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「アマギャル★90~」(2010/05/28 (金) 18:31:41) の最新版変更点
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★その90
ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ
「…ください、遅刻しますよ。起きてください、ヨウヘイさん。」
「あと、5分……………あと…5分だけ…」
「だらしないです。起きてください。」
口うるさい奴だな…
__________________∧,、__________________
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄'`'` ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この感じ、殴られる!?身の危険を感じた俺は飛び起きた。
案の定、拳を固めていたアイビス…危ねぇ。
「殴って起こそうとするの、やめてくれよな。」
「最近はだらけすぎです。さっさと支度を済ませてください、遅刻しますよ。」
「へ~い。」
スペシャルアリーナの戦いから2週間。
グローランサーを手に入れ、俺の生活は少し変わった。
街を歩けばサインを求められ、学園では知らない奴から声を掛けられる。
周囲の俺に対する態度が変わったと言うべきか。
そうそう、企業や仲介組織の人事担当者から何枚か名刺を貰ったんだ。
もっとバンバン来るかと期待していたが、そうでもなかった。
自分の試合をビデオで見直してみると、最後以外は結構無様だったから、まあ仕方ない。
一番待遇が良さそうなのはキサラギだっけか?
エクレールさんは羨ましがったが、あんまり俺の好みじゃない。
アークとかの大手仲介組織なら喜んで二つ返事なんだが…
その点、ジナは凄い事になっていた。各方面から引っ張りだこで
スカウトの数は両手の指、それに両足の指を足してもたりないくらいだ。
羨ましい限りなんだが、当の本人はそういうのに興味が無い様子。
毎回毎回、一蹴しているらしい。罰当たり者め。
さて、学校に行こう。
「じゃ、いってくるよ。」
「いってらっしゃいです。」
アイビスに見送られて家を出た。
★その91
今日は天気がいいな。このままハイキングにでも行きたくなる。
自転車のハンドルをあさっての方向に向けて、学校をサボってしまおうか?
偶にはそういうのもいいよね。
「せんぱーい!」
元気のいい声が聞こえてくる。
「おはよう、レジーナ。」
ハイキングはお預けだな…家出娘に捕まってしまった。
「先輩、おはよう!」
「おはようございます!」
レジーナと並んでいる男の子が一緒に挨拶を返してきた。
レイヴン科の1年か、まだ初々しい感じだな。
それにしても何で敬礼しているんだろう…
「そっちの彼はひょっとしてレジーナの彼氏?」
「アハハ、違うよ。地雷君はクラスメイト。」
「自分は地雷伍長であります!」
地雷が名字で伍長が名前なんだろうか?俺に負けず劣らず中々のフルネーム。
「槍杉先輩にこんな所でお会い出来るなんて、光栄であります!」
「地雷君は先輩のファンなんだよ。」
こんな感じで、下級生から結構慕われるようになった。
初めのうちは気分のいい物だったけど…
長く続くと、いつも誰かに見られているような気がして
何だかとても落ちつかない。有名人は辛いな。
嬉しそうに話す地雷君を見ていると、ついついサービスしてあげたくなる。
彼に求められるまま、学園に着くまでSPアリーナの事を話して聞かせた。
そのままだとかっこ悪いので、多少脚色してね。少しぐらいは許されるよな?
「自分は槍杉先輩が粗製と呼ばれていたのが信じられません!」
「ははっ!能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」
「力をひけらかして無用の敵を作らない事も大切だと
イレギュラー論の授業で習いました。本当の実力を隠されていたんですね!」
「あ、ああ…そうだよ。」
馬鹿な冗談も好意的に取られてしまう。本当に調子狂うな。
地雷君の中の俺は一体どうなっているんだ…
「厚かましいお願いではありますが、サインを頂けないでしょうか?」
「いいよ、その色紙に書けばいいの?」
正直に言うと俺は字が汚い。
そこで達筆に見せかける為に、蛇がのたくった様なサインを考案した。
「感動であります!地雷家の家宝にします!」
蛇がのたくった色紙を大事そうに抱える地雷君。
本当に嬉しそうにしてくれるな、こっちまで嬉しくなっちゃうよ。
俺の書いた汚いサインで、こんなに喜んでくれるんだもんな…
★その92
俺は2人と別れてから格納庫に向かった。
朝、グローランサーを見に行くのが日課になっているんだ。
暇さえあれば眺めに行っているかもしれない。
「あれ?明かりが点いてる。」
どうやら格納庫に先客がいるようだ。
「おはよう、槍杉君。」
ジノーヴィー先輩か。
「おはようございます。先輩も愛機を眺めに来たんですか?」
「私はデュアルフェイスの整備をしにね。今週の”当番”は私たちだ。
万が一の事態に備えておかないとな。」
先輩の言う”当番”っていうのは警備部隊の当番の事。
実は俺たち5人は学園の警備部隊に入ったんだ。
ACを手に入れたはいいんだけど、ガレージを持って無いし
維持費とかも馬鹿にならない。所持しているだけで金が掛かる。
そう、ACは金食い虫なのである。
依頼をこなして報酬を得ないと、やっていけない。でも俺たちはまだ学生。
どうしたものかと頭を抱えていた所に学園長が提案してきたのが、警備部隊への参加だ。
部隊への参加と引き換えに、格納庫の提供と維持費を全て負担してくれるという。
ちなみに部隊編成はこんな感じだ。
クライン先生、ジノーヴィー先輩、エクレールさん、そして俺の『クライン組』。
ロイヤルミスト先生、ワルキューレ先生、ジナ、神威の『ロイヤルミスト組』。
見てもらえば分かる通り、あくまで数合わせ。
万が一、出撃する事になっても戦うのは先生方だけで十分だろう。
また危ない目に会うんじゃないか?と思ったが、さして危険は無さそうだ。
普段は普通に授業を受け、万が一の事態に備えるだけの簡単なお仕事。
巡回任務とかにも俺たちは参加しなくてもいいって事になっている。
授業時間以外は拘束しないって契約だし、破格の条件と言えるだろう。
というわけで、警備部隊に入った。
そして今週が俺たちクライン組の当番というわけだ。
「先輩はACの整備も自分で出来るんですね。」
「槍杉君も簡単な整備点検ぐらいは自分で出来るようになっておいた方がいい。
少しでも経費削減を考えないと、傭兵業はお金が掛かるからね。」
「俺もそう思って、自分でやってみたんですけど
その…クラフツさんに怒られちゃいまして…」
「怒られた?」
「ハッキリと二度手間だと言われてしまいました。壊滅的に不器用なんですよ、俺。」
「そうか、まあ人には得手不得手があるさ。」
「ですよね。」
その後しばらくジノーヴィー先輩と雑談しながらグローランサーを眺めた。
★その93
よし、朝の日課終了。そろそろ教室に行かないとな。
存分にグローランサーを眺めた俺は先輩と別れて下駄箱に向かった。
「うわっ、何だ!?」
急に視界が真っ暗に…誰かが手で俺の両目を塞いでいる。
「だ~れだ?」
この声は…
《エクレールさんだな?》
⇒《ひょっとして、ネルさん?》
《まさか…ジナ?》
「ひょっとして、ネルさん?」
「正解です。」
振り返ると、ちょっと照れた様子の彼女が立っていた。
「ネルさんも意外とこういう子供っぽい事するんだね。」
「フフフッ、ごめんなさい。槍杉さんがあまりにも無防備だったから。」
「そんなに隙だらけだった?」
「はい、隙だらけでしたよ。」
オペ科のネルさんに後ろを取られるとは、不覚。
「また格納庫に行ってたんですか?」
「うん、暇さえあれば見に行っちゃうんだよね。」
というか、最近はグローランサーを眺めてばかりだ。
正直に言うとダラけている、ダラけまくりだ。
SPアリーナが終わって、燃え尽きてしまったと言うかなんと言うか…
授業にもあまり身が入らないんだよな。
もう自分のAC持ってるんだから、別にいいやって頭のどこかで考えてる。
「―――――一緒に…」
「えっ、何?」
やばい、ぼーっとしててネルさんの話を聞いてなかった。
「な、何でもないです。それじゃあ。」
ああ、行ってしまった。
悪い事しちゃったな…後で謝らないと。
「ふぅ…」
教室に行きますか。
★その94
ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ…
教室の、しかも俺の席周辺がピンポイントで騒がしいな…まあいつもの事か。
「おはよう、エクレールさん。」
「おはよう、槍杉君。もうあの2人はスルーなのね…」
あの2人っていうのはジナと神威の事だ。
最近は何かにつけてギャーギャーと言い争っている。仲の良い事ですよ。
どうしてこんな事になったのか説明しておこう。
ジノーヴィー先輩と仲良くなれるよう手を貸す。
というジナとの約束を果たす為、俺は頭を捻った。
第一弾 古典的な方法
ジノーヴィー先輩にフォーミュラFのタダ券が3枚手に入ったからジナと3人で
観戦に行きましょう!と誘っておいて…当日に俺がドタキャン。
チケットが勿体ないという事で2人は観戦に行ったらしい。
ここまでは完璧だったが、ジナが緊張のあまり何も喋れなくなり
先輩に体調が悪いと誤解され、途中で帰ってきてしまったらしい。
―――――失敗。
第二弾 偶然を装って
SPアリーナが終わり、警備部隊の組も分かれてしまったジナと先輩は接点が薄い。
そこで先輩のボランティア先であるクンプレアーノス保育園にジナを行かせた。
子供は苦手だと言いながらも続いていたので、いい感じなのか?と思ったが…
これも駄目みたいなんだよな。進展が全く見られん。
何で先輩じゃなくて神威と仲良くなってるんだよ。
―――――失敗中。
どうすりゃいいんだよ。約束は守る主義だけど、限度があるぞ。
AC戦では超人的なジナも恋愛事になると酷いもんだ。
まあ俺も人の事は言えないが―――
ヒラ~ヒラ~
あれ?机の中から何か落ちた。
ピンク色の封筒…これって…まさか…ラブレターってやつ???
