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「第8話 -火蓋切る-」(2006/08/10 (木) 02:42:11) の最新版変更点
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『グリッド1の火炎放射器が命中!グリッド1、相手を寄せ付けない!
なすすべが無いグリッド2は完全沈黙……グリッド1の勝利です!!』
火炎放射器を持つタンクACが紫色の炎を吹きかけ、重二脚ACを黒コゲにし鎮座させた。
アリーナにまばらな歓声が響く。時間はまだ午前10時。
Bリーグでの戦いでアリーナが使われることは、今まではほとんどなかった。
だがここ数年のフォーミュラF界の「マンネリ」を振りほどきたいFFAは、Bリーグのトップ争いや、早くから注目されている若手アーキテクトやチームに対してのみ、各地のアリーナを試験的に開放した。
大抵はその後に控える大物や中堅チームの対戦の前座という形になるのだが、意外と興行収入が稼げるということで、数年前からアリーナ開放を続けている。
観客にとっても、将来の大スターになる意外性を持つアーキテクトと出会えるかもしれないし、アーキテクト達にとっても、アリーナでの戦いというのはフロンティアで感じるモノが違うので、こういった試みは歓迎された。
当然、僕らもその空気の違いを感じていた。
Bリーグの戦いなのでそれほど観客の数は少ないのだが、それでもいつものフロンティアエリアの戦いとは、明らかに緊張の度合いが違う。
しかもそのアリーナはフォーミュラFの象徴である、ジールエリアのグランド・アリーナ。
偶然ここに当たったとは言え、まさかもっとも活気があり、数多くの知性の英雄たちが戦ってきた場所になるとは思っていなかった。嫌でも体も心が緊張で強張る。
「とうとう、ここまで来ちゃいましたねー…」
控え室でもあり、最終チェック用のガレージの中にある巨大なモニターから、今の試合を見ていた整備員のひとりが、シミジミと呟いた。
「確かに……」
僕もコップに注いだミネラルウォーターを片手に呟く。
「俺たちみたいな安月給の中小企業がやるチームが、アリーナに入っちゃってるんだもんなぁ。それも、観客じゃなくって試合するチームとして。」
「Bリーグの戦いでとはいえ、ここまでこれたのは自分でもびっくりしてますよ。
…これも、みんなが僕についてきてくれたおかげです。」
「いやいや、アーキテクトであるイルスさんがいるからこそ、ここに今自分たちはいるんです。…あ~なんかこれが最後の試合ってことを思い出したら…目に汗が…」
突如ぶわっと目に涙(彼は汗と言い切るが)を浮かべる整備員。
「まだ最後の試合って決まってるわけじゃないじゃないですか。もし僕が負けたらまだ最後じゃないですよ?」
「でもイルスさんは、負ける気なんか全然ないじゃないですかぁ!」
「あ、いや、ま、まあそうなんだけど…」
「ほらっ!やっぱり最後になっちまうんだっ!!うわぁぁあーーん!!!」
突然大声を上げて泣き出す大の大人がひとり。共同ガレージでもあるので、ここには他のチームの人間も大勢いる。
それが突然の泣き声でこちらに視線が集中する。
…正直、恥ずかしい。
「あーまた主任泣き出した。」
「この人、情が絡むとに妙に涙もろくてもろくて…」
「酒飲んだりするといっつもこんな感じになったりするんだよな。」
「ほらほら主任、人が見てますよ。イルスさんに迷惑かかるから、こっちきて一緒に整備しよーねー?」
慣れているのか、彼らはあの手この手で泣き出す整備主任をなだめ、彼はガレージ裏へと連行されていった。
主任の変わりに、ひとりの若い整備員が残る。
「すいませんね、イルスさん。ウチの主任が迷惑かけて。」
「いや、気にしないでいいよ…正直ちょっと恥ずかしかったけど。」
「あはははは…でも、実はみんな涙腺緩くなってますよ。これが最後の試合になるだろうからって。」
「そう、だね。」
最後の試合。このグランドアリーナでの戦いが、僕のBリーグでの最後の戦いになる。
非協力的なスポンサーとは対照的な彼らの人道支援。僕は彼らに支えられて今日までやってこれた。
それが今日でお別れになってしまう。そう思うと確かにちょっと感慨ふけるものがある、が。
