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「第六話 運命の子供達」(2006/05/28 (日) 10:50:47) の最新版変更点
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彼らは空を知らなかった。
暗く人口の光に照らされた世界で過ごしていた。
地下深く、彼らはそこで生まれ、育つ。
今はなき、小さな企業。
企業は年齢二桁にも満たない子供を集め、実験を行っていた。
彼らはレイヴンを育てていた。
正確には、レイヴンとなるべく教育された戦闘兵士達。
身元も解らないような子供を連れ帰り、否応無しに被験者とする。
目的は優秀な量産レイヴンの提供。
実験段階ではあったものの、運命の子供達の数は既に50を越えていた。
小さな企業であったが、数々の企業からの支援により資金には困らなかった。
どの企業も、自由に扱える駒を欲していたのだ。
社会的に存在しない、身元の割れない完璧な戦闘兵士。
その上、最強の兵器であるACを使うのだから。
子供達はいくつかのグループに分けられ、地下世界で生活する。
企業の研究者達は子供達に様々な戦闘に必要な知識を与える。
豊富な書物、情報、ACの操縦技術。幼い頃から英才教育を施す。
その中でも[異端]とされるグループがあった。
そのグループの子供はただひとり。
年齢は12歳。左目に眼帯を付けている少年・フォッカー。
彼はここで育ち、後に25歳の若さで人生を終える事になる。
彼は事故により左目を無くし、通常の育成は不可能と判断され、ここに居る。
それだけでなく、彼は[外]へ尋常ではない興味を持ち。
また、この隔離された地下研究所とこの実験そのものに不信感を抱いていた。
彼の不穏な動きを知り、左目の事故を名目に彼を隔離したのだ。
隔離といっても完全な孤立ではない。
食堂は共通だし、訓練も団体で行うものがある。
だが、他の子供達は彼に近づこうとしなかった。
幼い彼らの目に、フォッカーは危険と映ったのか。
それとも、研究者がフォッカーについて何かを子供達に示唆したのか。
彼は着実に戦闘技術と知識を身につけて行く傍ら、[外]へ出る手段を考えた。
そして成長するにつれ、彼はそれが不可能だと悟った。この時、14歳。
同時に、暫く孤独に過ごした彼に生活をともにする人間が現われる。
その日、彼はいつものように本を読んでいた。右目だけで。
突然、倉庫のような殺風景な部屋のドアを叩く音がする。
特に気にかけず、彼は読書を続ける。
ドアが開き、フォッカーが顔を向けると一人の男の姿が見える。研究者の一人だ。
「喜べ、今日からお前に同居人が出来た。しかも二人もだ」
それだけ言い残すと彼は早々に立ち去った。二人の少女を置いて。
部屋に入った少女はフォッカーに丁寧に頭を下げた。
胸にはもう一人の少女が抱えられている。抱いている少女に比べてかなり幼い。
「わたくし、マリアを申します。」
簡単に自己紹介を済ませると、傍らにあった椅子に腰を落とす。
フォッカーは異様な少女二人に不信感を抱きつつも、口を開いた。
「…フォッカーだ」
マリアは笑顔で答える。腕に抱かれた少女を見、そしてフォッカーに提案する。
「この子には名前が無いの、二人で一緒に名前を考えましょう」
彼は慣れない同居人に戸惑いつつも、順調に日々を過ごした。
だが、戸惑ったのも最初だけで。数日で直ぐに共同生活に慣れた。
少女にはリウェッタと名付けた。良く眠る少女だった。
起きている時間の方が明らかに少なく、丸一日寝ている日さえあった。
一種の病気か何かではないか、とフォッカーは考えた。
だが同時に、だからこそ此処へマリアと共にやってきたのだと理解する。
そんな彼女を必死に世話するマリアは、彼女を一人にするのが心苦しかったのか。
マリアとの共同生活も数ヶ月続いたある日、また此処へ子供がやってきた。
今度も二人。姉妹だった。
姉はフェリアルギアス、弟はヴェルギリアスと名乗った。
二人は研究者からの干渉と束縛を嫌い、真っ向から対立した。
こういう問題児こそ、此処へ送られてくるのだった。