誰かの悪戯か?いやいや、待て待て、とりあえず中を見てみよう。
_______________________________________
あなたが好きです。真摯な眼差し、凛々しい横顔。
いつも遠くから見ていて、ため息を漏らしています。
こんな手紙でしか気持ちを伝えられない臆病な私を笑ってください。
でも、あなたの事を考えるだけで…
私の思いを受け止めてください。
放課後、旧倉庫横の木の下で待っています。
_______________________________________
女の子らしい丸みを帯びた字、そして控え目な文章。
ほ、本物のラブレターだー!!
ファンタジーの産物だと思っていたが、実在したのか。
しかも俺の机の中に…
机を間違えたとかじゃないよな?うん、間違えてない。
ここは俺の机だし、封筒に俺の名前が書いてある。俺宛だ。
こんな事が有り得るのか?……………今の俺なら有り得る。
今朝の地雷君を見ただろ?槍杉洋平の株価はストップ高だ。
短い人生の中で一番高騰してるんじゃないか?
やばい、何かドキドキしてきたぞ。返事をどうするかは置いといて
とりあえず行かないとマズいよな?待ちぼうけは可哀相だし。
春が来たかもしれない…
★その95
まだ手の込んだ悪戯である可能性も捨て切れなかったので
一番こういう事をしそうな古王と林檎にそれとなく鎌をかけてみたが…2人は無反応。
ラブレターは本当に本物のようだ。
何処にも名前が書いていなかったな、差出人は誰か?
俺の知っている人、知らない人、上級生、同級生、下級生―――
妄想は尽きない。
授業の終了を告げる鐘が鳴ると、俺は神威よりも速く立ち上がり、旧倉庫に向かった。
「ちょっと早く来すぎたか…」
旧倉庫横の木の下にはまだ誰も来ていない。
ラブレターには”待っています”と書かれていたのに
俺の方が先に来ているのも変な話だよな。一端退却して出直そうか?
でも退却中に出くわすと変な感じになるし、待ちますか。
旧倉庫には良い思い出が無いけど、この辺りはあまり人気が無いから
落ち着いて話しをするのには持って来いだよな。
この木もひょっとしたら、学園ドラマにありがちな伝説の木とかだったりして…
「おおッ!」
女の子がこっちに向かって歩いてくるぞ。レイヴン科の制服だ。
こ、この人は…学園屈指のワンダフルボディの持ち主、プリン先輩!
直接の面識は無いが、偶に目の保養させてもらってます。
「あれ?」
通り過ぎてしまった、違ったのか。
紛らわしいじゃないな、もう…
「おおおッ!!」
あ、あの人は…女子が9割を占めるオペレーター科の中でも
トップテン入り間違いなしの美人さん、言わずもがなフィオナ先輩!
こ、こっちに向かって、俺に向かって手を振っている。
今度は間違いないだろう。フィオナ先輩が俺の事を、そうかそうか…
「あれ?」
何で…手を振って、そのままどっかに行っちゃうんですか?
おいぃ、フィオナ先輩も違うのかよ。
紛らわしい、こんな時に限って紛らわしい。
「ずいぶんと調子よさそうだねぇ。」
「はい?」
一瞬、ジノーヴィー先輩に声を掛けられたかと思ったが、よく見ると違う。
それに襟章が2年だからな、先輩なわけない。似ているが別人だ。誰だこいつ?
「サインなら後にしてもらえるかな?人と待ち合わせ中なんだ。」
「…騙されたとも知らずに。」
なん…だと…?
「まんまと騙されてくれたな。お前にラブレターを書いたのはこの俺さ!
そうとも知らずに…おめでたい野郎だ。」
な、なんだ?変なのがもう1人出てきたぞ。
こいつもレイヴン科の2年みたいだが、どうなってんだよ。
ラブレターを書いたのはこの俺さ!という事は…
「すまない、男には興味ないんだ。他を当たってくれ。」
「なんでそうなる!お前は俺が書いた偽のラブレターで誘き出されたんだよ。」
はぁ?
「君たちと会うのは初めての筈だけど?」
こいつらに誘き出される理由が無い。
「存在自体が目障りなんだよ!」
ちょ、偽ジノーヴィーの野郎…何てこと言いやがる。
詰め寄ってくる2人。どっちもあまり強く無さそうだが、2対1では分が悪い。
腕っ節にはあまり自信が無いからな。
「どうした?勝ち目がないからって逃げるなよ。」
逃げるわ、ボケ!何で理不尽にボコられにゃならんのだ。
雲行きが怪しくなってきた時から、俺は密かに退路を探していた。
詰めが甘いな、左後方がガラ空きだ。ここから逃げられる。
逃げ足には自信があるぞ。
「無駄な争いは御免だね。さいな――――うぅおわぁぁ!!」
捨て台詞を吐いて逃げ出した俺は謎の浮遊感に襲われ、視界が暗転。
全身を打ち付ける衝撃と同時に、自分の身に何が起こったのか理解した。
俺は―――――――――落とし穴に落ちた。
「いってぇ…」
罠だったのか、ちくしょう。落ちたのは4メートル近い縦穴だ。
何も無しじゃ登れそうに無い。完全にやられた。
「ズベン、スコップはどこに隠したんだっけ?」
「そこの草むらの辺りだ。」
上から物騒な会話が聞こえてくる。
マジかよ…生き埋めにするつもりか!?
