーキーブレイカーと同じ追加ブースターだった。ただルーキーブレイカーのブースターが前方に推進剤を射出するのに対して、シルフィのそれは前後入れ違いに射出する。つまり、本体を急速に旋回させるのである。

 

 アイラはそれを敵機の目の前で行った。数mも離れていない至近距離で背中を向けたのである。OBを点火させたまま。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 ヴァッハフントが悲鳴をあげた。ルーキーブレイカーはシルフィの発したOBの光と熱に包みこまれ、アイラのそれとは比較にならない高熱を浴びる。数百度に達するとはいえ一瞬ならば重症には至らないが、喉と両目はそういうわけにもいかなかった。特に激しい光を受けた目は相当なダメージをくらい、視力の回復には数秒ではとても足りない。

 

「目が! 目がぁっ!!」

 

 のたうち回るヴァッハフントに、アイラがムーンライトの一撃を叩き込んだ。OBを浴びせかけた彼女は再びシルフィを転進させ、今度こそブレードを展開したのだ。

 

 ここで注目するのは、OBに追加ブースト、そしてムーンライトを立て続けに使用してなお悲鳴をあげないシルフィの心臓である。一度目のOBで描写した通り、通常のAC用ジェネレータではこれだけの連続的な出力は不可能だが、アイラは二度目の突撃に際し、今回が初のお披露目となるプログテックの新兵器を起動させた。すなわち酸素分離機を備えた新型ターボチャージャーである。数々の欠点により実践投入には至っていないこの機器を、彼女は使用回数の制限つきでシルフィに搭載していた。増強されたジェネレータは、従来では考えられない高出力を連続で持続させ、ヴァッハフントの両目を焼くに至った。

 

 これは結果論になるが、不完全ながらも可能性を信じてこのパーツを利用したことが、後に大きな意味を持って返ってくるのである。

 

 視界を失ったヴァッハフントは完全に戦意を喪失していた。ロケットランチャーもろとも半身を切り落とされたルーキーブレイカーは自壊寸前で、もう一発衝撃を与えればパイロットを巻き添えにして爆発を起こす状態にあった。

 

「や、やめろ! 助けてくれ!」

 

 通信は開きっぱなしになっていたので、ヴァッハフントは必死で命乞いをする。優勢にあった頃の殺意を考えれば呆れた身の振りようだが、それを非難するつもりはアイラにはなかった。「こういう時って」と、いつも通りの口調で相手に告げる。

 

「許してあげるのが主人公とかヒロインってものだよね」

 

 その一言に、ヴァッハフントは胸をどきりとさせる。言ってはみたものの状況を見る限り助かるはずもないと思っていたが、もしかしてという期待が膨らんだ。しかし、次の言葉でそれも無残に散ることになる。

 

「でも、オヤジの機体をこんなにしたお前は絶対に殺すって決めたんだ」

 

 そう言ったアイラの瞳がすぅ、と細くなった。瀕死の草食動物にとどめをさす獣のそれは、生ある何物をも震撼せしめる迫力を備えており、姿の見えないヴァッハフントにも彼女の殺気は伝わった。

 

「殺していい奴は殺せるうちに殺しておけ。これもオヤジの教えだよ」

 

「ひい!」と情けない声を出すヴァッハフントに、アイラは笑い、そしてムーンライトを展開させた。

 

 

 ルーキーブレイカーが沈黙してから十分の後、カーネル社は政府中東支部に向けて武装の解除と鉱山の明け渡しを宣言した。アイラと、皮肉にもヴァッハフントの射撃でダメージを負った防衛網では、後に続くであろう政府の部隊を抑えきれないと判断した上での降服だった。

 

 半壊したシルフィはプラズマ・キャノンを置いてきたヘリに積み込まれ、アイラも共に帰還することになった。火傷はヘリの中の応急処置で事足りる程度のものだったので、アブラハム・シティに到着した後はすぐにガレージへと戻るという話だ。チケットの手配はフェイが済ませており、本人の希望によりアブラハム・シティまで迎えに来ると言う。暇な奴、とアイラは呆れたが、無理に断るには理由が薄いしその元気も残っていなかったので好きにさせることにした。

 

 ともあれアイラ・ルークスカイの地球における最初のミッションは、ここに成功を約束されたのである。なお、以上の予定を告げたのはオペレータを兼任していたアリスであるが、二人が決して一枚岩の関係にないことを示すために、以下の会話を掲載させておく。

