深夜、月明かりに照らされ、うっすらと青みを帯びた荒野に一機のACが佇んでいた。
そのダークブルーにカラーリングされたACは、戦闘モードを解除されているのか、カメラアイに光は無い。

トワイライト(宵闇)と名付けられたその機体のコックピット内で、マジックランタンはモニターに映し出された月を眺めていた。
月に恩師の顔を重ねつつ、マジックランタンは、自分がこの戦闘兵器に乗るきっかけになった日の事を思い返す。

「安西先生…ACがしたいです」

金も無い運も無いコネも無い、有るのは暴力的な闘争心のみ。
となれば、本人の意志とは無関係に社会の歯車から弾き出されるのは時間の問題だった。
恩師と出会う前の自分は、毎日、野良犬の様に街をうろつき、吠え、噛みつき、奪う事で飢えを満たしていた。
街で同じ匂いのするチンピラに喧嘩を売ってぶちのめし、ファイトマネーとして金を奪う。
そして寂れたバーで安酒を煽り、店を出てすぐの路地裏で吐く。
そんな日々を繰り返していたある日、マジックランタンは、路地裏で一人の男と出会った。
上等な服に身を包み、恰幅の良い、と言うよりも少し太りすぎな丸眼鏡の老紳士が、じっとこちらを見据えていた。
「なんだテメェ…何見てんだよ、あ゛ぁっ!?」
恐らくかなりの金持ちだろう。どうせ一発殴ってやればひぃひぃ泣き喚いて財布を差し出すに違いない。
「良い目を、していますね」
恫喝に全く怯む事無く、老紳士がぽつりと言う。
マジックランタンの怒りを沸点に引き上げるには、その行為だけで十分だった。
この男は自分の恫喝を恐れていない。つまり、舐められている。
「おいコラ、何わけのわかんねえ事言って…」
ずかずかと歩み寄り、マジックランタンが老紳士の胸ぐらを掴む。
と、その足元で噴射音が響くと同時に、アスファルトの破片が散った。
「っ!?」
老紳士の手には、鈍色に光る小型の拳銃と、その銃口に取り付けられた同色のサイレンサー。

それを視認した次の瞬間には、その銃口はマジックランタンの額に向けられていた。
目の前の紳士の顔に視線を戻すと、丸眼鏡の奥で、冷徹な眼がこちらを観察するように向いている。
「……殺れよ」
自暴自棄から出た言葉では無い。覚悟の上だ。
眼を見てわかった。この男は、そこらの一般人とは違う。
一般人の皮を被った、自分と同じ、いや、自分を遥かに超える獣だ。
どうせこちらが指一本でも動かせば、この男は即座に引き金を引くに違いない。
唯一の抵抗として、せめてガンでも付けたまま殺されてやろう。
そう思い、マジックランタンは全力で老紳士を睨み付ける。
……永い沈黙が続き、老紳士が唐突に口を開いた。

「それだけの度胸が有れば十分でしょう。良い就職先が有ります、来ませんか?」
「おっさん。あんた、何もんだ?」
「安西、と言います。昔、コーテックスでアンザイという名でレイヴンをやってました」

それからの日々は、マジックランタンにとって地獄だった。
安西と名乗った老紳士の元で、毎日毎日来る日も来る日も操縦訓練。
衣食住に加え演習用のACに多彩なパーツまで使わせてくれたのだから、ある意味天国とも言えたのだが。
しかし、夢の中にまでコックピットと頭部内蔵コンピュータの音声が出てきた日々を考えれば、
やはりあれは地獄だったのかもしれない。

安西の元で数ヶ月訓練を積んだ後、マジックランタンはレイヴンズアークの試験を受けた。
内容は、都市部に入り込んだ複数の武装MTの排除。
いわゆる【初期機体】の使用しか認められておらず、作業用機械を改造した物とは言え、敵の数は二十機余り。
しかし、天性に加えて、努力によって磨き抜かれたその精密な射撃技術は、彼を余裕でレイヴン試験に合格させた。
低性能のFCSにも関わらず射撃の命中率は九割を超え、敵MTを全滅させた後にこう言い放ったという。
「こんなんでレイヴンになれんのかよ。楽なもんだな、おい」

それから更に数ヶ月が経ち、修羅場を潜り、実績を出し始めてきたマジックランタンは、
行き着けのバーでぽろりと師の名前を口にした。
「安西?あんたあの人の弟子だってのか」
「あのおっさん、そんな有名なのかよ?」
「バカ、コーテックスのアンザイって言ったら、元A-2、トップクラスのレイヴンだぞ!?」

