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あの日以来、彼女の見る夢はあの時の物ばかりだった。
飽きるほど見せられた、燃えていく街並み。それが、彼女の闘争心をかえって燃え上がらせる。
それでも、いつも涙の跡を残して目覚める。上方から流れるモーニングソングは、悲しげなピアノコンチェルト。
荘厳で、悲哀に満ちた旋律が、彼女を落ち着かせる。彼女の、上がりきったテンションを一気に落とす。
「………………」
突然に、無気力感が彼女を襲う。ここ最近の目覚めはいつもこれだ。
クレストからの任務の知らせも、情報屋からの連絡も一向に来ない。ACのVRテストを重ね続ける日々だ。
そろそろこの機体にも慣れ、後は実戦で試すのみだ。だが、その実戦が来ないのでは、話にならない。
アークを仲介されている依頼を専属が受けることは出来ないし、専属向けに出されている依頼も今は無い。
この上なく何もない日々だった。
「……はぁ」
どうしようも無く、溜め息がこぼれる。無情に響き渡るそれが、残っているかもわからないやる気を、更に削ぐ。
囁くようなピアノの旋律が、その曲の終わりを告げた。
Prrrrrrrrrr...
次の瞬間鳴り響いたのは、戦いを告げる機械的な電子音だった。

「決闘……ですか?」
人々が忙しなく動き回るクレスト本社のとある部署。ここは専属レイヴンに関する部署だ。
クレストから、至急来て欲しいとの連絡を受けて来てみれば、最初に出てきた言葉はそれである。

決闘

そこに他人の入る余地は無く

一対一……生死をかけた戦い

どちらかが生を手にし

どちらかに死の女神が微笑みかける

「あぁ……君がこの間取り逃したレイヴンから、直々に対戦依頼のメッセージが届いている」
そう言って、男は彼女へとコンピューターの画面を向ける。そこには、一つのエンブレムと共にメッセージが表示されていた。
紳士的とも言える文面。エンブレムは、両手フィンガーのACを駆っていたレイヴンのモノだろう。良く覚えてはいないが。
「あと、これがこの間のACに関するデータだ。戦闘写真からの分析と……個人的な流れで情報を頂いた」
それなりの厚さを持つクリアファイルを男は取り出す。会釈しつつ、それをエレンが受け取る。雫はまだ、食い入るように画面を見つめていた。
「一つ気になるんだが……最後に書いてある『黒色のAC』ってのは、何者なんだ?」
そう言われ、画面をスクロールする。確かに、そこには『あの時の黒色のACも来るように』と書かれていた。
恐らく、ファントムのことだろう。彼が疑問に思うのも無理は無い。彼に関しての報告は一切していないからだ。
彼の意図は不明だが、紛れも無くレイヴン殺しである。彼女の知らないところでレイヴンが殺害されている報告もある。
そんな男が、彼女の援護に時々現れるなどと、簡単に言えたものではない。いい方向に転ばないことだけはわかる。
「……偶然出くわしたレイヴンです……特に関係はありません」
だから、この場はそうやってはぐらかす事にした。
煮え切らない顔で彼は溜め息を吐くが、特に気にしない。気にしている余裕など無いのだ。

「で、どうするの?」
帰路の電車の中で、エレンが唐突にそう言った。突然の発言だったので、雫はつい聞き返してしまう。
「えっ、何が?」
「決闘……受けるの?受けるにしても……ファントムのことはどうするつもり?」
神妙な面持ちで彼女は問う。吸い込まれそうな瞳が、雫を覗き込んでいた。
決闘は、もちろん受けるつもりでいる。ファントムを連れてくることを指定している上に、その相手としてあの男が来るようなのだ。
だが、ファントムに連絡する方法など持っていない。一人で二人を相手にすることになる可能性が圧倒的に高いのである。
そうなれば、どちらが戦わないのか、それともどちらとも戦うのか。彼女の標的が唯一である以上、そのどちらの状況も避けたい。
「もちろん、受けるつもり。あいつを殺すと……兄さんに誓ったんだから。……だけど」
一瞬の間を置いて、彼女は言う。消え入りそうな小さな声が、エレンの耳にギリギリ届く。
「ファントムの力を借りるわけにはいかない……そもそも借りる方法すらない。
あいつは気まぐれにしか現れないし、こちらから連絡することも出来ない。だったら最初から私一人でやる」
彼女の眼には決意の炎が燃えている。確実に仇を討つと言う、決意の炎が。
エレンはまた誓う。その炎が消えないように、見守ろうと。