なんとかしてこの状況を打破しないと…
[[《冷静に考える》]]
⇒《泣き叫ぶ》
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、何も考えられない。
「誰か助けてー!埋められるーー!人殺しだーぶぅわ…ゲホ、ゲホ…」
上から土砂が大量に降ってきた。
「ぶぅわ…ゲホ、ゲホ…」
容赦なく降り注ぐ土砂のせいで声が上手く出せない。
「やめろ、ぶぅわは…ふざけ…ゲホ、ゲホ…」
2人とも楽しそうに土砂の雨を降らしてきやがる、本物の外道だ。
あっという間に腰の辺りまで埋まってしまった。
もう身動きすら取れない。マジでヤバイ…
「ようやく見つけたぞ、モリ・カドル。」
俺を埋めようとしている2人以外の声が聞こえた。
「ジ、ジナイーダ!!」
偽ジノーヴィーが驚愕の声漏らす。
ジナ!?ジナが助けに来てくれた?
頭上で何が起こっているのか全く見えないから分からない。
どうなっているんだ?
「ズベン、すぐに援護しろ!」
「じょ、冗談じゃ…」
「ズベン、ちゃんと援護しろよ!!」
「こんなはずじゃ…」
鈍く重い打撃音と男たちの悲鳴が聞こえる。
ジナが暴れまわっているのか?
よく分からんが、助かるのか…俺…?
「こんな所で何をしているんですか?」
また新しい声が聞こえた、女の人の声だ。
「ちっ、邪魔が入ったか。」
ジナの心底残念そうな呟き…どうなってるんだ?
助かったのか???
「無事か?」
ジナが縦穴にヒョッコリと顔を出したのを見て、心底安心した。
「ふぅ…なんとかね…」
ジナが天使か何かに見える。随分と物騒な破壊天使だが…助かったんだ。
「面倒はごめんだ、私は撤退する。」
「えっ?助けてくれないの?」
「教師が来た、そいつに何とかしてもらえ。」
「ちょ、ちょっと…」
★その96
あの後、偶然通りかかった教師―――セレ先生に助け出された。
先生は華奢な外見にも関わらず、かなりの腕力だったな。
鍛えているのだろうか?
泥だらけだった俺はシャワーを浴びさせてもらい、サッパリした。
制服が酷い事になっていたので学園の洗濯機を借り
乾燥が終わるのを先生の研究室で待たせてもらっているのだが…
断ればよかったかもしれない。
あの場で何があったのか、当然訊かれたんだけど…
偶然穴に落ちただけで、上の事は知らないと嘘をついた。
セレ先生が来た時には3人とも逃げ去った後だったようだが
それにしても無理がある。俺は腰の辺りまで埋められていたからな。
何故そんな嘘をついたのかって?理由は2つある。
理由その1、ことのあらましを説明すればジナも確実に呼び出される。
面倒が嫌でトンズラしたのに呼び出されたら怒るだろう。
助けてもらったんだし、彼女の希望を尊重したい。
理由その2、このケジメは自分の手でつけたい。
先生にありのままを伝えて、後を任せたほうが楽だし、そうすべきだろう。
でも、それじゃ…俺の気が収まらない。
死んでも意趣返し!
やられたら、やり返せ!
目には目を、歯には歯を!
それが槍杉家のモットーであり流儀。
モリとズベン、あの2人の顔はしっかりと憶えた。
あれだけ好き放題やったんだ、何をされても文句は言えまい。
というわけで本当の事は話していない。
セレ先生は多分納得していないだろうが、深く追求しないでいてくれている。
しかし、嘘をついているのはバレバレだろうし
だんまりのまま部屋に2人きりは非常に気まずい…
早く制服乾かないかな。研究室に誰か訪ねて来てくれるとかでもいい。
とにかくこの状況を脱出したい。
コン、コン
ノックの音、本当に誰か来た!
「お邪魔しますよ、セレ先生。おや?槍杉君じゃないですか。
体操着でなにをしているんですか?」
「が、学園長…これは、その…制服が汚れちゃいまして…あはは…」
「ほぉ、そうなんですか…。まあ丁度よかった、君に話があるんですよ。」
「えっ?俺にですか?セレ先生に何か用事があったんじゃ…」
「ほっほっほっほっ!そちらは急ぎではないので大丈夫です。
セレ先生、槍杉君をお借りしても宜しいですか?」
「……………はい。」
「では私の部屋に行きましょう。いい茶葉が手に入りましてね。ご馳走しますよ。」
「は、はい。」
気まずい研究室より、学園長室の方がマシだよな。
お茶をご馳走になりながら、時間を潰そう。
___学園長に連れられて学園長室に移動した。
「ささっ、掛けてください。直ぐにお茶を淹れますからね。」
学園長はテキパキと動いている。
物腰も柔らかいし、どこかのベテラン執事のようだ。
ああ、和むな。セレ先生の研究室は息苦しかった。
別に先生の事を嫌いなわけじゃないんだけど…
助けてもらったのに嘘をついている背徳感、そして無言のプレッシャーが辛かった。
「どうぞ、よく味わってみてください。」
あっ、いい匂いがする。それに高そうな湯呑みだな。
「いただきます。」
ズズズズ――
「どうですか?」
「凄く美味しいです。こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてかもしれません。」
「ほっほっほっほっ!そうでしょう、そうでしょう。いい茶葉なんですよ。」
自慢のお茶を褒められて、にこやかに笑う学園長。
前にも思ったけど…本当に近所の爺さんみたいだ。
そういえば俺に何か話があるって言ってたな。
「あの、お話というのは?」
「槍杉君はせっかちさんですね。」
「す、すみません…」
「ほっほっほっほっ!槍杉君にも予定があるでしょうし、いいんですよ。
私が強引に連れて来てしまいましたからね。」
ちょっと気分を悪くしちゃったかと思ったが、そんな事はなかった。
「君にもう一度アリーナで戦って欲しいという依頼がコンコード社から来ています。」
★その97
SPアリーナはかなり成功したって聞いてたけど
またお誘いが来るなんて…
「今回もチーム戦ですか?」
「いえ、個人戦です。しかも槍杉君を名指しで指名してきました。」
俺を指名!?なんで俺なんだ?
ジナとかの方がいい試合するだろ。
あの試合がウケたのか?でも…
「合点がいかないみたいですね。私も経緯を聞くまではそうでした。
君と戦ったザルトホック君を憶えていますか?」
「はい、勿論です。」
忘れるわけない。
「どんな手を使ったのかは分かりませんが
この依頼は彼がコンコードに働きかけたのが発端のようです。
槍杉君に負けたのが相当悔しかったのでしょう。」
ああ、なんだっけ?ワイズリポートに書いてたな。
プライドが高くて、粘着気質とかなんとか。
勝つ為の演技とはいえ、結構酷いこと言っちゃったよな、俺。
「ザルトホック君と戦って試合に勝ったら、これだけ貰えるそうです。」
学園長はメモ帳にさらさらとペンを走らせ、それを俺に渡した。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、7万c!!!」
凄い額じゃないか…俺のアルバイト代の何十年分だよ。駄目だ計算出来ない。
「どうですか?悪い話ではないと思いますよ。」
7万c…7万cあればACのパーツ買えるよな。
大グレ2本ぐらい買えるんじゃないか?
グローランサーを憧れのジノーヴィースタイルに換装できるぞ。
相棒を強化してやれる。
だが…
「やめて…おきます…」
「おや?どうしてですか?」
「勘です。何故かは分かりませんが、いい結果になると思えないんです。」
危険信号…漠然としたモノだが、それが全力でやめとけって言っている。
偽ラブレターのせいで何も信じられなくなっているのかと思ったが、そうじゃない。
今は落ち着いている。
「勘ですか…そんな不確かなモノに頼って本当にいいんですか?
私の見立てでは君とザルトホック君の力量にさほどの差はありませんよ?
大金が手に入る可能性は高い。そのチャンスをみすみす捨てると?」
「はい。」
欲を掻き過ぎると、きっとろくでもない事になる。
この話はクサい、旨すぎる、どこか変だ。
「ほっほっほっほっ!いや、素晴らしい。いい勘してますよ、槍杉君。」
「えっ?」
「私もこの話がきな臭いと思って調べさせたんですよ。これを見てください。」
学園長の差し出した資料には砲台らしき物が載っている。
「砲台ですか?」
「ええ、最新型のレーザー砲台です。この砲台をいくつか天井に設置して
槍杉君だけを狙わせるつもりだったみたいですよ。」
「なっ!?」
なんだってー!!!
