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  アイラ・ルークスカイがやってくる。

 

 地球暦223年9月、コンコード社がリークした一節の情報は、全ての企業、そして全ての自由を貪る者たちの間で、あるいは福音として、あるいは脅威として、瞬く間に地球全土へと広がった。

 

 「大破壊」以来、無差別破壊兵器の禁じられた現在において、一人のレイヴン、一機のACが、全世界のパワーバランスを崩しかねないことは、先日火星で起こったレオス・クラインの例を出すまでもなく、企業国家に関わる誰もが重々承知している事実である。増してやアイラ・ルークスカイは、そのレオス・クラインの反乱を阻止した中心人物であり、また火星アリーナのランクにおいて開設以来最速でトップランカー入りを果たした、火星ナンバー1の知名度を持つレイヴンである。その影響力たるや風雲児そのものとしか言い様がなく、それが地球に投下されれば、彼女がどの企業に肩入れし、どの企業と敵対するかによって、企業間の均衡が大きく崩れることは避けようがない事実なのである。

 

 レオス・クラインの一件以降、急速に名前の知られるようになったアイラとメインスポンサーであったエムロード社との関係が悪化していることは、業界の関係者ならば必ず耳に届くほど有名な噂であった。今回の件についても他社とのダブルブッキングに依頼の途中放棄と素行の悪さが目立つアイラをエムロード社が切り、それが表面化して評判が落ちない内にコンコードが地球に移籍させた、というのが最も有力な説とされている。

 

 ともあれ暦の上では9月の半ば、場所はアフリカ大陸のキリマンジャロ地区に、アイラ・ルークスカイと彼女の愛機「ブルーバード・シルフィ」を乗せた宇宙船が降下するのは変えられない。地球とその企業は彼女を受け入れ、扱い方と立ち振る舞いを決定していかなければならないのである。

 

 

「それで、何で俺なんでしょうねぇ」

 

 キリマンジャロ第三空港、23番ゲート前にて、彼は何度目とも知れぬぼやきを口にした。彼の名はフェイといい、180cmを超える身長にファッションモデルと言って差し支えないスタイルを備えた青年であった。年の頃は22、大学を卒業したばかりの新社会人であるが、某レイヴン用兵装の開発会社に営業マンとして就職し三ヶ月の研修を終えたところ、いきなりコンコード社への派遣勤務という辞令が下り、さらにはレイヴンのマネージメントを命ぜられ、その上相手は「あの」アイラ・ルークスカイという急転直下、怒涛の新人一年目を満喫している。系列会社の小さな工場に配属された同期には羨望の眼差しを送られるものの、彼にとってそれは心労以外の何者でもなく、自らの引きの強さを呪う毎日を送っていた。

 

 火星からのシャトルが空港に到着すると、彼はスーツの胸ポケットから写真を取り出した。アイラの顔写真である。現代ではレイヴンと企業の人間が直接顔を会わせることは稀で、ほとんどのやり取りは通信でのみ執り行うのであるが、担当上司の強い…強制といって差し支えのない要求によって、空港まで足を運び写真を頼りに迎え入れることになったのであった。

 

 写真の中のアイラは無表情ではあるが、レイヴンなどという血生臭い稼業を営んでいるとは到底思えないほど整った顔立ちをしていた。黒い長髪に切れ長の瞳が印象的で、美しいと呼ぶには年齢的に早すぎるが、間違いなく美人の素質を備えていた。それがフェイに取って唯一心の慰めであり、仕事を楽しく思える要因であった。

 

 シャトルと空港のゲートがチューブ状の通路で繋がれ、乗客が続々と降りてくる。惑星間の移動だけあって客のほとんどが高級なスーツやアクセサリを身につけた資産家のようで、フェイは安物の一張羅に劣等感を覚えてうつむきかけたが、アイラを探さねばならないことを思い出し慌てて首を上げた。

 

