暗い、ACのコックピット。
緑に近い色をした計器が、無数に眼前にひしめき合っている。
そしてその奥に映る、今自分の前に広がっている景色。
ほとんど原形をとどめていないACが、画面の中央で、静かにたたずむ。

アツイ……。

まるで最初から何もなかったように、自分の心の中はぽっかりと穴が開いていた。
熱のせいか、思考が回らない。ただわかるのは、目の前で自分の運命を変えようとする何かが起こっていること。
そう、目の前で。

コワレタACト、コワレタココロ。
ソシテ、ウバワレタイチイサナイノチ。

どこからか、機械のような声が響く。不快感が一層巨大化する。
どんどんと膨れ上がる。
同時に、ある種の恐怖が襲って来た。
混乱していく。思考が停止する。ココロが崩壊する。

途端、燃え上がる。


あぁ、そうだ。熱いんだ……。

なんで熱いの……?

     それは、何かが燃えているから。

何が燃えているの……?

     それは、君の目の前に広がるもの。

赤くてなんだかわからないよ……。

     よく見てごらん。ほら、見えるだろう?


少しずつ、見えてくる。
平穏が。日常が。なんでもない一日が見える。
絶望が。恐怖が。例えようのない災厄が見える。
そう、燃えているのは……平和なはずだった日常。

逃げ惑う人々の姿。幼子の、絹を裂くような断末魔。
崩壊する世界の中、一人立っている。

     ナゼ、ボクカラニゲルノ?
     ボクハ……ボクハ……。

何かが、心の中を埋め尽くすように入り込む。
少しずつ、わかってきた。置かれた現状。

     シンジツヲミセテアゲヨウ。
     ホラ、キミノテノナカサ。

真実を探して、僕は僕の前に手をかざす。
そこはACのコックピットなのに、僕の手は血に染まって真っ赤だった。

『ああああああああああああああああああ!!』




「ああああああああああああああああああ!!」
猛烈な勢いで起き上がる。目の前に広がるのは、何もない自分の部屋。
額に小さな汗が流れているのがわかる。手が震えているのが、はっきりとわかる。
荒い息遣いが、静かな部屋にしばらく響いていた。
「……………」
ゆっくりと、呼吸を正常なものに戻していく。だが、どこかまだ息苦しい。
決して暑くはないはず、むしろ涼しいはずなのに、なぜか暑苦しかった。
「チッ……」
舌打ちをし、自分の手を顔の前まで持ち上げる。
いたって普通の、20かそこらの成人男性の手だった。
余計な思考を振り切り、朝食を取るべくベッドから這い出る。
ふと部屋のドアを見ると、そこには一人の少女が立っていた。
「シーナ……」
心配そうに、男をじっと見ている。その視線は、どこか弱気なものだった。
「えっと……叫び声が聞こえたので……その……大丈夫ですか?」
テンポの悪い、だが男を心配する気持ちが垣間見える声。
ゆっくりと近づき、男の顔に触れる。強張っていた顔が、少しだけ緩む。
「ファントムさん……何かあったら相談してくださいね。私はあなたのサポートが仕事なのですから」
それだけ告げて、ゆっくりと立ち上がる。微笑みながら、彼女は去って行った。
それを見て、男……ファントムは心が少しだけ痛かった。
「…………すまない」
もう聞こえない場所にいても、これだけはどうしても言わなければならなかった。

まだ目覚めきらない脳を覚醒させるため、シャワーを浴びる。
いつもと変わらないはずなのに……なぜか冷たく、重く感じる。
「…………クソッ」
誰に言うでもなく、吐き捨てる。心の中を支配する、この靄を。
本来の色が落ちた白髪が、首に纏わりつくようだった。
苦しい……。
ファントムは嗚咽を抑えながら、なんとも言えない、安らぎと不快感の共存をしばし味わった。

