「ジナイーダSS」(2006/04/23 (日) 01:41:26) の最新版変更点
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パルヴァライザーは、進化していた。
二脚だ。両手から青いブレードを伸ばした、ほっそりとした二脚型兵器――それが、今のパルヴァライザーだった。
その動きは確かに速く、レーザーの威力も強化されているようだ。
だが――
「ぬるいな」
ジナイーダは一蹴した。
接近してくるパルヴァライザーに、マシンガンを撃ち放つ。
パルヴァライザーはその弾幕を上に跳んで回避するが、ジナイーダはそれを読んでいた。
慌てず、すでにロックしておいたミサイルを発射する。
空中を進むパルヴァライザーに、七つのミサイルが殺到した。
パルヴァライザーに、ミサイル迎撃装置はない。
結果、七発全てがクリーンヒットした。パルヴァライザーは空中でバランスを崩し、地面に倒れてしまう。
「無様だな」
言って、ジナイーダはブーストペダルを踏みつけた。
猛スピードでファシネイターが接敵、敵の腹部を踏みつけ、ハンドレールの銃口を胸部へ――急所へ押しつける。
焦げるような放電音が、パルヴァライザーに回避不能の死を告げていた。
「帰ってくれ。お前に用はない」
そして、レールガンが火を噴いた。
青い閃光が至近距離で着弾、パルヴァライザーの胸部をえぐり取る。
直後、ジナイーダは再びブースタを全力作動。爆発の威力射程から、ファシネイターを退避させる。
それから一拍遅れて、パルヴァライウザーは全身の関節から火を噴き出し、爆散していった。
(……終わったか)
安堵の息を吐いた。
それと平行して、機体状況を確認。
APは八割と少しであり、コアが少し傷ついている以外は、目だった損傷も無かった。
次いで、周辺状況も確認する。
インターネサイン上層部は、中央に巨大なビルを置く、正方形の広場であったが――そのどこにも、新たな熱源は見られなかった。
どうやら、ジャックの言うとおり、パルヴァライザーと言えどすぐには再生できないらしい。これなら、この作戦――『中枢突入』も予定通り進行できそうだった。
『もしもし』
そこまで考えたところで、通信が来た。
四〇がらみの男の声――オペレーター、ウェリックスからである。
「なんだ?」
『戦闘が終わったぽいので、報告します。姐さんよ、どうやらあんたの「意中の人」は、すでに中枢へ到達してしますぜ』
「……そうか」
それは尋常でない到達速度であったが、ジナイーダは特に驚かなかった。
「中枢へのルートは? 調べてあるんだろうな?」
『勿論、サー。七時の方向にある扉に入って、そこの亀裂から中枢へ通じるパイプに入れます』
「分かった。今すぐ、行こう」
『了解。中枢の破壊を、援護するってことですな?』
そのウェリックスの解釈は、極めてまっとうなものだった。僚機の元へ行くのであれば、『協力』と考えるのが自然だろう。
だがジナイーダはそれに首を振った。どこか愉しさを滲ませて、
「違うな」
『……はい?』
「あいつの腕だ。どうせ、私が到着する頃には仕事を――中枢の破壊を、終えているだろう。援護など、あいつには不要だ」
『……それじゃ、なんでわざわざ中枢へ?』
ウェリックスは怪訝そうに言う。
ジナイーダは、それに洒落にならない答を寄越した。
「戦う」
オペレーターの応答は、すぐには来なかった。
五秒経ち、一〇秒経ち、ようやくウェリックスの声がする。
『……相手は、僚機ですがね?』
「そうだな」
『味方ってことになりますが……』
「そうだな」
『……相手べらぼうに強いんですよ? しかもその割りに、懸賞金……エヴァンジェの半分もなくて……』
「そうだな」
割りにも道理にも合わないことなど百も承知、と言わんばかりの口調だった。
自然、ウェリックスの言葉にも力がこもる。
『姐さん。どうしちまったんすか。さっき負けたのが悔しいってのは分かりますがね……』
「それだけじゃない」
ウェリックスが言葉を失った。
特に威圧するような口調ではなかったが――そこには尋常でない意気込みと興奮が含まれており、それに気圧されてしまったのだ。
「やっと見つかるかもしれないんだ。奴と――カスケード・レインジと戦えば、ずっと探していた『私』を見つけられるかも知れないんだ……!
私を理解できるかもしれないんだ……!
