「第八話 VS.メルツェル」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「第八話 VS.メルツェル」(2011/08/13 (土) 00:29:10) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「そろそろ、準備も整ってきたな」
「ああ、頃合だろう。あまり遅すぎても不備が出る」
「なら、近いうちに宣戦布告をしようと思う。構わないな?」
「――すまない、少し遅らせてもらうわけにはいかないだろうか」
「……何だ? 遅すぎても、と言ったのはお前だろう」
「悪いな。……ちょっと、最後に済ませておきたい用がある。手間は取らせんさ」
「まあいいが、済ませるなら手早く頼むぞ」
「ああ、分かってる」
///
機体には、必要以上の思い入れは持たないようにしている。
こう言うとドライに聞こえるかもしれないが、別に生きているわけではないのだ。
生きていないのだから、壊れたのならただ換えるだけ。
……なのだが。
初めて与えられたネクスト。
俺の声に応え、再起動という荒業をやってのけたネクスト。
スペキュラーがもう動かないということには、少なからず思うところがあった。
再起動のメカニズム解明と、データ収集のため、スペキュラーはまだガレージにいる。
こうやって見てみると傷も少なくなく、俺がかなり無茶をさせていたことが見て取れた。
中量二脚型にしては重い装甲は、その無茶をサポートしてくれた。
豊富な火器は、イメージをダイレクトに結果に変えてくれた。
こうして心に穴が開いたような気分になるということは、やはりスペキュラーは俺にとって
特別なネクストだということなのだろう。
整備士「本社とかGAさんからパーツ取り寄せになっちゃうんで、新しい機体が組めるのは少し先に
なっちゃうんスよ。それまでミッションが入らないのを祈るばかりっスね」
ガレージの隅でスペキュラーを眺めていると、顔なじみとなってしまった整備士が声をかけてきた。
トーマ「あ、悪ぃ、邪魔だったか?」
ここ最近は何も仕事がないため、ガレージに来てぼーっとスペキュラーを眺めている毎日だ。
その際も整備は続けられているわけで、思えば邪魔をしていたかもしれない。
腰を上げようとすると、整備士は否定の意を示し、座っているよう手で俺を促す。
整備士「別にいてくれて構わないっスよ。邪魔にもなってませんし。
それより、何かあったら言ってくださいね。ノーマルくらいは貸し出しますから」
トーマ「おう、悪いな」
整備士「いや、ぶっちゃけ自分すげえ助かってるんスよ。妄想の幅が広がりまくりっス。
トーマさんが来てくれたおかげでGAとMSACのパーツいじれますし。
次はどうしましょう? ガッチガチの重装機体? それとも、両腕両肩全部グレネードで
揃えちゃいます?」
トーマ「揃えちゃわねーよ! しかも何で発想がGA寄りなんだよ! 確かに兵装変えたりはするかも
しれねえけど、もっと使いやすい機体組むよ!」
詰め寄ってくる整備士を手で押さえつけながら、俺は腰を上げる。
ネクストの肘関節部のすり減り具合を見て息を荒げているこいつを見て、少し付き合い方を覚えたのだ。
整備士「ああ! もっとGA製のパーツの話してくださいよ!
バズーカ喰らったときの被弾反動とか! 有澤さんとこのグレネードの爆風範囲とか!
タンク系脚部とAMS繋いだときの感触とかぁあああ!」
そんな悲痛な叫び声を聞きながら、俺はガレージを後にした。
///
部屋へ戻ると、端末に着信があった。
どうせまたリリウムだろうと着信者名を確認する――と。
トーマ「……非通知……だあ?」
そこには、あるはずのない「非通知」の文字。
リリウムが一方的にかけてくる回線しか引かれていないため、外への通信も出来ないこの端末。
どうすべきかと迷っていると、端末へ再度着信があった。
もちろん、画面には「非通知」の文字が躍っている。
トーマ「……」
出るかどうか迷った末、画面を操作し通話画面へと移る。
『……お、ああ、繋がったか。また出なかったら面倒だったが、よかった』
ボイスチェンジャーは使われてない、生の声。
聞き覚えのある、その声。
トーマ「……あんたか」
『久し振りにしては、きつい言われようだな』
トーマ「『タークス』だったか? やっぱアレ、あんたか。趣味の悪いことだな、相変わらず」
男の声。
そう歳は食っていないが、決して若いというわけでもない。
どこか余裕ぶったような口調が癇に障る。
『命の恩人に酷い言い草だな。……まあいい、今日はその話じゃない、別の用だ』
トーマ「……別の用?」
『ふむ――この回線も長くは使えん。直接会って話がしたい。これからポイントを指定する、そこへ
来てくれ。……厄介なお姫様は、連れてきてくれるなよ?』
