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 ここでアイラの愛機「ブルーバード・シルフィ」について説明を入れておきたい。

 

 ACを分類する方法としては足パーツを用いるのが最もベターであるが、その区分に従うとシルフィは典型的な中量二足型のACにあたる。目的に応じて武装の多寡に調整が利く、優れた汎用性が特徴で、多種多様なミッションをこなさねばならない実戦型のレイヴンに好まれるタイプである。アイラがこのスタイルを選択しているのは自身の好みもあるものの、エムロードの看板レイヴンを受け持つ義務からくるものが大きく、同社の多様な製品をプロモートするためには受け入れの広い態勢を取らざるをえなかった。そのため外装から武装、オプションパーツ、ボディコアに至るまで幾度となく、言ってみればミッションの度に変装を施すので、青い塗装以外に同機特有の装備や外観というものはなく、アイラの駆るACをブルーバード・シルフィと呼ぶ、というのが現実である。

 

 もっともシルフィをシルフィたらしめん要素は存在するのであるが、それはアイラを初め一部の人間を除き、エムロードの人間すら知らない秘密であるので、公表はいずれ訪れる機会を待つことにする。

 

 

 「大破壊」にて地表は残らず整地され、開拓も灌漑もされずに放置されているが、生命の神秘か、死にゆくものの悪あがきか、アフリカ大陸の砂漠には植物が点々と根を張り生き延びている。過ぎるほどに照りつける太陽の光をその身に集め、わずかな地下水を吸い上げ、懸命に生きる小さな命に、感動するような情緒をアイラが持ち合わせているはずもなくシルフィの疾走は彼らに乾いた砂のシャワーを大量に浴びせかけた。

 

 貴重な地上の生き残りをぞんざいに扱ったことなど気にもとめずに、と言うか生き残りの存在に気付くこともなく、彼女はこれまた自作で取り付けたACジェネレータを動力に流用したエアコンの風に涼みながら、座席の背もたれに身体を預けて雑誌など読みつつシルフィを操縦する。足で。

 

 一方フェイは身を置くスペースがないので、座席の届かない隅で身体を小さく丸めて座り込みながら液晶に映し出された景色を眺めていた。コックピットの壁はほぼ全域が液晶になっていて、視覚的に周囲を見渡せるようになっている。初めにフェイの印象に残った「計器類が少ない」というのはこの設計の恩恵で、遠距離レーダーや燃料計など最低限のもの以外は、視認できる作りになっているのである。

 

 アイラは通信で今回の異動の責任者であるアリス・シュルフに連絡して今後の予定について確認を取ったのだが、キリマンジャロ某地区の地下ガレージへの移動を指示されたところ、突然発進準備を空港に要求して、AC丸ごとの移動を開始したのであった。なおフェイもこの移動については事前に伺っていたものの、常識に従ってACは空輸で送り、パイロットは車なり飛行機を乗り継ぐなりして行うものと考えていた。よりにもよって空港側も実に迅速な対応を見せたため、彼は事態を把握する前に強引にコックピットに引きずり込まれ、砂漠の大暴走に連行されたわけである。

 

「何を読んでいるんだ?」

 

 文句を言ってどうなるわけでもなし、仕方ないのでフェイは少しでもコミュニケーションを取っておくべく、出発してからアイラが熱心に読んでいる雑誌について尋ねてみた。

 

「ACのパーツカタログ」

 

 彼女は視線を動かそうともせずに答えた。

 

「火星じゃエムロードのパーツしか使えなかったからね。ゴツくってさ」

 

「ああ」

 

 と相槌を打ちながら、フェイは入社後に詰め込んだ知識を思い出していた。エムロードはジオ・マトリクスと並ぶAC産業の重鎮であり、シェア拡大のためには武力行使も辞さない高圧的な社風を持つ企業である。その性格のせいかACのパーツも攻撃的で武骨なスタイルを持つものが多く、端的に表現するならば「ゴツい」。キリマンジャロ空港の倉庫で見たシルフィの全体像は、ブルーバード・シルフィという空想的な名前の割には即物的で兵器然とした印象を受けるものに思われた。

 

「確かにジオ社のパーツの方がブルーバードって感じはするかもな」

 

「でしょ? ガレージについたら色々改造してやろうと思って」

 

 アイラは声を高くしてなおもACの改造論を語ろうとする。フェイは珍しくまともに応答ができたことに感動して嬉しく思えたが、ここで一つの疑問に気付いてしまった。

 