「前回の勝者―――槍杉君にハンディキャプを、という事らしいのですが
この事を試合直前まで君には伝えないつもりだったみたいです。
ほっほっほっほっ!コンコードも人が悪い。」
酷いな、どうしてそこまで…ハンデなんていらないだろう。
いや、待てよ…
ザルトホックには希望の試合を組んでやるんだから勝っても賞金なし
という約束を取り付け、俺を勝たせないようにすれば…殆ど出費なしで試合が組める。
「ひょっとして、コンコードは俺を勝たせるつもりが無いんでしょうか?」
「多分、君の考えている通りだと思いますよ。」
汚いなぁ…コンコード。ザルトホックもそれでいいのか?
プライドの為に戦うのにプライド捨ててどうするんだよ。
「この依頼を受けると言った場合も教えてあげるつもりでしたが
よくぞ断りましたね。これからもその直感を大切にしなさい。」
「はい!」
「全て分かっている上で賞金を狙いに行くのが一番いい。
でも現状ではちょっと厳しいでしょう。」
「ちょっとじゃないですよ…」
勝てる気がしない。ザルトホックはもう油断しないだろうし
向こうは援護付き、ボッコボコにされるのが目に見えている。
「ほっほっほっほっ!槍杉君はまだまだ発展途上。
驕らず怠けずに行けば、よい傭兵になれますよ。」
「そうでしょうか…」
「いや~、君の事が気に入りました。卒業後の進路はもう決めていますか?」
★その98
なんだかよく分からないが気に入られてしまったぞ。
進路先を訊くとい事は、推薦状でも書いてくれるのだろうか?
「一応、仲介組織希望です。できれば…その…大手で…」
「ふむ、という事は依頼をこなしながらアリーナに参加するつもりなんですね?」
「はい、そうなると思います。」
一般的なレイヴンはそうだよな?
「槍杉君、君は人を殺した事がありますか?」
「えっ?」
突然何を言い出すんだ、学園長。
「あの時に自爆したパイロットはノーカウントにしましょう。
彼は自分で死を選びました。それ以外ではありますか?」
「それなら、ありませんけど…」
「自分は人を殺せると思いますか?」
「……………」
「質問を少し変えましょう。家族や友人の身に危険が及びそう時
守る為になら人を殺せますか?」
「……………はい。」
「では、お金の為に人を殺せますか?正直に答えてくださいよ?」
「……………」
「傭兵になったら依頼を受けるつもりなのでしょう?
まさか不殺を貫くつもりなんですか?相手は君を殺そうと向かってきますよ?」
「それは…」
「相手を殺さずに倒すのが、どれぐらい難しいか知っていますか?」
「いえ…」
「一般的には3倍の労力と10倍の危険を伴うと言われています。
自爆に巻き込まれた槍杉君は身に沁みて分かっていると思ったんですがね。
あの時は射突ブレードで敵のコックピットを突き刺しておくべきでした。
コックピットも誘爆も避けて中枢部だけを破壊なんてよくやりましたね。」
「あれはパイロットを生け捕りにして…吐かせようと…」
「本当ですか?自分にそう言い聞かせているんじゃないんですか?
人を殺すのが怖かったのでしょう?」
「そんな事は…」
「成功したからいいようなものの、失敗したらあの場にいた全員が
やられていたかもしれませんよ?守る為には殺せるという
先程の発言と矛盾しませんか?殺す覚悟があればもっと簡単であり確実。
そして君は大怪我をしないで済んだ。」
「くっ…」
ま、まるで尋問されているみたいだ。
★その99
「SPアリーナでも君は引き金を引かなかった。引けなかったのでしょう。
ザルトホック君には申し訳ないですが、確実を求めるなら
直ぐに引き金を引いておくべきでした。殺しておくべきでした。」
「そんな…殺さなくても…」
「王手をかけられている事に彼が気付かない可能性があった。
命を賭けて反撃してくる可能性もあった。
何かの拍子に離れてしまう可能性もあった。
大いに負ける可能性がありましたよね?でも直ぐに撃てば100%勝てた。」
「……………」
「教育者の端くれとしてこんな事を言うべきではありませんが
敢えてハッキリと言いましょう。AC5機、いえAC1機だけでも
あの時点ではACが手に入る可能性ですね。
その可能性だけでもザルトホック君の命より価値がある。
だってそうでしょう?多くの一般人が一生働いてもAC1機買えませんよ。」
学園長を完全に見誤っていた。
この人は…ひとのいい爺さんなんかじゃない。
自分の利益の為に躊躇無く人を殺せる―――傭兵だ。
「報酬の為なら人を殺す。それが傭兵です。
私は意地悪でこんな事を言っている訳じゃありませんよ?」
「はい…」
「卒業後の槍杉君が心配なんです。君は仲介組織に入って依頼を受けるでしょう。
新人レイヴンにはどんな依頼が回ってくるか知っていますか?」
「いえ…」
「簡単な依頼、難易度の低い依頼を回してくれます。
では簡単な依頼とは?撃破される可能性の低い依頼です。
場合によっては非武装の施設破壊や民間人を殺せなんていうのも
あるかもしれませんよ?簡単ですからね。」
一方的な虐殺…
「君は撃てないかもしれない。撃っても後悔の念に押し潰されてしまうかもしれない。
槍杉君は良く言えば”優しい”。悪く言えば”甘い”んですよ。
傭兵としては激甘ですね。潰れる可能性大でしょう。」
「……………」
「初めは依頼を選んでいられる余裕も、立場も無い事は分かりますよね?」
「はい…」
「私が良心の痛みにくそうな依頼に君を捻じ込みます。
今のうちに済ませておきなさい。一番辛いのは最初の1人目です。
それを越えられれば麻痺していきますよ…嫌でもね。」
学園長は平然とした顔で人を殺せと言う。
頭がオカシイんじゃないかと思ったが
ここはAC学園―――俺が所属するのは傭兵学部だ。
オカシイのは…俺の方か…?
俺を生き埋めにしようとした2人、モリとズベン…奴らは殺す気じゃなかったか?
あれが普通なのか?そんな事はないよな?
ジノーヴィー先輩やエクレールさんはどうだろう?
やめろ!
他人は関係ない。自分の事だろ…逃げるな…
★その99
「SPアリーナでも君は引き金を引かなかった。引けなかったのでしょう。
ザルトホック君には申し訳ないですが、確実を求めるなら
直ぐに引き金を引いておくべきでした。殺しておくべきでした。」
「そんな…殺さなくても…」
「王手をかけられている事に彼が気付かない可能性があった。
命を賭けて反撃してくる可能性もあった。
何かの拍子に離れてしまう可能性もあった。
大いに負ける可能性がありましたよね?でも直ぐに撃てば100%勝てた。」
「……………」
「教育者の端くれとしてこんな事を言うべきではありませんが
敢えてハッキリと言いましょう。AC5機、いえAC1機だけでも
あの時点ではACが手に入る可能性ですね。
その可能性だけでもザルトホック君の命より価値がある。
だってそうでしょう?多くの一般人が一生働いてもAC1機買えませんよ。」
学園長を完全に見誤っていた。
この人は…ひとのいい爺さんなんかじゃない。
自分の利益の為に躊躇無く人を殺せる―――傭兵だ。
「報酬の為なら人を殺す。それが傭兵です。
私は意地悪でこんな事を言っている訳じゃありませんよ?」
「はい…」
「卒業後の槍杉君が心配なんです。君は仲介組織に入って依頼を受けるでしょう。
新人レイヴンにはどんな依頼が回ってくるか知っていますか?」
「いえ…」
「簡単な依頼、難易度の低い依頼を回してくれます。
では簡単な依頼とは?撃破される可能性の低い依頼です。
場合によっては非武装の施設破壊や民間人を殺せなんていうのも
あるかもしれませんよ?簡単ですからね。」
一方的な虐殺…
「君は撃てないかもしれない。撃っても後悔の念に押し潰されてしまうかもしれない。
槍杉君は良く言えば”優しい”。悪く言えば”甘い”んですよ。
傭兵としては激甘ですね。潰れる可能性大でしょう。」
「……………」
「初めは依頼を選んでいられる余裕も、立場も無い事は分かりますよね?」
「はい…」
「私が良心の痛みにくそうな依頼に君を捻じ込みます。
今のうちに済ませておきなさい。一番辛いのは最初の1人目です。
それを越えられれば麻痺していきますよ…嫌でもね。」
学園長は平然とした顔で人を殺せと言う。
頭がオカシイんじゃないかと思ったが
ここはAC学園―――俺が所属するのは傭兵学部だ。
オカシイのは…俺の方か…?
