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あれから一年が経過した。
様々な場所を巡り、追っ手の襲撃から逃れる男は、またこの町に戻ってきた。
今回は、依頼を一つ受け取ってここにやってきた。
依頼の内容は、酒場で落ち合った時に話されるそうだ。
報酬も、その時に相談する。やばい物を引くかどうか、まだわからない。
(ま、その時はガッポリ頂いてやればいいだけだが……)
表のバーで話すわけにもいかない。少々身の危険は増すが、裏のバーへ向かうことになる。
いつか通った裏通りを、周辺に目を配らせつつ歩く。
時々見える、ストリートチルドレンのような風貌をした者が、こちらを睨んでいた。
(いつの時代も……ひどいもんだ……)
極力目を合わせないように歩く。それでも、敵意だけは逃さないように意識し続ける。
常に神経を擦り減らすような行為だが、最早慣れてしまっていた。
口の端から立ち昇る白い煙が、空に吸い込まれて消えた。
先端のオレンジが、暗い裏通りを弱々しく浮いていた。

何事もなく、バーに到着する。街灯もない裏通りのバーは、看板の明かりが鮮やかに見えた。
それも、頼りないほど弱々しい物ではあるが。
一昔前のテキサスを思い出させるような扉を開き、店の中へ進む。やはりこの扉は雰囲気作りだろうか。
店はそこそこ賑わっているようだった。
満員とまではいかないが、それなりの客の数。
ゴロツキの様な風貌が多いところを予想していたが、そうでもないようだ。
確かに、表のバーに比べればそういった輩が多い。それでもまともな人間もいるようだった。
「いらっしゃい」
初老のマスターの口から、そう言葉が出てくる。
見回してみても、クライアントらしき人物はまだ見えていない。
腕時計を確認する。時間まで後10分あった。
クライアントに指定された席に腰を下ろす。カウンターの一番奥の席だ。
周辺に座っている客はいない。事前に指示されているのだろうか。
いや、そもそも客自体そこまで多くはない。裏のバー故なのか。
裏といってもやばい営業をしているわけではないと思うが……。
そうこう考えていると、目の前にグラスが置かれた。
透明な液体に満ちた、一杯のカクテル。
「依頼主の方から、それらしき男が来たら一杯サービスを、と」
かすかに香るライムの芳香が、鼻腔を刺激する。
ゆっくりとグラスを持ち上げ、氷を鳴らし返事とした。
ラジオから流れるジャズに、耳を傾ける。それしかすることがなかった。

待つこと数分。二杯目を注文した辺りで、クライアントが現れた。
「すまない。待たせたな」
彼とさほど変わらない年齢だろうか。凛々しい顔立ちをした男だった。
髪はオールバック。羽織っている黒いコートが印象的だ。
「マスター……いつもの頼む」
シェーカーを振るマスターにそう告げ、クライアントは彼の隣に腰を下ろした。
グラスに注がれた白いカクテルが、彼の前に置かれた。
それと同時に、クライアントの男はコートの内ポケットへと手を伸ばす。
グラスへ手を伸ばす、それと同時に咆哮が響いた。
ダンッ!!
全てが停止し、ラジオから流れる静かなジャズだけが店内に響く。
焼けた火薬の芳香が、鼻をくすぐる。カウンターに一つ、小さな穴が開いていた。
クライアントの男の手には、拳銃が握られていた。
「……なんの真似だ?」
決して動じることなく、カクテルを口に運ぶ。
視界の端で、静かにカクテルを作るマスターが見えた。
ふん、と溜め息を吐き、男は銃を懐に戻す。
「ちょっとした度胸試しだ。こんなことでビビるような人間に、依頼なんざできん」
それもそうかも知れない。だが普段からそういったことに慣れている彼には、まったく無駄な行為だった。
「マスター……今の音、何で……す……か?」
弱々しい声で、それでいて言葉の最後にはブレーキがかかっていた。
店の奥から現れた一人の人物は、その視線がある場所で停止する。
「……シーナ……?」
紛れもなく、一年前に出会った少女だった。