 それからおよそ十分。大方の乗客はシャトルを出たようだが、目当ての姿は見つからなかった。

 

「そんな馬鹿な」

 

 フェイは思わず呟いた。社会人になってようやく任せられた仕事らしい仕事が、第一歩目から躓きつつあっては無理もないと言える。

 

 しかし対策を打たないわけにもいかないので、とりあえず上司に報告することにした。手持ちのカバンから携帯電話を取り出して電話、応答するのはコンピュータなので即上司に繋いでもらう。三度のコールの後に、彼の声が聞こえてきた。

 

「やあ。たぶん空港にいるんだろうけど、アイラには会えなかったんじゃない?」

 

 いつもと変わらないほがらかな口調であった。どうもアイラがシャトルから降りてこなかったのは想定内らしく、自分に非があったわけではなさそうなので、フェイはほっと胸をなでおろした。

 

「いつまで待っても降りてきませんよ。このシャトルで間違いないですよね?」

 

「いやいや、ごめん。僕らとしては当たり前のことなんで言い忘れていたんだけどさ、考えてみれば普通そっちに行くよね」

 

 いまいち要領を得ない言い方にフェイは苛立ちを覚えたが、それを表に出すわけにはいかないので眉をひそめるだけに留める。

 

「それで、どこに行けばいいんでしょう?」

 

 彼は答えた。

 

「あの娘なら積み荷で届いているよ」

 

 やはり意味がわからなかった。

 

 

 惑星間を移動するシャトルは二十四時間に十数本で、そのほとんど物資の輸送用。乗客が入るのは一割に届こうかという少数に過ぎない。よって空港内でも惑星間シャトルを受け入れる区域は物資を保管するためのコンテナが多くの面積を占め、その広さや5km四方に及ぶ。

 

 その広大さゆえにフェイが自力で目標に辿り着くには困難を極めるため、最初は総合案内で、そして紹介された物資保管エリアの担当者に尋ねると、二つ返事でポイントを指示された。予め空港側には連絡が行き届いていたらしく、「ああ、あれね」という事も無げな反応がフェイの印象に強く残った。

 

 確かに物の中身を考えれば、現場の人間には念を押されていて当然の話なのだが、それならば同じく現場の人間であるフェイに情報が伝わっていないいい加減さが苛立ちの種となっていた。そしてその種を発芽させたのは彼自身の不安である。命令されたこと以外を柔軟にこなす知識がないのだから指示は正確に届いていなければ動けないし、勝手に動いて失敗すればそれをフォローする経験も度量も持ち合わせていない。それは新人ならば当たり前の状態で、ゆえに上司は必要以上にくどく、細かく命令を出さなければならない、というのが常識のはずなのだが…

 

「やってられるか」

 

 フェイは社会学を専攻し、営業職として就職した文系人間である。何の縁があって、コンベアとギアチェンジの音が鳴り響き産油のにおいが鼻につく、工業倉庫の狭い通路を通気性の悪いスーツなんか着て歩かなければならないのか。

 

「やってられるか」

 

 自然にして妥当な感想をもう一度漏らす。愚痴をこぼしている内に、目当ての場所へと辿り着いた。そこは大型の完成品を保管する区域らしく、天井がほかの建物より10mばかり高く作られていた。100m四方の面積が十ほどの敷地に分けられ、それぞれに「完成品」が固定されて立ち並んでいる。その中に、フェイの目的が含まれていた。

 

 青いAC、アイラ・ルークスカイの愛機こと「ブルーバード・シルフィ」である。やはり胸ポケットにしまっていた写真と見比べて、同機に間違いないことを確認する。

 

 フェイは近くで作業中の男に尋ね、コックピットへの近づき方を教えてもらう。「最近の若いもんはそんなことも知らんのか」的嘲りを一通りくった後に、空中を縦横無尽に走っている高所作業用の足場を繋いでいるエレベータへと案内された。

 