「色々って、ACのパーツなんてそうそう買えるものじゃないだろ?」

 

「何で?」

 

「高いだろ!」

 

「別に。コイツに載ってる分くらい買い占めたっていいし」

 

 雑誌を叩きながら、いとも簡単に言ってのける。ACパーツの値段は安いオプションパーツでもフェイの月収分、ボディコアなど三年の収入が吹っ飛ぶ額である。そしてアイラの持っているカタログにはACを構成する要素、すなわちヘッド、コア、アーム、レッグ、ジェネレータ、ラジエータ、ブースター、FCS、主力兵装に追加兵装、そしてオプションパーツ、これらが一通り各10種類は揃っている。つまり、目の前にいる美人の蕾は、どう少なく見積もってもフェイの三十年分の収入を10代にして貯め込んでいるわけである。そう考えると彼のこれまでの、そしてこれからの人生は…本人のショックたるや、推して知るべし。

 

 一人うなだれるフェイの心境など欠片も知らずに、アイラは二本目の缶コーヒーを取り出して口につける。その時である。

 

「あ」

 

 と、声をあげた。カタログを脇にしまい、コンピュータを立ち上げて操作を始める。なお機体の操縦は相変わらず足で行っている。

 

「どうした?」

 

「敵かも」

 

 あんまりに平常と変わらない口調だったので、フェイが事の危機を把握するまで数秒を要した。

 

「何!? どうしてわかる!」

 

 いきなり叫んだフェイにとりあえず空いている右足の踵を振り下ろしてから、アイラはこう説明した。

 

 シルフィが受ける向かい風を、アイラは操縦の手応えで感じ取れる。気圧や風向きに異変があれば数km先まで察知できるという。ちなみに先ほどの蹴りは人中を捉えたらしく、フェイは隅でぴくぴくと身体を痙攣させているので話が聞こえているのか定かではないが、そんなことにはお構いなく彼女は一方的に説明を終えて戦闘モードの起動準備に取り掛かる。足の操縦はそのままに、左手はコードを入力、右手は各種スイッチの切り替え、全身を用いて各エリアの操作を同時にこなしてしまう。

 

『システム起動、戦闘モードに入ります』

 

 無機質な女性の声にナビゲートされ、消灯していた計器に光が点った。レーダーに自機の印と、そして遠方より飛来する不明機三機の影が映し出される。

 

「マジかよ…」

 

 フェイが表情を強張らせたのは危機が訪れたことに加え、アイラの説明が事実であったことに驚愕したためである。いくらトップレイヴンとはいえ、レーダーにも頼らず機外の状況を把握できるなど眉唾もいいところと思っていたのだが、こうして現実に敵が現れた以上、信じないわけにはいかなかった。

 

「何なんだ、こいつは…」

 

 彼が本日二度目となる台詞を漏らす一方、アイラは背もたれに身体を預けて再びカタログに目を落としながら、どこから取り出したのかスナック菓子などほおばりつつリラックス極まる体勢を取っていた。

 

 やがて不明機が3kmほどの距離にまで接近すると、彼女は中身の半分ほど残った袋を放り投げてこう言った。

 

「そろそろ始めよっか」

 

 

 宣戦布告もないままに、三機の戦闘機はそれぞれ左右一対のミサイルをシルフィに向けて発射した。アイラは、発射時の爆音とミサイルが空を切る音を頼りにその軌道と距離を測り、自機に命中する直前で右手に転回し、回避した。計6発の弾が地表にぶつかり、爆発が大量の砂を巻き上げる。

 

「普通さー」

 

 後方より次々と飛来するミサイルの雨を、振り返ろうともしないままかわしていく。ちなみに操縦は片足を下ろして左手で操縦桿を握っているが、もう片方の足は引っ掛けたままで右手はなおもカタログを持つという不自然な姿勢で行っている。

 

「『止まらないと撃つぞー!』とか言ってから撃つもんじゃない? 雰囲気台無し」

 

 鼻歌まじりで余裕のアイラに対して、騒がしいのが実戦経験のないフェイである。爆発が起こる度に絶叫し、ベルトで固定されていないので機体が動くたびに身体のどこかを壁にぶつけ、ついでに慣れない左右からのGに酔いかけている。

 

「おい、せめて敵の方向けよ! 余裕かましてると当たるぞ!」

 

「うっさいなぁ」

 

 速度を落とさずシルフィは跳躍。それまで立っていたところをミサイルが通過した。

 