「ひっでぇ荒れ様だなぁ……」
口に咥えた煙草を落とさないように呟く。黒衣に身を包んだ男が、冷たい空気に満ちたガレージの通路を歩く。
ファントムは、元使っていたガレージに戻っていた。残したパーツを出来る限り回収するためである。
連中が荒らしまわったのか、ガレージは至るところがボロボロだった。パーツが生きて残っているかどうかも怪しい。
元々、一個でも残っていたら儲け物程度にしか考えていなかったが。
注意して鼻を利かせてみれば、漂うのは火薬の匂い。あれから数日しか経っていないが、その間に爆発があったと予測される。
恐らく中心を大きく抉られているだろう。中心に近づくにつれ火薬の匂いは強くなっていく。
こうなると、パーツが残っている可能性もかなり低いだろう。しかし、新しく入手するのも面倒だ。
企業に動きを悟られないために、普段から襲撃によってパーツを得ている所為である。
無論それなりのルートを介せば正規に入手できないことも無い。だが、その分割高になることも勿論だ。
だからこそ、残っているものは最大限に利用する。
「何か残ってるといいんだがな……」
手配した輸送部隊を待たせるわけには行かない。彼は急ぎ足でパーツ格納庫へ向かった。

無残な形へと変形し、恐ろしく黒焦げた鉄扉をこじ開けた先は、広く冷たいAC格納庫だ。
自分が駆るACは、AC搬入口のすぐそこに置いてある。輸送部隊もそこで待機中だ。
搬入口の大扉のスイッチを押す。ゆっくりと音を立てて開き、光がガレージへと射し込む。
少し眩しい日差しを浴びて、眼を一瞬細める。すぐに光にも慣れ、次の工程へと移る。
作業員へと指示を促し、パーツ保管庫へと足を向ける。同じように半壊気味の扉をこじ開け、中へと進む。
「……こりゃひどい」
つい出てきた言葉は、それだった。それほどに、これは悲惨な状況と言えたのだ。
ハンガーに残されたいくつかのパーツも、ほとんどが爆発の被害を受けて使い物にならなくなっている。
修理すれば何とかなるかもしれないが、これだけの数のパーツを正規ルート以外で修理するとなると、とんでもない金額になるだろう。
想像するだけでゾッとする。もう使えないパーツは放棄して、使えるパーツのみ回収するしかないだろう。
ざっと見回しても、ほとんど残っていない。武器に至っては、レーザーキャノン一本のみだ。
後は内装品がいくつか。外部パーツでは、コアは全滅で、頭部や腕部がいくつか残っている程度。
想像以上にひどくやられている。無駄足ではないだけ幾分マシではあるが。
「まぁ……キャノンが残っていただけマシだと思うか……」
そう言うと、作業員へと指示を出す。動き出した作業員たちが、格納庫から残った数少ないパーツを搬出する。
ファントムはそれをじっと見守った。ついでに、今後の動きについて考えてみる。
(とりあえず……戻ったらACの組みなおしだな。パーツはほとんど残っていないが……)
前回は、ものの見事にあの男に逃げられた。邪魔が入ったのもあるが、奴は一部の武器をパージして機体を軽くしていた。
格納装備を持たない彼は、武器をパージするわけにも行かなかったのだ。
機動性を上げるために、フレームを変更するか、内装を変更するか、武装を軽くするか。選択肢はいくつもある。
だが、フレームはほとんど残っていない。となると、武装か……内装か。
「お?」
そこまで考えて、あるパーツが目に入る。それを目にして、彼は少しにやけた顔をした。