トーマ「そもそも、あいつはそんなひょいひょいと外出できる身じゃねえよ」
『それは好都合。彼女がいては、話がこじれる』
リリウムがいてはマズい話。
だがしかし、俺はこの男と会わなければならない。
会って、話をしなければならない。
『――では、このポイントまで出向いてくれ』
指定されたポイントを確認しながら、通信を切る。
距離と場所を見て、整備士にノーマルを借りる手間を考え、少し憂鬱になった。
///
BFF社製ノーマル。
GAのものよりいくぶん身軽で、装備も軽い。
久し振りのノーマルの感覚に戸惑いつつも、待ち合わせたポイントへと飛ぶ。
待ち合わせ場所が廃棄された街の喫茶店とは、気取り屋のあの男らしいというか何というか。
適当な場所にノーマルを下ろし、身ひとつで赴く。
店に入ると、男が一人でコーヒーを飲んでいた。
きっとこのためだけにサーバーを持ち込んだのだろう。辟易する手間だ。
「リンクスが身ひとつとは、無用心じゃないか」
トーマ「そりゃあんたも同じだろ。愛機の姿が見えないぜ、タークスさんよ」
男が満足そうに薄く笑ったのを見て、俺は言葉を続ける。
トーマ「いや、面倒だ。もったいぶらずに呼ばせてもらおう――久し振りだな、メルツェル」
メルツェル「もう少し溜めというものを考えてくれ。こういうのは演出が大事なんだ」
トーマ「知るか。GAグループにそんな繊細なもん求めるんじゃねえよ」
目の前でくつくつと噛み殺すように笑うこの男。
正直、この男と会うことそのものが褒められた話ではない。
メルツェル「まあ座りたまえ。立ちっぱなしでは話もできんだろう」
トーマ「相ッ変わらず、よく分かんねえよな、あんたはよ」
メルツェル「それは仲間内からもよく言われる。さて、調子はどうだ?
端末を通してじゃあ、ロクに話もできなかったからな」
トーマ「ぼちぼち、ってとこだな。あんたのお陰で上手くやれてるし、あんたのお陰で命拾いしたよ」
メルツェル「そいつはよかった。ローディーさんは元気か? 最近任務で一緒だったんだろう?」
トーマ「その辺は自分で聞けよ。立場上、込み入ったことは言えねえ」
メルツェル「だろうと思って聞いた」
トーマ「じゃあ聞くな」
メルツェル「そうはいかんさ。せっかくお前をからかう機会ができたんだ、有効に扱わねばな。
どうだ? ウォルコットの令嬢とは上手くやってるのか?」
トーマ「それこそ下世話だ。どうでもいいだろうがよ、あんたには」
メルツェル「まあ待て、他には――」
トーマ「そろそろいいだろ、本題に入らせろ。あんたが俺に用っつったら、限られてるよな」
世間話をするために呼んだんじゃねえだろ、と吐き捨て、詰め寄る。
睨みを効かせてはみたもののメルツェルは動じず、「――そうだな」と唇の端を歪めた。
メルツェル「まずは必要なものを渡しておこう、そろそろ切れるころだろう?」
そう言って手のひらに収まるサイズの金属製のケースを差し出すメルツェル。
中を開いて確認すると、そこには見慣れたアンプルがあった。
メルツェル「これだけ渡しておけば間違いないだろう。足りなくなることもあるまい」
トーマ「助かる」
ケースを右の懐に入れながら、胸に適度な重さを感じつつ思う。
これはただのクスリの重みなのか、それとも何か別のものの重さなのか、と。
メルツェル「お前の頼みをいつも聞いているんだ、たまには私の頼みを聞く気はないか?」
唐突に、メルツェルがそう切り出した。
トーマ「あんたの頼みなら、いつも聞いてるだろ。あんたのシナリオ通りに俺は動いてるはずだ」
メルツェル「そうか、ならいつも通りついでにもう1個頼みを聞いてくれ」
ふいに、メルツェルが声のトーンを落とす。
いつもの話術だ。この男は、人を引き込むような話が上手い。
メルツェル「詳しいことは今はまだ言えんが、近いうちに私たちは大きな動きを起こすつもりだ。
私たちの仲間――そうだな、仮に『旅団』と呼称しよう。『旅団』の末席に、お前も
名を連ねてみる気はないか?」
トーマ「どうせあんたのことだ、ろくでもねえことだろ?」
メルツェル「さあ、どうだろうな。それは見る者の考えによって変わるものだ」
今までに何度も話はしたが、「仲間になれ」と直接言われたのは初めてだった。
もちろん、俺もそんな話がメルツェルから出てくるとは思っていなかった。
メルツェル「ただ言えることは、私たちは『意志』を持って行動しているということだ。
いつまでもヒトは揺り篭に揺られているわけにはいかない。
何かに頼らず――自分の足で、歩くときが来たのさ」
トーマ「自分の足じゃ歩けない奴らも、いないわけじゃない。誰かが支えてやる必要がある奴もいるだろ」
メルツェル「……大義だ。それに、自分の足で立てないのに生きている動物は、人間だけだ。
