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マグリブ解放戦線、旧エレトレイア城砦。
熱砂の嵐が視界を遮るこの褐色の地に、ネクスト、バガモールの姿はあった。
このエレトレイア城砦に設置された弾道ミサイル兵器。バガモールはその警護に当たっていた。
ここ数時間作戦区域に動きはなかったが、昼を過ぎたあたりでオペレーターから通信が入る。
「ボリスビッチ、敵影を確認しました。アナトリアのネクストです」
「アナトリアのネクストか……」
バガモールのリンクス、ボリスビッチが酒で焼けたダミ声で呟く。
元々優秀なレイヴンであったアナトリアの傭兵。リンクスとなって間もないが、各地で依頼を確実に成功させていると聞く。
相手にとって不足はない。
イクバール社、サラーフベースの機体を疾駆させ、砂塵をまき散らしながら敵ネクストへとまっすぐに突進する。
砂嵐の向こうに、うっすらとアリーヤベースの機体が見える。劣悪な視界のなかでも明々と輝く赤いカメラアイが、なんとも不気味だ。
「悪いが、見逃してやれん」
マシンガンでけん制しつつ、ロケットを織り交ぜて攻撃するが、敵ネクストはいとも簡単にこれを回避しつつ、右腕のライフルで的確な反撃を行ってくる。
「ふん……どうやら本物らしいな」
QBで一気に接敵、時間差で大型ロケットを二発撃ちこむ。
一発目はいとも簡単に回避されるが、二発目は直撃コース。当たったな。そう直感したボリスビッチの期待は、裏切られる。
敵ネクストの左腕から出現した紫色の刀身。淀みなく振るわれたその刀身は、今まさに着弾しようとしていた弾頭を斬りおとした。
「な……!」
そのまま敵ネクストは前進、バガモールに直接斬りかかってくる。
急いでバックブースターを吹かし後退するが、敵のブレードはバガモールのマシンガンを真っ二つにしていた。
「ちっ……化け物め」
右腕に未だ握りしめられた銃身を半分にされたマシンガンを捨てる。残る武装はロケットのみ。
ロケットを使い続けてきたボリスビッチにとって武装がノーロック武器しかないのは大したハンデではないが、武器の連射が効かないということはこの機動戦において大きな痛手だった。
「あの化け物に当てねばならんか……骨が折れるな」
せめて拡散型のロケットを積んでおくべきだったかな、と思ったが、いまさら嘆いてもしょうがない。
「まあ、生き残るにはたとえ右腕一本になっても戦わねばならんのだ。いくぞ、アナトリアのネクスト」
全ては吾輩のため、彼女の為に。バガモールは赤い戦場を駆ける。

時間は、少しさかのぼる。
イクバール社。テクノクラートの親会社ともいえる巨大企業に、ボリスビッチは野暮用で来ていた。
今はその用も終わり、適当に社内をぶらついているところだ。
「食堂で何か食べてから帰るか……」
さすがにロシア料理はないかな、と考えながら社員食堂へ向かっていると、不意に後ろから声をかけられた。
「ボリスビッチ殿!」
声の主が誰なのかはすぐに分かった。
いけ好かない人間ならばそのまま無視したのだが、こいつに話しかけられたのでは無視するわけにもいくまい。
「同志ナジェージダ。珍しいな、お前が社内にいるなど」
一応振り返り、顔を確認してから返事をする。
はたしてそこにいたのは予想したとおり、イクバールのリンクスにして同郷の人間、ナジェージダ・ドロワだった。
ナジェージダはボリスビッチと同じロシアの出身で、国家解体戦争をともに戦ったオリジナルだ。
ともにオリジナルの中では低いナンバーだが、それでも国家解体戦争時からの蓄積された腕は確かだった。
ボリスビッチもナジェージダも、その腕を買われテクノクラート、イクバールの両者から重宝されている
「そういうボリスビッチ殿こそ、我が社に来るのは珍しいですね。何か御用ですか?」
ナジェージダが駆け寄りながら訊いてくる。
「うむ、少し野暮用でな。もう済んだところで、これから昼食でも、と思っていたのだが……一緒にどうだ?」
ふとした思い付きで誘ってやると、彼女は満面の笑みで敬礼を送ってきた。
「はっ!ご一緒させていただきます!」