トーストにバターを塗り、齧る。
どんなに紛らわせようとしても、今朝の夢が頭から離れない。そのせいで味も把握できなかった。
たぶん……いや、絶対不快そうな顔をしているはずだ。
テーブルの対面に座る少女が、自分の表情を見て固まっているのがわかる。
「お兄ちゃん……どこか痛いの……?」
食事する手を止め、疑問を投げかける。どこか寂しそうな目をした少女。
彼女は、シーナの妹。まだ10歳くらいの幼い少女。
彼女はファントムのことをお兄ちゃんと呼ぶが、血は決して繋がっていない。
「いや……なんでもないよ」
心配をかけまいと、ついそう言ってしまう。彼女は心配性だから。
本当は、押しつぶされそうなほど辛い。だが、弱い部分を見せるわけには行かないのだ。
(……俺がしっかりしないと……いけないんだよな)
自分に言い聞かせ、再びトーストを口にする。
彼女のおかげか、少しだけ心地よい瞬間だった。

レイヴン殺しのレイヴン『ファントム』
その同居人『シーナ』とその妹『シェンナ』
この三人の奇妙な関係の始まりは、1年半前に遡る。


荒廃した裏通り。
崩れた廃ビルの欠片で歩きにくくなっているその道に、男は立っていた。
「…………」
どこか気だるそうに立ち尽くす。その肩には彼の荷物と思しき物があった。
煙草を取り出し、口に咥える。ポケットからマッチを取り出し、素早く火を点けた。
しばし火を眺め、口元へ持ってくる。煙草の先端に着火し、もう一度その炎を眺めた。
少しの間の後、マッチを投げ捨てる。そのまま踏み消し、男は歩き出した。
(……寒いな)
白い煙を吐き出しながら、星の見えない空を見上げる。
月も雲に隠れ、ほとんど暗黒に等しかった。
冷たい空気が頬を撫でる。男は少しだけ身震いをした。
(……そろそろ宿に戻らないと……)
時間も時間なら場所も場所なので、足早に退散を決め込む。
宿の方角を思い出すのに少し時間を要したが、すぐに男は歩き出した。
「おい」
声がした。
明らかに攻撃的、敵意という感情がこもった声。
予想通り、とも言える。もちろんそれはあってほしくないことの予想ではあるが。
一々相手するのも面倒だ。そう思い男は無視することにした。
「ちょっと待てよ」
左肩をつかまれる。が、反射的に右腕で強く払った。
少しだけ目を向けると、そこには複数の男たち。鉄パイプのようなものも見える。
(……面倒なことになったな)
ここで一悶着起こすのは、どうしても避けたかった。ただ単に眠いだけであったが。
変に時間を取られるよりは逃げるが勝ち。そう考え、無視して歩き出す。
しかし、前からも集団が現れた。仲間だろう。
(あらかじめ計算されたことか……)
彼らはここを縄張りとし、旅人を襲うことを収入源としているのだろう。
元よりこんなところに立ち寄る旅人のほうも、どうかしてるとは言えるが。
この辺りにはバーもあると聞く、そこへ立ち寄る客も対象なのだろう。
(……面倒だが……仕方ないか)
肩の荷を降ろし、前方へ放り投げる。立ちふさがっていた赤い帽子の少年の手の中へ落ちた。
瞬間、全員がその荷へ注意を向ける。狙いはその一瞬だった。
ダッシュ、そして跳躍と蹴り。足払いや回し蹴りを駆使し、周辺の奴らも蹴り飛ばす。
突然の展開に慌てふためく者。さりげなく逃げ出そうとする者。
様々な奴がいたが、もちろん果敢に襲い掛かるものもいる。
後ろから、といった実に卑怯なものだが。それも戦術といってしまえば、そこで終わりでもある。
もっとも、戦いと呼べるほどの事ではないのだが。
「おらぁ!!」
空を斬る鉄パイプ。背中を狙った横薙ぎのはずだったのに、むなしく空振りに終わる。
それどころか、近くにいた仲間に被弾する始末。まったく、なっていない。
攻撃をかわすために跳躍した男が、鉄パイプを振った少年の後ろに立つ。
そのまま後頭部へと一撃。少年は無様に沈んだ。
「……まだやるか?」
その場にいる全員を睨み付ける。それぞれがそれぞれの面持ちで動揺していた。
一部には、やはり逃げ出そうとしている奴もいる。
(……ヘタレ共が……)
心の中で溜め息を吐く。数の暴力で押さえようと思っている割に、チキンハートの集まりのようだった。
そんな中、一人だけ鋭い眼光を放つ者がいた。
ふとそいつを見た瞬間に、男は何かを思った。
「……どうした。かかってこないのか?」
もう一度、鋭い目で睨み付けた。その眼光に、後ずさりする。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
勇猛な男が一人、果敢に襲いかかってくる。
それに触発されたのか、他の仲間も動き出した。
まるでチームワークのなってない動き。むしろ、お互いがお互いを邪魔しているような状態だった。
(笑わせる……)
全ての攻撃を難なくかわし、一発ずつお見舞いする。
が、混戦状態となり、状況の把握に苦労した。
突然の一撃がくれば、避けられない可能性も否定できない。
と、攻撃の気配を感じ取り、振り向く。
「はぁああああああ!!」
先程の、鋭い目をした少女だった。
男は、なぜだから知らないけれど動けなかった。
ガン!!

