†1
 いつも静かなはずの管制室は、珍しく喧騒に包まれていた。
 薄暗い管制室。天井のライトは灯っていない。足元が見える程度の最低限の非常灯、そしてコンソールやモニターの光だけが、部屋に明かりをもたらしている。

「正体不明の物体、作戦領域に姿を表わしました!」
「物体を映像で確認! メインモニターに回します!」

 オペレーター達の声は明瞭だったが、それ故にはっきりと焦りも感じ取れる。彼らが焦っている原因は、たった一つに収斂する。今しがた部屋のメインモニターに映し出された『あれ』のせいである。
 画面内の『あれ』は、こちらに向けて侵攻してきている。動きこそ鈍いものの、確実に。真綿で首を絞めるように、という比喩はこういう場合に使うものなのか、と烏大老は思った。
 最後に“あれ”と遭遇してから15時間。
 烏大老には長いようで短い15時間に思えたが、目の前の座席に鎮座するこの男は、いったいどう思っているのだろうか。

「15時間ぶりだな」

 大した意味もなく、何となく口にしてみる。
 男も、意味もない返答をしてきた。

「ああ、間違いない。“パルヴァライザー”だ」

 口調だけで妙に落ち着きはらっているのがわかった。
 この男は、自らの危機的状況にも関わらず、いつものように冷静でいる。
 男――ジャック・Oは言葉を次いだ。

「来たるべき時がついに来たのだ。人類にとって避けることの出来ない試練の時が……。だが、人類に残された時間はあまりにも……」

 何も知らない人間が聞けば、狂言とも捉えられ兼ねない宗教的な言い方だが、実際は彼の言葉はしっかりと的を射ていた。


†2

『――繰り返しお伝えします。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難してください』

 けたたましいサイレン。避難を促すアナウンス。ジャウザーはそれらに対して僅かな苛立ちを感じた。
 ――そんなに五月蠅くしなくても、もう誰もいないというのに。
 既に町の中は、自分以外誰もいない。ジャウザーは彼の父に呼ばれ、此処サークシティに来ていた。サークシティの中央区を目指している途中なのだが、運のないことに居住区で足止めを食らってしまった。
 これほど広い居住区だというのに、既に人の気配はない。住人達とは入れ違いになったのか、各所のスピーカーから聞こえる音を遮断すれば、町は完全な静寂に包まれることだろう。

「参ったな……」

 ここでタクシーなりバスなりの移動手段を得なければ中央区までは徒歩でいかなければならない。そうなると数時間以上はかかってしまうだろう。
 とはいえ、もう運行しているバスもないだろう。
 ――来ないものを待っていても仕方がない、か。

「しょーがないな、歩くしかないか」

 意を決して足を踏み出す。刹那、サイレンが止まり、続いて爆音が聞こえる。
 ジャウザーは反射的に音のする方向――空を仰いだ。ちょうどその時、頭上の空を一発の大型ミサイルが通過していった。

「ミサイル……!?」

 ジャウザーは茫然とその軌道を目で追う。ミサイルは歪な煙のアーチを描きながら飛来し、その先にある“目標”に見事命中した。
 爆発の衝撃で空気が大きく振動する。並のMTだったら一撃で原型がわからなくなる程に破壊されてしまうくらいの衝撃だったはずだ。だというのに“それ”は全くの無傷だった。

「な……」

 そこにはACでもMTでもない、奇怪な姿をした巨体が佇んでいた。

「なんだよ、あれ……」

 ――彼の世界が傾いたのは、まさにその瞬間だった。


†3


 大型ミサイル、大型ロケット、大型グレネード。これらによるアライアンス部隊の全ての攻撃は、結局は徒労に終わった。

「この程度には力を測るに不十分か……」

 
 戦果という戦果は大型爆雷で奴の行動を数十秒停止させたくらいだ。といっても、町を一つ犠牲にしてまで得たその数十秒を、果たして戦果と呼べるかは疑問である。

「今から本作戦の指揮権は貴様に移った。お手並みを拝見させてもらおう」

 アライアンス本部の総指揮官は、苦虫を噛み潰したような表情で言葉を次いだ。

「我々アライアンスの所有兵器が目標に対し無効であったことは素直に認めよう。だが、ジャック・O。……貴様なら勝てるというのか?」

 挑発的な質問のように聞こえるかもしれないが、彼は今、それよりも自分が安心できる返答だけが欲しかった。
 ジャック・Oは立ち上がり、総指揮官――いや、元総指揮官の方を振り返った。口元に微かな綻んびを浮かべつつ、自信も露に明確な声音で言ってみせる。