揺り篭から出られないままでは、やがてヒトは皆歩けなくなる」
ムキになっているようにも見えた。
どこか達観しているような態度のメルツェルが、ここまで真剣な表情を見せるのも初めてだ。
伊達や酔狂ではない、改めてそれを思い知る。
メルツェル「加えて、お前が追っていた人物のことも、教えてやれないこともない」
ぴん、と、糸が張り詰められた。
自分が今どんな顔をしているのか、容易に想像できる。
トーマ「……条件、ってか……」
メルツェル「できればお前は自由意志での入団をしてもらいたい。あくまで、この話は別のものだと
思ってもらって構わない。――もっとも、同士でない者に対する態度は、また
別のものへと変わってくるがな」
分からない。
リリウムの手前そう答えたが、やはり目の前に餌をぶら下げられると揺らぐものもある。
自分の意志の弱さに嫌々しつつも、俺は口を開くことができない。
メルツェル「……トーマ」
長い沈黙の中、意外なことに、先に口を開いたのはメルツェルだった。
トーマ「あん?」
メルツェル「驚いた。駆け引きが上手くなったな。……BFFで仕込まれたのか?」
メルツェルがそう言ったのとほぼ同時に、胸ポケットに入れていた携帯端末が警告音を鳴らす。
このタイミングでか、と間の悪さを恨みつつ、右の懐から拳銃をするりと抜く。
そしてそれを、コーヒーカップを傾けるメルツェルへ突きつける。
トーマ「……悪いな、なんて言わねえぞ。嘘と騙しは戦場の花――だったか?」
メルツェル「何の真似だ……なんて、今更聞くべきじゃないな。いいさ、予想はしていた。
私は『リリウム・ウォルコット』を連れてくるなと言っただけだからな」
GAの強襲部隊が喫茶店のドアを蹴破って入ってくる。
ネクスト「メリーゲート」からメイの声で「包囲しろ」との怒号が発せられる。
そして、俺の首筋に冷えた金属の感触。
全て、同時だった。
メルツェル「GA強襲部隊……まあ、この短時間でよく用意したと褒めておこう。しかしまだ点数不足だ。
もっと静かに事を運ばないと、相手に気付かれる――そうだろう、真改?」
真改「……緩慢」
いつの間にかそこにいた男が、俺の首筋に抜き身の刀を押し当てている。
刃と同じくらいに鋭く、冷えた目の男だ。
トーマ「……ヘイ、サムライソードマン。イカした武器持ってんじゃねえか……!」
日本刀だ。
首筋に流れる汗さえ切れそうな鋭さだった。
メイ『ちょおトーマ、どういう状況なわけよコレ? 中、見えないんだけど。撃っていい!?』
緊張を破るように、端末からメイの声が響く。
右手で銃を構えたまま、俺は左手で携帯端末を耳に押し当てた。
トーマ「中は取り込んでる。お前らは手ェ出すな! 色々とやべえんだよ、こっちは!」
メイ『誰が相手だか知らないけど、こっちはネクストとノーマル部隊用意してんのよ。
これで逃がしたなんてことになったら、ローディー先生に怒られちゃうわ』
メルツェル「メイ・グリンフィールドか、悪くない手腕だ。――だが、な」
耳をつんざくようなOBのブースト音。
大地を削るような轟音とともに、雷鳴を思わせる大声が響いた。
ヴァオー『ハッハー! やっと出番か! 待ちわびたぜメルツェェェェル!』
メイ『……!? 敵タンク型ネクストを領域内に感知! 交戦距離だわ!』
つい先ほどまでは男が2人、話をしていただけの場所だった。
しかし、一瞬にして「平静」は崩れ、喫茶店跡は戦場の中心へと変貌した。
メルツェル「お前が策を弄していたのと同じように、私も事前に準備をしていただけのことだ。
もっとも、この場合は私の方がいくぶん有利のように見えるが」
しかし、この状況でただ一人「平静」を保ったままメルツェルは言う。
メルツェル「……ふむ、交渉だとか話し合いという雰囲気ではなくなってきたな」
トーマ「よく言うぜ……」
メルツェル「このぶんだと交渉も決裂なのだろうな。
お前とまともに話せる最後の機会だと思っていたのに、とても残念だ。
――まあいい、この可能性も、ないわけじゃなかったからな」
そう言うメルツェルの顔には、意外にも本当に残念がっている様子が見えた。
くるりと背を向け、こちらを向かないままメルツェルは続ける。
メルツェル「帰るぞ、真改。もはや議論の余地はないらしい。
――そもそも、期待したのが間違いだったか」
真改「……御意」
俺の首筋に当てていた刃を鞘に納め、サムライはメルツェルの横に付く。
首筋にはまだ冷えた感触が残っている。
トーマ「俺も、あんたには期待してなかったよ」
メルツェル「……ほう?」
トーマ「生き方を教えてくれたことには感謝してる。けど、俺はその生き方じゃ満足できそうにないんだ。
悪いが、あんたとは喧嘩別れになるな」
メルツェル「それもまた一興――だろう」
少しだけこちらを向いたメルツェルの唇の端が、歪んだ気がした。