そして、数日たらずの内にまた1人。
今度はやたらと調子の良い陽気な少年。名はハンス。
訓練等、成績こそ良いが良く怠け。自由気ままの行動が目立つ少年。
駒として扱えない兵士は不必要、だが処分するには惜しまれる逸材。
こうしてフォッカー達は6人に仲間を増やした。彼は15歳になっていた。
彼らは日々を過ごす、隔たれた地下世界で。
彼らは生活を共にし、各々に様々な印象を抱いていた。
年長であるフォッカーとマリアは両者共に他の4人をまとめ上げた。
特にマリアはリウェッタの世話を1人でこなした。まるで母親のように。
フォッカーは歳の割に大きな体の為、皆の兄のような立場に居た。
フェリアルギアスとヴェルギリアスは特に変わりなく、自由に振る舞う。
姉は自らの欲望に正直で思った通りに行動し、弟はそれに付いて行く。
研究者にとって最も扱いが困難だったのがこの二人だった。
ハンスはその性格からか、皆を繋ぐ存在だった。
リウェッタは時々覚醒する。目を覚ました彼女は口数が少なかった。
ある日、ハンスが一つの情報を手に入れ、皆に話した。
「今日、俺たちの所にまた新しい奴が来るってよ」
嬉々として語るハンス。フェリアルギアスが怪訝な顔で答える。
「今頃?そいつはまた変だねぇ、どんな奴なの?」
「悪魔とかなんとか言われてる奴だった気がする。姉さん知らなかったの?」
ヴェルギリアスが彼なりに手に入れた情報を出す。
子供達の間で悪魔と呼ばれ、遠巻きにされていたらしい。
それを聞いてフォッカーが不安を声に出し、呟いた。
「…悪魔…大丈夫なのか…」
マリアは特に何か語ろうとせず、皆を眺めていた。
胸に抱かれたリウェッタは相変わらず眠っている。
暫くすると、部屋のドアが開いた。また、研究者が立っていた。
彼は何も言わず、傍らに立つ少女を部屋に押し込むとすぐさま引き返した。
ドアの前で困惑する少女。どこからみても[悪魔]などではない。
「君が…悪魔?なんだー、どこが悪魔なんだよ」
少女を見たハンスが声を掛ける。
「あら、随分と可愛らしい女の子ねぇ」
マリアが[悪魔]を見て率直な意見を述べた。フェリアルギアスが残念そうに言う。
「ちょっとガッカリ。あんた何やらかしたのさ」
少女は答えない。何も答えない。暫く沈黙が続いた。
「…何、あんた。挨拶くらいできないの?」
高圧的にフェリアルギアスが問うと、少女は慌てて礼をした。
ここでフォッカーが一つの可能性に思い当たった。
理由こそ解らないが悪魔と呼ばれる少女。実際は悪魔とほど遠い少女。
「…まさか、話せないのか?」
少女は察してくれたフォッカーに心中礼を言い、笑顔で頷いた。
彼女は話せなかった。元々ちゃんとした名前があったかどうかは不明。
だが、皆からは悪魔と呼ばれていた。
話せず、笑顔で居る事しかできない彼女を皆はグリニング・デーモンと呼んだ。
グリニング/デーモンと(筆談で)名乗った彼女に6人は困惑した。
彼らもまた、異端扱いをされている子供なのだ。自覚こそないが。
この名前は可笑しい。皆がそう思った。グリニング・デーモン等とは呼べない。
新しい名前を考える、というのは彼女が嫌がった。
彼女にしてみれば、これが名前なのだった。皆から貰った唯一のモノだった。
「うーん、じゃあ。呼び方を変えよう」
ヴェルギリアスが提案した。途端、ハンスが彼女に向かって言う。
「グーってどうだ?グー。悪くないだろ?」
彼女は笑顔で頷いた。この時から、彼女はグーになった。
数日後、部屋のドアが勢い良く開いた。
駆け込んで来たのはハンス、書庫に籠り、あるモノを見つけ出した。
「グー、良いもん見つけたぞ!これだ!」
ハンスが掲げたモノをフォッカーが見て感心する。
「…なるほどな。これなら大丈夫か」
彼が見つけ出して来たのは一冊の本。手話に関する本だった。
「良し、グー。早速、俺と一緒にやろうぜ。1人じゃつまんねぇだろ」
本を机の上に広げる。グーは笑顔で応える。
それを見てフェリアルギアスが面倒くさそうな声を出した。
「頑張ってねー、あたしそんな面倒なの嫌よ。まぁ、1人通じれば良いか」
既に顔を寄せ、本を見入ってる二人を見てマリアが微笑する。