音だけは良かった……音だけは。
肝心のところで仲間が邪魔になり、見事に同胞へ直撃してしまったのだ。
静かにぶっ倒れる、奴らの仲間。その光景を見て、殴った張本人は硬直していた。
(……ま、これで終わりってとこだろ)
そう思ったところで、慌てて倒れた仲間の介抱を始める。
男はその光景をしばらく黙って見ていた。が、すぐに立ち去ることを決めた。
(……もう二度と……関わり合いにはなりたくないな)
男の背中に、奴らの叫びが聞こえる。まるでコントのようだった。
死にはしないだろう。なにせ殴ったのは女、その上当たり所もそう悪くはなかった。
と、ここでくだらない思考をストップさせ、宿に向かって消えて行った。

翌日
目覚めた彼は、朝食も取らずにすぐ町へ出た。
そろそろ町を出て、次の町へ移ろうと考えていたので、まずは移動場所を決めることにした。
日々誰かに付け狙われる仕事をしている男。彼はレイヴンだった。
レイヴン殺しのレイヴンという、人から恨みを買うことが当然の仕事。
もとよりレイヴン自体、恨みを買いやすいとも言えるが。
彼は、ACを廃棄された基地に隠している。
よってその基地へすぐに移動できる範囲内にいなければいけない。
行動がかなり制限されるため、いつも頭を悩ませる。
ポケットから携帯端末を取り出し、周辺地図を表示。
現在位置、ガレージの位置、そして各所に点在する町が表示される。
(さて……どうするか……)
と、いつものように頭を悩ませると、画面が突然消えた。
(……バッテリー切れか?いや……まさか昨日の……?)
昨日、裏通りを歩いていたときに一度ポケットから落とすといったヘマをやらかしている。
無論精密機械はデリケート、どこか内部が壊れていても不思議ではない。
(弱ったな……修理道具はガレージに行けばあるだろうが……)
手元には簡単な道具しかないため、細かいパーツの修理は厳しかった。
とりあえず手元にあった道具で状態だけ調べることにした。
必要ならば、パーツも購入を検討しなければならない。面倒だが、仕方がない。
手早く分解し、チェックを開始する。案の定一部のパーツが壊れていた。
それだけじゃなく、修理が必要そうな箇所も見られる。あまり良くないパターンだった。
(……パーツが売ってそうな店を探すしかないか……)
可能ならば、そこで修理もさせてもらおう。そう決めて、彼は歩き出した。

