同胞が、死んだ。それは突然の知らせだった。
何でも、いつも通り奴らのことを調べていたところ、仮面を被った連中に襲われたらしい。
例のテロリストが嗅ぎつけたのか、それとも裏にいた企業が彼を消したのか。
何にせよ、一つだけわかることがある。追いかける連中は、あまりに危険すぎる。
明日は我が身か、怯えて逃げ出す同胞を尻目に、彼女は復讐する。
兄の為、そして自分の為に。
「セイ、ラミー……あなた達の想いは、私が受け継ぐ。だから……ずっと見守っていてね」
無念の想いを抱き、消えていった同胞の為にも、彼女は戦わなければいけなかった。
墓前に供えた花が、月光を浴びて妖しく揺れていた。

次の日の朝

「…………っ!!」
声にならない叫びを上げ、凄まじい勢いで飛び起きる。
久方ぶりに、ひどい目覚めを味わった。
いつかの惨劇の夢のようなものではなく、ただただ、カラスが鳴き続ける夢。
鳴り止まぬ心臓が、不安を告げる。不吉な予感がした。
「……仕事……行かなくちゃ……」
ベッドから這い出て、立ち上がる。全身がとてつもなく重かった。

クレストとミラージュ……両企業の抗争は激化する一方だった。
所詮手駒でしかない専属のレイヴン達は、その抗争を止めることも出来ず、企業間の下らない戦争に駆り出される。
雫も、その中の一人として、今戦へと向かおうとしていた。
担当事務所より拝借した資料を流し読みしつつ、クレスト本社の廊下を歩く。
今回相手をする敵ACの情報や、相手をする場所の情報などが載っていた。
当日、それも直前になって確認するのもどうかと思うが、それを流し読みするのもどうかと思う。
あまり詳しく確認している時間が無い、と言えなくもないが、せめてもう少し目を通して欲しいとエレンは隣で考えた。
これは戦争だ。企業の犬、ただの手駒であったとしても、命のやり取りなのだ。
たとえ企業が、一人の戦力をどう思っていたとしても、失いたくない。彼女は、大切な人だから。
ふと、エレンが足を止める。前を歩く雫の後姿が、儚く映る。
「ん……?どうしたの?」
視線を資料から立ち止まるエレンへと移す。少々俯き加減で、何か煮え切らない表情をしていた。
小さく首を振って、彼女は答える。
「ううん……なんでもないよ」
昔からそうだ。彼女は、嘘があまり上手ではない。だけど、無理に探るのも野暮な話だ。
だから、追求しない。ある意味で、それは正しい選択だったのかもしれない。
エレンは、脳が映し出すその心配事を全て揉み消した。そうならないように、彼女を守ることが先決だからだ。

輸送機の内部は、終始無言だった。時々、凛とした声で業務的な言葉が飛び交うのみで、機内はある種混沌とした空気だった。
雫は、ずっと資料を見つめ続けている。エレンは、機械を操作して何かしていた。どこからか情報を引き出しているようにも見える。
(私は……一体何をしているんだろう……)
途端に、雫の瞳が虚ろな色を帯びる。今、戦場に向かう一羽のワタリガラスが悩む。
復讐のため、そう言って彼女はレイヴンになった。なのに、実際はどうだ?
(本当に……ただの手駒よね……)
そんな自分の姿が、ひどく滑稽だった。企業に踊らされ続け、自らの目的は未だ果たされない。
いつからだろう、こんなに無益な活動をしているのは。本当に、涙が溢れそうだった。
疲弊した脳細胞を、エレンの澄んだ声が活性化させる。作戦領域は、既に目前に迫っていた。
無言で立ち上がり、搭乗口へと向かう。エレンも、なんと言葉をかけていいかわからなかった。

復讐とは、彼女の生きる糧。彼女は、それだけを目的に今を生きる。
決して殺しを糧にしているわけではなく、標的はただ一人。3年前の、あのレイヴン。
だが今、彼女の心を虚無が支配する。全く進展の無い復讐と、クレストの手駒と成り下がった自分に苛立ちを覚える。
企業同士の、くだらない戦争に付き合わされるカラス達は、ただただ鳴き続けるしか出来なかった。
誰の為でもなく、自分達を鳥籠の中へ閉じ込める、主の為に。

