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第十四話 生きる意志
ある施設が、今にも崩れ去ろうとしていた。
そしてその施設の最も深く、最も広い空間では、二機のACが対峙していた。
重二脚ACと、重四脚ACがいた。
二本足のACは一定のステップで四本足のACと距離をとり、
四本足のACは、その体に搭載した武器を有効活用するため、間合いを縮めるためのチャンスをうかがい続けていた。
重二脚ACのほうに対して、通信が入る。
「とっとと倒すんだ!お前の力なら、それが可能だろう?!」
声の主は、通信相手をこれまで自らが作ってきた実験体の中で、最高の出来だと確信していた。
それゆえの自信ある命令だったのだが、通信を受け取った男はそれを拒んだ。
『あいつは強い。俺の力で、、倒せるかどうかはわからない。』
そう、場合によっては、あの時のような命がけの戦いを強いられるかもしれない、と思った。
『(あの時の、、?)』
男の脳裏に、それまで少しも浮かびだす事のなかった、様々な情報が電撃のように流れて行く。
「どうした?感染体No.00!!」
声の主が男に呼びかける。
『、、少し黙れ!!』
男が怒鳴ると、声の主は絶句し、語る言葉を見失ってしまった。
重二ACがステップを停止し、その場に静止する。
動く様子が見られなくなった重二ACを見て、
四脚ACはそのACを攻撃することはせず、軽やかな動きでその場から去っていった。
「に、逃がしてしまった、、なんてことだ、、こんなはずがない、、、。」
声の主がブツブツと呟く。自らの最高傑作が招いたこの事実を、受け止める事ができず、錯乱してしまっていた。
研究所内部に緊急避難放送が響き渡る。
「非常警報!職員はただちに緊急避難シェルターに、、うわっ?!」
激しい爆音と共に、放送が止まる。
「ははは、、全て終わりか、、、。私の研究も、、私の作り上げたものも、結局は全て意味の無い事だったのか?」
声の主は絶望の声を上げた。そしてその言葉を最後に、通信は途切れた。
広場に静かにたたずむ、重二AC。
それに乗っていた男は、迷っていた。
男の記憶に唯一存在している、この施設。それが今にも崩壊しようとしている。
施設が崩壊する事、それはすなわち男にとっての存在理由を失う事でもあった。
「俺は、、どこに行けばいいんだ?」
男は、その日までどうして生きてきたのかわからなかった。
キサラギが男を生かそうとしていたので、仕方なく生きてきた。
ただ存在するだけの、存在。それが男にとって、相応しい言葉だった。
『俺は、、何のために、、生きる、、、?』
男が絶望という名の深く暗い泉にその身を沈め、
生きる意志を潰えようとしたその時、その声は聞こえた。
「どうして諦めるの?」
女の声。懐かしい声。男はそれが誰かわからなかったが、その問いに対して自然と口が答えていた。
『どうして生きているのかわからないからだ。』
男が答えると、少しの間をおいて、再び女の声がする。
「いつもそうやって悩むのね。
人は生きて行くのに理由なんて必要ないって、あなたはもう知ってるはずよ。
明日と希望さえあれば生きていける。
本当に必要なものは、本当に大切なものは、理由なんかじゃなくて、希望の持てる明日よ。」
『だが俺には昨日がない。昨日がなくて、明日に希望を持てるのか?』
「だから私が助ける。
あなたの支えになれる昨日を あなたが持ってないのなら、私があなたをいつだって支えてあげる。
私はあなたをずっと守っているから、あなたはあの子を、、私達の希望を、守ってあげて。」
女がそう言うと、男の感じていた女の気配が、どんどん遠くへ離れて行く。
『どこへ行くんだ?行かないでくれ。俺と一緒にいてくれ!』
「まだその時じゃないから、、私はその時まで、あなたを待っているから。
いくら遠いところにいたって、私達の心は、いつも一緒だよ。
だって、私達は、家族なんだから――
『ひろえ!!』
男は無我夢中に言葉を発しながら目を覚まし、延ばしていた手は空中を掴んでいた。
『夢を、、見ていたのか。』
いつ意識を失ったのか男にはわからなかったが、悪い気分はしなかった。
そして、おぼろげとだが、その夢を見た事で、忘れていた何かが、心の中に戻ってきた気がした。
『生きる事に、理由はいらない、か、、、。』
そして男は、静かに思い出す。一番大切だったものの記憶を。
『ありがとう。君は、俺が必要な明日への希望を、置いていってくれたんだな。』
男は夢に見た女が誰か相変わらず思い出す事はできなかったが、この想いは二度と忘れない、そう誓った。
「機密保持のため、当施設は3分後に爆破されます。
社員および研究員はただちに施設外部へ避難してください。」
施設に自動音声による放送が響き渡る。
『俺はまだ死ねない。』
男はそういうと、機敏な操作で重二ACを動かし、施設から脱出しようと行動を起こす。
広場のある部屋から別の通路に移ると、それまで男のいた部屋から、爆炎が巻き起こった。
『施設はもう持たないか、、。三分どころではないな。急がなくては。』
重二ACがブーストをリズミカルに吹かし、小ステップをしながら効率よく通路を駆け抜けて行く。
長い通路にたどり着くと、通路のはるか先に、光が見える。出口だ。
男は安堵のため息をつくと、突然背後から巨大な爆発音が聞こえる。
ついに施設が、本格的な倒壊を始めたらしい。
『いかん、巻き込まれる、、、!』
男は再び先ほどの動作で出口へと向かったが、それでは間に合う気配が無かった。
『一か八か、、これを使うか!』
男はコクピットにあるスイッチを押し、ACのとある機能を発動させた。
「オーバードモード」
ACのシステムがそう告げ、コア背面にあるブースターが展開する。
『頼むぞ、、間に合え!』
その瞬間、ACが急速な加速をみせ、通路を一直線に凄まじい速度で疾走していく。
狭い通路の中でACは、時たま壁と触れる装甲から火花を散らし、
男は凄まじいGの中で、ACの姿勢制御を行っていた。
『ぐっ、、』
そのあまりの厳しさに、思わず苦痛の声を漏らす男。
男は内蔵や筋肉を対G用に強化されていたが、
Gによって制限された動きの中でACの精密制御をするのには、それでも大きな苦労が伴っていた。
施設が崩れ去り、その施設から飛び出す閃光が一筋。
男は無事、施設からの脱出に成功した。
はるか上空から男が施設の周囲を見渡すと、あたり一面は荒野と化していた。
数々の兵器の残骸と、崩壊した地表。
夕焼けの光に輝くACが、天空からそこへと降りてゆく。
「私達は、もうすぐ会える。でも、あの子は――」
空中のACのコクピットの中で、シートに力なくよりかかる男の耳に、再びあの声が聞こえる。
『わかってる。あの子は俺が守る。だから君は、俺の事を支え続けていてくれ。』
男が一言そう言うと、女は姿こそ見えなかったが、男には女がその時、微笑み頷いたような気がした。
続く
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