 エレベータで上昇し、フェイが足場に一歩目を踏み出そうとすると、その高さに全身が震えた。足場は金網になっていて、地面が丸見えになっているのである。体中をびくつかせながらそれでも手すりにしがみついて、何とかACの前までやってくる。フェイはACに触れたことなどないが、コックピットの横に「OPEN」「CLOSE」と書かれたボタンがあったので、迷わずハッチを開けることができた。

 

 上下開閉式の扉が自動的に上がっていき、コックピットの中身が晒される。案外に広く、二畳ほどのスペースがある。フェイが想像していたような計器やレバーの類はほとんどなく、壁面には無数の液晶が張り巡らされていて、中央に背もたれのついた座席。隅に何故か置かれている小型の冷蔵庫が気になったが、とりあえず今最も注目すべきは座席に居ます主であろうと考え視線をそこにやった。

 

「本当にいたよ、おい…」

 

 座席の上で横向きになって身体を丸め、眠っていたのは彼の写真と同じ顔をした女だった。彼女こそがトップレイヴン、アイラ・ルークスカイである。

 

 

 上司曰く、アイラはACに「住んでいる」とのことだった。その言葉を思い返しながらコックピットの中を改めて見回してみると、先ほど目にとまった冷蔵庫の上には電子レンジがビスで固定されているし、天井部には差し込み式の鍵で扉がしめられている棚が見つけられた。アイラの服装だが下は明細柄のデニム生地、上はノースリーブのシャツ一枚…しかも胸の形がそのまま出ているため下着もつけていない、と、ACの搭乗者というよりは一人暮らしのサボテン女と表現する方がしっくりくるいでたちであった。口元に涎たらしているし。

 

 生活感漂う空気から察するに、彼女は本当に日常的にACの中で過ごしているのだろう。そして同じように狭っくるしいシャトルの座席で運ばれるよりは、慣れたACと一緒に荷物として移動してきた。その方が費用もかからないし、元々搭乗兵器のACなら宇宙空間での機密性も温度変化への対応も申し分ない。なるほど、実用性に富んだ発想であると納得…

 

「できるかアホゥ!!」

 

 フェイは理性に自ら突っ込んだ。本当に一人で叫び声をあげたので、10m下の作業者たちが何の騒ぎかと彼の方を振り返る。ちなみに一番近くにいるはずのアイラはぴくりとも反応せず、安らかな寝息をたてている。

 

 いい加減に腹のたってきたフェイは、文句の一つも言ってやろうと叩き起こすためにコックピットに足をかけて乗り移ろうとした。そこで顎が跳ね上がり、全身が吹っ飛ばされ、足場に備え付けの手すりに後頭部を強打した。アイラが全身を折り曲げ、バネのように跳ね上がる勢いで彼を蹴り上げたのである。

 

 彼女はそのまま腕の力だけで飛び起き、コックピットの外まで飛ばされたフェイの前に立ち塞がった。右足をフェイの頭が乗っている手すりにガッ! と蹴りつけると、

 

「勝手にシルフィに触るな!」

 

 と、怒鳴りつけ、

 

「はい! すいません!!」

 

 咄嗟に彼は謝った。頭二つは小さい少女に凄まれ萎縮する大男は一見の価値あり、作者もそろそろ可哀想になってきた。ともあれ、二人の力関係は出会って十秒で決定されたのである。

 

 二の句が告げられずにビクビクしているフェイを尻目に、アイラはフン、と鼻を鳴らしてコックピットに戻り、天井部に取り付けてある棚を開く。中には大量の缶コーヒーがびっしりと横倒しに詰められていた。そこから一本を引き抜き、親指と中指で缶の側面を挟んで人差し指でプルキャップを引くという器用な開け方を披露しつつ、空いた片腕で壁面のスイッチを入れてACのコンピュータを立ち上げる。そこで缶コーヒーに一口手をつけて、一息を入れたところでようやく固まりっぱなしのフェイに気づいた。

 

「一本あげる」

 

