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 満月の光に照らされて、マイセン・シティは黄金の輝きに満ちていた。アフリカ大陸東海岸沿いに位置するこの都市は、物資輸送用の空路、海路を確保するため、地球連邦政府直々の指導の下、人類が地下を抜け出して間もない頃に開発されたターミナルである。資源と紙幣の焦点には当然のごとく人々が群がり、群集は企業を築き、企業は社会を成し、そして完成された社会は歓楽を求める。結果、空港と港を中心に据えたコンビナートを取り囲むように、夜の闇をネオンライトが染め上げる歓楽街が形成されたのである。

 

 アイラの臨むカジノはマイセン・シティのはずれにひっそりと建てられている。ガレージから五時間の移動の後にACを海岸沿いの倉庫に預け、そこからタクシーに揺られて数時間、到着の際には既に日が傾いていた。ちなみにACは明日のミッションのためにアブラハム・シティに輸送され、アイラはガレージに戻らず現地へ直行という予定になっている。

 

 煌びやかな装飾に包まれたカジノを前に、フェイが両肩を落としてくたびれきっているのは、長旅の疲れによるものだけではないだろう。一般的なカジノでは現金を賭けることはなく、いったんチップに換えて、現金に戻す際には安い率で交換するシステムになっている。交換率の差が胴元の利益となるわけである。そしてマイセン・シティの規約では20歳未満の者がチップとの交換を行えないよう決まっているので、アイラはフェイにその役目をさせるため、カードを移動中に預け利用可能額を伝えておいたのだが、その額たるや一介の労働者が目にできるものではなく、山の一つくらいは買い取れる規模であった。先日まで一労働者であったフェイがそれだけの大金を扱うとなっては、考えるだけで疲れ果ててしまうだろう。

 

 しかしアイラは相も変わらずお構いなしに彼の袖を引っ張って突入。チップ交換用の機械を使うには金額が大きすぎたので、従業員を呼びつけその旨を話すと、間もなく責任者らしき中年がやってきた。彼は大金を持っている客の若さに驚いたが、カードを渡されて事実を確認できたので、従業員に指示して相当のチップを用意させた。ほとんどが最高単価のチップに占められていたが、それでも膨大な枚数があったので通常では持ち運びに使用するトレイに乗り切らず、ケースに詰め込むことになった。

 

「頭が痛くなってきた…」

 

「放っときゃ治るって」

 

 と、的外れな受け答えを口にしながら初物尽くしでオーバーヒート気味のフェイをさらなる緊張へと誘おうとする。

 

 カジノ内は外装のけばけばしさとは裏腹に白熱灯の柔らかい明かりが中心で、赤い絨毯が目に突き刺さるも、木製のテーブルやチェアをはじめ、落ち着いた雰囲気にまとめられていた。一角では金管楽器を手にした楽団がジャズを演奏しており、賭博場というよりは上流階級が社交の場として利用しているようだった。男性も女性も多くが正装を纏っているので、二人の平服、特にフェイの作業着は目立ち、それがまた彼の頭を痛める要因となっていた。なお、アイラはシート取り付け作業の格好のままで、腰にスパナを差していたりするのだが、カジノ側からは上客と判断されたのかお構いなしで徘徊できている。

 

 ポーカー、ブラックジャック、スロットにバックギャモンと一通りのゲームが揃えられていたが、アイラは真っ直ぐにルーレットへと向かった。カードゲームに比べて運の要素が大きいイメージが強く、勝負を好みそうなアイラにしては妙なチョイスだとフェイは思った。仕事上、常にアイラの姿や動向を頭に置いた上で生活しているだけあって、彼女に関しては勘が冴えてきたと言える。

 

 このルーレットは00のないヨーロピアン・スタイルが取られており、控除率の小さい一見客に親切な設定にされている。チップの交換率に差を設けているがゆえに成り立つ経営戦略であるが、これまた公私共々ハイリスク・ハイリターンを選ぶアイラには不似合いで、フェイは首を捻る。数あるカジノホールの中で、よりによって何故このホールを選んだのか?