ヴァオー『メルツェェェェル! どうしたらいい!? 撃つのか!? 撃っていいのか!?』
メイ『トーマ! どうすんの!? 撃つの!? 撃っていいの!?』
トーマ「落ち着けお前ら」
メルツェル「もともとグレディッツィアは脅しのために持ってきた。今日は事を起こす気はない」
メルツェルはカツカツと歩を進める。
裏口から出て行くつもりのようだ。
演出過多に、両腕を広げてメルツェルは言う。
メルツェル「さあ帰ろう、オルカの子たちよ。――旅団長がお待ちかねだ」
///
メイ「最後の最後でね、GA本社から通信が来たのよ。『その男には手を出すな』……ってさ。
トーマ、あんた知ってんでしょ? 何なのよ、あいつ」
トーマ「たまたま民間人が襲われてるところにたまたまネクストとノーマル部隊でそこにいたお前が
たまたま助けに入ったらたまたま相手が超危険人物だっただけの話だろ。
何もおかしい話はねえよ、だからもう聞くな」
メイ「超危険人物って言った!? 今、あんた超危険人物って言った!?」
トーマ「知らん知らん、何にも知らん」
メリーゲートから降りたメイは、不満そうにそう愚痴る。
この計画にはあくまで偶然性が必要だったため、BFFの部隊を使うわけにはいかなかったのだ。
横の繋がりが広くてよかったと、改めて思う。
メイ「ま、いーけどねー。これで貸し1つよ。そのうち返してもらうから」
トーマ「へいへい、そのうちな」
気軽にネクストを動かすというのもどうかと思うが。
こんなバカな頼みを聞いてくれるのも、こいつだけだろう。
トーマ「今日は悪いな、助かった。ありがとう」
メイ「ふえっ!?」
トーマ「埋め合わせは必ずしてやる。このことはリリウムにも話しておくし、
何ならBFFとの交渉のカードに使ってくれても構わんよ」
メイ「い、いやいや、十分十分、もう十分だって! そういうの、ホントいいから!」
真面目な話になり、急にしおらしくなったかと思うと、メイは照れ臭そうに続ける。
メイ「た、ただ、個人的に何か埋め合わせとかしてくれたらなー、とか……。
あー、いい! やっぱ今のナシ! 忘れて!」
トーマ「あん? そんなんでいいならお安い御用だ、今度暇なとき何でもしてやるよ」
メイ「ホント!? 聞いたからね! 絶対だからね!?」
トーマ「おおう!? お、おう」
さっきとは打って変わってものすごい剣幕のメイに押されながら、反射的に返事をしてしまう。
その後は上機嫌で「うわー……何してもらおっかなー……まずはあれとあれと……」とか
呟くメイを尻目に、俺は帰路へ着いた。
///
道中、色々なことを考えた。
主にメルツェルという男のこと、それからこの先のこと。
間違いなく戦いは激化していくだろうし、危険は増していく。
そんな中で、俺がしなくてはならないことは何だ?
――せっかくやるべきことが見え始めてきたのだ、それを貫くとしよう。
そうだ、まずは帰ろう。
帰って、シャワー浴びて、カップ麺を食おう。
そんで、リリウムの小言聞かされたりして、それから――また、ネクストに乗ろう。
考え事をしていると時間は早く過ぎるもので、ガレージに着くまでは一瞬のようだった。
飯とシャワーとどっちが先か、と思案していると、廊下でメイドに声をかけられた。
メイド「リリウム様がお待ちです。部屋へ来るように、と」
トーマ「腹ァ減ってるっつうのに……しゃあねえ、分かったよ」
飯よりシャワーより先にリリウムの小言とは。
全く、ついてない。
憂鬱な考え事をしていると時間が過ぎるのは遅いもので、リリウムの部屋までの道は
まるで人生のように長かった。
機嫌の悪さを知らせてやろうと、少し荒めにノックをする。
たかがノックの音だが、リリウムの部屋のドアは上品な音を奏でた。
そして、その中にいるリリウムもまた上品な――いや。
感情の消えたような、氷のように冷たい表情をしていた。
リリウム「――お待ちしていました、トーマ・ラグラッツ」
何だ、これは。
リリウム「突然のお呼び立て、申し訳ありません。今回はあなたにも、そして私にとっても、
残念なご報告をしなければなりません」
こんな顔のリリウムを、俺は知らない。
もしくは、何も知らなかったのか。
リリウム「報告を受けました。あなたが、BFFの定める重要危険人物、メルツェルと関わりを
持っていたこと。そして、私に内密で、今日この日、彼と会っていたこと。
これらはBFFに対する重大な造反行為といえます」
ああ、神様、そりゃないぜ。
確かにツケが溜まってるのは分かるさ。
リリウム「そうは言っても、あなたがBFFに多少なり貢献したのもまた事実。GAとも折り合いを
付けましたので、今回は『送り返し』という形で始末を取っていただくことにしました」
でも少しくらいいいだろ。
少しくらい、待ってくれてもいいだろ。
リリウム「真に遺憾ですが、あなたをBFFから除名することになりました。