俺を生き埋めにしようとした2人、モリとズベン…奴らは殺す気じゃなかったか?
あれが普通なのか?そんな事はないよな?
ジノーヴィー先輩やエクレールさんはどうだろう?
やめろ!
他人は関係ない。自分の事だろ…逃げるな…
★その90
ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ
「…ください、遅刻しますよ。起きてください、ヨウヘイさん。」
「あと、5分……………あと…5分だけ…」
「だらしないです。起きてください。」
口うるさい奴だな…
__________________∧,、__________________
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄'`'` ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この感じ、殴られる!?身の危険を感じた俺は飛び起きた。
案の定、拳を固めていたアイビス…危ねぇ。
「殴って起こそうとするの、やめてくれよな。」
「最近はだらけすぎです。さっさと支度を済ませてください、遅刻しますよ。」
「へ~い。」
スペシャルアリーナの戦いから2週間。
グローランサーを手に入れ、俺の生活は少し変わった。
街を歩けばサインを求められ、学園では知らない奴から声を掛けられる。
周囲の俺に対する態度が変わったと言うべきか。
そうそう、企業や仲介組織の人事担当者から何枚か名刺を貰ったんだ。
もっとバンバン来るかと期待していたが、そうでもなかった。
自分の試合をビデオで見直してみると、最後以外は結構無様だったから、まあ仕方ない。
一番待遇が良さそうなのはキサラギだっけか?
エクレールさんは羨ましがったが、あんまり俺の好みじゃない。
アークとかの大手仲介組織なら喜んで二つ返事なんだが…
その点、ジナは凄い事になっていた。各方面から引っ張りだこで
スカウトの数は両手の指、それに両足の指を足してもたりないくらいだ。
羨ましい限りなんだが、当の本人はそういうのに興味が無い様子。
毎回毎回、一蹴しているらしい。罰当たり者め。
さて、学校に行こう。
「じゃ、いってくるよ。」
「いってらっしゃいです。」
アイビスに見送られて家を出た。
★その91
今日は天気がいいな。このままハイキングにでも行きたくなる。
自転車のハンドルをあさっての方向に向けて、学校をサボってしまおうか?
偶にはそういうのもいいよね。
「せんぱーい!」
元気のいい声が聞こえてくる。
「おはよう、レジーナ。」
ハイキングはお預けだな…家出娘に捕まってしまった。
「先輩、おはよう!」
「おはようございます!」
レジーナと並んでいる男の子が一緒に挨拶を返してきた。
レイヴン科の1年か、まだ初々しい感じだな。
それにしても何で敬礼しているんだろう…
「そっちの彼はひょっとしてレジーナの彼氏?」
「アハハ、違うよ。地雷君はクラスメイト。」
「自分は地雷伍長であります!」
地雷が名字で伍長が名前なんだろうか?俺に負けず劣らず中々のフルネーム。
「槍杉先輩にこんな所でお会い出来るなんて、光栄であります!」
「地雷君は先輩のファンなんだよ。」
こんな感じで、下級生から結構慕われるようになった。
初めのうちは気分のいい物だったけど…
長く続くと、いつも誰かに見られているような気がして
何だかとても落ちつかない。有名人は辛いな。
嬉しそうに話す地雷君を見ていると、ついついサービスしてあげたくなる。
彼に求められるまま、学園に着くまでSPアリーナの事を話して聞かせた。
そのままだとかっこ悪いので、多少脚色してね。少しぐらいは許されるよな?
「自分は槍杉先輩が粗製と呼ばれていたのが信じられません!」
「ははっ!能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」
「力をひけらかして無用の敵を作らない事も大切だと
イレギュラー論の授業で習いました。本当の実力を隠されていたんですね!」
「あ、ああ…そうだよ。」
馬鹿な冗談も好意的に取られてしまう。本当に調子狂うな。
地雷君の中の俺は一体どうなっているんだ…
「厚かましいお願いではありますが、サインを頂けないでしょうか?」
「いいよ、その色紙に書けばいいの?」
正直に言うと俺は字が汚い。
そこで達筆に見せかける為に、蛇がのたくった様なサインを考案した。
「感動であります!地雷家の家宝にします!」
蛇がのたくった色紙を大事そうに抱える地雷君。
本当に嬉しそうにしてくれるな、こっちまで嬉しくなっちゃうよ。
俺の書いた汚いサインで、こんなに喜んでくれるんだもんな…
★その92
俺は2人と別れてから格納庫に向かった。
朝、グローランサーを見に行くのが日課になっているんだ。
暇さえあれば眺めに行っているかもしれない。
「あれ?明かりが点いてる。」
どうやら格納庫に先客がいるようだ。
「おはよう、槍杉君。」
ジノーヴィー先輩か。
「おはようございます。先輩も愛機を眺めに来たんですか?」
「私はデュアルフェイスの整備をしにね。今週の”当番”は私たちだ。
万が一の事態に備えておかないとな。」
先輩の言う”当番”っていうのは警備部隊の当番の事。
実は俺たち5人は学園の警備部隊に入ったんだ。
ACを手に入れたはいいんだけど、ガレージを持って無いし
維持費とかも馬鹿にならない。所持しているだけで金が掛かる。
そう、ACは金食い虫なのである。
依頼をこなして報酬を得ないと、やっていけない。でも俺たちはまだ学生。
どうしたものかと頭を抱えていた所に学園長が提案してきたのが、警備部隊への参加だ。
部隊への参加と引き換えに、格納庫の提供と維持費を全て負担してくれるという。
ちなみに部隊編成はこんな感じだ。
クライン先生、ジノーヴィー先輩、エクレールさん、そして俺の『クライン組』。
ロイヤルミスト先生、ワルキューレ先生、ジナ、神威の『ロイヤルミスト組』。
見てもらえば分かる通り、あくまで数合わせ。
万が一、出撃する事になっても戦うのは先生方だけで十分だろう。
また危ない目に会うんじゃないか?と思ったが、さして危険は無さそうだ。
普段は普通に授業を受け、万が一の事態に備えるだけの簡単なお仕事。
巡回任務とかにも俺たちは参加しなくてもいいって事になっている。
授業時間以外は拘束しないって契約だし、破格の条件と言えるだろう。
というわけで、警備部隊に入った。
そして今週が俺たちクライン組の当番というわけだ。
「先輩はACの整備も自分で出来るんですね。」
「槍杉君も簡単な整備点検ぐらいは自分で出来るようになっておいた方がいい。
少しでも経費削減を考えないと、傭兵業はお金が掛かるからね。」
「俺もそう思って、自分でやってみたんですけど
その…クラフツさんに怒られちゃいまして…」
「怒られた?」
「ハッキリと二度手間だと言われてしまいました。壊滅的に不器用なんですよ、俺。」
「そうか、まあ人には得手不得手があるさ。」
「ですよね。」
その後しばらくジノーヴィー先輩と雑談しながらグローランサーを眺めた。