 

 テーブルには五人のプレイヤーがついており、全員が40過ぎの中年男性でそれなりの資産を持っているのだろう、体格以上の風格を備えていた。ルーレットを挟んで立つディーラーは女性で、170cm以上の身長を持ったスレンダーな美人である。歳は若く、フェイと同じくらいに見えた。

 

アイラは頭一つ背の高い彼女の目をちらりと見ると、かすかに微笑んで、フェイにケースを開けるよう命令する。若僧が取りだした膨大なチップの量にプレイヤーたちは驚いたようで、場の視線は10代の少女に集中した。

 

そして彼女はテーブルをドン、と叩いて(マナー違反)

 

「ルージュ(赤)、500!」

 

 と宣言。チップを数えるまで待つよう、ディーラーに命令した。これには他のプレイヤーはおろかディーラーも戸惑い、無言で頷くほかに反応の取りようがなかった。フェイがいそいそとチップを取り出すための間が置かなければ、対応を間違えたかもしれない。

 

 やがて500枚の青いチップがテーブルの赤スペースに置かれ、ディーラーが開始を宣言する。飛び入りの大勝負に気圧された他のプレイヤーは見に回り、アイラとディーラーの一騎討ちとなった。

 

 ホイールが時計回りに回転を始め、ディーラーは逆方向にボールを投げ入れた。固唾を飲んで見守るのは観客とフェイ。アイラは玉の行方などどこ吹く風で、ケースに入ったチップの整理に勤しんでいた。ベットの変更をする素振りも見せない。

 

 やがて玉に勢いがなくなり、ポケットへと転がり落ちる。

 

「ノワール(黒)28」

 

「ルージュに1000!!」

 

 ディーラーの言葉が終わらぬうちに、アイラは次ゲームへのベットを宣言した。まさしく被せるように、相手の声が消えてしまう声量で。そして前ゲーム中に用意しておいた1000枚のチップをテーブルに乗せると、ケースを閉じて放り投げてしまった。大金同然のチップが詰まったケースである、フェイは慌ててそれを受け止めた。

 

「2000枚準備して。それが出来たら4000。あと中身を相手に見せるな!」

 

 アイラは矢継ぎ早に指示を連発し、それを終えるとあとは知らん顔でそっぽを向いた。従業員を呼び出してドリンクを注文したりしている。もちろん頼むのはアイスコーヒーである。

 

 残されたのは言われるままにせっせとチップを数えるフェイと、唖然として突如現れた女博徒を見守る中年たち。次のベットまで周囲に丸聞こえの大声で暴露する大胆さに、ディーラーですらぽかんと口を開けたまま立ち尽くしてしまう。

 

 アイラはぱん、と手を叩いてディーラーにかかっていた金縛りを解いてやった。含みを持った笑みを唇の端に浮かべ、はきはきとした、周りによく聞こえる通った声でまくし立てる。

 

「誰も賭けないならちゃっちゃと次行く! 実戦じゃ立ち止まったら蜂の巣だって!」

 

 

 ここでアイラが取った戦略について説明を入れたい。

 

 ベットの量を倍々に増やしていくシステムはマーチンゲールと呼ばれる、最も古典的な戦法である。試行回数に関係なく勝利時には一度目のベットに応じた配当を得ることができるので、独立事象のギャンブルに置いてはパンク(破産)しない限り必勝となる。

 

 そのためカジノは一般的に掛け金の上限を設けるのだが、このホールでは青天井(上限なし)を採用していた。これはイカサマの介入を示唆している。洗練されたディーラーにナンバーの狙い撃ちは難しいことでなく、勝敗の偏りを調整したり、ホールを潰しかねない大金をベットされた場合に対応するための処置である。

 

 アイラは最初に大金の保持者であることを、意図的に、大袈裟なアクションで示し、マーチンゲールに則ったベットを実行するばかりか大声で予告した。当然ディーラーはアイラのベットを外すよう投球する。この時に逆の対象に倍賭けするのが、この手のイカサマに対抗する定石であるので、ホイールの傾きを調節して回転中に当たりを変更する仕組みも用意されており、ディーラーもそのつもりであったのだが、アイラは何ら工夫なく外れるのを傍観した。倍賭け、倍々賭けとなる二戦目と三戦目も同じで、彼女は約束された敗北を重ねていく。

 

 気味が悪いのは、勝利しているはずのディーラーである。相手が熱くなったり意気消沈すれば無知な子供と推測も立とうが、平然と笑みを浮かべたまま嬉々として勝負を挑み続ける彼女の表情は、明らかに愚か者のそれと一線を画していた。

 

 四戦目が終わり、五戦目の投球に入るところでディーラーはふと気づく。ここまで四連続で黒に入っており、その確率は八分の一。あり得ない数字ではないが、五、六戦と続いていけばじきに天文学的な数字を示すことになり、あからさまな人為的操作が露呈される。

 

 もしかして、とそのディーラーは考える。もしかして操作を表沙汰にすることが目的なのか?