イクバール社員食堂。結局ボルシチどころかロシア料理はひとつもなかったので、二人とも今はナンをカレーにつけて食べている。
別に嫌いではないのだが、もう少し他国の料理をおいてもいいんじゃないかと思う。
「祖国のボルシチが懐かしいな」
ナンを口に放り込みながらボリスビッチが言う。その祖国という言葉に、ナジェージダが暗い反応を示した。
「どうした?」
「……同志ボリスビッチ殿。我々の成したことは、正しかったのでしょうか?」
「……国家解体戦争か」
国家解体戦争。
統治能力の低下した国家の代替者として立ち上がった企業グループが引き起こした、企業対国家の戦争。
企業が投入したリンクス、ネクストの活躍により、全ての国家は滅んだ。彼らの祖国、ロシアも含めて。
「確かに、我々はこの手で愛する祖国を滅ぼした。だが、そうでもしなければ、人民は近いうちに死滅を迎えていただろう」
「……我々は、祖国に背いたのでしょうか?」
「いや、背いてなどいない。よく聞け、同志ナジェージダ。どこかの国の王の言葉だ」
ボリスビッチが食べる手を止め、ナジェージダの眼を見据える。
「国とは、人だ。そこに暮らす民、それこそが、国であり、我々の祖国なのだ。ならば彼らの為に戦った我々は、祖国に背いてなどいない」
「ボリスビッチ殿……」
「故に吾輩は、彼らの為に戦う。企業のためではなく、吾輩の祖国たる、人民のために」
「……では私も、お伴させてください、同志ボリスビッチ殿。祖国を思う気持ちは、私も同じです」
その言葉に、ボリスビッチはふっと笑う。
「懐かしいな、ナジェージダ。まだ軍人だったころを思い出すよ。あのころもよく、こうやってお前とウオツカ片手に語り合ったものだ」
水の入ったグラスを掲げ、酒を飲むしぐさをすると、ナジェージダもふふっと笑う。
「少佐に話しかけるのは、私ぐらいでしたからね」
少佐という言葉に、ボリスビッチはグラスを見つめながら呟く。
「少佐か。……懐かしい言葉だ、ナジェージダ伍長」
かつて上官と部下であった二人のリンクスは、久々に聞く言葉に微笑みを浮かべた。

「軍を離れ、同じリンクスとなった今でも、我々の居場所は変わらんな……」
イクバール、テクノクラート共有の施設。
両社が所有するリンクスのためにあてがわれた個室は、高級マンション並みに広い生活スペースを持つ。
その一室で、バスローブ姿のボリスビッチはウオツカを煽りながら自嘲気味に一人ごちた。
目の前には、同じくバスローブを羽織ったナジェージダがテーブルを挟んで座っている。
「リンクス自体が、企業専属の軍人みたいなものですからね。軍を退いてもなお我々が軍人として戦場にいるのは、当然と言えましょう」
「当然、か。……時々思うのだ。吾輩は、戦場で血を流すことでしか祖国を守れないのかとな」
「吾輩は祖国の者たちの為に引き金を引く。だが吾輩が撃ち抜いてきた者たちにも、守るべき祖国があり、帰るべき場所があった」
「祖国を守りつつ、彼らを生きて帰すことは、できんのだろうかな……」
「ボリスビッチ殿……」
軍にいたころから、ボリスビッチが時折見せていた、寂しげな表情。その表情の理由を、ナジェージダは今初めて知った。
表情を暗くしたナジェージダに気付き、ボリスビッチはぽりぽりと頭を掻く。
「いかんな。軍人が自らの引き金に疑問を持っていては、守れるものも守れなくなってしまう」
気まずそうに時計を見る。もう深夜の一時を回っていた。
「もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻れ。明日も早いのだろう」
「泊めてはくれないんですね」
冗談めかして言うナジェージダに、多少動揺しながらボリスビッチが返す。
「……ふん、また今度な」
「ふふ、楽しみにしてます」
バスローブから私服に着替えたナジェージダが部屋を出る直前、急に振り返った。
「同志ボリスビッチ殿。確かに我々軍人は、血を流すことでしか祖国を守れないのかも知れません。ですが、我々が戦場で血を流さなければ、祖国でより多くの血が流れることになるでしょう」
「…………」
「傲慢だと思われるかもしれませんが、これが軍人としての私の答えです。――おやすみなさい」
唇と唇が軽く触れるだけの口づけをすると、ナジェージダは自分の部屋へ戻って行った。
「軍人としての、か……」
ベッドに腰を下ろしたボリスビッチは先ほどまで彼女が使っていたグラスを見つめる。
「できれば、一人の人間としての答えを聞きたかったぞ、ナジェージダ……」