……それに」
ジナイーダは一拍置いて、言った。
「相手も、きっと私と同じことを考えているはずだ」
正直ウェリックスには、言っている意味がわからなかった。
だから反論した。すでに薄々、説得は無理と感じつつも、
『ナ、ナンセンスっすよ!』
「分かってる!」
火を吐くような声だった。
ウェリックスが完全に沈黙し、ジナイーダは一方的に続ける。
「お前は、なかなか優秀なオペレーターだった。今までご苦労だったな。
すでに私が死んでも、お前の口座に金が引き落とされるように、手続きはしてある。
だから――黙ってみていろ。邪魔はしないでくれ」
夜明け前の、午前四時。ファシネイターが施設の奥に――中枢に向かっていく。
『……なんてぇやつじゃぎ』
ウェリックスは東部訛りで罵しったが、ジナイーダにはもはや聞こえていなかった。
*
細いパイプに飛び込んで、中枢へ下りだす。
落下は、長い。まるで地核まで繋がっているかのように、延々とファシネイターは落ちていく。
その内部の照明も全て消えており、インターネサインがすでに停止していることを如実に示していた。
(……もうすぐだ……)
ジナイーダは、愛機の中で思った。スティックを固く握りしめ、
(もう少しで、会える……戦える……!)
そこで穴が終わった。
ファシネイターは、巨大な空洞の中に放り出される。
球形の天井を持った、都市並みの床面積を誇る大空間――インターネサイン中枢だった。
予測の通りすでに施設は破壊されており、早朝に似た薄闇が全体に漂っている。
ジナイーダは、そこに愛機を着地させた。
静寂に沈む中枢を見渡し、そこに一機のACを認める。
両手にレーザーライフルを装備した、重装備の機体。
武装は変わっているが、間違いなく以前戦ったAC――カスケード・レインジだった。
その証拠に、特徴であるオレンジのモノアイが、こちらを静かに見つめ返している。
「……お前か。やはりな、そんな気はしていたよ」
相手は応えなかった。
だが意志は通じているだろう。そもそも、相手も同じことを考えているはずだ。
その確信と共に、ジナイーダは続けた。
「私達の存在……その意味が、これで分かる気がする」
ファシネイターが、一歩前に出た。
カスケード・レインジも足を広げ、ゆっくりと戦闘態勢へ移行していく。
ぴりりとした緊張が流れ、その一拍後、ジナイーダは宣言した。
「お前を倒し……最後の一人となった、その時に……!」
カスケードとファシネイター、両者の背後で、青い炎が同時に巻き起こった。
二人は最高速で突進、だがすぐさますれ違い、反転し、真正面から攻撃をぶつけ合う。
青、紫、黒、緑、あらゆる色の光弾が飛び交い、中枢を艶やかに照らしだした。
並みのレイヴンであれば、この段階でどちらかが致命傷を負っていただろう。
だが、二人の場合は違った。
お互いに紙一重で敵弾を避けつつ、破滅的な撃ち合いを続けている。
(……ああ)
その撃ち合いの最中、ジナイーダは賛嘆した。
(……やはり、そうだ。これだ、この相手こそが……!)
ジナイーダは、突如トリガーから指を離した。
するとすぐに、カスケードも攻撃を中断する。
お互いに示し合わせたわけではない。が、暗黙の内に『この撃ち合いは、お互いに技の冴えを確認し合う、一種の「挨拶」に過ぎない』ということを、了解し合っていたのだ。
(……来た……)
一変、しんと静まり返った中枢の中で、ジナイーダは震えた。
恐怖ではなく、武者震いだ。
今までずっと追い求めてきたものに、ようやく手を掛けたのだ。震えないはずがなかった。
「やっと来たんだ……!」
レイヴン――それも一流の中の一流。それこそ、ドミナントと呼ばれる類の――戦いには、『己』が宿る。
その戦略に、立ち回りに、もっと言えば弾丸の一発一発に、そのレイヴンの全てが自然と凝縮される。
自然、一流同士の戦いは、互いの全存在をぶつけ合う壮絶で美しいものとなる。
ジナイーダは、常々その戦いを欲していた。そういった戦いの中で、ずっと抱き続けていた疑問――『己は何か?』――を解き明かそうと思っていた。
動作に『己の全て』が宿る場所なら、疑問の答を感じるのも容易なはずだと思ったのだ。
だが――ダンスは、一人で踊れない。
そういった戦いには、相方がいる。それも、自分に勝るとも劣らない、圧倒的な実力者が。
三流と戦ったところで、動作に込められる『己』はたかが知れているのだ。