 

 

「何故殺さなかったんだ」

 

「私の勝手でしょ。いつまでもオヤジの背中追っかけてるアンタとは違うんだよ」

 

 

 その後は特筆すべきトラブルも起きず、アイラは無事にガレージへと帰りついたが、チームは蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。まずウィンを初めとする整備士たちは半壊したシルフィの修復作業に追われることになり、アリスは上層部への報告書を新たに作らねばならず、またアイラ本人も今回の苦戦からほとんど休まないままに機体の再調整に入った。そして誰よりも忙しく八方に奔走する日々を過ごすことになったのは、新人のフェイだった。

 

 依頼の仲介役とアリーナの日程調整という平常業務に加え、アリスが下してくるミッションの後始末とも言うべき仕事が、彼の日常を逼迫したものへ変えていた。これまでも述べた通り、アリスは打ち合わせや対談に通信を使わず直接足を運ぶためガレージを留守にすることが多く、彼が受け持っていた仕事のほとんどがフェイに任されるのである。仕事の進め方は細かく指示が出るため、間違いを犯すことはないのだが、これまた要点をぼかして説明するアリスの癖ゆえに、フェイのような一般人では知りえないような事実が不意に現れて、その度に驚愕し神経をすり減らさねばならなかった。

 

 その顕著な例としてカーネル社の正体が挙げられる。アブラハム・シティの戦闘後、争点となっていた鉱山は地球連邦政府に没収され、塩漬け(所有権を持つだけで価値が出るまで放っておくこと)にされると思われていたが、何と同社は話がまとまらない間に倒産を宣言して資産の全てを捨て値で売り払ってしまった。それに関してフェイが指示されたのは、問題の鉱山を競り落とすことだったのだが、これを鵜呑みにして素直に従うほどフェイは間抜けではなく、実費で興信所まで利用し倒産の裏に潜む影を調べ上げた。その結果、カーネル社はジオ・マトリクスのスケープ・ゴートであることが判明したのである。

 

 後にアリスが語った話では、巨大企業が不正を働く場合には発覚に備えて、こうした身代わりの子会社を用意しておくことが多く、事が明るみに出た際には会社ごと消し去り証拠を隠滅すると言うことだった。カーネル社は小規模な違法行為を代行する末端組織で、その内訳には不正資産を保有するための不動産業にインサイダー取引用の証券会社、そして違法賭博の営業などの顔が並べられた。もちろんこの違法賭博にはマイセン・シティのカジノも含まれており、フェイとアイラが足を運んだのは、まさしくカーネル社の膝元にある店舗だった。そしてカーネル社の倒産宣言とともにカジノは廃業、土地権利はジオ・マトリクスが買い上げたが、回収業者の真似事をするつもりがなかったのか個人を対象にした債権まで手を回すことはせず、アイラが投げ出した73500枚の負債は帳消しになってしまったのである。

 

 初めから計算されていた、と考えるとフェイは背筋が凍る思いをする。読者には二人の博打はプロジェクト上層部への賄賂に利用されていたことを説明したが、さらに裏では依頼によってカジノが回収能力を失うことを見越した、搾取が行われていたことになる。だからこそアイラは現金でなくカードでチップを購入したのだ。

 

 しかし、事態はこれだけに留まらない。ミッションにはまだ続きがあることをフェイは鉱山の競売に携わることで悟ることができた。何故ならカーネル社が鉱山で発掘していた資源とは、今プログテックが最も欲している、原子ナンバー79、金なのだから。

 

 

 カーネル社が金山を保有していたのは、ジオ・マトリクスがその価値を低く評価していたことに起因する。税金を初め様々な制約を受けながら敢えて手元に置いておく価値を見出せなかったからこそ、カーネル社という隠れ蓑に包み、発覚後も買い取ろうとしなかったのである。

 

 相場をはるかに下回る安値で大量の金を入手したプログテックは酸素分離機搭載型ターボチャージャーの量産に取りかかった。販売は、噂のアイラ・ルークスカイが関わっていることを嗅ぎつけたコンコードの協力のもとに行われ、彼女の輝かしい実績と華のある戦闘スタイルがレイヴンの間で好評を博し、オプションパーツとしては記録的な売り上げを叩きだした(出力強化のパーツがあったら装備するでしょう?)。それはアイラがアリーナで快進撃を続けるほどに加熱した。