「でも、別れを惜しむのはまだ早いよ。」
「そうですね。最後の戦い…俺たちのチームにとって最高で最後の勝利にしましょう!」そういった彼の顔には、今日の戦いに対する自信が漲っていた。
彼だけじゃない、さっきの泣き浄土の整備主任も、他の整備士達も、みんなそうだ。
チームとしての一体感。僕は非常に心地よいものを感じていた。チームを束ねるアーキテクトとして。
AREA:ZEAL
STEGE:GRAND ARENA
ECM NOISE LEVEL 180
フォーミュラフロントを象徴するジールエリアのメインアリーナ。
全アリーナ中最大の規模を誇るこのアリーナで、いくつもの語り草となる戦いが繰り広げられてきた。
「最後に、ACとAIのチェックをしたいんだけど。」
「あ、わかりました。最終チェックデータをそっちに回します。」
ここ連続で勝ち上がってきただけあって、装備もそれなりに充実していた。
最初の頃の面影はほとんどなく、強敵とも対等に渡り合えるほどの武装も積まれていた。
今回の相手は、このBリーグトップのチーム「グラスバード」のAC、「グラスコンチェル」。Bリーグとはいえトップにいるその実力は確かで、BリーグにいながらA級ライセンスの取得もしている。
スポンサーが古くからの伝統を守るその筋には有名なガラス細工メーカーである彼らのチームは、あくまで地元の活性化を目指しているためか他のリーグへ行くことを拒んでいる。
そのため、このB12というリーグの中で「実力とリーグが見合わない、不動のトップ」と言われている。アーキテクトの質が、2位以下と彼らとでは、それほど毛色が違うのだ。
装備面もAIも、そのスポンサー側の儲かりようからは想像が容易につくほどの潤沢ぶりで、その強さはまさに一級品と言える。
グラスコンチェルの機体構成は「臨機応変と確実」。重量四脚でありながら、他のフレームパーツを軽量化し、その分両手、両肩、それぞれひとつずつ重火器が搭載されている。これによって、決定的な一打と、汎用性に富んだ状況判断攻撃が可能になっている。
ブースターも高出力ブースターを装備していて、機動力の確保にも成功している。
比較的軽量に組まれた中量二脚くらいの機動性はあると思ったほうがいいだろう。
行動パターンは過去の対戦データから見ると、あるときは積極的な攻撃を繰り広げ、あるときは回避に専念しつつ要所で鋭い攻撃。つまり、相手のACをよく研究し、その動きをよく読んだAIチューンがされている。
しかも、戦術チップを使っているようで、試合前半と後半で戦法が様変わりすることもある。
正直、動きが予測しづらいタイプ。アーキテクトが非常に優秀なのがわかる。今まででは出会ったことのないほどの強敵。
このタイプには、あらゆる状況に対応できるべく万全の体制でいくか、相手の戦術を発揮させる前に一気に潰してしまう、そのどちらかが有効だと僕は考えた。
まず基本的な戦術だが、僕はこの戦術の決断に最後まで迷った。前者は二脚を中心とした各距離対応の武器で手堅く攻撃する。後者は、タンクに重武装、高防御力でゴリ押しでねじ伏せる方法。
結局、僕は二脚を中心にアセンブリをすることにした。理由は、過去の対戦の相手ACの武装に、チェインガンやガトリングガンが含まれていることにあった。
グランドアリーナは、外堀が段差になって一段低いのと、最初のスタート位置の高台を除くと基本的に平面の造りになっている。
隠れる場所が少ない中、高速移動でチェインガンを発射させられたら、いくら高防御力を誇るタンクであろうとも、すぐに蜂の巣にされてしまう。
武装は右手にレーザーライフルの「WR05L-SHADE」と左手に火炎放射器の「NICHIRIN」。
肩には左に2段分裂する多弾頭ミサイル「WB19-HYDRA2」が積まれた。
波状攻撃をするために、コアは実弾EOの「CR-C98E2」。
さらに攻撃中に息切れをしないように、EN回復装置を搭載。
また機動力確保とギリギリの耐熱を備えるため、ブースターに「CR-B01TP」を装備、オプションには冷却強化を付けた。
さらに攻撃力を上げるためにインサイドに吸着地雷を搭載。
AIチューンは、中距離を維持しつつ、やや攻撃を専念するように調整した。
そして、戦術チップの搭載。これらAIのチューンが、今回の戦いと戦術のミソだ。
僕の読みが正しければ、この対戦は僕の思い通りに試合の流れが進む。そう願いたい。
――――――――――――――
僕らの出番が来るまで、あとわずか。僕はこの最近の慌しい日々を思い起こしていた。
Bリーグでの惨敗、スポンサーとの柵、偶然の出会いから始まった、Xリーグへの誘い。
チームの皆と過ごしてきた試行錯誤の日々も、忘れることはできないだろう。僕は彼らなしにはやってこれなかった。
それを思い出すと、やっぱりどこかジンワリと涙腺が緩くなりそうだ。
泣くのは、勝った後にしよう。そのときはこのチームとの別れのときだ。そのとき、チームの皆で盛大に解散パーティをしよう。
『次対戦チームのお呼び出しをします。チーム・グラスバード、イリオモテの2チームは、あと25分後に試合を開始します。出場ゲート前控え室までお急ぎください……繰り返します、次対戦チーム…』
遂に、来た。このチームの集大成ともいえる、最高の一戦をするときが。
「ついに、来ましたね……」
そう答えた整備士の彼は、緊張で声が強張っている。
「うん……さぁ皆、このグランドアリーナで最高で最後の戦いをしに行こう!!」
「おぉーッ!!」
僕と、チームの皆。各人員はいつもどおりの各モニター前に配置に付く。
『お待たせしました…これより、ボトムリーグ12の王者防衛戦を開始します!!』
ワァァァァァッ!!と意外なほど多すぎる歓声が、モニターの中からだけでなく、確かにこの部屋にも入ってくる。
この後、大手アーキテクトの試合があるから、それのせいで人が集まってるのかな?
不思議そうな顔をしてたら、整備員のひとりが教えてくれた。
「あれ、イルスさん、ひょっとして知らないの?」
「え、なにが?」
「俺たちのこの試合、全国ネット配信されてるんですよ?」
「へぇーー………え、えぇ!?」
そんなはずは。アリーナで、それにトップ争いとはいえ、この試合はあくまで無数にあるBリーグの試合。
知名度から考えても地方ローカルだけで流されるのが普通だと思うんだけど…
「あ~…イルスさん最近新聞とかニュースとか全然見てませんね?」
「ゴメン、AI研究に没頭しててほとんど見てないや…」
「驚くかもしれないけど、俺たちの対戦試合、4位争奪戦あたりから各誌が注目してたんですよ。」
あれ?そうだったんだ。全然知らなかったよ、僕。
「それで、俺達の知名度がいつのまにか結構高くなってて、そのおかげで今日のこの前哨戦試合のチケット、完売らしいですよ?」
前哨戦チケットは、その後に控える大物チームの対戦のチケットにセットで安く買えるチケットで、どっちかっていうとオマケだ。それが完売ってことは…
「俺達のチームの試合、なんかすっごく期待されてるみたいですよ。」
「そ、そうなんだ…」
自分達の戦いが、いつのまにか全国区で流れてて、しかもどうやらいつの間にかファンまで出来てたらしい。これは驚愕の内容としかいえない。
「正直、実感沸かない…」
「俺達もですよ、昨日まで明日の晩飯のこと心配するほどだったのが、突然売れっ子ですよ。」
「イルスさんの努力が、それに結びついたってことですよ。」
「俺達のチームが…いつの間にかこんな立派な…う、ふえぇ…」
「はいはい主任、これからが正念場なんだから、こんなときに泣きっ面にならないでください!」
自分達だけの戦いになると思っていたら、いつの間にか自分達だけのモノではなくなっていた。
これは……最後の戦いであるに相応しい「最後」だ。
今はまだ一握りではあるが、フォーミュラFのファンに期待され、その期待を背負って試合に望める。
チームとして、アーキテクトとして、こんな嬉しいことはない。
僕達の目の前で、今日の為に組んだACが、入場カタパルトにセットされていく。
フロンティアエリアのときとは違い、入場ゲートからお互いのACは登場する。
まさに花道という言葉が相応しい入場だ。
「いよいよだね…頼んだよ、僕の、僕達の作り上げたu-AC!『グレイブレイズ』!」
カタパルトが動き、入場ゲートのほうへと移動していくAC『グレイブレイズ』。そしてそれを見守る僕達。
僕達、イリオモテの最初で最後のアリーナ戦が、今始まる。
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