 

 その推測に至ったところで彼女は一瞬凍りつくが、すぐに冷静になって鼻で笑い飛ばす。人為的操作が行われていることは青天井方式を取っている時点で明白であり、客はみなそれを承知で駆け引きを打ちに来ている。それこそ目の前のお嬢様と同じように。今更それが発覚したところで何らホールにダメージは及ばず、それを恐れて当たりをくれてやることもないわけである。彼女がやるべきはひたすら黒の枠にボールを投げ入れるのみ。

 

 異変が起きたのは、五戦目の投球が始まった瞬間である。それまで傍観者に徹していたプレイヤーの一人が、黒にベットした。それを皮切りに、他のプレイヤーも次々と黒へのベットを繰り返す。それでもアイラの8000枚に比べれば微々たる額なので、ディーラーは当たりを変更することなく黒に落としたが、次の第六戦、アイラが16000枚を賭けるのはもちろん、五戦で参加したプレイヤーは当たった額にさらに手持ちのチップを加えて黒に置き、それを見た周囲の客も次々と黒に賭け始めた。気付けばテーブルの上には合計30000枚を超えるチップの山、尋常でない空気を嗅ぎつけたか、ホール中の注目が除々にこのルーレットへと集まっていく。

 

「やーっと、熱くなってきたか。踏ん切りつけるの遅いって」

 

 アイラはやれやれ、とばかりに手で頬のあたりを扇ぎながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうする? この分だと次はもっと人集まるよ」

 

 ぐ、とディーラーは声を漏らしそうになるが、32000枚を一人に与えるわけにはいかない。予定通り六戦目も黒に落とした。

 

「ま、そうするよね」

 

 「じゃあ」と言って、アイラは32000枚のチップをテーブルに置いた。そして数十人に増殖した参加者たちも我先にと1000枚単位のベットを乱発。その合計はとうとうアイラのベット額を上回った。

 

 こうなると勝負の意味合いが違ってくる。同じように黒に落とせばホールの損失となってしまうし、アイラの資金が尽きるまで傷口を広げることになる。かと言って赤に落とせばベットの額を下げられ、同じことを繰り返される。しかも次はもっと早く第三者が参入してくるだろう。アイラの残金がわかれば対策も打てるかもしれないが、それは本人も承知で、姿勢こそリラックスさせてもあらゆるサインを出されないよう一片の隙もなく注意をホール全体に張り巡らせている。もっとも、大勝負なのはという大金を投じているアイラと、選択を迫られているディーラーだけで、ほかの参加者もホールも一回の損益は差し引き1000なので、サインが出るほどの事態でないことも事実である。

 

 結局のところこれはアイラとディーラーの、一対一の勝負なのである。二人はそれを熟知しているから互いに視線をはずさず、腹の底を読みあっているのだ。

 

 第七戦の玉が投じられた。黒に落ちた。アイラ以外の参加者たちからわっと歓声が上がる。しかしディーラーは彼らのことなどなかったように、アイラの様子をうかがっていた。

 

「パンク」

 

 アイラは両の手の平を上に向けた。

 

「アンタやるね。面白い勝負だったよ」

 

 と言って席を立つ。騒ぎの張本人が消えたというのに勝負を続行しようとする第三者を尻目に、魂の抜け落ちたフェイの腕を引っ張って、わずか20分で73500枚、一般人が三回人生をやり直しても稼げない大金をばら撒いた末に、アイラ・ルークスカイは去っていった。

 

 

 主が飛び立った後のガレージには広大な空間が残された。天井が閉まり、スタッフは整備機器の回収と受け入れの事前準備に追われるが、それもじきに終わり、ガレージに開設以来となる消灯の時間が訪れる。

 