「お久しぶりですね」
ぶっきらぼうに、顔を合わせることなく彼女は言う。
たった何度か会っただけで、そうフレンドリーになるわけではないが。
とりあえず、いくつか聞きたいことがあった。
そのために、クライアントには一旦席をはずしてもらうことにした。
「丁度一年前ぐらいか……今はここで働いてるんだな」
ひょっとしたら、複数のバイトを掛け持ちしているのかもしれない。
と言うかそう考えるのが自然なのか。
「向こうの店長の紹介です。ここのマスターは向こうの店長の古い友人だそうで」
なるほど……と、別段それを聞いたところでどうと言うわけでもないが。
それよりも、大事な問題がある。先程よりずっと気になっていたこと。
「……どう見ても成人女性には見えないんだが……それと、その格好はなんだ?」
年齢については詳しく問うた事はない。が、とてもじゃないが20を超えているようには見えなかった。
そしてその格好……なんと言うか……。
「……気にしないでください。そこは乙女の秘密ということで」
適当にはぐらかされてしまった。言及するつもりは特にないが。
「この服は……えっと……その……」
静かに、ゆっくりと視線の向きを変えていく。
追ってみると、その視線はマスターへ向いていた。
どうやら、趣味らしいな……。
「まぁ、前も言ったがお前の行動にとやかく口を出すつもりはない」
空になったグラスを置き、続ける。
「人の金の稼ぎ方なんぞ、興味はない。……俺も褒められたようなものではないしな」
マスターに次の酒を注文し、一つ溜め息をこぼす。
彼女はその姿を眺め、黙り込んだ。
途端に二人の間には会話が無くなる。なんとなく、口を開くのが躊躇われる空気だった。
そうしていると、白い液体に満ちたグラスが置かれた。
『ありがとう』と小さく告げ、口に含む。彼の好きな、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
少女が胸の前で手を結び、ちょっとだけ自分を勇気付ける。彼に向かって、口を開いた……。
「そろそろよろしいかな?仕事の話に戻りたいんだが」
痺れを切らせたのか、クライアントが戻ってきた。そう長いこと話していただろうか。
彼女の方を見ると、仕事に戻ったようだった。何やら雑用めいた事をしている。
「あぁ、すまない。つい話し込んでしまった」
そう言うと、クライアントは何も言わずに席に座る。手には先程とは違うカクテルが握られていた。
その真っ赤なカクテルが、なんとなく嫌な思い出を思い出させる。
確か名前は『エル・ディアブロ』だったか。その名前も、彼は少々気分が良いとは言えなかった。
「で、仕事の話に戻るが……」
そう言うと、コートのポケットへと手を伸ばす。そこから出てきたのは、小型の端末だった。
何度かキーを押し、その画面をこちらへと向ける。そこには、様々な情報が書かれていた。
「輸送機の手配はこちらでしよう。目的は、研究所の制圧だ」
声のトーンを落とし、出来る限り声が他に渡らないように話す。
画面に表示されているマップには、目標となる研究所の外観が映し出されている。
「手順を説明する。まず外の砲台、警備隊の排除は我々が行う。
その後、我々がMTに搭乗し、研究所へ侵入する。その際に先行し、守備隊の排除をお願いしたい
研究所を制圧し、全てのデータを盗み終え脱出するまで、警戒を怠らないように。その後脱出すれば、晴れて任務完了だ」
話しながら端末のキーを押し、様々な情報を次々に表示させる。
そう難しくはないだろう。あまり大きな稼ぎは期待できないか……。