★その93
よし、朝の日課終了。そろそろ教室に行かないとな。
存分にグローランサーを眺めた俺は先輩と別れて下駄箱に向かった。
「うわっ、何だ!?」
急に視界が真っ暗に…誰かが手で俺の両目を塞いでいる。
「だ~れだ?」
この声は…
《エクレールさんだな?》
⇒《ひょっとして、ネルさん?》
《まさか…ジナ?》
「ひょっとして、ネルさん?」
「正解です。」
振り返ると、ちょっと照れた様子の彼女が立っていた。
「ネルさんも意外とこういう子供っぽい事するんだね。」
「フフフッ、ごめんなさい。槍杉さんがあまりにも無防備だったから。」
「そんなに隙だらけだった?」
「はい、隙だらけでしたよ。」
オペ科のネルさんに後ろを取られるとは、不覚。
「また格納庫に行ってたんですか?」
「うん、暇さえあれば見に行っちゃうんだよね。」
というか、最近はグローランサーを眺めてばかりだ。
正直に言うとダラけている、ダラけまくりだ。
SPアリーナが終わって、燃え尽きてしまったと言うかなんと言うか…
授業にもあまり身が入らないんだよな。
もう自分のAC持ってるんだから、別にいいやって頭のどこかで考えてる。
「―――――一緒に…」
「えっ、何?」
やばい、ぼーっとしててネルさんの話を聞いてなかった。
「な、何でもないです。それじゃあ。」
ああ、行ってしまった。
悪い事しちゃったな…後で謝らないと。
「ふぅ…」
教室に行きますか。
★その94
ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ、ガヤガヤ…
教室の、しかも俺の席周辺がピンポイントで騒がしいな…まあいつもの事か。
「おはよう、エクレールさん。」
「おはよう、槍杉君。もうあの2人はスルーなのね…」
あの2人っていうのはジナと神威の事だ。
最近は何かにつけてギャーギャーと言い争っている。仲の良い事ですよ。
どうしてこんな事になったのか説明しておこう。
ジノーヴィー先輩と仲良くなれるよう手を貸す。
というジナとの約束を果たす為、俺は頭を捻った。
第一弾 古典的な方法
ジノーヴィー先輩にフォーミュラFのタダ券が3枚手に入ったからジナと3人で
観戦に行きましょう!と誘っておいて…当日に俺がドタキャン。
チケットが勿体ないという事で2人は観戦に行ったらしい。
ここまでは完璧だったが、ジナが緊張のあまり何も喋れなくなり
先輩に体調が悪いと誤解され、途中で帰ってきてしまったらしい。
―――――失敗。
第二弾 偶然を装って
SPアリーナが終わり、警備部隊の組も分かれてしまったジナと先輩は接点が薄い。
そこで先輩のボランティア先であるクンプレアーノス保育園にジナを行かせた。
子供は苦手だと言いながらも続いていたので、いい感じなのか?と思ったが…
これも駄目みたいなんだよな。進展が全く見られん。
何で先輩じゃなくて神威と仲良くなってるんだよ。
―――――失敗中。
どうすりゃいいんだよ。約束は守る主義だけど、限度があるぞ。
AC戦では超人的なジナも恋愛事になると酷いもんだ。
まあ俺も人の事は言えないが―――
ヒラ~ヒラ~
あれ?机の中から何か落ちた。
ピンク色の封筒…これって…まさか…ラブレターってやつ???
誰かの悪戯か?いやいや、待て待て、とりあえず中を見てみよう。
_______________________________________
あなたが好きです。真摯な眼差し、凛々しい横顔。
いつも遠くから見ていて、ため息を漏らしています。
こんな手紙でしか気持ちを伝えられない臆病な私を笑ってください。
でも、あなたの事を考えるだけで…
私の思いを受け止めてください。
放課後、旧倉庫横の木の下で待っています。
_______________________________________
女の子らしい丸みを帯びた字、そして控え目な文章。
ほ、本物のラブレターだー!!
ファンタジーの産物だと思っていたが、実在したのか。
しかも俺の机の中に…
机を間違えたとかじゃないよな?うん、間違えてない。
ここは俺の机だし、封筒に俺の名前が書いてある。俺宛だ。
こんな事が有り得るのか?……………今の俺なら有り得る。
今朝の地雷君を見ただろ?槍杉洋平の株価はストップ高だ。
短い人生の中で一番高騰してるんじゃないか?
やばい、何かドキドキしてきたぞ。返事をどうするかは置いといて
とりあえず行かないとマズいよな?待ちぼうけは可哀相だし。
春が来たかもしれない…
★その95
まだ手の込んだ悪戯である可能性も捨て切れなかったので
一番こういう事をしそうな古王と林檎にそれとなく鎌をかけてみたが…2人は無反応。
ラブレターは本当に本物のようだ。
何処にも名前が書いていなかったな、差出人は誰か?
俺の知っている人、知らない人、上級生、同級生、下級生―――
妄想は尽きない。
授業の終了を告げる鐘が鳴ると、俺は神威よりも速く立ち上がり、旧倉庫に向かった。
「ちょっと早く来すぎたか…」
旧倉庫横の木の下にはまだ誰も来ていない。
ラブレターには”待っています”と書かれていたのに
俺の方が先に来ているのも変な話だよな。一端退却して出直そうか?
でも退却中に出くわすと変な感じになるし、待ちますか。
旧倉庫には良い思い出が無いけど、この辺りはあまり人気が無いから
落ち着いて話しをするのには持って来いだよな。
この木もひょっとしたら、学園ドラマにありがちな伝説の木とかだったりして…
「おおッ!」
女の子がこっちに向かって歩いてくるぞ。レイヴン科の制服だ。
こ、この人は…学園屈指のワンダフルボディの持ち主、プリン先輩!
直接の面識は無いが、偶に目の保養させてもらってます。
「あれ?」
通り過ぎてしまった、違ったのか。
紛らわしいじゃないな、もう…
「おおおッ!!」
あ、あの人は…女子が9割を占めるオペレーター科の中でも
トップテン入り間違いなしの美人さん、言わずもがなフィオナ先輩!
こ、こっちに向かって、俺に向かって手を振っている。
今度は間違いないだろう。フィオナ先輩が俺の事を、そうかそうか…
「あれ?」
何で…手を振って、そのままどっかに行っちゃうんですか?
おいぃ、フィオナ先輩も違うのかよ。
紛らわしい、こんな時に限って紛らわしい。
「ずいぶんと調子よさそうだねぇ。」
「はい?」
一瞬、ジノーヴィー先輩に声を掛けられたかと思ったが、よく見ると違う。
それに襟章が2年だからな、先輩なわけない。似ているが別人だ。誰だこいつ?
「サインなら後にしてもらえるかな?人と待ち合わせ中なんだ。」
「…騙されたとも知らずに。」
なん…だと…?
「まんまと騙されてくれたな。お前にラブレターを書いたのはこの俺さ!
そうとも知らずに…おめでたい野郎だ。」
な、なんだ?変なのがもう1人出てきたぞ。
こいつもレイヴン科の2年みたいだが、どうなってんだよ。
ラブレターを書いたのはこの俺さ!という事は…
「すまない、男には興味ないんだ。他を当たってくれ。」
「なんでそうなる!お前は俺が書いた偽のラブレターで誘き出されたんだよ。」
はぁ?