 彼女は棚からもう一本缶を取り出して、フェイに投げ渡した。彼は慌てて両手ですくうような形を作りそれを受け止めるが、

 

「あっちぃ!!」

 

 チンチンに熱せられた缶に驚いて放り投げてしまった。中身の入った重量感ある缶は、手すりを越えて10m下の地面に落下していき激突。鈍い音が二人の高さまで届き、間もなく下の作業者から「何やってんだコラ!!」という罵声が浴びせられた。もちろんフェイには平謝りの一手しか残されていなかった。

 

「間抜け」

 

 アイラは缶コーヒーを口に咥えつつ両手はキーボードを打ちながら、容赦のない一言を投げかけた。

 

「仕方ないだろ! 何であんなに熱いんだよ!?」

 

「コーヒーは熱くないと嘘ってもんでしょ。正確には80度以上、それくらいの温度がないと濾しきれなくて香りが死ぬから」

 

「いや、そう言う話じゃなくて」

 

「水出しってのもあるけど、あれ時間かかって面倒なんだよね。かと言って熱すぎても豆が焼けちゃって駄目だし」

 

 フェイの突っ込みはもちろん聞いてない。

 

「ところで、いまさらだけど君がアイラ・ルークスカイ? 僕は…」

 

「うん、やっぱ缶でもブラックに限る。ミルクは状態によっちゃ使わないといけないこともあるし消化の助けにもなるからまだ許すけど、苦味消すために砂糖入れるってのは邪道ってもんでしょ」

 

 やっぱり聞いてない。

 

「缶コーヒーはどうでもいいからさ、話を…」

 

「缶ナメんなよ、コラ!!」

 

 ここは聞いていた。

 

「そりゃちゃんと淹れた方が味は出るさ! 香りはたつさ! けどどうやってACに器具詰めってんだ、あぁ!? 色々試したけどさ」

 

「試したんだ」

 

「どうやってもこぼれるんだって! 液体扱うってことに無理があるの! だから放熱使って缶コーヒー温めるって方法で妥協をだな!」

 

「それ妥協したんだ」

 

「あ、繋がったわ。ちょっと黙ってて」

 

 もはや言葉がなかった。フェイは比喩でなく両手で頭を抱えて金網にうずくまる。いつの間にか高さへの恐怖は消えていた。頭の中がかき回されて気が回らなくなっている、と彼は判断することにした。

 

 一方でアイラはそんなフェイなど意にも介さず通信を交わしている。右手には相変わらず缶コーヒーだが、左手にはどこから取り出したのかシャープペンシルが握られており左側面に貼り付けられたメモ用紙に何やら書き込んでいた。座席に目一杯浅く腰を下ろし、右足を正面の液晶上部へ、左足は何とコンピュータ機器のつまみに置いて通信の音量を調節している。

 

 やがて会話が一段落したらしく、通信を切るよう操作した。足で。

 

「器用な奴…」

 

 フェイの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、彼女は身をひるがえして再びフェイの前に立つ。

 

「アンタ、マネージャーだって?」

 

 フェイはこくこくと頷いた。下手に何かを口にするとどんな反撃をくうかわからないので、迂闊な返答をするわけにはいかなかった。

 

 アイラは彼の葛藤など一向に構うことなく、本日初となる笑顔を見せた。

 

「じゃ知ってると思うけど、私はアイラ。職業レイヴン、アンタのパートナー。よろしく!」

 

 可愛らしくぴょこんと跳ねて右手を差し出す。その姿は愛らしい少女以外の何者でもない。それでもフェイが緊張を解くことはなかった。こうして名乗られるまでに、彼女の彼女たるゆえんについて小一時間は説いて聞かされた気分であった。

 

「何なんだ、こいつは…」

 

 義務的に彼女の右手を握りながら、これまでの22年、そして以後の人生で最も濃く厳しい時代の幕が開けたことを、彼はその温もりから実感するであった。





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