 

 間もなくジオ・マトリクスやエムロード、隙間産業の社風を持つバレーナまでもがこの新型ターボに目をつけ、開発のために金を集めだした。その結果、爆発的に金の価格が跳ね上がり、捨て値の金山はまさしく金の山として輝きを放つことになる。

 

 ここでフェイにまたも指令がくだされる。それは巨大な利益を生み出した大元である金山を、先物市場にて売りを決めてくる、というものであった。空前の金バブルの中、金山の価格は資本家たちをたらい回しにされるうちにみるみる膨れ上がり、元の五倍近い金額での入札が行われることになった。

 

 もっとも、今回に限ってはフェイにも真相が見えていた。彼は、事の発端であるアイラが既に純金製ターボを使用していないことを知っていたからだ。以前に記入した通り、金の強度は低く連続的な使用に耐えられないので効率が非常に悪いのである。それにも関わらず目先の利益を求めて生産を強行したジオ・マトリクスを初めとする大企業は、予め再加工の手間を計画に含めていたプログテックとは違い量産に失敗し、手痛い損失を負うことになってしまった。いずれ各企業が純金製工業製品の分野を縮小させるのは目に見えており、そうなれば金のバブルも終焉を迎えてしまうため、一手先に利益を確保しておくのがプログテックの狙いである。加えて言うならば、技術者の性格が強いプログテックは販売力において大企業に劣るために、基本的に自社での量産販売をしないので、純金ターボの量産は初めから市場を操作するためのトリックであったことが推測される。

 

 そして、今のブルーバード・シルフィには内側の表面のみを金でコーティングした新製品が搭載されている。これは純金製ターボの非生産性を改善するために発案されたもので、元々製品として売り出す予定のあった一品である。金を粒子単位にまで分解し吹き付けることで、極限まで引き延ばした状態で対象を覆うことが可能になり、最低限の消費で腐食から金属を守った上に重量や強度の問題も解決する、プログテックらしいオリジナルの技法を用いた傑作と言えた。同製品が完成したのは数か月ほど前、フェイが政府中東支部の依頼を取り付けた時期であり、アリスは金市場への介入を行うためにリリースを遅らせたのであった。

 

 やがて金の価値が落ちてくると、このコーティングがもてはやされるようになった。今度はプログテックも生産競争を仕掛けたりせずに技術のみを提供し、また下請けの仕事を引き受けることで大企業と共存の道を選択。新型ターボチャージャーの騒動は収まるべき鞘に収まったのである。

 

 

 激動の日々が収束を迎えプライベートの時間を得たフェイに、残されたものは虚しい無力感のみであった。今回のミッションでチーム・ルークスカイが動かした人とモノ、そして金(カネ)は果たしてどれほどの規模になるだろうか? チームの顔として働く誇りは持てたし、やり甲斐はこの上なく実感できたが、企業を一つ潰してしまうほどの大事を、制御・管理していく自信を持つことが、今の彼にはできなかった。

 

「アイラ」

 

 フェイは自室のベッドの上で横になりながら、10代でありながら文武ともに獅子奮迅の活躍を見せる少女の名前を口にした。

 

「アイラ・ルークスカイ」

 

 一人でいると気が滅入りそうなので、人のいるガレージに向かうことにする。アリスが度々用もなくガレージに現れるという噂は聞いていたが、彼にはその気持ちがわかるような気がした。

 

 そこではアイラと顔を合わせる可能性が高く、そうなるとまたどこかへ連れだされるかもしれないので、衣服には外向けのスーツを選ぶ。段々と、チームでの上手い身の振り方を理解してきたことを実感できた。

 

 ガレージは相変わらずの戦場であった。ヴァッハフントとの戦闘で頭部を交換することになったシルフィは、また以前とは別物のACに姿を変えていた。新しい頭はレーダー搭載型で、非純正のレーダーを外したために脚部の限界重量に余裕ができ、軽量の脚部パーツに取り換えたのである。ジェネレータも新しい脚に合うよう調整するようで、数mの上でコアパーツが分解されて数人がリフトに乗ったまま作業を続けていた。よくあんな場所で仕事ができる、とフェイは感心する。

 

 詰め所には珍しくウィンの姿がなく、アイラがテーブルに両足を乗せてくつろいでいた。コアの分解が行われているので、コックピットを追い出されたのである。テーブルの上には一基のハンドコンピュータが置かれており、彼女は時折それをいじって画面に見入っていた。