2種類の資料と睨めっこをしながら、雫は唸っていた。
片方の資料には、白い4脚AC『メイズジャンクション』が。もう片方に、オレンジの4脚AC『バーンアウト』が載っている。
あくまで彼女のターゲットはバーンアウト。しかし、恐らく戦闘になればメイズジャンクションと戦う羽目になるだろう。
前回の続き、とメッセージに書いてあった以上、そうしなければならないのだ。
(奴と戦うには、先に白い方を倒せ……ってことになるのかな)
そう思うと、自然と溜め息がこぼれる。連戦など望んではいないし、元々白い方には用が無い。
ファントムが割って入る可能性も、無いとは言えない。限りなく低いものだとは思いたいが。
仮にファントムが割って入ったとしても、自分が奴を狙えばいい話ではある。ファントムより先に、奴を狩る。
既に、彼女の思考では戦いが始まっていた。綿密なシミュレートを展開させ、確実に殺る手段を考える。
「……はぁ」
溜め息をこぼし、ベッドへと倒れこむ。両手に収まっている資料が、空を舞うか舞わないかのギリギリで遊ばれる。
どうにも上手くシミュレートできない。機体のアクが強すぎる二機が相手だから、どういった戦闘が展開されるのかいまいち想像が出来ない。
特に、火炎放射を持った奴はまだ戦闘したことがない。残っていた戦闘写真もたった一枚で、敵のアセンブリを全て理解するには至っていない。
そこを個人的な流れで情報を得たのだろうが、それもかなり少ない。まぁ火炎放射器と言うからには接近戦なのだろうが。
そこで、あの記憶が蘇る。彼女が見た、悪魔降臨の瞬間。
(……兄さん)
気が付けば、瞳に浮かぶのは涙。頬を伝って落ちて行くそれが、ベッドをわずかに濡らす。
すぐにそれを袖で拭い、起き上がる。誰にでもなく頷き、もう一度資料へと目を向ける。
(あいつを……絶対に殺すって決めたんだから)


『まもなく、作戦領域に到達します』
いつもと同じ声が、通信機越しの声で響く。日もほとんど落ちた暗い戦場が、視界に入ってきた。
ゆっくりと目を閉じ、精神を集中させる雫。エレンは、そんな雫に静かに声をかける。
『インペリアル……いえ、雫。絶対に……絶対にあいつを、叩き潰してください』
仕事と変わらないその口調に、熱い想いが混じる。小さな声でうんと頷き、雫はその目を見開いた。
視界に映る二機のACから、ある程度の距離を置いて一機のACが投下される。
真紅を纏う駿馬が、戦乙女の駆る駿馬が、大地に降り立った。
(スレイプニル……行くわよ)


「行くんですか……?」
心配そうな顔が二つ、男を覗き込む。
「……レイヴンを殺すためにな。……安心しろ、生きて帰ってくる予定だ」
とは言っても、彼女の瞳には少し涙が浮かんでいる。その彼女の服の裾を掴んで話さないシェンナも、涙は無いが心配そうな表情だ。
一瞬でも「危険な相手」と言ってしまったのがまずかったか。危険とわかれば、過剰な心配をすると知っていたはずだったのに。
だが、動かないわけには行かない。レイヴンを殺す……そのために。
ゆっくりと振り向き、ファントムはACへと向かって歩く。少しシルエットが変わったそれへと、言葉を投げかける。
(頼むぞミスティック……新生した力を、信じてるぜ)
遠くなる背中を、シーナはずっと見守っていた。


さぁ……
聖戦の始まりだ……




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