「武器ないんだから向かい合っても意味ないっしょ」

 

 事も無げに絶望的な発言を放った。シルフィは倉庫に積み込まれてから換装することなく飛び出してきたので、火星から運んできた状態のまま。つまり武器や追加装備の類は一切持ち合わせていないのである。

 

「ふざけんな! 完全に的じゃねーか!」

 

「ま、どうにかなるって」

 

「具体案を示せ!!」

 

「面倒くさい奴…」

 

 驚くべきはアイラの情報処理能力である。掛け合いの最中も操縦の手は休めず、飲みかけの缶コーヒーをくわえて時折首を傾けることで口にし、隙を見てはカタログをちらちらと読み進める。常人ならば二つか三つが限度であろう動作の同時進行を、平然とした顔で四つ五つとこなしてしまうのである。しかも戦闘下ですらその能力は綻びを見せず、自然体のまま命のやり取りをこなしてしまう。

 

 シルフィの機動性はミサイルの追尾性能を上回っており、十数発に及ぶ弾幕は全て空振りに終わった。自動追尾に頼った砲撃では太刀打ちできないと踏んだ戦闘機のパイロットたちは、接近して機銃による攻撃に移る。

 

 アイラもそれを察知して機体を左右に振るが、小回りの利く戦闘機を振り切ることはできず、なぎ払うように乱射されたマシンガンの弾を数発もらってしまった。一撃を食らわせた戦闘機は編隊を崩さないままにシルフィの隣を追い越していき、大きく旋回して再び接近を狙う。

 

 ACのコックピットは衝撃を緩和する設計になっているので、機銃の数発くらいならビクともしない。しかし液晶に映し出されたAP(破壊されるまでの目安としてゲームと同じように表示されている)の値は確実に減少しており、繰り返しもらうようであればいずれは撃破されてしまうだろう。

 

 不安な眼差しで数字を見つめるフェイの耳にバサ、という何かが落ちる音が届いた。アイラが手にしていたカタログを投げ捨てたのである。

 

「ねえ」

 

 彼女がフェイを呼ぶ。

 

「は?」

 

 フェイが答えると、

 

「コーヒー持ってて。こぼしたらぶっ殺す」

 

 と言って缶コーヒーを手渡した。怒気をはらんだ声色に不吉なものを覚えたフェイは、丁寧に両手で包みこむようにそれを受け取る。

 

 両腕が自由になったアイラは二本の操縦桿を手にし、レーダーに映る敵影を睨みつけた。そしてシルフィを旋回させ、敵方向に対して正面切って向かい合う。

 

「えっと、どうするつもりなんだ?」

 

「突っ込む」

 

 そう言って、自機を敵戦隊に向けて発進させた。加速しながらの接近で互いの距離はみるみる縮まり、肉眼で確認できる間合いまで近づく。

 

「おいおい! 武器ないんだろ!?」

 

「関係ない」

 

 戦闘機のパイロットも敵の狙いが読めないので攻撃を控えたまま様子をうかがっていたのだが、もう限界とたまらずミサイルを発射した。他の二機もそれに続いた。

 

 目で見てから回避できる距離ではない。そもそもアイラに回避するつもりなどない。速度を変えず弾幕へと突進する。

 

「当たるって!」

 

「被弾上等」

 

 一発目の砲身に機体が触れて爆発が起こった。青い装甲の一部が割れ、爆風に推し戻される。その爆風は二弾目、三弾目のミサイルの動きを遮り、それを「命中」と捉えたミサイルの火薬はその場で自爆。次々と誘爆を引き起こし、シルフィに直撃したミサイルは最初の一発だけに収まった。

 

 しかし戦闘機の視点からでは、それはわからない。濛々とたちこめる煙の中で次々と爆発が起こったのだから、目標に命中していると判断するのが自然である。

 

 アイラの狙いはその油断であった。シルフィは煙を突き破り戦闘機の正面に突如として現れると、そのまま体当たりを食らわせた。全長十数メートルに及ぶ鉄の塊であるACがぶつかってきたのだから、せいぜいが20トンの戦闘機ではひとたまりもない。装甲をあっさりと砕かれ、破片がエンジンに引火して炎上。墜落に追い込まれた。

 

「も…やめ…」

 

「もう一丁!!」

 

 アイラはさらにシルフィを旋回させ、もう一機に背中を向けるとオーバードブースト(以後OB)の体勢に入る。コアに備わる大出力のブースターが眩く輝き、爆音と共に大量の光と熱を放出した。シルフィの真後ろを飛行していた戦闘機は、その爆風に飲まれてコントロールを失い墜落する。

