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「【霊障の中の日常】」(2006/10/11 (水) 21:16:53) の最新版変更点
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ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……
きちんと締め切っていなかった蛇口から、水滴が落ちる音が、まだ薄暗い洗面所から響く。
ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……ぴちょ
「うわあぁァああァあぁあぁあぁあぁぁぁぁッ!!!!!」
早朝イルスの絶叫起床。ベランダにとまっていた鳥達が驚いて一斉に飛び立つ音がした。その鳥たちの羽音が聞こえなくなると、寝室はイルスの荒い息遣いだけが響き渡る、それ以外は何も聞こえない。静まり返った部屋……時計を見ると、まだ朝の5時半。道理で静かなわけだ。
ひどく目覚めが悪い、とりあえず洗面所に行って顔を洗おう。
どこか力が入らない足取りで、ふらふらと洗面所にやってきて……いつものように蛇口を緩めて、生ぬるい水を出す。そして洗面所に栓をして水を溜める。
水が溜まる間、鏡を見た。ひどい顔だ、真っ青だ。目の下にはくまができていた。
気持ち悪いのを振り払おうと思い、顔を洗う。バシャバシャ。いつもならば、これで目も冴え切るというのに、今日に限っては気分が悪くなる一方。それどころか、さっきからお腹の辺りが……おかしい。
「痛い」とか「胸焼けがする」とか、そういう類ではない。お腹が「冷たい」のだ。まるでドライアイスでも入れているかのような、そんな冷たさ。そしてその冷たさが、非常に不愉快で気持ち悪い。
――なんだ、この気分の悪さは……?
自問。だが、答えはわからない。試しに自分の右手をお腹に当ててみる。すごく冷たい……
「ちょ、冷たいとか言う問題じゃない……うわっ、なにこ…れ……!?」
自分のお腹が冷たい、それも尋常じゃない低温。“それ”に手を触れた瞬間、イルスの気分はさらに悪くなる。洗面所からよたよたと危なっかしい歩き方で居間へと移動、ソファへと崩れ落ちた。
イルスが再び目を覚ましたとき、既に時刻は8時を過ぎようとしていた。
――やばい、遅刻する……
そう思っているのに、体が思うように動かない。やっとのことで家を出た頃には、既に8時半を回ろうとしていた。このままでは完全に遅刻だ。
マンションを出たイルスは、やっぱりフラフラとした足取りのまま歩く。本人は早歩きのつもりなのだろうが、ハタから見たら危なっかしい歩き方をしている人にしか見えなかっただろう。
日差しが強い。8月もまだ半ば、朝だというのに真夏の日差しが強く降り注ぐ。
街路樹には、都会育ちの蝉どもがジリジリジリと鳴いている。朝っぱらからご苦労なことだ、と思う余裕はイルスには無かった。
ただひたすら足取りが重い、体が言うことを聞かない。特にお腹辺りが冷たくて、気分が悪すぎる。
「ヘイ……たくしぃ……」
駅まで15分でつける距離だが、これ以上の自力での移動は無理と判断し、イルスは早々にタクシーを捕まえた。
後部座席のドアが開き、うなだれるような姿勢のまま、イルスはタクシーに“滑り込んだ”。タクシーの運転手が、怪訝そうな顔で覗き込んでいる。
「お客さんどこま……行き先は病院かい?」
「いや、セントラルゲート駅までで……」
「顔色かなり悪いけど大丈夫か?」
「……大丈夫です。」
「……そうか、セントラルゲート駅までだな。」
そんなこんなで、なんとかブルーネメシスのガレージまで無事にやってこれた。
もう道中は最悪そのもの、体に力は入らない、気分は悪い、夏の日差しがさらに体力を奪う……全ての世界が自分を痛めつけてくるような気分に陥っていた。
----------------------------------------------
「イルス……大丈夫か?」
作業中、かなり調子の悪そうな顔を見てブラウはイルスを気遣い、声をかけた。
「……すいません、あんまり大丈夫そうじゃないです。」