と、突然リウェッタが目を覚ました。
抱いているマリアより先に、フェリアルギアスがそれに気づく。
「あら、リウェッタ。起きたの?」
その言葉でマリアも気づき、声をかける。
「おはよう、リウェッタさん。良く寝てたわねぇ」
リウェッタ3日ぶりの目覚め。同時に、グーは通話する手段を得た。
フォッカー、マリア19歳。ハンス17歳。
グーとフェリアルギアス16歳。ヴェルギリアス14歳。リウェッタ7歳。
彼らは一つのチャンスに巡りあう。
その日、彼らを突然大きな揺れが襲った。
彼らの住む地下施設がレイヴンによって襲撃を受け、施設が破壊された。
崩れ行く施設の中、フォッカー達は脱出を試みた。
「なんだ、くそっ!何が起きてんだ?」
激しく揺れる廊下で、なんとか姿勢を崩さずハンスが言い放つ。
「事故か何か…地震ではないな。なんにせよ、これはチャンスだ」
フォッカーの応えにフェリアルギアスが怒りを込めた声を上げる。
「チャンス!?何がどうチャンスなのよ、思いっきりピンチでしょ!」
「外へ出る…チャンスですね」
ヴェルギリアスの言葉にフォッカーが小さく頷く。
彼らは無事に施設を脱出した。
彼ら以外にも多くの子供達が脱出を果たした。研究者も同様。
襲撃は夜で、視界は悪かった。
それ以前に、彼らは自分たちの今居る場所を知らない。世界を知らない。
子供達はグループで散り散りに逃げ去って行った。遠く闇の中へ。
フォッカー達も初めての外の世界に感激するよりも早く、施設を後にした。
一晩中走り続け、森を抜け広大な野原に出ようかという所で各々意識を失った。
フォッカーはベッドの上で目覚めた。
ベッドから飛び起き、状況を理解するよりも早くあるモノを見た。
今迄見た事もない、外の世界。大きな窓から見えたのは、青空。
「…空…雲…本物だ。此処は…外だ」
感激の声を漏らすフォッカー、ふと振り返ると仲間が皆ベッドで眠っている。
ここでふと我に返る。
自分たちは外にいたはずだ、こんな建物には見覚えも無い。
何者かに連れてこられたということだろう、だがベッドで皆寝ている。
自分たちは保護されたのだろうか。様々な事を考える彼。
一人の男がフォッカー達の居る大きな部屋に入って来た。
「お目覚めかい?」
フォッカーが声の方を見ると、一人の男が立っていた。
レイヴン・フルヴァン。その人だった。
「———————。」
長い語りを終え、ため息を付くハンス。
目の前には二人の男、クーゲルシュライバーのディオと桃白々一号。
彼らの本拠地に現れたセヴンビークスは、彼らに協力を申し出た。
ハンスはまず、ディオと隊長を呼び。自分達の協力の一環として出生を語る。
セヴンビークスの正体。自分たちの正体。"彼"についての情報。
他の5人は未だに外で待っている。ハンスだけが立ち入る事を許可された。
「これが俺達の正体。そして俺達を救ったのがレイヴン・フルヴァンだ」
何も言わない二人。ハンスは続ける。
「俺達はこの後、フルヴァンに育てられた」
「俺達のACを用意してくれたのも彼だ」
桃白々一号がハンスに聞く。
「フルヴァン…アルスの弟子…か、彼は今何処に?」
「墓の中だ」
ハンスが短く応えた。一号ががっくりと肩を落とす。
「強化人間だったからな…元々自分の死期を感じて隠居してたみたいだった」
ディオは相変わらず何も言わない。一号もなるべく聞くに徹している。
一号には信じがたい話だった。突拍子もない話だった。
(英才教育を受けていた…子供が沢山…それがセヴンビークス…企業が…)
いや、と一号は自分に歯止めをかける。
(これだけ情報が得られれば、調べれば嘘か本当かなんてすぐ出て来る)
今は聞くに徹するべきだ、と自分に言い聞かせる。
「…彼は、俺達に色々な事を教えてくれた」
ゆっくりとハンスが語りを再開する。
「世界の事、そしてなにより…"彼"、アルスについてもだ」
—————フルヴァンは様々な事をフォッカー達に教えた。
なによりフォッカー達が自分達について色々語ったためだろう。
世界の事、自分がレイヴンだということ、そして、伝説のレイヴンアルスの事。
特にフォッカー達はアルスの話に興味を示した。