「報酬は20000c用意した。こちらの財力もそう大きくは無いので我慢して欲しい。
なお、依頼の遂行具合によって減算・加算は覚悟して欲しい。以上が今回の依頼の内容だ」
……ランクとしては中の下ってところか。
実際に現地へ赴いてみないことには、何が起こるかわからない。
しかし、そう難しい内容ではないだろう。多いとも少ないとも言えない報酬が、それを物語る。
気になるのは、彼らが略奪を試みようとしているデータとやら。
それ相応の金になるのだから彼を雇おうと思っているのだろうが、その内容の重要度によっては、警備体制もある程度変動する。
「……まぁいいだろう。それで手を打とう」
とは言っても、あまり気にしていられない。
散財が多く、依頼の少ない彼にとって貴重な収入源だ。
そう依頼を選んでいられないのが、悲しいが現状である
空になったグラスを見つめ、少し考える。今の内に、聞いておけることだけ聞くとしよう。
マスターに次の注文をし、男の方を向き直る。
「いくつか質問させてくれ」
クライアントは一瞬渋り、OKの返事をする。ついでに彼も次の注文をした。
「研究所の所有者は誰だ?」
自分の前に置かれた琥珀色の液体を見つめ、言う。
映し出された自分の顔がなんとなく嫌で、一気に飲み進めた。
「キサラギ……しかし研究内容が特殊すぎて、末端の連中しかいないそうだ。
本社にもやや見放され気味の研究らしい。……正直、金になるかと言えば微妙なところだな」
クライアントの前にもグラスが置かれる。趣味なのか、またも赤に近い色をしていた。
いや、どちらかと言うとピンクに近いだろうか……。まぁどうでもいいが。
「金になる望みが薄いのに……なぜ狙うんだ?」
率直に質問することにした。あまり危険なことに首は突っ込みたくはない。
今の内に詳細をできるだけ確認しておかなければ、後で馬鹿を見ることもあるだろう。
「………………」
黙々とカクテルを口に運び、全く口を開こうとしなかった。
完全なる黙秘。
「……まぁ、聞かれたくないのならば聞きはしない。だが、こっちだって仕事なんでな。一応確認したい」
それでも彼は口を開こうとしなかった。
つい溜め息がこぼれる。気づけばグラスはまた空になっていた。
「マスター……XYZ」
さらに注文をする。この日は、何となく酒が進むのが早かった。
さらに沈黙がお互いの空間を支配する。このままでは埒があかない。
「……わかった。あえて聞かないでおこう……」
このまま無言でいるのも意味が無い。仕方なくこちらから退くことにした。
「すまない……」
それだけ言って、目の前のグラスを空にする。
立ち上がると、いくつかの札を置いてこう言った。
「代わりと言っては何だが、この場は奢ろう。
それでは……レイヴン、期待しているぞ……。」
コートを翻し、去っていく。その後姿が何となく小さく見えた。
彼が店を出ると同時に、最後のグラスが置かれる。
すぐに飲んで、店を出ようと決めた。
「……レイヴンだったんですね」
そんな彼に、少女のか細い声が届く。
声のした方向を見ると、何とも言えないオーラを出しているシーナがいた。
「……どうかしたか?」
なんとなく、近寄りがたい雰囲気だった。
つい恐る恐る話しかけてしまう。
「いえ……なんでもありません」
それだけ言うと、彼女は仕事に戻った。決してこちらを振り向くことなく。
心の中に疑問符を浮かべながら、最後の酒を口にする。
爽やかなレモンの酸味が、精神的にも、肉体的にも疲れていた彼を癒した。
(……急に様子がおかしくなった……気のせいか……?)