数週間後。
テクノクラートでミッションの説明を受け帰宅したボリスビッチが見たのは、部屋の前で待っているナジェージダだった。
「こんばんは、言い夜ですね、同志ボリスビッチ殿」
いつもより控え目な態度の彼女に、少し違和感を覚える。
「どうした、同志ナジェージダ。何か用か」
「ええ、少し」
「ふむ。まぁ入れ」
部屋の鍵を開け、ナジェージダを中へ招き入れる。
「何か飲むか?」
「いえ、今日は結構です」
「そうか」
自分の分だけグラスを用意し、氷を二つ入れる。
「で、どうした」
グラスにウイスキーを注ぎながら尋ねる。グラスの中の氷がパキパキと音を立てた。
「今日、少し思い当たるふしがあって、健康診断を受けてきました」
「健康診断?どこか悪いのか」
「いいえ。その……妊娠、してました」
「な……!」
危うくグラスを落としそうになる。驚いてナジェージダの顔を見ると、飲んでいない彼女のほうが赤くなっていた。
「あなたの子です」
「吾輩の……」
心当たりは、もちろんあった。
ナジェージダを抱くことはよくあったが、酔った勢いで避妊を怠ることが多々あった。当然といえば当然だろう。
「……それで?産むのか」
「はい、そのつもりです」
「そうか」
その言葉を聞いて、ボリスビッチの顔から自然と笑顔がこぼれる。この反応はナジェージダも以外だったようだ。
「反対されると思ってました」
「反対だと?まさか。誰が反対などするものか」
これを機に結婚も考えるか、そう思っていると、先ほどまでとは打って変わった声色で話しかけられる。
「……それで、お願いがあるのですが」
途端にナジェージダの表情が暗くなる。そこまで言いにくいことなのだろうか。
「うん、どうした?」
「……明日は、確か出撃でしたね?」
「ああ。旧エレトレイア城砦に設置された、弾道ミサイルの警護だ。それがどうかしたか?」
「……今から出撃を取りやめるわけには、行きませんか?」
「……もう決定したことだ。そういうわけにもいくまい」
「そう、ですか……」
うつむくナジェージダ。確かに、今の彼女にとってボリスビッチが戦場に赴くことは、耐えがたい苦痛だろう。
最愛の人が、帰らぬ人となるのかもしれないのだから。
「心配するな、ナジェージダ。ただの警護だ、別にネクストとやるわけでもあるまい」
「そうですが、しかし……」
グラスを置き、ナジェージダの元へ歩み寄る。そして力一杯、抱き締めた。
「約束しよう、ナジェージダ。吾輩は必ず、生きて戻る。生きてお前とともに、歩んでいきたい」
「ボリスビッチ殿……」
戻ったら、ネクストを降りよう。そして、軍人としてではなく、一人の父として生きよう。
長い口づけを交わしながら、ボリスビッチは何としてでも生きて帰ることを決意した。




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