不快な想いを抱き、訝しげな表情でACのシステムを起動させる。
MT部隊と共に、砂漠の上に降り立った。
本社が、いないよりはマシだろうと言って寄越した戦力。
一体いくら貰っているのかは知らないが、手駒として踊らされる自分が悔しくないのだろうか。
いや、やはりわかっていて入社したのだろう。彼らは、雫とは違う理由でクレストにいるのだから。
と、ここで視界の端に輸送機が映った。ターゲットのお出ましだ。
敵ACが降り立つと共に、その鈍い着地音が開戦の合図となる。
それは、今の彼女には消えた同胞の、その英霊の角笛のようにも感じられた。
士気を鼓舞するその音が、彼女を戦闘へと駆り出した。
『残念だけど、あなたには死んでもらうわ』
冷徹に、凛とした声がそう告げた。
戦乙女が、飛翔する。

『やっぱりクレストの連中か……』
白い4脚のACが、小さくそう呟いた。ある程度予測していたと言うのだろうか。
だからどうと言うわけではないが……いや、やはりそれなりの対策は講じているのだろう。相手の射程外で様子を伺いつつ、旋回する。
距離圏としてはミサイルが気がかりなところだが、幸いにも相手は特殊なミサイルを使用しているようだった。
趣味としか思えない、異質な組み合わせ。腕には特殊なマシンガン『FINGER』を装着しているようだ。
(うかつに接近するのも少々危険か……かと言って距離を離してもこちらの攻撃が……)
ライフルとイクシードオービットのみでは、火力として若干物足りない感じだ。いや、若干どころの話ではないか。
主力をブレードとして扱っている以上、過度の接近は免れない。そして、相手は近距離戦に特化しているように見える。
(どうするべきか……)
このまま距離を維持していた所で、事態は進展しない。相手も事態をある程度予測していたようだし、増援が来ないとも限らない。
ここはMT部隊を最大限に利用するのが得策、と彼女は判断する。
部隊へと信号を送る。あらかじめ用意されていた作戦の合図だ。
それに呼応し、MT部隊が散開する。数に任せて相手を取り囲み、攻撃を開始。現時点で最も楽な方法だろう。
目をMTへと向けた瞬間に、ブレードで斬りかかる。その隙を求めて、雫はじっと目を凝らした。
『ちっ……面倒な連中だ……!!』
独特な枯れた声を響かせ、男が舌打ちをした。と、それに合わせてACが飛行する。
彼なりに導き出した戦法なのだろう。その肩に装着されたチェインガンでMTを狙う。
(強化!?)
空中でそれが可能なのは、強化手術を施された人間のみである。
どうやら、相手はその強化人間のようだった。
しかし、今こそチャンス。相手がMTの撃破に必死になっている今こそ、接近してその一撃を叩き込むべき隙なのだ。
旋回を停止させ、素早く飛翔する。相手に高度を合わせ、ロックオンサイトへと収めた。
同時にオービットを使用し、瞬間火力の増加を狙う。
『させない!!』
と、短く気合いを入れる。そして、数発の発砲。
確実に相手を捉え、ダメージを与える。そのまま接近し、一撃を叩き込む。
エネルギー残量に危険を感じ、一旦地上へと戻る。見れば既にMTが一機やられているようだった。
(さすがにMTじゃ厳しいか……)
相手は強化人間だ。並みのレイヴンでも苦戦を強いられるのに、MT如きが敵うとも思わない。
本当の意味で、捨て駒である。なぜ、この任務を受ける気になったのか、是非とも聞きだしてみたいものだった。
それも、死なれては意味が無いのだが。だが、無理に生かすことも無い。報酬には変動がないのだから。
それがレイヴン……そう彼女は考えていた。それでも……。
『逃げなさい』
戦場に響いたその声は、全ての者の動きを停止させた。
何が起こっているのかわからずに、敵も、MT部隊も硬直する。
そんなことは気に留めず、彼女は続けた。
『私一人で戦える……ここで命を粗末にする必要は無いわ』
冷静に彼女はそう告げる。誰もが耳を疑ったのは、まず間違いない。
無用な死者を出したくは無い。兄と同じで、彼女も根は優しいということか。
時として、任務遂行の妨げになるそれは、ひょっとしたら邪魔な感情かもしれない。
だけど、それが雫……それがレイヴン『インペリアル』なのだ。
生きる為には殺す。けれど、無用な死を招かない。まったく、レイヴンらしからぬ少女だった。