幸いにもすぐに見つけることが出来た。
小さな個人商店ではあるが、外から見た限り品揃えは中々のものだ。
とりあえず、中に入る。ここになかったら別なところを探せばいいだけだ。
だが、時間は惜しい。さっさと探して修理しないと困るのだ。
ドアを開くと共に、ベルが鳴る。中からアルバイトと思しき元気そうな店員の声が聞こえた。
「いらっしゃいま……せっ!!」
間違いなく、そこにいたのは昨日の少女だった。
あの時は顔を半分隠していたのだが、反応を含め、雰囲気で何となくわかる。
男の顔を見て、その表情が一変する。何かまずいことでもあるのか。
物凄いスピードで男に詰め寄る。奥にいるであろう店長に聞こえないように、小さな声で釘を刺し始めた。
「なんでこんなところにいるんですかっ!!」
いきなりひどい言い草である。
「来たら悪いのか?むしろそれはこっちのセリフだと思うんだが……」
「えーっとですね……それは……あの……何と言うか……」
突然、さっきまでの勢いがなくなる。気の強い女かと思いきや、意外にも弱い。
ここまであっさり引き下がられると、何か悪いことをしたような気分だった。
「……まぁいい……俺はただの客だ。察するに、昨日のことは誰にも言うなってことだろう?」
恐らくだが、彼女は金銭的に辛い環境にでもいるのだろう。
このようなアルバイトだけでは足りず、昨日のような事をしているのだ。
あくまで予想ではあるが……。
「……まぁ、そんなとこです。店長だけじゃなく、ホントに誰にも言わないでくださいね!!」
小声だが、ハッキリと勢いをつけて男に詰め寄った。
(一応客なんだがな……接客態度がなってないだろ……)
とは口に出しては言わない。どこか必死な彼女を見ると、言う気もなくしてしまった。
彼女なりに大変なんだろう。……彼には関係のないことだが。
と思いつつ、本来の目的であるパーツを探す。
そうしていると、店長と思しき男が現れた。見た目には若くないが、年老いているわけでもない。中年と言ったところか。
「いらっしゃい。何をお探しかね?」
爽やか過ぎる笑顔で、そう問う。何となく、調子が狂う感じがした。
まぁ、聞いたほうが早いだろう。ポケットから壊れた端末を取り出し、その中年男に見せた。
「これが壊れてしまって……。この中の壊れたパーツを探してまして」
中年男に近づく。髭をたっぷり生やした、いかにもそれっぽい感じがした。
端末を渡すと、その髭面の男は繁々と端末を観察した。
手早く分解し、破損箇所のチェックを開始する。すると、10秒もしないうちに端末を置いた。
「ちょっと待っていてくれるかな」
そう男に言い、何かメモのようなものを書き始めた。気になって見てみると、記号や数字の羅列が目に入る。
見たことのあるものも見えるが、時折見たことのないようなものも見える。
代替品だろうか……。わざわざそこまでして用意してくれなくてもいいのだが。
「シーナちゃん。ちょっと奥行ってこれ持って来てくれ」
その声に、先程の少女が振り向く。
(シーナって名前なのか……)
静かに歩み寄り、彼女はメモを受け取った。わかりました、と一言告げて店の奥へ消えて行く。
……なぜか彼は、その後姿をずっと見つめていた。
「……どうかしました?」
その言葉に、意識が男へと戻る。頭の上に浮かぶ疑問符が、思わず見えてしまいそうな顔をしていた。
「あぁ……いや。特に何も……」
店主は不思議そうな顔をした。が、すぐに業務に戻る。
カウンターの奥の棚から、いくつか機械の部品を取り出した。
男の後ろではドアベルが鳴り、また新しい客がやってくる。
「いらっしゃいませ」とその客に告げ、また別の棚から部品を取り出し始める。
その様子を見て、意味もなく男の口から溜め息がこぼれた。
なんとなく、店内を見回す。そう広くはない店だ。
所狭しと機械の部品が並び、歩くスペースはあまり残っていないように見える。
それなのに、カウンターの奥や店の奥にもあるようだ。相当数の商品を扱っているのだろう。
値札を見るとかなり高価な物も見える。と言っても、何に使われるものなのかわからないので、彼にはどうでもいいことでもあった。
そうしていると、後ろから店主の声がかかる。振り向くと、カウンターにいくつかのパーツが並んでいた。
「とりあえず破損パーツはこんなところだろう。相当ひどくやられてたみたいで、かなりの破損箇所があった。
コスト面やパフォーマンス面での代替品も用意する。それからどれを買うか決めてくれ。」
何ともありがたい。何もそこまでしてくれと、頼んだ覚えはないが。
だが、ここの店主はいい人間の部類に入るのだろう。仕事柄、そういった奴に遭遇することもあまりなかったので新鮮だった。
「頼まれたパーツ持ってきましたよ~」
そこに、先程の少女が箱を抱えて現れた。店主がそれを受け取ると、中からいくつかの物を取り出す。
先程カウンターに並べられたパーツの横に置いて行った。
「これらが代替品。コスト的にはこっちの方が安くつくが、機能的に若干劣る面もあるだろう。」
さらに並べ、今度は機能的に優る物を見せてくれた。もちろん、コスト的には上である。
説明を聞き、しばし悩む。その間に彼女は別の客を応対していた。

