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「プロローグ 「その名は産廃妖精」」(2006/08/31 (木) 17:49:46) の最新版変更点
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地球暦240年某日、一人の女児がこの世に生を受ける。
ある大企業の社長一家の長女として生まれた彼女には、二人の兄がいた。
彼女が産声を上げる前から、彼女の名は決まっていた。二人の兄と同じく、母の名と由来を共にした名が……
当時のその大企業の社長は、自社パーツの名称を自らの趣味で決めてしまうという変わり者であり、
愛妻家で子煩悩な社長は、家族の名すらパーツの名称として使用する程の溺愛ぶりを発揮していた。
家族の名を冠したパーツは、とあるカテゴリーに集中して販売されていった。
アーマード・コアを筆頭とする兵器産業が、終わらない企業間の競争時代へと突入してから、
一世紀あまりが過ぎた。
ミラージュ、クレスト、キサラギ……そして、地球から遠く離れた赤色の大地では、
さらに複数の企業が存在している。
過去の歴史に取り残され、その存在が記録としてのみ、残されている企業も無数にある。
MT、AC技術の発展は、各社が持てる技術を磨き、しのぎを削るその姿と常に共にあった。
無論、終わらない企業間の競争は、人類の闘争の時代が続いていくという事を意味している。
争いは科学を、工学を、人体さえも発展させてゆく……幾重にも積み重なり、消えていった命をその糧として。
地球暦260年某日、ミラージュ社より一つの新製品が発売された。
『ミラージュの新製品! 全レイヴンが待ち焦がれたあの武器が、遂に販売開始!』
発売当時、様々な傭兵ご用達の雑誌で見受けられた、謳い文句である。
自社のエネルギー兵器開発力の高さを誇示するかのような宣伝も、声高に響いていた。
その新製品とは、長い歴史を持つAC兵器産業の中でも、希少なカテゴリに位置する腕部武装。
失われた技術となった大深度戦争末期の物と、現行の技術ではあるが、
火星に本社を置く企業が開発し、生産した物がある。
長い歴史の中で、たった二つしか作られていない武器――エネルギーマシンガンだ。
『WH10M-SILKY』……現在のミラージュ社の伝統である妖精の名を冠したその武器は、
販売直後からVRテスト場が満員となる勢いを見せた。
しかし、テスト終了後、実際に購入へと至ったレイヴンは全体の5%にも満たなかった。
「つらい。真っ先にこの言葉が浮かんだ武器はこれが始めて」
「かかったなアホが! という幻聴を聞きかねない程の欠陥品。大企業が聞いて呆れる」
「エネルギー管理が難しすぎる。これを使いこなすには、人間をやめないと無理だ」
「ねこだいすき」
「wドラゴンはいいんすけど、wシルキーは産廃っしょwwww」
月刊「レイヴン・ウェポンズ」読者投稿欄より抜粋。
――地球暦261年、三月。
“産廃”の名を欲しいままにした、とあるACパーツと同じ名を背負った女性の物語は、ここから始まる。
森、もり、モリ……見渡す限りの森。視界にうっすらと見える木々は、とてもたくましく育っている。
そんなたくましい木々に覆われた場所にも、人の文明が整備された車道として刻まれていた。
唯一視界に入ってくるその木々は、濃厚な霧で遮られ、はっきりとは視認できない。
そんなシザーズ・フォレストの濃霧道を、一台の大型トレーラーが走っていた。
十メートル強はあるコンテナを背負った大型車。コンテナの側面には、青い紋章と共に社名が描かれている。
「……ん?」
不意に、ドライバーの視線が前方から離れた。しばらくは直線の道が続く為、
危険ではない事を確認した上での行動である。
車内の通信機器の一部が赤く点滅していた。
この色は、誰かがこのトレーラーに通信を送った事を示しているサインだ。
ドライバーは己の左耳付近へと手を伸ばし、直後に「あ」と口にして視線を前方へと戻した。
「お嬢さん! コールが来てるんですけど?」
頭は前方へ向いたまま、後部座席へと大声へ放つ。視線はバックミラー越しに後方へと向けられている。
しばしの沈黙が流れ、苛立ちを隠しながらもドライバーは再度声を張り上げた。
「お嬢さんってば!」
「……何よ、あなたが出ればいいじゃない」
「僕のヘッドセット、お嬢さんがそっちへ持って行ったじゃないですかぁ!」
か細く、呟きのようにも聞こえる返答に、ドライバーは素早く怒号を返す。
三人乗りの後部座席を横たわって占領し、惰眠を貪っていた“お嬢さん”がゆっくりと身体を起こした。
彼女が首を回すと、固まった筋肉がほぐれた拍子に音を立てる。
枕元からヘッドセットを持ち上げ、前方の座席から後方へ伸びているドライバーの左腕へと置いた。
渡されたヘッドセットを着け、赤い光点の下にあるスイッチを入れて回線を開くと、
ヘッドセットを通じて聞き慣れた声がドライバーの耳に届いた。
