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全てが管理された世界。レイヤード。
ここで起こる全ての出来事は管理者によって決められたとおりに起こる。
ならば。ならば、自分がこうやってスラムで一人泣いているのも、決められたことだというのか。
「っく……ひっく……」
スラムは寒い。毎晩新聞紙に包まって寝ることになる。
毛布なんてものは当然、ない。あったとしても、力のある大人達に奪われてしまう。
「うう……ぐす……」
夜はいつもこうだ。寒くて、腹が減って、生きていく自身を踏みにじられる。
いつも昼間はゴミ捨て場の残飯をあさりながら、夜なんて来なければいいのにと思っていた。
「ひっく……ズズ……ぐす……」
一晩中泣いているものだから、よく他の浮浪者にリンチされた。うるさくて眠れやしねえ、と。
だから自分は今、他に誰もいない場所で、スラムの端っこで、独りうずくまって泣いていた。
ここなら誰にも蹴られることはないから。好きなだけ泣けるから。
「ぐす……うあ、うわああん……」
「お前、いつも泣いてるな」
いよいよ嗚咽が激しくなってきたころ、不意に頭上から声が振ってきた。
何かと思い顔を上げたが、涙と夜の闇で何も見えない。
「スラムで独り悲しいのは分かるが、いい加減ふっきれたらどうだ?結局今のところは、ここで生きるしかないんだからな」
誰だろう。自分に声を掛ける人間なんて初めてだった。罵声を浴びせる人間は大勢いたけれど。
「隣、いいか?寝床、取られちまったんだ」
そういうと顔も見えない彼は自分の隣に座り込んだ。その間、自分は返事一つせずにぼうっとしていた。
「……なんだ、泣き止むこともできるんだな」
「え……?」
気づけば自分は泣くことをやめていた。大量の涙が目に溜まったままではあったが。
「どうせ悪いことばかり考えてたんだろ。何も考えずに寝れば泣くこともなくなるぞ。」
「本当に……?」
「本当だ。……俺がそうだったからな」
彼はそう言うとそばにあった新聞紙の上に寝転がり、おやすみ、とだけ言ってから寝息を立て始めた。
誰だろう、こいつは。いきなり現れたと思ったら、言うだけ言ってさっさと寝てしまった。
不思議な感じだったが、それでも――
それでも、生まれて初めて、誰かに気にかけてもらえた気がした。
おそらく、人の優しさを知ったのはこのときが初めてだったと思う。
他人から見れば大した優しさには見えないのかもしれないが、
とても心が楽になっているのを感じながらその日は眠りに就いた。

朝目覚めると、隣に彼の姿はなかった。
顔もろくに見ないままに行ってしまったのかと思うと、少し寂しかった。
ごしごしと目を擦り目やにをぼろぼろ落としながら立ち上がると、向こうから人影が向かってくるのが見えた。
なぜかは分からないが自分はこのときその人影が昨晩の彼だと直感的にわかった。
そしてまた会えたことにうれしさを覚える。
「よう、起きたか」
ああ、うん、と曖昧に返事を返す。
「なあ……お前、普段どうやって生活してるんだ?」
どうやって、と聞かれても困る。
日々ゴミ捨て場から残飯をあさるだけの毎日だ。他にやることなんて何もない。
「お前、それで満足か?」
「え……?」
「来る日も来る日もゴミあさって、それで満足かって言ってるんだ」
「俺は絶対にそんな人生はごめんだ。こんな場所絶対にいつか抜け出して、成り上がってやる」
「そのためには俺は何でもやる。ヤクを売ろうが人を殺そうが関係ない。成り上がればそれでいいんだ。それで勝利なんだ」
落雷に打たれるような衝撃を覚えた。
成り上がるなんて考えたこともなかった。
自分の置かれたこの境遇は大嫌いだったが、どうすることもできないものだと思っていた。
スラムの人間は全員、そう考えていると思っていた。実際、自分の周りにいた人間はそうだった。
だが彼は、このスラムから抜け出すことを夢見ていた。夢の実現の為に努力していた。
にわかには信じがたかったが、彼の目が本気だと本気だということを証明していた。
ならば、自分にもできるだろうか。ここから抜け出すことが、できるだろうか。
「まあ、それでいいならこれ以上は何も言わないさ。じゃあ、また夜にな」
そういって歩き出す彼。
「ま、待って!」
人生で最も勇気を振り絞った瞬間。
ずっと意味も無く虚無を漂っていた自分が、初めて行動を起こした瞬間。
突然の呼び止めに彼が振り向く。
「ぼ……お、俺も……」
そこまで言うと、彼はふっと笑い、
「付いてきな。」
とだけ言って再び歩き出した。
人生に、初めて希望が見えた気がした。