 

フェイは良いタイミングだと思い、彼女の斜め右手にある椅子に腰を下した。コンピュータを覗き込むと、映っていたのはACの映像だった。パイロット視点の映像で、赤いACと戦闘を繰り広げている。

 

 声をかけるタイミングを伺っていると、アイラの方が不意に口を開いた。

 

「アリスに顎で使われてるんだってね」

 

 フェイは意表を突かれて答えに詰まったが、「まあな」と一呼吸を置いて気を落ち着けた。

 

「俺はお前みたいに何でもできるわけじゃないからな。言われたことくらい簡単にこなせるように早くしたいよ」

 

「やらなくてもいいじゃん、言われたことなんて」

 

 アイラはそう言いながら、コンピュータの電源を落とした。そしてフェイの方を見ると、言っている意味がわからなかったのか不思議そうな顔をして考えにふけっているようであった。

 

アイラは続ける。

 

「自分がやるべきだと思ったことだけやっていればいいんだよ。みんなそうだったでしょ」

 

 彼女の言う「みんな」にはアリスやウィンに加え、マイセン・シティで対戦したディーラーやヴァッハフントといった、チーム・ルークスカイが接してきたあらゆる人間が含まれている。数か月の短い期間とはいえ、チームと共に生きてきたフェイにはそれがすぐに理解できた。

 

「そうか」

 

 フェイは、胸の奥につかえていたわだかまりが溶けていくのを感じていた。右も左もわからない中でもがいた末に、アイラとわずかながら心を交わせたことが嬉しかった。それは彼にとって、この数カ月の苦労が意義を持ち、報われる瞬間であった。

 

 そして見出した。彼がチーム・ルークスカイにおいて何をすべきなのか。彼にしかできない仕事が何なのか。

 

「アイラ」

 

 フェイはアイラの顔を真っ直ぐに見つめて、名前を呼んだ。アイラはコンピュータをズボンの後ろポケットにしまいながら、視線だけフェイの方へと向けた。

 

「明日と明後日とオフに決まったから、出かけてこいよ。と言うか出かけろ」

 

 しばしの沈黙が流れた。フェイの言外に込めた意図が伝わったのかどうかは定かではない。だが、アイラは社内連絡用の携帯電話を取り出して呼び出した相手に向かってこう言った。

 

「コックピットの予備シートだけどさ。やっぱそのままにしておいて。重量制限にかかってもいいから」

 

 そしてアイラらしく返事を待たずに切ってしまう。電話をしまって、ふう、と一息をついてからフェイと向かい合った。

 

「アンタも一緒に来てよ。未成年だと色々と面倒でさ」

 

 アイラの黒い瞳と目があったフェイは一瞬の金縛りにあってしまう。ACに乗っていないアイラは、平均以上の美貌を除けば、いち少女以外の何物でもなかった。

 

「任せろ」

 

 フェイは自信満々な様子で、無意味に親指を立てて答えた。そのお寒いポーズにアイラは凍りつき、彼は再び口を聞いてもらえるまで数時間の苦労を強いられるのであった。

 

 

 チーム・ルークスカイに、束の間の休息が訪れる。

 

 

 世界最大の人口を誇るアイザック・シティ、その南部5Zエリアは炎の渦に巻かれていた。同エリアの中核を担うプログテック第二支社が突如として現れたACの襲撃にあい、徹底的な破壊が行われたのである。その被害は周辺の都市部まで及び、企業とは無関係な多くの市民も犠牲となった。

 

 生存者はわずかで目撃証言も少なかったが、生き残ったカメラは破壊活動を行うACの姿をはっきりと捉えていた。銀色の塗装が成された標準的な中量二足型であったが、個々のパーツはジオ・マトリクス製でもエムロード製でもなく、敢えて例を挙げるならかつての世界ナンバー2、現代では既に消滅しているクロームのACに近い姿を取っていた。

 

 銀色のACは旧世代の亡霊と呼ばれ、この事件には政府の監察が入ることになった。その結果、プログテック第二支社ではプロジェクト・ナインブレイカーと名を打たれた計画が極秘に進められていたことが判明したが、プロジェクトの内容までは企業の守秘義務により明かされることはなかった。

 

 ただ一つ。風の噂では、プログテックは伝説のレイヴン、セッツ・ルークスカイの遺伝子を用いた研究に取り掛かっていたという。





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