気力だけでなんとか保ってきたイルス。午前中はなんとかなっていたが、午後に入ってから体調不良は最高潮に達していた。
「おまえ、今日はもう帰れ。」
「いや、この時期で人手が少なくなるのはやば――」
「いいから今日は俺や他のスタッフに任せて帰れって。これ以上やると、オマエ……ぶっ倒れちまうぞ?」
「そんなことは……うぅっ……倒れるとか…ありえ……きもちわる……大丈夫ですよ……はぁはぁはぁ……」
「オマエ……まったく説得力がないぞ?」
確かに、誰が見ても限界だった。
ぴちょっ……ぴちょっ……ぴちょっ……
きちんと締め切っていなかった蛇口から、水滴が落ちる音が、まだ薄暗い洗面所から響く。
ぴちょっ……ぴちょっ……ぴちょっ……ぴちょっ……ぴちょっ……
「うわあぁァああァあぁあぁあぁあぁぁぁぁッ!!!!!」
早朝イルスの絶叫起床。ベランダにとまっていた鳥達が驚いて一斉に飛び立った。その羽音が聞こえなくなると、寝室はイルスの荒い息遣いだけが響き渡る、何も聞こえない。静まり返った部屋……時計を見ると、まだ朝の5時半。道理で静かだ。
ひどく目覚めが悪い、とりあえず洗面所に行って顔を洗おう。
どこか力が入らない足取りで、ふらふらと洗面所にやってきて……いつものように蛇口を緩めて、生ぬるい水を出す。そして洗面所に栓をして水を溜める。
水が溜まる間、鏡を見た。ひどい顔、真っ青だ。目の下にはくまができていた。
気持ち悪いのを振り払おうと思い、顔を洗う。
バシャバシャ。
いつもならば、これで目も冴え切るというのに、今日に限っては気分が悪くなる一方。それどころか、さっきからお腹の辺りが……おかしい。
「痛い」とか「胸焼けがする」とか、そういう類ではない。腹部が「冷たい」のだ。まるでドライアイスでも入れているかのような、そんな冷たさ。それが非常に不愉快で……
――気持ち悪い。
――なんだ、この気分の悪さは……?
わからない。わからないが、試しに自分の右手を腹に当ててみる。
「ちょ、冷たいとかそういうレベルの問題じゃ、ない……うわっ、なんだこ…れ……!?」
自分の腹部が冷たい、それも尋常じゃない低温。“それ”に手を触れた瞬間、イルスの気分はさらに悪くなる。洗面所からよたよたと危なっかしい歩き方で居間へと移動、ソファへと崩れ落ちた。
イルスが再び目を覚ましたとき、既に時刻は8時を過ぎようとしていた。
――やばい、遅刻する……
そう思っているのに、体が思うように動かない。やっとのことで家を出た頃には、既に8時半を回ろうとしていた。このままでは完全に遅刻だ。
マンションを出たイルスは、やっぱりフラフラとした足取りのまま歩く。本人は早歩きのつもりなのだろうが、ハタから見たら危なっかしい歩き方をしている人にしか見えない。
日差しが強い。8月もまだ半ば、朝だというのに真夏の日差しが強く降り注ぐ。
街路樹には、都会育ちの蝉どもがジリジリジリと鳴いている。朝っぱらからご苦労なことだ、と思う余裕は今のイルスには無かった。
ひたすら足取りが重い、体が言うことを聞かない。気分が悪すぎる。
「ヘイ……タクシー……」
駅まで15分でつける距離だが、これ以上の自力での移動は無理と判断し、イルスは早々にタクシーを捕まえた。
後部座席のドアが開き、うなだれるような姿勢のまま、イルスはタクシーに陸から水に逃げ込む魚の様に滑り込んだ。
気分を落ち着かせようとしていると、運転手が怪訝そうな顔で覗き込んでいるのが見えた。
「お客さんど……行き先は病院かい?」
「いや、セントラルゲート駅中央口まで……」
「顔色かなり悪いけど大丈夫か?」
「……大丈夫です。」
「……そうか、セントラルゲート駅までだな。」
そんなこんなで、なんとかブルーネメシスのガレージまで無事にやってこれた。
道中は最悪そのもの、体に力は入らない、気分は悪い、夏の日差しがさらに体力を奪う。
全ての世界が自分を拒絶しているかのように痛めつけてくる気分に陥っていた。
----------------------------------------------
「イルス……大丈夫か?」
午後一、かなり調子の悪そうな顔を見てブラウはイルスを気遣い、たまらず声をかけた。
ブラウだけじゃない、ガレージで整備しているチームスタッフや、受付の女の子、いつも頼んでいる弁当の配達人にまで心配されていた。