フルヴァンは少しづつ、彼について語っていった。
だが、彼が何故死んだのかについては絶対に語らなかった。
その事を聞かれると必ず「知らない」の一点張りだった。
とにかく、フォッカー達は彼の元で生活を続けた。
フルヴァンは彼ら全員にACを与えた。
レイヴン時代の稼ぎで資産には困っていなかった。有り余るほどでさえあった。
フルヴァンは彼らにレイヴンになるよう勧めたのだ。
だが、実際にそれは困難を極めた。
彼らは"存在していない人間"だったからだ。
彼らは結局、レイヴンになることは叶わなかった。
数年後、フルヴァンが死亡すると。彼らはとうとう道しるべを失った。
フルヴァンが残したのは大きな屋敷と7体のAC。
「————、そこで俺達は"彼"の存在を知った。今の"彼"だ」
ついに核心へ迫った、と一号は期待した。
だが、答えはあまりに陳腐なものだった。
「俺達は憧れの"彼"について調べた、だが答えは無かった」
つまり、本物かどうか解らなかった。とハンスが付け足す。
「俺達が"彼"を追い求めるのは、それが鍵だったからだ」
「鍵?」
一号が問う。ハンスは少し間を置いて応えた。
「俺達がこの光の世界に降り立つ為の、鍵だ」
彼らは"彼"を追い求めた。
レイヴンを襲い、誰も手を付けられない暴走するAC。
それを自分達が捕獲ないし、撃破したら?
これ以上の注目度は無い。自分達は、世界から認められる。
存在無き者達の、存在を欲するが故の答えだった。
だから彼らは"彼"を追い求め、調べ、動き出した。
捕らえ、それを世間に公表するのが当初の目的だった。
願わくば、本当に"彼"に会えれば。とも思っていた。
「だが」
ハンスが声を強くした。
「先日、ホームが襲われた。"彼"と…アルーシャスに」
「アルーシャス?」
ディオが初めて口を開いた。ハンスはすぐに応えた。
「施設で訓練用に使われていたAIACだ、そいつが"彼"の味方をした」
自分達を実験体として扱った研究者と"彼"が繋がっている。
この事実が、"彼"を[討つべき存在]に変えたものである。
既に一人、仲間を失ってさえいるのだから。
「俺達と…お前達の目的は同じだ。だから、協力を申し出に此処へ来た」
ハンスが一号を睨むかのように強く見据えて言い放った。
「腕には自信がある、伊達に仕込まれちゃいない」
答えない一号。ハンスが続ける。
「俺達は…俺達を育てたあいつらに恩はない。あるのは…恨みだけだ」
フルヴァンに真実を教えられてからは、彼らはあの企業に対する怒りを覚えた。
自分達は意思に関係無く、奴らに利用されていた、ただの道具だと知った。
この後、一号はセヴンビークスの協力を快く迎え入れた。
彼らの話に嘘は無く、またアルスに近いレイヴン・フルヴァンの情報も手に入る。
なにより彼らの実力は折り紙付きだ。協力するにデメリットは無い。
元々敵対していたわけでもないのだから、当然の結果と言える。
この日、いつになく重い足取りでディオは帰路についた。
自室に戻るなり、鏡を見た。自分の顔を、もう一人の自分を。
「アルーシャス…」
小さく呟く。
『聞き覚えが…あるのか?』
自分の中の何かが聞き返す。
そんなはずはない。でも…何かが引っかかる。
ハンスと出会った時、何故か覚えた親近感。ハンスに対する信頼。
「そんなはずは…無い」
『でも、不安なんだろう。事実なんだろう?』
(そう…だ、事実だ。俺が一番良く解ってる)
ディオは崩れ落ち、今日聞いたハンスの話を思い出す。
同時に何かが自分の記憶から呼び覚まされるのを感じ取った。
恐怖を、恐る恐る口に出す。途切れそうな、かすれた声。
「俺には…俺には…記憶が無い…!」
いまとなっては関係無い事、レイヴンとなっては関係のない事。
だが、まぎれもない事実。だからこそ、彼はレイヴンになった。
彼には、丁度"その頃"のハンスと同じ歳。
17歳までの記憶が一切無かった。
最初から、スタードラゴンと出会う。それ以前から。
世界の中心である彼は、世界を知らなかった。
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