結局、いつもの使い慣れたパーツを購入した。
修理道具を借りることも出来たので、遠慮なく修理を開始する。
「……さて……やるか!!」
恐らく客のために用意されているだろう作業場で、一人気合いを入れ作業を開始する。
その無駄に入れた気合いが、若干虚しかった。
「……………」

黙々と作業を続けることおよそ30分。ほとんど修復は終わっていた。
汗を拭い、一息つく。それと同時に、彼のそばに一杯の麦茶が運ばれてきた。
キンキンに冷えたそれは、この暑い日には丁度よい飲み物であった。
そしてそれを置いて行った少女は……無言で立ち去って行った。
「…………」
何か拍子抜けた感じがした。
「ありがとよ」
聞こえているのかわからないが、一応感謝の言葉を投げかける。
ほんの……ほんの一瞬だけ脚が止まったが、彼女は無言で去って行った。
(……昨日の事、引っ張ってるのか……?)
まぁわからないでもない。人を襲撃して金銭を奪うような人間が、それ以外の目的で人と接触したがることは無いはずだ。
大方この茶も店主に言われて持ってきたのだろう。と言うか彼女ならそれぐらいじゃなければ動かない気がする。
まぁ、仮に彼女の意思だとしても、口止め料の一つだと思えばいい。まったく割に合わないが……。
冷えた麦茶を口に含み、体内へと流し込む。癒されるような冷たさが心地よかった。
余計な思考は捨て、最後の仕上げに取り掛かろう。そう考えた男の手の中で、氷がカランと揺れた。

「わざわざ場所まで貸していただいて、本当にありがとうございました」
「ま、それが商売だからな」
礼と代金を渡し、会計を済ませる。彼が想像していたより、安くついた。
別段金に困っているわけではないが、高いよりはいい。
客が去る際の決まり文句を背に受け、店を出た。
途端に店内に微妙な空気が流れる。今客はおらず、店主とシーナしかいなかった。
「……すみません。ちょっと野暮用ですが、あの人追いかけてきます」
突然、そう言って彼女が動き出す。あまりに突然すぎる事態に、店主は一瞬何を言ったのかわからなかった。
「へっ?……あぁ……いってらっしゃい……」
最後の方はきっと聞こえてなかっただろう。店主はなんとなく虚しさを感じた。