「ご心配なく。そのためのバーテックスです」



「よし、総員第一種戦闘配置だ!」

 ジャック・Oはオペレーター達に一言命令を与えると、烏大老に向きなおった。

「烏大老……あとを頼む」
「ああ」


†4


「これは……ACですか?」

 広大なガレージの中に、紫色の巨体が屹立している。ジャウザーは“それ”を見上げた。

「厳密に言うとACではないわ。人の作りだした究極の汎用決戦兵器。人造人間エヴァンジェリオン」



 紫と蛍光色の緑の装甲は、見る者に威圧感と毒々しさを与える。人の何十倍もの大きさを誇る角の生えた鬼神は、人々畏怖させるほどの迫力があった。
 まるで悪魔のようだ、とジャウザーは一瞬だけ思う。だが、ここまで案内してくれたシーラの次の言葉で、その考えはすぐに改めることにした。

「私達人類の、最後の切り札……。これはその初号機よ」
「……これも、僕の父の仕事ですか」

 軽い皮肉のつもりで呟いただけだったが、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「そうだ」

 声の聞こえてきた方――ガレージ側面のキャットウォークを見やる。そこにはジャウザーの父親であるジャック・Oの姿があった。

「久しぶりだな」

 久しぶりに父に会ったというのに、ジャウザーの心は浮かなかった。この状況では当然なのかもしれない。

「父さん……!」

 ジャックは一拍置いて言った。

「これに乗れ、ジャウザー」
「な……!? 嫌だ! ……バーテックスのくだらない計画など、絶対に実現させません!」


†5


 夜の街の一角で、不意に地面が割れるようにして開いた。そこから飛び出さんばかりの勢いで現れた、一機の機影。
 その機体に乗り込んだジャウザーは、眼下に聳えるビル群や、目の前に佇む“敵”を見て、心底焦燥していた。

『いいわね、ジャンジ君!』

 通信でシーラの声が聞こえてきて、半ば放心していたジャウザーは意識を取り戻した。変な仇名で呼ばれたような気がするが、それに対しては敢えて言及しないことにした。

「……あ、……はい……」

 焦っていたせいか、つい返事をしてしまったが、実を言うと心の準備はまだできていない。目の前のこの“敵”とこれから戦うなんて、今この場に居ても夢だとしか思えなかった。

『最終安全装置解除! エヴァンジェリオン初号機、リフト・オフ!』

 背中の拘束具が外され、機体が自由になる――と同時に、ジャウザーは焦りながらも気を引き締めた。
 ほどなくして再びシーラの声が聞こえる。

『ジャンジ君! とりあえず歩いてみて』
「…………あ……歩くってどうすれば――」
「意識を集中して、十字キー上を押すだけよ!」
「十字キー?」

 手元のコントローラを見やる。左の方に十字型のキーがあった。十字架――キリスト教の意味する十字架は「贖罪(しょくざい)の犠牲」、「罪や死に対する勝利」、また「苦難」を表す。このコントローラを設計した者も、恐らくそういった意図でこれをデザインしたのだろう。

 ――十字キー、上……。

 言われたとおりにキーを押すと、巨体の足が持ち上がり、コックピット内が軽く揺れた。

「うわっ!」

 持ち上がった足が地面と接触する。アスファルトを踏み締め、大きな“足音”が夜の街に木霊した。
 それが彼の長い戦いの第一歩だった。


†6


 綾波プリンシバル。――○4歳。
 グローバルコーテックス機関によって選ばれた、最初の被験者。ファーストレイヴン。
 エヴァンジェリオン試作零号機の搭乗者。過去の経歴は白紙。すべて抹消済み。
 そんな彼女の家に、ジャウザーはひょんな理由で訪れていた。
 恐らくプリンシバルは留守なのだろう。鍵が開いていたので勝手に部屋に上がることにした。
 そこでジャウザーはタンスの上に無造作に掛けられていたツナギに目が行った。

「なんだ? このツナギ……。プリンシバルのかな」

 手に取ってよく見てみる。その服はプリンシバルの体には少し大きすぎるような気がする。
 ふと襟の内側を覗いてみた。するとそこには見覚えのある名前がペンで書かれていた。

 『O・Jack』

 ――父さんの……?