リンクス、今まで短い間でしたが、お疲れ様でした」
何も、こんなタイミングで――
「そろそろ、準備も整ってきたな」
「ああ、頃合だろう。あまり遅すぎても不備が出る」
「なら、近いうちに宣戦布告をしようと思う。構わないな?」
「――すまない、少し遅らせてもらうわけにはいかないだろうか」
「……何だ? 遅すぎても、と言ったのはお前だろう」
「悪いな。……ちょっと、最後に済ませておきたい用がある。手間は取らせんさ」
「まあいいが、済ませるなら手早く頼むぞ」
「ああ、分かってる」
///
機体には、必要以上の思い入れは持たないようにしている。
こう言うとドライに聞こえるかもしれないが、別に生きているわけではないのだ。
生きていないのだから、壊れたのならただ換えるだけ。
……なのだが。
初めて与えられたネクスト。
俺の声に応え、再起動という荒業をやってのけたネクスト。
スペキュラーがもう動かないということには、少なからず思うところがあった。
再起動のメカニズム解明と、データ収集のため、スペキュラーはまだガレージにいる。
こうやって見てみると傷も少なくなく、俺がかなり無茶をさせていたことが見て取れた。
中量二脚型にしては重い装甲は、その無茶をサポートしてくれた。
豊富な火器は、イメージをダイレクトに結果に変えてくれた。
こうして心に穴が開いたような気分になるということは、やはりスペキュラーは俺にとって
特別なネクストだということなのだろう。
整備士「本社とかGAさんからパーツ取り寄せになっちゃうんで、新しい機体が組めるのは少し先に
なっちゃうんスよ。それまでミッションが入らないのを祈るばかりっスね」
ガレージの隅でスペキュラーを眺めていると、顔なじみとなってしまった整備士が声をかけてきた。
トーマ「あ、悪ぃ、邪魔だったか?」
ここ最近は何も仕事がないため、ガレージに来てぼーっとスペキュラーを眺めている毎日だ。
その際も整備は続けられているわけで、思えば邪魔をしていたかもしれない。
腰を上げようとすると、整備士は否定の意を示し、座っているよう手で俺を促す。
整備士「別にいてくれて構わないっスよ。邪魔にもなってませんし。
それより、何かあったら言ってくださいね。ノーマルくらいは貸し出しますから」
トーマ「おう、悪いな」
整備士「いや、ぶっちゃけ自分すげえ助かってるんスよ。妄想の幅が広がりまくりっス。
トーマさんが来てくれたおかげでGAとMSACのパーツいじれますし。
次はどうしましょう? ガッチガチの重装機体? それとも、両腕両肩全部グレネードで
揃えちゃいます?」
トーマ「揃えちゃわねーよ! しかも何で発想がGA寄りなんだよ! 確かに兵装変えたりはするかも
しれねえけど、もっと使いやすい機体組むよ!」
詰め寄ってくる整備士を手で押さえつけながら、俺は腰を上げる。
ネクストの肘関節部のすり減り具合を見て息を荒げているこいつを見て、少し付き合い方を覚えたのだ。
整備士「ああ! もっとGA製のパーツの話してくださいよ!
バズーカ喰らったときの被弾反動とか! 有澤さんとこのグレネードの爆風範囲とか!
タンク系脚部とAMS繋いだときの感触とかぁあああ!」
そんな悲痛な叫び声を聞きながら、俺はガレージを後にした。
///
部屋へ戻ると、端末に着信があった。
どうせまたリリウムだろうと着信者名を確認する――と。
トーマ「……非通知……だあ?」
そこには、あるはずのない「非通知」の文字。
リリウムが一方的にかけてくる回線しか引かれていないため、外への通信も出来ないこの端末。
どうすべきかと迷っていると、端末へ再度着信があった。
もちろん、画面には「非通知」の文字が躍っている。
トーマ「……」
出るかどうか迷った末、画面を操作し通話画面へと移る。
『……お、ああ、繋がったか。また出なかったら面倒だったが、よかった』
ボイスチェンジャーは使われてない、生の声。
聞き覚えのある、その声。
トーマ「……あんたか」
『久し振りにしては、きつい言われようだな』
トーマ「『タークス』だったか? やっぱアレ、あんたか。趣味の悪いことだな、相変わらず」
男の声。
そう歳は食っていないが、決して若いというわけでもない。
どこか余裕ぶったような口調が癇に障る。
『命の恩人に酷い言い草だな。……まあいい、今日はその話じゃない、別の用だ』
トーマ「……別の用?」
『ふむ――この回線も長くは使えん。直接会って話がしたい。これからポイントを指定する、そこへ
来てくれ。……厄介なお姫様は、連れてきてくれるなよ?』
トーマ「そもそも、あいつはそんなひょいひょいと外出できる身じゃねえよ」
『それは好都合。彼女がいては、話がこじれる』
リリウムがいてはマズい話。
だがしかし、俺はこの男と会わなければならない。
