「『友誼の顛末』」(2006/06/21 (水) 12:54:06) の最新版変更点
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――まず、始めに語っておくべき事がある。
彼は弱者ではなかった。強者でもなかった。ただ、それなりの貧困とそれなりの平穏の合間でもがき苦しむ、一般市民に過ぎなかった。
だが、一つの不幸が彼の人生を変えてしまった。
その事を、まず明記しておく必要があると思う。無論、この前書きは私以外の人間が読む時にしか機能しないのだろうが。
本来ならば、本人の許可を取ってから書くべきなのだろう。だが、その問いを向けられる者はもうこの世にいない。戦死したのだ。
レイヴンの常とはいえ、あまりに惨い結末だ。
しかし、怒りは抑えられない。なぜ、あの気のいい男が死ななければいけなかったのか。それだけが分からない。これも、レイヴンという非常の世界の常なのだろうか。
二十四時間と限られた時間の中では、満足に彼の魂を葬る事すら出来ない。出来たのは、死体も何もない、どころか祈りの言葉しかないという簡易葬だ。
バーテックスの為に尽くした英傑に対し、あんまりと言えばあんまりだろう。
ジャックは言った。彼は弱かったのだと。
私はそうは思わない。彼は強かった。少々頭が軽い人間だった事は否めないが、それでも人間として尊敬にあたる者だと思っていた。
何も知らぬ私にレイヴンとしてのいろはを教えてくれたレイヴンよ。極悪非道の中にあって、なお忠義を失わなかった気高き男よ。
君を助けに行けなかった私に、祈りを口にする権利はないと思う。だから、せめて筆にて君の生きた証を記しておこう。それが、せめてもの私の手向けだ。
ここより先のページは、死した我が友、ライウンの半生を綴ったものだ。君が人の死を嘲る者であれば、ここで読むのをやめて欲しい。
だが、そうでないのならば、そして君の都合がつくのならば、この紙面に記された彼の半生を、頭の隅でいい。残しておいて欲しい。
それが、なにも出来なかった私の、友への贖罪なのだ。
――ンジャムジの手記より抜粋。
後の戦史には、ジャック・Oの二十四時間後攻撃宣言、そしてその際の熾烈な争いが重点的に描かれているが、それ以前にもバーテックスとアライアンスは激しく刃をぶつけあった。
その戦火は凄まじく、数多と存在し、また仕事を求めてその地に訪れたレイヴンは次々に凶刃に倒れていった。
賞金首制度が確立されてからは、その動きはさらに加速し、ジャック・Oの攻撃宣言が為された時には、生き残ったレイヴンは僅かに二十二人だった。
その一人、ンジャムジは、バーテックスにおいても有力なレイヴンであり、高潔な人柄とそれに見合った実力は指導者ジャック・Oにも一目置かれていた。
ンジャムジは企業の地上開発によって追い出された原住民の生まれで、優れた身体能力を持ちつつも、MT、ACの類に殲滅させられた戦士部隊の長だったらしい。
無論、その情報に確証はなく、類推でしかないが、地下の生まれではない事は確かだろうとされている。
そして、彼ら民族は奴隷として働かされていたらしい。その立場を一転させるべく、ンジャムジは膨大な報酬が貰えるレイヴンになる事を決意。
地下の有力市民ですら厳しい試験を持ち前の身体能力と奴隷生活の間に密かに磨いていた知性で補い、見事合格した。
だが、都合よくいったのはそこまでだった。ACの操縦は奴隷時代に使わされた機械などと比べて複雑であり、ンジャムジが操縦できるレベルではなかったのだ。
身体能力、反応速度が如何によくとも、動けないのなら意味はない。ンジャムジは下位層に位置する弱小レイヴンとして、死地ナービスのアリーナで燻っていた。
まわされる仕事は大抵がアリーナでのかませ犬役である。企業からの依頼もないわけではないが、アークとしては彼ら弱小民族に活躍されるのは都合がよくないらしく、滅多に依頼が回ってくる事はなかった。