そしてジナイーダは、そんな中途半端に得られる『己』に興味がなかった。
彼女が渇望するのは、ぎりぎりの死闘の中で自然と動作に宿るであろう、完全な『己』である。
そうした『己の全て』を、強敵との戦いの中で感じ、かつその有り様を掴むこと――それは、ジナイーダの夢でさえあるのだ。
「……待っていた」
お前を。この瞬間を。
ジナイーダの頬に笑みが浮かび、スティックが固く握られる。
心臓がかつてないリズムを刻みだし、体が熱を帯びてゆく。
「やろう。今度こそ、本気で……!」
子供のように言うと、戦闘が再び始まった。
*
先程の小手調べと違い、二人は目まぐるしく動いた。
上へ、下へ、右へ左へ。
縦横無尽に駆け回り、マズル・フラッシュを咲かせ合う。
幾つもの弾丸を交わし合い、接近とすれ違いを繰り返す。
「……すげぇ」
そうしたファシネイターのカメラ映像を見つつ、ジナイーダのオペーレーター――ウェリックスはぽっかりと口を開けた。
銜えていた煙草が、下に落ちる。
ウェリックスは、今まで多くのレイヴンを見てきた。
だが、ここまでレベルの高い戦いは初めて見た。
まるで羽でもついているかのように飛び回り、それでいて的確に射撃と回避を行っている。
だが、そんなことは些細な問題だった。
何よりも通常と違うのは――二人とも、愉しそうなのだ。
一切の束縛を受けることなく、伸び伸びと、己の全てを出し切って、この戦いに挑んでいる――そんな感じを受けた。
「なんだよ、こりゃぁ……」
身震いせずにいられない。
その姿は、まるで踊っているかのようなのだ。
己の全存在を余すところなく表現する、情熱的かつ壮絶なダンス――こんな戦い、見たことない。
猛威を振るったインターネサインの中枢も、今や誰にも邪魔されることのない、二人のための舞台である。
『……私が何であるか……掴めるかもしれないんだ……』
ふと、脳裏にジナイーダの言葉が蘇った。
あの時はさっぱり意味不明だったが、今ならよく分かった。
(……そうか、これが、あんたが言った『自分』を掴める戦いか……!)
確かに、そうなのだろう。
素人目にも、二人の一挙一動に尋常ならぬものが――それを気持ちというのか、魂と呼ぶのかは分からないが――宿っているのが分かった。
恐らく、今の二人は全ての動作につけて、『己の全て』を感じ、かつそれを掴み取っているだろう。何故なら、全ての動作に『己の全て』が宿っているのだから。
「すげぇ、すげぇよ、姐さん……!」
ウェリックスは、かつてない感動に打ち震えた。
*
「これだ……これこそが……!」
ジナイーダもまた、震えていた。
自分の気づかなかったもの、自分の気づいていたもの、気づいても目をそらしていたもの――彼女のありとあらゆるものが、一挙一動に流れ込んでいる。
その流れを感じることにより、ジナイーダは『己の全て』を――『自分という存在』を隅々まで把握し、それと一体になっていた。
(これが、「私」か……!)
右手のレールガンを撃つ。
相手が横に回避、そこでマシンガンから実弾を送り込む。
だが相手はそれさえも上昇で回避し、さらにはミサイルの雨を降らせてきた。
ジナイーダは、逃げない。
マシンガンの弾幕でミサイル群を瞬く間に撃ち落とし、カスケードを追って空中にいく。
天井付近で、二機のACが並んだ。
緑とオレンジのモノアイが、同じ高度で睨みあう。
「死ね……!」
言葉と裏腹に、ジナイーダは笑っていた。
だが殺意は本物だった。
肩のパルスキャノンと、左手のマシンガンが一斉に火を噴く。
カスケードは突如地上におりてこれを回避するが、ジナイーダもそれを追って降り、かつ地上でも撃ちまくった。
ジナイーダは強化人間であるが故に、かなり無理が利くのだ。
そして無理のある攻勢のおかげで、カスケードはついに壁に追いつめられた。
これ以上は下がれず、かつ回避もできない位置関係である。
(もらった!)
止めを刺す。
その動作にも、様々な感情が流れ込んでいた。高純度の殺意や、敬意、それと一体になった愛情、さらにはそれに伴う古い古い記憶など――普段は気にもとめないそういったものさえも、今のジナイーダは『己』として体感していた。
(……終わりか)
若干の寂しさと共に、レールガンのトリガーを絞る。
パシュ
不意に、そんな音がした。
発砲音ではなかった。パージ音。
それも、ファシネイターのではなく――カスケード・レインジのものだった。
(なんだ?)