『まったく、とんでもない奴だなお前は』
静かになった砂漠に、二機のACが佇む。MT部隊は輸送機へと戻り、今はこの二人が対峙するのみだ。
わずかに笑いを含めた男の声が、妙に癇に障る。と言うか、嘲笑的な部分も含まれているのだろう。
『あのまま戦っていれば、多少は楽できたものを。まぁ……仮にあのままでも、お前になんぞ負けるつもりは毛頭無いが』
お互いに、自身に満ち溢れているようだ。このような場面で弱気になるレイヴンなど、長くはないだろうが。
『あなた一人殺すのに、余計な死者を出す必要は無いわ』
まったく、互いにいい性格をしている。相手も、戦士の端くれだ。退避するMTにまったく攻撃を加えずに、態勢が整うのを待っていた。
今行われようとしているのは、戦争ではない。レイヴンとしての、意地をかけた『勝負』だ。
『一撃分ハンデがあるが……この際目を瞑ろう。それでは……行くぞ!!』
軽装フレームで包まれた4脚ACが、全速力でぶつかって来た。全神経を敵ACへと集中させ、勝負の世界へと意識を移行させる。
相手の突撃を見切り、ひらりと横へ回避。そこまでは流石に敵も予測していた事態だろう。肩のチェインガンを構え、旋回する。
マルチブースターを使い、素早く相手の上空を飛び越えた青いACが旋回し、ロックオンサイトへと敵を収める。
数発の発砲と、オービットによる追撃。一撃は微々たる物だが、積み重なればかなりのダメージとなるはずだ。
ブレードを狙って接近するが、流石に4脚ACの旋回はかなりの速度だ。両の腕に装備されたマシンガンで撃ち抜かれる前に、素早く距離を取る。
『ちょこまかと……!!』
肩と、エクステンションのミサイルを発動させる。誘導式の低速マイクロミサイルに連動魚雷といった妙な組み合わせだ。
果たしてその組み合わせは、有効と言えるのだろうか。だが、結局は回避すれば同じことなのである。
(とは言っても……!!)
妙にやりにくい組み合わせだ。魚雷の発動に警戒しつつ、マイクロミサイルを回避するのは若干神経を擦り減らすものだった。
ブレードを狙いに接近するのも、相手のAC構成があれなのでどうにも接近し難い。
(イチかバチか!!)
マイクロミサイルを横目に、前方へと飛び出す。魚雷を上手く飛び越え、そのまま突撃する。
その動きに反応し、相手がマシンガンを構えた。肉薄と同時に、マシンガンのマズルフラッシュが視界を一瞬遮る。
それでも、予定された動きに支障は無い。数発の弾丸を受けるも、素早く横へと回り込む。
そして一歩踏み込み、抜刀。激しい音と共に、青い閃光が敵ACの右腕部から脚部にかけて大きな傷を走らせる。
そのまま、相手の背後へと向けて移動。それをさせまいと、相手も引きつつ旋回する。
チェインガンをばら撒きつつ、白色のACが距離を離す。それに食らいつくように彼女が追いかける。
弾丸を回避するのに余計な運動が入り、少しずつ距離は離れていった。
そして、再び襲い来るミサイルの群れ。攻撃を一旦停止させ、回避に専念する。
『ふんっ……やるな、貴様……』
再びチェインガンを構え、接近しつつばら撒く。応戦するようにライフルを撃ち、距離を詰められないように回避する。
(久しぶりに……楽しめそうね……!!)
瞬間、轟音と共に弾丸が飛来した。
『……ッ!?』
突然の事態に、一瞬目を瞑る。が、被弾したのはどうやら自分ではなさそうだ。
見れば、白いACの右腕が吹き飛んでいた。ダメージが右腕に集中していたこともあったのだろう。
そして、弾丸が飛来した場所を振り向く。この手口、彼女の記憶には一人しか思い当たる節が無い。
『……勝負に水を差すとは……大した根性じゃねぇか……』
静かな怒りを燃やし、白い4脚ACもそちらを見た。そしてそこに一機の黒いACが飛来する。
禍々しい、死神を髣髴とさせるエンブレム。そして、暗黒の鎧に身を包んだ悪魔が、降臨した。
『何しに来たの』
あくまで冷静に、そう問う。彼女も、答えはわかっているはずだった。
『決まっているだろう。そいつを殺す』