「こちら源。キャリア、応答願う」
「こちらキャリア、オーレンです」
声の主は同僚だった。彼、源(げん)とは親子ほどの年齢差はあるが、職場での格に差は無く、
ドライバーのオーレンにとっては上司でも部下でも無い。
源の話によると、このまま帰還する予定だったオーレン達が、とある事情で引き返す必要があるらしい。
「わかりました……お嬢さんには班長自ら?」
「その通りです」
そこでオーレンは自ら通信を切った。普通ならば失礼極まりない行動であるが、
現職に就いて既に二年目となる今では、最後のやりとりである
“お嬢さんと班長”のくだりが最早決まりきった会話となっているために、気兼ねなど無かった。
「源ちゃんでしょ? 今の通信」
会話を聞いていたらしい“お嬢さん”の声が後方から届く。
声の響き方からして、だらしなく寝転んだまま喋っているのだと、容易に想像出来た。
「ええ、そうですよ。どうやら仕事が増えたみたいですねぇ」
「……あたしも?」
「当たり前です! 詳細は班長から聞いて下さい。いつもの場所ですよ」
そう伝えると、“お嬢さん”は渋々身体を起こし、足元へ手を伸ばして座席裏側に設置されているレバーを引いた。
三人分の後部座席のちょうど真ん中に当たる部分が折り畳まれると、
後方のコンテナへと続く扉のロックが解除され、内部への道が現れる。現代では割とありふれた機能だ。
“お嬢さん”がそこに現れた道を通り、10メートル強のコンテナへと入ったのを確認してから、
オーレンはゆっくりとハンドルを回し、車道をUターンして指定された場所へとトレーラーを走らせる。
彼等に与えられた仕事、それは元々単なる輸送だった。
今、オーレンが運転しているキャリアと呼ばれる大型のトレーラーは、
そのために常用されるミラージュ社専用の輸送車両である。
コンテナへの入り口は、真っ暗な内部と運転席からの光で非常に薄暗く、中はうっすらとしか見えない。
“お嬢さん”は手早く壁面のスイッチを入れ、内部の照明を灯した。
「……また形が変わってんのね」
二十数個ある照明が全て灯ると、コンテナの積荷がはっきりと視認できた。
それを見た“お嬢さん”は、一人諦め混じりに呟いた。
目の前には、巨大な人形が仰向けに横たわっている。
人の何十倍もの背丈を持つ、巨大な鋼の人形――アーマード・コア。
そのアーマード・コアの首の裏側へと周り込み、
“お嬢さん”はACの動体……コアの裏側をまさぐり、搭乗ハッチを開いた。
コアの後方、ちょうど首の裏にあるハッチへと滑るように入る。
機体そのものが横になっているために、パイロットも横になって搭乗しなくてはならない。
「相変わらず狭っ苦しいこと」
標準の規格品とはやや異なるため、このACのコクピットは通常より狭い。
“お嬢さん”は、周辺の計器へと指を滑らせ、手早く機体を起動させる。
そのための手順は全て身体で覚えているため、起動まで一分とかからない。
ジェネレーターの出力は約20%、まだ本格的に動かす訳では無いのでそれだけで十分だった。
立ち上がったOSに指示を出し、通信回線を開く。
コクピット脇の通信用モニターに、“お嬢さん”にとっては見慣れた男性が現れた。
「やぁ、ごめんね、いつもいつも。ほんっとに申し訳無い」
「ちょっと、いきなり何よフェアル兄さん……」
画面に出てきた途端に頭を下げ、両手を合わせて謝りだした男性こそ、
“お嬢さん”の実の兄であり、ミラージュ社社長一家の次男フェアル。
彼はミラージュ社の『第10番兵器開発部』のリーダーであり、社員でもある。
ドライバーのオーレンにとっては上司にあたる人物だ。
「もうね……レイヴンでもない妹に実戦をやらせるなんてね……兄さん情け無くって情け無くって……」
「班長、お気持ちはわかります。ですが、今は作戦の説明を優先して下さい」
頭をかかえ、眼鏡を取り去って今にも泣き崩れそうな兄が映る画面が分割されると、
また見慣れた男性が通信用モニターに映じた。
「そうだね、すまない源さん。君には兄妹揃って世話になっちゃって。思えばもう20年以上か……」
また始まった……と“お嬢さん”はうなだれ、モニターの中では源が困惑の表情を浮かべている。
「で、あたしの仕事は何? 早い所説明してよ」
モニターの中の兄が落ち着きを取り戻し、また発作を起こす前に“お嬢さん”は素早く問う。
ずれた眼鏡を直しつつ、フェアルはまた申し訳無さそうな表情で語り始めた。
「実は今日の朝方、本社に直接犯行声明が届いたんだ。差出人……って言い方も可笑しいかもしれないけど、
とにかくまた、『I・S』からのね」
「『I・S』? またぁ!? こないだの作戦で雇ったレイヴンにギタギタにされたって話でしょ?」
素っ頓狂な声をあげて驚く妹とは対照的に、とても先程まで取り乱していた人物とは思えない程、
落ち着き払った様子でフェアルは続けた。
「驚く様なものでもないと思うけど? 相手は実態の見えないテロ組織だからね。