それ以降、彼女は一度も彼に話かけて来なかった。


作戦決行の前日。生憎の曇り空が何となく気分をブルーにさせる。
一雨来るかもしれない……そう考え、歩調を速める。
向かった先は、一年前……一日だけ世話になったあの店だ。
ドアベルを軽快に鳴らし、駆け込む。急いだつもりだったが、雨の方が一足早かった。
肩も髪も、着ていた服も濡れてしまった。
唯一の救いは、駆け込む少し前に降ったことで、そんなにひどく濡れていないことだけだ。
「とんだ災難だったな……」
天気予報では晴れだった気がしたが……予報なんてそんなものか。
そんな文句を垂れたところで、どうにもならない。とりあえず、目的地に着いたのだからよしとしよう。
「いらっしゃい」
声が、窓の外を見つめる男の背にかかる。
振り向けばそこに、あの時とほとんど変わっていない店主がいた。
「おや、お久しぶり」
どうやら、覚えていたらしい。変わらぬ表情で、挨拶をした。
「覚えていたんですね……お久しぶりです」
とりあえず、握手を求めた。それに応じ、店主も手を伸ばす。
「客はそんなに多くないんでね……悲しいが、一度来た客の顔は大体覚えているよ」
こっちとしては嬉しいが、店としてはやばいのではないだろうか。
まぁ、口に出して言ったりはしない。店主も理解しているだろう。
「それに……彼女と何らかの関係があったみたいだしね」
握手を解き、遠い目をしながら店主は言った。
彼女……シーナから何か聞いているのだろうか。
そこで、ふと気づく。
「……あいつは……今日はいないんですか?」
見回してみても、姿は見えない。てっきりいるものだと思っていた。
彼女に用事があって来たのだが……無駄足だったか。
「シーナちゃんなら今日は休暇だよ。彼女に用でもあったのかい?」
「いえ……そういうわけではありませんが……」
つい否定してしまう。何か余計な勘繰りをされても困るから。
このまま世間話を続けていても仕方が無い。仕方がないが、本題に移ろう。
「今日は、聞きたいことがありまして」
そう、聞きたいこと。そのためにやってきた。
シーナはいない。ならば代わりに店主に聞くまでだ。
「……私が答えられる範囲内なら、答えるよ」
店主はそう答えてくれた。ならば、さっそく聞くとしよう。
「聞きたいこととは他でもない……シーナさんのことです」
そう言うと、店主は微妙に眉を歪ませた。彼は気にせずに続ける。
「何度か関わっただけの、ただの憶測に過ぎませんが……彼女はお金に困ってるんですよね?」
旅人を襲撃する略奪行為……複数のアルバイト。
それだけで、大体の予想は可能だった。金に困っているとしか思えない。
「……彼女を取り巻く環境について、君がどこまで知っているかはわからないが……。
……確かに彼女はお金に困っていると言っていた。確か……妹さんと二人暮らしだと言っていたな」
妹と二人暮らし……両親は既に亡くなっているのだろうか。
ならばその妹を支えることができるのは、姉である彼女のみ……ということか。
(なるほど……だからあんなことを……)
「両親については、私も詳しくは知らない。既に亡くなっているのか……それとも遠くへ出ているだけなのか……」
後者の可能性は限りなく薄いのではないか。なんとなく、そう予感させていた。
「そうですか……わかりました」
それだけ言って、ドアへと向かう。さっきまで降っていた雨は、少し弱くなっていた。
「もういいのかい?」
「……残りは本人に聞くことにしますよ」
振り向かずにそう言った。
ドアベルと雨の音が、店内に響く。
雨の中に消えていく彼の後姿を見て、店主は溜め息をこぼした。

弱い雨をその身に浴び、宿の駐輪場に置いてあるバイクへと乗り込む。
ガレージへと移動する際、その度に移動手段に困っている。それを解消するために最近購入したものだった。
(残りは戻ってきてからだな……)
ここ最近は追っ手との遭遇も少ない、しばらくはここに留まっても大丈夫だろう。
そう思い、明日の依頼で搭乗するACを脳内で構成し始める。
様々なパターンを想定しながら、バイクは街の外へと駆け出していった。