ただ一言、ライフルを構えてそう言った。予想通りであり、好ましくない事態だった。
『増援か……2対1とは……随分と卑怯な真似をしてくれる……』
チェインガンを構えつつ、少しずつ後ろへと後退するAC。さすがに撤退を考えたか。
しかし、彼がそれを許すはずが無い。彼は、レイヴン殺し『ファントム』だからだ。
OBを発動させ、急速に接近する。ライフルを数発発砲しつつ、相手の頭上を飛び越えた。
『ちっ!!』
マシンガンとチェインガンで弾幕を張り、対抗する。しかし軽く回避され、裏へと回られる。
瞬間、左腕のブレードが光る。オレンジの閃光を走らせながら、大きく振りかぶって一閃。
直感的に、ジャンプした。閃光は空を斬り、そのまま4脚ACへ背後を譲る形になる。
『死ねぇ!!』
チェインガンを連発で撃ち込み、マシンガンで更なるダメージを与える。
流石にこのダメージは手痛かった。すぐにオーバードブーストを発動させ、急速離脱する。
マシンガンも弾丸が切れたようで、装備を解除して、コアに格納されていたブレードを取り出した。
『待ちなさい!!』
と、ここで今まで傍観していた雫が叫んだ。やはり、雫としても勝負の最中での乱入には少しだけ腹が立っていたのだ。
しかし、事態は更に急変する。その場にいた全員のレーダーに、新たな機影が映った。
高速で接近するそれは、雫の後ろからやって来ている。
『増援!?』
振り向けば、先程のファントムのように佇む4脚タイプのACがいた。
『苦戦してるようだな……助けに来てやったぜ』
オレンジ色のACが、そう告げる。それは雫にとって、悪夢を起きながらにして見ているようなものだった。
炎の中央に焼かれた男が佇むエンブレム。そして、両腕に装着された火炎放射器が、妙に存在感をアピールする。
(あのAC……!!)
忘れるはずが無い、そのシルエット。3年前の記憶が、一気にフラッシュバックする。
操縦桿を握る腕が、ガクガクと震える。全身に悪寒が走り、動きたくても動けない。
歯をギュッと食いしばり、自らへと気合いを注入する。キッっと前を見つめ、動き出す。
『……私は!!』
瞬間、雫の横を一機のACが駆けて行った。漆黒の、中量2脚ACが。
今まさに飛び出そうとしていた雫は、一瞬何が起こったのかわからなかった。
瞬く間にファントムは敵ACへと接近し、ブレードで斬りかかる。
『ファントム!!そいつは……!!』
私が殺す。そう言いかけたが、ファントムの叫びに全て遮られた。
『死ね……レイヴン!!』
ブレードでの追撃、更にリニアを交えて攻撃する。しかしヒョイと回避し、仲間へと伝言する。
『おっと危ない……すまん、そっちは任せたぜ』
オーバードブーストを作動させ、ファントムを引き連れて別の場所へと移動する。
追いかけるようにファントムもオーバードブーストで消えていった。
『待ちなさい!!そいつは……そいつは私が!!』
雫も、追いかけようと試みる。だが、オーバードブーストを搭載していないACで追いつけるはずが無かった。
それでも、彼女は追いかけた。兄の仇を取るために……この手であいつを斬ると、その誓いを果たすために。
取り残された白い4脚のACは、しばらくずっとそこにいた。
彼の視界に、彼女を追いかけて飛んでいく輸送機が映る。
『興が冷めた……またいつか、決着をつけるとしよう……』
輸送機とは反対の空へ、彼は消えて行った。

砂漠のど真ん中で佇む雫は、すぐに発見された。
いくら通信で呼びかけても返答は無く、ずっと涙を流す声だけが聞こえ続けた。
強引にACを回収し、帰還する。その輸送機の中でも、彼女はずっと涙を流し続けた。
運命か、それともただの偶然か。彼女の中の、消えかかっていた憎しみの炎が、再び燃え上がった。
「絶対に……この手で……!!」
涙に混じって、彼女の決意の声が響く。

決戦は、目の前だ。





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