そう簡単に底は見せないって事さ、それに……」
「『I・S』は、『Imminent-Storm』の略称と言われています。『イルミネント・ストーム』とは、
過去のビーハイブ史に登場する非合法テロ組織の事で、“実在”していた組織なのです」
源の説明と共に、分割表示されていた画面の源が映る部分の映像が突然切り替わった。
赤色を背景に、白い縁取りをした黒い×印が敷かれ、その上に鷹だか鷲だか判断がつかないが、
鳥類を模した模様が刻まれているエンブレム……それが、過去に実在した『イルミネント・ストーム』のエンブレム。
『大破壊』と呼ばれるかつての最終戦争の後、人類は生活の場を地下に移す事を余儀無くされた。
その際に人類が二分され、二種類の地下世界が築かれたという。
企業を主体とし、『百年計画』や『ナーヴ』といったものが存在した世界。
「管理者」と呼ばれるAIに全てを管理され、企業ですらその支配下であった管理された世界。
これらは俗称としてそれぞれ、『ビーハイブ』『レイヤード』と呼ばれていた。
これらの世界は、地球の環境修復と人類の地上進出、そして人類が合流の時を向かえ半世紀も経つと、
次第に過去の歴史と化していった。
「分かるかい? 亡霊のようななまじ存在感のある『I・S』に、本社の上層部は警戒している。
今回の急な予定変更もそのためなんだ」
テロ組織からの犯行声明と、自分の仕事の関連性が思いつかない。
一介の専属AC乗りと、企業宛てのテロに、何の関係があるのだろう……?
瞬間、思考がピタリと止む。全身を閃きと悪寒が駆け巡り、慌てて口を開いた。
「まさか、あたしにもドンパチやれって事じゃないでしょうね? さっきも実戦がどうとか言ってたし……」
その言葉にフェアルは俯いたまま動かなくなってしまい、代わりに源が「その通りです」と返答を返す。
「やんなるなぁ、もう」
やれやれと愚痴をこぼし、懐から愛用の煙草を取り出すと、さも当然のように二本まとめて咥え、火を点ける。
“お嬢さん”の喫煙時の基本スタイルである。
事の発端はフェアルの言葉にもあった通り、テロ組織I・Sから届いたミラージュ社宛ての犯行声明。
何度撃退しても執拗に犯行を繰り返すその姿勢や、過去に実在した組織の名を使用している事、
決して明らかにされないその目的。
だが、今回ミラージュ社に届いた犯行声明には、奇妙にも標的となる『場所』が明確に表記されていたのである。
これまで送られていた声明文には、一度たりとも明確な表記などされておらず、
目的さえも明らかにされていない子供の悪戯のような物さえあった。
無論、標的とされている場所のみを警護するほどミラージュ社は甘く無く、
陽動や囮といった様々な状況を想定しての対応に出たのだ。
そのためにミラージュ社側は過剰とも言える厳戒態勢をしく事となり、
自社警備部隊やレイヴンの雇用等、多額の資金を投入する羽目になった。
「お嬢に向かって頂く場所には、新人のレイヴンがたった一人しか配置されていません」
十分な警備部隊や、それなりのレイヴンすら雇えない程、資金的に余裕は無いのが現状と源は言い放った。
厳戒態勢の限界と言った所だが、洒落にはなりそうでならない。
少なくとも、実際に現場に向かう“お嬢さん”にとっては洒落では済まされたくはない。
――“お嬢さん”はAC乗りではあるが、傭兵でもなければ兵士でもない。
あくまでも企業の一社員に過ぎないのだ。肩書きとしては、ミラージュの専属“テスト”パイロットである。
勿論、レイヴンでなくとも『赤い星』のような例外も存在するが……
「ああ、そうだ。出来れば実戦式データの収集も頼めるかい?
気付いてると思うけど、改修作業は済ませてあるからね」
作戦に参加しつつも、並行で本来の職務を果たせとフェアルは言い始めた。
少し前までは、前線に向かう妹の身をあれ程心配していた筈なのだが。
「……そんな余裕無い、って言ったら?」
あてつけのようにモニターへ向かって煙を吹きかけ、声を荒げて問う。
伝わる筈が無い画面内のフェアルは煙たがってみせながら、
問いへの回答として親指と小指以外を立てた手の甲を見せ付けてくる。
その形が意味するものは、減俸三ヶ月。
露骨な不満の表情で訴えかける妹に「お仕事だからね」と笑顔で言い放った。
「そう、いいよ別に。減った分は、オーレン君にどうにかしてもらうから」
灰を処理しつつ、涼しい顔でさらっと返す。
ドライバーであるオーレンは『第10番兵器開発部』の中でも異色の存在であり、
彼の雇い主は事実上“お嬢さん”である。そのため、生殺与奪を握っているといっても過言では無い。
――つまり、ピンハネ宣言。
「彼も大変だねぇ……とにかく、無事に帰って来るんだよ、データと一緒にね。頑張って、シルキー」
「ご無事をお祈りします」
そこで通信は途切れ、コクピットには静寂とくゆれる紫煙が残された。
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