早朝
クライアントが手配した輸送機が到着した。
ガレージよりACを搬出し、輸送機へと搭乗させる。
続いて、彼も輸送機へと乗り込んだ。その際に、今回の行動に関する書類が渡される。
「基本はバーで指示したとおりだ。不測の事態には、その時に最善と思われる方法で独自に対処して欲しい」
書類をめくりつつ、中身を確認する。研究所の内部マップまでご丁寧に用意してあった。
「……OK」
それだけいい、輸送機内の席へ腰を下ろす。
「……オペレーターは雇っていないのか?」
輸送機内には、オペレーターの役割を担う人間の席も用意されていた。
本来なら、レイヴンはオペレーターを雇っているはずなのだが、彼は雇っていない。
「……必要ない。全て自己判断で遂行できる」
それだけ言って、書類に視線を戻した。
そんな彼を見て、クライアントもこれ以上何か言う気が起きなかった。
輸送機が離陸し、作戦領域へ向かって羽ばたいていった。

ACへと乗り込み、目の前の映像に目を光らせる。
既に戦闘は展開されているようだった。固定砲台が火を噴き、反撃の機銃をMTが掃射している。
しばらく見守っていると、砲台は全て沈黙し、敵対勢力は研究所内部だけになった。
『ACを投下する。レイヴン、頼んだぞ』
『了解』
通信機越しの機械のような声。慣れたものだが、違和感は絶えない。
そう思うと、輸送機からACが放たれた。
ブーストを吹かしながら着地し、辺りを見回す。
クライアント側のMTが集結し、既に侵入の準備に取り掛かっていた。
それを見て、覚悟する。
(……よし。やってやるか!!)
研究所のゲートを開き、中へと進んでいった。

内部の警備体制は、外と大して変わらなかった。
やはり本社に見放された末端と言う所か……防衛に資金を費やしている余裕はほとんどないらしい。
AIで制御されたMTを、次々とブレードで突き崩していった。
(かなり手薄な警備だな……)
とても何かを研究している施設とは思えなかった。
そこまで本社に異端扱いされていると言うのか……何を研究しているのやら。
(……俺には関係ないことだがな)
誰に言うでもなく、余計な思考を停止させる。
今は研究所の制圧だけを考えよう。
真っ直ぐに前を見つめ、襲い来る自律兵器へマシンガンをぶち込んでいく。
特にトラブルも無く、すんなりと進軍することができた。
時々後方を確認し、クライアントのMT部隊が付いてきている事を確認する。
進軍は順調に進んでいった。

大きなコンピューターが置かれたフロアに出る。
フロア全体が広く、先程まで狭い通路を通っていて強張った肩が一気に解けた気分だった。
コンピューターを破壊しないように最新の注意を払わなくてはならない。
もとよりそのおかげで、固定砲台が数基あるのみのフロアだったが。
マシンガンで順当に破壊していく。気が付けば残弾数は半分以下になっていた。
(……もう少し弾数の多いものを選ぶべきだったか)
まぁ順当に行けばこの後は帰還するのみである。そうなれば肩の武装のみでなんとかなるだろう。
クライアントの部隊がコンピューターへ接続し、何やら操作を始める。
データを盗み出しているのだろう。
その間、彼は周辺を警戒し続ける。増援が無いとは、想像できないからだ。
(データの入手が先に終われば、仮に増援が来たとしても逃走するのもありか……)
もちろんその際は、MT部隊を先に逃がさなければならないのだが。
ともあれ、不測の事態は常に想定しなければならない。
神経を研ぎ澄ませ、いつでも戦闘体勢に移行できるようにしておく。
『くそっ……プロテクトが複雑すぎる!!』
MTの搭乗者からそんな声が聞こえた。どうやら、すぐには終わってくれないらしい。
意味も無く周辺を歩いてみたり、マップやレーダーを確認してみたりする。
なんとなく、暇なのだ。
『解析完了、データの取得に取り掛かる』
あと少しで終わりというところか……。
急かす訳にもいかないので、何も言わずに待機する。
ビーッ!ビーッ!