同じ部屋で作業している人にも、心なしか心配した目つきで自分が見られている気がする。
「……すいません、あんまり大丈夫じゃないです。」
「だよなぁ。オマエがさっき俺のとこに送った機体データ……KRSW二丁持ってるのに、EXTが実弾ライフルのリロードパックだしな。」
「……う。」
「あと、さっきガレージの整備に回してた紙媒体のアセンデータだが。」
「それが、どうしました……?」
「肩に腕パーツの型番が記入されているという、新企画ACとなっていた。整備が困ってたぞ。」
「え、ホントに?!」
イルスはブラウがヒラヒラとさせている書類をひったくって、その内容を再確認した。確かに、肩部パーツの欄に汚い走り書きの字で“レムル、実弾防御高めで射突持たせて”と書かれていた。
「四脚に四腕のACか、だがそんなu-ACは残念ながら規格外だ。そして極め付けなのが……」
「まだあるんですか……?」
「あぁ、その同じ紙の、頭パーツの部分を見てみろ。」
そう言われて再び手にした紙を見直してみた。するとそこには、
「SLEN2…セイレン2……はははは…」
と、誤字脱字しつつ、やっぱり間違ったパーツカテゴリが配置されていた。
「頭部パーツのレーダー性能が弱いからレーダーつける、というハズが……まさか頭部にレーダーそのものをぶっ挿すとはな。」
「う、うぅうぅ……」
「正直、その発想はなかったわ。」
気力だけでなんとか保ってきたイルス。午前中はなんとかなっていたが、午後に入ってから体調不良はもはや最高潮に達していた。
「おまえ、今日はもう帰れ。」
「いや、この時期で人手が少なくなるのはやば――」
「いいから今日は俺や他のスタッフに任せて帰れって。これ以上やると、オマエ……ぶっ倒れちまうぞ?」
「そんなこと……倒れるとか…ありえ……きもちわる……大丈夫ですよ……はぁはぁはぁ……」
「……まったく説得力がないぞ?」
確かに誰が見ても限界だった。と、そこに、
「そうっすよ、イルスさんの今日の顔色は尋常じゃないですってば。」
「イルスさん、なにか悪い病気でもかかってるんじゃ……」
「とりあえず、今日のところは早退しちゃったほうがいいと思うぜ。」
と立て続けに他のスタッフにまで言われてしまったので、さすがのイルスもついには折れ、
「……じゃあ、今日はみんなの好意に甘えて、帰宅することにします。」
ということになった。
こんなことなら、最初から今日は休暇にすればよかった後悔することになってしまった。
----------------------------------------------
「……で、なんで私がアンタを家まで送らなきゃならないわけ?」
半重病人の乗せた車――カーティアの車は、現在公道をひた走っている。運転しているのは、もちろんカーティア本人。
以前、イルスが在籍していたチームとBリーグトップ争いをした敵チーム、“グラスバード”のサブアーキテクト。今は、お互いXリーグとRリーグという違う舞台でそれぞれ活躍しているため、なんとなく仲良くやっている。
ちなみにメインアーキテクトは妹のシルティ。姉妹共によく似た双子だが、目付きが攻撃的か温和か、また「ふくらみ」が平らか双峰かで判別が可能。もちろん前者が姉で後者が妹。
「僕も、ブラウチーフに“迎えを用意しといたから”って聞いただけなんだけどね……てっきりタクシーでも呼んでくれたのかと思ってた。」
そう思って外まで出てみると、そこには明らかに不機嫌そうな顔をしたカーティアが待っていた。
ちなみに、ブラウから「イルスが病気で死にそうだから」と聞いて血相変えて自分のチームの作業をほっぽり出して来たことについてはまったく語っていないし、彼女は口が裂けても絶対に語らないであろう。
「そういえば、会うの久しぶりだね。」
「そういわれれば……そうね。」
体調不良であまり話をする気分ではないのだが、車内での沈黙はもっと嫌なので、何気なく話しかけていた。
「そっちは、Rリーグのほうは順調?」
「順調といえば順調かなぁ……去年から結構順位上がったし。」
「この前の試合、見てたよ。吸着地雷で足止めしたとこをグレネードとで相手のAC粉砕、見事なまでのカーティア戦法だったね。」
「あれ、やっぱり私の考えたアセンブリだってわかった?」