「君たちと会うのは初めての筈だけど?」
こいつらに誘き出される理由が無い。
「存在自体が目障りなんだよ!」
ちょ、偽ジノーヴィーの野郎…何てこと言いやがる。
詰め寄ってくる2人。どっちもあまり強く無さそうだが、2対1では分が悪い。
腕っ節にはあまり自信が無いからな。
「どうした?勝ち目がないからって逃げるなよ。」
逃げるわ、ボケ!何で理不尽にボコられにゃならんのだ。
雲行きが怪しくなってきた時から、俺は密かに退路を探していた。
詰めが甘いな、左後方がガラ空きだ。ここから逃げられる。
逃げ足には自信があるぞ。
「無駄な争いは御免だね。さいな――――うぅおわぁぁ!!」
捨て台詞を吐いて逃げ出した俺は謎の浮遊感に襲われ、視界が暗転。
全身を打ち付ける衝撃と同時に、自分の身に何が起こったのか理解した。
俺は―――――――――落とし穴に落ちた。
「いってぇ…」
罠だったのか、ちくしょう。落ちたのは4メートル近い縦穴だ。
何も無しじゃ登れそうに無い。完全にやられた。
「ズベン、スコップはどこに隠したんだっけ?」
「そこの草むらの辺りだ。」
上から物騒な会話が聞こえてくる。
マジかよ…生き埋めにするつもりか!?
なんとかしてこの状況を打破しないと…
[[《冷静に考える》]]
⇒《泣き叫ぶ》
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、何も考えられない。
「誰か助けてー!埋められるーー!人殺しだーぶぅわ…ゲホ、ゲホ…」
上から土砂が大量に降ってきた。
「ぶぅわ…ゲホ、ゲホ…」
容赦なく降り注ぐ土砂のせいで声が上手く出せない。
「やめろ、ぶぅわは…ふざけ…ゲホ、ゲホ…」
2人とも楽しそうに土砂の雨を降らしてきやがる、本物の外道だ。
あっという間に腰の辺りまで埋まってしまった。
もう身動きすら取れない。マジでヤバイ…
「ようやく見つけたぞ、モリ・カドル。」
俺を埋めようとしている2人以外の声が聞こえた。
「ジ、ジナイーダ!!」
偽ジノーヴィーが驚愕の声漏らす。
ジナ!?ジナが助けに来てくれた?
頭上で何が起こっているのか全く見えないから分からない。
どうなっているんだ?
「ズベン、すぐに援護しろ!」
「じょ、冗談じゃ…」
「ズベン、ちゃんと援護しろよ!!」
「こんなはずじゃ…」
鈍く重い打撃音と男たちの悲鳴が聞こえる。
ジナが暴れまわっているのか?
よく分からんが、助かるのか…俺…?
「こんな所で何をしているんですか?」
また新しい声が聞こえた、女の人の声だ。
「ちっ、邪魔が入ったか。」
ジナの心底残念そうな呟き…どうなってるんだ?
助かったのか???
「無事か?」
ジナが縦穴にヒョッコリと顔を出したのを見て、心底安心した。
「ふぅ…なんとかね…」
ジナが天使か何かに見える。随分と物騒な破壊天使だが…助かったんだ。
「面倒はごめんだ、私は撤退する。」
「えっ?助けてくれないの?」
「教師が来た、そいつに何とかしてもらえ。」
「ちょ、ちょっと…」
★その96
あの後、偶然通りかかった教師―――セレ先生に助け出された。
先生は華奢な外見にも関わらず、かなりの腕力だったな。
鍛えているのだろうか?
泥だらけだった俺はシャワーを浴びさせてもらい、サッパリした。
制服が酷い事になっていたので学園の洗濯機を借り
乾燥が終わるのを先生の研究室で待たせてもらっているのだが…
断ればよかったかもしれない。
あの場で何があったのか、当然訊かれたんだけど…
偶然穴に落ちただけで、上の事は知らないと嘘をついた。
セレ先生が来た時には3人とも逃げ去った後だったようだが
それにしても無理がある。俺は腰の辺りまで埋められていたからな。
何故そんな嘘をついたのかって?理由は2つある。
理由その1、ことのあらましを説明すればジナも確実に呼び出される。
面倒が嫌でトンズラしたのに呼び出されたら怒るだろう。
助けてもらったんだし、彼女の希望を尊重したい。
理由その2、このケジメは自分の手でつけたい。
先生にありのままを伝えて、後を任せたほうが楽だし、そうすべきだろう。
でも、それじゃ…俺の気が収まらない。
死んでも意趣返し!
やられたら、やり返せ!
目には目を、歯には歯を!
それが槍杉家のモットーであり流儀。
モリとズベン、あの2人の顔はしっかりと憶えた。
あれだけ好き放題やったんだ、何をされても文句は言えまい。
というわけで本当の事は話していない。
セレ先生は多分納得していないだろうが、深く追求しないでいてくれている。
しかし、嘘をついているのはバレバレだろうし
だんまりのまま部屋に2人きりは非常に気まずい…
早く制服乾かないかな。研究室に誰か訪ねて来てくれるとかでもいい。
とにかくこの状況を脱出したい。
コン、コン
ノックの音、本当に誰か来た!
「お邪魔しますよ、セレ先生。おや?槍杉君じゃないですか。
体操着でなにをしているんですか?」
「が、学園長…これは、その…制服が汚れちゃいまして…あはは…」
「ほぉ、そうなんですか…。まあ丁度よかった、君に話があるんですよ。」
「えっ?俺にですか?セレ先生に何か用事があったんじゃ…」
「ほっほっほっほっ!そちらは急ぎではないので大丈夫です。
セレ先生、槍杉君をお借りしても宜しいですか?」
「……………はい。」
「では私の部屋に行きましょう。いい茶葉が手に入りましてね。ご馳走しますよ。」
「は、はい。」
気まずい研究室より、学園長室の方がマシだよな。
お茶をご馳走になりながら、時間を潰そう。
___学園長に連れられて学園長室に移動した。
「ささっ、掛けてください。直ぐにお茶を淹れますからね。」
学園長はテキパキと動いている。
物腰も柔らかいし、どこかのベテラン執事のようだ。
ああ、和むな。セレ先生の研究室は息苦しかった。
別に先生の事を嫌いなわけじゃないんだけど…
助けてもらったのに嘘をついている背徳感、そして無言のプレッシャーが辛かった。
「どうぞ、よく味わってみてください。」
あっ、いい匂いがする。それに高そうな湯呑みだな。
「いただきます。」
ズズズズ――
「どうですか?」
「凄く美味しいです。こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてかもしれません。」
「ほっほっほっほっ!そうでしょう、そうでしょう。いい茶葉なんですよ。」
自慢のお茶を褒められて、にこやかに笑う学園長。
前にも思ったけど…本当に近所の爺さんみたいだ。
そういえば俺に何か話があるって言ってたな。
「あの、お話というのは?」
「槍杉君はせっかちさんですね。」
「す、すみません…」
「ほっほっほっほっ!槍杉君にも予定があるでしょうし、いいんですよ。
私が強引に連れて来てしまいましたからね。」
ちょっと気分を悪くしちゃったかと思ったが、そんな事はなかった。
「君にもう一度アリーナで戦って欲しいという依頼がコンコード社から来ています。」
★その97
SPアリーナはかなり成功したって聞いてたけど
またお誘いが来るなんて…
「今回もチーム戦ですか?」
「いえ、個人戦です。しかも槍杉君を名指しで指名してきました。」
俺を指名!?なんで俺なんだ?
ジナとかの方がいい試合するだろ。
あの試合がウケたのか?でも…
「合点がいかないみたいですね。私も経緯を聞くまではそうでした。
君と戦ったザルトホック君を憶えていますか?」
「はい、勿論です。」
忘れるわけない。
「どんな手を使ったのかは分かりませんが
この依頼は彼がコンコードに働きかけたのが発端のようです。
槍杉君に負けたのが相当悔しかったのでしょう。」
ああ、なんだっけ?ワイズリポートに書いてたな。
プライドが高くて、粘着気質とかなんとか。
勝つ為の演技とはいえ、結構酷いこと言っちゃったよな、俺。
「ザルトホック君と戦って試合に勝ったら、これだけ貰えるそうです。」
学園長はメモ帳にさらさらとペンを走らせ、それを俺に渡した。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、7万c!!!」
凄い額じゃないか…俺のアルバイト代の何十年分だよ。駄目だ計算出来ない。
「どうですか?悪い話ではないと思いますよ。」
7万c…7万cあればACのパーツ買えるよな。
大グレ2本ぐらい買えるんじゃないか?