警報が鳴り響いた。危険を示す赤いランプが所々に点灯している。
『なんだっ!!』
それなりに、まずい事態になっているらしい。レーダーにも敵反応が出ている。
『急いでくれ。どうやら増援が現れたようだ』
冷静に告げ、戦闘体勢へ入る。後方では、MT部隊が慌しくもデータの入手に勤しんでいた。
ゆっくりと、ゲートが開く。完全に開くと、そこには一機の緑のACが佇んでいた。
『……敵ACを確認……破壊する……』
機械的な声が聞こえる。それは敵ACが放った声だった。
(これは……AI?)
なんとなく、声だけでそう感じ取った。浅はかではあるが、支障はないだろう。
(何であろうと……撃破するのみ!!)
先手を取る。ブーストを吹かし、全速力で接近。
挨拶代わりの一発として、肩のグレネードを叩き込む。
しかし、相手は難なく回避する。どうやら高機動タイプのACのようだった。
両腕にライフルを装備した軽量2脚AC。
目視ではそこまで確認するのが限界だった。
高火力武器……ここではグレネードやブレードを当てていけば問題ないだろう。
側面を取られないように常に相手の裏をかいて移動する。
射撃のチャンスを狙いながら、じっと相手を見据える。
マシンガンで牽制は欠かさない。確実に相手の装甲を削っていくのも、戦術だ。
(動きは悪くない……が、相手が悪かったと言うべきか)
『そこだっ!!』
グレネードが火を噴いた。ついでにブーストを全開にし、急速接近。
火球が、緑のACを捉えた。爆風が視界を遮ったが、感覚を研ぎ澄ませ、相手を見る。
反動でよろめくACに、オレンジの一閃を叩き込む。
これはかなりのダメージになったはずだ。
(よし……このまま終わらせてやる!!)
武器をパルスキャノンへと切り替える。
特有の音を発しながら、敵目掛けて連射。確実に装甲を削っていく。
(よし……とどめを……!!)
『データは渡さん……貴様らなんぞにぃぃぃぃいいいいい!!』
途端、吼え猛る。機械的な声は全く変わっていないが、その声は確実に人の『念』がこもっていた。
(まさか……AIではない!?)
そう思った瞬間に、視界からACが消え去る。レーダーを追うと、コンピューターへ向かって突撃していた。
(こいつ……データごと吹っ飛ぶ気か!?)
すかさず追う。しかし、軽量2脚ACのスピードには中々追いつけない。
(くそ……こうなりゃ!!)
ここで撃てば、コンピューターに流れる可能性が高い。だが、手段を選んではいられない。
グレネードを構え、ロックする。
(決める!!)
轟音と共に、火球が飛び出した。


「あのデータは、一体なんだったんだ?」
帰還する輸送機の中で、そう問う。彼は、精神的に大分参っていた。
表情にも疲れが見える。
「…………」
相変わらず、黙秘を貫いていた。
そんなクライアントの態度を見て、つい溜め息がこぼれてしまう。
「……報酬の増額は期待してもいいのか……?」
こっちはAC戦までやらされたんだ。ある程度予測していたとは言え、予定に無い戦力だ。
多少の増額は、期待させて貰ってもいいだろう。
「……そうだな。申し分ない働きもしてくれたことだ……ある程度の増額は考えよう」
とりあえず、増額は期待できる。その声を聞いて安心したのか、つい夢の世界へと旅立ってしまう。
全身から、力が抜けていった。

目覚めると、丁度ガレージへ帰還したところだった。
ACがガレージへ搬入されるところで、クライアントが用意した作業員が作業をしている。
座席から立ち上がり、輸送機の外へ出た。
「お、目が覚めたか」
リーダー格の男から声がかかる。
「すまない……大分疲れていたようだ」
「いいってことよ。気にするな」
それだけ言って、ガレージの方を見る。
忙しなく作業をする人々。こうして見ると、一仕事終えた開放感を味わうことができた。
ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
仕事の後のこの一服が、たまらなく幸せな瞬間だった。
「報酬の方は口座に振り込んでおいた。確認してくれ」
その声に、「あぁ」と適当に返事をする。
まだ意識が覚醒してないのか、頭がぼーっとしていた。
眠い瞼に、落ちかけた日差しが眩しかった。

