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「アマギャル★その1~10」(2010/05/11 (火) 13:15:18) の最新版変更点
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★その1
もう朝か…。今日は珍しく自然に目が覚めた。
俺の名前は槍杉 洋平
私立AC学園 傭兵学部 リンクス科所属。今日からそこの2年生だ。
このふざけた苗字と『洋平が傭兵』という笑えないギャグのせいで
1年の時は相当からかわれた。
うちの学園は成績が4段階評価で上からGOLD、SILVER、BRONZE、NICE JOKE。
成績はそこそこ、と言いたい所だが俺の成績表にはNの文字がずらりと並んでいる。
AMS適正がそんなに低くないのが救いだ。両親に感謝。
「おい、洋平!そろそろ起きろ!新学期から遅刻するつもりか?」
1階から姉さんの怒鳴り声が聞こえてくる。
俺は適当に返事をしつつ、身支度を済ませ1階に降りた。
「おはよう。セレン姉さん、ベアトリス。」
「遅いぞ。さっさと朝食を済ませろ。」
「兄さん、おはよう。アタシ仕事溜まってるから先行くね。」
二人とも冷たい…
ベアトリスを送り出してから、少し冷めた朝食に手をつけた。
ちなみに我が家の朝は和食だ。
セレン姉さんの作る味噌汁は旨い。濃すぎもせず、薄すぎもせず、まさに絶妙。
「お前、1年後期の成績ボロボロだったらしいな。」
ギクッ!
味噌汁が少し鼻から出た。姉さんに成績表は見せていないはずだが…
「見せなければバレないと思ったか?甘いな。」
「ど、努力はしたんですが…」
特殊な家庭環境のせいもあって姉さんには頭が上がらない。
家庭環境については後で説明しよう。
「学校の成績が全てとは言わん。だが良いにこしたことは無い。そうは思わんか?」
「ごもっともです…」
非常に気まずい。
「次は結果を出してみせろ。」
「は、はい。」
俺は逃げるように家を出た。
「ふぅ…」
戦闘領域の離脱に成功。更に距離を取る=学校に向かう、とするか。
自転車に跨り数回漕いだ瞬間、チェーンが切れた…
「ついてない…」
家に戻って別の自転車に乗り換えたいが、只今家の中は気まずい雰囲気。
しかし歩いて行くと学校に遅れる可能性が高い。
「………………」
俺は自転車を置いて学校までダッシュする事にした。
ダッシュしている間に俺の家庭環境について話しておこうか。
我が家は歳の離れたセレン姉さんと妹のベアトリスの3人家族。
両親は俺が幼かった頃、既に他界している。
レイヴンだった父は戦場であっさり。母はコジマ汚染でポックリ。
あまり憶えていないが、何ともあっけない最後だったらしい。
俺とベアトリスは殆どセレン姉さんに育ててもらったようなもんだ。
セレン姉さんは元リンクスでレオーネの最高戦力とまで言われていたらしい。
今は一戦を退いてオペレーターをしている。
最近凄い見込みのある人を見つけたとかでご機嫌だったんだが
今日はすこぶる怖かったな…
ベアトリスはAC学園のアーキテクト科を飛び級しまくって俺より早く卒業。
現在はフォーミュラFのチーム オウレットアイのメインアーキテクトをしている。
世間じゃ天才少女なんて言われてる、超エリート。
姉はおろか妹さえも働いており、収入が無いのは俺だけなのだ。
食わせてもらって、学校に行かせてもらってる肩身の狭い長男なのである。
ドスン!
「いてて…」
人とぶつかってしまったらしい。考え事しながら走るもんじゃないな。
相手は無事か?怪我をしていないといいが。
「すいません、大丈夫ですか?」
そこには凄い美人が倒れていた…
★その2
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。急いでいたもので。」
こっ、この人はオペレーター科3年のフィオナ先輩!
女子が9割を占めるオペレーター科の中でもトップテン入り間違いなしの美人さんだ。
おっと、見蕩れてる場合じゃない。まだ倒れている先輩に手を貸す。
「ありがとう。」
近づいた時に女性特有のいい匂いがした。正直タマラン…
「あなたもAC学園の生徒なのね、未来のリンクスさんか。」
「どっ、どうして俺の秘密を知っているんですか!!!」
一体どうゆう事だ?俺は有名人じゃない。どうしてフィオナ先輩が俺の事を…
まさか先輩、俺の事をくぁwせdrftgyふじこlp
様々な妄想が脳内を駆け巡る。
「ふふっ、面白い人ですね。制服と襟章よ。」
先輩の言葉で俺は我に返った。
AC学園は今時珍しく制服を採用している。
学科ごとに制服のデザインが異なっており、襟章で学年とクラスも識別できる。
つまりはそういう事だ。俺の妄想は爆散した。
俺は余程変な顔をしていたらしい。先輩はクスクスと笑っている。
「私はオペレーター科3年のフィオナ・イェルネフェルト。」
知ってます。
学園で女性に興味がある男なら誰だって先輩の事を知っているのではないだろうか?
コロニー アナトリアの令嬢にして、容姿端麗、才色兼備。
傭兵やるなら誰だってあなたの様なオペレーターと組みたいですよ。
あまり気が進まないが、自己紹介を返さなければ…
「リンクス科2年の槍杉 洋平です。」
文字で見るとマシなのだが、氏名を続けて声に出すと最悪だ。
何ともマヌケ。
先輩もちょっと笑いを堪えてるな?
まあこれが普通の反応だ。いいんですよ先輩、笑ってくれても。
「急ぎましょう、槍杉君。遅刻してしまうわ。」
先輩は喉下まで出掛かってる笑いを飲み込んで切り返した。
なかなかやるなフィオナ先輩。俺は内心ニヤケながら返事をした。
「はい!」
先輩と一緒に走りながら、俺は考えを巡らせていた。
さっき、どうして先輩とぶつかったのか?
本来フィオナ先輩は始業式に遅刻寸前でダッシュする様な人ではなさそうだ。
少し話しただけでそういうタイプじゃない事はすぐに分かる。
そういえば先輩のコロニー、最近経済難だって噂聞いたことあるな。
猫の手も借りたいくらいで、先輩もオペレーターとして働いてるんだっけ。
クラスの女子が先輩のことを『貧乏お嬢様』とか言ってやっかんでたな。
フィオナ先輩、学園と仕事の掛け持ちで大変なのかな…?
★その3
フィオナ先輩の後ろ姿を堪能しながら色々考えてるうちにもう着いたみたいだ。
門はまだ開いている。
「セーフみたいですね、フィオナ先輩。」
先輩は肩で息をしている。ハァハァしている姿も絵になるな…
「よかった、、、間に合った、、、みたいね。」
まだ息が荒い、少し喋りにくそうだ。
「君は凄いね、あれだけ走ったのに。」
傭兵の基本は体力だ。by セレン姉さん
実際に傭兵学部の1年では基礎体力訓練が重視されており
ここで脱落する奴も結構いる。
一応、俺もこの難所をクリアしているわけで
この程度で息を切らしている様じゃ話にならない。
オペレーター科の先輩から見ると異常なんだろうけど。
「傭兵の基本は体力ですから。」
まあフィオナ先輩に褒められて悪い気はしないな、うん。
「じゃあね、槍杉君。今度はお互い余裕を持って登校しましょう。」
先輩が手を振りながら遠ざかって行く。
足元がおぼつかない、フラフラしてるぞ…
大丈夫かな…
さて俺もそろそろ行こうか。先ずはクラス分けを見に行かないとな。
クラス分けが貼り出されてる掲示板に向かった。
俺のクラスは………………、L-2-2か。
説明しておくとこれはリンクス科 2年2組という意味だ。
教室に向かうぞ。
下駄箱で上履きに履き替えていると後ろから声を掛けられた。
「おはよう、洋平君。」
声の主は好青年を絵に描いたような男だった。
こいつの名前はアップルボーイ。レイヴン科の2年だ。
俺と学科は違うのだが、入園式で知り合って以来、何故かよくつるんでいる。
男女問わず親しみやすいキャラクターで結構な人気者だ。
真面目なんだが成績の方は今ひとつ。まあ人のことは言えないか…
親しい連中はみんなこいつの事を林檎と呼んでいる。
「おはよう、林檎。今日も新鮮そうだな!」
「新学期一発目の挨拶からそれはないよ…」
むくれてる顔はまるで本物の林檎のようだ。
こいつはからかうと面白いが、今は時間が無いので止めておこう。
「まあ冗談はさておき、お互い2年に進級できたみたいだな。」
「何とか2年まで生き残ったね。」
林檎の表現の方が正しいな。傭兵学部には成績不振による留年は無い。
俺のようにどれだけ成績表にNICE JOKEが並んでいても進級できるのだ。
何もしなくても卒業できる学校…
一見夢のようなシステムだが、逆に考えると未熟なまま放り出されるのだ。
傭兵学部の生徒にとってそれは即ち、死を意味する。
学費だけ納めて勝手に死んでください。って事なのかな…?
主に生徒が減る理由は
・ギブアップ等による自主退学
・大問題を起こした場合の退学処分
・死亡
ギブアップによる自主退学が一番多い。
元気な姿で始業式に現れている。この時点で進級が確定しているのだ。
「お~い、林檎!教室行こうぜ、遅れるぞ~。」
遠くの方から林檎の友人っぽい人が林檎を呼んでいる。
「おっと、点呼に遅れちゃうな。またね、洋平君。」
林檎は友人の方へ走って行った。俺も自分の教室へ急がねば。
★その4
L-2-2 ここが俺の教室か。
教室の扉を開けるともう殆ど生徒が集まっていた。とりあえず席に着く。
周囲を見渡すと結構知らない顔もいるな。
「よお~、洋平。また同じクラスになっちまったな。」
声と共に後ろからゴツい手が俺の肩を掴んだ。
振り返るとゴツい手の主、オールドキングが怖い顔で薄笑いを浮かべていた。
誤解の無いように言っておくが、こいつは怒ったりイライラしたりして
怖い顔をしてるんじゃない。平常時の顔が既に怖いのだ。
どう見ても学生の顔じゃない…
「なんだよ、人の顔ジロジロ見て、惚れちまったのか?」
この誤解を招くような事を言っている男、通称・古王。
こいつは超問題児で教師に逆らうわ、暴力事件起こすわ、人の昼食を食い散らかすわ
とんでもない奴なのである。
とんでもない奴なのだが、古王は俺や林檎と違い、学年でもトップクラスの科目を
幾つか持っている。ネクストの操作に関わる科目全般だ。
この点だけは誰もが認めている。
現役リンクスとして活躍している学園の教師に逆らえるのは
それに見合う実力があるからなのだ。
そして古王とつるんでいるせいで、教師間での俺の心象は確実に悪くなっている…
何だかちょっとムカついてきたぞ。
冗談だと分かっていても気持ち悪いから、一応突っ込んでおくか。
「そんなわけないだろ、アホか!」
「冷たいじゃないか、相棒~。」
「そろそろ席に戻れよ。新しい担任が来るぞ。」
「チッ…。洋平は良い子ちゃんだな~。」
古王は不満そうに席に戻って行った。
学園では古王と林檎と俺の3人で何故かよくつるむ。
趣味とか話が合わないんじゃないかってよく言われるけど
何だかしっくり来るんだよな。お互い気楽でいいし。
もうクラス全員が揃ったであろう教室の扉が開いた。担任の登場だ。
教室内がざわめく。
ザワザワ、ザワザワ
1年の時の担任と同じだった。2年連続か…
この人の事はよく知っている。
GAの災厄と呼ばれているインテリオル最強の女リンクス。
彼女は自分の名前を黒板に書いて簡潔に挨拶を済ませた。
「L-2-2を受け持つ事になった、ウイン・D・ファンションだ。よろしく頼む。」
以上………、終わり?簡潔すぎるだろう。
もう彼女は出欠を取り始めている。
好奇心に負けた馬鹿な男子が手を挙げながら愚かな質問をした。
「質問、しつもーん!先生って彼氏とかいんの?いないなら俺立候補しまーす!」
教室が笑いで満ちる。
ウィン・D先生が一瞬だけ不快そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
先生は無言で馬鹿な男子の所まで行き………、豪快に彼を投げ飛ばした。
馬鹿な男子は倒れた椅子と机に絡まってヒクヒクしている。
「存外、そんなものか…」
教室が静かになった。
_______________好奇心は山猫をも殺す
とまあ、これは去年、俺のクラスで起こった出来事だ。
1年の時はここがどうゆう場所で
ここの教師がどんな存在なのか、まだ理解できてない奴が多い。
流石に皆2年まで生き残ってるだけあって、迂闊な行動をする奴はいない。
出欠の確認が終わり、続いて襟章の交換が行われた。
1年の古い襟章を返却し、2年の新しい襟章を貰う。
こいつを着け変えると、何というか2年になったんだなーと改めて実感する。
「この後、体育館で始業式が行われる。遅れるなよ、以上だ。」
ウィン・D先生の号令の下、みんな一斉に移動を開始した。
流れに乗って俺も体育館に行こうかと思ったが、凄い人込みだな…
ちょっと空くのを待ってから移動を開始するとしますか。
机の上に座って人込みを眺めているとウィン・D先生と目が合った。
こっちに来るぞ。
「どうした、洋平。始業式には出ないつもりか?」
改めて見ると先生もかなりの美人だよな。
今朝会ったフィオナ先輩とはジャンルが違うけど。
先生はタイトなスーツを着こなしており、カッコイイ系の美人に分類される。
美人教師なんてドラマの中だけの存在かと思っていたが、案外いるもんだな。
「ちょっと空くのを待っているんですよ。人込みが苦手でして。」
「そうか…」
ウィン・D先生は俺の回答に納得したようだ。
こんな風に先生は俺の事を結構気にかけてくれている。
昔、先生はセレン姉さんの後輩だったらしく
姉さんの世話になった事が何度かあるそうだ。
恩人の出来の悪い弟という事で思うところもあるのだろう。
今でも先生と姉さんは交友があり、時折一緒に食事をしているみたいだ。
恐らく俺のNICE JOKEな成績を姉さんに教えたのはウィン・D先生だろう。
この借りはいつか返さねばならん。
「セレン先輩は息災か?」
「ええ、元気にしてますよ。最近、凄く見込みのある人を見つけたらしくて
その人に付きっきりでコーチしてるみたいです。」
「そうか。セレン先輩は教育者としても優秀だからな。」
ちょっとからかってみるか。
「ウィン・D先生も素晴らしい教育者だと思いますよ。
板書が丁寧で、講義も分かりやすいし。」
「お前の成績を見てると、流石に私も自信をなくすよ。」
軽くあしらわれた上、カウンターまで…
「あまりのんびりしていて遅れるなよ。」
先生は行ってしまった。
インテリオルの最高戦力を相手取るにはまだまだ力不足のようだ。
俺もそろそろ体育館に移動しよう。
★その5
体育館に到着だ。俺のクラスはどの辺りだろう。
人が多くてよく分からないな…
おっ、あそこにいるのは我が幼馴染じゃないか。
こいつが同じクラスなのは教室で出欠を取っている時に確認済みだ。
一緒に連れてってもらおう。
「おーい、エイプ~、久しぶりだな。」
「洋平君。お久しぶりです。2年では同じクラスになりましたね。
よろしくお願いします。」
「おう!よろしく、お互い助け合って行こうぜ。
早速で悪いんだが、実は俺迷子なんだ助けてくれ。」
「新学期早々迷子ですか。フフッ、一緒に行きましょう。」
エイプはちょっと呆れたような顔をしながらも快く返事をしてくれた。
「助かる。」
この幼馴染に対しても妙に丁寧な口調の女、本名はエイ=プール。
長いので俺はエイプと呼んでいる。
エイプとはご近所さんで結構長い付き合いだ。
気軽に話せる数少ない女友達でもある。
AC学園のリンクス科に一緒に入ったんだが
1年の時にクラスが離れて会う機会が減ったんだよな。
小さい頃は俺とエイプとベアトリスの3人でよく遊んだ。
「そういえばこの間のベアトリスちゃんの試合凄かったですね。
会場大騒ぎでしたよ。」
オーガに勝った試合のことかな。
ベアトリスがアーキテクトをしているオウレットアイは中堅チームだ。
格上であるオーガを下した番狂わせの試合だったな。
「なんだ、見に行ってたのか。
言ってくれればベアトリスが喜んでチケットを用意してくれると思うぞ。」
ちなみにベアトリスは俺が試合を見に行くのを極端に嫌がる。
他の人だとウェルカム、アタシの勇姿を目に焼き付けなさい!って感じなんだが
俺が来ると気が散るとか何とか、AI勝負なんだから関係ないような気が…
あいつの考えている事はよく分からん。
「雑誌の懸賞で当たったんです。ラッキーでした。」
こいつは話し方や雰囲気からフワフワしてるイメージが強いが
実は結構しっかり者なのだ。
キィ――――――――――ン
マイクのノイズが体育館中に響いた。教員がマイクのセッティングをしている。
「そろそろ始業式が始まるみたいですね。お喋りはこのくらいにしましょう。」
「そうだな。」
始業式が始まった。
正直あんまり面白くない行事なので軽く聞き流そうと思う。
それにしても学園の全生徒が一箇所に集まると結構な数になるな。
6学科の1~3年生で合計2,500人くらいか。
俺が迷子になるのも仕方ないな、うん。
ちなみに学部と学科はこんな感じに分かれている。
傭兵学部
・レイヴン科
・リンクス科
支援学部
・オペレーター科
・リサーチャー科
創作学部
・メカニック科
・アーキテクト科
ついでに各学科がどんな感じか、簡単に説明しておこうか。
レイヴン科/リンクス科
傭兵として生きていく為に必要な事をトータルで教えてくれる学科だ。
ACの基本操作~戦い方を実技と座学の両方から学ぶのがメイン。
あとは簡単な整備、アセン構築、ACの操縦に耐えられる体づくり等、盛りだくさん。
リンクスもレイヴンと授業の種類は大体一緒だが
扱う機体がネクストになるので内容自体は大きく変わってくる。
特殊なのはAMSとコジマ関係の科目ぐらいか。
選択式授業だが美術なんかもあるぞ。
愛機のカラーリングやエンブレムは自分でやりたいって奴、結構いるからな。
オペレーター科
所属している学生の9割が女性、夢のような学科。ひゃっほ~ビバ!女の園。
傭兵にとって無くては成らない存在、オペレーターの養成科だ。
傭兵学部との合同実習なんかも結構ある。
戦場の状況を迅速にまとめたりしないといけないので、頭の良い人が多い。
学園での成績が優秀でも、実戦になるとパニクッて使い物にならない人が結構いる
ってセレン姉さんが言ってたな…
リサーチャー科
傭兵を情報面でサポートするリサーチャーを目指す学科だ。
簡単に言うと情報屋志望だな。
情報収集や依頼の裏を取るなど、バックボーンを持たない傭兵には重宝されている。
ちなみにこの学科には教室が一つもない。
顔を見るのもこういった式がある時だけで、普段どこで何をしているのか全く不明。
謎の多い学科である。
メカニック科
ACの整備士を目指す奴が所属している学科。
整備点検、修理、パーツ組み換え等について学べる。
ACの調整はデカい作業機械を使って主に行われるが
どうしても細かい所は手作業になってしまう。結構な肉体労働だ。
ガチムチな男が多いイメージだな。
正確な数字は忘れたが生徒の7~8割がむさ苦しい男の学科だ。
アーキテクト科
アセンの考案、兵器やAIの開発を学べるクリエイティブな学科だ。
ACの構造を学ぶのはメカニック科と同じだが
こちらは新しいモノを創り出す事に重点が置かれている。
優秀な奴は1、2年でも既に大企業からアプローチを受けていたり。
フォーミュラF関係の仕事に就きたい場合もこの学科だな。
変わり者が多いことで有名。
我が妹ベアトリスも例に漏れず、ちょっと変わってる…
こんな感じかな。
我が学園はACに関わる事なら何でも学べるのだ。
ちょっとバラエティ豊かすぎる気もするが。
ちょうど始業式が終わるみたいだ。
進行役の教師が解散を宣言した。
案の定、あんまり面白い話は無かったな。
学園長のありがたい話、新任教師の紹介、教師の戦死報告。
収穫は新入生代表のスピーチをした、リリウム何とかって子が可愛かった事ぐらいだ。
教室に戻るとしますか。
教室に戻り、授業予定表を貰って簡単な説明を受けた。
これにてホームルームは終了。今日は午前中で学園から開放された。
古王は始業式の途中でバックレたみたいだな。既に姿が見えない。
何しに来たんだあいつは…
授業予定表を一枚余分に貰って古王の机に入れといてやった。
そろそろ俺も帰ろう。
★その6
校舎から出ると外は人込みで、ごった返していた。
ああ、忘れてた。部活の新入生勧誘合戦か…
俺も1年の時はしつこく勧誘されたなぁ。
アルバイトをすると決めていたから全部断ったが。
運動系や文化系、そしてAC学園ならではのAC系部活がひしめき合っている。
AC系の部活は結構ヘンテコなのが多い。そして同好会はもっと酷い…
まあ卒業した後に役立ちそうな、真面目な部も結構あるんだけどな。
勧誘合戦に巻き込まれるのも嫌だし、ひと気の少ない裏門から帰ろう。
うん、やっぱり裏門には人がいないな、静かなもんだ。
新入生はまだ裏門の場所をあまり知らないからな。
ここに網を張っている新入生勧誘部隊はそうそういないだろう。
足早に裏門を出ようと思ったその時、視界の隅に人影が3つ映った。
あれは新入生代表のリリウムって子じゃないか。
重量級と軽量級、2人の男に詰め寄られているように見える。
気になるな、ちょっと様子を見てみるか。
3人の声が聞こえる距離に近づいて
物陰に隠れた。
重量級の男がリリウムににじり寄っている。
「是非とも我が『騙して悪いが研究会』に。
キミのように見目麗しい子ならば、相手を騙す事など雑作もない。」
今度は軽量級の男だ。
「何を言うか、彼女は俺の『武器腕ブレード愛好会』にこそ相応しい。」
どうやら2つの同好会がリリウムを入会させようと争っているようだ。
巻き込まれた彼女はひたすら困った顔をしている。
徐々に口論がヒートアップしてきた。
制服と襟章から2人の男がレイヴン科の3年生だと見て取れる。
彼女を助けてあげたいが、あまり関わりたくないな~。
彼女には悪いが、ここは見て見ぬ振りを…
などと考えていた瞬間、とうとう重量級の方がリリウムの腕を強引に掴んだ。
「い、痛いです…」
「あんまり強引な勧誘はどうかと思いますよ、先輩方。」
自分でも信じられないが、咄嗟に出て行ってしまった。
しかも軽く啖呵切っちゃってるぞ、俺…
3人の視線が一瞬で俺に集中する。
重「何だ貴様は…?」
軽「乱入してくるとは、とんでもない奴だ。」
リ「……………」
軽「勧誘はいったん停止して、邪魔者を排除するか。協力しよう。」
重「了解した。」
あれ?この人達、さっきまで争ってたのに団結しちゃったよ。
完全に2対1の構図が出来上がってしまった。
これは分が悪いな…
体は鍛えられているが、それは相手も同じだ。
俺、あんまり喧嘩は強くないぞ。大人しくボコボコにされるか?
でも俺がのされたらリリウムはどうなるんだろう。
振り出しに戻るだけじゃないか?俺が出て行った意味なくならないか?
彼女が逃げるまでの時間稼ぎでもいい。
やるだけやってみるか…
拳を固め、いつでも迎撃できる体勢を作る。
リリウムに今のうちに逃げろと目で合図するが…
駄目だ、伝わって無いっぽい。
やるしかないな。
2人の男との睨み合いが続く。いつ飛び掛って来てもおかしくない様子だ。
重量級が俺の顔を見ながら呟いた。
「コイツの顔、何処かで見たような…」
重量級の表情が見る見る陰っていく。
「思い出した!こいつはオールドキングの仲間だ。一緒にいるのを見たことがある。」
軽量級の声が急に弱気になる。
「何だと、あのオールドキングか?奴を敵に回すのは得策ではない。
愛好会ごと潰されかねんぞ…」
・
・
・
数瞬の静寂の後、2人は捨て台詞を残して鮮やかに撤退していった。
「ふぅ…」
助かった。不戦勝だ。
古王、心の友よ。
お前が起こした数々の暴力事件、無駄ではなかったぞ!
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
心配そうにこっちを見ていたリリウムに声をかける。
「君、大丈夫?」
「あっ、ありがとうございました。このご恩、リリウムは一生忘れません。」
彼女は走っていってしまった…。
始業式で遠目に見た時も可愛いと思ったが
近くで見ると、まるでお人形さんみたいだな。
もう変なのに捕まるんじゃないぞ。
結果的に自分から勧誘合戦に巻き込まれに行ってしまったな…
今度こそ、家に帰ろう。
★その7
徒歩での通学も往復となると結構いい運動になるな。
往きはダッシュだったし…。後で自転車を直しておかないと。
我が家に到着だ。
「ただいま~。」
おかえりの返事は返って来ない。家には誰もいないようだ。
2人とも仕事に行ってるから当然か。
とりあえず私服に着替えよう。
2階の自室で着替えを済ませ、昼飯になりそうな物を求めて台所に降りた。
おお、テーブルの上にラップのかけられた『シーフード焼きそば』を発見!
横に短いメモ書きが添えられている。
____温めて食べろ
セレン姉さんらしいシンプルなメモだ。
姉さん、出勤前に作って行ってくれたのか。ありがたい。
温め直した焼きそばを持って居間に移動した。テレビでも見ながら食べようかな。
チャンネルを一通り回し、よく見るワイドショーに決めた。
今日は『AMIDA』の生態について特集している。
AMIDAってのは最近流行っている新種のペットだ。
元々は溶解液や体当たり自爆で攻撃する、生体兵器として作られていたんだが
一部のマニアがペットとして飼い始め、それが一般人にも広まってしまった。
結構グロテスクな外見をしているが、見慣れると可愛く見えてくるらしい。
今ではキサラギ社の大ヒット商品で
自爆機能をなくし、小型化したやつがペット用として売られている。
そこは溶解液吐くのも改善しとけよと思ったが
キサラギの開発者にも譲れないモノがあるらしい。
あまり食事中に見る番組じゃなかったな…
せっかく姉さんが作ってくれた、焼きそばの味が3割はダウンした。
食べ終わって食器を洗っている時にちょっと気持ち悪くなったぞ…
今日は夕方からバイトを入れてある。そろそろ準備をしないとな。
んん?
お前、成績悪いんだからバイトなんかしてる場合じゃないだろう。だって?
ごもっともです。
でもよく考えてみてくれ。
俺は姉さんに養ってもらい、学費まで払ってもらっている。
この上、お小遣いまでもらう事はできない。
だが自由に使うお金が少しは必要だと思わないか?
もし俺に彼女ができ、デートが出来るようになったとしよう。
場所は毎回公園、飲み物は水道水ってのは何とも締まらない展開じゃないか。
バイトは程々にしておくさ。
そこそこ稼げる傭兵になって、セレン姉さんに恩返しするのが俺の目標だからな。
今年はバイトをしながら成績を上げてみせる。
俺は一体誰に言い分けしているんだ…
さて、自転車のチェーンを交換しよう。
バイト先にも徒歩で行くのは流石にしんどい。
・
・
・
・
・
チェーン交換どころか他の部分もパーフェクトに整備してしまった。
こういうのやり出したら全部やらないと気が済まない性質なんだよな。
ついつい夢中になってしまった。手が真っ黒に汚れている。
手を洗いながら腕時計に目をやると、かなりの時間が経っていた。
まずいな、バイトに遅れそうだ。
今度は自転車でダッシュするハメになりそうだ。
★その8
最短ルートを全力で駆け抜ける。しかしどう頑張っても少し遅れそうだ。
自転車は想定されている以上のスピードを出されて軋んでいる。
頑張れ、俺と自転車。
バイト先は繁華街からちょっと離れた裏路地のビルにある。
周囲の景色が変わってきた、もうすぐだ。
着いた!この薄暗いビルの地下だ。自転車をとめて中へ駆け込む。
俺は事務所兼スタッフルームの扉を勢いよく開けて、まず謝罪した。
「すいません、遅れました。」
「遅かったじゃないか…」
渋い声がすぐに返ってきた。店のマスターだ。
よかった、マスターあまり怒ってないみたいだな。
「何かあったのか?」
「いえ、時間を忘れていただけです。すいませんでした。」
「そうか…。今日は珍しく客が多い。
ンジャムジを手伝ってやってくれ。私も後で行く。」
「分かりました。すぐに行きます。」
俺は店のユニフォームに着替えてカウンターに入った。
この店はショットバーで、俺はここでバーテンダーのアルバイトをしている。
バイトを始めてから半年ぐらいになるかな。
簡単なお酒なら作れるぞ。
店の名前は『BARテックス』。表に看板などは出していない。
ビル内の案内板に小さく店名が書いてあるだけだ。
これでも不思議とお客が入ってくる。
小さな店だがカウンター以外に幾つかボックス席もあるぞ。
さっき会ったマスターの名前はジャック・O 。この店の主だ。
俺はマスターと呼んでいる。
落ち着いた物腰からそれなりの年齢だと思われるが、見た目は結構若い。
この店はどう見ても堅気じゃないだろうって客が頻繁に来るのだが
その人たちはこぞってマスターに取り次いで欲しいと言う。
マスターって一体何者なんだろう。只者じゃないような気がする…
「ちこく・・・だぞ・・・」
この片言の人は先輩バーテンダーのンジャムジさん。
こんな喋り方だが、ンジャムジさんは真面目で良い人だ。
「すいません、遅くなりました。手伝います。」
毎日、開店から閉店までフルタイムで働いている。
マスターとは長い付き合いらしく、お互い信頼し合っている。
BARテックスは俺とマスターとンジャムジさんの3人で回っているのだ。
ンジャムジさんと一緒にオーダーを捌いていると、マスターが応援に来てくれた。
これでかなり楽になるな。
ちなみに、この店が忙しいなんて1ヶ月に一度あるかないかで
普段は恐ろしく暇だ。
まあそのおかげでバイトの時間の融通が利くんだが。
ここをバイト先に選んだ理由の一つだ。
ちょっと空いてきたかな。
マスターは常連の一人、Ωさんと物騒なお話中だ。
2人の会話はACに関するもので結構面白そうな事を話している。
Ωさんってレイヴンなのかな?
聞き耳を立てようかと思ったが、止めておいた。
この店で働き始める時に教えられたルールが2つある。
・ここで耳にした事を絶対に口外してはならない。
・店や客の事を詮索しない。
2つ目のルールに少し引っ掛かるよな。
俺は好奇心を抑え込んで仕事に集中した。
ここが普通の酒場じゃないという事は、俺も薄々気付いている。
色々とマスターに聞いてみたい事もある。
だがルールを破ってマスターを困らせるような事はしない。
俺はここのバイトを結構気に入ってる。時給もいいし。
クビになりたくはない。
「おまえ・・・そろそろ・・・あがれ・・・おつかれ・・・さま・・・」
時計を見ると日付が変わる少し前だった。もうこんな時間か。
店はあと3時間は営業しているが
俺は日付が変わる前にあがるよう、マスターに言われている。
学生の俺を気遣ってくれての事だろう。ンジャムジさんも気にしてくれている。
着替えを済ませ、2人に挨拶をして店を出た。
「ふぅ…」
長かった1日ももうすぐ終わる…
後は帰って風呂に入って寝るだけだな。俺は家路を急いだ。
★その9
家に着いた。2人とも、もう寝ているかもしれない。
出来るだけ物音を立てないように行動しよう。
風呂に入って自室に戻ろうとした時、セレン姉さんの部屋のドアが開いた。
「遅かったな。」
ピンク色のパジャマ姿の姉さんが部屋から出てきた。
「ただいま、姉さん…」
成績表の事でまだ怒ってるんじゃないかと思ったが
もう大丈夫みたいだ。
姉さんは手に難しそうな資料を持っている。
「まだ起きてたんだ、仕事?」
「ああ、どうしても片付けておきたい仕事があってな。」
姉さんは家に帰ってまで仕事をしているにも関わらず、どこか楽しそうだ。
最近一緒に仕事をしている『あの人』の成長を見るのが嬉しいらしい…
家でも時々話題に出てくる。
ちょっと複雑な気分だ…
べっ、別に俺はシスコンって訳じゃないぞ!
ホントだぞ…
姉さんが頑張り過ぎないか心配しているだけだ。
「ベアトリスはもう寝たぞ。お前も早く休め。」
「了解~。」
返事をして自分の部屋に入った。
「ふぅ…」
今日は疲れたな…。明日の用意を今のうちにしておこう。
机の上に山積みになっている教科書から、明日必要になる物を探す。
1年と2年の教科書がごちゃ混ぜになっているな。
紛らわしい…。もう使わない1年の教科書はまとめて押入れにしまおう。
『傭兵学入門』
『アセンブル 基礎編』
『猿でもわかるコジマ粒子』
『戦場学』
『依頼の見極め方 初級編』
『脚部図解』
『吾輩はドミナントである』
『イレギュラー論』
『AC入門』
・
・
・
1年の教科書はどれも綺麗に残っている。あまり使い込んでない証拠だな、反省…
俺は『AC入門』を手に取って、パラパラとページをめくった。
この本を読めばACについて大体理解できる。
学園の全学部で1年の時に使われる重要教材だ。ちょっと読んでみようか。
ACは大きく分けると3種類ある。
AC
正式名称 Armored Core
MTにコア思想を取り入れたCMT、それをさらに戦闘用に発展させた兵器がACだ。
コアの各部にハードポイントが設けられており、様々なアタッチメントを接続して
あらゆる状況下に対応できる。汎用性の高さが最大の特徴。レイヴンの乗る機体だな。
ハードポイントを廃した特殊機体なんかもある。
ネクストの登場によって相対的に「ノーマル」とか、只の「AC」と呼ばれている。
ACネクスト
正式名称 Armored Core Next
ACの発展型でAMSやQB、PAなど最先端技術が数多く盛り込まれている。
既存のACを凌駕する戦闘能力を持つ兵器。
しかしパイロット負荷の高さや、コジマ汚染など数多くの問題を抱えている。
またネクストを運用できる場所は限られており、全企業で協定が結ばれている。
実際の戦闘よりも抑止力としての役目の方が大きい。
レイヴンの仕事が無くならないのはこのためだ。
単純に「ネクスト」と呼ばれる事が多い。リンクスの乗機。
u-AC
正式名称 Unmanned type Armored Core
フォーミュラFで主に使用されている非搭乗型AC。
FFでは頭部に搭載した高性能AIをプログラムして戦う。
競技用とはいえ、無人型である事以外は殆ど普通のACと変わらない。
u-ACを用いたFFの試合は野球やサッカーと並ぶ、人気娯楽だ。
俺も結構忘れてるところがあったな。
ACってMTの発展型だったんだ。初めて知った…
明日の授業が心配になってきたぞ。
⇒《ちょっと予習しておこう。》
[[《明日から頑張る!寝よう。》]]
ちょっと予習しておこう。
今年はバイトをしながら成績を上げるって決めたしな。
重い瞼を擦りながら一通り予習を済ませてベッドに入った。
今日は色々あったな。目を閉じるとすぐに眠れそうだ。
おやすみ…
★その1
もう朝か…。今日は珍しく自然に目が覚めた。
俺の名前は槍杉 洋平
私立AC学園 傭兵学部 リンクス科所属。今日からそこの2年生だ。
このふざけた苗字と『洋平が傭兵』という笑えないギャグのせいで
1年の時は相当からかわれた。
うちの学園は成績が4段階評価で上からGOLD、SILVER、BRONZE、NICE JOKE。
成績はそこそこ、と言いたい所だが俺の成績表にはNの文字がずらりと並んでいる。
AMS適正がそんなに低くないのが救いだ。両親に感謝。
「おい、洋平!そろそろ起きろ!新学期から遅刻するつもりか?」
1階から姉さんの怒鳴り声が聞こえてくる。
俺は適当に返事をしつつ、身支度を済ませ1階に降りた。
「おはよう。セレン姉さん、ベアトリス。」
「遅いぞ。さっさと朝食を済ませろ。」
「兄さん、おはよう。アタシ仕事溜まってるから先行くね。」
二人とも冷たい…
ベアトリスを送り出してから、少し冷めた朝食に手をつけた。
ちなみに我が家の朝は和食だ。
セレン姉さんの作る味噌汁は旨い。濃すぎもせず、薄すぎもせず、まさに絶妙。
「お前、1年後期の成績ボロボロだったらしいな。」
ギクッ!
味噌汁が少し鼻から出た。姉さんに成績表は見せていないはずだが…
「見せなければバレないと思ったか?甘いな。」
「ど、努力はしたんですが…」
特殊な家庭環境のせいもあって姉さんには頭が上がらない。
家庭環境については後で説明しよう。
「学校の成績が全てとは言わん。だが良いにこしたことは無い。そうは思わんか?」
「ごもっともです…」
非常に気まずい。
「次は結果を出してみせろ。」
「は、はい。」
俺は逃げるように家を出た。
「ふぅ…」
戦闘領域の離脱に成功。更に距離を取る=学校に向かう、とするか。
自転車に跨り数回漕いだ瞬間、チェーンが切れた…
「ついてない…」
家に戻って別の自転車に乗り換えたいが、只今家の中は気まずい雰囲気。
しかし歩いて行くと学校に遅れる可能性が高い。
「………………」
俺は自転車を置いて学校までダッシュする事にした。
ダッシュしている間に俺の家庭環境について話しておこうか。
我が家は歳の離れたセレン姉さんと妹のベアトリスの3人家族。
両親は俺が幼かった頃、既に他界している。
レイヴンだった父は戦場であっさり。母はコジマ汚染でポックリ。
あまり憶えていないが、何ともあっけない最後だったらしい。
俺とベアトリスは殆どセレン姉さんに育ててもらったようなもんだ。
セレン姉さんは元リンクスでレオーネの最高戦力とまで言われていたらしい。
今は一戦を退いてオペレーターをしている。
最近凄い見込みのある人を見つけたとかでご機嫌だったんだが
今日はすこぶる怖かったな…
ベアトリスはAC学園のアーキテクト科を飛び級しまくって俺より早く卒業。
現在はフォーミュラFのチーム オウレットアイのメインアーキテクトをしている。
世間じゃ天才少女なんて言われてる、超エリート。
姉はおろか妹さえも働いており、収入が無いのは俺だけなのだ。
食わせてもらって、学校に行かせてもらってる肩身の狭い長男なのである。
ドスン!
「いてて…」
人とぶつかってしまったらしい。考え事しながら走るもんじゃないな。
相手は無事か?怪我をしていないといいが。
「すいません、大丈夫ですか?」
そこには凄い美人が倒れていた…
★その2
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。急いでいたもので。」
こっ、この人はオペレーター科3年のフィオナ先輩!
女子が9割を占めるオペレーター科の中でもトップテン入り間違いなしの美人さんだ。
おっと、見蕩れてる場合じゃない。まだ倒れている先輩に手を貸す。
「ありがとう。」
近づいた時に女性特有のいい匂いがした。正直タマラン…
「あなたもAC学園の生徒なのね、未来のリンクスさんか。」
「どっ、どうして俺の秘密を知っているんですか!!!」
一体どうゆう事だ?俺は有名人じゃない。どうしてフィオナ先輩が俺の事を…
まさか先輩、俺の事をくぁwせdrftgyふじこlp
様々な妄想が脳内を駆け巡る。
「ふふっ、面白い人ですね。制服と襟章よ。」
先輩の言葉で俺は我に返った。
AC学園は今時珍しく制服を採用している。
学科ごとに制服のデザインが異なっており、襟章で学年とクラスも識別できる。
つまりはそういう事だ。俺の妄想は爆散した。
俺は余程変な顔をしていたらしい。先輩はクスクスと笑っている。
「私はオペレーター科3年のフィオナ・イェルネフェルト。」
知ってます。
学園で女性に興味がある男なら誰だって先輩の事を知っているのではないだろうか?
コロニー アナトリアの令嬢にして、容姿端麗、才色兼備。
傭兵やるなら誰だってあなたの様なオペレーターと組みたいですよ。
あまり気が進まないが、自己紹介を返さなければ…
「リンクス科2年の槍杉 洋平です。」
文字で見るとマシなのだが、氏名を続けて声に出すと最悪だ。
何ともマヌケ。
先輩もちょっと笑いを堪えてるな?
まあこれが普通の反応だ。いいんですよ先輩、笑ってくれても。
「急ぎましょう、槍杉君。遅刻してしまうわ。」
先輩は喉下まで出掛かってる笑いを飲み込んで切り返した。
なかなかやるなフィオナ先輩。俺は内心ニヤケながら返事をした。
「はい!」
先輩と一緒に走りながら、俺は考えを巡らせていた。
さっき、どうして先輩とぶつかったのか?
本来フィオナ先輩は始業式に遅刻寸前でダッシュする様な人ではなさそうだ。
少し話しただけでそういうタイプじゃない事はすぐに分かる。
そういえば先輩のコロニー、最近経済難だって噂聞いたことあるな。
猫の手も借りたいくらいで、先輩もオペレーターとして働いてるんだっけ。
クラスの女子が先輩のことを『貧乏お嬢様』とか言ってやっかんでたな。
フィオナ先輩、学園と仕事の掛け持ちで大変なのかな…?
★その3
フィオナ先輩の後ろ姿を堪能しながら色々考えてるうちにもう着いたみたいだ。
門はまだ開いている。
「セーフみたいですね、フィオナ先輩。」
先輩は肩で息をしている。ハァハァしている姿も絵になるな…
「よかった、、、間に合った、、、みたいね。」
まだ息が荒い、少し喋りにくそうだ。
「君は凄いね、あれだけ走ったのに。」
傭兵の基本は体力だ。by セレン姉さん
実際に傭兵学部の1年では基礎体力訓練が重視されており
ここで脱落する奴も結構いる。
一応、俺もこの難所をクリアしているわけで
この程度で息を切らしている様じゃ話にならない。
オペレーター科の先輩から見ると異常なんだろうけど。
「傭兵の基本は体力ですから。」
まあフィオナ先輩に褒められて悪い気はしないな、うん。
「じゃあね、槍杉君。今度はお互い余裕を持って登校しましょう。」
先輩が手を振りながら遠ざかって行く。
足元がおぼつかない、フラフラしてるぞ…
大丈夫かな…
さて俺もそろそろ行こうか。先ずはクラス分けを見に行かないとな。
クラス分けが貼り出されてる掲示板に向かった。
俺のクラスは………………、L-2-2か。
説明しておくとこれはリンクス科 2年2組という意味だ。
教室に向かうぞ。
下駄箱で上履きに履き替えていると後ろから声を掛けられた。
「おはよう、洋平君。」
声の主は好青年を絵に描いたような男だった。
こいつの名前はアップルボーイ。レイヴン科の2年だ。
俺と学科は違うのだが、入園式で知り合って以来、何故かよくつるんでいる。
男女問わず親しみやすいキャラクターで結構な人気者だ。
真面目なんだが成績の方は今ひとつ。まあ人のことは言えないか…
親しい連中はみんなこいつの事を林檎と呼んでいる。
「おはよう、林檎。今日も新鮮そうだな!」
「新学期一発目の挨拶からそれはないよ…」
むくれてる顔はまるで本物の林檎のようだ。
こいつはからかうと面白いが、今は時間が無いので止めておこう。
「まあ冗談はさておき、お互い2年に進級できたみたいだな。」
「何とか2年まで生き残ったね。」
林檎の表現の方が正しいな。傭兵学部には成績不振による留年は無い。
俺のようにどれだけ成績表にNICE JOKEが並んでいても進級できるのだ。
何もしなくても卒業できる学校…
一見夢のようなシステムだが、逆に考えると未熟なまま放り出されるのだ。
傭兵学部の生徒にとってそれは即ち、死を意味する。
学費だけ納めて勝手に死んでください。って事なのかな…?
主に生徒が減る理由は
・ギブアップ等による自主退学
・大問題を起こした場合の退学処分
・死亡
ギブアップによる自主退学が一番多い。
元気な姿で始業式に現れている。この時点で進級が確定しているのだ。
「お~い、林檎!教室行こうぜ、遅れるぞ~。」
遠くの方から林檎の友人っぽい人が林檎を呼んでいる。
「おっと、点呼に遅れちゃうな。またね、洋平君。」
林檎は友人の方へ走って行った。俺も自分の教室へ急がねば。
★その4
L-2-2 ここが俺の教室か。
教室の扉を開けるともう殆ど生徒が集まっていた。とりあえず席に着く。
周囲を見渡すと結構知らない顔もいるな。
「よお~、洋平。また同じクラスになっちまったな。」
声と共に後ろからゴツい手が俺の肩を掴んだ。
振り返るとゴツい手の主、オールドキングが怖い顔で薄笑いを浮かべていた。
誤解の無いように言っておくが、こいつは怒ったりイライラしたりして
怖い顔をしてるんじゃない。平常時の顔が既に怖いのだ。
どう見ても学生の顔じゃない…
「なんだよ、人の顔ジロジロ見て、惚れちまったのか?」
この誤解を招くような事を言っている男、通称・古王。
こいつは超問題児で教師に逆らうわ、暴力事件起こすわ、人の昼食を食い散らかすわ
とんでもない奴なのである。
とんでもない奴なのだが、古王は俺や林檎と違い、学年でもトップクラスの科目を
幾つか持っている。ネクストの操作に関わる科目全般だ。
この点だけは誰もが認めている。
現役リンクスとして活躍している学園の教師に逆らえるのは
それに見合う実力があるからなのだ。
そして古王とつるんでいるせいで、教師間での俺の心象は確実に悪くなっている…
何だかちょっとムカついてきたぞ。
冗談だと分かっていても気持ち悪いから、一応突っ込んでおくか。
「そんなわけないだろ、アホか!」
「冷たいじゃないか、相棒~。」
「そろそろ席に戻れよ。新しい担任が来るぞ。」
「チッ…。洋平は良い子ちゃんだな~。」
古王は不満そうに席に戻って行った。
学園では古王と林檎と俺の3人で何故かよくつるむ。
趣味とか話が合わないんじゃないかってよく言われるけど
何だかしっくり来るんだよな。お互い気楽でいいし。
もうクラス全員が揃ったであろう教室の扉が開いた。担任の登場だ。
教室内がざわめく。
ザワザワ、ザワザワ
1年の時の担任と同じだった。2年連続か…
この人の事はよく知っている。
GAの災厄と呼ばれているインテリオル最強の女リンクス。
彼女は自分の名前を黒板に書いて簡潔に挨拶を済ませた。
「L-2-2を受け持つ事になった、ウィン・D・ファンションだ。よろしく頼む。」
以上………、終わり?簡潔すぎるだろう。
もう彼女は出欠を取り始めている。
好奇心に負けた馬鹿な男子が手を挙げながら愚かな質問をした。
「質問、しつもーん!先生って彼氏とかいんの?いないなら俺立候補しまーす!」
教室が笑いで満ちる。
ウィン・D先生が一瞬だけ不快そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
先生は無言で馬鹿な男子の所まで行き………、豪快に彼を投げ飛ばした。
馬鹿な男子は倒れた椅子と机に絡まってヒクヒクしている。
「存外、そんなものか…」
教室が静かになった。
_______________好奇心は山猫をも殺す
とまあ、これは去年、俺のクラスで起こった出来事だ。
1年の時はここがどうゆう場所で
ここの教師がどんな存在なのか、まだ理解できてない奴が多い。
流石に皆2年まで生き残ってるだけあって、迂闊な行動をする奴はいない。
出欠の確認が終わり、続いて襟章の交換が行われた。
1年の古い襟章を返却し、2年の新しい襟章を貰う。
こいつを着け変えると、何というか2年になったんだなーと改めて実感する。
「この後、体育館で始業式が行われる。遅れるなよ、以上だ。」
ウィン・D先生の号令の下、みんな一斉に移動を開始した。
流れに乗って俺も体育館に行こうかと思ったが、凄い人込みだな…
ちょっと空くのを待ってから移動を開始するとしますか。
机の上に座って人込みを眺めているとウィン・D先生と目が合った。
こっちに来るぞ。
「どうした、洋平。始業式には出ないつもりか?」
改めて見ると先生もかなりの美人だよな。
今朝会ったフィオナ先輩とはジャンルが違うけど。
先生はタイトなスーツを着こなしており、カッコイイ系の美人に分類される。
美人教師なんてドラマの中だけの存在かと思っていたが、案外いるもんだな。
「ちょっと空くのを待っているんですよ。人込みが苦手でして。」
「そうか…」
ウィン・D先生は俺の回答に納得したようだ。
こんな風に先生は俺の事を結構気にかけてくれている。
昔、先生はセレン姉さんの後輩だったらしく
姉さんの世話になった事が何度かあるそうだ。
恩人の出来の悪い弟という事で思うところもあるのだろう。
今でも先生と姉さんは交友があり、時折一緒に食事をしているみたいだ。
恐らく俺のNICE JOKEな成績を姉さんに教えたのはウィン・D先生だろう。
この借りはいつか返さねばならん。
「セレン先輩は息災か?」
「ええ、元気にしてますよ。最近、凄く見込みのある人を見つけたらしくて
その人に付きっきりでコーチしてるみたいです。」
「そうか。セレン先輩は教育者としても優秀だからな。」
ちょっとからかってみるか。
「ウィン・D先生も素晴らしい教育者だと思いますよ。
板書が丁寧で、講義も分かりやすいし。」
「お前の成績を見てると、流石に私も自信をなくすよ。」
軽くあしらわれた上、カウンターまで…
「あまりのんびりしていて遅れるなよ。」
先生は行ってしまった。
インテリオルの最高戦力を相手取るにはまだまだ力不足のようだ。
俺もそろそろ体育館に移動しよう。
★その5
体育館に到着だ。俺のクラスはどの辺りだろう。
人が多くてよく分からないな…
おっ、あそこにいるのは我が幼馴染じゃないか。
こいつが同じクラスなのは教室で出欠を取っている時に確認済みだ。
一緒に連れてってもらおう。
「おーい、エイプ~、久しぶりだな。」
「洋平君。お久しぶりです。2年では同じクラスになりましたね。
よろしくお願いします。」
「おう!よろしく、お互い助け合って行こうぜ。
早速で悪いんだが、実は俺迷子なんだ助けてくれ。」
「新学期早々迷子ですか。フフッ、一緒に行きましょう。」
エイプはちょっと呆れたような顔をしながらも快く返事をしてくれた。
「助かる。」
この幼馴染に対しても妙に丁寧な口調の女、本名はエイ=プール。
長いので俺はエイプと呼んでいる。
エイプとはご近所さんで結構長い付き合いだ。
気軽に話せる数少ない女友達でもある。
AC学園のリンクス科に一緒に入ったんだが
1年の時にクラスが離れて会う機会が減ったんだよな。
小さい頃は俺とエイプとベアトリスの3人でよく遊んだ。
「そういえばこの間のベアトリスちゃんの試合凄かったですね。
会場大騒ぎでしたよ。」
オーガに勝った試合のことかな。
ベアトリスがアーキテクトをしているオウレットアイは中堅チームだ。
格上であるオーガを下した番狂わせの試合だったな。
「なんだ、見に行ってたのか。
言ってくれればベアトリスが喜んでチケットを用意してくれると思うぞ。」
ちなみにベアトリスは俺が試合を見に行くのを極端に嫌がる。
他の人だとウェルカム、アタシの勇姿を目に焼き付けなさい!って感じなんだが
俺が来ると気が散るとか何とか、AI勝負なんだから関係ないような気が…
あいつの考えている事はよく分からん。
「雑誌の懸賞で当たったんです。ラッキーでした。」
こいつは話し方や雰囲気からフワフワしてるイメージが強いが
実は結構しっかり者なのだ。
キィ――――――――――ン
マイクのノイズが体育館中に響いた。教員がマイクのセッティングをしている。
「そろそろ始業式が始まるみたいですね。お喋りはこのくらいにしましょう。」
「そうだな。」
始業式が始まった。
正直あんまり面白くない行事なので軽く聞き流そうと思う。
それにしても学園の全生徒が一箇所に集まると結構な数になるな。
6学科の1~3年生で合計2,500人くらいか。
俺が迷子になるのも仕方ないな、うん。
ちなみに学部と学科はこんな感じに分かれている。
傭兵学部
・レイヴン科
・リンクス科
支援学部
・オペレーター科
・リサーチャー科
創作学部
・メカニック科
・アーキテクト科
ついでに各学科がどんな感じか、簡単に説明しておこうか。
レイヴン科/リンクス科
傭兵として生きていく為に必要な事をトータルで教えてくれる学科だ。
ACの基本操作~戦い方を実技と座学の両方から学ぶのがメイン。
あとは簡単な整備、アセン構築、ACの操縦に耐えられる体づくり等、盛りだくさん。
リンクスもレイヴンと授業の種類は大体一緒だが
扱う機体がネクストになるので内容自体は大きく変わってくる。
特殊なのはAMSとコジマ関係の科目ぐらいか。
選択式授業だが美術なんかもあるぞ。
愛機のカラーリングやエンブレムは自分でやりたいって奴、結構いるからな。
オペレーター科
所属している学生の9割が女性、夢のような学科。ひゃっほ~ビバ!女の園。
傭兵にとって無くては成らない存在、オペレーターの養成科だ。
傭兵学部との合同実習なんかも結構ある。
戦場の状況を迅速にまとめたりしないといけないので、頭の良い人が多い。
学園での成績が優秀でも、実戦になるとパニクッて使い物にならない人が結構いる
ってセレン姉さんが言ってたな…
リサーチャー科
傭兵を情報面でサポートするリサーチャーを目指す学科だ。
簡単に言うと情報屋志望だな。
情報収集や依頼の裏を取るなど、バックボーンを持たない傭兵には重宝されている。
ちなみにこの学科には教室が一つもない。
顔を見るのもこういった式がある時だけで、普段どこで何をしているのか全く不明。
謎の多い学科である。
メカニック科
ACの整備士を目指す奴が所属している学科。
整備点検、修理、パーツ組み換え等について学べる。
ACの調整はデカい作業機械を使って主に行われるが
どうしても細かい所は手作業になってしまう。結構な肉体労働だ。
ガチムチな男が多いイメージだな。
正確な数字は忘れたが生徒の7~8割がむさ苦しい男の学科だ。
アーキテクト科
アセンの考案、兵器やAIの開発を学べるクリエイティブな学科だ。
ACの構造を学ぶのはメカニック科と同じだが
こちらは新しいモノを創り出す事に重点が置かれている。
優秀な奴は1、2年でも既に大企業からアプローチを受けていたり。
フォーミュラF関係の仕事に就きたい場合もこの学科だな。
変わり者が多いことで有名。
我が妹ベアトリスも例に漏れず、ちょっと変わってる…
こんな感じかな。
我が学園はACに関わる事なら何でも学べるのだ。
ちょっとバラエティ豊かすぎる気もするが。
ちょうど始業式が終わるみたいだ。
進行役の教師が解散を宣言した。
案の定、あんまり面白い話は無かったな。
学園長のありがたい話、新任教師の紹介、教師の戦死報告。
収穫は新入生代表のスピーチをした、リリウム何とかって子が可愛かった事ぐらいだ。
教室に戻るとしますか。
教室に戻り、授業予定表を貰って簡単な説明を受けた。
これにてホームルームは終了。今日は午前中で学園から開放された。
古王は始業式の途中でバックレたみたいだな。既に姿が見えない。
何しに来たんだあいつは…
授業予定表を一枚余分に貰って古王の机に入れといてやった。
そろそろ俺も帰ろう。
★その6
校舎から出ると外は人込みで、ごった返していた。
ああ、忘れてた。部活の新入生勧誘合戦か…
俺も1年の時はしつこく勧誘されたなぁ。
アルバイトをすると決めていたから全部断ったが。
運動系や文化系、そしてAC学園ならではのAC系部活がひしめき合っている。
AC系の部活は結構ヘンテコなのが多い。そして同好会はもっと酷い…
まあ卒業した後に役立ちそうな、真面目な部も結構あるんだけどな。
勧誘合戦に巻き込まれるのも嫌だし、ひと気の少ない裏門から帰ろう。
うん、やっぱり裏門には人がいないな、静かなもんだ。
新入生はまだ裏門の場所をあまり知らないからな。
ここに網を張っている新入生勧誘部隊はそうそういないだろう。
足早に裏門を出ようと思ったその時、視界の隅に人影が3つ映った。
あれは新入生代表のリリウムって子じゃないか。
重量級と軽量級、2人の男に詰め寄られているように見える。
気になるな、ちょっと様子を見てみるか。
3人の声が聞こえる距離に近づいて
物陰に隠れた。
重量級の男がリリウムににじり寄っている。
「是非とも我が『騙して悪いが研究会』に。
キミのように見目麗しい子ならば、相手を騙す事など雑作もない。」
今度は軽量級の男だ。
「何を言うか、彼女は俺の『武器腕ブレード愛好会』にこそ相応しい。」
どうやら2つの同好会がリリウムを入会させようと争っているようだ。
巻き込まれた彼女はひたすら困った顔をしている。
徐々に口論がヒートアップしてきた。
制服と襟章から2人の男がレイヴン科の3年生だと見て取れる。
彼女を助けてあげたいが、あまり関わりたくないな~。
彼女には悪いが、ここは見て見ぬ振りを…
などと考えていた瞬間、とうとう重量級の方がリリウムの腕を強引に掴んだ。
「い、痛いです…」
「あんまり強引な勧誘はどうかと思いますよ、先輩方。」
自分でも信じられないが、咄嗟に出て行ってしまった。
しかも軽く啖呵切っちゃってるぞ、俺…
3人の視線が一瞬で俺に集中する。
重「何だ貴様は…?」
軽「乱入してくるとは、とんでもない奴だ。」
リ「……………」
軽「勧誘はいったん停止して、邪魔者を排除するか。協力しよう。」
重「了解した。」
あれ?この人達、さっきまで争ってたのに団結しちゃったよ。
完全に2対1の構図が出来上がってしまった。
これは分が悪いな…
体は鍛えられているが、それは相手も同じだ。
俺、あんまり喧嘩は強くないぞ。大人しくボコボコにされるか?
でも俺がのされたらリリウムはどうなるんだろう。
振り出しに戻るだけじゃないか?俺が出て行った意味なくならないか?
彼女が逃げるまでの時間稼ぎでもいい。
やるだけやってみるか…
拳を固め、いつでも迎撃できる体勢を作る。
リリウムに今のうちに逃げろと目で合図するが…
駄目だ、伝わって無いっぽい。
やるしかないな。
2人の男との睨み合いが続く。いつ飛び掛って来てもおかしくない様子だ。
重量級が俺の顔を見ながら呟いた。
「コイツの顔、何処かで見たような…」
重量級の表情が見る見る陰っていく。
「思い出した!こいつはオールドキングの仲間だ。一緒にいるのを見たことがある。」
軽量級の声が急に弱気になる。
「何だと、あのオールドキングか?奴を敵に回すのは得策ではない。
愛好会ごと潰されかねんぞ…」
・
・
・
数瞬の静寂の後、2人は捨て台詞を残して鮮やかに撤退していった。
「ふぅ…」
助かった。不戦勝だ。
古王、心の友よ。
お前が起こした数々の暴力事件、無駄ではなかったぞ!
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
心配そうにこっちを見ていたリリウムに声をかける。
「君、大丈夫?」
「あっ、ありがとうございました。このご恩、リリウムは一生忘れません。」
彼女は走っていってしまった…。
始業式で遠目に見た時も可愛いと思ったが
近くで見ると、まるでお人形さんみたいだな。
もう変なのに捕まるんじゃないぞ。
結果的に自分から勧誘合戦に巻き込まれに行ってしまったな…
今度こそ、家に帰ろう。
★その7
徒歩での通学も往復となると結構いい運動になるな。
往きはダッシュだったし…。後で自転車を直しておかないと。
我が家に到着だ。
「ただいま~。」
おかえりの返事は返って来ない。家には誰もいないようだ。
2人とも仕事に行ってるから当然か。
とりあえず私服に着替えよう。
2階の自室で着替えを済ませ、昼飯になりそうな物を求めて台所に降りた。
おお、テーブルの上にラップのかけられた『シーフード焼きそば』を発見!
横に短いメモ書きが添えられている。
____温めて食べろ
セレン姉さんらしいシンプルなメモだ。
姉さん、出勤前に作って行ってくれたのか。ありがたい。
温め直した焼きそばを持って居間に移動した。テレビでも見ながら食べようかな。
チャンネルを一通り回し、よく見るワイドショーに決めた。
今日は『AMIDA』の生態について特集している。
AMIDAってのは最近流行っている新種のペットだ。
元々は溶解液や体当たり自爆で攻撃する、生体兵器として作られていたんだが
一部のマニアがペットとして飼い始め、それが一般人にも広まってしまった。
結構グロテスクな外見をしているが、見慣れると可愛く見えてくるらしい。
今ではキサラギ社の大ヒット商品で
自爆機能をなくし、小型化したやつがペット用として売られている。
そこは溶解液吐くのも改善しとけよと思ったが
キサラギの開発者にも譲れないモノがあるらしい。
あまり食事中に見る番組じゃなかったな…
せっかく姉さんが作ってくれた、焼きそばの味が3割はダウンした。
食べ終わって食器を洗っている時にちょっと気持ち悪くなったぞ…
今日は夕方からバイトを入れてある。そろそろ準備をしないとな。
んん?
お前、成績悪いんだからバイトなんかしてる場合じゃないだろう。だって?
ごもっともです。
でもよく考えてみてくれ。
俺は姉さんに養ってもらい、学費まで払ってもらっている。
この上、お小遣いまでもらう事はできない。
だが自由に使うお金が少しは必要だと思わないか?
もし俺に彼女ができ、デートが出来るようになったとしよう。
場所は毎回公園、飲み物は水道水ってのは何とも締まらない展開じゃないか。
バイトは程々にしておくさ。
そこそこ稼げる傭兵になって、セレン姉さんに恩返しするのが俺の目標だからな。
今年はバイトをしながら成績を上げてみせる。
俺は一体誰に言い分けしているんだ…
さて、自転車のチェーンを交換しよう。
バイト先にも徒歩で行くのは流石にしんどい。
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チェーン交換どころか他の部分もパーフェクトに整備してしまった。
こういうのやり出したら全部やらないと気が済まない性質なんだよな。
ついつい夢中になってしまった。手が真っ黒に汚れている。
手を洗いながら腕時計に目をやると、かなりの時間が経っていた。
まずいな、バイトに遅れそうだ。
今度は自転車でダッシュするハメになりそうだ。
★その8
最短ルートを全力で駆け抜ける。しかしどう頑張っても少し遅れそうだ。
自転車は想定されている以上のスピードを出されて軋んでいる。
頑張れ、俺と自転車。
バイト先は繁華街からちょっと離れた裏路地のビルにある。
周囲の景色が変わってきた、もうすぐだ。
着いた!この薄暗いビルの地下だ。自転車をとめて中へ駆け込む。
俺は事務所兼スタッフルームの扉を勢いよく開けて、まず謝罪した。
「すいません、遅れました。」
「遅かったじゃないか…」
渋い声がすぐに返ってきた。店のマスターだ。
よかった、マスターあまり怒ってないみたいだな。
「何かあったのか?」
「いえ、時間を忘れていただけです。すいませんでした。」
「そうか…。今日は珍しく客が多い。
ンジャムジを手伝ってやってくれ。私も後で行く。」
「分かりました。すぐに行きます。」
俺は店のユニフォームに着替えてカウンターに入った。
この店はショットバーで、俺はここでバーテンダーのアルバイトをしている。
バイトを始めてから半年ぐらいになるかな。
簡単なお酒なら作れるぞ。
店の名前は『BARテックス』。表に看板などは出していない。
ビル内の案内板に小さく店名が書いてあるだけだ。
これでも不思議とお客が入ってくる。
小さな店だがカウンター以外に幾つかボックス席もあるぞ。
さっき会ったマスターの名前はジャック・O 。この店の主だ。
俺はマスターと呼んでいる。
落ち着いた物腰からそれなりの年齢だと思われるが、見た目は結構若い。
この店はどう見ても堅気じゃないだろうって客が頻繁に来るのだが
その人たちはこぞってマスターに取り次いで欲しいと言う。
マスターって一体何者なんだろう。只者じゃないような気がする…
「ちこく・・・だぞ・・・」
この片言の人は先輩バーテンダーのンジャムジさん。
こんな喋り方だが、ンジャムジさんは真面目で良い人だ。
「すいません、遅くなりました。手伝います。」
毎日、開店から閉店までフルタイムで働いている。
マスターとは長い付き合いらしく、お互い信頼し合っている。
BARテックスは俺とマスターとンジャムジさんの3人で回っているのだ。
ンジャムジさんと一緒にオーダーを捌いていると、マスターが応援に来てくれた。
これでかなり楽になるな。
ちなみに、この店が忙しいなんて1ヶ月に一度あるかないかで
普段は恐ろしく暇だ。
まあそのおかげでバイトの時間の融通が利くんだが。
ここをバイト先に選んだ理由の一つだ。
ちょっと空いてきたかな。
マスターは常連の一人、Ωさんと物騒なお話中だ。
2人の会話はACに関するもので結構面白そうな事を話している。
Ωさんってレイヴンなのかな?
聞き耳を立てようかと思ったが、止めておいた。
この店で働き始める時に教えられたルールが2つある。
・ここで耳にした事を絶対に口外してはならない。
・店や客の事を詮索しない。
2つ目のルールに少し引っ掛かるよな。
俺は好奇心を抑え込んで仕事に集中した。
ここが普通の酒場じゃないという事は、俺も薄々気付いている。
色々とマスターに聞いてみたい事もある。
だがルールを破ってマスターを困らせるような事はしない。
俺はここのバイトを結構気に入ってる。時給もいいし。
クビになりたくはない。
「おまえ・・・そろそろ・・・あがれ・・・おつかれ・・・さま・・・」
時計を見ると日付が変わる少し前だった。もうこんな時間か。
店はあと3時間は営業しているが
俺は日付が変わる前にあがるよう、マスターに言われている。
学生の俺を気遣ってくれての事だろう。ンジャムジさんも気にしてくれている。
着替えを済ませ、2人に挨拶をして店を出た。
「ふぅ…」
長かった1日ももうすぐ終わる…
後は帰って風呂に入って寝るだけだな。俺は家路を急いだ。
★その9
家に着いた。2人とも、もう寝ているかもしれない。
出来るだけ物音を立てないように行動しよう。
風呂に入って自室に戻ろうとした時、セレン姉さんの部屋のドアが開いた。
「遅かったな。」
ピンク色のパジャマ姿の姉さんが部屋から出てきた。
「ただいま、姉さん…」
成績表の事でまだ怒ってるんじゃないかと思ったが
もう大丈夫みたいだ。
姉さんは手に難しそうな資料を持っている。
「まだ起きてたんだ、仕事?」
「ああ、どうしても片付けておきたい仕事があってな。」
姉さんは家に帰ってまで仕事をしているにも関わらず、どこか楽しそうだ。
最近一緒に仕事をしている『あの人』の成長を見るのが嬉しいらしい…
家でも時々話題に出てくる。
ちょっと複雑な気分だ…
べっ、別に俺はシスコンって訳じゃないぞ!
ホントだぞ…
姉さんが頑張り過ぎないか心配しているだけだ。
「ベアトリスはもう寝たぞ。お前も早く休め。」
「了解~。」
返事をして自分の部屋に入った。
「ふぅ…」
今日は疲れたな…。明日の用意を今のうちにしておこう。
机の上に山積みになっている教科書から、明日必要になる物を探す。
1年と2年の教科書がごちゃ混ぜになっているな。
紛らわしい…。もう使わない1年の教科書はまとめて押入れにしまおう。
『傭兵学入門』
『アセンブル 基礎編』
『猿でもわかるコジマ粒子』
『戦場学』
『依頼の見極め方 初級編』
『脚部図解』
『吾輩はドミナントである』
『イレギュラー論』
『AC入門』
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1年の教科書はどれも綺麗に残っている。あまり使い込んでない証拠だな、反省…
俺は『AC入門』を手に取って、パラパラとページをめくった。
この本を読めばACについて大体理解できる。
学園の全学部で1年の時に使われる重要教材だ。ちょっと読んでみようか。
ACは大きく分けると3種類ある。
AC
正式名称 Armored Core
MTにコア思想を取り入れたCMT、それをさらに戦闘用に発展させた兵器がACだ。
コアの各部にハードポイントが設けられており、様々なアタッチメントを接続して
あらゆる状況下に対応できる。汎用性の高さが最大の特徴。レイヴンの乗る機体だな。
ハードポイントを廃した特殊機体なんかもある。
ネクストの登場によって相対的に「ノーマル」とか、只の「AC」と呼ばれている。
ACネクスト
正式名称 Armored Core Next
ACの発展型でAMSやQB、PAなど最先端技術が数多く盛り込まれている。
既存のACを凌駕する戦闘能力を持つ兵器。
しかしパイロット負荷の高さや、コジマ汚染など数多くの問題を抱えている。
またネクストを運用できる場所は限られており、全企業で協定が結ばれている。
実際の戦闘よりも抑止力としての役目の方が大きい。
レイヴンの仕事が無くならないのはこのためだ。
単純に「ネクスト」と呼ばれる事が多い。リンクスの乗機。
u-AC
正式名称 Unmanned type Armored Core
フォーミュラFで主に使用されている非搭乗型AC。
FFでは頭部に搭載した高性能AIをプログラムして戦う。
競技用とはいえ、無人型である事以外は殆ど普通のACと変わらない。
u-ACを用いたFFの試合は野球やサッカーと並ぶ、人気娯楽だ。
俺も結構忘れてるところがあったな。
ACってMTの発展型だったんだ。初めて知った…
明日の授業が心配になってきたぞ。
⇒《ちょっと予習しておこう。》
[[《明日から頑張る!寝よう。》]]
ちょっと予習しておこう。
今年はバイトをしながら成績を上げるって決めたしな。
重い瞼を擦りながら一通り予習を済ませてベッドに入った。
今日は色々あったな。目を閉じるとすぐに眠れそうだ。
おやすみ…
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