 ウィンは職場の消灯を見届けるのが好きだった。自分の仕事が終わった後も、詰め所に残ってタバコなど吸いながら、部下たちの作業が終わるのを見守っている。

 

 昼夜を問わず蛍光灯に照らされ、スタッフが騒々しく駆け回るガレージも、やがて仕事が終われば静寂に包まれてしばしの休息につく。まるで人生そのもののように、と考えたところでロマンチックに浸っている自分に気付き、彼は「柄じゃねぇな」と笑った。

 

 そこでスーツ姿のアリスがやってきた。彼は暇を見つけてはガレージに足を運ぶので、ウィンは驚くこともなく適当なパイプ椅子を勧め、アリスも自然とそこに腰を下ろす。ウィンは紙コップを二つ取ると、棚の一角に置いてあるアリス専用の高級インスタントコーヒー(たまにアイラが無断で使う)にポットの湯を注ぎ、一つを差し出した。そして、

 

「どうも」

 

 とアリスが受け取ると、

 

「どうだった?」

 

 本題に入った。 

 

「上々だよ。要求通りってわけにはいかないけど、運営するには十分な資金がもらえそうだ」

 

 話題はもちろん定期報告会である。金の不足についてはフェイが伝えるまでもなくアリスは承知で、チーム・ルークスカイの有用性を役員たちに示し、予算を勝ち取らなければならなかった。少なくともウィンはそう捉えていた。

 

「簡単なもんだな。まだロクに実績あげてないってのに」

 

 増資要求に関して、ウィンは厳しいと踏んでいた。チーム・ルークスカイはアリスの所属するプロジェクトの、数ある部門の一つに過ぎないと聞く。いかに火星ナンバー1レイヴンを持ち上げたところで、一つのミッションもこなしていない現状では、評価を貰える方がどうかしている。

 

「上様の機嫌が良かったのさ」

 

「また何かやりやがったな」

 

 アリスが具体性を避けて煙に巻く物言いをするのは、何らかの不正や他人に口外できない行動を自慢したい時の癖だ。敢えて不自然に要件をぼかすことで、相手の興味を惹こうとするのである。プログテックという同族の出身で、二十年に及ぶ付き合いを続けているウィンには、それがすぐにわかった。

 

 アリスはふふ、とおつかいを終えて自慢げな子供のように鼻を鳴らして笑った。

 

「みんなでルーレットをやって大勝してね。お偉いさまと言ってもいい加減なものだよ」

 

 ルーレット、という単語にウィンは眉をひそめる。会議中のルーレットという不自然な行動、そして作戦前にカジノへと繰り出したレイヴン、不自然なタイミングで一致したギャンブルというキーワードを見逃すほど、彼は鈍感ではなかった。

 

「それであいつらを使ったってわけか」

 

「何の話かな? 僕の言っているのはただの親睦会だよ」

 

 しつこくしらを切るアリスだが、上目遣いの目線が「わかるだろ?」と訴えていた。

 

「とぼけんな、自慢しにきたくせによ。嬢ちゃんたちに大金を賭けさせて、逆張りで儲けさせたんだろ。カジノを仲介役に立てて賄賂贈ったってわけだ」

 

「ご明答」

 

 悪びれもせずににこにこ顔のアリスに、ウィンは脱帽して首を振った。彼の曲者ぶりは長年の付き合いで身に染みてわかっていたが、歳を取って落ち着きが出てきたことでタチの悪さに一段と磨きがかかっている。

 

「若い連中は知ってんのか?」

 

「フェイは知らないよ。今日も本当なら僕が連れ添うはずだったんだけど、あの娘が勝手に決めちゃったからね。まあ、どうせなら勉強してもらおうと思って許可は出したけどさ」

 

 彼に関してはウィンも理解していた。問題なのはもう一人の方である。

 

「アイラは、説明していないけど勘付いているんじゃないかな」

 

 アリスは言った。

 

「だろうな」

 

 ウィンも同意した。彼はアリスほどにアイラのことを知らない。しかし彼女の経歴と、生い立ちを知っていれば、それは容易に想像できる。

 

「セッツ・ルークスカイの娘なら当たり前だ」

 

 アリスは何も言わなかった。ただウィンの視線を受け流し、紙コップをいじりながら、誰に対してでもなく「セッツ・ルークスカイ」とその名前だけを繰り返した。




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