既に日は落ち、空には月がポッカリと浮かんでいる。
妙に冷え込む夜だった。
(夏だからって熱帯夜とは行かないか……)
そんなことを考えて、夜の街を歩く。
通りの街灯が頭上から降り注ぎ、彼の白髪を一層白く見せた。
(さっさと宿に戻ろう……)
足を速め、宿に向かって歩く。一刻も早く、睡眠が欲しかった。
それと、白髪を物珍しそうな視線で見てくる奴が何となく不快だった。
(……そんなに珍しいのかね……この髪は)
そんなことを考えていた。どこか皮肉を含んだように、心の中で吐き捨てる。
そこで、考えるのをやめた。さらに歩調を速め、宿へと急ぐ。
そこでふと、目の前の曲がり角から人影が現れた。
「おっと」
瞬間的に、足を止める。ギリギリの所で当たらずに済んだ。
「あ……」
可愛らしい声が耳に届く。その声の主を見ると、紛れも無くシーナだった。
「……よう」
何となく、適当に挨拶が出る。片腕を上げ、気さくに挨拶したつもりだった。
それでも、どこと無く無愛想なのは元々の彼の性格だろう。
と、ここで重要なことを思い出す。
「そうだ……話があるんだが……」
「急いでますので……ごめんなさい」
そう言うと、足早に去ろうとするシーナ。表情、声の調子、共に明らかに不機嫌そうだった。
「っておいおい。ちょっと待ってくれよ」
逃げようとするシーナの肩を、つい思いっきり掴んでしまう。
シーナは、その腕を思い切り振り払い、強く言った。
「近寄らないでください!!私は、レイヴンが嫌いなんです!!」
……彼はしばし放心する。彼女は本気の表情をしていた。
「ふっ」っと、短く溜め息がこぼれる。レイヴンとして、あまりいい気はしない言葉だったから。
「わかったら……話しかけないでください」
それだけ言って、振り返る。ゆっくりと歩き出すシーナの背を見て、しばし迷う。
(なんで……数回会っただけなのに気にかけちまうんだろうか……)
「俺も、レイヴンが嫌いだ」
しばらく迷って出てきた言葉は、それだった。
シーナの足が止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……なぜ?あなたはレイヴンなんでしょ……?」
その疑問を抱くのも当然だろう。レイヴン嫌いのレイヴン。それだけで妙な話だと思ってしまう。
実際に、そう少なくはない話なのだが。
「……レイヴンだけじゃない。企業が……アークが……レイヴンを取り巻く環境全てが嫌いだ。」
淡々と、語りだす。シーナは静かにそれを聞いていた。
「あの事件さえ……無ければ……!!」
つい、力が入ってしまう。歯をギリギリと鳴らすほど、イラついていた。
(あの事件って……まさか……)
その予想は、果たして当たっているのか。
この世界には、レイヴンが関わっている事件も少なくない。
いや、むしろそういった物の方が多いとも言える。
程度は様々だが、実に多くの事件が存在する。
「お前は……なぜレイヴンを嫌う?」
ここで、彼が聞く。自分の事を他人に話すのを嫌う彼は、事件について詳しく話した人間は一人としていない。
それは、シーナ相手でも一緒である。いや、むしろ思い出したくないといったところか。