会って、話をしなければならない。
『――では、このポイントまで出向いてくれ』
指定されたポイントを確認しながら、通信を切る。
距離と場所を見て、整備士にノーマルを借りる手間を考え、少し憂鬱になった。
///
BFF社製ノーマル。
GAのものよりいくぶん身軽で、装備も軽い。
久し振りのノーマルの感覚に戸惑いつつも、待ち合わせたポイントへと飛ぶ。
待ち合わせ場所が廃棄された街の喫茶店とは、気取り屋のあの男らしいというか何というか。
適当な場所にノーマルを下ろし、身ひとつで赴く。
店に入ると、男が一人でコーヒーを飲んでいた。
きっとこのためだけにサーバーを持ち込んだのだろう。辟易する手間だ。
「リンクスが身ひとつとは、無用心じゃないか」
トーマ「そりゃあんたも同じだろ。愛機の姿が見えないぜ、タークスさんよ」
男が満足そうに薄く笑ったのを見て、俺は言葉を続ける。
トーマ「いや、面倒だ。もったいぶらずに呼ばせてもらおう――久し振りだな、メルツェル」
メルツェル「もう少し溜めというものを考えてくれ。こういうのは演出が大事なんだ」
トーマ「知るか。GAグループにそんな繊細なもん求めるんじゃねえよ」
目の前でくつくつと噛み殺すように笑うこの男。
正直、この男と会うことそのものが褒められた話ではない。
メルツェル「まあ座りたまえ。立ちっぱなしでは話もできんだろう」
トーマ「相ッ変わらず、よく分かんねえよな、あんたはよ」
メルツェル「それは仲間内からもよく言われる。さて、調子はどうだ?
端末を通してじゃあ、ロクに話もできなかったからな」
トーマ「ぼちぼち、ってとこだな。あんたのお陰で上手くやれてるし、あんたのお陰で命拾いしたよ」
メルツェル「そいつはよかった。ローディーさんは元気か? 最近任務で一緒だったんだろう?」
トーマ「その辺は自分で聞けよ。立場上、込み入ったことは言えねえ」
メルツェル「だろうと思って聞いた」
トーマ「じゃあ聞くな」
メルツェル「そうはいかんさ。せっかくお前をからかう機会ができたんだ、有効に扱わねばな。
どうだ? ウォルコットの令嬢とは上手くやってるのか?」
トーマ「それこそ下世話だ。どうでもいいだろうがよ、あんたには」
メルツェル「まあ待て、他には――」
トーマ「そろそろいいだろ、本題に入らせろ。あんたが俺に用っつったら、限られてるよな」
世間話をするために呼んだんじゃねえだろ、と吐き捨て、詰め寄る。
睨みを効かせてはみたもののメルツェルは動じず、「――そうだな」と唇の端を歪めた。
メルツェル「まずは必要なものを渡しておこう、そろそろ切れるころだろう?」
そう言って手のひらに収まるサイズの金属製のケースを差し出すメルツェル。
中を開いて確認すると、そこには見慣れたアンプルがあった。
メルツェル「これだけ渡しておけば間違いないだろう。足りなくなることもあるまい」
トーマ「助かる」
ケースを右の懐に入れながら、胸に適度な重さを感じつつ思う。
これはただのクスリの重みなのか、それとも何か別のものの重さなのか、と。
メルツェル「お前の頼みをいつも聞いているんだ、たまには私の頼みを聞く気はないか?」
唐突に、メルツェルがそう切り出した。
トーマ「あんたの頼みなら、いつも聞いてるだろ。あんたのシナリオ通りに俺は動いてるはずだ」
メルツェル「そうか、ならいつも通りついでにもう1個頼みを聞いてくれ」
ふいに、メルツェルが声のトーンを落とす。
いつもの話術だ。この男は、人を引き込むような話が上手い。
メルツェル「詳しいことは今はまだ言えんが、近いうちに私たちは大きな動きを起こすつもりだ。
私たちの仲間――そうだな、仮に『旅団』と呼称しよう。『旅団』の末席に、お前も
名を連ねてみる気はないか?」
トーマ「どうせあんたのことだ、ろくでもねえことだろ?」
メルツェル「さあ、どうだろうな。それは見る者の考えによって変わるものだ」
今までに何度も話はしたが、「仲間になれ」と直接言われたのは初めてだった。
もちろん、俺もそんな話がメルツェルから出てくるとは思っていなかった。
メルツェル「ただ言えることは、私たちは『意志』を持って行動しているということだ。
いつまでもヒトは揺り篭に揺られているわけにはいかない。
何かに頼らず――自分の足で、歩くときが来たのさ」
トーマ「自分の足じゃ歩けない奴らも、いないわけじゃない。誰かが支えてやる必要がある奴もいるだろ」
メルツェル「……大義だ。それに、自分の足で立てないのに生きている動物は、人間だけだ。
揺り篭から出られないままでは、やがてヒトは皆歩けなくなる」
ムキになっているようにも見えた。
どこか達観しているような態度のメルツェルが、ここまで真剣な表情を見せるのも初めてだ。
伊達や酔狂ではない、改めてそれを思い知る。