 

「…」

 

「ラストー!!」

 

 そして強い推進力を得たシルフィは、最後の一機に回避させる間も与えずに突進。機体は木っ端みじんに砕け散り、飛行機の原型を留めていない残骸が砂漠へと落ちていった。

 

 アイラは敵の殲滅を確認するとOBを解除、重力に任せてシルフィを着地させた。地響きが荒野に渡り、濛々と砂煙が舞い上がる。

 

「あー! すっきりした!」

 

 彼女は身体を伸ばしながら満点の笑顔を浮かべた。

 

「見逃してやろうと思っていたのにさ。シルフィに傷つけたりするからこういう目にあうんだバーカ!」

 

 嘲りの高笑いを続ける一方で、フェイは座席の側面に全体重を預けて気を失いかけていた。半分白目をむきながらも両手には缶コーヒーを大事に抱えているのが滑稽であった。

 

「傷つけたくないなら…ミサイルに突っ込むのはど」

 

「はい、ありがと」

 

 身を削った突っ込みを華麗にスルーしてアイラは彼の手からコーヒーを奪い取ると、先ほど投げ捨てたカタログを拾い上げ、再び足の操縦を始めた。その姿に戦闘の終了を実感してフェイはほっとする。身体から力が抜けて床に崩れ落ちてしまった。

 

 しかしそんな安堵も、やはりアイラの一言であっさりと崩されてしまうのであった。

 

「本命はもうちょっと手応えあるといいね」

 

「いまなんとおっしゃいましたかアイラさんもういちどおねがいします」

 

 彼が聞き返したのは、決して意味を理解できなかったためではない。むしろ十分に理解してしまったからこそ、自覚するのを先延ばしにしたくて思考を停止させているのである。しかしアイラはそんな葛藤など意に介さず、事実だけを口にしてしまう。

 

「AC相手に戦闘機三機ってことはないでしょ」

 

 フェイ、あんぐり。

 

「最低でも二十機くらいはくるんじゃない? ひょっとしたらレイヴン雇っているかもね。その場合は…」

 

 そこでアイラは人差し指を頬に当て、考える素振りを見せる。この子供っぽい仕草が大人びた容姿に栄えて、何ともいえない魅力をかもし出しているのだが、それに慰められる余裕を今のフェイは持ち合わせていなかった。

 

「諦めて」

 

 彼女は絶望的な一言とともに極上のスマイルを注いだ。これまた場の緊迫感に、一見そぐわぬ純粋な微笑みが逆説的に栄え…

 

「栄えるか馬鹿野郎!!」

 

 言うな。君にできるのはACが来ないよう祈るだけだぞ、うん。

 

 

 8月某日、太陽の暮れる頃、キリマンジャロ第三空港より数十kmの西に建設されたAC用地下ガレージにブルーバード・シルフィが到着した。ガレージは砂漠の中心に存在し、そこに至る道も整備されていない、砂のカモフラージュに隠されたいわば秘密基地である。アイラを受け入れるために新設されたこのガレージには、ACに関するあらゆる設備が整えられており、ジオ・マトリクスやエムロードにLCCと、錚々たる経歴を持った人材が集められている。火星唯一の公的機関であるLCCから人員を引き抜くとは、責任者アリスの権限やいかに、との疑念を抱きそうなものであるが、そこに辿り着くにはアイラやフェイは若すぎるので、その件については触れないことにする。

 

 ガレージから通路で繋がれた先には、全長50m、地上に立てるならば30階相当のビルが埋め込まれている。一般的なオフィスに関係者が生活する居住区と、大規模なコンピュータを要する巨大施設である。

 

 フェイはガレージ到着後、通路を渡りオフィスルームの一つへと足を運ぶことになった。彼の上司であるアリス・シュルフが既に到着しており、報告を要求されたためである。ACの戦闘に揺られたせいで乗り物酔いとほか色々な要因で吐き気がひどく、トイレで戻したあとも千鳥足で歩く始末であったのだが、連絡事項を通信に頼らないのはアリスが頑固に貫く方針であり、新人に過ぎない彼には断る術がなかったのである。

 