特に企業に管理されていない都市であるため、都市の外装はない。
今は季節で言えば、夏。日照りは強く、その熱は瞬く間に体温を奪っていく。
さながら熱暴走でENを失っていくACのように。
(鬱陶しい……これだから夏は……)
などと心の中で文句を垂れる。意味が無いのはわかっていつつ、つい文句が出るのが人間である。
「あのっ」
少女の澄んだ声と共に、肩をつかまれる。
しかし、嫌な方向に慣れてしまった彼は、ついその手を取って投げの体勢に入っていた。
「キャッ!!」
小さな悲鳴で、我に返る。腕を放すと同時に、突き放すように距離を取った。
「何のようだ」
目を合わせず、ぶっきらぼうに言い放つ。
できるだけ他人と関わることを嫌う彼は、あまりこういった事態は得意ではなかった。
最低限の礼節はわきまえているが、昨日のこともある。
できるだけ関わりたくないとは思っていた。
「えっと……その……」
すぐにでもこの場を去りたい彼にとって、最早ストレスでしかなかった。
内心、無視して去ろうかなどと考えはしたが、おそらく無駄だろう。
おとなしく、彼女の相手をすることにした。
「………………………」
静寂が流れる。俯いたまま、彼女の口は動かない。
今度こそ本当に逃げ出そうと考え、踵を返す。
「あっ……ま、待ってください!!」
足を止め、首だけ後ろを向き言い放つ。
「なんなんだあんた。俺だって暇じゃないんだ。用件があるなら早く言え」
その目は鋭く、攻撃的。彼女は一瞬後ずさりしたが、深く呼吸し、ハッキリと告げた。
「黙っててくれてありがとうございました」
深く、頭を下げる。その姿を見て男はあっけにとられたような顔をしていた。
しばしの間、お互いにピクリとも動かない。沈黙を破ったのは男の方だった。
「……あのなぁ」
その声に、視線を戻す少女。呆れた顔で溜め息を混ぜながら喋るところが目に入った。
「一つ、俺があのことを言ったとして何のメリットがある?」
その声に、勢いが止まる。
しばらくの逡巡の後、本気で頭を抱えて悩みだした。
そんな姿を見てつい『頭大丈夫か……?』などと思ってしまう。
「わかっただろう。俺が別に昨日のことを言ったところで俺に何があるわけでもない」
「えーっと……それはそうなんですけど……」
俯いてしまった。何か悪いことでもしただろうか……いや、何もしちゃいない。
よくわからない女だ。傍から見れば俺が悪いように見えてしまうのも、なんとなく嫌な気分だ。
「と、とにかく!!黙っててくれたことには感謝します。あんなことしてるの、店長にはバレたくないので」
なら始めからそんなことするな、などと言うわけにもいかない。
何か複雑な事情でもあるのかもしれない。
それに、金に困っているのだろう。そんな人間から仕事を奪うなど、人としてどこか気が引ける。
例えそれが、悪に程近い行為であったとしても、だ。
(まぁ……人のことは言えないからな……)
「どんな事情があるかは知らんが、お前の行動なんぞにとやかく口を出すつもりはない
わかったらさっさと仕事に戻れ。店長と、あと客が待ってるんじゃないのか?職務放棄してどうする」
顎で店の方向を指し、彼女に職務を思い出させる。
それだけ言い、彼は音もなく歩き出した。
修理を済ませた端末を起動し、未来を頭に思い浮かべつつ。
「ありがとうございました」
最後に、彼の背中へ向けてその言葉が放たれた。
決して振り返ることなく、受け止める。
(ま、こういうのもたまには悪くないか……)
できるだけ、他人との関わりを断つ彼。
こうして同じ人間に、二日間だけとは言え何らかの形で関わるのは、非常に珍しいことだった。
(さて……そろそろ行くか……)
彼はまた、どこかを放浪するためにどこかを目指す。
幻のように、すぐに消えていく男だった。





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