メルツェル「加えて、お前が追っていた人物のことも、教えてやれないこともない」
ぴん、と、糸が張り詰められた。
自分が今どんな顔をしているのか、容易に想像できる。
トーマ「……条件、ってか……」
メルツェル「できればお前は自由意志での入団をしてもらいたい。あくまで、この話は別のものだと
思ってもらって構わない。――もっとも、同士でない者に対する態度は、また
別のものへと変わってくるがな」
分からない。
リリウムの手前そう答えたが、やはり目の前に餌をぶら下げられると揺らぐものもある。
自分の意志の弱さに嫌々しつつも、俺は口を開くことができない。
メルツェル「……トーマ」
長い沈黙の中、意外なことに、先に口を開いたのはメルツェルだった。
トーマ「あん?」
メルツェル「驚いた。駆け引きが上手くなったな。……BFFで仕込まれたのか?」
メルツェルがそう言ったのとほぼ同時に、胸ポケットに入れていた携帯端末が警告音を鳴らす。
このタイミングでか、と間の悪さを恨みつつ、右の懐から拳銃をするりと抜く。
そしてそれを、コーヒーカップを傾けるメルツェルへ突きつける。
トーマ「……悪いな、なんて言わねえぞ。嘘と騙しは戦場の花――だったか?」
メルツェル「何の真似だ……なんて、今更聞くべきじゃないな。いいさ、予想はしていた。
私は『リリウム・ウォルコット』を連れてくるなと言っただけだからな」
GAの強襲部隊が喫茶店のドアを蹴破って入ってくる。
ネクスト「メリーゲート」からメイの声で「包囲しろ」との怒号が発せられる。
そして、俺の首筋に冷えた金属の感触。
全て、同時だった。
メルツェル「GA強襲部隊……まあ、この短時間でよく用意したと褒めておこう。しかしまだ点数不足だ。
もっと静かに事を運ばないと、相手に気付かれる――そうだろう、真改?」
真改「……緩慢」
いつの間にかそこにいた男が、俺の首筋に抜き身の刀を押し当てている。
刃と同じくらいに鋭く、冷えた目の男だ。
トーマ「……ヘイ、サムライソードマン。イカした武器持ってんじゃねえか……!」
日本刀だ。
首筋に流れる汗さえ切れそうな鋭さだった。
メイ『ちょおトーマ、どういう状況なわけよコレ? 中、見えないんだけど。撃っていい!?』
緊張を破るように、端末からメイの声が響く。
右手で銃を構えたまま、俺は左手で携帯端末を耳に押し当てた。
トーマ「中は取り込んでる。お前らは手ェ出すな! 色々とやべえんだよ、こっちは!」
メイ『誰が相手だか知らないけど、こっちはネクストとノーマル部隊用意してんのよ。
これで逃がしたなんてことになったら、ローディー先生に怒られちゃうわ』
メルツェル「メイ・グリンフィールドか、悪くない手腕だ。――だが、な」
耳をつんざくようなOBのブースト音。
大地を削るような轟音とともに、雷鳴を思わせる大声が響いた。
ヴァオー『ハッハー! やっと出番か! 待ちわびたぜメルツェェェェル!』
メイ『……!? 敵タンク型ネクストを領域内に感知! 交戦距離だわ!』
つい先ほどまでは男が2人、話をしていただけの場所だった。
しかし、一瞬にして「平静」は崩れ、喫茶店跡は戦場の中心へと変貌した。
メルツェル「お前が策を弄していたのと同じように、私も事前に準備をしていただけのことだ。
もっとも、この場合は私の方がいくぶん有利のように見えるが」
しかし、この状況でただ一人「平静」を保ったままメルツェルは言う。
メルツェル「……ふむ、交渉だとか話し合いという雰囲気ではなくなってきたな」
トーマ「よく言うぜ……」
メルツェル「このぶんだと交渉も決裂なのだろうな。
お前とまともに話せる最後の機会だと思っていたのに、とても残念だ。
――まあいい、この可能性も、ないわけじゃなかったからな」
そう言うメルツェルの顔には、意外にも本当に残念がっている様子が見えた。
くるりと背を向け、こちらを向かないままメルツェルは続ける。
メルツェル「帰るぞ、真改。もはや議論の余地はないらしい。
――そもそも、期待したのが間違いだったか」
真改「……御意」
俺の首筋に当てていた刃を鞘に納め、サムライはメルツェルの横に付く。
首筋にはまだ冷えた感触が残っている。
トーマ「俺も、あんたには期待してなかったよ」
メルツェル「……ほう?」
トーマ「生き方を教えてくれたことには感謝してる。けど、俺はその生き方じゃ満足できそうにないんだ。
悪いが、あんたとは喧嘩別れになるな」
メルツェル「それもまた一興――だろう」
少しだけこちらを向いたメルツェルの唇の端が、歪んだ気がした。
ヴァオー『メルツェェェェル! どうしたらいい!? 撃つのか!? 撃っていいのか!?』
メイ『トーマ! どうすんの!? 撃つの!? 撃っていいの!?』
トーマ「落ち着けお前ら」
メルツェル「もともとグレディッツィアは脅しのために持ってきた。今日は事を起こす気はない」