勿論、アリーナで敗北したものに報酬がもらえる筈はない。弾薬や修繕の費用はアークが持っていてくれるが、食っていけるだけの金は手に入らない。
報酬で奴隷とされた民族を開放するどころか、自身の生活にすら困窮する有様だ。
そして、今日もいつもと変わらないかませ犬役を演じさせられる。敵となるレイヴンの名はライウン。
肩に装備したキャノンによる派手な攻撃で観客を沸かせる、アリーナの人気レイヴンである。
対して、自分は民族の訛りが抜けず、観客の嘲笑を買う人気のやられ役。
客を呼ぶにはお誂え向きの、下種な采配だ。
「……今日こそ」
だが、それでもンジャムジは進む。ライウンは有力レイヴンの一人だ。倒せば、かなりの報酬と名声が確約される。一発逆転のチャンスでもあるのだ。
手馴れぬ手付きで、ウゴンコ・ワ・ペポを起動させる。目前には、青雷を思わせるカラーリングを身に纏う逆間接AC、ストラックサンダー。
数少ない報酬で買った武器腕。これの破壊力を信じ、敵を一気に叩き潰す。操縦技術の拙い自分には、それしか勝利の可能性はない。
「行くぞ!」
ンジャムジの奇妙な発音に、観客が笑う声が聞こえる。だが、知った事ではない。
雑音など無視して突っ込む。マシンガンを一斉掃射モードに変更する。弾を打ち切っても構わない。一気呵成と攻めかかれば、勝機はある。
ストラックサンダーは、火力を重視するACの典型として、機動性が低い。そこを突けば勝てると、情報屋は言っていた。それを信じ、ンジャムジはマシンガンを正射する。
蟻の子一匹通さぬ弾幕が張られ、ストラックサンダーの装甲を抉る。破壊力を重視した対AC用弾丸だ。浴びればACですら蜂の巣になる。
だが、ライウンは突っ込んでくるンジャムジを軽くいなすように空中へと飛び、ウゴンコ・ワ・ペポのロックを外した。慌てて立ち止まり、上方向へとサイトを合わせる。
そして、それは致命的な隙。
ライウンの構える大口径キャノンが、エネルギーを収束させる姿。その姿にンジャムジは戦慄を覚え、慌てて機体を横へとスライドさせる。
だが遅い。ンジャムジが回避行動を取る前に、大口径キャノンの洗礼が、ウゴンコ・ワ・ペポを粉砕した。
目を覚ました瞬間見たのは、救急医療室の天井だった。真白の色合いは、自身の肌とは逆のものだ。
眩いばかりの白。それは、彼にとって忌むべきものでもあった。正確に言えば、白き肌を持つ、皆を隷属させる人間達が。
「お、生きてるな。いや、悪かった。まさか直撃するとは思ってなくてな。直撃コースから外したのが仇となったわけだ。まさか避けた先に直撃するとは」
胡乱だ意識に明るい声を聞き、ンジャムジは身体を起こした。見れば、五体には無数の包帯が巻かれ、全身には軽い火傷の跡が残っている。
恐らく、包帯の下はもっとひどい有様なのだろう。
だが、目の前に立つこの男は、一体誰なのか。白い肌は黒人であるンジャムジとは真逆の色だ。そして、彼は白人の友人を持っていない。
「……君は?」
拙い言葉で名を尋ねる。一瞬、男は訝しげな顔をした後、「はいはい分かったそういう事ね」と納得がいったように一人ごち、
「ついさっきまで対戦してただろう? ライウンだ、ライウン」
ンジャムジはしばし目を見開き、呆然とライウンと名乗る男を見つめた。
「……そんな目で見つめても俺にそんな趣味はないからな。いや、ジャックなら案外分からんか? まあ差別はしないが、俺に惚れるのは勘弁してくれよ。アブノーマルはノーサンキューだ」
「違う。そんな事ではない。君は何故ここに来た?」
見当違いの言葉に呆れつつ、ンジャムジはライウンへと問いかける。
自分は敗者で、嘲笑われる役だ。嘲笑はしかるべきだとしても、勝者に見舞いをされる覚えはないと、視線でライウンに訴える。
「任務なら兎も角、アリーナで死なれると寝覚めが悪い。それに、お前さんの動きに興味も湧いた。お前さん、キャノン発射直前に避けようとしただろう?」
黙る理由もなく、ンジャムジは肯定する。それを見て、ライウンは手を額に当てると、大袈裟に嘆いてみせた。
「くそっ、なんでこんな原石が燻ってんのかね。戦場で死ぬなら兎も角、これはひどい」