 エレベータで地下10階まで降りていく。オフィス部の最下層にあたり、重役の集まる大きな会議に用いる(予定)の会議室がそこにあり、アリスはその部屋で待機しているという話であった。フェイが扉を開けて部屋に入ると、聞いていた通り、小柄な40そこらの男が円卓の扉から最も離れた席に座して待っていた。白髪一本、皺一つないため20代と言っても通用する風貌に、一部の隙もない着こなし方から一目でオーダーメイドとわかるスーツを纏っていた。アリス・シュルフである。

 

「や、ご苦労様。とりあえず座って」

 

 彼はほがらかな微笑みを浮かべながら、表情通りのくだけた口調で話しかけた。心身ともに限界に近いフェイには礼儀を意識する余裕などなく、どかっと倒れこむようにして席につく。

 

「面白い体験してきたみたいだね」

 

「どうして火星を出てきたのかわかった気がしますよ」

 

 先鋒隊を退けた後も襲撃は続き、戦闘機なら数十、戦車も二十は下らないだろう。そのことごとくをアイラとシルフィは打ち砕き、踏み潰し、炎と爆風の吹き荒れる地獄から命からがら生還してきたのである。

 

 なお当の本人はアリスの招集を「面倒くさい」の一言で切り捨て、ガレージでシルフィの修理にあたっていた。整備スタッフも到着早々に仕事が入るとは予想していなかったであろう。

 

「気難しい娘だから」

 

 娘に手を焼くお父さんのごとく、アリスは言う。

 

「今回もACで移動するならせめて、ってことでちゃんと武装した上で出発する段取りだったんだけどね。言うこと聞いてくれなくて困っちゃうよ」

 

 言葉尻こそ自嘲気味ではあるが、その口調にはどこか自慢げな態度がにじみ出ていた。

 

「あ、お茶いる?」

 

「いりません」

 

 フェイは頭を抱えたくなる。コンコードで聞かされた話によると、アイラをレイヴンに斡旋したのはアリスであり、保護者にして保証人にあたるらしいのだが、彼女の傍若無人な性格はこのおっさんの教育のせいなんじゃないか? と。

 

「まあ」

 

 と、アリスは続けた。

 

「名のあるレイヴンに動きは見られなかったし、通常兵器にやられるタマじゃないから、アレは。しかしACを雇わなかったところを見ると、大っぴらに立場を明かせない連中だろうな。LCCの過激派か、ジオ級の大企業か…」

 

 足もとに置いてあったケースを持ち上げて何やら書類を取り出しながら、延々と独り言を続ける。この親あってあの娘ありか、とフェイは思った。

 

「それで、だね」

 

 急に話しかけられて思わず姿勢を正すフェイ。それに気付いているのかいないのか、声のトーンはそのままに数種類の書類を差し出してアリスは言う。

 

「業務上、今後はこのオフィスビルで生活してもらいたいんだ。一応こっちで手続きは済ませておくから、空欄埋めてほしいんだけど」

 

 砂漠という場所柄、容易に移動できる環境ではないので必然的に寮住まいという形を取ることになる。引っ越しの件はフェイも事前に聞かされていたので、はいはいと頷きながら書類を手に取るのだが、中身を確認して気づいた。

 

「何で僕の住民票があるんですか!?」

 

「移しておかないと困るだろ。税金とか」

 

「そういう問題じゃなくて!」

 

 柔らかな物腰に秘められた癖に、フェイはこの時ようやく気付いた。繰り返すが、アリスはアイラの保護者なのである。

 

 考えてみればLCCとコネクションを持っている以上、その親組織である地球連邦とも何らかの繋がりがあるのかもしれない。住民票を管理しているのは、連邦の末端の末端と言えなくもないのだから、個人の情報を抜き取る方法もあるのかもしれない。と、彼は自分を納得させることにした。納得しておかないと、そろそろ発狂しそうだったから。

 

 疲労で思考がおぼつかなくなってきたので、必要な項目を適当に埋めて契約書を差し出した。契約の中身をチェックしないのは危険とわかっていたが、念入りに調べると何が飛び出してくるかわからないので見られなかった。

 

「はい、ありがとう」

 

 笑顔で受け取ると、彼はプラスチックのカードを取り出した。

 

「使えるようになっているから。こいつで入れるところなら、どこでも行っていいよ。地図はそのへんに一杯貼ってあるし迷うことはないと思う」

 

 たった今契約したところなのに何故既に使用可能になっているのか、と尋ねる勇気はもちろんフェイに備わっているはずもなかった。

 

 

 最後に。退室間際に二人が交わしたやり取りだけ伝えておくことにする。

 

「今日はこれからどうするつもり?」

 

「とりあえずアイラの様子見てきます」




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