「シルティがアセンブリするときは、相手との距離を少し離した距離からミサイルとかでけん制攻撃しつつじわじわ削る、カーティアはグレネードとかロケットとか、直進的で暴力的な破壊力でねじ伏せるパターンが多いからね。」
「なんか、微妙に私のことをけなされてる気がするんだけど?」
うっかり「そんなことない、口より先に手や足が飛んでくるカーティアらしいって言ったんだよ」と口が滑りそうだったが、どう考えてもそれを発した瞬間、車外にレールガンよろしく放たれそうなので、「そんなこ」あたりで口をふさいだ。
「僕が思うにあの試合のu-ACは、アセンブリはカーティア、AIパターンはシルティが担当したんじゃないかなと思うんだけど、どうかな?」
「……なんでそう思うの?」
「機体アセンは四脚メインで相手をパワーでねじ伏せる……これはさっきも言ったとおりカーティアの特徴。だけど、相手のACは重武装で高防御の重二脚タイプ、しかもブレード付きだった。」
「うん、確かにそうだったわね。」
「で、近距離だとブレードのこともあって危険、だから中~遠距離のAI構築が得意なシルティがあの動きを作り上げた、どう?」
「……私が遠距離戦のAIが組めないと思う?」
「組めないとは思ってない。」
じゃあ、どうして?と不思議そうにカーティアが問う。
「縦の動き。」
「え?」
「単純な話、攻撃を空中から行うことが多かった。同じパワータイプの武装、相手がブレードを最初から装備している=地上戦タイプと考えて、ミドルレンジ以上の位置から空中を飛び回って外れ弾を誘発する。相手が飛ばなきゃサイトロックも外れやすくなるし、空中から狙う側は逆にサイティングしやすくなる。」
イルスはさも簡単にさらりと言ってのけた。
「決定的なのは、60秒経過したとき。相手がブレードをパージして換装フィンガーを取り出して一気に接近戦を仕掛けてきたあの瞬間。遠距離の位置で足を止めて、肩の大口径エネルギーキャノンを発射。」
さらに続ける。
「“時間が過ぎた後に戦法を変えてくる”と戦況を読んでいた。片やまっすぐ急接近、片や狙いを定めて一撃必殺。接近してくれれば相対的に命中率も上がる。悪い言い方になるかもしれないけど……火力での短期決戦を好むカーティアには、こんな読み試合は出来ないと思う。」
一気に持論を語り、それを聞いていたカーティアは、ふぅとため息にも似た息をついた。
「……さすがは戦況を先き見する“千里眼”って言われるようになるだけはあるわね。」「そんなの、まだまだ一部の人の中だけだよ。実際もっと完全に戦況を読む人や、相手に戦術を読ませない人もいるし。」
「なーんか、差をつけられてる気がして癪にさわるわね。それと、病人のクセによくしゃべる口ね~……」
「はははは……ところでシルティは元気?」
「相変わらず元気よ。Rリーグでも中堅クラスになってきたから、勢い出てきてるし。すごくはりきってるわよ。」
イルスとカーティアはやれジールの売店のウィンナーカレーライスは辛さが足りないだの、やれ飲み物は氷を多く入れてケチッてるだの、他愛もない会話で盛り上がっていた。
自宅に着くまでのカーティアとの談笑の間、腹部の不快な冷気が和らいでいた気がして、少し不思議に思った。
ヤマイはキから、とか昔から言われていたのはこういうことだろうか。
「……イルス、自分の部屋までちゃんと帰れる?」
「たぶんここまでくれば大丈夫だよ……たぶんね。」
そういってカーティアの車から離れ、自宅マンションの入り口から入ってすぐのエレベーターまで行こうとして……こけた。しかもなかなか起き上がらない。
一部始終見守っていたカーティアは、「やれやれ」とため息と悪態をつきながらもイルスを部屋まで運ぶことにした。
「ほらっ、肩かしてあげるから、しっかりしなさい!」
「うー……なんか急に気分が悪くなってきた。」
「仕方がないわね……コラコラ、こんなとこで座っちゃだめでしょ!」
さっきまで戦術持論を繰り広げていたのとは同じ人間とは思えない。カーティアが、これがイルスというの人間の魅力なのだと気づくのはまだ先のことであり、別のお話。
楽しい時間はここまで。
再び舞台はあの悪夢の世界へ。
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