単純に、ポイント制で順位が決まるレイヴンズアークに所属していたマジックランタンには実感が湧かなかったが、
どうやらあの安西は相当な実力者らしかった。
レイヴンズアークと並ぶ傭兵組織であるグローバルコーテックス。
件の組織が開催している二つのアリーナの内、いわゆる【旧アリーナ】。
まだ人類が地下都市で生活していた頃に設立されたアリーナだ。
数十年前、安西はそこでナンバー2まで登り詰めた後、引退した、という事らしい。

A-2の安西が引退した後、人類を文字通り管理していた【管理者】の崩壊、
時を同じくしてのA-1の失踪やら何やらでごたごたが有ったようだ。
現在の旧アリーナA-1には【不敗神話】を打ち立てた天才が、A-2には【暴君】と呼ばれる凶人が、
A-3には【皇帝】の異名を持つ辣腕の強者が納まっているそうだが、マジックランタンにはそれ以上調べる程の興味は無かった。

それから更に一年が経ち、急激な成長を見せ一流のスナイパーとなったマジックランタンの元には、
様々な依頼がひっきりなしに舞い込んで来た。
昔と比べれば随分と腕も上がったし機体も強くなった。
しかし、やはり昔と比べれば依頼の危険度も格段に跳ね上がったのも事実。
考えてみればもう一生楽して生きていけるだけの金は有るのだ。
そもそも自分は何かしらの目標や夢、或いは思想が有ってレイヴンになったわけでは無い。
金を手に入れた今、戦い続ける理由が無い。
となれば、幾分若すぎるとはいえ、ここらで引退しても良いのでは無いだろうか。

何より、マジックランタンが引退を考え始めたのは、最近の市場に出回るパーツに最大の原因が有った。
最近のパーツには、やれ予備の武装を搭載できる格納機能搭載コアだの、
やれ軽量高出力大容量ジェネレータだの、革新的な物が増え始めた。
しかし、その機能性の進歩は、とある重大な問題を置き去りにしていた。
熱だ。どの企業も各パーツの冷却性能と発熱の抑制を完全にないがしろにしていたのだ。
カタログ上のスペックに惹かれてパーツを新調したレイヴンが、実戦でブーストを使用した際の熱で機体が損傷、
戦わずに撤退という悲劇とも喜劇とも言える事態が多発する事となった。
それに気付いた企業の取った行動は、ユーザーであるレイヴン達の一部が悲鳴を上げる様な物だった。

短所を補わずに長所を伸ばす、と言うより短所を逆手に取る様な。
それは、各武装の命中時に敵機体に与える熱量を、徹底的に引き上げると言う暴挙だった。

更にタチの悪い事に、企業はコーテックスとレイヴンズアークのどちらに所属するかによって、販売パーツを制限していた。
コーテックスには良くも悪くも古いパーツを、レイヴンズアークには実験的な最新パーツを。
これにより、以前のパーツを手放してしてしまったレイヴンズアーク所属者が熱問題を解決する策は、
機体の改造と高性能なラジエータへの交換しか無くなった。
しかし、ラジエータの性能は高くなる程に重くなる。
それに加えて各企業は積極的に重装甲・高火力・多機能のパーツを推進・開発していった。
それにより【機動力】はどんどんと置き去りにされ、その結果レイヴンズアークでは妙な定説が広まる事となる。
  • 【レイヴンズアークの強者=ガチガチに固めた要塞並みのAC】
  • 重要なのは【レイヴンの腕<簡単には越えられない壁<機体性能】
と言う、割と事実に基づいた定説だった。

この流れを嫌ったのが、スピードを生かしたテクニックをメインとし、軽量機を愛用するレイヴン達だった。
ある者は機体の冷却効率を高める為に改造やアセンブルに頭を悩ませ、またある者は機体に違法な正体不明のパーツを組み込み、
またある者はアークを離れて行った。
マジックランタンもその例外に漏れず、良い機会だとアークを辞めていった一人だった。

それから更に月日は流れ、マジックランタンは再び吐くまで飲んで吐いては飲んでの生活に戻っていた。
一日で家が買える程の収入が期待出来る傭兵稼業をしていたせいで、
普通の仕事など馬鹿らしくてやっていられなかった。そもそも金なら腐る程有るのだから働く必要など無い。
金と引き替えにハングリー精神を無くした彼が、生活面でも人間性の面でも完全に堕落するのに、それ程時間は掛からなかった。

「スペシャルマッチ?」
「あの元A-2アンザイと現A-2【暴君】の、特別試合だとさ」
「いつよ?」
「今日だよ今日。もう始まってるべ」
酔客達の噂話が、微薫を帯びてカウンターに貼り付いていたマジックランタンの耳に入る。

嫌な、胸騒ぎがした。
店を飛び出し、ビルの外壁に備え付けられ巨大ビジョンを見上げる。
画面の中で、恩師のACと【暴君】が闘っていた。
いや、闘いでは無く、暴君の蹂躙と呼ぶのが正しかった。
安西の軽量二脚が暴君の背後に回り込もうとブーストを噴かす。
暴君の重量級逆間接は、不要な武装を解除し、安西を正面に捉える。
安西のスナイパーライフルが二発三発と命中するも、暴君はそれに委細構わず、拡散バズーカを撃ち込む。
安西が旋回しつつ、距離をを取る為に後退。