「……すまない。私には君が何を嘆いているのか理解できない」
「よし、決めた!」
ンジャムジの疑問を無視し、ライウンは彼の両肩を鷲づかみにする。
火傷を握られる痛みにンジャムジは苦悶の声を挙げたが、ライウンは全く気付かずに興奮した様子で口を開いた。
「俺が仕込んでやる。お前はいいレイヴンになるぞ!」
驚きのあまり声も出せないンジャムジを、ライウンは肯定だと見たらしかった。
そして、その日から、ンジャムジにとって、白は忌むべきものではなくなった。
それが、半年前の事だ。
ライウンの教えの元、めきめきと実力をつけたンジャムジは、アークの実質的な指導者になったジャック・Oにも目を掛けられ、彼の潜伏中に活躍した。
隷属させられていた民族も解放し、今では他の者と変わらぬ暮らしを営んでいる。それも全て、ライウンとジャック・Oのお陰だった。
ジャック・Oはレイヴンとしての実力よりも、策謀に長けた男だった。だが、その魂は高潔であり、ンジャムジにとっては尊敬できる数少ないレイヴンだった。
彼はンジャムジの一族が開放されるように取り計らい、ンジャムジを腹心として引き入れた。
ンジャムジにとって、ライウンとジャック・Oは、レイヴンという卑劣を常道とする世界において、輝く星のようなものだった。
だが、表に裏があるように、光には影が存在する。
聞けば、ライウンは家族に売られた子供らしかった。人体実験に使われ、AC運用に最適化された兵士、強化人間(プラス)と呼ばれる存在になったのだと、彼は語った。
ンジャムジの不運などとは次元が違う。彼は軽く言ったが、その実、人体実験は地獄の沙汰だ。同胞が一秒後には亡くなっていておかしくない。そんな場所で、ライウンは奇跡的に生き延びたのだ。
だが、彼はそれを恨んではいないという。無論、売られた当時の怒りはあるが、それでも力を得れた事を感謝していると、ライウンはンジャムジに語った。
「力があれば、時代を変えられるだろう? 俺は頭が悪いから手足になるぐらいしか出来んが、ジャックの理想の助けになれるなら命を掛けられる。そして、この力はその助けになってくれる」
そう、ライウンは語っていた。少年のように、と称するにはあまりに擦れた、しかし輝きは劣らない夢の話だった。
だが、それを語った者はもはやいない。ディルガン流通管理局に向かった彼は、強行偵察に現れたレイヴンに命を奪われた。もはや、彼の夢が聞ける事はない。
自分は助けにいける立場だった、とンジャムジは苦悶した。それでも、助けにいかなかったのは、ライウンの実力を信頼していたからだ。
彼が敗れる筈はないと、心の何処かで高を括っていた。その余裕が、MT殲滅などという任務に手間取り、ライウンの救援を遅らせ、そして彼を死なせる原因となったのだ。そう、ンジャムジは自身を責めた。
この時、ンジャムジの足を止めていたMTは、ジャック・Oの手の者だと知っていれば、この先の悲劇は起こらなかったかもしれない。
ンジャムジはジャック・Oにライウンの命を奪ったレイヴンの仇を取りたいと打診した。
彼は難色を示してくれたものの、友誼の為に最期には許可を下ろしてくれた。
バーテックスの所属レイヴンのうち何人かは、そのレイヴンの手に掛かって死んでいた。放置するわけにもいかないだろう。それが、ジャック・Oからンジャムジに送られた返事だった。
手筈はジャック・Oによって整えられた。正面から戦ってもらうおうと、ぺルザ高原でかのレイヴンと決闘を行えるようにしておくと、ンジャムジは聞いていた。
ライウンの人生を綴った手記は今だ未完成だ。こんなところで死ぬ訳にはいかない。
必ず仇を取り、そして生き延びる。その覚悟を胸に、ンジャムジは手記と共にACのコックピットへと乗り込んだ。
「そいつだ。裏切り者は排除してくれ」
その聞きなれた、しかし冷たい声にンジャムジは凍りついた。
どういう事だ? 自分が裏切り者だと? そんな馬鹿な。もしや、これは奴ではなく、私を嵌める為に用意された舞台だったとでも言うのか?