 疑問に思う間もなく、ジャウザーは背後に気配を感じ取って振り返った。
 そこにはなんと、恐らくシャワー上がりの後のプリンシバルが、バスタオル一枚以外、一糸纏わぬ姿で立っていたのである。
 ジャウザーは瞠目し、一拍置いてからこれまでにない程取り乱す。

「ほ………………ほああああああああああああああああああああああっ」

 後ろのタンスにぶつかり、持っていたツナギを取り落としてしまうが、今はそんなことに気に掛ける余裕がないほどに焦燥していた。
 しかし、当のプリンシバルは、ジャウザーなどもともと居ないかと思わせるほどに落ち着き払っており、裸を見られているというのに恥ずかしがっている様子は全く見られない。まるで動じずに、落ちているツナギを拾おうとしていた。
 ややあって少しだけ平静を取り戻したジャウザーは、彼女を見ないように手で目を覆いながら言い訳した。

「ご、ごごごゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴごめん、あ、ああああああの、ええええええっとととと、ぼぼぼぼぼぼ僕っ…………ごめん、僕何も見てないからっ!」

 急いでその場から撤退しようとするジャウザー。

「あっ」

 その瞬間、不運にもジャウザーの足はプリンシバルの足が交差し、揃って体勢を崩した二人は転んでしまった。
 転んだはずみでジャウザーはプリンシバルの上に跨っていた。……どういう経緯でそうなったのかは途轍もなく不可解なわけだが、ともかくジャウザーはプリンシバルの上に跨っていたのであった。
 見る角度によってはアレの正常位(?)にも見える。……と思ってwikipedia先生で調べてみたら、どうやら伸長位というやつらしい。『女性の足がピッタリと閉じているため、挿入は深くならないが(中略)の間では深い摩擦が生じ、快感が得られる』らしい。一応念のため言っておくが、入ってない。

「あ……」

 体を覆いかぶさった状態のまま、プリンシバルの裸体をまじまじと見詰めるジャウザー。見てはいけないと頭では思っていても、その白く滑らかな体から視線をそらさずにはいられなかった。
 ジャウザーの視線は既に視姦と呼ぶべきレベルに値していたが、プリンシバルは一向に羞恥心を表に出すことはなかった。――と、思ったら、流石に恥ずかしくなってきたのか、頬が紅潮している。

「……あなたいい度胸ね。人の家に勝手に入ってくるなんて……」

 微かにだが息も荒くなってきているような気がする。無表情かと思いきや、微妙に怒っているような気がしなくもない。

「ふざけないで……!」

 というか普通に怒っていた。彼女の羞恥心も限界に至ったのであろう。
 尚も男の本能的に視姦を続けるジャウザーだったが、戸惑うプリンシバルの目の端に涙がにじんでくると、流石にまずいと思い。ジャウザーは自重して、焦りながらさっさと立ち上がった。

「サーセン……w わざとじゃないんだ……www」

 一応真剣な顔で言っているのにどうにも説得力がないな、と自分でも思ってしまった。


†7


 そうやって次第に僕を取り巻く環境は変わり、仲間も増えていった。
 戦いは激しさを増しつつあった。
 辛かった。
 それでも楽しい日々だった。
 だが、楽しい日々はそう長くは続かないのだとわかっていた。
 しかし心の片隅では、まだ信じていた。
 この平和な日常の繰返しを――。
 皆と笑いあえる日々が、いつまでも続くことを――。

『目標接近、全機地上戦用意』

 いつの間にか、心の片隅で“そんな願い”が燻っていた。

「目標……。目標ってこれなのか?」

 ――この日までは。

「だってこれは……エヴァンジェリオンじゃないか……!」

 そして僕はある日――。

「モリ、モリ! 答えてよ! 無事だったら返事をしてくれ! なんとかして助けるから!」

 とても大切なものを――失った。

(夕日初号機)


†8

「父さん!」

 傷を負い――。

「……遅かったじゃないか」

 羽をもがれ――。

「父さん。僕を初号機に、乗せてください」

 一緒に空を飛ぶはずだった仲間を失い――。

「……ジャウザー。何故ここにいる」

 それでも戦乱の魔鳥は舞い続ける――。

「僕は――」

   原作
 時乃ー尾ィー

「僕はエヴァンジェリオン初号機の」

   制作
スタジオミラージュ
如月アニメーション

「――レイヴンだからです」

 20007年 9月 全国劇場にて公開予定






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