彼はクライゼンと名乗った。
彼は以前住んでいたスラムがセクションごと閉鎖されてここに流れ着いたらしい。
前のスラムでは、これでも結構顔広かったんだぜ、と笑いながら彼は言っていた。
クライゼンは自分にさまざまなことを教えてくれた。
といっても、それらはほぼ全て悪事に関することだったが。
おかげで自分も一人で色々とやれるようになり(主に悪事をだ)、成り上がるためには何でもした。
それこそヤクを売り、人を殺すのは当たり前の日常だった。
自分とクライゼンは、競うように、悪事に手を染めていった。

「お前、俺を殺せるか?」
ある日クライゼンが突然そんなことを訊いてきた。
「なんだ?突然……」
「友をも殺さねば上に行くことはできない。世界は、そういう風にできてる。非情にならなければ、何もできないのさ。」
「…………」
「まあ、お前にやられるなら、それも悪くないとは思うがな」
「縁起でもないこと言うな。胸糞わりい。」
「へっ……」
なぜ彼はあのとき突然あんなことを言い出したのか分からない。
心のどこかで、いつか自分たちが敵同士になることを予測していたのだろうか。

そして、忘れもしない、あの日。
俺たちが、引き裂かれた日。
「スラム狩りだ!」
夜のスラム街に響き渡るその叫び声で、俺とクライゼンは目を覚ます。
狭いスラム街で、喧騒がどんどん大きくなっていくのを感じた。
「逃げるぞ!」
金のはいったバッグをつかみ、銃を握り締めてクライゼンが叫ぶ。
俺もうなずく暇もなく金をバッグに詰め込み、自分の銃を手にとる。
明かりもろくにないスラム街をひたすらに走る。後ろではサイレンと人々の叫び声がやかましい。
「こっちにもいたぞ!」
目の前に警官が立ちふさがる。
チッ、と舌打ちしてクライゼンがわき道に。俺もそれに続く。後ろから追ってくる警官。
「……ここで別れよう」
走りながらクライゼンがそんなことを口走る。
「何!?」
「二手に分かれた方が巻きやすい。次のT字路で分かれるぞ!」
「でも、俺は……!」
走るのをやめずにクライゼンは顔だけこちらへ向ける。
暗闇でよく見えないが、笑っている気がした。
「……大丈夫、今夜だけだ。またすぐに会えるさ。それに、お前なら一人でも十分にやっていけるさ」
「……わかった」
T字路に差し掛かる。
「俺は右。お前は左だ。行け!」
うなずき、角を曲がる。そして曲がった瞬間に気づいた。
右は、サイレンが鳴り響いていた方角だということを。大通りに出る道だということを。
「まさかっ……!」
「止まるなぁっ!行けえ!」
振り返ろうとした瞬間に後ろからクライゼンが叫ぶ。
その声にはっとし、振り向きたくなる衝動を抑えながら、走り続けた。
歯をかみ締めたまま、自分がどこを走っているのかも分からないままに走り続けた。

気づけば朝になっていた。地下世界の天井に明かりがぽつぽつと灯され始める。
ここはどこだろうか。スラムの細い路地であることは確かなようだが。
耳を澄ましても、もうサイレンやその他の喧騒は聞こえない。静かな朝だった。
「クライゼン……」
身代わりになったのか。俺を助けるために。わざと右を選んだのか。
捕まれば、命の保障はない。スラムの犯罪者はすぐに処分されて終わりだ。
それでもクライゼンは、俺の代わりに、警官隊に突っ込んだ。非情になれと言っていたくせに、友をかばった。
「馬鹿……野郎が……」
ズズッ、と壁にもたれかかり、座り込む。
「クライゼン……馬鹿が……グスッ……うう……うああ……」
うずくまり、泣いた。クライゼンと出会ってから、泣くのは初めてだった。
かつて孤独だったころのように、泣き続けた。いつまでもいつまでも、泣き続けた。

結局その後スラムを隅々まで探してもクライゼンに会うことはできなかった。
スラムの人間にも訊いて回ったが、誰も彼の行方は知らないという。
ならば、希望はある。彼はまだ生きているかもしれない。
俺は今まで以上に成り上がることに執着した。今まで以上に悪事に手を染めた。
有名になれば、どこかで生きているクライゼンに、俺の名が届くと思ったから。
そうして、富と名声を求めるうちに、俺はレイヴンになっていた。




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