裏切られたのか? 自分が、友であるジャック・Oに?
「……っ!」
リニアライフルとリボルバーが放つ砲音に、ンジャムジの意識が戦場に戻る。だが、自問は消えない。
これはジャック・Oがお膳立てしてくれた決闘ではなかったのか。何故、自分が裏切り者になっているのか。
なんにせよ分かる事は、ここで死んだら自分は裏切り者としてバーテックスに処分されるという事だ。それだけは許されない。ここで死ねば、自分だけではない。友であるライウンの魂まで、地に堕とす事になる。
「ジャック……どうした……? なにを……言ってる……?」
ジャック・Oに対する通信回線を開き、疑問の言葉を投げかける。応える声はなく、無言のまま通信は途絶された。
その間にも、レイヴンの攻撃は止まない。通信の隙を突いたリニアライフルの弾丸が、ウゴンコ・ワ・ペポの装甲を掠めた。
「ジャマ……するな……!」
怒りの色の滲む声。それと共に、ンジャムジはイクシードオービットを起動した。
ACの頭上を浮遊し、照準を合わせてライフル弾にも匹敵する威力を持つ専用弾丸を吐き出す。
同時にマシンガンを構え、一斉掃射。イクシードオービットとの同時攻撃によって作られた弾幕は、敵レイヴンのACに多大なダメージを与えられる筈だ。
「逃がさんっ……!」
追い詰めようとブーストを起動する。
間合いを離されれば、ジリ貧だ。勝負の流れをここで掴まなければ、敗北するのは自分だと、ンジャムジは直感した。
だが、それは敵も理解している。故に、敵は搦め手を用いた。ブーストを即座にキャンセルし、突っ込んでくるンジャムジに特攻する。
予想を外れた行動に、ンジャムジは驚愕しつつも、勝利の確信を深めた。接近戦ならこちらに分がある。
だが、その確信は、敵ACの左手武器がパージされた瞬間、胡散霧消した。
格納されたコアから取り出されるそれは、CR―WL06LB4。イレギュラーナンバーである月光さえも超えるとされる、最高のブレード。
その刀身が、ンジャムジの眼を焼かんばかりの、青い輝きを見せていた。
「ぬっ……ぅ……!」
急ぎ機体を後退させる。如何にクロスレンジ最強のブレードであっても、ショートレンジであれば勝つのはンジャムジだ。
だが、CR―WL06LB4の刀身の間合いは長く、ンジャムジの予想を遥かに凌駕していた。
青い刀身が横薙ぎに払われ、ウゴンコ・ワ・ペポのコアは引き裂かれた。コンピュータが、APが10パーセントを切った事に警鐘を鳴らし、ウインドゥが軒並み赤色に変わる。
逆転の手はないかと、ンジャムジの目がせわしなく泳ぐ。だが、ない。そして、マシンガンの砲火を恐れず、返される青い刃を、ンジャムジは視認する。
万事休す。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「どうして……?」
思わず口をついて出たのは、疑問の言葉だった。
なぜ友が死ななければならなかったのか。なぜ友が自分を裏切ったのか。なぜ死ぬ訳にはいかない自分が、ここで果てなければいけないのか。
その全てを篭めた言葉だった。
尤も、そこに篭められた意味など、事情を知らぬ敵に通じる筈がない。青き刃はウゴンコ・ワ・ペポのコアを貫き、ついに止めを刺した。
ンジャムジは、友の半生を綴った手記と共に、プラズマの熱によって蒸発した。
ライウンという男も、ンジャムジという男も、歴史の表舞台に名を残す事無く、その人生を伝える事無く死んだ。
今は、僅かに名前だけを、戦史に残すのみである。
――まず、始めに語っておくべき事がある。
彼は弱者ではなかった。強者でもなかった。ただ、それなりの貧困とそれなりの平穏の合間でもがき苦しむ、一般市民に過ぎなかった。
だが、一つの不幸が彼の人生を変えてしまった。
その事を、まず明記しておく必要があると思う。無論、この前書きは私以外の人間が読む時にしか機能しないのだろうが。