安西がスナイパーライフルやミサイルを放つも、暴君は素早く空中へ逃れ――――グレネードを構えた。

「(…逆脚でキャノン空中発射なんて…出来るわけねぇだろ!?)」
本来有り得る事では無かった。
強大な破壊力を持つ肩部キャノン系の武器は、その反動故に、発射体勢を取る為に接地状態で足を止める必要が有る。
それはアリーナのルールや戦場に於けるセオリーでは無く、ACの制御系統に組み込まれた強制的な物なのだ。
一部の脚部タイプは空中でも予備動作無しに発射出来るが、暴君の機体の脚部は、その【一部】では無かった。

では、今画面上で自分が見ている物は、一体何なのだろうか?

不意に湧き上がった疑問に答えが出るより早く、暴君の肩部グレネードランチャーから吐き出された火球が
、安西の機体を吹き飛ばし、アリーナ内壁に叩きつける。
暴君の蛮行は止まらない。更にもう一発を叩き込まれ、安西の機体の左腕が吹き飛んだ。
もう一発、強大な破壊力でコアの装甲が抉れ、肩のミサイルが木っ端微塵に砕け散った。
もう一発。装甲が薄く、軽さ故に安定性を欠く安西の機体が、爆風で跳ね上げられる。
全兵器中屈指の破壊力を持つグレネード弾を次々と撃ち込まれ、遂に安西の機体が大破した。

試合終了。

その筈だった。しかし暴君は、大破して膝を着いた安西の機体へ、尚も攻撃を辞めなかった。
拡散バズーカを撃ち込み、ブレードで斬りつける。
止めと言わんばかりに火球が安西の機体を飲み込み、後には残骸だけが残った。

レイヴン名:BB、AC:タイラント。
Aランクランカーの中でも特に攻撃面に秀で、相手を完膚無きまでに破壊することを信条とする。
その行為は、相手に二度と彼に挑む気を起こさせないための策略でもある。
勝利の為にはいかなる卑劣な手段も厭わない。ある意味で、最もレイヴンらしい男とも言える。

恩師を殺した男について、マジックランタンが知る事が出来たのは、それだけだった。

後日、恩師の墓に花を手向けるマジックランタンが居た。
手を合わせ、眼を閉じて暫くの間、黙祷を捧げる。
ややあって目を開き、師の墓を見ながら言った。
「安西先生…ACがしたいです…」

マジックランタンは再びACに乗る道を選んだ。
情報網を手に入れる為、ある企業の専属となり、がむしゃらに依頼を遂行し続ける日々。
無論、考えあっての事だ。
自分の得意とするライフルタイプの火器は、精密性と射程距離にこそ優れるものの、瞬間火力に劣る。
それでは、あの暴君と撃ち合っても師の二の舞になるだろう。

もう一つ、マジックランタンの行為には理由が有った。

(アリーナじゃ駄目だ。あの野郎を確実に殺すなら、戦場で出会うしかねぇ)

前述の瞬間火力の低さ故、例えアリーナで勝ったとしても、殺す前に止められる可能性が高い。そう考えての行為だった。


夜の闇に紺色の機体を紛れさせ、遠距離から標的を撃ち抜く戦法に、いつしか人は彼をマジックランタン(幻灯)と呼んだ。
マズルフラッシュから僅かに遅れて超長距離から弾丸が届き、撃ち抜かれて初めて、標的は彼の存在を確認する。
反撃しようと、ロックもせずに光を見た方向へ撃ちまくるも、その時には彼は既に別の方角へ移動している。
後は、標的に光と弾丸が届き、彼は移動する、その繰り返し。
その結果、ほとんどの標的は彼を視認する事さえ出来ず、犠牲となる。
新アリーナのA-3にも、同じ様に視認が困難な事から【影】と呼ばれる男が居るそうだが、マジックランタンとは対極の戦法らしい。

「…来たか」

回想に耽っていたマジックランタンの視界の端で、モニターに映し出されたレーダーに反応が有った。
戦闘モードを起動し、依頼を確認する。
ACの排除、一体何処の誰で何人居るかも知らされて居ないが、ACならば望みは有る。
「恩返す前に死にやがって……。敵討ちしか方法無くなっちまったじゃねぇか」
長距離レーダーで一方的に相手の位置を把握、長距離型の高性能FCSをもって正確に照準を合わせ、
すぅ、と大きく息を吸い込み、獲物を両の目に捕らえる。
「俺がなぜ幻灯と呼ばれているか……教えてやる」

【幻灯】と呼ばれる復讐者が、トリガーを引いた。





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