レールガンが溜を開始する。
それと平行して、ジナイーダはカスケードの武装を確認して――ぎょっとした。
左手のレーザーライフルがパージされ、代わりにブレードが着けられていたのだ。
しかもそのブレードからは、すでに青い収束エネルギーが伸ばされている。
(だが、何のため――)
そこで、レールガンが発射された。
文句なし、コクピット直撃のコースである。
だが、カスケードは臆せず突進した。左手のブレードを、高く高く振り上げた状態で。
(斬るつもりだ)
直感した。
(だが何を――)
その答に思い至るのと、解答の提示はほぼ同時だった。
カスケードは、左手のブレードで発射されたエネルギー体を縦に斬りつけた。
音速以上で進むエネルギー体は、より高密度のエネルギー体――ブレードにぶち当たり、水滴のように砕け散った。
飛び散った微細なエネルギーが、空中から雨のように降り注いでくる。
「……なっ!」
ジナイーダは、喫驚の叫びを上げていた。
あり得ない技だった。
確かに、理屈としては可能だが、タイミング、角度、それらが丸々合致しなければ、こうはならないはずだ。
と、そこでCOMが警告。
見ると、カスケードがそのまま突進してきていた。
ジナイーダは慌てて距離を取ろうと思ったが――その時にはすでに、カスケードは眼前に迫っている。
カスケードが、逃げ遅れたファシネイター――そのコアのジェネレーター部位に、右手のレーザーライフルを押し当てる。
『素晴らしい戦いだった』
ジナイーダは驚いた。
これは、初めて聞く相手の声だったのだ。
『……だが、アンコールはなしにしよう』
高密度レーザーが――KRSWの一撃が、ジェネレーターを直撃した。
*
(負けた……!)
音で分かった。ジェネレーターが破壊された。
異常発熱による熱暴走、EN供給不全によるチャージング、それらが同時に起こっている。
もはや、まともな戦闘は望めまい。どころか、少し経ってたら爆発してしまうだろう。
実際COMもそう警告している。
だが、ジナイーダは脱出しようとは思わなかった。
もはや間に合わないことであるし、何より、今の彼女にとって『そんなこと』はどうでもよかったのだ。
(負けたのか……私が……)
ファシネイターが、膝を折った。
バランス維持装置が働き、右手のハンドレールを杖にようにする。
そんな愛機の周囲に、青い光がシャワーのように降り注いでいた。
(見事だった)
目の前に立つ勝者を見上げ、まず思うのはそれだった。
レールガンの光弾を、コンマ数秒違わぬタイミングで、かつ正確な角度で斬りつけた技術は全く賞賛に値する。
だが――ジナイーダが褒めるのは、そこだけではなかった。むしろ、それは付属品に過ぎない。
ジナイーダが震えるのは――絶望的な状況でありながら、あえて突進し活路を拓いたその度胸、思い切り、そして心意気である。
ジナイーダと同じく、カスケード・レインジの動きにも搭乗者の『在り様』が確かに宿っていた。
そして彼女は、レールガンの弾を斬ったその動作から、相手の尋常ならざる『在り様』を感じ取り、震えているのだ。
悔しさをあまり感じないのは、きっとその感動の方が大きいからだろう。
「ああ……」
息が、漏れた。
絶体絶命でありながら、逃げず、屈せず、己を信じて立ち向かう。
ジナイーダは、カスケード・レインジの斬撃にそういった『生き様』を見たのだ。
そしてその姿の、なんと誇り高いことか。
目の前で、青い雨に打たれながら立つその姿の、なんと美しいことか。
常に己の力だけを信じて、臆することなく道を開いていくというその姿勢――それはまさしく、ジナイーダが思い描いたレイヴンに理想像だった。
ジナイーダの胸を、これ以上ない充足が満たしていく。
「……私はただひたすらに、強くあろうとした」
気がつくと、ジナイーダはそう呟いていた。
目の前の勝者に向けて、
「そこに私が生きる理由があると……信じていた」
COMの警告音が、消えた。どうやらCOMも死んだらしい。
だけでなく、いつの間にか無線以外の全システムもダウンしていた。
もはや、爆発まで間もないだろう。
だがジナイーダは笑みさえ浮かべている。
「やっと追い続けたものに、手が届いた気がする……」
この死闘の中で、ジナイーダはようやく『己』を掴んだ。
そして、誇り高い相手と、最高の殺し合いをさせてもらえた。
これは彼女が予想した、どんな最期にも勝る幕引きだった。
「レイヴン」
音が乱れた。
もはや時間はない。
だがジナイーダは臆することなく続けた。目の前の相手に、最大級の感謝を込めて――
「その称号は、お前にこそ相応しい……」
ファシネイターは爆散した。
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