「……私の両親は、レイヴンに殺されました」
場所を人通りの少ないところに移し、彼女がそう語りだす。
表情は憂いを秘めていた。まぁ……話す内容が内容なので、そういった顔になるのだが。
(まぁ……よくある話といえばよくある話。……だが)
「正確には……私は両親が殺された現場を見ていません。……でも、レイヴンに殺されたことだけは確かです」
煙草に火を点け、咥える。立ち上る白い煙が、少しだけ目に痛かった。
「現場を見ていないのに……か」
普通に考えればおかしな話だが、何かあるのだろう。
大人しく話の続きに耳を傾ける。
「妹が……見ていたんです」
妹。確か二人暮らしだと言っていたか……。
「妹も、ショックで詳しいことは記憶にないみたいで……でも、ACに潰された……と」
……直接潰されたとなれば、惨い事この上ない話である。
市街戦か何かに巻き込まれた……と考えるのが妥当なところか。
「それ以来……レイヴンを憎むようになりました……。
今では……そのレイヴンに復讐するために……お金を……。」
(なるほど……だからあんなことをしていたのか……)
寄りかかっていた壁を離れ、煙草を捨てる。
自らの足で踏み潰し、消化を完了させた。
「……そのレイヴンを追う手段は……あるのか?」
そう言うと、彼女は静かに首を振った。
当然といえば当然か……。ACの構成も、エンブレムも正確に把握していないのだから。
彼女の妹とやらも、ショックで思い出せないと言うのなら、これ以上に難しい話はない。
(だが……)
何となく、力になりたかった。今にも倒れそうな彼女を、何故か支えてやりたくなった。
同じ、レイヴンを憎むものとしてか。それとも、また別な何かか。
何にせよ、彼女に対して言える事は一つ。
「……レイヴンを追うなら、俺が力になってやらんこともないぞ」
気が付けば、そう口に出していた。
涙を流しながら、彼女が俯いていた顔を上げる。
その目には、凛とした顔で彼女を見る男の姿があった。
「俺の手を貸してやる。だから、お前の手を俺に貸せ」
そう言って、彼は右手を差し出した。
その手と顔を交互に見て、彼女は戸惑っていた。
「その……私は……」
手を貸すと言っても、何をすればいいのか。そんな迷いが彼女の決断を鈍らせていた。
「丁度オペレーターが欲しかったんだ。やってみないか?
難しいことは何も無い。俺をサポートしてくれればそれでいい。
その代わり……俺がお前の分も、妹とやらの分も養ってやる。
もちろん、そのレイヴンだって追ってやるさ。……見つかる保障はどこにもないが」
最後だけ弱気だった。だが、どこか優しさを秘めたその顔を見て、シーナは決めた。
何も言わずに、彼女は彼の手を取った。

「そういえば……名前はなんて言うんでしたっけ?」
ここに来て、名前を教えてもらってないことに気づく。
遅いと言えば遅いが、元々こんな関係になるとは思っていなかったせいもあるだろう。
「名前なんて無い。好きなように呼べ」
ぶっきらぼうに、そう言った。彼女の案内で、今はシーナの家に向かっている。
住宅街の、ちょっと奥の方にあるらしい。
「好きなように……ですか」
そう言うと、腕を組んで悩み始めた。
そこまで本気で考えることなのだろうか。
「あ」
何か思いついたらしい。それはいいのだが突然立ち止まられると困る。
彼女は、ゆっくりと口を開く。
「幻……」
そう、呟いた。
「幻?」
疑問符をつけて、そのまま投げ返す。
まさかそのまま名前になるようなことはあるまい。
「……幻のような人ですから。『ファントム』でどうでしょう」
真顔でそう聞いてきた。なんと言うか……困ったものである。
安直も安直……せめてもう少し捻って欲しかった。とは言っても、何でもいいと思っていたので何でもよかったのだが。
「……好きにしろ」
若干呆れたような顔で、そう言う。この瞬間から、『ファントム』と彼女の奇妙な関係が始まった。
「それじゃ、好きにさせてもらいますね。ファントムさん」
わざわざ強調して言うな……と、言ってやりたかった。
「あ、ここです」
どうやら、到着したらしい。そう大きくも無く、小さくも無い家だった。
「ただいまー」
そう言って、彼女が中へと入っていった。
ファントムは、しばらくその家を眺める。
「何してるんですか?入ってください」
彼女の呼ぶ声がして、ファントムは視線を戻す。
「あぁ、今行くよ」
ふと端末を見て、周辺のマップを見る。が、すぐに電源を消した。
(まぁ……こんなのも悪くないかもな)

レイヴン殺しのレイヴン。
そしてそのオペレーターとその妹。
この三人は、一体どこへ向かって歩いていくのか……。




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