メルツェルはカツカツと歩を進める。
裏口から出て行くつもりのようだ。
演出過多に、両腕を広げてメルツェルは言う。
メルツェル「さあ帰ろう、オルカの子たちよ。――旅団長がお待ちかねだ」
///
メイ「最後の最後でね、GA本社から通信が来たのよ。『その男には手を出すな』……ってさ。
トーマ、あんた知ってんでしょ? 何なのよ、あいつ」
トーマ「たまたま民間人が襲われてるところにたまたまネクストとノーマル部隊でそこにいたお前が
たまたま助けに入ったらたまたま相手が超危険人物だっただけの話だろ。
何もおかしい話はねえよ、だからもう聞くな」
メイ「超危険人物って言った!? 今、あんた超危険人物って言った!?」
トーマ「知らん知らん、何にも知らん」
メリーゲートから降りたメイは、不満そうに愚痴る。
この計画にはあくまで偶然性が必要だったため、BFFの部隊を使うわけにはいかなかったのだ。
横の繋がりが広くてよかったと、改めて思う。
メイ「ま、いーけどねー。これで貸し1つよ。そのうち返してもらうから」
トーマ「へいへい、そのうちな」
気軽にネクストを動かすというのもどうかと思うが。
こんなバカな頼みを聞いてくれるのも、こいつだけだろう。
トーマ「今日は悪いな、助かった。ありがとう」
メイ「ふえっ!?」
トーマ「埋め合わせは必ずしてやる。このことはリリウムにも話しておくし、
何ならBFFとの交渉のカードに使ってくれても構わんよ」
メイ「い、いやいや、十分十分、もう十分だって! そういうの、ホントいいから!」
真面目な話になり、急にしおらしくなったかと思うと、メイは照れ臭そうに続ける。
メイ「た、ただ、個人的に何か埋め合わせとかしてくれたらなー、とか……。
あー、いい! やっぱ今のナシ! 忘れて!」
トーマ「あん? そんなんでいいならお安い御用だ、今度暇なとき何でもしてやるよ」
メイ「ホント!? 聞いたからね! 絶対だからね!?」
トーマ「おおう!? お、おう」
さっきとは打って変わってものすごい剣幕のメイに押されながら、反射的に返事をしてしまう。
その後は上機嫌で「うわー……何してもらおっかなー……まずはあれとあれと……」とか
呟くメイを尻目に、俺は帰路へ着いた。
///
道中、色々なことを考えた。
主にメルツェルという男のこと、それからこの先のこと。
間違いなく戦いは激化していくだろうし、危険は増していく。
そんな中で、俺がしなくてはならないことは何だ?
――せっかくやるべきことが見え始めてきたのだ、それを貫くとしよう。
そうだ、まずは帰ろう。
帰って、シャワー浴びて、カップ麺を食おう。
そんで、リリウムの小言聞かされたりして、それから――また、ネクストに乗ろう。
考え事をしていると時間は早く過ぎるもので、ガレージに着くまでは一瞬のようだった。
飯とシャワーとどっちが先か、と思案していると、廊下でメイドに声をかけられた。
メイド「リリウム様がお待ちです。部屋へ来るように、と」
トーマ「腹ァ減ってるっつうのに……しゃあねえ、分かったよ」
飯よりシャワーより先にリリウムの小言とは。
全く、ついてない。
憂鬱な考え事をしていると時間が過ぎるのは遅いもので、リリウムの部屋までの道は
まるで人生のように長かった。
機嫌の悪さを知らせてやろうと、少し荒めにノックをする。
たかがノックの音だが、リリウムの部屋のドアは上品な音を奏でた。
そして、その中にいるリリウムもまた上品な――いや。
感情の消えたような、氷のように冷たい表情をしていた。
リリウム「――お待ちしていました、トーマ・ラグラッツ」
何だ、これは。
リリウム「突然のお呼び立て、申し訳ありません。今回はあなたにも、そして私にとっても、
残念なご報告をしなければなりません」
こんな顔のリリウムを、俺は知らない。
もしくは、何も知らなかったのか。
リリウム「報告を受けました。あなたが、BFFの定める重要危険人物、メルツェルと関わりを
持っていたこと。そして、私に内密で、今日この日、彼と会っていたこと。
これらはBFFに対する重大な造反行為といえます」
ああ、神様、そりゃないぜ。
確かにツケが溜まってるのは分かるさ。
リリウム「そうは言っても、あなたがBFFに多少なり貢献したのもまた事実。GAとも折り合いを
付けましたので、今回は『送り返し』という形で始末を取っていただくことにしました」
でも少しくらいいいだろ。
少しくらい、待ってくれてもいいだろ。
リリウム「真に遺憾ですが、あなたをBFFから除名することになりました。
リンクス、今まで短い間でしたが、お疲れ様でした」
何も、こんなタイミングで――
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: