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「MISSION:2」(2011/02/17 (木) 01:34:01) の最新版変更点
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MISSION:2
◇某山間部 偽装ガレージ 事務室
古く年季を感じさせるが、清潔でよく整頓された一室。
その部屋中に若い女の怒鳴り声が響いた。
「ふざけんじゃないわよ~ッ!」
声量だけで窓ガラスを割りそうな勢いである。
明け方に倒れこむようにして事務室のソファで眠りについた阿部 玲司にとっては
非常に不愉快な目覚め。
近くのデスクに手を伸ばして置き時計を確認すると、時刻は午前9時。
(まだ3時間しか眠っていない……)
パートナーのクレア・ゴールドスミスが何処かの誰かと喧嘩腰で話しを
しているようだが、玲司は心底どうでもよかった。今はただ眠りたい。
ブランケットを被り直して、もう一度目を閉じる。
「――というかさっさと払えッ!!」
明け方まで一緒に作業をしていたのに、この女は何故こんなにも元気なのか。
クレアの怒鳴り声は一向に収まる気配がなく、むしろエスカレートしていった。
「射突グレネード」「修理費」「払え」という単語が繰り返し出てくる。
(アリゼブラ重工と話してるのか……)
玲司は寝起きの頭で昨日のことをぼんやりと思い出した。
(昨日はアリゼブラ重工の試作兵器――射突グレネードのテストに行ったんだよな)
射突グレネードは射突ブレードの杭にグレネード砲弾を取り付けたようなパーツで
目標に杭を撃ち込んだ後、目標内部でグレネード砲弾を炸裂させるという
エゲツナイ代物。まさしく一撃必殺の武器と言えよう。
その威力は凄まじいものであったが……。
問題は一発限りの弾数と使用した側のACの腕も一緒に吹き飛ばす事である。
面白いパーツではあるが、あれでは製品化してもまず売れないだろう。
当然ながらテストを行った玲司のACは片腕を失った。
なんとか修復できないものかと、あれのせいで眠るのが遅くなったのだ。
(クレアのやつ、腕の修理費を請求しているのか)
ACの修理費用は当然報酬に含まれているというのが
アリゼブラ重工の言い分であったが、クレアは事前に説明がなかったとして
納得していなかった。
「どうせ無理だろう」と高を括っている玲司はブランケットを頭まで被り
再び眠りにつこうとしたが――
「いいんですか? うちのレイヴンが黙ってませんよ?」
襲撃予告と取られてもおかしくない台詞を聞いて飛び起きた。
「どうも阿部です。うちの事務員がとんでもない事を…………。はい。……いえいえ。
…………もちろん修理費用は結構です。……はい。……はい。はい、失礼しまーす」
安堵した玲司と対照的にインターコムを奪われ、勝手に通信を切られたクレアは
耳まで真っ赤。肩口まであるプラチナブロンドの髪を豪快に揺らしながら
ずいずいと玲司に詰め寄った。
「ちょっと、なにするのよ!」
「いや、あれは脅しに聞こえるぞ」
「あれぐらい言わなきゃ分からないのよ。
あたしたちみたいな無所属は舐められたらオシマイなんだよ?」
「別にいいだろ。舐めたい奴には舐めさせてやれば。
それに俺は今回の報酬に満足してる」
「あんなゴミパーツ貰ってどうするのよ」
玲司は報酬とは別に試作兵器の射突グレネードをアリゼブラ重工から譲り受けていた。
「絶対に使わないでよ。自機の腕が吹っ飛ぶとかありえないから」
「へいへい」
「はぁ……。パーツを貰ってくるのはいいけど、試作品とか二流品ばっかり。
うちは貧乏なのに売れないパーツばっかり集めてどうするのよ」
「コレクションを売る気はないから」
「今、コレクションって言ったわね」
「……い、言ってない」
「言ったッ! 変てこなパーツを集めるのは趣味って事でしょ? 信じられない!」
クレアは「信じられない! 信じられない!」と繰り返しながら
玲司の首に掴み掛かった。
「ギブ、ギブ……」
タップしながらギブアップ宣言をしても、ぐいぐい締め上げられていく。
細い腕のどこからこんな力が出るのか。
「ギ……ブ……」
玲司が意識を失いかけたその時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「グッドモーニーング!」
どかどかと入ってきたのはシェリー・ゴールドスミス。
「あらあら、相変わらず楽しそうな職場ですね」
まるで微笑ましいものを見たかのような口ぶりで言い放った。
「ゲッホ、ゲホ……楽し……そう……?」
クレアから開放された玲司が咳き込みながら異議を唱える。
「お前の妹に殺されかけてたところなんだが……」
「クレアなりのスキンシップでしょう?
それより、こんな遠くまで訪ねて来たんですよ。お茶ぐらい出してください」
「うちは喫茶店じゃねーぞ。帰れ」
「いいんですか? そんなに邪険にして。
せっかくレージたちに仕事を紹介してあげようと思ったのに」
「クレア君、なにしてるんだい。早くお姉さんにお茶を出して」
◇セントラル・シティ 老舗割烹 小島屋
依頼者とレイヴンが直接会ってやり取りを行うことは稀である。
両者の保安上の問題であったり、効率的な問題であったり、理由は様々。
近年、急速に勢力を拡大しているレイヴンズアークのような斡旋組織が
籍を置く傭兵に対して専属契約を禁じているのも、大きな理由のひとつだろう。
特定の勢力に所属していない独立傭兵である阿部 玲司も例外ではなく
依頼者と直接会うことは滅多にない。
今回のようなケースは非常に稀である。
緑色の照明が照らす不気味な座敷にいるのは5名――
カジュアルな黒いスーツに身を包んだ阿部 玲司とクレア・ゴールドスミス。
会席料理の並ぶ大きなテーブルを挟んで、依頼者とその部下と思しき男が2名。
互いに紹介を済ませ、玲司と依頼者は談笑を始めたが「あそこの製品は奥が深い」
「いい仕事しますよね」「職人魂を感じる」といった内容の会話に
クレアはついていけなかった。ついていきたくなかった。
意気投合した2人はかれこれ2時間近くパーツ談議に花を咲かせており
一向に本題に入る気配がない。いい加減うんざりしたクレアは
2人の会話を聞き流して、テーブルの上に置かれた名刺に目をやった。
『FM社 代表取締役 ケビン・スパイシー』
(姉さんはこんな人とどこで知り合ったのかしら?)
FM社――フォーマルモデリング社はハッキリ言うと三流の兵器メーカーである。
“これは有名なあのパーツですよね? あれ……? よく見るとどこか違うぞ”
という製品。所謂、有名ACパーツの「パチモノ」を作っている企業であり
FM社――フェイクメイカー社と一般的には認識されている。
ここに来る前に予習したところによると
<ムーンライト>のパチモノである<アースライト>や
<カラサワ>のパチモノである<カラクサ>などが主力製品であるらしい。
今回の依頼者がそんなFM社の二代目社長、ケビン・スパイシー。
恰幅のよい中年男性で「がははッ」と豪快に笑うのが特徴的だ。
FM社が小さな企業とは言え、社長自ら出張ってくるのは予想外であった。
(それにしても直接会って話したいって呼び出しておきながら
このオヤジはいつまでレージとパーツ談議を続けるつもりなのかしら。
あ~、じれったい。さっさと本題を話しなさいよ)
完全に蚊帳の外であるクレアが痺れを切らしかけた時――
「ところで阿部殿は今週末にセントラルのアリーナで行われる
イベントのことはご存知か?」
やっと本題らしきものが始まった。
「ミラージュのアレですか?」
「いかにも」
今週末、セントラル、アリーナ、ミラージュ。
このキーワードから導き出される解はクレアにも心当たりがあった。
ミラージュがその力を誇示する為だけに開催する特殊なアリーナ。
ミラージュ製のパーツを使ったレイヴンが格下のレイヴンを叩きのめすという趣向で
殆ど公開処刑に近い催しである。
「ではテラというレイヴンをご存知か?」
「もちろん知ってますよ」
玲司は淀みなく答えたが、クレアはテラというレイヴンには心当たりがなかった。
(この仕事を始める時に有力なレイヴンの名前と詳細は全て頭に叩き込んだ筈なのに。
レージが知っていて、あたしが知らない?)
テーブルの下で玲司をつついて「あたしにも分かるように教えて」と合図を送る。
「あの人ですよね? <カラサワ>使いの」
クレアの意図を理解して玲司はテラの説明を始めた。
「レイヤード時代、今はもう存在しないグローバル・コーテックスのランカー。
名銃<カラサワ>の扱いに最も長けたとされるレイヴン」
「いかにも、いかにも。よくご存知ですな」
「俺が生まれる前に引退した人ですけど、ファンなんですよ。
ストイックな感じがかっこいいじゃないですか」
(なんだ、現役じゃないのか)
クレアは自分がテラを知らないことに納得した。
いくらなんでも遥か昔に引退しているレイヴンは守備範囲外。
「実はそのテラが<カラサワ>を携えて一度だけアリーナに戻って来るのです」
「それはファンとして見に行かなければなりませんね」
のん気に「観戦に行きたい」と答えた玲司とは違い
スパイシー社長がどんな依頼をしようとしているのか、クレアは大方気づいた。
(うわー、レージの好きそうな依頼だ)
「阿部殿、あなたにはテラと戦っていただきたい」
(ほらきた。どうしてあたしたちのところに来るのは
こんなろくでもない依頼ばっかりなのかしら。あのバカ姉め……)
「当社の製品を使ってミラージュ主催のアリーナでテラを倒してもらいたいのです」
スパイシー社長は脇に控える部下から携帯端末を受け取り
ディスプレイを玲司の方にくるっと回転させた。
「KARAKUSA-MK3……」
そこに映し出された<カラサワ>のようで<カラサワ>ではないパーツの名を
玲司はぽつりと呟いて続けた。
「<カラクサ>の最新モデルですか?」
「いかにも! <カラクサⅢ>はFM社の集大成であり、次期主力製品です。
阿部殿にはこれを使ってテラを倒していただきたい」
◇セントラル・シティ 老舗割烹 小島屋 一般客用駐車場
「どーしてあんな依頼引き受けちゃったのよ……」
料亭を出て会話を盗み聞きされる心配のない空間――玲司の白い愛車の中に
入った途端、クレアは不満の声を漏らした。
助手席から送られてくる非難の眼差しを受け流しながら玲司は答える。
「成功報酬が相場よりもよかっただろ?」
「当然でしょ! 真っ先に睨まれるのはあたしたちなんだから」
ケビン・スパイシー社長の依頼はミラージュが力を誇示する為に開くアリーナを
ぶち壊してほしいと言っているようなものだ。
この依頼が成功したら、ミラージュは体面を傷つけられる事になる。
「パチモノメーカーの為にミラージュに目をつけられるなんて割に合わないわ」
「まあそう言うなよ。FM社は模造品から始まった企業だが
今では確かな技術力を持ってるんだぞ。それに頑張ってる社員の為に
フェイクメイカーっていう汚名をそそぎたいなんて、泣かせる話じゃないか」
「フン、そんな話にこれっぽっちも同情なんかしてないくせに」
スパイシー社長が語ったお涙頂戴の苦労話は実に胡散臭かった。
(要は本物の<カラサワ>を衆目の前で喰って見せて
自社製品の知名度を上げたいだけじゃない)
「で? 依頼を引き受けた本当の理由は?」
「なんのことかな?」
「しらばっくれるわけ?」
「…………わかった、わかりましたよ」
本当のことを言うまで全く譲ろうとしないクレアに玲司は降参した。
「お前には分からないかもしれないけど、あのテラと戦えるんだぞ?
生であの人の戦いを見れるだけでも感動物なのに。
オマケにFM社の新商品<カラクサⅢ>を一番乗りで使えるんだ。
これはもうやるしかないだろ?」
「つまり利害度外視で、受けたいから受けたの?」
「そのとおり」
「ハァ……」
予想の範囲内とはいえ、玲司があまりにも嬉しそうに語るせいで怒る気も失せてしまい
クレアは深い溜息をついた。
(こんな男のサポート役を買って出た過去の自分に助言してやりたい気持ちだわ……)
しかし後悔しているわけではない。共に歩むと決めたあの日から一度たりとも。
「今更『やっぱりやめます』とも言えないし、やるしかないわね……」
「さっすが俺のパートナー! 話が分かる!」
「で? そんなに凄いテラ相手に何か勝算があるの?」
「今のところは無い。これから考える」
「バカ」
「さーて、明日から忙しくなるぞ」
◇某山間部 偽装ガレージ 格納庫
阿部 玲司の格納庫には数多くのAC用パーツが存在する。
ACの全長を遥かに超えた砲身を持つ狙撃砲。背部に装備する特殊ブレード。
謎の撹乱兵器。一見しただけでは用途不明なパーツ等々。
数だけは大したものだが、その殆どに資産価値はない。
「物の価値を決めるのは他人ではなく、最後に手に取った者だ」と
どこかの偉い人は言っていたが、共に仕事をしているクレア・ゴールドスミスは
玲司の趣味に大変ご立腹である。
今ではこれら二流品や試作品、珍品の収集自体が
玲司の“目的”になっているが、元々は“手段”であった。
どのようにしてそうなったのか?
事の仔細を説明するには阿部 玲司がレイヴンになった経緯から話さなければならない。
その昔、阿部家とゴールドスミス家はお隣同士であった。
阿部家には母親がおらず、ゴールドスミス家には父親がいなかった。
両家は自然とひとつの家族のようになり、それなりに楽しく日々を過ごしていた。
楽しい日々は続かないもので、突然ゴールドスミス家の母親が事故で他界してしまう。
まだ幼く、他に身寄りのなかった姉妹は施設に預けられそうになるが
玲司の父親が保護者を買って出てくれ、事なきを得た。
それからしばらく平和は時が流れ、シェリーとクレア、玲司の3人は
物事を少しは考えられる歳になった。
ある日、玲司の父親が3人を集めてこう宣言した。
「脱サラしてレイヴンになろうと思う。昔から夢だったんだ」
四十超えの平凡なオジサンが今からレイヴンを目指すなど
何かの冗談か、頭がおかしくなったのではないかと思われたが……。
一年後――“運悪く”玲司の父親は本当にレイヴンとなってしまった。
彼がレイヴンになれたことは奇跡であり、奇跡はそう続かない。
後には当然の結果――依頼を受ける度に借金が膨らむ――だけが待っていた。
そして借金返済の為に高額な依頼に挑んで、玲司の父親は帰らぬ人となってしまった。
一番恐れていた最悪の事態が現実となって玲司を襲った。
一般人がまともに働いても返せそうにない額の借金。
それが息子である玲司のところに回ってきたのだ。
「あ、あはは……。クソ親父のせいで人生終わった……」
「人生を諦めるのはまだ早いだろう」
途方に暮れていた玲司に道を示したのは死んだ父親の友人を名乗る
シド・ワイズという男であった。
「残ったACパーツを全て売っても二束三文。そこでだ――」
シドは父親の遺品を使って玲司にレイヴンになるよう提案した。
「レイヴンとして稼げるようになれば返せない額でなない」
この時の玲司はACが好きでアリーナに試合を観戦に行く程度の
ごくごくありふれた一般人。父親の二の舞になる可能性は非常に高かった。
「どうせ倒れるなら、前のめりに倒れてみるか……」
半ば自暴自棄ながらも玲司はシド・ワイズの提案を受け入れた。
その本当に倒れてしまいそうな後ろ姿に耐え切れず、口を開いたのがクレアである。
「その……。おじさんにはお世話になったし、あたしも手伝う」
義理どうこうと言葉にしつつも、レイヴンという未知の世界に
ひとりで踏み込もうとする玲司を放っておけなかったのが彼女の本音だろう。
かくして阿部 玲司はレイヴンとして活動を始めたが
一発目の依頼から全く上手くいかなかった。
その特殊な才能ゆえ、アーマード・コアという兵器を扱えても
やはり素人には荷が重い。
このまま続けてもモノになる前に借金が一回りは大きくなる。
そう判断した2人は即座に方向転換。
地方アリーナに向かった。
これが当たりで、玲司はアリーナの初戦で見事勝利を収めた。
対戦相手の実力は玲司と同程度であったが、アセンの相性がよかった。
どんな物にも有利不利の相性があり、ACでは俗にアンチアセンと言われている。
事前に対戦相手が分かっているアリーナでは
相手のアセンにアンチアセンを被せる事でアドバンテージを得ることが容易い。
玲司の特性は大きな武器となり得るのだ。
ここで問題になるのが資金面である。いくら勝利を重ねても次の試合の為に
正規パーツを新調していたのでは何時まで経っても借金は返せない。
そこで安価な二流品を使うようになったのである。
この作戦は信じられないほど上手くいった。
アリーナの下位から中堅に相性勝ちして、また他のアリーナに移って相性勝ち
という嫌われ者の所業を3年間続けて、玲司とクレアは借金を無事完済した。
長々と話したが、つまり阿部 玲司はアリーナでの戦いが得意なのだ。
しかし今回の依頼は<カラクサⅢ>を使うように武装を制限されており
アドバンテージはないに等しい。地力でもテラには遠く及ばないだろう。
一芸特化のテラと器用貧乏の玲司が同じ土俵で戦って――
「勝ち目はあるんですか?」
2人の様子を見に来た=遊びに来たシェリー・ゴールドスミスは
ロボットアームを操作してアリーナ用ACの調整をしている妹に問いかけた。
白い作業着姿のクレアが手を止めずに答える。
「あたしは無理だと思う。それに負けてくれた方がいいのよ。
ミラージュに狙われるのはいやだし」
(それにしては熱心に調整してますね。素直じゃないんだから)
からかってやろうかと一瞬考えるも
妹の真剣な横顔を見てシェリーは別の事を口にした。
「それで<カラクサⅢ>はどんな感じなんです?」
「スペック上は本家<カラサワ>に迫るものがあるわね。
…………いえ、一部分だけなら本家より優秀かも」
「ケビンが勝負に出るだけの事はあるみたいですね。レージが触ってみた感じは?」
「正式に販売が開始されたら二丁ぐらい買いそうな勢いよ」
「へえ~~。だとすると得物で大差をつけられる事はないと。
あっ、そういえば肝心のレージが見当たりませんね」
「事務室に篭ってるわよ」
「事務室……? 事務室でなにしてるんですか?」
「昔のテラの試合をエンドレスで観賞中」
「もっとこう、秘密の特訓みたいなのは?」
「ないわね。短期間で急に強くなれる特訓なんて映画やコミックの中だけよ。
あたしたちが取れるベストな戦法は『傾向と対策』。
テラは元有名ランカーで資料には事欠かないんだから」
「なんというか……。地味ですね」
◇セントラル・シティ アリーナ
薄い灰色をしたドーム状の巨大建造物。
それは都市の中心部に建てられているにも関わらず、規格外の大きさを誇っていた。
小さな街ならそのまま中に収まってしまうのではないかと思わせるほどに大きい。
しかし、無駄に大きいという訳ではない。これは必要なサイズなのである。
ここはアーマード・コアという巨人の戦闘フィールド――アリーナなのだから。
巨人たちのぶつかり合いを目の当たりにして、観客は熱狂的な歓声を上げる。
防護シールドに守られたスタンドはおびただしい熱気に包まれていた。
贔屓選手の勝敗。賭けの対象。平凡な日常からの逃避。闘争本能の代用的なはけ口。
さしずめ現代のコロッセウムといったところだ。
この日のアリーナはミラージュ主導で開催される特殊なモノで
他のアリーナとは少々用向きが異なる。
全12試合が予定されており、先ほど11試合目が終了したが
勝利したのは全てミラージュ製パーツをふんだんに使ったAC。
どう違うのかは結果を見れば一目瞭然である。
業界の事情通ならば、敗北したのはヤラレ役として金で雇われた者や
非力故、どん詰まりまで来ている者である事を容易に看破しただろう。
このアリーナ自体が企業パフォーマンスであり、一種の権力誇示なのだ。
全てはこの世界で最大の権力を有する企業――ミラージュの思惑通り。
続く第12試合、このアリーナの最後を締めくくるのは名銃<カラサワ>。
ミラージュにとって特別な意味を持つ<カラサワ>。
単純に生け贄を叩きのめすだけでは面白くない。ミラージュの企画担当者は考えた。
<カラサワ>の為に何か趣向を凝らせないものかと。
そこで白羽の矢が立ったのが往年の名選手――テラである。
<カラサワ>の扱いに長けており、人気と実力はどちらを取っても申し分ない。
このアリーナの最後を締めくくるに相応しい。最高の趣向と言えよう。
テラとの交渉は難航を極めたが、これをどうにか説得。
一番の大仕事を終え、担当者は胸を撫で下ろした。
アリーナ開催の直前になってテラの対戦相手が戦死したアクシデントなどは
彼にとって瑣末な問題でしかなかった。
代えの効かないテラと違い、代わりの生け贄――二流レイヴンは
掃いて捨てる程いるのだ。このような小さな穴を埋めることは容易い。
実際、二流レイヴンはすぐに見つかった。
しかし、その二流レイヴンがミラージュの予定調和を乱そうとしていた。
◇セントラル・シティ アリーナ 地下ハンガー
観客席とは全く違った空気が流れる空間。
金属とオイルと火薬の臭いがこびりついた巨人の部屋。
アリーナのステージ地下に位置するAC用ハンガー。
クレア・ゴールドスミスがついて行けるのはここまで。
ここから先はレイヴンの領域。
後は見守ることしかできない。他には何もできない。
リフトが彼の乗ったACをステージに押し上げて行く。
こうして見送るのは一体何度目だろう。
どれだけ回数を重ねようと慣れない。落ち着かない。
この時に思う事はいつも決まって同じだ。
(怪我だけはしないでほしい……)
今は試合の結果さえどうでもよく思えてくる。
「心配のしすぎですよ」
隣に並ぶシェリー・ゴールドスミスがクレアの肩を軽く叩いた。
「そうよね……」
アリーナで怪我をする確率は実戦に比べればとても低い。
クレアは小さく頷いて、懸念を振り払った。
「試合がよく見える場所に行きましょう」
2人は上の試合を中継してくれる大型モニターの方に向かい
人だかりをかき分けて比較的見やすい場所を確保した。
他の試合には興味なさげだった出場選手や関係者たちが集まり
皆試合の開始はまだかまだかとモニターに視線を注いでいる。
「テラはすごい人気なのね」
この場で玲司のことを応援しているのは自分と姉ぐらいだろう。
「テラは今日集められたレイヴンの中では断トツの一番人気ですから。
番狂わせがあればとんでもない配当が出ますよ」
「配当……?」
いつのまにか姉の手には勝ちレイヴンを予想する勝鴉投票券――鴉券が握られていた。
「関係者は賭けるの禁止されてるでしょ」
「バレなければ大丈夫ですよ」
「ちょっと見せて」
クレアは鴉券をシェリーの手からさっと奪い取った。
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0030秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0075秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0060秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0120秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0035秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0025秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0015秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0095秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0040秒』
『第十二試合 テラ ○-× 阿部玲司 0100秒』
鴉券は勝敗が堅い場合、決着までのタイムに賭けの対象が移るのだが――
「ちょっと、なによこれ!?」
「なによこれと言われても、普通の鴉券ですよ」
「そうじゃなくて! テラばっかりじゃない」
「だって負ける方にたくさん賭けたらお金がもったいないじゃないですか」
訂正。この場で玲司のことを応援しているのは自分だけだ。
「ほら、レージにも少しだけ賭けてますよ」
シェリーは服のポケットから新しい鴉券を取り出してクレアに見せた。
「勝てばそれだけで万鴉券ですから」
玲司の方に○のついた鴉券に記されているのは……。最低購入金額。
「姉さん、あんたほんとに最低……」
「まあまあ。そろそろ試合が始まるみたいですよ」
場内アナウンスが鳴り響き、頭上のスタンドが歓声で揺れた。
2機のACがステージ上に姿を現したのだ。
万雷の喝采で迎えられた黄土色のACがテラの乗機<スペクトル>。
高機動戦闘が可能な中量二脚で右腕にトレードマークの<カラサワ>を携え
左腕には懐に入った敵を迎撃する為に攻撃速度を重視したブレードを装備。
<カラサワ>を活かすことを最優先した構成と言って間違いない。
<スペクトル>の右腕だけは<カラサワ>と同じ色に塗装されており
搭乗者が射撃の腕に絶対の自信を持っていることが窺える。
実際その腕は相当なもので、テラのことを真の実力者と呼ぶ声も多い。
これに対する真っ白いACが玲司の乗機<ホワイトリンク>。
毎度機体構成をがらりと変える<ホワイトリンク>は決まった形を持たないAC。
今日は軽めの中量二脚で右腕に<カラクサⅢ>、左腕にブレードという
<スペクトル>と似通った構成を選択している。
<スペクトル>と違って誰にも知られていないし、気にもされていないが
<ホワイトリンク>が真っ白なカラーリングをしているのにも理由がある。
それは試作パーツのテストを主な仕事としている玲司ならではで
「白ならどんな色のパーツと組み合わせても色合いが悪くならないだろう」
と考え、所有しているパーツの色を白一色で統一しているからだ。
実にこだわりが有るのか無いのか、よく分からない。
2機はリフトの機体固定具から開放され一歩前に出た。
「テラは貫禄がありますね」
シェリーの言う通り、たった一歩の動作だけでもテラは何かが違う。
モニター越しに見ている素人にまでそれを感じさせるのだから恐ろしい。
同系統のアセンでテラに挑もうとする玲司の姿は
観客の目にさぞや滑稽に映っている事だろう。
MCがお決まりの煽り文句で会場を湧かせる。
テラが「一芸を極めた求道者」で玲司は「無謀なる挑戦者」らしい。
「そこはかとなくムカツク」
「アウェイ戦みたいなものですからね。仕方が無いでしょう」
準備完了の信号を灯す電光掲示板。
クレアは自分の手をぎゅっと握った。
(こっちまで緊張する……)
もうすぐ始まるのだ。
ひとときの静寂――そして試合開始の合図が鳴る。
《BATTLE START》
試合開始の合図と同時にフルブーストで前に出る<スペクトル>。
それに応えるようにして<ホワイトリンク>も前へ。
2機の距離は一気に縮まり、数瞬でエネルギーライフルの射程に入った。
お互い相手の側面に回りこもうとして円の軌道を描く。
<スペクトル>と<ホワイトリンク>はエネルギーライフルの照準を定め
同時に発射――共に初弾を回避。
続けて<カラサワ>と<カラクサⅢ>による射撃の応酬が始まるが
どちらの攻撃も当たらない。
回避、回避、回避、回避。紙一重での連続回避合戦。
2機はブーストに合わせて絶妙なタイミングで地面を蹴り
更なる加速と回避行動の修正、消費ENの軽減を行っている。
「レージもやるじゃないですか!」
低高度での息もつかせぬ高速戦闘。熾烈な攻防に観客は言葉を失った。
試合開始から60秒が経過。
未だ<スペクトル>と<ホワイトリンク>は共に被弾なし。
この時点で鴉券の多くはただの紙屑になった。
「うそ、信じられない……」
完全に予想が外れて驚愕したのは観客だけではない。
玲司をよく知るクレアが一番驚いていた。
(テラの戦いについて行けてる……。対等に戦えてる!? あのレージが)
次の瞬間、クレアを含めた誰もが更に驚かされた。
猛スピードの交差から2機のACが急速反転。
回避不能の距離から<カラサワ>と<カラクサⅢ>が同時に放たれ
今度は青い閃光が交差した。
「直撃する!?」
全く同じ動き。2機は左腕を盾にしてEN弾からコアを庇った。
お互いにブレードを破損。被弾の衝撃で体勢を崩し、双方後退。
<ホワイトリンク>だけではない。<スペクトル>――テラも下がったのだ。
◇
求めるモノはここにはない。
それが分かっていながら私はミラージュの依頼を受けてしまった。
このアリーナがくだらぬ見世物であることは明白。とんだ茶番だ。
あるのは狩られるのを待つ獲物のみ。
しかし、どういうわけか私の対戦相手は違っていた。
楽しい、実に楽しい。
思わず口元が緩んでしまう。
「この感覚……。この感覚を味わいたかった」
引退後の平凡な日常。物足りない毎日。抜け殻のような自分。
安楽椅子に座りながら考えるのはアリーナのことばかり。
アーマード・コアという最強の兵器を操り、死力を尽くして戦うことの魔力。
そう簡単に忘れることなど出来はしなかった。
常に頭の中にあった「後悔」の二文字。
年齢など考えず、この身体が動かなくなるまで引退などするのではなかった。
真の実力者などという綺麗なイメージを守って何になるというのか。
年老いてもみっともなく足掻き続ければよかったのだ。
生涯現役。
この狭いコックピットの中こそがレイヴンの死に場所。
私は年老いた今なおレイヴンだ。それに私はまだまだ戦える。
その事を気づかせてくれた対戦相手に礼を言いたい。
「真剣勝負の最中に話しかける無礼を許してもらいたい。
君が狩られるだけの獲物ではなかった事に感謝する。
私の戦い方をよく研究しているようだな」
ややあって<ホワイトリンク>から若い男の声が返ってきた。
『あなたの大ファンなんでね。光栄ですよ』
ふざけている様でいて、実際は違う。気概のある青年だ。
私を倒してやるぞという明確な意思が感じ取れる。その意気や良し。
「成る程、ファンの期待を裏切るわけにはいかないな」
◇
「くっ……くくくっ……ははははははは!」
通信を切った玲司は堪え切れずに笑い出した。
別に頭がおかしくなったわけではない。
「テラに褒められちまった」
単に嬉しかったのだ。
だがもう無理。
さっきまでは奇跡的に自分の読みが当たっていただけのこと。
読みが外れれば対応は遅れ、いつやらやれてもおかしくはなかった。
それにこっちは集中力が尽きかけている。
オマケに極度の緊張からくる疲れで疲労困憊だ。
限界。
しかし――過剰な期待に応えたくなる。
何よりテラに落胆された自分を見るのは我慢ならない。
「なんとしても、倒す」
玲司の思考は熱に浮かされていながらもクリアだった。
現状確認。
右腕健在。<カラクサⅢ>全機能使用可能。
左腕破損。ブレード使用不可。
他部位。機能正常。無問題。
パイロット。性能低下甚大。短期決戦推奨。
――――――作戦決定。勝算有。
<ホワイトリンク>と<スペクトル>はどちらもブレードを盾として使い失った。
この結果は一見五分に見えるが、実は五分ではない。
若干ではあるが<ホワイトリンク>の方が有利になった。
有利を活かさない手はない。
この膠着状態を引き延ばして体力回復を図ることは可能。
しかし、この熱は確実に冷めてしまうだろう。
熱が冷めないうちにこちらから仕掛けるべき。
今なら無茶も効く。無茶が出来る。無茶がしたい。
<ホワイトリンク>の右腕を真っ直ぐ伸ばし
<カラクサⅢ>の銃口を<スペクトル>に向ける。
勝負再開の合図。
それに応え、<スペクトル>も<カラサワ>の銃口を
<ホワイトリンク>に向け返してきた。
意外とノリもいい。益々テラを好きになってしまいそうだ。
「オーバードブースト!」
機体背面にエネルギーを溜め――解放。
OBの生み出す爆発的な推進力で一気に飛び出す。
<スペクトル>も同様にOBを起動。
テラは玲司の挑戦を真っ向から受けて立つ構えをとった。
一直線。
2機のACは互いに最大戦速で距離を縮める。
瞬く間にエネルギーライフルの間合い。
先制したのは<スペクトル>。
<カラサワ>から放たれたEN弾が<ホワイトリンク>のコアを掠め
装甲表面を焦がす。紙一重で回避成功。
<ホワイトリンク>は撃ち返さない。
<カラサワ>から放たれる2射目。
回避――失敗。命中。頭部破損。
玲司は被弾の衝撃で崩れかけたバランスをOBのスピードで無理やり抑え込んだ。
<ホワイトリンク>はまだ撃ち返さない。
更に縮まる2機の距離。
これ以上近づくと銃身の長いエネルギーライフルは封じられる。
もう格闘戦の間合い。
「もらったぁ!」
玲司が叫ぶのと同時に<ホワイトリンク>は<カラクサⅢ>を
まるでブレードのように振りかぶった。銃身下部の口から青い閃光が伸びる。
これが<カラクサⅢ>のもう一つの使い方。
<カラクサⅢ>はただの劣化コピー品ではない。ただのエネルギーライフルでもない。
エネルギーライフルとレーザーブレード両方の機能を備えたデュアルウェポン。
FM社が作り出した新カテゴリーパーツ『銃剣』なのだ。
<スペクトル>は懐に入った敵を迎撃する武装――ブレードを失っている。
玲司はブレードモードの<カラクサⅢ>を振り抜く瞬間、勝利を確信した。
(この距離なら躱せまい! 流石のテラも度肝を抜かれた筈だッ)
玲司だけではない。アリーナ中の誰もが思った。
<カラクサⅢ>が<スペクトル>の装甲を切り裂くと。
だが、実際は違った。
<カラクサⅢ>の隠された機能にいち早く気づいたテラは引くどころか更に距離を詰め
<スペクトル>を<ホワイトリンク>に直接ぶつけた。
恐ろしいまでの反応速度と機転。そして勝負強さ。
<ホワイトリンク>は振りかぶった腕の根元を押さえられ
<カラクサⅢ>を振り抜くことが出来なかった。
格闘戦の間合いの更に内側に入られたのだ。
テラの度肝を抜いたつもりが、実際に抜かれたのは玲司の方だった。
切り札の不発。テラの行動。衝突の衝撃。全て予想外。
玲司は立て直すのが若干ながら遅れた。
その若干がこの戦い――テラ相手では命取り。
<カラサワ>から放たれたEN弾は<ホワイトリンク>の右肩口に命中。
胴体から右腕がもげて<カラクサⅢ>と一緒に勢いよく吹き飛ぶ。
攻撃手段を全て失った<ホワイトリンク>。
阿部 玲司と<カラクサⅢ>は敗北したのだ。
MISSION:2
◇某山間部 偽装ガレージ 事務室
古く年季を感じさせるが、清潔でよく整頓された一室。
その部屋中に若い女の怒鳴り声が響いた。
「ふざけんじゃないわよ~ッ!」
声量だけで窓ガラスを割りそうな勢いである。
明け方に倒れこむようにして事務室のソファで眠りについた阿部 玲司にとっては
非常に不愉快な目覚め。
近くのデスクに手を伸ばして置き時計を確認すると、時刻は午前9時。
(まだ3時間しか眠っていない……)
パートナーのクレア・ゴールドスミスが何処かの誰かと喧嘩腰で話しを
しているようだが、玲司は心底どうでもよかった。今はただ眠りたい。
ブランケットを被り直して、もう一度目を閉じる。
「――というかさっさと払えッ!!」
明け方まで一緒に作業をしていたのに、この女は何故こんなにも元気なのか。
クレアの怒鳴り声は一向に収まる気配がなく、むしろエスカレートしていった。
「射突グレネード」「修理費」「払え」という単語が繰り返し出てくる。
(アリゼブラ重工と話してるのか……)
玲司は寝起きの頭で昨日のことをぼんやりと思い出した。
(昨日はアリゼブラ重工の試作兵器――射突グレネードのテストに行ったんだよな)
射突グレネードは射突ブレードの杭にグレネード砲弾を取り付けたようなパーツで
目標に杭を撃ち込んだ後、目標内部でグレネード砲弾を炸裂させるという
エゲツナイ代物。まさしく一撃必殺の武器と言えよう。
その威力は凄まじいものであったが……。
問題は一発限りの弾数と使用した側のACの腕も一緒に吹き飛ばす事である。
面白いパーツではあるが、あれでは製品化してもまず売れないだろう。
当然ながらテストを行った玲司のACは片腕を失った。
なんとか修復できないものかと、あれのせいで眠るのが遅くなったのだ。
(クレアのやつ、腕の修理費を請求しているのか)
ACの修理費用は当然報酬に含まれているというのが
アリゼブラ重工の言い分であったが、クレアは事前に説明がなかったとして
納得していなかった。
「どうせ無理だろう」と高を括っている玲司はブランケットを頭まで被り
再び眠りにつこうとしたが――
「いいんですか? うちのレイヴンが黙ってませんよ?」
襲撃予告と取られてもおかしくない台詞を聞いて飛び起きた。
「どうも阿部です。うちの事務員がとんでもない事を…………。はい。……いえいえ。
…………もちろん修理費用は結構です。……はい。……はい。はい、失礼しまーす」
安堵した玲司と対照的にインターコムを奪われ、勝手に通信を切られたクレアは
耳まで真っ赤。肩口まであるプラチナブロンドの髪を豪快に揺らしながら
ずいずいと玲司に詰め寄った。
「ちょっと、なにするのよ!」
「いや、あれは脅しに聞こえるぞ」
「あれぐらい言わなきゃ分からないのよ。
あたしたちみたいな無所属は舐められたらオシマイなんだよ?」
「別にいいだろ。舐めたい奴には舐めさせてやれば。
それに俺は今回の報酬に満足してる」
「あんなゴミパーツ貰ってどうするのよ」
玲司は報酬とは別に試作兵器の射突グレネードをアリゼブラ重工から譲り受けていた。
「絶対に使わないでよ。自機の腕が吹っ飛ぶとかありえないから」
「へいへい」
「はぁ……。パーツを貰ってくるのはいいけど、試作品とか二流品ばっかり。
うちは貧乏なのに売れないパーツばっかり集めてどうするのよ」
「コレクションを売る気はないから」
「今、コレクションって言ったわね」
「……い、言ってない」
「言ったッ! 変てこなパーツを集めるのは趣味って事でしょ? 信じられない!」
クレアは「信じられない! 信じられない!」と繰り返しながら
玲司の首に掴み掛かった。
「ギブ、ギブ……」
タップしながらギブアップ宣言をしても、ぐいぐい締め上げられていく。
細い腕のどこからこんな力が出るのか。
「ギ……ブ……」
玲司が意識を失いかけたその時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「グッドモーニーング!」
どかどかと入ってきたのはシェリー・ゴールドスミス。
「あらあら、相変わらず楽しそうな職場ですね」
まるで微笑ましいものを見たかのような口ぶりで言い放った。
「ゲッホ、ゲホ……楽し……そう……?」
クレアから開放された玲司が咳き込みながら異議を唱える。
「お前の妹に殺されかけてたところなんだが……」
「クレアなりのスキンシップでしょう?
それより、こんな遠くまで訪ねて来たんですよ。お茶ぐらい出してください」
「うちは喫茶店じゃねーぞ。帰れ」
「いいんですか? そんなに邪険にして。
せっかくレージたちに仕事を紹介してあげようと思ったのに」
「クレア君、なにしてるんだい。早くお姉さんにお茶を出して」
◇セントラル・シティ 老舗割烹 小島屋
依頼者とレイヴンが直接会ってやり取りを行うことは稀である。
両者の保安上の問題であったり、効率的な問題であったり、理由は様々。
近年、急速に勢力を拡大しているレイヴンズアークのような斡旋組織が
籍を置く傭兵に対して専属契約を禁じているのも、大きな理由のひとつだろう。
特定の勢力に所属していない独立傭兵である阿部 玲司も例外ではなく
依頼者と直接会うことは滅多にない。
今回のようなケースは非常に稀である。
緑色の照明が照らす不気味な座敷にいるのは5名――
カジュアルな黒いスーツに身を包んだ阿部 玲司とクレア・ゴールドスミス。
会席料理の並ぶ大きなテーブルを挟んで、依頼者とその部下と思しき男が2名。
互いに紹介を済ませ、玲司と依頼者は談笑を始めたが「あそこの製品は奥が深い」
「いい仕事しますよね」「職人魂を感じる」といった内容の会話に
クレアはついていけなかった。ついていきたくなかった。
意気投合した2人はかれこれ2時間近くパーツ談議に花を咲かせており
一向に本題に入る気配がない。いい加減うんざりしたクレアは
2人の会話を聞き流して、テーブルの上に置かれた名刺に目をやった。
『FM社 代表取締役 ケビン・スパイシー』
(姉さんはこんな人とどこで知り合ったのかしら?)
FM社――フォーマルモデリング社はハッキリ言うと三流の兵器メーカーである。
“これは有名なあのパーツですよね? あれ……? よく見るとどこか違うぞ”
という製品。所謂、有名ACパーツの「パチモノ」を作っている企業であり
FM社――フェイクメイカー社と一般的には認識されている。
ここに来る前に予習したところによると
<ムーンライト>のパチモノである<アースライト>や
<カラサワ>のパチモノである<カラクサ>などが主力製品であるらしい。
今回の依頼者がそんなFM社の二代目社長、ケビン・スパイシー。
恰幅のよい中年男性で「がははッ」と豪快に笑うのが特徴的だ。
FM社が小さな企業とは言え、社長自ら出張ってくるのは予想外であった。
(それにしても直接会って話したいって呼び出しておきながら
このオヤジはいつまでレージとパーツ談議を続けるつもりなのかしら。
あ~、じれったい。さっさと本題を話しなさいよ)
完全に蚊帳の外であるクレアが痺れを切らしかけた時――
「ところで阿部殿は今週末にセントラルのアリーナで行われる
イベントのことはご存知か?」
やっと本題らしきものが始まった。
「ミラージュのアレですか?」
「いかにも」
今週末、セントラル、アリーナ、ミラージュ。
このキーワードから導き出される解はクレアにも心当たりがあった。
ミラージュがその力を誇示する為だけに開催する特殊なアリーナ。
ミラージュ製のパーツを使ったレイヴンが格下のレイヴンを叩きのめすという趣向で
殆ど公開処刑に近い催しである。
「ではテラというレイヴンをご存知か?」
「もちろん知ってますよ」
玲司は淀みなく答えたが、クレアはテラというレイヴンには心当たりがなかった。
(この仕事を始める時に有力なレイヴンの名前と詳細は全て頭に叩き込んだ筈なのに。
レージが知っていて、あたしが知らない?)
テーブルの下で玲司をつついて「あたしにも分かるように教えて」と合図を送る。
「あの人ですよね? <カラサワ>使いの」
クレアの意図を理解して玲司はテラの説明を始めた。
「レイヤード時代、今はもう存在しないグローバル・コーテックスのランカー。
名銃<カラサワ>の扱いに最も長けたとされるレイヴン」
「いかにも、いかにも。よくご存知ですな」
「俺が生まれる前に引退した人ですけど、ファンなんですよ。
ストイックな感じがかっこいいじゃないですか」
(なんだ、現役じゃないのか)
クレアは自分がテラを知らないことに納得した。
いくらなんでも遥か昔に引退しているレイヴンは守備範囲外。
「実はそのテラが<カラサワ>を携えて一度だけアリーナに戻って来るのです」
「それはファンとして見に行かなければなりませんね」
のん気に「観戦に行きたい」と答えた玲司とは違い
スパイシー社長がどんな依頼をしようとしているのか、クレアは大方気づいた。
(うわー、レージの好きそうな依頼だ)
「阿部殿、あなたにはテラと戦っていただきたい」
(ほらきた。どうしてあたしたちのところに来るのは
こんなろくでもない依頼ばっかりなのかしら。あのバカ姉め……)
「当社の製品を使ってミラージュ主催のアリーナでテラを倒してもらいたいのです」
スパイシー社長は脇に控える部下から携帯端末を受け取り
ディスプレイを玲司の方にくるっと回転させた。
「KARAKUSA-MK3……」
そこに映し出された<カラサワ>のようで<カラサワ>ではないパーツの名を
玲司はぽつりと呟いて続けた。
「<カラクサ>の最新モデルですか?」
「いかにも! <カラクサⅢ>はFM社の集大成であり、次期主力製品です。
阿部殿にはこれを使ってテラを倒していただきたい」
◇セントラル・シティ 老舗割烹 小島屋 一般客用駐車場
「どーしてあんな依頼引き受けちゃったのよ……」
料亭を出て会話を盗み聞きされる心配のない空間――玲司の白い愛車の中に
入った途端、クレアは不満の声を漏らした。
助手席から送られてくる非難の眼差しを受け流しながら玲司は答える。
「成功報酬が相場よりもよかっただろ?」
「当然でしょ! 真っ先に睨まれるのはあたしたちなんだから」
ケビン・スパイシー社長の依頼はミラージュが力を誇示する為に開くアリーナを
ぶち壊してほしいと言っているようなものだ。
この依頼が成功したら、ミラージュは体面を傷つけられる事になる。
「パチモノメーカーの為にミラージュに目をつけられるなんて割に合わないわ」
「まあそう言うなよ。FM社は模造品から始まった企業だが
今では確かな技術力を持ってるんだぞ。それに頑張ってる社員の為に
フェイクメイカーっていう汚名をそそぎたいなんて、泣かせる話じゃないか」
「フン、そんな話にこれっぽっちも同情なんかしてないくせに」
スパイシー社長が語ったお涙頂戴の苦労話は実に胡散臭かった。
(要は本物の<カラサワ>を衆目の前で喰って見せて
自社製品の知名度を上げたいだけじゃない)
「で? 依頼を引き受けた本当の理由は?」
「なんのことかな?」
「しらばっくれるわけ?」
「…………わかった、わかりましたよ」
本当のことを言うまで全く譲ろうとしないクレアに玲司は降参した。
「お前には分からないかもしれないけど、あのテラと戦えるんだぞ?
生であの人の戦いを見れるだけでも感動物なのに。
オマケにFM社の新商品<カラクサⅢ>を一番乗りで使えるんだ。
これはもうやるしかないだろ?」
「つまり利害度外視で、受けたいから受けたの?」
「そのとおり」
「ハァ……」
予想の範囲内とはいえ、玲司があまりにも嬉しそうに語るせいで怒る気も失せてしまい
クレアは深い溜息をついた。
(こんな男のサポート役を買って出た過去の自分に助言してやりたい気持ちだわ……)
しかし後悔しているわけではない。共に歩むと決めたあの日から一度たりとも。
「今更『やっぱりやめます』とも言えないし、やるしかないわね……」
「さっすが俺のパートナー! 話が分かる!」
「で? そんなに凄いテラ相手に何か勝算があるの?」
「今のところは無い。これから考える」
「バカ」
「さーて、明日から忙しくなるぞ」
◇某山間部 偽装ガレージ 格納庫
阿部 玲司の格納庫には数多くのAC用パーツが存在する。
ACの全長を遥かに超えた砲身を持つ狙撃砲。背部に装備する特殊ブレード。
謎の撹乱兵器。一見しただけでは用途不明なパーツ等々。
数だけは大したものだが、その殆どに資産価値はない。
「物の価値を決めるのは他人ではなく、最後に手に取った者だ」と
どこかの偉い人は言っていたが、共に仕事をしているクレア・ゴールドスミスは
玲司の趣味に大変ご立腹である。
今ではこれら二流品や試作品、珍品の収集自体が
玲司の“目的”になっているが、元々は“手段”であった。
どのようにしてそうなったのか?
事の仔細を説明するには阿部 玲司がレイヴンになった経緯から話さなければならない。
その昔、阿部家とゴールドスミス家はお隣同士であった。
阿部家には母親がおらず、ゴールドスミス家には父親がいなかった。
両家は自然とひとつの家族のようになり、それなりに楽しく日々を過ごしていた。
楽しい日々は続かないもので、突然ゴールドスミス家の母親が事故で他界してしまう。
まだ幼く、他に身寄りのなかった姉妹は施設に預けられそうになるが
玲司の父親が保護者を買って出てくれ、事なきを得た。
それからしばらく平和は時が流れ、シェリーとクレア、玲司の3人は
物事を少しは考えられる歳になった。
ある日、玲司の父親が3人を集めてこう宣言した。
「脱サラしてレイヴンになろうと思う。昔から夢だったんだ」
四十超えの平凡なオジサンが今からレイヴンを目指すなど
何かの冗談か、頭がおかしくなったのではないかと思われたが……。
一年後――“運悪く”玲司の父親は本当にレイヴンとなってしまった。
彼がレイヴンになれたことは奇跡であり、奇跡はそう続かない。
後には当然の結果――依頼を受ける度に借金が膨らむ――だけが待っていた。
そして借金返済の為に高額な依頼に挑んで、玲司の父親は帰らぬ人となってしまった。
一番恐れていた最悪の事態が現実となって玲司を襲った。
一般人がまともに働いても返せそうにない額の借金。
それが息子である玲司のところに回ってきたのだ。
「あ、あはは……。クソ親父のせいで人生終わった……」
「人生を諦めるのはまだ早いだろう」
途方に暮れていた玲司に道を示したのは死んだ父親の友人を名乗る
シド・ワイズという男であった。
「残ったACパーツを全て売っても二束三文。そこでだ――」
シドは父親の遺品を使って玲司にレイヴンになるよう提案した。
「レイヴンとして稼げるようになれば返せない額でなない」
この時の玲司はACが好きでアリーナに試合を観戦に行く程度の
ごくごくありふれた一般人。父親の二の舞になる可能性は非常に高かった。
「どうせ倒れるなら、前のめりに倒れてみるか……」
半ば自暴自棄ながらも玲司はシド・ワイズの提案を受け入れた。
その本当に倒れてしまいそうな後ろ姿に耐え切れず、口を開いたのがクレアである。
「その……。おじさんにはお世話になったし、あたしも手伝う」
義理どうこうと言葉にしつつも、レイヴンという未知の世界に
ひとりで踏み込もうとする玲司を放っておけなかったのが彼女の本音だろう。
かくして阿部 玲司はレイヴンとして活動を始めたが
一発目の依頼から全く上手くいかなかった。
その特殊な才能ゆえ、アーマード・コアという兵器を扱えても
やはり素人には荷が重い。
このまま続けてもモノになる前に借金が一回りは大きくなる。
そう判断した2人は即座に方向転換。
地方アリーナに向かった。
これが当たりで、玲司はアリーナの初戦で見事勝利を収めた。
対戦相手の実力は玲司と同程度であったが、アセンの相性がよかった。
どんな物にも有利不利の相性があり、ACでは俗にアンチアセンと言われている。
事前に対戦相手が分かっているアリーナでは
相手のアセンにアンチアセンを被せる事でアドバンテージを得ることが容易い。
玲司の特性は大きな武器となり得るのだ。
ここで問題になるのが資金面である。いくら勝利を重ねても次の試合の為に
正規パーツを新調していたのでは何時まで経っても借金は返せない。
そこで安価な二流品を使うようになったのである。
この作戦は信じられないほど上手くいった。
アリーナの下位から中堅に相性勝ちして、また他のアリーナに移って相性勝ち
という嫌われ者の所業を3年間続けて、玲司とクレアは借金を無事完済した。
長々と話したが、つまり阿部 玲司はアリーナでの戦いが得意なのだ。
しかし今回の依頼は<カラクサⅢ>を使うように武装を制限されており
アドバンテージはないに等しい。地力でもテラには遠く及ばないだろう。
一芸特化のテラと器用貧乏の玲司が同じ土俵で戦って――
「勝ち目はあるんですか?」
2人の様子を見に来た=遊びに来たシェリー・ゴールドスミスは
ロボットアームを操作してアリーナ用ACの調整をしている妹に問いかけた。
白い作業着姿のクレアが手を止めずに答える。
「あたしは無理だと思う。それに負けてくれた方がいいのよ。
ミラージュに狙われるのはいやだし」
(それにしては熱心に調整してますね。素直じゃないんだから)
からかってやろうかと一瞬考えるも
妹の真剣な横顔を見てシェリーは別の事を口にした。
「それで<カラクサⅢ>はどんな感じなんです?」
「スペック上は本家<カラサワ>に迫るものがあるわね。
…………いえ、一部分だけなら本家より優秀かも」
「ケビンが勝負に出るだけの事はあるみたいですね。レージが触ってみた感じは?」
「正式に販売が開始されたら二丁ぐらい買いそうな勢いよ」
「へえ~~。だとすると得物で大差をつけられる事はないと。
あっ、そういえば肝心のレージが見当たりませんね」
「事務室に篭ってるわよ」
「事務室……? 事務室でなにしてるんですか?」
「昔のテラの試合をエンドレスで観賞中」
「もっとこう、秘密の特訓みたいなのは?」
「ないわね。短期間で急に強くなれる特訓なんて映画やコミックの中だけよ。
あたしたちが取れるベストな戦法は『傾向と対策』。
テラは元有名ランカーで資料には事欠かないんだから」
「なんというか……。地味ですね」
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