グローランサーを憧れのジノーヴィースタイルに換装できるぞ。
相棒を強化してやれる。
だが…
「やめて…おきます…」
「おや?どうしてですか?」
「勘です。何故かは分かりませんが、いい結果になると思えないんです。」
危険信号…漠然としたモノだが、それが全力でやめとけって言っている。
偽ラブレターのせいで何も信じられなくなっているのかと思ったが、そうじゃない。
今は落ち着いている。
「勘ですか…そんな不確かなモノに頼って本当にいいんですか?
私の見立てでは君とザルトホック君の力量にさほどの差はありませんよ?
大金が手に入る可能性は高い。そのチャンスをみすみす捨てると?」
「はい。」
欲を掻き過ぎると、きっとろくでもない事になる。
この話はクサい、旨すぎる、どこか変だ。
「ほっほっほっほっ!いや、素晴らしい。いい勘してますよ、槍杉君。」
「えっ?」
「私もこの話がきな臭いと思って調べさせたんですよ。これを見てください。」
学園長の差し出した資料には砲台らしき物が載っている。
「砲台ですか?」
「ええ、最新型のレーザー砲台です。この砲台をいくつか天井に設置して
槍杉君だけを狙わせるつもりだったみたいですよ。」
「なっ!?」
なんだってー!!!
「前回の勝者―――槍杉君にハンディキャプを、という事らしいのですが
この事を試合直前まで君には伝えないつもりだったみたいです。
ほっほっほっほっ!コンコードも人が悪い。」
酷いな、どうしてそこまで…ハンデなんていらないだろう。
いや、待てよ…
ザルトホックには希望の試合を組んでやるんだから勝っても賞金なし
という約束を取り付け、俺を勝たせないようにすれば…殆ど出費なしで試合が組める。
「ひょっとして、コンコードは俺を勝たせるつもりが無いんでしょうか?」
「多分、君の考えている通りだと思いますよ。」
汚いなぁ…コンコード。ザルトホックもそれでいいのか?
プライドの為に戦うのにプライド捨ててどうするんだよ。
「この依頼を受けると言った場合も教えてあげるつもりでしたが
よくぞ断りましたね。これからもその直感を大切にしなさい。」
「はい!」
「全て分かっている上で賞金を狙いに行くのが一番いい。
でも現状ではちょっと厳しいでしょう。」
「ちょっとじゃないですよ…」
勝てる気がしない。ザルトホックはもう油断しないだろうし
向こうは援護付き、ボッコボコにされるのが目に見えている。
「ほっほっほっほっ!槍杉君はまだまだ発展途上。
驕らず怠けずに行けば、よい傭兵になれますよ。」
「そうでしょうか…」
「いや~、君の事が気に入りました。卒業後の進路はもう決めていますか?」
★その98
なんだかよく分からないが気に入られてしまったぞ。
進路先を訊くとい事は、推薦状でも書いてくれるのだろうか?
「一応、仲介組織希望です。できれば…その…大手で…」
「ふむ、という事は依頼をこなしながらアリーナに参加するつもりなんですね?」
「はい、そうなると思います。」
一般的なレイヴンはそうだよな?
「槍杉君、君は人を殺した事がありますか?」
「えっ?」
突然何を言い出すんだ、学園長。
「あの時に自爆したパイロットはノーカウントにしましょう。
彼は自分で死を選びました。それ以外ではありますか?」
「それなら、ありませんけど…」
「自分は人を殺せると思いますか?」
「……………」
「質問を少し変えましょう。家族や友人の身に危険が及びそう時
守る為になら人を殺せますか?」
「……………はい。」
「では、お金の為に人を殺せますか?正直に答えてくださいよ?」
「……………」
「傭兵になったら依頼を受けるつもりなのでしょう?
まさか不殺を貫くつもりなんですか?相手は君を殺そうと向かってきますよ?」
「それは…」
「相手を殺さずに倒すのが、どれぐらい難しいか知っていますか?」
「いえ…」
「一般的には3倍の労力と10倍の危険を伴うと言われています。
自爆に巻き込まれた槍杉君は身に沁みて分かっていると思ったんですがね。
あの時は射突ブレードで敵のコックピットを突き刺しておくべきでした。
コックピットも誘爆も避けて中枢部だけを破壊なんてよくやりましたね。」
「あれはパイロットを生け捕りにして…吐かせようと…」
「本当ですか?自分にそう言い聞かせているんじゃないんですか?
人を殺すのが怖かったのでしょう?」
「そんな事は…」
「成功したからいいようなものの、失敗したらあの場にいた全員が
やられていたかもしれませんよ?守る為には殺せるという
先程の発言と矛盾しませんか?殺す覚悟があればもっと簡単であり確実。
そして君は大怪我をしないで済んだ。」
「くっ…」
ま、まるで尋問されているみたいだ。
★その99
「SPアリーナでも君は引き金を引かなかった。引けなかったのでしょう。
ザルトホック君には申し訳ないですが、確実を求めるなら
直ぐに引き金を引いておくべきでした。殺しておくべきでした。」
「そんな…殺さなくても…」
「王手をかけられている事に彼が気付かない可能性があった。
命を賭けて反撃してくる可能性もあった。
何かの拍子に離れてしまう可能性もあった。
大いに負ける可能性がありましたよね?でも直ぐに撃てば100%勝てた。」
「……………」
「教育者の端くれとしてこんな事を言うべきではありませんが
敢えてハッキリと言いましょう。AC5機、いえAC1機だけでも
あの時点ではACが手に入る可能性ですね。
その可能性だけでもザルトホック君の命より価値がある。
だってそうでしょう?多くの一般人が一生働いてもAC1機買えませんよ。」
学園長を完全に見誤っていた。
この人は…ひとのいい爺さんなんかじゃない。
自分の利益の為に躊躇無く人を殺せる―――傭兵だ。
「報酬の為なら人を殺す。それが傭兵です。
私は意地悪でこんな事を言っている訳じゃありませんよ?」
「はい…」
「卒業後の槍杉君が心配なんです。君は仲介組織に入って依頼を受けるでしょう。
新人レイヴンにはどんな依頼が回ってくるか知っていますか?」
「いえ…」
「簡単な依頼、難易度の低い依頼を回してくれます。
では簡単な依頼とは?撃破される可能性の低い依頼です。
場合によっては非武装の施設破壊や民間人を殺せなんていうのも
あるかもしれませんよ?簡単ですからね。」
一方的な虐殺…
「君は撃てないかもしれない。撃っても後悔の念に押し潰されてしまうかもしれない。
槍杉君は良く言えば”優しい”。悪く言えば”甘い”んですよ。
傭兵としては激甘ですね。潰れる可能性大でしょう。」
「……………」
「初めは依頼を選んでいられる余裕も、立場も無い事は分かりますよね?」
「はい…」
「私が良心の痛みにくそうな依頼に君を捻じ込みます。
今のうちに済ませておきなさい。一番辛いのは最初の1人目です。
それを越えられれば麻痺していきますよ…嫌でもね。」
学園長は平然とした顔で人を殺せと言う。
頭がオカシイんじゃないかと思ったが
ここはAC学園―――俺が所属するのは傭兵学部だ。
オカシイのは…俺の方か…?
俺を生き埋めにしようとした2人、モリとズベン…奴らは殺す気じゃなかったか?
あれが普通なのか?そんな事はないよな?
ジノーヴィー先輩やエクレールさんはどうだろう?
やめろ!
他人は関係ない。自分の事だろ…逃げるな…
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