本来ならば、本人の許可を取ってから書くべきなのだろう。だが、その問いを向けられる者はもうこの世にいない。戦死したのだ。
レイヴンの常とはいえ、あまりに惨い結末だ。
しかし、怒りは抑えられない。なぜ、あの気のいい男が死ななければいけなかったのか。それだけが分からない。これも、レイヴンという非常の世界の常なのだろうか。
二十四時間と限られた時間の中では、満足に彼の魂を葬る事すら出来ない。出来たのは、死体も何もない、どころか祈りの言葉しかないという簡易葬だ。
バーテックスの為に尽くした英傑に対し、あんまりと言えばあんまりだろう。
ジャックは言った。彼は弱かったのだと。
私はそうは思わない。彼は強かった。少々頭が軽い人間だった事は否めないが、それでも人間として尊敬にあたる者だと思っていた。
何も知らぬ私にレイヴンとしてのいろはを教えてくれたレイヴンよ。極悪非道の中にあって、なお忠義を失わなかった気高き男よ。
君を助けに行けなかった私に、祈りを口にする権利はないと思う。だから、せめて筆にて君の生きた証を記しておこう。それが、せめてもの私の手向けだ。
ここより先のページは、死した我が友、ライウンの半生を綴ったものだ。君が人の死を嘲る者であれば、ここで読むのをやめて欲しい。
だが、そうでないのならば、そして君の都合がつくのならば、この紙面に記された彼の半生を、頭の隅でいい。残しておいて欲しい。
それが、なにも出来なかった私の、友への贖罪なのだ。
――ンジャムジの手記より抜粋。
後の戦史には、ジャック・Oの二十四時間後攻撃宣言、そしてその際の熾烈な争いが重点的に描かれているが、それ以前にもバーテックスとアライアンスは激しく刃をぶつけあった。
その戦火は凄まじく、数多と存在し、また仕事を求めてその地に訪れたレイヴンは次々に凶刃に倒れていった。
賞金首制度が確立されてからは、その動きはさらに加速し、ジャック・Oの攻撃宣言が為された時には、生き残ったレイヴンは僅かに二十二人だった。
その一人、ンジャムジは、バーテックスにおいても有力なレイヴンであり、高潔な人柄とそれに見合った実力は指導者ジャック・Oにも一目置かれていた。
ンジャムジは企業の地上開発によって追い出された原住民の生まれで、優れた身体能力を持ちつつも、MT、ACの類に殲滅させられた戦士部隊の長だったらしい。
無論、その情報に確証はなく、類推でしかないが、地下の生まれではない事は確かだろうとされている。
そして、彼ら民族は奴隷として働かされていたらしい。その立場を一転させるべく、ンジャムジは膨大な報酬が貰えるレイヴンになる事を決意。
地下の有力市民ですら厳しい試験を持ち前の身体能力と奴隷生活の間に密かに磨いていた知性で補い、見事合格した。
だが、都合よくいったのはそこまでだった。ACの操縦は奴隷時代に使わされた機械などと比べて複雑であり、ンジャムジが操縦できるレベルではなかったのだ。
身体能力、反応速度が如何によくとも、動けないのなら意味はない。ンジャムジは下位層に位置する弱小レイヴンとして、死地ナービスのアリーナで燻っていた。
まわされる仕事は大抵がアリーナでのかませ犬役である。企業からの依頼もないわけではないが、アークとしては彼ら弱小民族に活躍されるのは都合がよくないらしく、滅多に依頼が回ってくる事はなかった。
勿論、アリーナで敗北したものに報酬がもらえる筈はない。弾薬や修繕の費用はアークが持っていてくれるが、食っていけるだけの金は手に入らない。
報酬で奴隷とされた民族を開放するどころか、自身の生活にすら困窮する有様だ。
そして、今日もいつもと変わらないかませ犬役を演じさせられる。敵となるレイヴンの名はライウン。
肩に装備したキャノンによる派手な攻撃で観客を沸かせる、アリーナの人気レイヴンである。
対して、自分は民族の訛りが抜けず、観客の嘲笑を買う人気のやられ役。
客を呼ぶにはお誂え向きの、下種な采配だ。
「……今日こそ」
だが、それでもンジャムジは進む。ライウンは有力レイヴンの一人だ。倒せば、かなりの報酬と名声が確約される。一発逆転のチャンスでもあるのだ。
手馴れぬ手付きで、ウゴンコ・ワ・ペポを起動させる。目前には、青雷を思わせるカラーリングを身に纏う逆間接AC、ストラックサンダー。
数少ない報酬で買った武器腕。これの破壊力を信じ、敵を一気に叩き潰す。操縦技術の拙い自分には、それしか勝利の可能性はない。
「行くぞ!」
ンジャムジの奇妙な発音に、観客が笑う声が聞こえる。だが、知った事ではない。
雑音など無視して突っ込む。マシンガンを一斉掃射モードに変更する。弾を打ち切っても構わない。一気呵成と攻めかかれば、勝機はある。
ストラックサンダーは、火力を重視するACの典型として、機動性が低い。そこを突けば勝てると、情報屋は言っていた。それを信じ、ンジャムジはマシンガンを正射する。
蟻の子一匹通さぬ弾幕が張られ、ストラックサンダーの装甲を抉る。破壊力を重視した対AC用弾丸だ。浴びればACですら蜂の巣になる。
だが、ライウンは突っ込んでくるンジャムジを軽くいなすように空中へと飛び、ウゴンコ・ワ・ペポのロックを外した。慌てて立ち止まり、上方向へとサイトを合わせる。
そして、それは致命的な隙。
ライウンの構える大口径キャノンが、エネルギーを収束させる姿。その姿にンジャムジは戦慄を覚え、慌てて機体を横へとスライドさせる。
だが遅い。ンジャムジが回避行動を取る前に、大口径キャノンの洗礼が、ウゴンコ・ワ・ペポを粉砕した。
目を覚ました瞬間見たのは、救急医療室の天井だった。真白の色合いは、自身の肌とは逆のものだ。
眩いばかりの白。それは、彼にとって忌むべきものでもあった。正確に言えば、白き肌を持つ、皆を隷属させる人間達が。
「お、生きてるな。いや、悪かった。まさか直撃するとは思ってなくてな。直撃コースから外したのが仇となったわけだ。まさか避けた先に直撃するとは」
胡乱だ意識に明るい声を聞き、ンジャムジは身体を起こした。見れば、五体には無数の包帯が巻かれ、全身には軽い火傷の跡が残っている。
恐らく、包帯の下はもっとひどい有様なのだろう。
だが、目の前に立つこの男は、一体誰なのか。白い肌は黒人であるンジャムジとは真逆の色だ。そして、彼は白人の友人を持っていない。
「……君は?」
拙い言葉で名を尋ねる。一瞬、男は訝しげな顔をした後、「はいはい分かったそういう事ね」と納得がいったように一人ごち、
「ついさっきまで対戦してただろう? ライウンだ、ライウン」
ンジャムジはしばし目を見開き、呆然とライウンと名乗る男を見つめた。
「……そんな目で見つめても俺にそんな趣味はないからな。いや、ジャックなら案外分からんか? まあ差別はしないが、俺に惚れるのは勘弁してくれよ。アブノーマルはノーサンキューだ」
「違う。そんな事ではない。君は何故ここに来た?」
見当違いの言葉に呆れつつ、ンジャムジはライウンへと問いかける。
自分は敗者で、嘲笑われる役だ。嘲笑はしかるべきだとしても、勝者に見舞いをされる覚えはないと、視線でライウンに訴える。
「任務なら兎も角、アリーナで死なれると寝覚めが悪い。それに、お前さんの動きに興味も湧いた。お前さん、キャノン発射直前に避けようとしただろう?」
黙る理由もなく、ンジャムジは肯定する。それを見て、ライウンは手を額に当てると、大袈裟に嘆いてみせた。
「くそっ、なんでこんな原石が燻ってんのかね。戦場で死ぬなら兎も角、これはひどい」
「……すまない。私には君が何を嘆いているのか理解できない」
「よし、決めた!」
ンジャムジの疑問を無視し、ライウンは彼の両肩を鷲づかみにする。
火傷を握られる痛みにンジャムジは苦悶の声を挙げたが、ライウンは全く気付かずに興奮した様子で口を開いた。
「俺が仕込んでやる。お前はいいレイヴンになるぞ!」
驚きのあまり声も出せないンジャムジを、ライウンは肯定だと見たらしかった。
そして、その日から、ンジャムジにとって、白は忌むべきものではなくなった。
それが、半年前の事だ。
ライウンの教えの元、めきめきと実力をつけたンジャムジは、アークの実質的な指導者になったジャック・Oにも目を掛けられ、彼の潜伏中に活躍した。
隷属させられていた民族も解放し、今では他の者と変わらぬ暮らしを営んでいる。それも全て、ライウンとジャック・Oのお陰だった。
ジャック・Oはレイヴンとしての実力よりも、策謀に長けた男だった。だが、その魂は高潔であり、ンジャムジにとっては尊敬できる数少ないレイヴンだった。
彼はンジャムジの一族が開放されるように取り計らい、ンジャムジを腹心として引き入れた。
ンジャムジにとって、ライウンとジャック・Oは、レイヴンという卑劣を常道とする世界において、輝く星のようなものだった。
だが、表に裏があるように、光には影が存在する。
聞けば、ライウンは家族に売られた子供らしかった。人体実験に使われ、AC運用に最適化された兵士、強化人間(プラス)と呼ばれる存在になったのだと、彼は語った。
ンジャムジの不運などとは次元が違う。彼は軽く言ったが、その実、人体実験は地獄の沙汰だ。同胞が一秒後には亡くなっていておかしくない。そんな場所で、ライウンは奇跡的に生き延びたのだ。
だが、彼はそれを恨んではいないという。無論、売られた当時の怒りはあるが、それでも力を得れた事を感謝していると、ライウンはンジャムジに語った。
「力があれば、時代を変えられるだろう? 俺は頭が悪いから手足になるぐらいしか出来んが、ジャックの理想の助けになれるなら命を掛けられる。そして、この力はその助けになってくれる」
そう、ライウンは語っていた。少年のように、と称するにはあまりに擦れた、しかし輝きは劣らない夢の話だった。
だが、それを語った者はもはやいない。ディルガン流通管理局に向かった彼は、強行偵察に現れたレイヴンに命を奪われた。もはや、彼の夢が聞ける事はない。
自分は助けにいける立場だった、とンジャムジは苦悶した。それでも、助けにいかなかったのは、ライウンの実力を信頼していたからだ。
彼が敗れる筈はないと、心の何処かで高を括っていた。その余裕が、MT殲滅などという任務に手間取り、ライウンの救援を遅らせ、そして彼を死なせる原因となったのだ。そう、ンジャムジは自身を責めた。
この時、ンジャムジの足を止めていたMTは、ジャック・Oの手の者だと知っていれば、この先の悲劇は起こらなかったかもしれない。
ンジャムジはジャック・Oにライウンの命を奪ったレイヴンの仇を取りたいと打診した。
彼は難色を示してくれたものの、友誼の為に最期には許可を下ろしてくれた。
バーテックスの所属レイヴンのうち何人かは、そのレイヴンの手に掛かって死んでいた。放置するわけにもいかないだろう。それが、ジャック・Oからンジャムジに送られた返事だった。
手筈はジャック・Oによって整えられた。正面から戦ってもらうおうと、ぺルザ高原でかのレイヴンと決闘を行えるようにしておくと、ンジャムジは聞いていた。
ライウンの人生を綴った手記は今だ未完成だ。こんなところで死ぬ訳にはいかない。
必ず仇を取り、そして生き延びる。その覚悟を胸に、ンジャムジは手記と共にACのコックピットへと乗り込んだ。
「そいつだ。裏切り者は排除してくれ」
その聞きなれた、しかし冷たい声にンジャムジは凍りついた。
どういう事だ? 自分が裏切り者だと? そんな馬鹿な。もしや、これは奴ではなく、私を嵌める為に用意された舞台だったとでも言うのか?
裏切られたのか? 自分が、友であるジャック・Oに?
「……っ!」
リニアライフルとリボルバーが放つ砲音に、ンジャムジの意識が戦場に戻る。だが、自問は消えない。
これはジャック・Oがお膳立てしてくれた決闘ではなかったのか。何故、自分が裏切り者になっているのか。
なんにせよ分かる事は、ここで死んだら自分は裏切り者としてバーテックスに処分されるという事だ。それだけは許されない。ここで死ねば、自分だけではない。友であるライウンの魂まで、地に堕とす事になる。
「ジャック……どうした……? なにを……言ってる……?」
ジャック・Oに対する通信回線を開き、疑問の言葉を投げかける。応える声はなく、無言のまま通信は途絶された。
その間にも、レイヴンの攻撃は止まない。通信の隙を突いたリニアライフルの弾丸が、ウゴンコ・ワ・ペポの装甲を掠めた。
「ジャマ……するな……!」
怒りの色の滲む声。それと共に、ンジャムジはイクシードオービットを起動した。
ACの頭上を浮遊し、照準を合わせてライフル弾にも匹敵する威力を持つ専用弾丸を吐き出す。
同時にマシンガンを構え、一斉掃射。イクシードオービットとの同時攻撃によって作られた弾幕は、敵レイヴンのACに多大なダメージを与えられる筈だ。
「逃がさんっ……!」
追い詰めようとブーストを起動する。
間合いを離されれば、ジリ貧だ。勝負の流れをここで掴まなければ、敗北するのは自分だと、ンジャムジは直感した。
だが、それは敵も理解している。故に、敵は搦め手を用いた。ブーストを即座にキャンセルし、突っ込んでくるンジャムジに特攻する。
予想を外れた行動に、ンジャムジは驚愕しつつも、勝利の確信を深めた。接近戦ならこちらに分がある。
だが、その確信は、敵ACの左手武器がパージされた瞬間、胡散霧消した。
格納されたコアから取り出されるそれは、CR―WL06LB4。イレギュラーナンバーである月光さえも超えるとされる、最高のブレード。
その刀身が、ンジャムジの眼を焼かんばかりの、青い輝きを見せていた。
「ぬっ……ぅ……!」
急ぎ機体を後退させる。如何にクロスレンジ最強のブレードであっても、ショートレンジであれば勝つのはンジャムジだ。
だが、CR―WL06LB4の刀身の間合いは長く、ンジャムジの予想を遥かに凌駕していた。
青い刀身が横薙ぎに払われ、ウゴンコ・ワ・ペポのコアは引き裂かれた。コンピュータが、APが10パーセントを切った事に警鐘を鳴らし、ウインドゥが軒並み赤色に変わる。
逆転の手はないかと、ンジャムジの目がせわしなく泳ぐ。だが、ない。そして、マシンガンの砲火を恐れず、返される青い刃を、ンジャムジは視認する。
万事休す。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「どうして……?」
思わず口をついて出たのは、疑問の言葉だった。
なぜ友が死ななければならなかったのか。なぜ友が自分を裏切ったのか。なぜ死ぬ訳にはいかない自分が、ここで果てなければいけないのか。
その全てを篭めた言葉だった。
尤も、そこに篭められた意味など、事情を知らぬ敵に通じる筈がない。青き刃はウゴンコ・ワ・ペポのコアを貫き、ついに止めを刺した。
ンジャムジは、友の半生を綴った手記と共に、プラズマの熱によって蒸発した。
ライウンという男も、ンジャムジという男も、歴史の表舞台に名を残す事無く、その人生を伝える事無く死んだ。
今は、僅かに名前だけを、戦史に残すのみである。
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